魔法少女の蘇生には多少の時間がかかる。死んですぐに、あるいはその場で蘇生、なんてものが叶っていたのなら、戦場でのゾンビ戦法もやりかねんエデンにおける唯一の救い。安眠の──文字通り安らかに眠っていられる時間が少しでもある、というのを救いというのは、些か嫌悪感を抱かないでもないのだが。
とりあえず、演習の第一課目はクリアした。アシッドスライムの駆除、及びそれを餌にしている湧きポが固定されていない化け物の討伐。最初からヘンだとは思ってたんだ。だって、アシッドスライムは等級で言えばB級相当。群れる事が厄介なのと、半固体であるために物理が通り難い、なんて耐性は持っているものの、遠くからちまちまやれば俺でも倒せんことはない。時間はかかるが。
それをこんな、平均A級の班で、連携力の向上、だなんて。ちゃんちゃらおかしいにも程があるって話。
天鷲が現れることまで予測していたのかどうかまでは定かではないが、ランダム湧きの化け物が出てくる事は織り込み済みでの演習だったのだろう。本来はアシッドスライムを近接が外に出して、遠隔で仕留めている所に襲い掛かってきて、緊急時における連携力の試験……的な奴だったんだろうけど、悲しいかな、阿呆二人と馬鹿一人が先に突っ込みやがったもんで色々と台無しになったってワケだ。
こちらの損害としては死者二名、一名の武器の損傷、止血ポーション二個。
それで天鷲を仕留められたのは、まぁまぁ十分な成果ではある。お嬢様はSS級とはいえ近接だし、S級の背中メッシュは動かない敵に対してはめっぽう強いが、天鷲みたいな素早い敵には翻弄されがちだ。残るA級二人とC級の俺では天鷲を仕留めるには至らなかっただろう。
つまり、割合十二分に危険な敵だった、という話。それを死者二名で抑えられたのは僥倖……と、指揮官殿や担任は言うのだろうなぁ。俺ァんなこと口が裂けても言いたかないんだが。
「梓、ユノンとシェーリースが還ってきたぞ」
「ん。ああ、行くよ」
「歩けるか?」
「別に、今回私は何もして無いからな、疲れちゃいないよ」
「肉体的疲労の話ではなく精神的な疲労の話をしているんだが」
「それも大丈夫。……じゃないけど、四の五の言ってらんないでしょ」
まだ演習中なのだ。
もう一つの課題……市民に見立てた人形を化け物から取り戻す、というミッションが残っている。
うだうだ悩んでたって、時間は解決してくれない。
というより。
「戻った」
「戻りました」
「あー……その、大丈夫か? 痛い所とか」
「問題ない。むしろ快適。ありがとう、梓。おかげで楽に逝けた」
「私は痛くて苦しかったです、梓さん」
「……そォかい」
言外の言葉は聞かなかった事にする。
もっと早く殺して欲しかった──なんて。知るかよ、求めんなそんな事。
「皆さん! 準備が整いましたら、先生の元に向かいますのよ!」
「ん……お嬢、武器はいいのか?」
「武器、ですの?」
「溶かされてただろ、半分くらい」
「ああ」
金髪お嬢様が、中空を抓むように指を形作って──ジッパーでも開けるみたいに、一気に引き下ろす。
そこに開くは亜空間。A級以上の魔法少女が使う、余剰魔力による空間圧縮ポケット。亜空間ポケット。そんなかに、これまたズラリズラリの剣剣剣。
「予備は十分ですのよ!」
「さいで。んじゃま、行くか」
「はいですの!」
班長はソッチなんだがね、なんて思いながら。
俺達は、演習場の入り口で待つ先公……あー、担任の元へ向かった。
「来たか」
「はい。一つ目の課題は死者二名の損害を出しましたが、アシッドスライム凡そ50体、天鷲一体を仕留める結果に終わりましたわ」
「ふむ。十分だ」
想像通りの報告と想定通りの評価に嫌気が差す。
二人とも当然のことのように言ってるが、死んだんだぜ、二人も。
「では次の課題に向かえ。場所は先の廃墟を抜けた先にある湿地帯。そこにワームが巣を作っている。人間に見立てた人形は既に投入済みだ。失敗条件は人形の破壊、部位欠損、及び目標のロスト。わかったな?」
「質問いいスか」
「なんだ、ライラック」
「人形が投入されたのっていつですか」
「良い質問だ、ライラック。人形の投入時間は此度の演習開始時と同刻。この意味がわかるな?」
「も一ついいスか」
「……今私は一刻も早く演習に向かえ、と言ったのだ」
「いんやさ、わかってますよ。理解してます。その上で聞いとかなくちゃいけないんで、質問です」
「……いいだろう。なんだ」
「私ァ湿地帯で巣作りするワームってーと、マッドワームとアビスワームしか知らないんですわ。D級とS級の奴なんスわ。どっちスかね、相手すんのは」
「聞くまでもない事を聞いてまで大切な時間を減らすのか、ライラック」
はァ。
「──ポニテスリット、運搬頼まぁ!」
「了解した──フェリカ、先行してくれ。ただし」
「突撃はしない、ですわよね! わかってますわ!」
またも姫抱きにされる。
背中メッシュと太腿忍者は遠隔だけど、A級で、しかも復活したてなので余剰魔力がある。走力強化くらいは可能だ。
一瞬にして姿が掻き消える金髪お嬢様。その後を追う。
廃墟群の、道ではなく屋根をヒョイヒョイ進んで、追う。その背は見えやしない。当然だろう。見えちまったら神速の名が廃るというもの。
まぁ、それはいい。とりあえずいい。
「背中メッシュと太腿忍者、今回は突っ込むなよ」
「……わかった、けど。その呼び方、気に入らない」
「わかりましたが名前でよんでください!」
「そこは譲れんポリシーって奴だ。で、作戦を説明する。聞く気はあるか?」
「大丈夫、言って」
ま、この班の良い所はこれだ。
魔法少女の中には高飛車な……要はC級のクセに私に指示しないでくださいまし!? みたいなのもいるんだ。まァ魔法少女の等級は努力と内申点なんで、頑張りゃ上げられる──D級、C級は頑張ってない証みたいなもんだから、気持ちはわからんでもないんだが。
尤も上げられるのはA級まで。それ以上は才能の領域だと思う。
「先公は巣作りしてるっつってた。つーことは、最低二体以上のアビスワームがいる。最悪五、六はいる。幼体もいるかもしれねぇ。つまり危険度はSじゃなくSSだってワケ。これは理解してくれるな?」
「……間違っても、先に幼体を仕留めるのは、まずい」
「だな。幼体を傷つけられるか、近づくだけでも成体のワームが怒り狂って襲い掛かってくる事だろう。まずは成体から倒すべきだ」
「ですが、湿地帯。対象は地中に潜っていると思われます。どのようにしておびき出しますか」
問題点はまずそこなんだよな。
【神鳴】は不味い。感電で幼体に刺激が行く可能性があるのと、人形の損壊が考えられる。あと五、六体いた場合に全匹呼び出しちまう可能性がある。アビスワームってな、文字通り深淵に引き摺り込むってカンジのワームだ。獲物を地中に引き摺り込んで、窒息させて捕食する。泳ぎやすいから湿地帯にいるだけで、別にふつーの地面でも潜れる。
だから最悪六匹に気付かれちまうと全員引き込まれて終わり、なんてこともあり得なくはない。お嬢様は大丈夫だろうが。あと俺も。
「私の魔法で行くか?」
「【波動】も微妙だろう。自然界には起こりえない振動というのは、奴らに外敵を気取らせる結果になりかねん」
「ならば私の【光線】で」
「現状それが一番だとは思う。湿地に向かって照射、当たりゃあ御の字だし、掻き混ざすだけでも一匹二匹は釣れる。そこを金髪お嬢様に刈り取ってもらうのがベスト。あるいは私が撃ってもいいんだが、銃声は余計な刺激をしかねんのがな」
「ではそのように」
「──が、だ」
「?」
そもそもの話。
この課題は、連れ去られた市民の奪還、である。
別にアビスワームを全滅させる必要はないのだ。
「それは、そう」
「確かに……失念していました」
「ならば、【光線】で攪乱し、混乱の隙に人形を奪取するのが一番か?」
「あァ。金髪お嬢様にはそれをやってもらうつもりだ。勿論太腿忍者の護衛は俺達で全力でやる」
「任せて」
……これが一番簡単で、一番被害の出ない解決法、だと思うんだけど。
なーんかな。
そんな簡単に終わるワケないじゃん、みたいなさ。第六感っていうの?
いんやさ、先公の言葉にちょいと引っかかる所があったっつーか。
みたいな懸念は。
「きゃ、ぁあああぁああ!?」
……先行していた金髪お嬢様の悲鳴によって、的中を知らされた。
俺達が湿地帯に辿り着いた時、そこに金髪お嬢様の姿はなかった。
速すぎて見えない、ってヤツじゃない。それだったらすぐにでも「やっと来ましたのね!」なんて言って俺達の元に合流するはずだ。
つまるところ。
「引き摺り込まれたか!」
「四の五の言ってらんなくなったな──人命最優先だ、人形なんざどうでもいい!」
「え」
「いえ、これは機なのでは? アビスワームたちがフェリカさんに気を取られている内に、私達でどうにかして人形を奪還すれば任務達成です」
「……」
ポニテスリットは割合俺の感性に理解がある。
だから黙ってくれてはいる。けど、アイツもその方が合理的だとは思ってんだろうな。
実際座学……市民が奪われた時の対処法として習うのはソッチだ。もし近接が一人捕まって、群れがそっちに気を向けたら──ソイツは見捨てて市民の奪還を優先しろ、と。市民の命は一つ。魔法少女の命は無限。故に当然だ、と。
ヤなこった。
「ポニテスリット! 泥に向かって【波動】だ! 全力で、この湿地帯全土を揺らす勢いで!」
「そんなことをすれば、ワームに気取られる」
「梓さん! 今はその優しさ捨ててください! たった一人の犠牲で全てが解決するんです! フェリカさんは後で生き返ります! 何が問題なんですか!」
「問題はねェらしいが私が嫌だっつってんだよ」
「……一つ聞くぞ、梓」
ちょいと*1ギスり始めた班内に、ポニテスリットが冷静な言葉を挟む。
「【波動】を撃つのは構わない。だがそれをして、全アビスワームがこちらに来た場合──
「──!」
理解しているのか、なんて。
してないに決まってる。どうにかこうにか金髪お嬢様を救出して、一目散に逃げる算段だったんだ。お前等なら逃げられるだろ、っていう信頼の元だ。
けれど──もし逃げられなかったら?
俺は死にたくない。みんなが死ぬのも嫌だ。金髪お嬢様が死ぬのも嫌だ。人形は心底どうでもいい。
じゃあ、どうする。
「理解してる。んで──私が囮になる」
「……本気で言っているのか、それは」
「違いが、わからない」
おいおい、何舐めた事いってくれやがる。
こちとら殺傷能力だけはSS級に届くんだぞ。殲滅力がゴミ過ぎるのと魔力少なすぎ問題がC級に落ち着かせてるだけで。
「大丈夫だ。つか、時間が無ェ。やってくれポニテスリット」
「……断る」
「は?」
「結果的に囮にする、という作戦には同意しよう。だが、故意に仲間を囮にして自分達は逃げる、など。あり得ん」
「自分の言っている意味、理解してる?」
「梓さんは自己犠牲をカッコいいと思う方でしたか?」
やばいな。断られるとは思ってなかった。
さて説得……あァ、じゃあ任務を盾にすればいい。
「金髪お嬢様がこのまま死んだとして、誰があの人形を取りに行けるよ。湿地の泥沼ン中には多量のアビスワーム、巣には幼体がいるかもしれない。そしてまだ、誰も人形の位置を判ってない。私達の中でソレを取りに行ける奴がいるか?」
「……それは」
「む。確かに私達では無理です」
「金髪お嬢様はまだ死んでない。泥の中でもがいてる。お前等の言うように
「……自分がいなくなったが最後、奴らはこっちに来る、か」
「それだけならいいんだがな」
「?」
とにかく、と。
金髪お嬢様が今どうやって抵抗しているのかは知らんが、あまり長くは持たないだろう。
救出した方がいい理由は述べた通り。先行した金髪お嬢様にしかわからない情報……俺達にとっての不確定情報で危険な情報を持っていて、なんとしてでもそれを俺達に伝えなきゃいけない。つーことは、助けて欲しいってことだ。助けた方がいいって事だ。
いいだろ、これで。
ゴリ押しの不確定要素入れまくりだが、納得しろや。
「わかった。フェリカの救出に同意する」
「私も賛意します」
「あァ、ありがとう。二人はチャージ始めておいてくれ。ポニテスリット、一発目の【波動】は全力で頼む」
「わかった」
三方。前方、後方左右で力が集い始める。
【波動】は近接だが、チャージが可能。可能なだけでしなくても使えるのが近接たる所以なのだが、最大火力時は物凄い振動を──アダマンタイタン、と呼ばれるクソ硬いゴーレムをも砕く衝撃を出せる。
それを沼地に向かって、今吐き出そう、というわけだ。
右腕を上に、左手でその肘を掴み──目を瞑って、魔力を集中させる。
俺ぁ煙草を一本。魔煙草だ。今は魔力満タンだが、こっから使うからな。あらかじめ咥えといて損はない。
「行くぞ!」
ポニテスリットの右腕が振り下ろされる。その腕、その手。その拳が水面に着いた瞬間──湿地帯の全域が、半球状に凹む。まるで上空から巨大な空気砲でも打ったみたいに、ボコっと。
「いた! 太腿忍者、11時の方向だ!」
「【光線】発射します!」
ドームの中に、ボコりと膨らむ山。正直もー少しばかり弱めの威力の想定だったから驚いちゃいるんだが、んなこた言ってらんない。
膨らんだ形はお嬢様のソレではない。蛇腹っつーか体節っつーか、まぁ──ワームの胴体だ。そこに向かって、太腿忍者が【光線】を照射する。天鷲の頭蓋をも貫通した【光線】だ。ワームの胴体程度、なんてことはない。それは確実にワームの身体を貫通し──その痛みにだろう、ソイツが泥面に全体を現す。マンボウかイルカかクジラか、なんてのはどうでもいい。問題は、──大当たり、って事だ。
「アレだ! アイツの中にお嬢様はいる!」
「再チャージには時間がかかります! それまでどうか、逃がさぬよう!」
「背中メッシュ、幼体のいる巣に向かって【神鳴】を頼む!」
「人形、壊れる。いいの?」
「あそこに人形は無い! 思いっきりやれ!」
「そうなの? ……なら、やる」
確信は無いが、多分そうだ。
そうじゃなかったとしても俺ァ金髪お嬢様を殺したくないので、演習失敗の方を取る。
空。
暗雲も無いのに──突如出現した紫電迸る雷球が、轟音を立てて──落ちる。
一瞬だ。光より音の方が速いとか、この距離なら関係ない。光も轟音も同時につんざき、幼体とアビスワームの巣を粉砕する。
となればもう、カンカンだ。
何がってアビスワームが。
半球状から元の平面に戻りつつある水面で、金髪お嬢様を飲み込んでるヤツ含めた
「ポニテスリット! 太腿忍者の護衛頼む!」
「梓、お前まさか囮になる、などと言い出すわけではないだろうな」
「はン、馬鹿言え──私がアイツラ殺すつってんだよ!」
自らの腿や二の腕に巻き付けてあるマガジンから銃弾を取り出す。亜空間ポケットつかえねーからな、こういう工夫大事。
その銃弾は、俺専用の弾丸だ。魔法の付与を受け付ける──弾頭がスカスカで、弾丸自体の耐久性は普通のものに比べて天と地ほどの差がある特殊弾。威力は人体を貫くに至らないまである。
そこに詰め込んであるのは魔石と呼ばれる鉱石だ。簡単に言えば周囲の魔法や魔力の影響を受けた石のことで、本来は何も入ってない空っぽの綺麗な石なんだが、コイツに魔法を注入してやることで結構まがまがしい見た目になる。ソイツを更に砕いて弾薬に混ぜ込んだのがコレ。
それを――ばら蒔く。
撃つのではなく、湿地に向かって、散米が如くばらーっと。
当然、投擲したわけでもないそれはポチャンポチャンと沼に落ちた。
「チャージ、完了しまし──梓さん、危ない!」
「足元だ梓!」
「わーってるよ!」
愚直に真っ直ぐ突っ込んできた四体。
それらが俺のばら蒔いた弾丸に触れて──【即死】した。へっへっへ、殺傷能力だけはピカイチなんだよ。ソレ、文字通り死ぬほどあぶねえ障害物だ。見えねえだろ、小さすぎて。泥ン中なら尚更な。
んで、足元に来た──俺の足に巻き付いてきた奴には。
「私ァ一応近接魔法少女だっつの」
そのまま【即死】をプレゼントする。これで五体。
魔煙草をもう一本吸う。ヒェー、図体デカい相手を【即死】させんのはマジで燃費悪いんだよな。
「え」
「ん、どうし」
「ぁ」
一瞬だった。
悲鳴も無く、ただ驚きを一瞬だけあげて──背中メッシュが地中に引き摺り込まれる。
「ポニテスリット、直下に【波動】だ!」
「わかって、いる──!」
指示をするまでもなかった。既に足を振り上げていたポニテスリットの、文字通りの震脚。
辺り一帯を襲う大地震。自らの外殻を全面から破壊せんとする振動だ、それには堪らんとばかりに二体のアビスワームが地面から飛び出す。
その内の一体の口には、今まさに飲み込まれんとする背中メッシュの姿が。
「太腿忍者ァ! あのワームの胴体ぶった切れ!」
「承知!」
【光線】は何も一点照射だけの魔法じゃない。
照射中にも方向を変えられるので、レーザーカッターが如き切断力を持つ。
腐ってもA級だ、その威力は推して知るべし。
さて、胴体を割断されたアビスワームの上体が地面へベチャリと落ちる。
既に絶命しているソイツから這い出てくるは、下半身の衣装がかなり溶けた背中メッシュ。あられもない姿におじさんは目を背けたくなるのだけど、ふざけていられる場合じゃない。
地上に出てきたもう一体の方を対処せねば──と思ったら、ポニテスリットが頭部を粉砕していた。無数の触手を持つ口腔からある程度の距離までを、内側に入れた拳からの【波動】でパァンと。超絶グロキモい。
「これで七体! 金髪お嬢様は──」
「こ・こ・で・す・の!!」
沼から一匹、アビスワームが打ちあがる。
くの字に折れ曲がった体は、その頂点から突き破られた。それはもう、ドパァンと。こっちもグロキモい。
そのままソイツを蹴り飛ばして、こちらへ合流してくるお嬢様。
……。
「申し訳ありませんの! ご心配おかけしました──が、まだやれますのよ!」
「あー。亜空間ポケットにコートとかないのか、お嬢様」
「コート、ですの? ありますけれど、作戦に用いるのですか?」
「フツーに着てくれ。全裸だぜ、今」
「……きゃっ、梓さんのえっち」
魔法少女の衣装というのは魔力で編まれている。
だから魔力を使い果たしたり、魔力を吸収されたりすると、あられもない姿になってしまうのだ。
……しかし、おじさんお嬢様のカラダ注視したワケじゃないけど……無傷だった、か?
「金髪お嬢様、傷は?」
「無いですわ。あいつら、私を飲み込むだけ飲み込んで、体内で服の中に触手を入れてきたり、魔力を吸ってきたり……そればかりでした。多分、幼体に与えるために魔力が必要で、殺してしまっては安定した魔力供給源にならない事を知っているのかと」
「私も、そう。衣装だけ溶かされて、吸い取られた」
「成程ね」
これで八体。
残り二体がどこぞかへ潜伏している。俺達の脅威度がそれなりに伝わったのだろう、様子見、だろうな。
「が、その幼体が死んだんだ。形振り構わず復讐してくるだろう」
「……金髪お嬢様、アンタが負けたのはなんだ? アビスワームじゃないだろ。アンタの速度に奴らがついてこられるとは思えねえ。私が思うに、他の化け物がいると思うんだが」
「あ! そう! それを言うために息を止めて待っていたのですの。梓さんなら必ず助けてくれると──わかっていましたから!」
「あァよ、その信頼はありがてえ。で、危険つーのは?」
「ええ──あの人形、精神体が宿っていますわ!」
その声と同時。
沼に潜伏していたのだろうアビスワームの残り二体が、天高く持ち上げられた。
その身を、ぐちゃ、ぐちゃ、と。丸めて、潰して、丸めて、潰して──。
「ッ、ポニテスリット! 防御頼む!!」
その二つが、凄まじい速度で射出された。
こちら側に。
「うへぇ……」
被害は甚大……ってほどでもない。
ポニテスリットの【波動】が間に合ったので、衝撃自体はこちらに届いてはいない。
が。
「流石にこれは、気持ち悪いですわね」
「臓腑の、かたまり……」
「臭いです」
グチャグチャにされたアビスワームは絶命していた。多分丸められた時点で絶命していたのだろうが、そのグチャグチャボールを【波動】で弾いたものだから、臓腑がそのまま俺達の周囲に降りかかったワケだ。
しょうみ金髪お嬢様がアビスワームの腹から突き出てきた時も同じくらいにはグロキモかったのだけど、こっちは広範囲である分余計ヤバイ。潰れてるし。変な液出てるし。
「で、精神体か。人形を依代に憑りついて、アビスワームを手玉に取れるほどってなると、少なく見積もってもS、ヤバくてSSだな」
「驚きましたの。ワームの巣の中に人形が無い事に気付いた時には遅くて、人形ですから気配も感じ取れず……いつの間にか背後にいたソレに羽交い締めにされて、そのまま泥の中まで連行。人形をどうにかこうにか引き剥がそうともがいている内に、アビスワームに食べられてしまって」
「さっきの悲鳴はソレか」
「ええ」
ま、いきなり後ろから抱き着かれたら誰だって驚く。
で、だ。
さてこの場合の問題は。
「何故人形に精神体が憑りついたのか、何故その精神体はフェリカを沼に引き摺り込んだのか、何故その精神体はSS級に届かんとするほどの念動力を持っているか。この三つだな」
「あァいや、それはどうでもいい。化け物の発生原因なんざ知るかよ。私達がすべきはなんだ。アレの奪還だろ。謂わば今はその精神体に人形を奪われてる状態だ。この事態が突発的だったのか故意的なモンなのかはこの際おいといて、私達ァアレを無力化、拘束する必要がある」
「でも、壊しちゃダメ」
「むむ……では、殺傷能力及び破壊力のある魔法は使えませんね」
「となると」
まァ、それも自然だ。
俺なんだよなぁ。対象に傷をつける事なく相手を殺せる魔法の持ち主。
精神体つっても化け物の一種で、ユーレーだとかそういうんじゃない。ちゃんと死ぬ。だから【即死】も効く。
問題は、どうやって俺があの人形に接触するか、だ。
アビスワームを丸めてぶっ飛ばすほどの念動力。俺が近づいても同じ結果になるだろう。潰れて丸めてポイだ。考えたくもない。
「私が運ぶ、というのはどうでしょう。先は後れを取りましたけれど、相手の知覚出来ない速度で動けば問題はありませんのよ」
「……それがまぁベストだわな。三人は周辺の警戒を。何かあった時のためにチャージもしといてくれ。魔力が足りない場合は下がってくれていい」
「いえ! 私にはこの苦無がありますので!」
「いざとなれば拳で戦う」
「……何も、出来ない」
「あァさ、背中メッシュは下がっててくれていい。一応魔力回復に努めて、もう一発くらいは撃てるようにしといてくれや」
「了解、した」
では、と。
金髪お嬢様に姫抱きにされる俺。
「これじゃ両手使えねえだろ」
「実際に攻撃、というかタッチするのは梓さんですの。私は運ぶに徹しますわ」
「……まァそうか。じゃ、頼むわ」
「はいですの!」
コートは着ている。
けど、それだけだ。スタイルの良いこのお嬢様のあれやそれがコート越しにダイレクトに伝わってくる。抑えるものまで溶かされてたからな、それはもう、うん。
おじさん女の子で良かったよ。これ犯罪だよ普通に。いや心はおじさんだから今も犯罪だと思うんだよ。
「行きますのよ」
「あ、あぁ」
目指すは中空に浮遊する人形。
何をしているのか、何もしていないのか、精神体はその場にとどまったまま動かない。ならば好都合と──金髪お嬢様が少しばかり姿勢を屈める。
次の瞬間、俺とお嬢様は人形の真後ろにいた。
──速すぎる。流石神速。けどね、おじさん一般人なの。そんな早い展開ついていけないの。
「ッ、離脱しますの!」
グゥン、なんて音がして、今の今まで俺とお嬢のいた空間が歪む。そのままこちらに追い縋る様にして球形の歪みが迫ってくるが、金髪お嬢様は器用にも足元に展開した亜空間ポケットを蹴って空中を移動。みんなのところへ辿り着いたころには、追撃も止んでいた。
「──すまん。速さについていけなかった」
「いえ、私の方こそ少し張り切り過ぎましたわ。コート越しとはいえ直で感じる梓さんの体温……ふふ」
「うわぁ」
「イチャついている所悪いが、二人とも──来るぞ」
何が、って。
泥の砲弾が。
「ポニスリ!」
「とうとう略されたか。まぁ、わかっている。防護はしてやるからとっとと作戦を考えてくれ」
「助かる。……つっても、もっかい同じことするだけなんだが」
「ええ。今度は掛け声を言いますの。3カウント。それが0になったらあの人形の背後を取っていると考えてくださいまし」
「了解した。……怖いのは、相手が迎撃を考えていた場合だが」
「大丈夫。私に秘策がありますの。梓さんは安心して、というか集中して、魔法の使用をお願いしますの」
「……わかった。信じる」
泥の砲弾。最初は大きかったそれが、小さく、ガトリングが如き礫の雨に変化している。それすらも弾く【波動】は流石の一言だが、これでは接近は難しいか、なんて考えていた所に、「3,2」とカウントが入った。
オイオイ、これで行く気ですか。そうですか。じゃあ今度こそ失敗しないように集中しますねオジサンは。もう43歳の身体じゃないんだ、若い反射神経と動体視力は十二分に追いつけるはずだ。
だから。
「1──0!」
「ここ!」
触れる。しっかり人形に触れる。発動するは【即死】。
あっさりと人形は力を失い──重力に従って落ちて行く。
それは、俺も同じく。
「お嬢──ッ!?」
自由落下だ。
俺を支える金髪お嬢様。その手に力はない。
当然だろう。
「……対策の、対策は──ばっちり、ですのよ」
彼女は俺を抱きしめていた。
その全身に、泥を固めた礫を食らった状態で。
──背中から下半身にかけてを半球状に抉り取られた状態で。
尚も。
ごふ、と。
大きく血液を吐く金髪お嬢様。その身がもう保たないことなど一目瞭然。
そのまま落ちても──地面にぶち当たる痛みを味わうだけだ。
「……大丈夫です、あずさ、さん」
「何を」
落ちて行く。
落ちて行く中で、金髪お嬢様が言う。血まみれの口で、苦痛に塗れた顔で。
「勝手に……死にます、から、殺さなくても──大丈夫、ですわ」
「──ッ!」
落ちて行く。
地面までの距離はもう数mとない。
違う。そうじゃない。そういうことじゃない!
ああ。けれど、俺は。
俺は。
彼女を──殺した。