遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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九、遭遇編
33.韻母栖徒係数,水落来琉不応琉風呂無地須界.


 事態は収束しました。

 などと述べますと、色々と語弊を生みますね。

 

 先日の、ホートン種の騒ぎ。

 EDEN内に入り込み、多くの生徒を殺して回ったホートン種ですが──全て死に絶えました。

 

 下手人は梓様。

 ではなく。

 

「全く……同じ防衛組として恥ずかしい限りだな」

「はい。まさか、迷宮の入り口を閉め忘れた、とは……」

「それを隠蔽しようとしていたのが何よりもの問題だ。そして解決を生徒達に任せようとしていたことも。それを"これも試練だ"などと言っていた事も……ああ腹立たしい!」

 

 私の敬愛して止まないキリバチ様、でございます。

 無論の話ではあるのですが、これほどの死者が出て、これほどの混乱が起きていて、上が動かない、などあり得ない事です。軍事部はあくまで国のためにある部署ですが、内側に魔物が入り込んだとあっては様々な問題が生じます。ので、迅速かつ丁寧な対応が求められます。下の国には決して混乱を悟らせないような、的確な対応が。

 

 EDEN下部に存在する迷宮、(つい)(よすが)。そこは迷宮でありながらEDENの管理下にあるため、基本は無害です。ですが、迷宮の主であるソテイラ様曰く、迷宮の魔物と勝手に住みついた魔物の2種類が彼の迷宮にはいて、前者であれば制御は可能なものの、後者には「なんとなく嫌だな、出たくないな」と思わせる程度しかできない、とのこと。

 よって警備責任者……今回で言えばEDEN防衛組警備班マルハーバン隊の隊員3名が、迷宮の入り口を守り、予定にない魔法少女が入らないかどうか、中の魔物が出て来ないかどうかを監視しなければいけません。

 

 それを怠っていた、と。

 入り口の錠をかけ忘れ、剰え市場区画に3人で乗り出し、戻ってきた頃には入り口が開いていて──此度の騒ぎが起きていた、と。

 

 それを知った3人は本部に報告する、前に、まず自分達で対処をしようと画策したそうです。ですが、3人の内2人が失踪。後になってわかったことですが、ホートン種に殺されてしまっていたようですね。

 残された1人は警備班の中でも一番の新人だったそうで、先輩2人の帰りを迷宮の入り口で待ち続け──EDEN中を飛び回る私達と、それを撃ち落さんとする【光線】等の魔法を発見。

 キリバチ様の仰られた通り、「これも昇級試験を乗り越えるための試練だろう」などと考え、手を出さなかった、と。

 

 それが発覚したのは、当然ながら多数の蘇生者及び警備班のお二方が司令塔や軍事塔に報告を入れたから、です。被害者の中には教師陣もいましたからね、事態の情報はEDEN中に急速に広まり、警備責任者たちへの糾弾……は後にして、キリバチ様を含む防衛組の皆々様が動きました。

 隊員の躾のなっていなかった事を自責する【断裂】のマルハーバン様、我らが【痛烈】のキリバチ様、Aクラスの皆様には顔馴染みでしょう【自爆】のジュニラ様。勿論エミリー隊各位も出ました。エミリー様は未だ心の傷を負われたままですが、私達は、というか私以外の三人は防衛組防衛班として活動しておりますので。

 

 更に更に、SS級魔法少女防衛組攻撃班【青陽】のエルバハ・イドラ様までもが出張った今回の殲滅劇は、私達が修練塔に辿り着く前に終了いたしました。

 

 修練塔の消滅、という形によって。

 

「一応、やりすぎたのではないでしょうか、という言葉だけ言わせていただけますか?」

「知るか。私の魔法ではない。【青陽】殿が"逃げられると面倒"などと言い出すから悪いのだ。修練塔など作り直せばいいのだから、一度消し飛ばしてしまおう、などと……」

「費用の程は、聞かない方が良さそうですね」

「費用はかかるが、外に出さずに済んだことをまずは褒めるべきだろうな。ライラックがホートン種全体からの敵意を買い続けてくれていたおかげだ。それによってホートン種は修練塔に集結し、何やら非常に強力な魔法を使おうとしていたのだから。全く、アイツには迷惑をかけてばかりだ」

「……その事、なのですが」

 

 生徒の皆々様方、及び軍事部の方でも昇級試験が待ち構えている、という時の、この騒動。

 少々どころでなく上は慌ただしくなっている事でしょう。

 

「どうした、ローグン」

「──申し訳ありません、キリバチ様。旅に出たいのです」

「……。……? ──は?」

 

 が。色々と、あるかと思いますが。

 少しばかり。本当に少しばかり──気になる事がございまして。

 

「どうしたローグン。まさかお前もホートン種か、などという茶化しはいらなそうだな」

「はい」

「……理由を話せ。簡潔で良い。口に出したくない事であるのなら、今ここに書け」

 

 ペンを取ります。

 紙に、文字を書きます。

 

 驚いた表情でこちらを見るキリバチ様。 

 私は、頷き返しました。

 

「……わかった。支度は必要か?」

「いえ。──いつか、必ず戻ります。それまでEDENとエミリー様をよろしくお願いいたします。あと姉も」

「……ああ」

「お体に気を付けてお過ごしください──では」

 

 人格権を手放します。

 私は私を捨て。

 

えはか彼

 

「私は私を、取り戻した、という次第でございます」

「あァよ、一つ言わせてくれるか?」

「何なりと」

「こえーんだよ一々登場の仕方が! 魔煙草の一本が指になってた時の私の驚き考えた事あンのか!」

「申し訳ありません、仕込むとしたらそこかな、と思いまして」

 

 いんやさ、死ぬほど驚いた。

 死ぬっ程驚いた。

 

 魔力回復のためってわけじゃねェ、魔煙草の味がイケる奴同士ってんでマッドチビ先生とァ時たま魔煙草吸ってンだが、さァて今日も、と思ってケースン中みたら指が一本入ってんだよ。ホラーすぎるだろ。おじさんホラー耐性あンまねェんだよ心臓止まるかと思ったわ。

 

 んで、びっくりしてケース放り投げりゃ、通路を【侵食】して這い出てくる冷静メイドと来た。

 こえーんだって。マッドチビ先生もLOGOSが攻撃されてンじゃねェかってすっ飛んできたし。すっ飛んできて、裸の冷静メイドを見て、これまたあン時通り敵だと思って戦闘になりかけたし。

 

「ねぇ、コイツ本当に信用できるの? 前にも会った事あるけど、その時は笑わない人形みたい、って印象だったのに……さっきから、アンタ見て笑って。まるで別人じゃない」

「ああ、やはりあの時私達と出会ったのは貴女の方でしたか。偽ディミトラ様」

「はぁ!? ちょっと、やっぱコイツ敵よ敵! あっちの偽物の手先じゃない! 放り出していい!?」

「おお、やはりこの幼稚さこそがディミトラ様なのですね。あちらは思慮深く叡智に溢れていたため信じてしまいましたが、この浅慮且つ500年の歴史の一切を感じさせない貴女様が本物、と」

「本気で殺すわよ!?」

 

 あー。

 なンだ、また騒がしくなったなァ。

 

 つか、俺から見ても冷静メイドァ感情豊かになった、って感じァすンな。元から悪戯だのなんだのを仕掛けてくる奴でァあったが、なんぞ……自分から仕掛けるようになった、っつゥか。

 EDENでなんかあったのかね。

 

「じゃねェや、えーっと、なンつったっけ? あっちにも私がいて、昇級試験を受けてる、だァ?」

「はい。知覚強化を行わずに【光線】速度の攻撃に対処可能で、全身を浸す【即死】を使用したとしても問題ない魔力量……正確にはあちらのディミトラ様の義手により、一息での全魔力回復を可能にした、単純上位互換梓様があちらにいらっしゃいます」

「ひっでェ言い方しやがンなオイ。つか、名前で呼んでンのかあっちの私のこと。……なンかヘンな事してねェだろォな?」

「少々裸の付き合いをば」

「……あー。すまねェな。そいつァ私じゃねェが、なんか無理させたンだろ。ごめんな」

「? いえ、共に大浴場に入っただけですが」

「……こえーなァ。なんだよもう一人の私って。何考えてンのかわかんねェ」

 

 ソイツが誰なのかは知らねェけど、もしマッドチビ先生と同じような状況なら、どっちも本物ってェ可能性もある。となると……少女の外見利用して、やべェことやってねェだろォな……。おっさんの自覚持てよ俺。お嬢とかポニスリくらいの子供ならまだしも、冷静メイドと、ってなやべェだろ。

 あー。

 俺じゃない俺、ねェ。

 

「で、その私に疑念を抱いて、コッチに来たと」

「はい。少々──成長というには、無理のある行動が多かったので」

「……そいつも、【即死】を使うのか? んでその言い方を察するに……仲間を、躊躇なく殺す、とかかね?」

「その通りです。あれほど皆様を殺す事を嫌っていた──死というものを忌避していた梓様……もといライラック様が、この短期間でこうも変わる、というのは。あちらのライラック様には申し訳ありませんが、信じられませんでしたので」

「あァ梓で良いよ別に。……はァ。じゃ、なンだ。オーレイア隊の奴らも……殺したのか」

「はい。クルメーナ地下からの脱出の際に」

「……そっかァ」

 

 じゃ、そいつァ俺じゃねェ……とは、言い難いんだよな、これが。

 だってそいつだって、色々考えたンだろ。マッドチビ先生曰く、肉体に入った精神体ってなそれそのものを殺す事か、マッドチビ先生の技術を使わねェと取り出せねェって話だ。あの地下からの脱出ってーと、何がどォなったのかはよくわからんが、多分迫りくる水に追われて、とか。ガーゴイルに追われて、とか。そォいう緊急事態だったはずだ。

 その上で、オーレイア隊の奴らを──これ以上苦しませないために。これ以上、その肉体を利用されないために。

 

 葛藤の上で、殺す、ってな選択をしたのかもしれねェ。

 俺には絶対選べない択だが、だからこそ俺ァ追い詰められたらやるかもしれねェ。

 

 だってそれァ、エデンで演習だのなんだのをしていた頃は、ちゃんとやっていたことなんだから。

 

「……辛ェことをさせたな、あっちの私とやらにァ」

「ええ!? 何? アンタ自分の偽物に同情してるの? 流石に馬鹿すぎない!? 自分の姿使って何やってんのよ! って怒りなさいよ!」

「いやまったく、そいつァ筋なんだろォがよ。でも、その場に私がいなかったってな事実でさ。その選択を押し付けたって事実も変わらねェだろ? 私ァこっちでマッドチビ先生と仲良くサバイバル生活して休息の最中にあったンだ、その間、そっちの私ってなずっと死に向き合ってた。ちょいと情けなくなっちまうよ。未だ──死ってなモンを、受け入れられねェ自分がさ」

 

 だって結局のところ、その偽物云々に関しても、俺が死ねば早期に解決したかもしれねェ話だ。

 俺が死んで、蘇生槽に戻ってりゃ。

 冷静メイド達と一緒に帰ってくるのが偽物だ、って。あっちのマッドチビァなんかよからぬ事企んでるぞ、って。そう言えたはずなンだ。

 

 でもさ。

 やっぱ俺、死ぬのはこえーんだよ。

 誰かが死ぬのも、俺が死ぬのも。俺が俺じゃなくなるのも。

 

「ライ……梓様。一つ、聞いてもよろしいでしょうか」

「ん? あァいいが、なンだ、ちょいと前にも似たような切り出しだったよな」

「はい。では、問います。──貴女は、私の事を女性だと……恋愛対象であると、見る事ができるでしょうか」

 

 ん-?

 ンー。

 

 なんだいきなり。思春期か?

 

「あー。それァ、告白って奴か? だが冷静メイド、お前にァいるだろ。暴走繭と鬼教官が」

「はい。その上で問うています。貴女は私と恋仲になり、共に湯船に浸かり、あんなことやこんなことをする──その勇気がありますか? と」

「待て待て待て待て! おい! あっちの私ってな何したンだ!? 馬鹿が、つか馬鹿だろお前も! 断れよ! 好きな奴がいンだから、好き勝手させてンじゃねェよ!」

「……まさか怒られるとは思っていませんでした。ですが、お聞かせください。いえ、この際そちらのディミトラ様でも良いのですが、恋仲になった相手とあらゆることをしたいと──そう考えますか?」

「え、何。なんか私巻き込まれたんだけど」

 

 あァさ、これ何の質問だ?

 あっちの俺とこっちの俺を区別するための質問、ってな感じだとァ思うんだが、ちょいと遠回りすぎねェか。それともなンだ、あっちの俺ァコイバナってーのを頻繁にするような奴なのか?

 

 ……やめろよ、その真剣な目。

 確かに冷静メイドァそォいう対象に見ることァできる。でもできるだけだ。ちょいとなァ、歳の差がなァ。43ってな、相当だぜ? 男は35から、なんつーけどよ、40過ぎて「あ、やべ」って思うこと増えたし、そっから3年ってな結構なンだよ。

 それをさァ。見た目26か27くらいの冷静メイドと……その、付き合う、ってのァ。

 ちょいとなァ。世間体が、っつか罪悪感が。もっと良い男いるだろ、って。若ェのは若ェの同士で老後まで幸せにいろよ、って。

 

 先立つ悲しみってな──お前らが思ってるより、酷く重いんだぜ、ってさ。

 

「あー。無理、たァ言わねェ。が……怖い。特にお前らはまだ、死を……その、なんとも思ってねェだろ? だからやっぱり、怖いよ。もし……恋仲になったらさ。私ァそいつを離したくなくなる。死んでほしくねェ。傷付いてほしくねェ。痛みも苦痛も感じてほしくねェ。だから……ずっと、安全なトコにいてほしい、って。そう思っちまう。お前らァそォやって閉じ込められンのは嫌だろ? だから、多分無理だ」

「成程。ディミトラ様、私達フられてしまいました」

「私は一切そういう感情ないんだけど!? 巻き込まないでくれる!?」

「あァよ、冷静メイド。もしあっちの私に告白されたってンなら……こっちの私のことァ考えなくてもいいからな。そいつがちょいと怪しくてこっち来た、とか言ってたけどよ。名前呼ぶくらい親しくなってて、そんだけ笑うようになるくらい……色々あったンだろ? あっちの私といる方が楽しいなら、こっちの私なんざ気にすんな。ちゃんと、お前のやりたい事をしろよ?」

 

 いんやさ、さっきの言葉を真に受けた、ってわけじゃねェんだけど。

 死を以て、結果的に多くを救って、結果的に多くを笑顔にした、ってンならさ。

 

 そっちの俺のが、優秀なんじゃねェかな、って。

 

「……はぁ。ね、アンタ。ローグンだっけ? わかったでしょ? コイツ、重症なの。だから今私はコイツを解放しなさい、っていうためにEDENに向かってる。コイツの守りたいもの……家族やらその金髪お嬢様? だのが必要だっていうんなら、そういうのも全部こっちに収容するわ。ダメよ、コイツに判断任せちゃ。この子はね、自分じゃ差し伸べられた手を取れないの。振り払うこともできないの。ただ、自分には選ぶ資格がないとか、権利が無いとかいって、ずーっと泣いてるだけの小さな子」

「言い過ぎじゃね?」

「黙ってなさい。だから、その恋愛だのなんだのに関しても、この子に選択を迫るのはダメ。もっと心が成長してからにしなさい、そういうのは」

 

 いんやさ、おじさん十分に大人……。

 なんならお前らより……ってこたねェな。片や500年、冷静メイドも50年くらい行ってそォだし。

 

 でも幼子扱いァ……いやまァ泣かされたりはしたけど、やっぱ納得ァ行かねェっつか、もちっとくらい自立できるっつか。

 

「そうですね。何より、目的は果たせました。──梓様」

「おゥ。……って、おい。何やってんだ馬鹿。頭上げろ、私ァ謝られるよォなこたされてねェぞ」

 

 ジャパニーズドゲザ、たァ違ェが、跪いて、深々と頭を下げる冷静メイドを止める。……固い。コイツ、意地でも体勢を崩そォとしやがらねェ……!

 

「申し訳ございませんでした。護衛でありながら──傍にいることも出来ず、そのような火傷を」

「あー。まァこれァ自業自得だしなァ。マッドチビ先生、言ってやってくれよ。これに関しちゃ私の判断ミスだ、ってさ」

「何言ってんのよ。あの時ドラゴンの狙いが私に向いたから予定変更して抱き着いて【即死】させたんでしょ。それくらいわかってるわよ今まで言及してなかったけど」

「おォ、そいつァ勘違いだぜマッドチビ先生。私ァあン時楽しくなっちゃってただけだ。ちょいと楽しくなっちまって火傷なんざ気にならなかっただけだ」

「どちらにせよ馬鹿ね。これから前線に出るのはやめなさい。さっき安全な所に居て欲しい、とか言ってたけど、全く同じ言葉を返すわ。アンタこれからずっとこのLOGOSにいなさい。私と……まぁ、そこのメイドで全部なんとかするから」

「おや、それはディミトラ様。つまるところ、梓様が大事な方である、と……そういう解釈でよろしいのでしょうか」

「少なくともアンタよりは大事ね。だから次に戦闘が発生した場合、アンタ真っ先に突っ込んでくれる? 私も【鉱水】で全力射撃するから」

「反魔鉱石の無いディミトラ様になら勝てそうですね」

「へぇ。何よ、やるの?」

 

 ……あー、なンだ。

 話が逸れてくれてよかった、っつーか。冷静メイドが挑発して逸らしてくれて、マッドチビ先生もノってくれた、って感じかね。

 

 ダメだねェ俺ァ。っとに。

 気ィ遣わせンなって何度言ったらわかるンだ。

 

「それはそうと、ディミトラ様」

「何よ」

「──左舷前方、島のようなものが見えます。地質調査も兼ねて、一度降り立ってみるのはいかがでしょうか?」

「おォ、マジか。やったなマッドチビ先生! 初めての島だ!」

「……何かアンタが来たから、みたいで嫌なんだけど。ま、地質調査には賛成よ。それで大体の位置はわかるし」

「大体の位置がわかってンならこの一週間以上海の上飛んでたのァなンだったンだよ」

「うるさいわね! 大体なのよ大体! どの海域か、くらいなのよわかるのは!」

「大体が過ぎる」

 

 ま、なンだ。

 ちょいと安心してる自分もいる。

 

 冷静メイドァ結構長い時間一緒に居たからな。なんか、背を預けられる安心感というか。

 一応マッドチビ先生ァ倫理観の欠如したマッドな魔法少女なンで、こう、な?

 

 何はともあれ。

 移動要塞・偽竜母艦LOGOS、初の上陸、である。

 

えはか彼

 

「あァさ、マッドチビ先生。私ァこォいうモンを見た事があるんだわ」

「へぇ、奇遇ね。私も見た事あるわ。もっと小さいのだけど」

「話している暇があるのであれば、攻撃した方がよろしいのでは?」

 

 それァ──超、巨大だった。

 LOGOSにァ流石に及ばねェが、あン時のドラゴンを優に超えるデカさの。

 

 デカさ、の。

 

「トンボかァ」

「ハーク種──大きくても私の身長くらいなのに、これは大きすぎよ!」

「それにしたってでけェなオイ」

 

 そんなんが普通にいンのか。

 しかし、トンボといやァドラゴンフライ。あれか、ドラゴン繫がりか?

 

「梓様、ディミトラ様。あちらをご覧ください」

「……おゥ」

「うわ」

 

 そこには、ふさふさしたでっけェクモが。

 んでソイツァ、足がこれでもかってくらいある、これまた巨大なムカデ。

 

 ははァん?

 俺達の流された島が恐竜パークで、この島は虫ランドってワケね。

 

 にしちゃァでけェが。

 

「あァ、二人ァ虫ァ大丈夫かね?」

「多少不快には思いますが、私の魔法も大概ですので」

「一時期はビードル種やキャタピラー種のガーゴイル作りにハマってたわ。捕まえて解剖してみると、案外機能美あって面白いのよね、ああいう魔物って」

「そォかい。そりゃ心強い」

 

 俺も別に無理ってこたないが……いんやさ、あんだけでけェとちょいとキモいな。クモの方はまだいいんだが、ムカデの方がやべェわ。アビスワームだのマッドワームだの、つるっとした奴なら平気なんだが、ああもうぞうぞしてるとちょいとサブイボが。トリハダが。

 

「ん?」

「どうされましたか?」

 

 アッチのでっけェクモvsムカデ……。

 それに、俺達の真下にいるトンボも。

 

 何かと、戦ってねェか?

 

「──マッドチビ先生、なんでもいい、長物ってな作れねェか?」

「銃?」

「いや、剣だのなんだのでいい」

「それくらいなら余裕よ」

 

 LOGOSの通路から、うにょーんと剣が一本伸びてくる。

 ちなみにマッドチビ先生ァ拳銃だの狙撃銃だのァ作れねェそォだ。作ったことねェんだと。つってーとやっぱりルルゥ・ガルに銃渡したのァ、あっちのマッドチビなンかねェ、って勘繰っちまうよな。

 

 なんてのは今はいい。

 

「あ、ちょっと! もしかして降りる気じゃないでしょうね!?」

「大正解だ!」

「大正解だ、じゃないのよ! ああもう、というかなんでドアの開け方知ってるワケ!?」

「梓様、お供いたします」

「アンタはアンタで止めなさいよ! 前線に出すな、って、ちょっと聞いてるの!?」

 

 ガラッと扉を開ける。

 吹き付ける暴風。いつまでもあのゴンドラ仕様じゃ流石に不便ってンで自分で作ったんじゃねェか、とかいうツッコミは飲み込んで、知覚強化。視力を上げて、脳の回転を上げて行く。

 

 いた。

 やっぱり、いた。

 

 少女が二人……背中合わせで戦ってる。あのバカでけェクモとバカでけェムカデと、多分トンボァ様子見だが、こいつらと。

 

 あのちっこいのが戦ってる。

 

「梓様、お手を。──私は、止めませんので。ご存分に」

「待ちなさいよ!」

「あァすまねェな、マッドチビ先生。やっぱ私ァおかしくなっちまったってなホントらしい。言う通りだ。ぜってェ危ねェのに──アイツらを。見ず知らずのアイツらを、助けてェって思ってるらしい。はは、死にたくねェってのに、馬鹿だよな」

「ええ、その通りよ、この馬鹿! 死にたくないなら、死なない方法を選びなさい! 飛び降りる? ばっかじゃないの!? ──プテラゴイル乗って行きなさいよ! アンタのいう事は聞くように設定してあるんだから!」

 

 ……なンだ、おい。

 恵まれてンなァ俺ァよ。マッドチビ先生ってな、過保護オブ過保護なんだぜ? ちょいとでも火傷痕を痛がったりすりゃ、すぐに飛んできて薬塗ってくれるくらいにはさ、すんげェ過保護なンだよ。倫理観ァ欠如してるが、一度庇護下に置くと決めた相手に対してァとことん優しいんだ。

 それが──死にに行っても良いから、死なない方法を選べ、ってさ。

 

 かっけェよな、やっぱ。

 ありがてェ。

 

「私は近海にLOGOSを停泊させてくるわ。だから、私が戻るまでに、怪我の一つでもしていたら──許さないから」

「りょーかい!」

 

 飛ぶ。

 そこへバッサバッサと飛んでくるは、プテラゴイル。コイツがあの時のプテラゴイルじゃねェってのァわかってるけどよ。

 

 頼むぜ、今回の相棒。

 

「冷静メイド! アイツらの保護頼めるか!?」

「承知いたしました。ですが、十二分にお気を付けください」

「あァよ!」

 

 冷静メイドが立ち上がり、プテラゴイルから飛び立つ。そのまま他のプテラゴイルに飛び乗って、足蹴にして、もとい足場にして、ひょいひょいと2人に近づいていく。

 

 さァて──剣なんざ、マトモに使ったことァ無ェんだけどよ。

 虫退治と行きますか。なんぞ──ちょいと楽しくなってる自分がいるンでな。

 

 ここにもいるんじゃねェかな、多分。

 あのドラゴンみてェなのが。

 

えはか彼

 

 一応、あの恐竜島で試していた事でァあるんだ。

 ドラゴン戦ン時も一応やってたしな。

 

 何がってーと。

 

「──死ね」

 

 プテラゴイルに乗り、クソデカトンボの横を掠めながら、その翅を剣で叩く。

 斬る、なんてな無理な話だ。俺ァ剣術習った事ァ無いんでね。

 

 だが──()()()()()()()【即死】が、クソデカトンボの翅の一枚を殺す。

 

 突然動かなくなった翅に混乱する素振りを見せるクソデカトンボ。魔煙草じゃねェ、フリューリ草を噛む。

 

「っだァ、クソ、魔力調節が難ィなオイ!」

 

 ごっそり持っていかれた。

 部分的な【即死】を狙ってたンだが、よくよく考えりゃトンボの翅ってな高速で動いてンだ、当てるだけでも必死。そこに瞬間的な【即死】っつーのァ、集中力も魔力もゴリっと削られる。

 

 が、やっぱりできたな!

 

「プテラゴイル、もっかい同じ方の翅狙うぞ!」

 

 そう──装備越しに【即死】を浸す、ってな、俺のパワーアップさ。

 ドラゴンの時ァ必死だったが、その前も何度かやってたんだ無意識に。

 自分の身体じゃねェのにさ。義手越しに、【即死】を通すってな、ンな事ができンなら──剣だの槍だのでもできンじゃねェか、って。

 

 近接魔法少女ってな原則触れないとダメだ。敵に触れてこそ発動する、あるいは自分の身体に纏って外部に放出できねェんで近接魔法少女って呼ばれる。時たま遠隔にも対応できる奴が出るが、そいつらァやっぱり特例だ。

 んで、俺の場合、部分的な【即死】ってのをキラキラツインテに習ってできるよォになってた。

 これってな完全なイメージなンだが、【即死】の力を持った液体をそこに浸している、あるいは垂らしている、って感じなンだよな。

 

 だから、その【即死】の力を持った液体を長物だのなんだのに沿わせて、纏わせることができたら──クソ弱い俺自らが触りに行かずともよくなるンじゃねェか、って。無論まだ細かい調整ってなできてねェんだけど、敵がこんだけデカかったら練習相手にゃ持って来いさ。

 

 この剣は俺の腕の延長。そォ考えンのが大事さ。

 だから──。

 

「死ねよ、悉く!」

 

 剣としての扱いなんざ知らねェ。

 なんぞ、ちょいと彫金師のサガでも出たのか、結構な意匠の施してあるそれを、火かき棒みてェに使ってトンボの翅を殺して行く。

 まるでひっかくみてェに。

 傷をつけるだけで、トンボの翅が死んでいく。

 

 俺の魔力もゴリュゴリュ減っていく。

 

「だァ! ずりィぞEDENの私! 魔力回復する腕私にも寄越せよ! それ安藤さんに作って貰った私のだぞ!!」

 

 そんな鬱憤をぶつけながら──クソデカトンボの翅の、片側全て。

 それを殺し尽くした。

 

 はは、飛べねェだろ! 落ちろよ、カト……もとい、クソデカトンボ!

 

 気のせいじゃなけりゃ、俺も落ちてるがな!!

 なァプテラゴイル。その翼誰にやられたンだ? なー。気付かなかったよなー。

 

 なー?

 

えはか彼

 


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