国家防衛機構・浮遊母艦EDENには五つの監視塔と中央塔が存在します。
そのうちの一つが名前を同じくした魔法少女育成学園エデンであり、ライラック様を含む現教育課程にある魔法少女の皆様方が暮らしている場所となります。
私達のような教育課程を卒業し、学園を出た魔法少女は、軍事塔と中央塔の決定によって各組各班各隊に振り分けられ、基本的には異動もなくそのまま同じ隊として過ごす……の、ですが。
「一時的な異動、ですか」
「そうだ。ローグン。お前の気持ちとしては、私やエミリーの傍にいたいのだろう、ということはわかる。だが、今回の件を通してお上はどこか急いているようでな。梓の安全を確保する事と共に──目が欲しい」
「なるほど」
「私もエミリーも防衛班であり、あまりEDENから動くことが適わない。たとえエミリーの心の傷が癒えたとしても、何も知らず、何も動けずでは少々難しい部分が多い。よって、異例ではあるが──お前は明日より、ライラックのメイドとして生活してもらう」
「キリバチ様のお世話は……」
「リヴィルがいる。何、一時的な話だ。ライラックが完全に自立する頃には戻ってきてもらう。それまでの手伝いをしてほしい。加え、上からの干渉があれば、すぐに、だ」
「……承知いたしました」
正直な気持ちを述べるのならば、やはりお二人の傍にいたい、仕えたいという願望はある。
けれど、キリバチ様が動けないが故の手足となれ、というのであれば理解もできる。姉はそういう事には向かないし、私の【侵食】であれば様々な場合に対応が可能だ。
「アールレイデ様の元に向かう、ということになるのでしょうか?」
「ああ、そこの説明をしていなかったな。AクラスA班はそのままだが、仮の部隊としてライラック隊というものが組まれる事になった。特例組遊撃班ライラック隊だ」
「特例組……【寄生】のネイビー・ブルー様の所属する組ですね」
「彼女は潜入組だが、まぁそういう事だ。未だ在園中の学生に対し班が与えられ、隊にまとめ上げられる、というのがどれだけ異例かはわかるだろう? お上の判断だけで作られようとしていたのでな、お前をぶち込ませてもらった次第だ」
「成程。承知いたしました」
上の意向でライラック様のためだけに作られた部隊、など。
軍事塔も司令塔も通さない特殊な事例に当たらせるための部隊の可能性が高い。故のお目付け役、ですね。ライラック様に対しても、上から派遣されるだろう何者かに対しても。
「そうそう、ローグン」
「どうされましたか、キリバチ様」
「ライラックの世話をするんだ。一日中つきっきりで、風呂や着替え、睡眠も手伝うんだぞ。アイツが嫌がっても、だ」
「ふむ。……よろしいのでしょうか?」
「どの道、魔法少女としてやっていくには女慣れしておいてもらわんといけないからな。ハグだのキスだのでうろたえたり怒ったりしているようでは、隊員とも上手くやっていけないだろう?」
それは余計なお世話なのではないでしょうか。
などという言葉は口にしませんとも。キリバチ様の言動には時折こういう大きなお世話というかお節介というか、多分当人は望んでいないのでしょうね、というような命令が散見されますが、私も面白そうなので賛同いたします。
今回の遠征を通してわかりましたが、ライラック様は言動さえ見た目通りであれば、非常に質の良い顔立ちをしていらっしゃいます。粗暴なそれをどうにか矯正出来得るのならば、非常に可愛らしい少女になると推測されます。
無論、今の方がカッコよくて好きですわ、との意見も頂いておりますが。
「頼んだぞ、ローグン」
「承知いたしました。それでは」
下がる。
さて──ところでこれは、私も久方ぶりの学園生活、になるのでしょうか?
「あー。つーわけだお嬢。別にAクラスA班を抜けるってワケじゃねェが、私ァ自分の隊ってモンを持つことになっちまってよ。なンだ、まー。んー」
「なぜそうも申し訳なさそうにしておりますの? これからは肩を並べて戦える……そういうことではなくて?」
「……敵わねェなァ、お嬢には」
学園塔。卒園者が立ち寄る事は滅多にないものの、ここで過ごした数年のことはしっかり覚えております。姉を含む学友。教師の方々。後輩と呼べる存在。それらは今やともに戦場を駆ける同士となりましたが、学園内においては切磋琢磨もしたものです。
特に私達姉妹は初めからS級を頂いていたこともあってか、やっかみや嫉妬も多く……全部躾けたものの、ふふ、良い思い出ですね。
「それで、隊員はどなたになりますの? 遊撃班、というもの自体聞いたことがありませんが……」
「一人は私でございます。及び、本日よりライラック様の身の回りのお世話をさせていただきます、コーネリアス・ローグンと申します。B級の若輩者ですが、どうかお見知りおきの程を」
「だから、貴女程の人を若輩者呼ばわりできる魔法少女は限られてくるのだが……」
「ン? あァそォいやポニテスリットは初めから知ってた感じだったよな。あの小学校のときにも大物だのなんだのって」
「コーネリアス・ローグン。EDEN防衛組防衛班エミリー隊所属の【侵食】……S級魔法少女としても有名ですが、不死の魔法少女、という名の方が知っている方も多いと思いますわ。私もそっちで知っていましたし」
「へェ、不死の魔法少女。あァ、身体の部位がどっか残ってりゃ【侵食】できるからか」
「はい。恐れながら、蘇生槽の使用回数が全魔法少女で2番目に少ない事は誇り得ることではあるかと」
「2番? 1番は誰だよ」
「え?」
「何を言っているんだお前は」
「……あァ私か!」
戦闘中は気付きを主とした様々な面でご活躍為されたライラック様ですが、そういった魔法少女における常識等の面には少々疎いようですね。
これは、様々な嘘が仕込めそうな。
「それで、残りの三方は誰ですの?」
「なンで3人限定なんだよ」
「隊は基本5人で構成されるから、ですわ」
「……そォなのか」
「もう一人は、こちらです」
先程から、教室のドアの隅に隠れて私達の様子を窺っていた少女。
もう知れた中でしょうに、人見知りなのでしょうか。ガーゴイルの情緒というのはわかりませんね。
「……誰ですの?」
「ふむ。見ない顔だな」
「新しい子でしょうか!」
「お、太腿忍者。帰ってきたのか」
「はい! 一度死にましたが!」
「……そォかい」
廊下の天井を無音で走り、ライラック様の背後に着地した後、その隠密行動からは考えられない程の声量で挨拶をした元気な少女。【光線】のユノン様ですね。確か魔法少女になる前は忍者であったとか。西方文化の一つですが、多少、興味深くはあります。
先程の天井移動、魔力を使っていないようでしたので。
「私も、帰ってきた。何の、話?」
「おー背中メッシュ。なんか久しぶりだな」
「そう?」
こちらは普通に窓から侵入してきた、シェーリース様。【神鳴】は私達の耳にも届く超攻性魔法です。……背中メッシュ、とは。なるほど、確かに大胆な背面露出……。ライラック様はこういうのが好みなのでしょうか?
なお、窓からの侵入はA級以上の魔法少女ならば普通です。わざわざ廊下を歩くのが面倒くさい、という方は多いですからね。軍事部の方にも多く見受けられます。
「皆さま、申し訳ないのですが、彼女に幾ばくかの時間を頂けないでしょうか?」
「あ、そォだった。すまねェな、なんだか久しぶりで色々盛り上がっちまった。ほら、入って来いよ、シエナ」
「う」
ギ、ギ、ギと。
錆びた水車が如く、少しずつ身体を出すシエナ様。
恥ずかしさ……だけではありませんね。恐怖も混じっている様子?
……いえ、そうですね。
当たり前ではあるのでしょう。少しだけ、準備をしておきましょうか。
「誰? なんか、変な気配だけど」
「言われてみれば、どこか魔物を彷彿とさせるような!」
「何?」
「──きゃっ!?」
何の前触れもなく【神速】を使用したアールレイデ様を止めます。
彼女はSS級ですが、少しばかり仲間を大切にしすぎるきらいがありますからね。特にライラック様の事に関しては、考えるよりも先に身体が動く、というような様子を何度か見せています。先日の迷宮掃除もそれが理由でしたから。
「ッ、どうやって……!?」
「流石に【神速】についていける程の速力はありませんが、狙う場所が分かっていれば止める事は容易いのですよ、アールレイデ様」
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません! 今すぐに出て行きますので!!」
「いんやさ、大丈夫だよシエナ。お嬢も落ち着きな。3人も、だ。あんまり殺気立つなよ、ピリピリ来てるぜ」
その言葉に臨戦態勢を解く皆様。
ふむ。よく躾けられている様子。それに……自分に向かうもの以外の殺気も感じ取れるようになった、のでしょうか。そうであれば、それはもうれっきとした感知魔法に匹敵するのですが。
「……許せませんの」
「えェ? 何がだよ」
「許せませんのー! この方の正体は大体掴めましたけれど、それはどうでもよくって、ずるいですの! なんでこの方だけ名前呼びですのー!!」
「……あー。そいや、なンでだろォな」
幼子でしょうか?
とてもSS級としての……いえ、まだ在園中の身ですからね。多少はこういう所もありましょう。
しかし、そのずるい、という感覚は他の皆様も持っている様子。私も冷静メイドなどと呼ばれていますが、確かに何故シエナ様だけ名前なのでしょう。
「あの、本当に私は、皆様に害をなすようなことはしませんので……」
「やはり、魔物なのか」
「う、いえ。あ、その。……はい」
「材質からして、ガーゴイル?」
「はい……。主ディミトラ様より遣わされました、人格分割型戦闘用ガーゴイル・
何故か未だに力を緩めようとしないアールレイデ様を余所に、自己紹介が始まっていく。
そう、シエナ様はディミトラ様側からの此度の騒動の礼、ということで、このEDENに遣わされました。ガーゴイルという魔物ではありますが、ディミトラ様の完全な制御下にあること、ライラック様や私が口添えをしたこと、中央部ジャハンナム様の認可が下りた事もあって、ライラック様の卒園までの間、エデンで過ごす許可が与えられたのです。
EDENに魔物が入り込む、というのは異例中の異例なのですが、前例がない、というわけでもありません。
ネイビー・ブルー様が魔物に【寄生】したまま帰投したことや、迷宮のソテイラ様から学園長様に対し多少の"要望"という形で彼女自身がいらしたこともありましたから。
それにしても、シェーリース様もユノン様も、気配で相手が魔物であるかどうかを図り得るというのは……遠隔故、なのでしょうか? 私も姉も近接故に感覚のわからない事ではありますが、あまり聞かない話なので驚きました。
何か忍術の心得などで……いえ、シェーリース様は別に忍者、というわけではないのですが。
「シエナはあくまで機体名ですので、梓・ライラック様が私を名前で呼ぶのはそのような事であると認識しております、が……」
「あァ、そンな気がする。EDENみてェなもんだろ? シエナってな」
「はい。今後私の姉妹機が生まれた場合、同型であるのならばその子もシエナになります」
「そ、そうですのね。……それでもなんだかずるいのですけど」
「アールレイデ様。どうして未だに力を込めたままなのでしょうか?」
「出来得るのなら、このままお手合わせ願えないか、と思いまして」
「出来得ませんので、退いていただけると幸いです」
かかる力が消える。
……聞いていた以上に脳筋、いえ、戦闘意欲の高い方ですね。
もっとも、ヴェネット様も一時期「融かしてから考えればいい」などと仰っていましたので、SS級というのはそう言う方の集まりの可能性もありますが。
「模擬戦闘であれば、後程修練塔でお受けいたします。私はライラック様の身の回りのお世話を任された身──故に、お食事も湯浴みも睡眠もお着替えも、そして排泄に至るまでの全てを
「エ、そこまでされるって聞いてないんだがっつか嫌なんだが」
「ふ、ふふ。私の想いを知っていて、その上での挑発。ええ、ええ、わかりましたわ。その宣戦布告──我が【神速】にかけて、有無を言わせぬ速度で叩き切って差し上げますわ!!」
面白い。
なんともからかい甲斐のある少女達だ。ミサキ・縁様もどこかこちらを気にしているようだし、ユノン様とシェーリース様も……まだ芽生えかけではありますが、ふむふむ。シエナ様は言わずもがな、ですが。
いいですね、学園生活。
楽しみが増えました。
「残りのお二方は学園に入る気はない、とのことです」
「そうなのか……」
「だからまァ、ライラック隊なんつー仰々しいモンは組まれたがよ、直近に入ってる任務っつーモンは無い。ってなワケでAクラスA班としてよろしくやらせてもらわァってな。あ、シエナもAクラスに転入になったンで、そこんとこ頼まァよ」
「そ、それはローグンさんも、ですの?」
「いえ、流石に……」
辞退させていただきました、と。
そう言おうとしました。
言えなかったのです。
私としたことが気配に一切気付かず接近を許し、顔の後ろから手を回され口を塞がれ、その書類を強制的に見せられてしまいましたので。
顔は見えませんが、さぞかし厭らしい顔で笑っていることでしょう。
「喜べローグン。キリバチ殿からお前の再編入届けを頂いた。くく、何十年ぶりかの学園生活、とくと楽しむがいい」
「……」
書類には、その旨と、承認のサイン。
……これは、嵌められましたね?
「っと、おいおい、大人になったのだから掌を舐めて剥がす、なんていう子供染みた手法を使うのは止めろ」
「これから生徒になる相手に対して背後から口を塞ぎ、耳を塞ぎたくなるような声をかけてくる"敵"への対処法としては十二分であるかと」
「ほう? お前、敵の手を舐めるのか。随分と落ちたなぁ、コーネリアス・ローグン?」
「模範となるべき教師が自らの悦のために醜態を晒すなど、随分と地に落ちましたね、えるるー」
にやりと。
今まで生徒には絶対に見せて来なかったのだろう笑みを浮かべるは、D級魔法少女えるるー。西方出身の魔法少女でありながら、その滅び以前にEDENへ身を寄せていた魔法少女で、その魔法の特性から軍ではなく教職を選んだ──私の同期。
誠に遺憾ながら。
かつてのAクラスB班の隊長と隊員の関係、でもあります。私は遺憾な方です。
「……先公アンタ、えるるーって名前だったのか」
「ほう、ライラック。遠征に行って少しは成長したものだとばかり思っていたが、担任教師をアンタ呼ばわりするくらいにはトチ狂って帰ってきたようだな?」
「じゃあ鬼畜教師でいいですかい?」
「お二人のじゃれ合いも懐かしくて良いのですが、私としましては今のローグンさんとの……その、旧知の強敵同士、みたいなにらみ合いに、色々と感じてしまいますわ……」
「はい! ただならぬ関係と見えました!」
「もしかして、昔付き合ってたりした?」
「──お前達、余程罰が欲しいらしいな」
シェーリース様。
やめてください。
あまりそういう揶揄い方をすると──とても凄い事をしますよ。
「何か、殺気を感じた。つつかない方が、いい」
「どちらにせよ少しばかり配慮にかけるぞ三人共。えるるー先生とて魔法少女。つまり少女なのだ。恋の一つくらい……」
「縁、お前はもう一度迷宮に行くか、うん?」
とても──騒がしい事で。
いいですね。
学園生活、という感じがします。青春ですね。
「馴染めそうですか、シエナ様」
「あ……はい。その、見ているだけでも新鮮で、楽しいので。主ディミトラからは、学園というものを経験してきなさい、と言われて……その、少々戸惑いましたが」
「ガーゴイル種である、という事に偏見を持つ者、あるいは何か悪意を持つ者もいるやもしれません。その時は是非ご相談ください。両者に禍根を残さず、かつ迅速に殲滅……もとい、仲裁して見せますので」
「はい! よろしくお願いいたします!」
……この子もこの子で色々嘘が仕込めそうですね。
ふう。
純朴な少女に囲まれる、というのは……中々に疲れますが。
キリバチ様からの命とあらば致し方ありません。私も学園生活を楽しませていただきましょう。
「あー。その、本気なのか?」
「何が、でしょうか」
「風呂だのなんだのまで全部世話をする、ってのだよ」
「はい。それは勿論です。ライラック様が身体の如何なる部分に力を入れずともいいよう、全ての世話を私が行いますので、ご安心ください」
「……」
久方ぶりに受けた授業。久方ぶりに歩いた学園。どれもが新鮮であり、且つ懐かしくもあり……。
とても充実した一日であった、と言えるでしょう。
ですが、メイドの本領はここから。学園が終わり、寮へと戻ったライラック様のお世話の全てをさせていただくのですから、死力を尽くさなければなりません。
「それにしても、少し驚きました」
「あァさ、何がだよ」
「失礼ながら、もっと殺風景な部屋であると思っていましたので……こんなにも少女らしいとは」
「んー。まァ私もどォかとァ思うんだけどよ。ぬいぐるみとかってな、家族が持ってけって言ったモンだから大事だし、ベッドだのなんだのァEDENに上がって右も左もわからねェ私にぴったりついてきてくれたお嬢の選んだモンだから、まァ大体お嬢様の趣味だよ。別に不満ァないんで、こうして使ってるってだけだ」
「なるほど、アールレイデ様の」
それならば納得です。
いえ、本当に失礼ながら、もっと物が何も無い空間、だとばかり思っておりましたので。
薄い紫のシーツやベッド、桃色のクッション。床にはラグマット、テーブルも小さな可愛らしいデザインで、棚やその上の小物に至るまで、その、とても少女らしい、といいますか。
なんであれば私や姉よりも少女らしいでしょう。いえ、まぁ、私どもは特例かもしれませんが。
棚の上に飾ってある手紙は、恐らくはご家族のものでしょう。
……魔法少女になってから一年に満たぬというライラック様。まだ、思う所はあるのでしょうね。
「どうせだ、風呂ァ大浴場使うか。2人も入れねェしな」
「私は湯船には浸からず、お体をお流しするだけでもよいのですが」
「はン、ンなことさせてみろ、私が罪悪感で溺れ死ぬよ」
「……わかりました。しかし、大浴場ですか。私の在園中には無かったものですね」
「そォなのか?」
「はい。ですので少しばかり楽しみです」
EDENは基本不変の存在……に思われがちですが、改築工事はそれなりの頻度で行われています。建築や改築に適した魔法を持つ魔法少女がおりますので、その方々を起点に拡張や改変が。その点で言えばディミトラ様の【鉱水】も建築に適した魔法ですね。
そも、隔離塔や修練塔はディミトラ様の手が入っている、などと言われておりますし。真偽のほどは定かではありませんが。反魔鉱石をああいった形に加工出来得るのはディミトラ様だけ、ということでの噂ですから。
「大浴場は学園の一番下にあンのさ。結構使用率ァ良い方らしいぜ。私ァ今まで一度も使ってこなかったが」
「どうして、でしょうか」
「ん-。ま、そこまで気ィ許して無ェから……っつーと、ちょいと語弊を生むか。あんまりな、近付きたくねェんだよ。家族みてェなことすると……近づいちまうだろ。距離が。そうなった相手が死んじまったり、殺さなくちゃいけなくなったりするってな、ちょいとキツいのさ」
「それならば、私はご安心いただけるかと」
「死に難いから、か?」
「はい。これよりライラック隊に参加するお二方以外に、もう一人貴女様用の護衛がつきます。貴女の実力をAに至らせるための試練は未だ続いていますが故。ですが、その方は私よりは死にやすいでしょう。その点私は、髪の一片でもあれば【侵食】によって新たな自分を生み出す事が可能です。貴女を一人にはしません」
「……あァよ、信じてるよ。今回の件で、アンタが案外情熱的な奴だってのも知れたしな。風呂に入るくらいァ近づいてもいいだろ。あとはまァ、気付いたってのもある。私っつー奴ァ、あんまり仲間ってーのの事を信じ切れてなかったっぽいんだ。すぐ死ぬ奴らだ、って。そう思ってた。だから近づきたくねェだの名前で呼びたくねェだのと……」
段々尻すぼみに言葉の小さくなっていくライラック様。
死にたくない。殺させたくない。殺したくない。苦痛を負いたくない。
仕方ない場合は、あるいはそれ以上の苦痛を背負わせてしまう場合は【即死】を用いるけれど、出来得ることなら使いたくない。使いたくはないし、使用したのならば酷く後悔し、傷を負う。
……優しい方、ですね。
その理念が、ではなく。
ただ、他人の痛みを背負い得るのは、優しい方の証拠です。
「大浴場に向かいましょうか、梓様」
「ん。……ん? 名前で呼んでくれンのか」
「今の話を聞きましたので、私にとってそれほど近い方である、と。そう告げたつもりなのですが、伝わりませんでしたでしょうか」
「おゥ、嬉しいが、いいのかよ。鬼教官とか暴走繭とか、想いを寄せる相手はいンだろ?」
「ふふ、近しいからといってそのまま愛恋に繋がる、という事はありませんよ。梓様は私にとってお世話し甲斐のある相手、という事です。私が来ましたからには、存分に甘やかして差し上げますので、お覚悟のほどを」
「身の回りの世話まで任せちまったら依存しちまいそォでこえーよ」
「させる、と言っております」
「あー。ま、できるモンならな。ほら、さっさと行くぞ」
「はい」
許可は頂きましたので。
……アールレイデ様。お先に失礼いたしますね。
「ふぃー……」
「このような空間があるとは、本当に驚きです」
「んー。ま、エデンにいなけりゃ知らねェだろォからなァ。……そいやシエナって風呂とか入れンのかな」
「どう、でしょう。ガーゴイルですから、通信端末のように水に弱い、という事もなさそうですが」
「ガーゴイルの風呂事情なんざ誰も知らねェか」
なるほど、大浴場。
その名が示す通り、とても広い空間に作られた浴場は、私達以外にも様々な魔法少女が利用しています。等級区分は様々ですが、ふむふむ、中々に粒揃い。中には私の耳にも届くような脅威……もとい、強さのある魔法を持つ方もいらっしゃいます。
おや、あちらは【千刃】の。それに奥で眠っているのは【王槌】でしょうか? 最近S級に上がった期待の新星【打擲】と【水蹴】のお二人も。
やはり、私共の時代より魔法少女の数も質も上がってきているように思いますね。えるるーなどD級のままですからね。ええ。
「大きい方が、好きなのか?」
「はい?」
「さっきから見てる連中は、みんな大きいじゃねェか。そいや鬼教官も大きかったよな。……私ァこんなだが」
「いえ、そういう目で見ていたわけではありませんが」
まさか梓様の方からそのような話題を振ってくるとは思っていませんでした。
女性慣れさせておいた方が良い、とはキリバチ様の言葉ですが……悪影響を受けているような。主にグランセ様から。
自分の胸を触って、私のものと見比べる梓様。
……困りましたね。私もあまりこういう話題は得意ではないのですが。得意ではないだけでできるのでお付き合いしますが。
「梓様」
「なんだよ」
「魔法少女は成長しないため、胸の大きさもスタイルもそのまま変わる事はありません。ですから、他人を妬んでも仕方ないのです」
「いや別に妬んでるってわけじゃ……」
「ですから、変わらない自分を磨きましょう。自分のスタイルを誇れるように着飾ること。それこそが他者の気を引く第一歩です」
「おォやけに力説すンな。もしかして学園生活で、やっぱり先公とヌォァ!?」
「あまり余計なコトは言わないように。今は無防備である事をお忘れなく」
……つるつるした、少女らしい良いお腹ですね。
もうちょっと触っていたくなります。
「あれ。珍しい組み合わせだね」
「ひゃ!?」
「おや、この声は……【透過】のあるるらら様でしょうか?」
「うん。久しぶりだね、ローグンさん」
「い、色々聞きたい事があるが、とりあえず私ン中から出てけキラキラツインテ!」
「えー。どうしようかな」
突然ライラック様の中から聞こえてきた声。
A級魔法少女、【透過】のあるるらら様ですね。えるるーと同じく西方出身でありながら、その思慮深さや達観した世界観は見習うべき点の多い魔法少女です。いえ、西方の出身者には学ぶ点の多い方が多数おられるのですが、どうしてもえるるーの事を考えると……。
「ローグンさんも、何か、昔に有耶無耶になってしまって終わってしまった恋で、少しばかり思う所がある……というような顔をしているね」
「……なるほど、これが【透過】、ですか。なんとも……不思議な、感覚、ですね」
「ふふふ。我慢しなくてもいいんだよ。気持ちがいいでしょ?」
「ふゥ。やっと出てったか。つか、やっぱり先公と何かあったンだな」
「いえ、別にそのような、ことは……んんっ」
視線が向くのを感じました。
少しばかり──刺激の強い声を出してしまったようですね。
しかし、この刺激は……口を押さえなければ。
「あるるらら様。仕返しは期待、ひぃッん、──う」
「ふふふ。貴女の【侵食】は私とは相性悪いからね。全然怖くないよ」
「おォ。あの冷静メイドが、随分と可愛い声出すんだな」
「だ、誰だって胃壁を触られたらこんな声を出してま、ぅん、っふ……」
これはいけない。
あくまで私はキリバチ様から遣わされた冷静沈着な万能メイドであるというのに、初日からこうも手玉に取られるわけには。
というかあるるらら様は何故ここにいるのでしょう。とうの昔に卒園されたはずでは。
「キラキラツインテ、そろそろやめてやれ。それ以上は……多分、色々と不味い。つか胃壁触るってなンだよこえーよ。それでそんな甘い声出してる冷静メイドもこえーけど」
「おや、そう思うのなら、やってあげようか?」
「遠慮する。つか拒否する。冷静メイド、【透過】っつーのァ憑りつくわけじゃねェから、移動すりゃついてこられねェぞ」
「──なるほど」
湯船に波紋の一つも立てず、移動する。
自身から温かい何かが抜け出でて行く感覚。ふぅ。
恐ろしい魔法です。あるるらら様の言う通り、【透過】と【侵食】は非常に相性が悪く……一対一の対決をしようものなら、どんな可能性も見いだせずに負けてしまうでしょう。
その所業含めて、天敵、ですね。心の手帳に記入いたしました。
「ふふふ。今日は別用で学園塔に寄ったのだけど、思わぬ収穫があったね。それじゃあ、満足したから私は上がるよ」
「いやいや。流石に普通に湯船にァ浸かってけよ」
「いいの? 二人の仲睦まじい雰囲気を破壊したものだとばかり思っていたけれど」
「自覚あンのかよ。つか別にンな雰囲気じゃねェよ」
「私としましても、【透過】を使われない限りは特に問題ありません。使われる場合逃げさせていただきます」
「なるほど、冷静メイドを焦燥させるにァキラキラツインテを連れてくりゃいいのか」
あぁ、梓様が余計な知識を覚えてしまわれた。
……何か、回りまわってキリバチ様にまで届くような気がします。後でキツく口止めをしておきましょう。
「他の奴らもいるのか?」
「さっき言った通り、別用で来ただけだからね。ああ、でも貴女には一応報告しておくよ」
「ン、なんだって私に」
「ガーゴイル・シエナの体内には特に怪しいものはなかったよ。私にはよくわからない機構については、逐一どんな機能があるのか教えてくれたしね」
「──あァ、そういう用か」
なるほど。
確かに【透過】は、対象を壊さずに調べる事に関して最上位であると言えましょう。
……つまり先ほどの感覚を、シエナ様も……。
「そういうことで、これから報告に行かなきゃいけないから。ごめんね、お邪魔したね」
「いんやさ、んじゃ揶揄うためだけに服脱いで【透過】使ってンなことしたってのかよ」
「そうだよ?」
「……あァさ。もーいーよ。つか、あァそォだ。班長に伝言頼むわ。キラキラツインテ含めて、今度さ。前できなかったお菓子パーティっつーのをしてみたい。だから日程空いたら頼むよ、ってさ」
「ん。わかった。伝えておくね」
そう言って、床に消えて行くあるるらら様。
……嵐のような方でした。
「嵐かアイツァ」
「私達もそろそろ上がりましょうか。余り長い湯浴みは、逆上せてしまいますよ」
「ん」
ついでに、少女達を強く刺激してしまったようなので。
……退散が最上の選択かと。