遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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32.糸伊豆織其韻歩端斗塔理夜地軽伏立冬後羅時.

 昇級試験は実技と座学の二つに分かれます。

 実技においては実際に形成地点から生まれ落ちる魔物と戦闘し、遠方より観測する試験担当者によっての10段階評価が為されます。C級、B級までは「どの魔物を倒せ」に終わるのですが、A級以上を目指す場合は「人形を無傷で守りながら魔物を倒せ」や「建物を傷つける事無く魔物を倒せ」などの条件が課され、それの達成度合いや達成時間によっても評価が左右されます。

 とはいえ生徒の皆様は日々の演習によって似たような事をされているかと思われますので、そのあたりの理解は特に難しいものではないかと。毎年多数の死傷者が出ますが、()()()()ですので。

 

 問題は座学でしょう。

 エデンに入園する時期、というのは決まっておらず、途中編入*1となった魔法少女は寝る間も削って今行われている授業内容に追いつく必要があります。無論、年度終わりに来る座学のみの試験に落ちた場合は学年を上げることすら適わないため、学び直す事ができるといえばできるのですが。

 寝る間も削って、とは言いましたが、魔法少女は魔力消費以外では疲労と無縁の存在であるため、際限なく勉強を行う事も可能です。集中力が保てば、ですが。

 

 さて、そんな座学ですが、当然どの年にも「危ない人」はいるもので。

 梓様のように教本の内容を全てを頭に入れている、などといった勤勉な方もいれば、私の元に頻繁に相談をしにきている少女、カギネ様のように勉強が苦手過ぎて一年分の授業が一切頭に入っていない、という方もいらっしゃいます。

 そんな、カギネ様を始めとした「危ない人」達に「補習授業を開いてほしい」と頼まれてしまったのが数日前。

 

 私は梓様お付きのメイドであるためと断ろうとしたのですが、当の梓様から「付き合ってやってくれよ」との打診が。

 それでも護衛であるので、と抵抗しようとしたところ、今度はアールレイデ様から「エデン内にいる内はなんとしてでも守りますわ!」との強い横槍……もとい提言があったため、それならばと引き下がった次第です。実戦経験や瞬時の判断であれば拮抗の可能性もありますが、SS級魔法少女【神速】のフェリカ・アールレイデ様の守りあっては私の出る幕もないでしょう。

 他にも【波動】の縁様などAクラスA班の方々が常に共にいらっしゃるようですし。

 

「ローグン先生!」

「はい。どうしましたか?」

「精神体を倒せって言われた場合、私達みたいなのはどうすればいいんでしょうか?」

「ああ、実技ですか。精神体を倒せ、などは遠隔魔法少女でなければ課されない条件であると思われますが……」

「去年の座学に文章題で出たんですよ。"自身の魔法を用いて精神体と相対する場合、最も適した行動を500文字以内で表しなさい"、というのが」

「なるほど」

 

 今どきの魔法少女はそんなことまで……。

 時代は変わりますねぇ。

 

「まずカギネ様。貴女は依代の有無で判断が変わりますね。魔法【深挟】……近接でありながら遠隔にも対応可能な魔法ではありますが、遠方に浮かんでいるような精神体にはあまり効果を見出す事はできません」

「そうなんです。実体のある精神体ならどうとでもできるんですけど、ないもの相手にはどうしようもできず……けど、どうにかしないとダメだと言われたら、どうしたらいいんだろう、って」

「ふむ」

 

 さて、答えは明確なのですが、ここでポンと私が答えを出していいものやら。

 えるるーに言われたから、というわけではないのですが、生徒の皆々様の学ぶ機会を奪ってしまうのではないでしょうか。ローグン先生、などと呼ばれている手前素直に教えて差し上げる事も吝かではないのですが……。

 

「あ、じゃあ、それは自分で考えるので、先生はどうやって精神体を倒すのか教えてくれませんか?」

「私ですか。それくらいならば、いいでしょう。ちなみに私の魔法は知っていますでしょうか」

「はいはい! 知ってます! 【不死】ですよね!」

「え、違うよ。ローグン先生は【分身】魔法だよ」

「【白亜】のオーレイアさんが憧れだと仰っていたので、世界変質系の魔法だと思うのですが……」

 

 途端騒がしくなる補習教室。

 やはり、あまり知られてはいないようですね。安藤様もそうですが、魔法とは見てわかりやすいもの、のような先入観が付随しがちですので、私達姉妹の魔法は推測し難いのでしょう。その結果から見ても、確かに【分身】などの方が合っていますから。

 

「私の魔法は、【侵食】といいます。──とてもグロテスクな魔法なので皆様に見せるのは抵抗があったのですが……どうしても見たいというのなら、お見せしましょう」

「そ、それを見せないと、精神体の倒し方は教えてくれない……んですか?」

「実演は必要でしょう?」

「うー……なら、見ます。見たいです! 見せてください」

「私も興味があります」

 

 ふむ。

 良いでしょう。

 

 では──と、カギネ様にペンを向けます。

 ごくりと喉を鳴らすカギネ様。

 指先でペンを回し、その最中に【侵食】を発動。自らの指の骨を形成。

 

 知覚強化もしていない皆々様が再度ペンを認識した時には、何者かの骨が指先にあるという──。

 

「きゃあああああ──!?」

「申し訳ありません。そこまで驚かれるとは」

「え?」

 

 すぐに【侵食】を解く。多少、やってしまった、という気持ちはありながら──けれど、カギネ様たちの顔を見て、"そう"ではないことを悟りました。

 

「い、今の私達の声じゃ……」

「そのようですね。廊下……学園塔の上階からでしょうか」

「悲鳴、ただ事では無さそうでした」

「皆様はここで待機を……と言いたい所ですが、分散する方が危険そうなのでついてきてください」

「はい!」

 

 学園エデンでの悲鳴。それに上階、となると、寮の可能性もある。

 魔法少女というのは意外と胆力のある生物です。驚きよりも先に攻撃が出る、と言いますか。D級魔法少女以外は基本攻撃性能のある魔法を有していらっしゃるはずなので、悲鳴を上げただけに終わる、という事は無いはずです。

 外敵であるならば戦闘音が。そうでないのならば良し。ただ、直感ではありますが──。

 

「ぁ、ぁ……」

「どうされましたか?」

「……ロー、グン、さん?」

 

 発見した。寮ではなく図書室の片隅。散乱する本と──肩を掻き抱く少女。

 周囲に敵性存在の気配はありませんが、窓が開いている事と……魔力の痕跡?

 

「わ、わ、私、私が!」

「落ち着いてください。何があったのですか?」

「……私、が。死んでいたんです。そこで……」

 

 そこ。

 本の散乱した、そこ。

 埋もれたそこに。底に。

 

「失礼」

 

 本を退かしていく。

 確かに何かがある。大量の本の下敷きになった何かが──。

 

「【侵食】」

「──ッ!?」

「【深挟】!」

「う、ッ!?」

 

 それは。

 確かに、死体でした。

 確かに死体──今まさに肩を掻き抱き、震えていた少女の死体。言葉に間違いはありませんでした。

 

 その死体を検分する私の背後で、魔力の籠った拳を構える彼女がいなければ──ここまでする事も無かったでしょう。

 

「う、ァ……私の、手が、手が!?」

「近接魔法少女は敵に触れなければならない、という、致命に至り得る危険を常に背負っていることをお忘れなく。もっとも、魔物にそのような考えは無かったのやも知れませんが」

 

 カギネ様の【深挟】に腹を掴まれジタバタと藻掻いている少女。

 恐れ戦いた顔のままに、今ここにある死体と完全に同一の容姿で──けれど、まだ諦めていない。

 

 何を?

 

「手が、逆についている……?」

「ああ、それは私の【侵食】です。ですが、それだけではありません。まだ隠し玉があります。お気を付けを」

「私は魔物なんかじゃないッ! 魔物はそっちだ! そっちが、私の姿を真似して、びっくりしたから、でも、だから殺してしまったのは悪いと思ったけど、私じゃない! 私が、私が──本物だから!」

「言語機能に混濁が見えますね。なり立て、と言ったところでしょうか?」

「な、なんで!? 信じてよローグンさん! 私は本物! 本物なのに、ねぇ、貴女も離してよ! これ、痛い……!」

「ローグン先生に殴りかかろうとしていた時点で敵対者なんじゃないですか? あなたが魔物かどうかはともかく、ここに捕えておいて損はないです」

「正解です、カギネ様。そしてそれが、精神体に対する回答の一つです。すべてではありませんが」

 

 一歩。また一歩と、カギネ様が捕えて離さない魔法少女へと近づいていく。

 確か名前は。

 

「ティア様」

「あ、やっぱり覚えててくれ、」

「おやすみなさい」

 

 その身体を【侵食】する。

 何が起きたのかわからない、といった風に、一切の言葉を発さず、発せず、その命を溶かした彼女。

 

 たとえ彼女が本物であったとしても、偽物であったとしても、私を殺さんとしていたのは事実。魔物であるならば、より強い個体に乗り換えようとした、というところでしょうか。魔物でなく、何らかの方法で死体を用意し、それを罠に使って……といった策略であった場合は、裏切り者として封印措置を受けるでしょうね。

 何故そんなことをしたのかと──それはもう凄惨な拷、もとい尋問を受けた後に、ですが。

 

「あれ? どうしたんですか、ローグンさん。みんなも」

「ッ──!?」

 

 図書館の入り口。

 そこに、いた。

 

 今しがた殺し、今しがた死体を確認した少女が。

 

「離れてください!」

「嘘でしょ!?」

「え、うわ、何? っていうかソレ、もしかしてローグンさん……? なんでハダカで」

 

 図書室に入ってこようとする少女──ティア様。

 

「止まってください」

「え。あ、はい」

「……貴女は、ティア様、ですか?」

「え、うん。そうですけど……え、私なんかやっちゃった?」

 

 姿形におかしなところはない。

 今しがた【侵食】したティア様も、本に埋もれて死んでいたティア様も、図書室の入り口で立ち往生しているティア様も──完全に同一。

 

「瀬尾様」

「は、はい!」

「中央塔で、ティア様の蘇生を確認してきていただけますでしょうか」

「わかりました!」

 

 補習組の一人、瀬尾アルカ様に確認を頼みます。彼女の魔法は【音破】。声量を高める事ができる他、音による破壊も可能と、汎用性の高い魔法少女。もし彼女が襲われてしまった場合でも、確実にその位置を特定できる、という点での選出。

 瀬尾様は図書室の窓から飛び降り、中央塔の方へ駆けて行きました。

 

「……えーと、なんか今ヘンな単語がきこえたんですけど……」

「申し訳ありません、ティア様。現在不確定且つ未確認な事件が発生しておりまして、その対応に追われています。今しばらくここでお待ちの上──」

「ローグンさん、危ないッ!」

 

 しゃがむ。

 後頭部を掠め、伸びて行くのは──【深挟】。そしてそれは、図書室の入り口にいたティア様を掴み上げる。

 

「あ、ぐっ……!?」

「カギネ様?」

「──だって、ソイツも絶対魔物じゃないですか。なら捕まえておいた方が……」

「【波動】!」

「う!?」

 

 その声は、図書室の天井から降りてきました。

 カギネ様の【深挟】はあくまで"不可視且つ伸びる腕を伸ばし、敵を掴む"という魔法故、その間を遮られるとどうしようもなくなります。

 遮られるどころか、不可視の腕を何らかの方法で抑えられようものなら自らにダメージが入ってしまう、なんとも近接らしい魔法。使いどころ次第ではありますが、無策に使う魔法ではない事は確かですね。

 

 それで、降りてきた声ですが。

 

「縁様ですか。どうされましたか?」

「コーネリアス・ローグン? 何故貴女がここに」

「色々ありまして。それで──皆々様方、揃いも揃ってどうされたのでしょうか」

 

 天井を見る。

 そこには、フェリカ・アールレイデ様、ユノン様、シェーリース様。そして梓様と……AクラスA班の皆様が勢揃い。あ、シエナ様もいらっしゃいますね。

 

「話は後だ、冷静メイド。まずァこいつら片付けるぜ」

「こいつら、とは?」

「ン? もしかして気付いてねェのか?」

 

 カギネ様が。掴まれていたはずのティア様が。冷静に分析をしようとしていたクイネ様までもが──逃亡の姿勢に入りました。

 

「逃がしませんのよ」

「退路は塞ぎました!」

「梓、頼む!」

「あァよ──!」

 

 一瞬で窓際に降り立ったアールレイデ様と、図書室の入り口を塞いだユノン様。天井にはシェーリース様とシエナ様が残り、完璧な布陣となりました。

 そして。

 

「っ、やめて、近付かないで!」

「梓・ライラック……! この、人殺し!」

「同胞の、恨み──」

 

 明らかに梓様に恐れを抱いた様子の補習組のお二人とティア様。

 しかしそれは、次第に怨恨となって行きます。

 

「あァよ──すまねェな、魔物に同情する程私ァ優しくないんだ。死んでくれ」

「ひ──」

 

 いつの間にか。

 本当にいつの間にか、カギネ様の目の前にまで移動していた梓様が、彼女の首を掴んでいます。部分強化、でしょうか。それとも、忍術? どちらにせよ頭の片隅に記録しておかなければ。

 

「死ね」

 

 言葉と共に。

 梓様の魔力が減り、カギネ様が死に絶えます。【即死】。

 見た目がたとえ魔法少女であっても、魔物ならば問題なく殺し得るようになったのでしょうか。

 

「く、そっ!」

「ダメですよ。逃がしません!」

「退いてよユノン!」

「いいえ、退きません。貴女達で最後なんですから!」

「ナイスだ太腿忍者。──死ね」

 

 またです。ユノン様に阻まれていたティア様の首を掴み、【即死】を発動させる梓様。魔力消費の激しさを見るに、全身を浸して殺す、といった手法での【即死】を使っている様子?

 だらんと手足から力を失ったティア様から手を離す梓様。そして振り返り──その目線の先にいる、最後の一人に向かって歩き出します。

 

「く──この!!」

「おいおい、強化もしてねェ殴りかかりなんざ当たるはずァねェだろ」

「なら、【鉄爪】ッ」

「あァそりゃ確かに危ねェよ。だが、なァ。発動できてるか?」

「え?」

 

 最後の一人、クイネ様の魔法は【鉄爪】。これもまた近接らしい魔法ですが、その鋭利さは岩をも切り裂く程。十二分な殺傷能力の期待される有用な魔法です。

 ですが、発動していませんね。当然ではあるのでしょう。

 先程殴りかかった時、その腕を殺されておりましたので。

 

「ったく、追っかけ回させやがって……お前で最後だ。死ねよ」

「ぁ──」

 

 そうして。

 梓様に首を掴まれたクイネ様は、息絶えました。

 

 私以外、全員が全員やり切った、とでもいうような顔で。

 ふむ。

 

 言い出しづらさが凄いですね。

 

「あの」

「あァ冷静メイド。アンタが事態を把握してねェってな意外なンだが、アレか。補習組に囲まれてたからか?」

「あ、はい。そうですね。今しがた【即死】した皆様と補習をしておりました」

「それでしたら、階段際で死んでおられましたのよ。恐らくローグンさんが見ていない一瞬を突いて殺し、成り代わったのかと」

「ええ、それはわかるのですが、その」

 

 既に大体の事情は推測できている。

 エデンに入り込んだと思われるホートン種。それが生徒の皆様に成り代わって悪事を働いているのだろう、ということは。

 それはわかるのですが。

 

「申し訳ありません、梓様」

「ン? 何がだ?」

「……先ほど、瀬尾アルカ様を……恐らくホートン種と思われる方を、中央塔へ向かわせてしまいました」

「……」

 

 これは、失態ですね。

 気が緩んでいたようです。もっとも、ホートン種をそうであると見抜くなど、目の前で真似られた場合に限りますので……いえ、言い訳はしません。

 

「シエナ!」

「はい。既に感知中です……! 一体、図書室内にいます!」

「ああ、それはあの本の中で死体を真似ているのが」

「──死ね」

 

 説明も聞かず、本の山に手を突き入れて【即死】を発動させる梓様。

 明らかに使い過ぎな魔力量に一瞬ふらつきますが、直後ディミトラ様より改良の施された義手で以て魔力を回復、持ち直します。

 ミュトス、ですか。素晴らしいですね。

 

「それと……中央塔付近に魔力反応……今、2に増えました!」

「またですの!?」

「キリがないな……」

「あ、先行はしませんよ。もう同じ過ちは繰り返しません!」

「あァ。冷静メイド、お前も来てくれ。道中で今起きてることを話す」

「承知いたしました」

 

 さて、では。

 この整理のつかない状況を、一つずつ紐解いて行きましょう。

 

えはか彼

 

「あー、なンだ。今起きてる事ってな、まずホートン種なんだが」

「はい。ホートン種がEDEN及びエデンに侵入、様々な魔法少女の姿を真似て徘徊している、という事件ですね。先日より話題に上がっていた」

「あァよ。私の含めて、学園内のホートン種っつーのァ最初は50はいた。シエナがその魔力の判別ができるってんで言う通りに殺して行ってる最中で、都度都度トイレの隅だとか階段の裏だとかに死体が隠されてた。この意味ァわかるか?」

「蘇生槽が役割を果たしていませんね。魔法少女はEDEN内にあっても死したのであれば蘇生槽へ行くはずです。そして、その肉体が世界に長時間留まり続ける事はありません」

「そォだ。つまるところ、蘇生槽になんらかの細工をされてるか──今回のホートン種にそォいう能力があるか、だ」

 

 蘇生槽への細工。

 ディミトラ様の陥っていた状況が脳裏に反芻します。

 そして、50以上のホートン種、ですか。防衛組の責任問題ですね。防衛組警備班……今の常駐隊はどなたでしたか。後で報告を入れておきましょう。

 

「正直な話、蘇生槽への細工ってな難しいンだろ?」

「はい。非常に厳しい監視が為されているだけでなく、そもそも私達が訪れる事のできる蘇生槽は槽だけのもの。根幹の装置は隠されていますので、見えている蘇生槽になんらかの仕掛けを施した所で蘇生槽に異常が出る、ということはないかと」

「あァよ、私達もそれを考えたワケだ。で、つまり後者……ホートン種にそォいう能力があると。つまり、高位のホートン種で、且つ魔法少女の劣化した固有魔法を再現し得る……結構やべェのが入ってる、ってな」

「なるほど」

 

 似たような話を、安藤様の前でもしましたが。

 確かに魔物の中には私達魔法少女の魔法を劣化再現し得る個体が存在します。現状確認されているのはある迷宮の最奥にいる一体のみですが、それがいるのだから他に居てもおかしくはない、と。

 

「んで、このホートン種の一番やべェのァ、肉体を殺すと他に乗り移る、って点だ」

「……それは」

「あァ。お嬢もポニテスリットも口を揃えてあり得ねえっつーんだが、シエナがしっかり確認してる。無策に先行した太腿忍者が殺したホートン種……ソイツが太腿忍者に憑りついて、その肉体を別人に改変したトコをしっかりとな。その時ァ私が【即死】させたが、普通の手段で肉体を殺すと分裂する。一匹が二匹に、二匹が四匹に、な」

「なるほど」

 

 それは──Sを通り越して、SS級の魔物ですね。

 強い魔法を持つ存在を真似てしまった場合、対処が難しくなります。それが倍々に増えて行くとなれば、厄介どころではありません。

 

「──梓・ライラック様! 目標ホートン種、片方が二体に再分裂いたしました! もう片方は中央塔前で停止中です!」

「あァわかった! 先に中央塔前のを潰す! お嬢!」

「はいですの!」

 

 アールレイデ様が加速します。私と並走していたところを、【神速】を用いたのでしょうか、既に遠い点へと化した彼女に、少々ばかりの嫉妬を。

 SS級。やはり遠いですね。

 

「ところで、縁様」

「なんだろうか」

「梓様がユノン様を殺した時の話を、詳しくお聞かせ願えますでしょうか」

「む? それはいいが……どういう意図だ?」

「気分の悪い話ではあると思うのですが、私はキリバチ様より遣わされたお目付け役でもありまして。梓様が本当にA級に足り得るかどうかを見極める必要があるのです。ユノン様に憑りついたホートン種は誰になったのですか?」

「えるるー先生だ。ただ、周囲にえるるー先生はいなかった。どこかに死体が隠されているのやもしれないが……」

「──えるるー、ですか」

 

 さて。

 それはそれは。

 また、難しくなりましたね。

 

「ああ。えるるー先生になった直後のユノン……というかホートン種に接近し、梓は首を掴んで【即死】させた。ああ、ユノン。お前はどこまで記憶があるんだ?」

「敵性存在と思われる魔法少女を殺した直後まで、ですね! 何か白いものが視界いっぱいに広がって、気付けば蘇生槽にいました!」

「梓、ホートン種殺したみたい」

 

 シェーリース様の言葉にそちらを向けば……いえ、見えませんね。視力を強化しますと、なるほど。確かに殺された瀬尾様が。ああ、防衛組警備班の者が何か騒いでいますね。これは仲裁に行かなければ。

 

 ……しかし、えるるーを殺した、ですか。

 劣化再現とはいえ固有魔法【回避】を持つえるるーを。

 

 ふむ。

 

「──後続の皆さん! 避けてください!」

「【波動】──では防げなそうだな、退避だ!」

 

 横合い、修練塔の方から一条の【光線】が飛んできます。

 それは単なる照射に終わらず、私達を狙って動き回り──。

 

「くっ!?」

「今のは、【光線】!? そんな、私ですか!?」

「ユノン、動揺は後だ! シェーリースを遮蔽に隠せ!」

「りょ、了解しました!」

 

 シェーリース様に当たってしまわれましたか。

 近接魔法少女である私達や忍者であるユノン様と違い、シェーリース様は純正の遠隔魔法少女。S級故に身体強化ができる魔力量に恵まれているとはいえ、回避行動においては後れを取ります。

 運んであげるべき、でしたね。

 

「──縁様、貴女も遮蔽へ。二条目が来ます」

「何んだと!? うッ!」

「申し訳ありません、手荒になってしまいますが、運びます」

 

 修練塔の方から見える【光線】の光。二条、どころではありませんね。どんどん照射元が増えて行っているあたり、便利な魔法を見つけて分裂した仲間に共有、それになっていっている……と?

 それはまた……知能の高い魔物ですね。SS級です。たかだかホートン種と呼ぶのも烏滸がましい新種かもしれません。

 

 建物の遮蔽に入ると、【光線】は止みました。

 

「大丈夫か、お前ら──背中メッシュ、お前」

「ごめ、ん。脚……抉られて、痛いから。……梓」

()()()

 

 シェーリース様の負傷箇所は腿。【光線】によってごっそり肉を削ぎ落された彼女は、その顔に脂汗を浮かべています。

 そしてそこへ降り立つは、アールレイデ様に抱えられてきた梓様。

 彼女はその手をシェーリース様の首に当て。

 

「……」

「大丈夫、ですの? 梓さん、こんな、立て続けに……」

「ん? 魔力量なら大丈夫さ。ンなことより──」

「そうではなくて! ……そうでは、なくて。その、私達は、遠征先で何があったのかを……全て知っている、というわけではありませんの。ですが、梓さんの心は……」

「大丈夫さ。私の心より、これ以上被害が出ることの方が心配だ。今もどこかで魔物の被害に……殺されて、成り代わられて、蘇生も出来ずにEDENを彷徨ってる奴らがいンだ。そいつらを解放してやるためにも、早く殺してやんねェとな」

「梓さん……」

「……これも成長、か。少しばかり悲しい歩みだが……」

 

 ──そうでしょうか?

 

「シエナ、奴らはどこだ?」

「現在、全魔力反応が修練塔に集中しています。が……う、少し雑像が」

「そりゃ多分反魔鉱石のせいだろォな。修練塔にァいくつか反魔鉱石の壁があっからよ」

 

 それには同意いたします。

 修練塔は、様々な魔法少女が魔法を修練するための場所。当然高威力の魔法の修練とあって毎回毎回壁を壊していては費用が馬鹿にならないので、反魔鉱石の壁へ向かって放射・攻撃する事で済ませます。

 本当に修練したいのであれば実戦に出向いた方が早いとは思いますが。

 

「とにかく、修練塔からの【光線】を避けつつ修練塔に向かい、事態の収束をさせる必要がありますね」

「あァさ。だが、多分全員が隠れながら移動ってなるとアイツら修練塔から出て行きかねねェからよ。囮が必要だ」

「それならば私が! 練度の低い【光線】に当たる程遅くは無いですのよ!」

「う。それは私が傷付くような」

「あ、いえ、ですから練度の低い【光線】には、ですの!」

 

 それではダメでしょう。

 少なくとも、梓様は駄目だ、というのでしょう。

 

「ダメだ」

「え、どうしてですの?」

「お嬢は速すぎる。捉えられねェってわかった時点で囮だってバレちまう。それより、アイツらの同胞を殺しまくって敵意食らいまくってる私のが良い」

「そ、それは危険ですの! 梓さんは、ただでさえ、その……強化には向いていませんのに!」

「安心しな、金髪お嬢様。ちょいと遠征でな、私ァ魔法も殺せるっつーのを証明してきた所さ。なァ冷静メイド?」

「はい。私もそれは確認しております。ですが──【光線】を見て、自身が焼かれる前に殺す、ということが可能なのですか?」

()()

 

 一つ、注釈を付け加えるのであれば。

 私には無理です。アールレイデ様であれば可能やもしれませんが、【光線】の照射速度は文字通り光に匹敵します。匹敵するだけで並ぶわけではないのですが、どうあっても梓様程度の強化では辿り着けぬ域にある、と言って良いでしょう。

 

 さて、はて。これは。

 以前、私から彼女に言った言葉ですが。

 

「任せます、梓様。そして、貴女様に無理をさせぬよう、迅速に修練塔を制圧いたしますので──どうぞ、ごゆるりといらっしゃってくだされば」

「あァ。そォさせてもらうよ」

 

 潮時──でしょうかね。

 

えはか彼

*1
年始め以外の入園以外全てがそうでございます。


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