遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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八、休息編
29.其有亞是阿.


 少なくとも俺ァ、こういうカタチの恐竜を知らない。

 想像上の……なンだ、ヨーロッパ文化にあった西洋の竜みてェな形ではある。足を長くして、飛べるように翼を付けたワニ、みてェな。ドレイク、つった方がいいか?

 だがまァ、一般に想像されるドラゴンってなこうだ。確かにこォいうのがドラゴンだ。

 マッドチビ先生の作り上げたヘンないきものたァわけが違う。

 

「──防ぐわ!」

「あァよ、助かった!」

 

 そのマッドチビ先生の作りだした黒曜石の盾が、ドラゴンより放たれた火球を防ぐ。

 俺なんざ一瞬で蒸発しかねねェ熱量が空中で止まる姿は圧巻の一言。だが見惚れてる場合じゃねェ。転がって進んで、これまたマッドチビ先生の作り上げた空中へ向かう階段を駆け上がる。

 

 俺が飛行魔法使えねェんで【鉱水】で足場を作って貰うってな作戦にしたンだ。おかげで、余計な身体強化も使わずに済んでる。マジで便利な魔法だよ、【鉱水】ってな。

 

「──死ね、うォ!?」

 

 絶好のタイミングでの【即死】。

 けれどそれは、入らない。窺いに窺った隙だったはずなのに、ドラゴンは俺の手から逃れ、空へ大きく飛び立った。

 仕方ねェんで【即死】に使うはずだった魔力を身体強化に回し、落ちて行く身体の姿勢を整える。

 

 それを拾ってくれるは、プテラノドンのガーゴイル。

 

「悪ィ、助かった」

 

 キェー! なんて鳴くプテラノドンのガーゴイル。……プテラゴイルでいいや。

 マッドチビ先生の意思で動いてるわけじゃねェ、あン時のプテラノドンの精神体で動いているだけのはずのソイツから、なんだろな、やっぱり「やれやれ」みてェな雰囲気を感じる。あの空域警戒網のガーゴイルもそォだったが、なんだってこんな──。

 

「集中なさい! ガーゴイルは簡単な指示を受け付けるよう設定してあるわ! 行きたい場所があるなら言ってきかせなさい!」

「あァよすまん! おい、プテラゴイル。アイツの高さまで行ってくれ」

 

 また大きく鳴いて、プテラゴイルは大きく翼をはためかせる。

 そのまま真っ直ぐではなく旋回する形で上昇していく。あれ、プテラノドンって上昇できるんだっけ? 滑空飛翔……いや、化け物だしな。恐竜に然して詳しいってワケでもねェんだ。今は信じよう。

 

 ドラゴンはバッサバッサと島の上空を飛んでいる。

 俺の乗っていないプテラゴイルが突貫しては炎に溶かされたり翼や尾で叩き落されたりしていて、本体に入ったダメージってなほとんどないように見える。

 フツーにやべーよ、あれァ。

 

「おいお前ら! 攻撃ァしなくていい! 私がなんとかするから、落ちた時のバックアップだけしてくれ!」

 

 キェーキェーからギャイギャイと騒がしくなる空。

 突貫するプテラゴイルはいなくなり、ドラゴンの周囲をぐるぐると回り始めた。先ほど溶かされたり壊されたりした奴も下──マッドチビの手によって復活し、この周遊に加わる。

 時折下の方から鉱石の槍が飛んでくる。が、ちょいと高空過ぎんのか、あンまり威力ァ出てない。気を引くに終わっている。

 

 それでいい。

 

「よし、頼んだぞプテラゴイル。火球は避けて、接近してくれ」

 

 俺の乗る奴が機を見るように、少し上の方を飛び始める。

 

 ドラゴンは周囲を飛ぶプテラゴイルに怒り心頭のよォで、その輪に火球をぶち込んだり、突っ込んでいっての攻撃なんかを繰り返しちゃいるが、ノーダメージに等しい。プテラゴイルァ何度でも復活するからな。

 攻撃力はあってないよォなモンだが、流石にうぜェと思ったンだろう。

 ドラゴンの視線が──下に向く。

 

「今だ」

 

 今度は何も鳴かずに突っ込むプテラゴイル。

 ドラゴンの視線の先。そこにいるのは、マッドチビ先生。

 

「やらせねェさ」

「──!?」

 

 叫び声。

 ほとんど掠めるようにしてドラゴンの眼前を横切ったプテラゴイルは、主を守るためか、はたまた別の理由か、その身に盛大な火球を受けて──ドロドロに溶けた。

 が、その爆発を受けたのァドラゴンも同じ。想定の何倍も近い距離に着弾したそれァ、ドラゴンの外皮を……まァ傷つけたりはしない。けど、目くらましにァなった。

 

「おっと、暴れンなよ」

 

 プテラゴイルを先に行かせた俺ァ、その背に飛び乗るワケだ。そういう作戦さ。

 目が見えなくとも、流石に背中に何かが引っ付きゃ気付く。気付いて、暴れる。が、まァ俺も部分強化ってなをさせてもらってンでね。ちと熱ィが、ここまでゴツゴツした掴みやすい身体だってンなら、いくらでも捕まってられる。

 

「なァ、何も命奪うってワケじゃァねェんだ──死ね」

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?

 

 掴まった場所に、浸す。手からだけじゃねェ、接触してるトコ全部──【即死】で浸す。

 

「ハハハ! どォだ、経験したことねェだろ! 首が死ぬってな──ンな、ありえねェこたよ!」

 

 あァ、またこれだ。また来やがった。

 気持ちがいい。心地がいい。

 似てンのァどれだ。マッドチビ先生との相対か? 光眼鏡との相対か? クルメーナに乗り込む時か?

 

 いんやさ、この昂揚感は──あの天使の時の奴だ。

 ハハ、ハハハハ!

 

「死んでもらっちゃ困るンでな、悉く死んでもらうぜ、炉威負不暗恵羅(一つの時代の主よ!)!」

阿歩止琉後内途!?」

有為修後内途,"畏怖座頭僅阿土利無"(夢だったらと、願えよ、夜に!)!」

 

 殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す。

 その身に、灼熱の身に抱き着いて、至る所に【即死】を発動させていく。

 火傷も気にしねェ。ハハ、ハハハ!

 

「ハ──あ、やべ」

 

 ふら、と。

 力が抜ける。

 

 俺からも、ドラゴンからも。

 

 俺は魔力不足。

 ドラゴンは死んじゃいねェが、翼を殺しちまったンで落下。

 

 やっべー。

 

えはか彼

 

「ちょっとは考えて魔法使いなさいよ!」

「いんやさ、ぶっ倒れても助けてくれるって言ったじゃんよ」

「限度があるでしょ限度が! それに、死にたくないとか言ったくせに、そんな火傷までして……!」

「火傷?」

 

 おー。

 確かになンか、ヒリヒリするよォな。

 身体だるすぎて何も考えられないんだが。

 

 いんやさ、プテラゴイルたちが受け止めてくれて助かったよ。

 ドラゴンはマッドチビ先生が【鉱水】でキャッチしてくれたし。うん、仕事ァしたな、俺。

 

「……あとは任せていいか、マッドチビ先生」

「ええ。任せなさい。アンタが起きる頃には、本物のガーゴイルドラゴンが完成しているわ」

「そりゃァ……楽しみ、だ」

 

 意識を失う。

 暗闇に落ちる。

 ……なんでこんな、安心できんだろォな、その言葉は。

 

 

 

 朝。いや昼か。

 夕方の討伐作戦から、昼までだから、まるっと12時間10時間ァ寝たってワケだな。

 

 身体……全身に巻かれているのは包帯と、なんぞ左半身にァベタベタする液体。

 

「いっ……ってェ。あァ、痛ェ。いてーなオイ」

 

 ベタベタする液体が塗られてンのは痛い場所だ。左腕の内側、左足の内腿、左の脇腹。左頬に左目周辺。魔法少女の衣装に覆われている部分は()()()だったらしいが、それ以外がダメだった、と。

 ちょいと動き難い身体に鞭打って、洞窟の外に出る。

 

「……おー?」

 

 えーと。

 ここ、あの諸島だよな?

 

 ……なンで更地になってンだ。

 拠点にした洞窟以外──島が、綺麗サッパリ無くなってやがる。

 

「あら、起きたの? 別にいいのよ、もう少し寝ていても。まだやることあるし」

「ん……ん-? どこだ、マッドチビ先生。今包帯のせいでよ、右目しか見えねえンだ。出て来てくれると助かる」

「上よ、上。ま、姿は見えないと思うけど。伝声管で声出してるだけだし」

 

 上。

 

 ──あった。

 そこに、あった。

 

 違う。

 

 いるんだ。

 

「……やっぱ模造ァ、超絶上手いな」

 

 でけェ。超でけェ。バリでけェ。

 やばでけェ。それはもうでけェ。

 

 でっっっけェ、ドラゴン。

 

「ふふん。どうよ。天才彫金師ディミトラ様って、今度こそ呼びたくなったかしら?」

「彫金師の仕事じゃねェ気がするが、形あるモンを真似して仕上げる事に関しちゃマッドチビ先生の右に出るモンはいねェよ。天才だ、これァ」

「……何よ、張り合いが無いわね。素直に褒めるじゃない」

「いんやさ、この手当してくれたのもマッドチビ先生だろ? このドラゴンの造形もそォだが、私ァ命の恩人にァ敬意を払うクチでね。今まではギリギリ命を脅かす相手だったンで軽口も叩いちゃいたが──あァよ、ありがてェ。そんで、すげェ。天才だよホント」

「や──やめてよ。アンタと煽り合うの楽しいんだから、そんな反応しないで」

「おゥ悪かったな模倣しかできねェ想像力欠如芸術家」

「火傷してるトコぶっ叩くわよ」

 

 まァ、そういうこったな。

 このベタベタする液体のついてるとこは火傷したトコで、アロエかなんか塗ってくれてあンだろォが、多分、確実に──痕が残る奴。

 もうちょっと考えて魔法を使え、か。いんやさごもっとも。死にたくないとか言ってるクセに死ぬような行動ばっかりって。いやさ仰る通りで。

 

 なーんも言い返せねェもんな。

 何だよ楽しくなっちゃった、って。それで死にかけてたら何も意味ねェだろ。

 

「んで? まだやること、ってななンだ。ソイツ、もう完成じゃねェのか」

「その島よ。それもこっちに統合するわ」

「あー。んじゃ、離れてるよ。邪魔しねェよォにさ」

「いえ、丁度いいから乗りなさい。この景色をアンタにも見せてあげるわ」

 

 言うが早いか、ドラゴンの腹の辺りからうにょーんと伸びてくるゴンドラ。

 ……乗る。

 

「おォ、案外ひんやりと……って当たり前か。鉱石だし。……当たり前か? こんなモロに日光受けてンだから、高温になってンじゃねェの?」

「排熱機構はちゃんと組み込んであるもの。断熱構造にもしてあるし」

「へェ、その伝声管どこにあっても聞こえンだな」

「まあね。これだけ巨大だと、色々困るでしょ。艦内にいるのに一々大声出さなきゃとか、探し回らなきゃ、ってなると、面倒だし」

「そォだな。……ン、艦内?」

「ええ。丁度いいから、名付けたの。これは私の第二の牙城。移動要塞・偽竜母艦LOGOS。どうせクルメーナはその偽物の私とやらに使われちゃってるか、沈められちゃってるだろうし。どうせならもっと使い勝手のいい拠点が欲しかったし」

 

 ゴンドラによってドラゴンの中に収容されると、中もまたひんやりと涼しい。通路が様々な方向に伸びている。ちょいと探索したい欲に駆られるけれど、壁よりにゅっと突き出た伝声管のある方へ歩いていく。身体も痛いしな。

 

「ロゴス、ねェ」

「何よ。なんか文句ある?」

「いんやさ、なんでもねェ。ま、EDENに対しちゃ良い名前だって思っただけさ」

「……だから、素直なのやめてくれない? もっと煽ってきてよ。馬鹿にしてきなさいよ。調子狂うじゃない」

「別に私ァマッドチビ先生のネーミングセンスを馬鹿にした記憶は無ェぞ」

「そう、だったかしら」

「あァさ。クルメーナもシエナもいい名前だと思うしな」

「……そのシエナ、っていうの。私作ってないんだけど」

「あァそォだったわ。んじゃあっちのマッドチビもセンス良いってことで」

「なんか、手柄を横取りされた気分ね……」

 

 歩いて、歩いて。

 そこに辿り着く。

 

 ブリッジ、になるのだろう。

 硝子か水晶か、とかく透明な鉱石で壁一面の張られた明るい部屋。

 伝声管がにゅーんと引っ込んでいき、代わりにソイツが──ブリッジの椅子に座ってたマッドチビ先生が、こっちを向いた。

 

「おはよ、お寝坊さん」

「あァよ。……そっち、座っていいか?」

「勿論」

 

 座る。

 ブリッジの、マッドチビのいない方の椅子。他にも幾人分か座れるようになっちゃいるが、何の意図かね。まァいらなかったらすぐに消せるんだろォが。

 

 ふゥ。

 

 あー。

 

「良い眺めだな」

「でしょ?」

「あァ」

 

 青々と広がる煌めく海。

 遠くの方まで見渡せるほど何も無い海域は、だからこそ水平の丸みがよく映える。

 この世界ってな、ちゃんと惑星なンだな、って。

 

 んで、それ以外。

 空を飛ぶはプテラゴイルの群れ。プテラゴイルだけじゃねェな、他の翼竜やらなんぞよくわからねェ鳥やら、とにかく空を飛べる奴の、これまた全部ガーゴイルな奴らが周囲を飛んでいる。

 クルメーナにいたザ・ガーゴイルみてェな牛頭にコウモリの翼な奴ァいない。全部が全部、この島にいた化け物だ。

 

「LOGOS自体は元のドラゴンの何倍も大きくしたけど、造形はそのままだから、威圧感あるし。中はこんな感じで快適だけど、全部が私の【鉱水】で作られたガーゴイルだから、武装も作り放題だし。何よりあの島で作ったガーゴイルは全部収容、護衛に回してるから、攻防共に抜かりはないわ。私が許可した奴しか入れないし」

「本心から言うが、マジで天才だと思うよ。なんなら私ここに住みてェくらいだもん」

「ほんと!? ……あ、べ、別にいいのよ。EDENに帰っても。ま、これからEDENに行って、アンタや他の戦いたくない子を解放しない、とか言ったら……強制的に引き取らせてもらうけど」

 

 ……随分と、嬉しそォな顔をする。

 そういやコイツァ、EDENから来る遠征組や他の注文主と会う時以外、ずっと独りなンだよな。

 

 寂しい、のかね。

 

「で、どォすんだ。島の統一ってな」

「もう終わったわ。アンタがいないんだから、多少強引にやっても問題ないでしょ」

「そォかい。んじゃもうここにァ用無ェな」

「ええ、そうね。だからこれから、EDENに向かうわ」

「……一つ聞くがよ」

「何?」

 

 こんだけすげーモン作って。

 こんだけすげー軍隊作ってよ。

 

「EDENの場所ってな、わかンのか?」

「──わかると思う!?」

「ンだよその怒り方。笑顔だし」

「あはは、わかんないわよ。そんなの。だから適当よ。大丈夫、世界は丸いんだから、いつかEDENにも辿り着くわ」

「マジで言ってる?」

「とりあえず北方に向かうつもりよ。EDENのある大陸は横に長いし、どこぞの滅びた国でも見つけられたら私が大体の方向わかるから、そんな感じで行けばいつかは辿り着くわ」

「……ま、私にも何もできねェからな。大陸外の地理どころか大陸の地理もよくわかってねェし。火傷の治療もかねて、ちょいとゆっくりさせてもらうわ」

「ええ、そうしなさい。大丈夫よ、安全に行くから」

「頼んだ」

 

 まァ、なんだ。

 コイツの行き当たりばったりにァもう慣れた。

  

 ……人の事言えねェ程、俺も行き当たりばったりなのが発覚しちまったしな。

 

 なるようになるさ。

 

 大丈夫。

 


 

えはか彼

 

「そんな都合のいい話が、あるか?」

 

 仮称ドラゴンの討伐は恙なく終了した。うろたえる偽のディミトラ様にライラック様が近づき、その首を掴んで持ち上げた。【即死】を使うのだろうか、と。少しだけ、足に力を籠める。何かあった時に、迅速に動けるように。

 先程から……残府様との戦闘時から、少々様子のおかしなライラック様。今の彼女は、何をしだすかわからない。

 

「今だな?」

「ライラック様……?」

「そォだよな。だって私なら──今、仕掛ける」

「梓・ライラック様、如何されま」

「──上だ、冷静メイド、シエナ!」

 

 上。上。

 上だ。ここは海底よりも下にある空間。冷たい空気は、地下であるから、陽光が届かぬから、だけではなく──その音を、耳に捉える。

 身体強化。

 

「ッ、梓・ライラック様! 早くこちらへ──崩壊します!」

「ライラック様!」

 

 彼女の身体強化より、私の強化の方が速い。

 瞬時に彼女の身体を抱き上げる。

 

「や──っべェ!?」

「ローグンさん!」

「はい。今すぐに脱出しましょう」

 

 天井の崩落はすぐにわかった。先ほど巨大な柱にぶつかった仮称ドラゴンのせいで、この空間を保つための耐久度が削れていたのだろうことは窺えていたから。

 

「逃がさない──!」

「くッ!?」

 

 寄りて、抱いて、帰る。

 そんな瞬間的な判断も、けれど同じくS級とされる偽のディミトラ様には反応されてしまう。

 ()()()()()()()()に罅が入っていることすら厭わず、鬼気迫る表情でこちらに手を伸ばす偽のディミトラ様。

 

 ライラック様の義手に絡みついたのは、恐らく【鉱水】で作り上げたのだろう黒い液体。それは液体でありながら彼女の義手をひたと掴み、離さない。

 

「──シエナ! この腕焼き落としてくれ! 大丈夫、神経ァ繋がってねェ!」

「わかりました! 右腕解放。格納高熱刃武装完了。目標確認! 温度上昇──切断します!」

 

 シエナ様がライラック様の義手を切断する。

 それにより、【鉱水】の拘束が解けた。

 

「ローグンさん!」

「はい、今度こそ!」

 

 今度こそ、だ。

 今度こそ──守るべきものを、守る。

 私はその使命を果たす。

 

 轟音と共に大量の水に飲まれた部屋を後に、階段を駆け上る。流石に偽のディミトラ様を救うほどの余裕はない。

 魔力残量を気にせず強化を用い、シエナさんは背面の噴射機構というもので飛び。

 

 結・グランセ様の肉体のあるフロアに辿り着いた。

 

「──すまん、冷静メイド! 時間がねェのは重々承知だ! だが──」

「心は、大丈夫ですか。貴女がそれをせずとも、恐らくは溺死で……」

「動くこともできねェで、水の入る肺に苦しみながら死ぬのを見逃せ、って? ……無理だよ、そいつァ。私の心なんかより──こっちのが、大事だ」

「……わかりました。ですが、酷な事を言いま、」

「急げ、ってンだろ。大丈夫。私の魔法は、【即死】だからな」

 

 金属の髪に拘束された結・グランセ様。

 その首筋に、ライラック様の手が触れる。

 

「……あァ、終わった。急ごう」

「はい」

 

 ライラック様は私の魔法を恐ろしい、と称す。

 けれど。やはり、【即死】の方が──。

 

「上の階のやつらもちゃんと殺してやろう。じゃねェと、可哀想だ」

「はい。急ぎましょう」

「お二方、そろそろ水が来ます! 早く──!」

 

 その後、オーレイア様、残府知子様。フェニキア・各務様、ケトゥアン様を【即死】させたライラック様。その顔色も、魔力量にも陰りが見える。【即死】は必要魔力量の多い魔法で、そもそも仲間を殺す、という事に極度の忌避を見せていたライラック様。

 相当、来ている事だろう。

 ……守らなければならない。

 

「ッ、海より上までには来ましたが……」

「ガーゴイル、ですか」

「戦闘用のものも、探査用のものも……周辺域にいたガーゴイルの全てが集まっている可能性があります」

 

 その気配は私にもわかった。

 ケトゥアン様程ではないけれど、わかる──とても強い魔力が二つ、それに伴う無数の魔力群。

 

「っはァ、っはァ……あァ、大丈夫だ。そのまま外に出てくれ、二人とも」

「……その指示は、先程の"大丈夫"と同じものですか?」

「ライラック様。流石にこの量は……」

「こっちァちゃんと理由のある大丈夫、だ。安心してくれ」

 

 その自信に満ち溢れた物言いに、けれど流石にシエナ様を見て。

 彼女の、ライラック様を信じる、とでもいいたげな瞳に、私も頷いた。

 

 外に出る。

 

「……」

「……」

 

 私達を見つけ、少しずつ近寄ってくるガーゴイル種の群れ。

 武器を持つものも少なくはない。私の知らない形状のものもいる。更に。

 

「海中に魚影……いえ、あれは……スネイク種、でしょうか」

「上空にはイーグル種の……ガーゴイルです。海中のものもそうですね」

 

 あと、一歩。

 もう周囲を観察している余裕はない。もう間合いに入る。

 地面を【侵食】して壁。いや、武器を──。

 

「おい、マッドチビ! 近くにいンだろ──制御権ァどうだ!」

「取り返したわよ。それにしても、よく襲われないとわかったわね」

「あァ、コイツがあったからな」

 

 コイツ、と。

 そう、少しだけ胸を張るライラック様。そこには小さな紋章が付けられていた。

 

「成程。アニマに上げた奴ね。いいわ、無鉄砲な行動じゃないってわかっただけでも収穫。さて、はいはい。みんなどいてー。主のお帰りよ」

 

 言葉と共に、ガーゴイルの群れが道を開けて行く。

 奥から現れるは真のディミトラ様。洞窟で見た彼女。

 

 制御権を取り返した、という言葉は本当らしく、ガーゴイル種は彼女に跪き、動く素振りすらみせない。

 

「何よ。貴女、傷だらけ……って程ではないわね。けど、顔色が悪い。それに、私が上げた義手……壊されちゃったの?」

「あァ、偽マッドチビにな」

「そ。まあ偽物とはいえ流石私、と言っておくわ」

「何自分の手柄みてェに言ってんだよ」

 

 ディミトラ様は、シエナ様の焼き切った義手の断面を見て、何度か頷きを返す。

 一瞬だけシエナ様の腕を見たあたり、恐らく彼女には何で壊されたものであるのかの見当はついていることだろう。シエナ様を作り上げたのが、ディミトラ様であるのだから。

 それでも何も言わないのは、ライラック様がシエナ様を守った事を察して、だろうか。

 

 やはり、地下にいた偽ディミトラ様より思慮深く、知恵のある方だと思う。

 数十年前に会った時は確かにあちらの偽ディミトラ様のような態度であったと記憶しているけれど、あちらには500年を生きた歴、のようなものを感じ取れなかった。単純に言動が幼すぎるというのも大きいが。

 

 今回遭遇した、魔法少女の肉体に魔物の精神体を入れて同一人物に見せかける、という手法。

 警戒しなければいけない。注意深く、魔法少女らの言動も見なければ。

 

 あるいは──既に入れ替わった者がいる、という可能性もあるのだから。

 

「ま、接合部に損傷が無いみたいだし、こっちは返してもらうわね」

「そりゃいいが、私の元の腕ァどうしたよ」

「だから三日かかるって言ったでしょ? 今はどうなってるか見に来ただけよ。でもまあ、ちゃんと取り返してくれたみたいだし。あっちの基地にある工房をこっちに持ってきて、ここで貴女の腕も完成させるわ」

「あァよ、頼む。魔力量上げるっつー仕組みは作れそうなのか?」

「誰に物言ってるのよ。私は天才彫金師ディミトラよ? 問題ないわ。時間がかかるだけ」

「そォかい。そりゃよかった」

 

 ライラック様の目的の目途も着いた様子だ。

 ……これは、上々の結果、と言えるのではないでしょうか。

 

「オーレイア隊は?」

「……救えなかった。それについちゃ後でもちっと詳しく話すが、殺しちまったよ。肉体も、精神体も」

「あらそう? でも、それならEDENに還っているでしょうから、問題は無いわ」

「主ディミトラ。その、あまりそのような言い方は」

「……ふぅん? なーに? 貴女、いつの間に私のシエナをここまで誑し込んだの? シエナが私に意見するなんて、よっぽどのことだけど」

「いや誑し込むとかンな人聞きの悪ィ事してねェよ」

「はい。主ディミトラ。私は私個人として完結した思考により、梓・ライラック様を好ましいと思っているだけに過ぎません。梓・ライラック様に何かをされた、あるいは篭絡された、といった事実はありません」

「それが誑し込まれた、って言ってるのだけど……。まぁいいわ。シエナ、もうちょっとついていってあげていいわよ。貴女の気が済むまで、ね」

「……ありがとうございます、主ディミトラ」

 

 まぁ、私はエミリー様とキリバチ様一筋とはいえ。

 ライラック様もそれなりに罪作りなお方だと思う。AクラスA班の面々にもそれなりの好意を向けられていたようだし、ヴェネット隊にも縁深い。オーレイア隊もライラック様を懇意にするだろう。なんならエミリー様とキリバチ様もライラック様に恩義を感じている。

 ……これは、私もノった方が面白いのでは?

 

「周囲のガーゴイルは完全に掌握したわ。ついでに、この島を襲撃した魔法少女は見つけ次第全力で攻撃、及び知らせるように命令してある。だから、とりあえず安心して身体を休めなさい」

「……いや待て、オーレイア隊は還った、ンだよな?」

「ええ、そうだけど。それがどうかした?」

「アイツらァよ、マッドチビが叛逆を企ててアイツらを拘束した、ってとこまでしか記憶無ェんじゃねェのか?」

「……」

 

 押し黙る一同。

 想定される事態。

 

 EDENが誇る遠征組突撃班全隊の投入。A級より上の魔法少女らが放ち乱れる魔法魔法魔法。

 

「──ガーゴイルたちを使って、EDENの方角に"万事無事に終わったから安心して"みたいな文字出しておこうかしら」

「それで止まってくれンなら御の字だな」

「じゃあどうしろと」

 

 ふむ。

 ……一応、提案はしてみましょうか。

 

「私が【侵食】を用いて、あちらに伝達を、というのはいかがでしょうか。EDENには緊急時用の指を一本残してきてありますので、そこから【侵食】、人格権の放棄によって瞬時の移動が可能です」

「ああ、その手があったわね。……まぁ、この子が許せば、だけど」

「んー。……あんまり、快かねェが、これでEDENがマジになって問答無用で遠隔魔法、とか撃ってきたら厄介この上無ェしなァ」

「ちなみに私の天敵は【凍融】という魔法を使う魔法少女よ。温度変化なしに凍らせたり融かしたりができる、とかいう意味の分からない魔法の持ち主」

「あァさ、班長は割と話聞かねェとこあるからやばそォだ」

 

 おや。

 乗り気、ではないですが……押せば行けそうではありますね。

 やはりオーレイア隊の面々を【即死】させたことで、踏ん切りがついたのでしょうか。

 

 ……そんなものをつけさせてしまった、という時点で、反省すべき事ではありますが。

 

「ライラック様。これを」

「これ? ……おい、指じゃねェか。おい待て、だるくて私の身体が動かねェってっつーのは私に非があるたァ思うが、だからって噛み千切った指を口に咥えさせるとかモガムグ」

「私の指なので、大切にしてください。間違って飲み込んでしまわれると、ライラック様の腹部を【侵食】せざるを得なくなってしまうのでお気を付けを」

「──~~!?」

 

 明らかに焦っているライラック様に、やはり面白い子ですね、なんて……護衛にあるまじき感想を抱いたところで、カーテシーを一つ。

 

「それでは、また。どの道三日後にはEDENからの救援が届くと思いますので。……それまで、シエナ様。ディミトラ様。ライラック様を頼みます。特にシエナ様。ディミトラ様がライラック様に何かしようとした場合は」

「はい! クルメーナの外に連れ出し、守ります!」

「信用ないわね、私……」

「……またな、冷静メイド」

「はい」

 

 終始、顔色を曇らせたままのライラック様に、少しだけ苦笑して。

 

 私は、私の意識を手放した。

 

えはか彼

 

 私は私の意識を取り戻す。

 

「む、ローグン? なんだ、EDENに帰らなければならない程の緊急事態だったのか?」

「姉さん。丁度良かったです。私が着替えるまでの間に、キリバチ様に報告を。蘇生したオーレイア隊がクルメーナへの突撃等を打診してくるかと思いますが、とりあえず保留にしてください、と」

「ふむ。良いだろう。私にはわざわざメイド服に着替える必要性が欠片足りとも理解できないが、お前にはお前の矜持がある」

「ありがとうございます」

 

 指を入れた小瓶ごと【侵食】したため、棚の一つが壊れてしまったのはご愛嬌。魔法少女になりたての頃はよく部屋にあるものを【侵食】して壊していたものだから、童心に帰った、ということで。

 姉であっても初めは見られるのを恥ずかしがっていた自らの裸体も、【侵食】による自己形成が裸となってしまうことがどうしようもないとわかってからは、あまり気にしなくなった。

 

 ……ライラック様は、可愛らしい反応をしてくれましたね。

 

 着替えを終える。

 司令塔が少しばかり慌ただしい所を見るに、姉はしっかり伝達をこなしてくれたと見る。

 ではその確認と、これから蘇生してくるであろうオーレイア隊の皆様に説明をしなければいけないだろう。

 

 すべての伝達が終わったら、またあちらに【侵食】をして……とすると、三日ほどは暇になってしまうでしょうから、お茶の用意やライラック様の好むトロピカルジュースなどを用意していってもいいかもしれませんね。

 確か、パルリ・ミラのスイーツが大好物、でしたか。

 

「何はともあれ──無事、任務完了ですね。……三日後、ではありますが」

 

 今回の功績も含め、ライラック様はA級と呼び得るだろう。私達の助けがあったとはいえ、オーレイア隊の面々をしっかりと相手取り、無力化せしめたのだ。加え、事態の解決も。

 十分です。

 

 とはいえ、敵の魔法少女や偽のディミトラ様の用いた手法など、警戒すべき点は多い。

 気を引き締めて、行きましょう。

 

えはか彼

 

 ……その後。

 錯乱に錯乱を重ねたオーレイア隊をなんとか宥め、私はクルメーナに再度出向。

 ライラック様とシエナ様とディミトラ様が揃って釣りをしている、などという珍妙な場に遭遇し、恥ずかしながら素っ頓狂な声を出してしまったのは苦い思い出。

 そこから三日間、本当に平和な日々が過ぎました。

 

 そして。

 

「おおー」

「どうかしら。違和感とか、ない?」

「あァすげェよマッドチビ。はは! 指も動かせる! どォなってンだこれ」

「それはひ・み・つ。それよりほら、目玉の機能があるわ。適当に魔力使ってみなさい」

「あァ!」

 

 まるで新しい玩具でも買ってもらったかのようにはしゃぐライラック様。

 目を閉じて、普段の彼女であれば絶対にやらない全身強化を行う。当然、すぐに切れる魔力。

 

 すると、新しい義手が仄明るい光を発し──。

 

「お、お、ォ? なンかが、伝ってくる……」

「回復したでしょう。ふふん、どう? なんならちょっと気持ちいいでしょ」

「それァよくわからねェが、確かに……回復した。ほとんど全部使いきったのに、全回復してる」

 

 それは、偉業だろう。

 魔力回復は全魔法少女にとっての課題。元より魔力量の多い者はともかく、A級であっても魔力量に困っている者は多い。

 これが普及できたら、EDENはもっと……。

 

「そこ。これが普及できたらEDENはもっと発展できる、とか考えてるんでしょうけど、無理だからね」

「何故かを聞いても?」

「いいわ。教えてあげる。その義手は、伝承鉱石という稀少な鉱石でできているわ。MYTHOS(ミュトス)、なんて風にも呼ばれるわね」

「……それは、架空の鉱石では? オリハルコンやヒヒイロカネに並ぶ、人々の想像上の鉱石。知識としては知られていても、見た者はいない、という……」

「たかだか50年そこらで死ぬ人間の学者と一緒にしないでくれるかしら」

「……そうですね。差し出がましい真似をいたしました。申し訳ございません」

「いやそこまで謝らなくてもいいけれど。……それで、ミュトスは産出量が余りに少なくてね。数は作れないのよ。これはあくまでお礼。色々言ったけど、私の大事なクルメーナを取り戻してくれた、というのは事実だから」

 

 おォー! とかすげェー! などと言っていたライラック様も、流石の希少さに驚いたのか、義手をなでなでと摩る。

 ……一々反応が可愛いですね、この方は。

 

「とにかく、それ貴重だから。貴重で、魔力を貯め込むことが出来て、あと耐久性能も高くて……とにかく、貴女からの要望は全部満たしたつもりだけど、どうかしら?」

「ありがてェ。心底気に入ったよ。ありがとうな、マッドチビ」

「一切ありがとうと思っていないあだ名のような気がするけれど、受け取っておくわ。ああ、けれど、これだけは気を付けなさい。それは込められた分だけ魔力を回復する仕組みを持つ義手、というだけで、貴女の素の魔力量を増やしたわけではない。つまり、一度に使える分は前までと同じで、使いきったら回復する、というものよ。だから」

「魔力切れン時に起きる息切れやダルさは残ったまんま、ってこったろ?」

「そ。だから、決して油断しないように」

「あァよ。それでもありがとうな」

 

 ディミトラ様を撫でるライラック様。

 それを、少しだけ不満気な目で見るシエナ様。

 

 ふむふむ。

 ふーむふむ。

 

「あ、来たみたいね」

「ン?」

「魔力反応検知──数は10」

「10?」

 

 それはおかしい。

 来ても5、だと思ったのですが。

 

 なんて疑問を抱きつつ、振り向けば。

 

「ちょっと、私が今回の任務の隊長なんだから、大人しく従ってくれないかしら野蛮人」

「やれやれ、簡単に敵に捕まって殺してもらって蘇生して、そんな醜態を晒しておいてよく言うね、君」

「む……あーあ。梓がそんなことないっていうから期待したけど、やっぱり野蛮人じゃない。確かに見てくれはいいけれど、こんなのじゃなくて、可愛い可愛い梓を……あ、いた!」

「隊長ダメ、私が先!」

「……少し。くらい。……仲良く。できないのか」

「……お互い、面倒な長を持つと大変だな」

「ふん、班長の手を煩わせるなど……ま、まぁ今回はよくやったみたいで、よ……かったが」

「ぶじなのわかったからねていいー?」

「ちゃんと起きていたんだ。偉いね」

 

 なんともまぁ、騒がしい一行のご到着。

 キリバチ様も過保護ですね。いえ、どちらかの隊がついていきたいと立候補した可能性もありますが。

 

「おー、お前ら! 来てくれたのかわぷっ!?」

「えーん、ごめんね梓。つらいことさせちゃったね。大丈夫よ、お姉ちゃんのこの胸の中で今日も明日も明後日もぬくぬく眠りなさい?」

「隊長、私も混ぜてよー」

「……その、眠る、というのは、その」

「かか、各務さん。ささ、ささ流石に深い意味は、ないかと……」

 

 まぁ、これほどともなれば。

 

 一件落着と言ってよろしいのでは、ないでしょうか?

 

えはか彼


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