遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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39.伏理苦得.

 弾丸を止めたのは一本の剣。

 飛ぶ斬撃を止めたのは半透明の盾。

 他を押しのける力場を止めたのは、槍と剣。

 

「!?」

「ハッハー、よォ、久しぶりじゃねェか尖り前髪にポニテスリット! んで──よォ、そっちの私! 初めましてだァな、よろしく頼むよ、私ァ梓・ライラックってのさ!」

 

 隔離塔の通路に、突然人が増える。

 対峙していた3人の間に入り込んだ集団は、なんともオカシナな者達。

 

「くッ──何をする、フェリカ! まさかお前まで……!」

「ミサキさん、魔物の気配も辿れなくなってしまったんですの? 私達、梓さんが遠征から帰ってくるまでに少しでもあの方の負担を減らそうって、少しでも早く魔物に気付けるようになりましょう、って。あれだけ努力しましたのに」

「エ、そうなのか? ……そン時死んだりしてねェだろォな」

「それは言えませんの。言ったら梓さんが悲しむので」

「それ答えじゃねェか!」

 

 作りの荒い右の義手と、左半身の火傷痕の目立つ少女──梓・ライラック。

 流れるような金髪が暗い隔離塔の通路をも照らす、フェリカ・アールレイデ。

 この場にいる3人にとっては名前も姿も知らないだろう青いバンダナのウィジと赤いスカーフのリジ。

 

「……止めるか、我が剣を」

「称賛に値する強さ。やはりヴァルメージャには驚かされるばかり」

「この、【波動】と言ったか? く、ヴァルメージャは理解の出来ぬ御業を使うと知っていたが……見えぬ力とは」

 

 一気に騒がしくなった場に、梓は「はァ」と溜息を吐いて──床に転がった7人を撃ち抜く。

 苦しみの声も上げられずにいた魔法少女達が、たったそれだけで、死んだ。

 

 梓は。

 梓に、向き直る。

 

「なァよ、今なんで殺したンだ。生きてただろ」

「何言ってやがる。苦しんでただろ。ポニテスリットにやられたンだよ。ずっと苦しいままなんざ、可哀想だろ」

「だったら、死んだ方が良い、ってか?」

「馬鹿が。私ァてめェたァ違ェんだよ。私の方がみんなを想ってる。私の方が死に向き合ってる。ずっと苦しいってな、つれェんだよ。ずっと苦しいってな、怖いんだよ。苦痛が永遠に続くくらいなら──救いが欲しい。ったりめェだろォが。それを、自分が嫌だのなんだの言って我慢してもらう、なんざ──唾棄に値する。私に、殺してやれる手段があンだ。楽にしてやれる手段があンだよ。ちょっと休んでもらって──また、一緒に戦えるよォに。また一緒に、日常を過ごせるよォに。そのために、殺すんだ。だったら、死んだ方が良いに決まってんだろ、クソ野郎」

「ハハハ、言うじゃねェか。そォだな、その通りだと思うぜ。少なくとも私ァ迷宮に潜るまでァそっちだったからな。苦しんで欲しくねェし、痛がって欲しくねェ。ったりめェだよなァ、大切な人達に苦しんで欲しいなんて思うサイコ野郎ァ消えた方が良い。──だがよ、苦しませねェ方法を取らなかったのァ、なんでだ。殺されるって、傷つけられるって。わかってて仕向けたンだろ? なァ?」

 

 片や笑い、片や顔を顰める、2人の梓・ライラック。

 笑う方には剣が、顰める方には銃が。

 自信にあふれた方は大きく手を広げ──何かを焦る方は、構えた銃を下ろさない。

 

「……偽物の癖に、生意気な」

「あァそォだろうよ! お前にとっちゃ、私ァ偽物さ。いや、いいぜ! そろそろ良いか。もういいか! お嬢の告白も断っちまったンだ──もう、取り繕わなくていいか! なァ、俺ァ梓・ライラックだが、梓・ライラックじゃねェんだわ。ごめんな、奪っちまって。お前の居場所だろォよ、ここは。梓・ライラック。だからよ、俺ァ──お前を否定しねェ。いいぜ、この世にいて。同姓同名なんざ珍しかねェだろ、今時。ハハ、はははは! ──俺が! お・れ・が! この俺が!! お前の存在を認めてやる。世界ですら認めてねェんだろ、だが俺が認めてやる! 馬鹿が、世界なんぞに屈してンじゃねェよ。だから、死を前提に考えンな。目標さえ達成すりゃ死んでもいい、なんざ──死んでも考えんじゃねェよ、チビ」

「──!!」

 

 銃弾が発射される。

 二丁の銃口から、真っ直ぐに。

 

 それを──梓は避けない。

 代わりに叩き落すは【神速】の剣。

 

「今の、避けられたでしょう!? なんで避けませんの!?」

「お嬢が守ってくれるって思ってたからよ。いいだろ、命令もしてねェんだ。お嬢が勝手に守ったってだけさ。だから、怒られる筋合いなんて無いね」

「このっ、貴女という人は……!」

 

 発砲。今度は半透明な盾が。

 発砲。今度は熟練の槍が。

 

 梓に向かう弾丸を、許さない。

 

「……ンだよ、それ。結局私が仲間外れじゃねェか。認めてくれンだろ。私が本物だって。本物の梓・ライラックだって! だったら──寄越せよ、私にも。仲間を寄越せよ!」

「あァよ勝手にもってけ馬鹿野郎! はは、だがよ、てめェが無理矢理仲間にした奴ァ、どォして応援に駆け付けねェんだと思う? その肉体を! 記憶を! 無理矢理に奪って無理矢理に仲間にした奴らァ──今、どこにいると思うよ」

「ッ」

 

 後ろを向いても、いない。

 梓の後ろには誰もいない。

 

 ただ、梓の前には。

 魔法少女が立ちはだかるばかり。

 

「改めて自己紹介と行こうぜ、梓・ライラック。俺ァ梓・ライラックってのさ。齢13にして魔法少女に覚醒しちまった、憐れな憐れなガキンチョだ。【即死】なんつー意味の分からねェ"救い"を与えられて、それを揮えねェ可哀想なガキさ。なァよ、梓・ライラック。お前は誰だよ」

「……私ァ、梓・ライラックだ。13歳の時に魔法少女になって、……けれど、仲間に、友達に恵まれて。──けどそれは、私の築き上げたモンじゃなくて。だから私ァ──取り戻すんだ。お前から。てめェから。私の大切な世界を、私の大切な仲間を、友達を。アンタに奪われた全部を!! そのために──死ね、死ね、死ね!! お前だけは要らねェんだよ、私の世界に! この世界に!!」

「あァさそれでこそだ!! 生きるために抗うってンなら──俺ァ、お前の相手をしよう。ハハハ! お前が俺を名乗るのなら! もっと笑えよ! 死地だぞ! 命のやり取りだ! てめェが生きるために、てめェの死力を尽くさなきゃなんねェ場だ! なァアズサ! お前は、俺の敵だ!」

 

 笑う。嗤う。哂う。ケタケタと、あぁ高らかに笑う。

 梓・ライラックは手を広げて──世界に宣言する。

 

「──糸伊豆阿止理負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる祈りの物語).」

「夜──?」

 

 その時、誰もが上を見た。

 上空を見たのだ。

 日の落ちた空を。──隔離塔の通路であるはずの、そこを。その空を。誰もが見た。

 月の光が、大きなドラゴンの形によって遮られる。

 

「──藍永封無減琉(私は終わりを肯定する).」

「いい加減になさい! これでも浴びて──全員、頭を冷やせ──!!」

 

 雨が降る。

 黒い雨が。

 

 隔離塔に使われていた、数多の反魔鉱石を用いた──黒い雨が降る。

 

 その雨は、EDEN全土に注がれた。

 

えはか彼

 

 反魔鉱石の雨。

 それは本来あり得ないことだ。あり得てはならないから、殺しにかかった、とも取れるのだろう。【鉱水】。反魔鉱石を唯一扱い得る魔法。その使い手を。

 

 しかし、何の因果か彼女は死なず。

 何の因果か彼女を連れてきて、結果的にすべてを解決した。

 

「……修練塔に引き続き、隔離塔までもが消えるとは。再建費はいくらになるのやら」

「ですが、雨及びそれによって起きた小規模の洪水により、EDEN内部の魔物の全ての消滅を確認できました。ただでさえ反魔鉱石に弱い魔法少女の肉体に、外部の影響を受けやすい精神体。両者がいびつな形で組み合わさった今回の魔物には、随分と強力な衝撃であったようで──全てが、簡単に死んでくださいましたね」

「……ディミトラに借りを作るような真似はしたくなかったのだが、その功績は讃えられるべきだろうな」

 

 軍事塔。未だに戦闘痕の残るそこで、静かな会話を交わすのは2人。

 

 コーネリアス・ローグンと、キリバチだ。

 

「使う機会に恵まれなかったのは、幸運だろうか」

「幸運でしょう。そも、今回の敵の目的は地下牢にあった封印措置を受けた魔法少女でした。()()を使っていたら、あるいはそれらを奪われていたやもしれません」

「そう、だな。お前がこれをくすねてきた時は驚いたものだが」

「私とあるるらら様が初めに目撃したホートン種。あれなる者が向かっていたのが隔離塔だったため、万一を考えて、です。保管及び返却はキリバチ様にお任せいたします。厳罰は降級どころでは済まされ無さそうなので、適当な理由をつけてくださると嬉しく思います」

 

 ソレ。

 それだ。

 今しがたキリバチが亜空間ポケットにしまった、小さな小さな鍵。

 

 封印措置を受けた魔法少女のいる場所に繋がる扉──それを開くための鍵。

 当然厳重に保管されたそれを盗んだ、などと。

 

「よーォ、元気か鬼教官。【劇毒】くらってくたばりそォだったって聞いたんだが」

「ノックくらいしろ。……久方ぶり、になるのか。ライラック」

「おォさ。んで、元気そォで何よりだ。で、ほらよ」

「む?」

 

 ほらよ、と。

 空気を一切読まない梓・ライラックが促し、部屋に入れたのは──これでもかという程に落ち込んだ顔の、コーネリアス・リヴィル。

 

「……おら、何やってンだよ。さっさと謝ってスッキリしちまいな」

「煩いお前に言われる筋合いはない」

「あンだろォが。馬鹿が、俺の前で自殺なんかしよォとしやがって。死なせるかよなんのために助けたと思ってやがる。つか死ねねェってなお前らが一番知ってンだろォが」

「ライラック。お前、更に口調が粗悪になったな」

「今までァ世間体を気にして猫被ってたのさ。俺ァ元からこォでね、はは、意識しなくていいってな楽で仕方がねェ。んじゃ俺ァ行くからよ、その馬鹿の気ィ晴らしてやってくれ。なんぞ、今回の事ァみんな覚えてるらしィんだよ。意識は無かったらしィんだが、それこそ脳に刻まれちまったンだろォな。だからよ、自分のしたことじゃなくても、鬼教官に【劇毒】をのわ」

「梓さん、喋りすぎですわ。後は当人たちに任せましょう。他にも沢山、自らを責めている方々がいるのです。全て救うのでしょう?」

「おォそォだった。んじゃーな、鬼教官、冷静メイド、怒りしょんぼり!」

 

 フェリカ・アールレイデに首根を掴まれ引き摺られていく梓・ライラック。

 

 最後の最後にまたヘンなあだ名をつけて、大きく手を振って、楽しそうに、元気そうに消えて行った彼女に、くすくすと笑うのはローグンだけ。

 顔を顰めるリヴィルと呆れたような溜息を吐くキリバチが──向き直る。

 

「……キリバチ様」

「なんだ」

「……どのような罰でも受け」

「なら、とっとと切り替えて通常通りのお前になれ。ライラックではないがな、もう終わった事をネチネチと掘り返されるのは好かん。魔物に乗っ取られてそんなことも忘れてしまったか」

「いえ──そうでした。私は、コーネリアス・リヴィル。キリバチ様とエミリー様に仕えるモノなれば、不要な感情に振り回され、自ら壊れる事など以ての外」

「姉さん、気分は如何でしょうか。私は梓様とそれなりの仲を深め、信頼され、今回の事態解決にも貢献いたしました。無様に負けて乗っ取られてキリバチ様を害した姉さん、今どのような気持ちですか?」

「ローグン、お前……」

「提案なのですが、歳は同じなのですから、そろそろ姉妹逆転いたしませんか? 姉の方が有能である方が世間体もいいでしょう?」

「……いいだろう。少しな、別の方向に手を出したのだ。【劇毒】によって作り上げたポーションに、媚薬と名付けた試作品がいくつかある。お前にそれを浴びせ、エデンの前にでも放置してやろう。作り上げた完璧なるメイドとしての化けの皮を剥がし、あり得ない程の醜態を晒させてやる」

「おや、良いのですか? 今はキリバチ様の御前──【劇毒】の個人的な理由による使用は控えると、キリバチ様の前で宣言していたように思うのですが……」

「っ……」

 

 キリバチは、ふむ、と。

 一つ頷く。

 結局死にきれなかった──【劇毒】に浸されて尚死ぬ事ができず、どうせだからと死なずに病人扱いで軍事塔のベッドにいるキリバチは、ふむ、と。

 

「面白いから続けろ」

「キリバチ様!?」

「そして、媚薬と言ったか。それも面白そうだな。あとで一瓶寄越せ。少しばかりライラックを困らせてみたい」

「い、いえキリバチ様、それは倫理というものに反していてですね」

「おお酷い。そんなものを実の妹に使おうとしていたのですか? なんて嫌な姉でしょう。妹になりませんか?」

「フン! たとえどんなことがあろうと、お前の妹になるのだけは御免だ!」

「矮小な矜持ですねぇ。キリバチ様、どうぞ面白……厳罰を」

「わかった」

 

 キリバチは、言う。

 

「2人とも今回の昇級試験を受けてこい。そして、異例のB級からSS級までの飛び級を成し遂げろ。できなければその媚薬を浴びせ、個室に閉じ込めてやろう。そうすれば姉妹仲もよくなるだろう?」

「──!」

 

 言った。

 言って笑った。

 

 ここに今、熾烈な試練が始まる──。

 

えはか彼

 

「~♪」

「楽しそうですわね、梓さん。それ、なんという曲ですの?」

「ん-? ま、お嬢ァ知らねェ曲だよ。知ってンのァ俺だけなんじゃねェかな」

「つまり、梓さんの作曲ですの?」

「違ェなァ。はは、お嬢にァ一生わからねェよ」

「……むむ。なんだか以前より増して意地悪になったような……」

 

 マッドチビ先生による反魔鉱石の雨によって、事態は一気に解決した。

 魔法少女の身体に入ってた化け物の精神体は反魔鉱石に耐えられずに抜けて、多分消滅。

 俺にとっちゃあンまし好ましくねェんだけど、精神体の抜け出た魔法少女達も死んじまったらしい。反魔鉱石ってなそンだけ魔法少女の力を削ぐんだと。それで、無理して身体使ってたっつか使われてた魔法少女達は、その反動だとかなんとかで死んじまった、と。

 ……俺ァ、誰も死なせねェって手段を取りたかった。けど、マッドチビ先生ァ違う。とっとと全部片づけて、早いとこ直談判してェってな思いしかなかったわけさ。

 

 だから、こんなに死んじまった。

 つってもまァマッドチビ先生からしてもそこまで死ぬってな予想外だったらしいんだが、死に変わりは無ェ。出来得るなら全員に謝って回りてェんだが、それァ止められた。

 

 なんで、って。

 

「ひ……」

「行こ、早く行こっ」

 

 俺の顔見て、化け物でも見るかのよォに逃げてく少女達。

 

「……」

「梓さん……」

 

 まァ、こーいうこったな。

 あっちの俺がさ、殺して回ったンだと。で、あっちの俺に殺された奴ァあっちの俺の仲間……つまり化け物の精神体の入った魔法少女、ってのになってたンだと。どォいう原理なのかァ知らねェが、そーなってて。

 んでさっきも鬼教官殿に言った通り──記憶があるらしィんだわ。

 

 やってる最中ァ意識ってな無かったんだと。あっちの俺に殺されて、気付いたら蘇生槽にいて。

 そンで──溢れ出てくる、自身がEDENを裏切った記憶。痛みも無視して突撃して、必死の顔の友達や仲間に殺されかけて。復活するからって殺されないで──降り立つあっちの俺に、殺されて。

 だってンで、まァトラウマさな。俺の顔がチラついて仕方ねェんだと。はは、顔面に火傷負っててもわかるなンて、良い目をしてる。火傷の傷を怖がるンじゃなくて、俺自体を怖がるってのも良い。そいつァ、他人を外見で判断しないいい奴らの証拠だ。

 

「いいのさ、傷ってな癒えるから傷って言うんだ。こればっかりァ死んでも治らねェだろ? いいじゃねェか、それが生きてる証さ」

「……私は、貴女の事、好いていますから。それだけは忘れないでくださいまし」

「まーだ言ってンのかよ。ごめんなっつったろ。お断りだよがきんちょ」

「ふん、知りませんの。貴女が私を好いていないことと、私が貴女を好いていることは何も関係ありませんので」

「身勝手だねェ、そォいうのァ好きだぜ俺ァ」

「ホントですの?」

「あァそーいう意味の好きじゃねェよバーカ」

 

 そんでもって、あっちの俺……まァ面倒だからアズサって呼ぶけどよ。

 アイツの行方は分かってねェ。いきなりな、消えたんだ。

 

 多分、透明になった。仮称【隠蔽】……散々苦しめられた魔法さ。

 反魔鉱石の雨が降り終わった後、捕まえねェとな、ってそっち向いたらさ、いなかった。目ェ離すべきじゃなかったよ。そればっかりァマジで馬鹿だった。

 

 けどこれで、ルルゥ・ガルとアズサが繋がってンのもわかった。多分だけどあっちのマッドチビも仲間なンだろう。尖り前髪の話とマッドチビ先生の見解からして、あの義手ってな魔力を回復する類のモンじゃなく──魔法少女の精神を閉じ込めておく檻、だとか。

 胸糞悪い話なンだがな。その回復機構ってな、魔法少女の精神体の入った義手型のガーゴイルなんだと。だからアズサが魔力を使いきったら──そのガーゴイルから魔力を搾り出して、自身に還元する。ついでに魔力砲ってなビームも出せると。

 

 やっぱりあいつァ俺とは違う。

 けど、なんか……泣きそォだったのがな。ちょいとなァ。

 

 俺おじさんだからよ、13年間付き合った自分たァ言え、見た目少女な子がしょんぼりしてたら気になっちまうよ。

 

 ふと、シトラスハーブの香りがした。

 

「ん、なンだお嬢。まだソレ吸いきってなかったのか」

「……あの戦場でも吸いましたけれど、これ、頭の中をスッキリさせてくれるんですの。色々もやもやしたり、ちょっとキレそうになったり、鬱憤をぶつけたくなった時は吸う事にしていますの」

「ちょっとキレそうになったり、ってな、お嬢様の使うべき言葉じゃねェなァ。あ? つか、今そォなのか?」

「はあ? 今私の告白を適当にあしらっておいて、怒っていないとでも? 私、割合短気な方ですのよ? 貴女が取り繕わないというのなら、私ももう取り繕いませんの。素のままの私を貴女にぶつけて──強制的に好きになってもらいますわ。もう私しか見られないと、何事にも目が向かないと。そうなるまで一生ぶつかり続けますのよ」

「……あァよ、んじゃ一生あしらい続けるわ」

 

 なんかさ、おじさんちょっと怖いよ。

 今回の一件を終えてから、お嬢がちょっとグレちゃったっていうか。お淑やかで誰にでも優しい金髪お嬢様、ってなどこにもいなくて、俺の一挙手一投足にイチイチ切れて、事あるごとに告白してくる……なんかオラオラ系になってしまった。

 思春期だねェ、と思う反面、おじさんオラオラ系女子は苦手なんだよな、とか思ったり。いや嫌いっていうか、対処の仕方がわからねェんで苦手っていうか。

 

「お嬢」

「なんですの」

「俺ァよ、隠し事があんのさ。誰にも話せねェ、話した事のねェ秘密。乙女の秘密って奴がな」

「聞きましたの、それ」

「まァ聞いてくれよ。……でもさ、別に大した事じゃないんだ。ぜってー隠さなきゃいけねェってことでもねェ。ただ、俺が話すのが怖ェからさ。だから隠してる。……フェリカ・アールレイデ。アンタ、俺を信頼させる事ァできるか? 俺が──話すのこえーってさ。思わないよォに、そォいう……強くて、かっけェ奴にさ」

 

 ……何言ってんだ俺。

 キモくね? なんだこの、「俺を惚れさせたいなら相応の人間になってみろ」みたいな奴。

 うわキッショ。何様だよ。

 

「なれませんわ」

「そォかい」

「私は私ですもの。私はフェリカ・アールレイデ。貴女の理想の女性ではありませんのよ」

「……そォだな」

「だから、なりません。ならずにそう思わせて見せます。私は貴女を振り向かせたいとは思っていませんわ。つい先日まではそう思っていましたけれど──もう、そう思うのはやめましたの」

 

 金髪お嬢様が立ち上がるのを感じた。

 座ってたのさえ気が付かなかった。けど立ち上がって、歩いてきて。

 

 俺の背に、抱き着いて。

 

「私の光を受けて、私の強さを感じて。貴女が勝手に振り向きますの。今は前しか見ていない、前に進んで、後に続く者を導くために走り続ける貴女が──いつか、私を見るためだけに振り向きますのよ」

 

 抱き着いて。

 抱きしめて。

 抱き寄せて。

 

「だから、一生ついていきますの。もう──独りには、させませんわ」

 

 そう言って。

 

「……あァよ。頼む。俺ァちょいと、行き当たりばったりで、向こう見ずらしィんでな。変なトコ進んでいきそォだったら、首根っこ引っ掴んで止めてくれや」

「ええ、必ず」

 

 まぁ、なんだろォね。

 

 こんなところが。

 ここまでが。そしてこれからが。

 

 とりあえずの、俺達の、はじまりはじまりィ、ってコトで。

 

えはか彼




第一章完
一日だけお休みをします。その後通常通りの更新になります。

今までの登場人物紹介
名前あだ名【魔法】等級
学園組AクラスA班アールレイデ様
フェリカ・アールレイデ金髪お嬢様【神速】SS
シェーリース背中メッシュ【神鳴】S
ユノン太腿忍者【光線】A
ミサキ・縁ポニテスリット【波動】A
梓・ライラック口悪ちび【即死】A
学園組Aクラス
カギネ【深挟】B
瀬尾アルカ【音破】A
クイネ【鉄爪】A
ティア
遠征組突撃班ヴェネット隊
ヴェネット班長【凍融】SS
ルナ・ウィーマーンねぼすけ【氷壊】S
あるるららキラキラツインテ【透過】A
ザイフォン・英ブラックホール【吸呑】A
カネミツ尖り前髪【飛斬】A
遠征組調査班オーレイア隊
オーレイア銀バングル【白亜】S
残府知子光眼鏡【排析】B
結・グランセ虹色ロング【弱化】D
ケトゥアン過激無口【槍玄】A
フィニキア・各務委員長【引力】A
遠征組観測班アルカナ隊
L・アルカナふわふわ鼠【作為】D
防衛組防衛班エミリー隊
エミリー暴走繭【壊糸】S
コーネリアス・ローグン冷静メイド【侵食】B
コーネリアス・リヴィル怒りしょんぼり【劇毒】B
防衛組防衛班キリバチ隊
キリバチ鬼教官【痛烈】A
防衛組防衛班ジュニラ隊
ジュニラ指揮官【自爆】S
防衛組攻撃班イドラ隊
エルバハ・イドラ【青陽】SS
防衛組攻撃班マルハーバン隊
マルハーバン【断裂】S
特例組潜入班ネイビー隊
ネイビー・ブルー【寄生】SS
特例組遊撃班ライラック隊
梓・ライラックアズサ【即死?】A?
安藤アニマ安藤さん【業焔】S
コーネリアス・ローグン冷静メイド【侵食】B
死得無シエナS
その他
ディミトラマッドチビ先生【鉱水】S
ディミトラマッドチビ【鉱水?】S?
ウィジ青バンダナ【喧槍】A(暫定)
リジ赤スカーフ【静弱】A(暫定)
ルルゥ・ガルちびっこ????

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