遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

37 / 167
十、序章編
37.泥椅子伊豆邪止亜伏炉老愚塔伐時縁伏低死得流.


 国家防衛機構・浮遊母艦EDENには、5つの監視塔が存在する。

 その内の二つ──西方と南方を監視する塔から、緊急の報告が入った。

 

 雲を割る、巨大なりし魔物、接近せり。

 

 即座に防衛組防衛班による防衛拠点の製作が為され、防衛網が敷かれる。

 同じく防衛組であり、攻撃班であるイドラ隊が出撃。SS級魔法少女【青陽】エルバハ・イドラ。部下である四人も全員S級で構成された超攻撃的な隊は、見事その巨大な魔物を討ち果たした。

 

 討ち果たした事を、蘇生槽で──告げた。

 

 死んだのだ。

 討ち果たした。確かに討滅した。その炎系統の最上位魔法によって、確実に焼き尽くした。

 

 だが──復活した。復活し、それでも消し飛ばし、尚も復活し。

 イドラ隊の悉くが殺され、蘇生に至る。

 

 上層部は現在EDENにいる全SS級の出動を要請。

 司令塔及び軍事塔では魔法少女が慌ただしく動き回り、学園塔の生徒達も次々と駆り出されていく。

 

「──ってな、状況らしィんだわ」

「ふむ。フェリカが血相を変えて行ったのはそういうことか。だが、何故私達に声がかからない?」

「それは、当然」

「それは、簡単です!」

 

 AクラスA班。

 フェリカ・アールレイデを除くいつもの四人が、エデンの教室で窓を眺めている。

 南方の監視塔とはつまり学園塔でもある。だから、良く見える。

 

 その巨体。巨躯。

 およそ既存の生物には当てはまらないだろうカタチの魔物は、数多の魔法少女の攻撃を受けては倒れ──しかし再度立ち上がり、侵攻を再開する。

 

 SS級、【青陽】と【凍融】が出て、しかし殺すには至らなかった。燃やし尽くしても、凍らせても、融かし尽くしても──その魔物は復活した。

 ()()()()()()()()()()()()()その魔物に、SS級が二人がかりでも敵わなかった、と。

 

「──ユノン。何故、苦無を持っている?」

「それも簡単な事です!」

「そう、簡単」

 

 唐突に訪れたEDENの危機に、けれど笑顔を絶やさないユノン。シェーリースもまた、ゆらりと立ち上がる。

 

「こォいう事だよ、ポニテスリット」

 

 その声と共に、首に指が触れて──。

 

 

「ぐ、ぎぃぃッ!?」

「ぎゃ、あ、ぁぁ、ァアア!?」

「ッ……太腿忍者、背中メッシュ、物陰に隠れろ!」

 

 触れて、それが発動される前に。

 3人が大きく仰け反った。

 

 悲痛な悲鳴を上げながら──バタバタとのたうち回る。

 

「こっちだ、縁!」

「くっ、何が起きている!?」

「良いから来い!」

 

 その声に、ミサキは飛んだ。

 信用したのだ。

 自らが懇意にする梓・ライラックでも、クラスメイトかつ班員として長くやってきたユノンとシェーリースでもなく──旧知の仲にある、通称鬼教官、キリバチの声を。

 

「くそ、太腿忍者! 【光線】だ!」

「あ、ぐ、がが、ぎ──いだ、い、いだいいい!!」

「っとに厄介だな、【痛烈】って奴ァ!」

 

 そう、2人が突然苦しみだしたのは、【痛烈】による痛みの強制享受によるもの。梓だけは瞬時に物陰に隠れたものの、二人は間に合わなかった。

 だから──最大限にチャージされた【痛烈】による痛みが、2人の全身を襲い続ける。神経を摘まみだされ、ノコギリで斬り落とされるような痛み。爪を剥がされ、酸で焼かれるような痛み。眼球を突きさされるが如く、脳髄を潰されるが如く、脊髄を叩き割られるが如く。

 およそ考え得る痛みという痛み、その中でも激痛の、さらに上のそれが2人を襲う。

 

「ァ──っは、っはぁ、っはぁ!」

「……行ったか。クソ、ひでェことしやがる」

「あず、さ。たす、たすけて、──痛い、痛い、まだ痛い。苦しい、痛い……!」

「ギ──ぁ、ぁあ、わだし、の、あだまが……やげる……!」

 

 

 キリバチが、ミサキが教室から離れて行ったのを感じ取り、ようやく身を出す梓。

 そんな彼女の足元に、這いつくばって、助けを乞うように、救いを求めるように──2人が、死を願う。

 

「……あァ、わかってる。大丈夫だ──後でな」

 

 そんな二人の首に、手を当てて。

 梓は目を閉じ──魔法を発動した。

 

 力を失う2人。その顔は苦痛と悲痛に染まっている。ただもう、息は無い。

 死んでいるから──苦痛から、逃れ得たから。

 

「許さねェぞ、鬼教官」

 

 そう呟いて。

 梓は、駆け出した。

 

えはか彼

 

 進む、進む、駆ける駆ける駆ける跳ぶ。

 EDENの外壁を、屋根を、あらゆるところを跳んでいく。

 

 その身に強化は纏っていない。素の身体能力のみで、それを為す。

 

「どこ行った……?」

「梓さん、軍事塔です。キリバチさん含む複数の魔法少女が入っていったのを見ました」

「ナイスだ委員長! 近接の奴らは今どこにいる?」

「既に向かわせています。ですが、想像以上に抵抗が激しく……」

「あァよ、私が行く。委員長ァ引き続き監視と、飛んで逃げよォとする奴がいたら【引力】で引っ張り落としてくれ」

「はい」

 

 軍事塔。EDEN北西部の監視塔に繋がるそこ。

 なるほど、確かに、と。

 梓は目を細め、耳を欹てた。

 

 

 そこでは激しい攻防が行われていた。

 近接魔法少女複数名と、防御に特化した魔法少女や遠隔魔法少女達による籠城戦。なんとしてでもこじ開けんとする近接魔法少女に対し、炎だの雷だの風だのなんだのが次々に飛んでいく。それらは的確に近接魔法少女を捉え──しかし、死を齎す事は無い。

 

「撃て、撃て! 中に入れるな! 軍事塔に張り付いた者も墜とせ! ここなりしは砦である! ──だが、決して殺すな!」

 

 その命令は、けれど慈悲や優しさからではない。

 

「殺さば復活する! 足をもげ、腕を落とせ! 蘇生を許すな──ただその場に打ち留めろ!!」

 

 現場の指揮をしているのだろうその女性は、なんとも酷な命令を出す。

 相手は同じ魔法少女だというのに、だ。しかし、それに反抗する者はいない。皆が皆、必死な様子で、つい先日までは酒を酌み交わした相手を、夜を共にした相手を、手を繋いで歩いた相手を──苦しめる。

 

「……ひでェ事しやがる。ったく」

 

 目を開き、聞くのを止めて。

 梓は大きく跳び──そこに、降り立った。

 

「──梓・ライラック!?」

「不味い、奴は殺せ! 早く──」

 

 拳銃二丁。素手と義手、その両方で取りまわすそれ、本物の腕と違わぬ精度で銃弾を発射する。

 標的は、軍事塔──ではなく。

 

「よォ、苦しかっただろ。大丈夫さ、私が来たからな。もう大丈夫だ。──ちょっと休んで、また出てこいよ、お前達」

 

 通路に転がり、その身体の欠損に苦しむ少女達、だ。

 的確に首を討ちぬかれた魔法少女達は、その身を包み込む死の気配に安堵し、安らかな顔で眠っていく。その精神は中央へ還り、その肉体は世界に溶ける。

 

 そして──軍事塔に向けるは、怒りの目。

 

「──ッ、撃て! 撃て! なんでもいい、奴を殺す魔法を──」

「ひでェなァ、オイ。魔法少女ってな魔物を討ち果たす集団だろォが。なンだって仲間に武器を向ける。なンだって仲間に魔法を向ける」

 

 炎が飛ぶ。氷が飛ぶ。

 肌を切り裂く風が、骨までもを溶かす酸が、全てを切り裂く斬撃が。

 

 それを、避ける。避ける避ける避ける避ける避ける──ッ!

 強化をしている様子はない。ただ見て、避ける。

 

 当たらない。

 

「──ほら、死ねよ」

「ひ──!?」

 

 当たらなかった。

 防ぐことさえ、出来なかった。

 

 いつの間にか梓は軍事塔にいた。その入り口を塞いでいた魔法少女の全てを殺し切り──いつの間にか、そこにいた。

 

 現場の指揮官。

 その首に、手を伸ばす。

 

「安心しろよ。何も殺すってわけじゃねェ。また会おうぜ、20分後くらいにな」

「あ、ぁ、──!」

 

 何か、魔法を発動しようとしていたのだろう。

 だがそれが適うことは無く。

 

 指揮官はカクンとその頭を垂れた。

 

「……」

 

 無言で上を見上げる梓。

 彼女は少しだけ笑みを深め──軍事塔を上っていくのだった。

 

えはか彼

 

「何が起きている?」

「現在、各塔にて多数の魔法少女が我々を裏切り、その矛先をEDENに向けている。学園塔、司令塔はほぼ完全に陥落したと言って差し支えはないだろう。軍事塔と修練塔も時間の問題だな」

「な……」

「攻撃性の高い魔法少女が全てあの魔物の対処に向かっているのが仇となっている。中央塔の上部がどうなっているのかはわからないが、蘇生槽の階層も占拠されている」

「それは、まずい。戦場から帰ってきた者達がそのまま殺されてしまう」

「それだけならまだ良かったのだがな」

 

 隔離塔。

 修練塔よりもさらに高い反魔鉱石の含有率を誇るこの塔に、今理性のある者達の全てが集まっていた。

 

 理性のある者。

 

「我々に矛先を向けている魔法少女……否、言葉を濁すのはやめよう。ライラックだ。梓・ライラックに殺された魔法少女は、全て敵になる」

「……」

「把握している限り、EDENの魔法少女の半数は敵の手に落ちている。……いや、今軍事塔が落ちた。これで半数を超えた上、遠隔魔法少女の多くも敵の手に渡ったと見て良いだろう」

「国は……」

「どういうわけか、国には一切手を出してきていない。狙いは魔法少女だけらしい」

 

 キリバチとミサキ。そしてコーネリアス・リヴィル。

 EDENの魔法少女の中心核はこの3人になる。他は隔離塔各階を警備していて、反魔鉱石の壁も相俟ってだろう、未だ敵の手が届き切っていない。

 

「……キリバチ。一つ、聞きたい」

「なんだ」

「隔離塔の地下にあるという、封印措置を受けたという魔法少女についてだ」

「……そんなものをよく知っていたな」

「それは、大丈夫なのか。その……梓によって、殺される、ということは」

「封印措置は反魔鉱石によって行われる。【鉱水】以外の魔法は反魔鉱石に触れたその瞬間に世界に溶ける。それは【即死】とて変わらない、はずだ」

「はず、か」

 

 EDENに、国に、魔法少女に。

 不利益となる行動や思想を持った魔法少女を、反魔鉱石によって固め、彫像として封印する──封印措置。魔法少女は死なないが故に。ただ蘇生槽と経路を断つだけでなく──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、封印措置。

 

「……それが狙いか?」

「私にはそう思えて仕方がない」

「リヴィル、地下牢へエミリー隊各員を向かわせろ。後続の投入も忘れるな」

「はい」

 

 どちらが速かったのか。

 ミサキが立ち上がり跳躍した事。その些細な声色の違和感にキリバチが振り返った事。

 

 無論、どちらでもない。

 

 キリバチの肩に触れたリヴィルの【劇毒】が、その全身を侵し尽くす方が──遥かに早い。

 

「ぐ──ぶ、ぅ」

「ギ、ァ──グウゥゥ、ァッ!」

「【波動】!」

 

 ミサキがリヴィルを弾き飛ばす。

 弾き飛ばされたその身体は壁へと衝突し、しかしそんなことも気にならないという様子で苦痛に喘ぐ。リヴィルは、目を剥いて──声にならない声を発し続ける。

 

 それを為したキリバチは、けれどその口から大量の血液を出し、青ざめた顔で背もたれへと倒れ込む。

 死んでは、いない。

 死んではいないのだ。

 

「……【痛烈】の、効果時間は……この、チャージでは、2分と保たん。その前に、リヴィル、の手足を……潰せ。不覚、だ。不覚だった。そうか……リヴィル。お前、は」

「ガ──ぐ、ぅぅう」

「【波動】」

「あ゛あ゛ぐっ!」

 

 感傷など無い。

 ミサキは梓程、優しくはない。理解はしよう。気持ちは汲もう。だが──敵であるのならば、容赦はしない。

 その魔法は世界を圧す。【波動】。非常に高い強度を持つそれは、ヒトの手足程度は簡単に押しつぶす。

 ぐしゃりと。その骨の髄までを圧し潰す。

 

「私は長くはない……死なば、蘇生し、敵の手に渡るやもしれない。……ライラックを止めろ、ミサキ。地下牢を……」

「承知」

 

 もう一度、大きく血を吐いて。

 キリバチは意識を失った。その身に毒が回っていく……。

 

「……」

 

 それを見届ける事も無く。

 ミサキは、地下牢へと向かう。

 

えはか彼

 

「……巨大、ですのね」

 

 S級以上の魔法少女の投入。

 防衛組攻撃班イドラ隊、防衛組防衛班ジュニラ隊、遠征組突撃班ヴェネット隊。

 防衛組警備班マルハーバン隊は先日の咎はあれどその有用さから防衛にまわり、その他学園組や遠征組のS級魔法少女が突撃して──その悉くが、殺されていく。

 

 主な攻撃手段は雷撃。【神鳴】に劣る威力ではあるものの、飛行する魔法少女やチャージの必要な遠隔魔法少女を叩き落し、その身体に麻痺を残す。神経には痛みを、肌には爛れを。痛みに屈する魔法少女も少なくはない。そうして、誰かに殺してくれと頼み、けれどその相手も、と。

 

 死ねばいいと、死ねば治るからと。

 そう知っているからこそ──魔法少女は痛みに耐性がない。苦痛を避けないくせに、苦痛に瀕せば喘ぎ泣き叫び、そうして誰かに救いを乞う。

 

「……軟弱極まりない、ですわね」

 

 その口から零れ落ちた言葉は、普段の彼女からは考えられないものだった。特に梓・ライラックの前で見せる彼女とは違う。

 優しいだけの彼女はここにはいない。優しいあの人を思いやり、慮り、自身の信念を少し変えてまで、折ってまで──憧れを追う彼女は、どこにもいない。

 

「全く……魔法少女たるもの、肌が裂けようと、腕が折れようと、心の臓を貫かれようと──最後まで敵を殺し尽くさなければ。そうでなければ、何のために、世界から魔力を頂いているのやら」

 

 4つ腕、4つ脚。牛の頭。美しき翼と鍛え抜かれた胴体。

 既存の魔物の要素は無い。あるいは──その全てを詰め合わせたかのようにも見える。

 

 彼女は。

 フェリカは。

 

「遅いですの。何もかも」

 

 次の瞬間。フェリカはベルウェークの後ろにいた。

 その足の全てを叩き切り、周囲にいた透明な狼も殲滅し、更に奥で構えていた青毛の魔法少女も──。

 

「──ッ! これは!」

 

 下がる。()()()()()()()()()()()()()()、下がる。

 

「【弱化】……なるほど。話に聞いてましたが、他の魔法少女の魔法を使い得る、と。ならばEDENにいらっしゃる【弱化】の使い手であるグランセさんは、貴女の手にあると見てよろしいのでしょうか」

「いいわ。けれど、びっくりした。最大チャージで【弱化】したのに、普通に喋れるのね、貴女は」

「グランセさんには申し訳ないですけれど、最大チャージがその程度なら──私の速度には、遠く及びませんわ」

「自信満々だね。でも、いいの? EDENに敵がいると知って……戻らない、なんて」

「EDENには梓さんがいますので」

 

 その全幅の信頼に、けれど青毛の魔法少女は笑みを深めた。

 フェリカの背後に浮かぶEDEN。そこに、あるのだと。

 

「けれど、なるほど。増援が来ないのはそういう理由でしたのね」

「理解が早いね。今も【弱化】を受けているのに」

「ありがとうございますの。でも、貴女はとても遅いですわ」

「?」

 

 フェリカの背後のEDEN。

 それが──ずっと見えている、ということに。青毛の魔法少女は、ようやく気が付いた。

 

「あれ?」

「もうお仲間はいませんことよ。死せども死せども蘇る。まるで魔法少女が如き魔物。確かに強く、恐ろしいものでしょう。雷撃を操り、繰り出す攻撃も重厚。透明なウルフ種で場を攪乱し、隠れている者さえ許さない。あぁ、透明なレーヴァン種もいらっしゃいましたわね。弱すぎて気にもなりませんでしたけれど」

「……【神速】。ちょっと舐めてたわ」

「ええ、そのようで。ありがとうございます。なめていてくれたおかげで、何を行えばいいのかもわかりましたので」

 

 飛ぶ。

 フェリカが? 否、青毛の魔法少女が。

 

 違う。そうですらない。

 

「え──」

「【神速】は、その目で捉えられぬから【神速】というのですわ」

 

 気付いた時には、首が飛んでいた。

 気付いた時には、身体が無かった。

 

 気付いた時には──。

 

「貴女の後ろにいたりして♪」

「使い古された手段ですのね」

 

 フェリカの背後に現れた青毛の魔法少女を、その背後に現れたフェリカが切り裂く。

 

「あれ」

「貴女が精神体であることなど、初めの邂逅の時点で気付いていましたのよ?」

「……そっか。あの時私を切り裂いたのは、貴女だものね」

 

 切り裂かれた青毛の少女が揺らぐ。揺らいで喋る。

 斬られ、裂かれ、突かれ、飛ばされ。

 しかし死なない。それは死なない。

 

「わかってるなら、どうする気なのかな? 私を殺す事ができないと分かっていて、けれど自分がどうすればいいのかもわかっている。ね、教えてよ」

「あら、わからないんですの? 頭の回転まで遅いんですのね。可哀相に」

「……貴女はもっとお淑やかなコだと思っていたんだけど、なんだか残念ね。あの野蛮人とあんまり変わらないわ」

「それは光栄ですわね」

「あらら? 貴女もあのコの事野蛮人だって思ってるんだ?」

「粗暴な口調であることは否定しませんわ。それがあの方の素敵なところですし」

「ふーん?」

 

 死なない。

 けれど──魔法も使えない。

 そして、神も立ち上がらない。

 

「……もしかして、()()()()()()()()()?」

「ええ。SS級魔法少女として私のやるべきこと──それは、この場に貴女を留め、魔物を全て殺し、蘇生する魔物も留め、且つ死なない。当然でしょう?」

「……」

 

 その剣に、その眼に、その身体に。

 一点の曇りなし。

 

「改めて自己紹介をさせていただきますわ。私はフェリカ・アールレイデ。EDENを守護せしアールレイデが長女にして、SS級魔法少女。【神速】を拝命し、この地に近づく一切を塵芥に帰す者ですわ」

「……まずいなぁ、これ」

「あら、名乗りに名乗りを返さないとは、文明の無い方なのでしょうか?」

「……ルルゥ・ガル。分かってると思うけど、魔法少女じゃないよ」

「それは知りませんでしたわ。教えてくださってありがとうございます」

 

 立ち上がることができていない。

 その足が切り刻まれ、その腕が切り刻まれ、その翼が切り刻まれ、その頭蓋が切り刻まれ、その胴体が切り刻まれ。

 何度も何度も、死ぬ。

 ベルウェークに、ルルゥ・ガルの神に、何度も何度も死が訪れる。

 

「試してみましょうか。この魔物が本当に、永遠に復活できるのか──私達でさえも、届かぬその果てを、掴み得るのか」

 

 その光景に。

 

「──戦略的撤退!」

 

 ルルゥ・ガルは、逃げた。

 

えはか彼

 

「見えた! EDENだ!」

「あれが……」

「本当に、浮いている。何故?」

「ベルウェークは……倒れ伏していますね。魔法少女に倒されているようです。ですが……」

「あァ、復活するはずだ。だから早く伝えてやんねェと!」

「待ちなさい。今アンタが出て行ったら、余計な混乱を生むだけよ。忘れたの? あっちにはアンタの偽物がいるのよ。前線を張っている魔法少女が誰であれ、アンタが出るべきじゃないのは確実でしょ」

 

 よォやく帰ってきた。

 あァ、すっげェ懐かしい。ここを故郷だって思うくらいにァ、俺ァここを大事にしていたらしい。EDENを、エデンを、そして国を。

 

「青バンダナ、赤スカーフ! 行くぞ!」

「応! ……いいのか?」

「あァ、悪ィわけが無ェだろ。確かに混乱は生んじまうンだろォが、まずァベルウェーク倒すのが先だ。違ェか?」

「……そうだな」

「異存なし」

 

 首のドアを開ける。

 眼下──広がる戦場から、あァ──あまりにも濃い血の臭いがする。

 死んだんだろォな。沢山。沢山が、死んだんだ。

 

「あのね、アンタ本当にわかってるの? ──あるいは、アンタの仲間に剣を向けられる可能性もあるのよ?」

「わかってる。でもさ、化け物殺せば、化け物に殺される魔法少女は減るだろ。私ァ大丈夫だ。それに──みんなを信じてる」

「悲観的になりすぎるな、と。過去に言いました。しかし楽観視をしすぎるな、とも言いました。ですから、どのような状況にも対応できる中立を取れと。梓様。貴女の行動は、中立になっていますか?」

「いいや」

 

 プテラゴイルを3匹呼ぶ。

 それぞれに飛び乗って、笑う。笑って言うんだ。

 

「最悪を考えて、最良を取る。両端こそが私さ。大丈夫──全部、考えてある」

「ならば、どうか。貴女にとっての最良をお選びください。誰にとっての、でもなく、何にとっての、でもなく。貴女にとっての、全てを救う未来を、どうか」

「あァ。冷静メイド、マッドチビ先生。2人ァEDENを頼むぞ! 後で合流しよう!」

「死ぬんじゃないわよ、口悪ちび」

「あァよ!」

 

 さて──んじゃまずァ、景気よく行こうか。

 

「プテラゴイル! ベルウェークに突っ込め!」

 

 はは。

 ははは!

 

 さァ、楽しくなってきた!

 

 

 

「【神速】」

「【静弱】ッ! っづ!?」

 

 赤スカーフの乗るプテラゴイルが切り裂かれた。

 その魔法の発動は、しかし間に合わなかったのだろう。腕に裂傷を負う赤スカーフ。

 

「待てお嬢、私だ! 敵じゃねェ!」

 

 ──強化。プテラゴイルを盾に、転がり落ちろ。

 

 久方ぶりに感じた【即死】の気配に従い、地面へと落下する。

 

 ──知覚強化。青バンダナが危ない。剣の投擲では間に合わない。赤スカーフの傷は浅い。大丈夫だ。だが、青バンダナへ向かう攻撃は──死に溢れすぎている。

 

洲碑嗚恵印減後琉("矛"のアインハージャは)不敗矢地洲碑嗚獏和道塔握世羅麗徒(槍を後方に発射して加速しなさい)!」

「【喧槍】!」

 

 青バンダナの背中側に生成された槍群が、プテラゴイルごとその身を押し出す。

 それによって逸れる剣。だが、その飛んでいく槍に着地し、それを蹴って黄金の風が青バンダナを撫でる。

 

「ッ!」

「あら、防ぎましたの? 驚きましたわ。今の槍といい、先ほどの盾の方といい、とても良い目をもっていらっしゃるのですわね」

「おいお嬢、話聞け! そいつらァ敵じゃねェ、味方だ! つかその問答よりまずァベルウェークを殺さねェと!」

「黙りなさい。ホートン種。生き残りがいるとは思いませんでしたの。性懲りもなく梓さんの姿を真似て、私に指示を出す、など。……吐き気がしますわ」

 

 その、冷たい目に。

 その、侮蔑の顔に。

 

 笑えて仕方がない。

 

「ハ──ははは。なンだ、一発目で最悪引き当てるたァ私も運が良い。その眼、その表情! なァよ、金髪お嬢様。もしかして──私に勝てるとか、思ってねェだろォな」

「たかだかホートン種の一匹が、よくもまぁ舐めた口をききますのね。まさか、梓さんと同じ姿をしているから、私には斬れない、など。そのような考えですの?」

「なーに言ってンだよ。お嬢程度の遅さじゃ私にァ追いつけねェつってんだ。馬鹿が」

「まぁ。粗暴な口調まで上手く真似ていますのね。では、魔物に乗ってやってきた、という事実はどう否定しますの?」

「否定しねェって。私が乗ってきたンだ、乗り物に決まってンだろ。相変わらず頭の回転が遅ェな、お嬢様。【神速】の名が泣くってなモンだ」

 

 半歩、前に出る。

 後頭部を掠める剣。

 

「!?」

「避けられたとでも思ってンのか? 違ェよ、前教えただろ」

 

 一歩、二歩と、ふらふら歩く。

 知覚強化はしない。身体強化もしない。

 

 ただ──自分が死なない場所に、歩いて向かうだけ。

 

「あァよ、この分じゃァそっちの私ァ随分と温かったらしィな。そこまで評価落ちてるたァ残念で仕方がねェ。ほら、どォしたよ。ご自慢の【神速】ってな、お飾りA級に剣先の一つも当てられねェ魔法なのか?」

「この──」

 

 自然体だ。酷く自然体。

 ただゆらゆらと、何があっても死なない場所に移動するだけ。

 相変わらず速い。目に見えないくらい速い。その剣筋も、お嬢の身体も。【神速】とは名の通り、神の如き速度だ。あっちで切り刻まれてる神さんたァわけが違う。

 

 けど、だからこそ。

 その一撃一撃が、一突き一突きが──致命だからこそ。必死だからこそ。

 

 俺には、効かない。

 

「なァよ、お嬢様。なンで攻撃が当たらねェかわかるか? あァ、お嬢が遅いからってワケじゃねェさ。お嬢は十分に速い。【神速】ァちゃんと効果を発揮している。その力は、誰よりも、何よりも速い事を指す。だからちゃんと機能している。じゃあここで問題さ。ならなンで、私に当たんねェんだ。はは、AクラスA班で、もっとも弱い私に──最も強い奴がさ、なンで当てられねェ。なんで殺せねェ」

「ッ!」

「答えァよ。お嬢が、子供だからさ」

 

 魔煙草を取り出して、吸う。

 不味いねェ、相変わらず。楽しい気分はそのままに、あァ、でも──クリアになっていく。

 

 背中の剣を引き抜く。

 引き抜いて──お嬢様の顔に突きつけた。

 

「な」

「よォ、魔煙草もマトモに吸えねェがきんちょが、私の領域でよ、私に勝てるわけねェだろ。(それ)ァ、私ンだよ」

 

 発動するのは【即死】。

 浸すのは剣。引き絞るは身体。槍投げみてェな姿勢を取って。

 

 それを――ぶん投げる!

 

「──~~~~!?」

 

 それは刺さる。確実に刺さる。

 今まさに、切り刻まれた身体から復活したベルウェークの背中に、がっつり刺さる。

 

「青バンダナ、赤スカーフ! 神殺しァ、ヴァルメージャの役目だろ! 頼むぜ!」

「応! 我が槍は、神をも貫く魔槍なりて!」

「我が盾は、神の力を押さえる聖盾である」

 

 お嬢の両側、青バンダナと赤スカーフが飛ぶ。

 身体強化ァ最低限。その他の魔力は、全て魔法に込めて。

 

「【喧槍】──ッ!」

「【静弱】」

 

 圧し潰され、弱った肉体。死を浸され、潰えて行く肉体。

 その全てを──幾万もの槍が貫いた。貫いていく。

 

 盾が、盾が、盾が、盾が。

 弱体化させ、潰し、故にこそ本来の姿をこの世に縫い付ける。

 槍が、槍が。槍が。槍が。

 貫き通し、刺し切り裂き。故にこそ、その姿を暴き出す。

 牛の頭。その頭蓋。頭部。後頭部。そこにキラリと光る、眩い多面体。

 

「お嬢! あそこだ──あの核まで、私を運んでくれ!」

「な、なんだか従って動くべきであるような──~~~~っ、ああもう! よくわかりませんけどわかりましたの!」

 

 姫抱きにされる。

 懐かしい感覚だ。はは、そうさ。こうでなくっちゃいけねェ。

 

 俺を運んでくれるのァ、いつだってお嬢だ。残念だがポニテスリットでも冷静メイドでもねェのさ。

 

 遠くでサボってた俺を、授業の始まる場所にまで運んでくれンのァ──お嬢しかいねェのさ!

 

「ありがとうな、お嬢! んで、あぶねェから下がってくれ。あとコイツ殺したら多分ぶっ倒れるから──受け止めるのもよろしく頼まァ!」

 

 返事は聞かない。

 太腿のマガジン全部を取り出して、その開いた頭蓋にバラバラと落としていく。露出した脳髄ァ、けれどマジの脳じゃァねェ。

 いつか迷宮で見た、マリオネッタってなゴーレム。

 アレとおんなじの光り輝く核って奴さ。

 

 やっぱりお前、人形だったってワケだな。

 

 核に触れる。

 

「──怖いか?」

 

 どろりと伝わってくるは、感情だ。強い感情。神の、コイツの──恐怖。

 死ぬはずの無い己が。何をされても、だ。切り裂かれようと、動けなかろうと、留められようとも死ななかった己が、その命を散らす事の無い自らが。

 

 ここで終わる、という恐怖を。

 

褪戦死遠.愚媒,阿閉願御土唄理弩印秘止離.さよならだ、歴史に埋もれた異教の神よ!」

 

 手のひらから垂らし落とす。それは瞬く間に多面体の全てを浸し──。

 

「死ね」

 

 殺し、尽くした。

 

えはか彼


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。