少し長いです。
「梓に避けられているような気がする? ……気のせいじゃないか?」
「気のせいではないですわ! 教室では勿論、いつもなら探せばすぐにいるような場所にいなかったり、視界に入ったかと思ったら次の瞬間には撒かれていたり……」
「【神速】を撒くのは相当だな……」
「……やっぱり、あの作戦がだめだったのでしょうか」
「まぁ、彼女は身を挺して守るタイプの作戦を嫌うからな」
教室。
魔法少女育成学園にはいくつかの教室といくつかの修練場、いくつかの秘密の部屋など、その全体構造を把握している者が限りなく少ない事を除けば、割合ちゃんとした学園の体を成している。
教室は同じ等級の者に偏りが出るようにはなっていない。各クラスに一人ずつはSS級がいる、くらいの振り分けがされている。少女フェリカ・アールレイデと梓・ライラックは同じクラス──でありながら、ここ最近どうにも話しかける機会が無いと、同じくクラスを共にするミサキ・縁に相談を持ち掛けている最中だ。
金髪ロールの、如何にもお嬢様然としたフェリカが物思いに耽っている──それだけでも絵になるのに、クール美人の名が相応しいミサキが共にいると、それだけで何か眩しいものをみてしまったかのような気持ちになり、周囲の少女らは二人の会話に入ろうとしない。たとえ「そこに梓さん隠れてるけどね」とか思ってても何も言わない。
「でも、確かに反省はしていますの。あの後結局意識を失った私は自由落下。当然梓さんも、そして人形も。演習の失敗項目である人形の損壊が起きてしまって、百点満点の演習だった、とは言い難くなってしまいましたし……」
「一応、教師陣もあのクラスの精神体が人形に憑りついていた事は把握していなかったようだがな。後で成績表を見たら、多少の色は付けられていたよ」
「難しい、ですわよね。今までが──怪我や死など、作戦の一部でしかなかったが故に。梓さんに嫌われないようにするには、それらを避けなければ……いつか本当に愛想を尽かされてしまうというか、今がまさにその状態というか……」
「彼女は優しすぎるからな……」
梓・ライラック。
数か月前にこの学園に転入してきた【即死】の魔法を持つ少女。
等級区分はCに認定されるも、殺傷能力だけで言えばSSに届かんとされるピーキーな魔法を有す──少々の三倍くらいは、粗暴な口調の少女。
フェリカ・アールレイデは彼女に惚れている。
ミサキ・縁も好ましくは思っている。
彼女は優しいのだ。
みんなに怪我をしないで欲しい。死なないで欲しい。そんなことをするくらいなら、遠回りになっても、時間がかかっても、別の方法を取る。危ない事はしない。だからどうか、死ぬ事だけは。苦しむくらいなら怪我をするな。痛いと思うのなら自分を大切にしろ。
魔法少女になってから、そんなことを言われたのは初めてだった。
フェリカもミサキも魔法少女歴はそこそこだが──教えられた事含め、自らの理念として"魔法少女は市民の盾"という認識がある。だって死んでも蘇るのだ。だから死を忌避する必要は無いし、たとえ大怪我を……例えば歩けなくなる程とか、のたうち回る事さえ出来ない程の、とか。そういう怪我を負ったとしても。
死ねば、治るのだ。
だから魔法少女は盾になり得る。
「しかしまぁ、あの場ではあの作戦が最上であったと思うぞ。あの精神体の念動力は私の【波動】と相性が悪かったし、シェーリースは魔力切れ、ユノンはチャージこそしていたが、決定打を与えられたかどうかは怪しい。【光線】では人形の損壊は免れないしな。どうにか梓を人形に近づけて【即死】させる。あれ以上の作戦はないだろう」
「でも避けられていますの現に」
「……それはまぁ、気まずいんじゃないか? 曲がりなりにも自身を守らせてしまった……飛び交う礫の一切を無視して突貫し、念動力の盾になったお前は当然の事をしたまで、と思うのかもしれないが、彼女からすれば自身の走力や機動力が無いが為にお前に負債の全てを押し付けた形になっている。優しすぎる彼女にとっては重荷だろう、それは」
「うぅ、どうすればいいんですの? 私梓さんともっともっと触れあっていちゃいちゃしてあわよくばお付き合いしたいというのに……」
「こういうのは時間が解決する、としか言えんな。あるいは他の奴に頼んで、お前の事をどう思っているか、なぜ避けているのかを聞いてもらう、とかだが……」
フェリカが周囲を見渡す。
周囲にいた者は全員サッと顔を背ける。
別にフェリカが嫌われている、とかそういうわけじゃない。
蹴られたくないだけだ。誰しも馬には。
「ミサキさん……」
「はぁ。まぁ適任か。わかった、今度聞いてくる。余り急かすな、私にも授業がある」
「ありがとうございますわ! お礼といってはなんですが、欲しい素材とか触媒があれば10秒とかけずに取ってきますわ!」
「要らん要らん。友達だろう、私達は。そういう七面倒な貸し借りは無しだ」
「持つべきは友人……!」
クラスメイト達は「いや梓さんならそこに」とか思ったけど、何も言わない。いなくなってたし。
ただ──少しばかり、興味を持つようになったかもしれない。このなんともいえない捕り物劇というか、痴話喧嘩というか、オトシゴロの少女達の騒動に。
とっとと付き合っちゃえよ、はクラスの総意だから。総意は言い過ぎたかもしれない。嫉妬もあるかもしれない。私の方が先に好きだったのに、もあるかもしれない。
一つ言えるのは、今日のエデンは平和である、ということくらいだろうか。
そんな一部始終というか全部始終を聞いていたわけであるおじさんは、ハァ、と深いため息を吐いている。
いんやさ、確かに悩んでいるし、ちょっと気まずくて避けているのは事実なんだけど、そういう理由じゃないっていうか、いやそれも含まれているけれど大部分は違うっていうか。
とりあえず気持ちの整理がつくまであの二人とは話したくない。というか純朴な魔法少女とは話したくない。あんまり理解してもらえなそうだし、なまじ理解してくれたとしても、この悩みばかりは俺の問題というか、解決しないというか……。
あぁもう、女々しいなァ俺。情けない、ほんと。この歳になって……前世含めれば50超えてるんだぞ。
「ライラック」
「あァ今は話しかけんでもろて」
「ほう? 上官相手に用件の拒否とは、貴様も中々偉くなったものだな」
やらかしたな、と素直に思った。
魔法少女育成学園は学園だけど、国家防衛機構でもある。軍隊なのだ。普段は学園っぽく学生ライフを送らせていただけているけれど、軍人である事には変わらない。上官の命令は絶対だ。上官が敵に突っ込めといったら従うのが普通だ。俺ァあんまり従わないんだけど。
でまぁ、今見つかって、今やらかした相手。
鬼教官──なんて言われるくらいには厳しいとされる、いつぞやの指揮官殿よりも上の階級を持つやべー相手。もう見るからに厳しいですよ、という見た目をしていて、魔法少女らしくその魔法も苛烈──【痛烈】という、A級の魔法を扱う女性だ。効果は対象に痛みを与える、っていうヤツ。殺傷能力も殲滅力もないけれど、相手が痛みを覚える化け物なら確実に怯むくらいの苦痛を与えられるらしい。しかも遠隔魔法少女なので、近づくことなく敵にデバフをかけられる有能さから、殺傷能力と殲滅力だけで見たらB止まりが良い所をA級に収まっている……まぁ、ちゃんとしたお方。
俺ァもう【痛烈】の名前からして罰を与える刻は絶対痛みを与えてくんだろな、って思って避けに避けてたんだが、いんやさお嬢から逃げるあまりこちらに捕まってしまうとは。
「あー、何用で」
「来い」
「あい」
どうしてとか何故とかwhyとかそういうのは挟んじゃいけないってわかった。
拒否したら痛いの来そうで怖い。
だから従順についていく。
各教室のある塔*1じゃない。教員塔も修練場のある塔も抜けて、生徒がほとんど立ち寄る事のない……名前の知らない塔に来た。
おどろおどろしい雰囲気漂うその塔。あれこれすわ拷問とかされる流れか? とか思ったので逃げようとした。
「私の魔法の効果範囲は目に見える範囲全てだ。覚えておけ」
「逃げんなって事スねハーイ」
「……別に、そう怖がらずとも良い。罰を与えようというわけではない。だから、素直についてこい」
「あ、そうなんスか。了解です」
それは僥倖。重畳か? どっちでもいいというかどっちも違う気がするけど。
……にしても目の届く範囲全てに遠隔で魔法かけられんのは普通にやべーな。多分強い痛みである程チャージが長くなる、とかではあるんだろうけど、そのデバフはめちゃくちゃ役に立つ。まァ痛み感じない奴らには滅法弱そうだけど。
入った事のない塔……黒いその外壁とは打って変わって、中は清潔というかなんというか、病院、みたいだった。
実際病院なのかもしれない。白衣を着た女性や前世で言う看護師っぽい格好をした女性もいる。っぽいだけで細かい所は違うんだけど、あ、おじさんが看護師の服装に超絶詳しいとかそういうわけじゃないぞ。おじさんは不健康おじさんだったので厄介になることが多かっただけだ。
「ここだ」
「へい」
促されるまま、そこへ入る。
部屋……だけど、病室って感じはしない。患者さん達の憩いの場、休憩スペースって感じかな? 今誰もいないけど。
フリーにテレビなんかが見られる場所と、少し奥まった所に個室……パーテーションで区切られた場所がある。どうやら目的地はそこらしい。
座れ、と言われたので、んじゃお先に失礼して、と言って座る。
対面に鬼教官が座った。
……面談か何か?
「二つ、話がある。ライラック」
「はぁ」
「一つはお前について。もう一つは私について」
「へぇ」
「前者はお前の悩みを聞いてやる、という話だ。後者は私の悩みを聞いてくれ、という話だ」
「ほぉ」
「……お前はマトモな相槌が打てないのか?」
いんやさ。
いきなり連れて来られて、んなこた言われましても、って感じ。
いいよ? おじさんいいよ? 相談とかなら全然乗るよ? この世界ではともかく、前の世界では43歳のおじさんは経験豊富だから色々聞けるよ?
でもそれ知らないでしょうに。こっちでは13歳のおにゃのこですよおじさん。俺にわざわざ相談してくる理由が一切わからん。それともあれか、目に留まったから、程度か?
「えーと、じゃあどっちから話しますか。私ァ別に後で良いんで、先におに……じゃねェや、教官の話からでいいスか?」
「キリバチという。上官の名くらい覚えておけ。それと、鬼教官と呼ばれていることは把握している。だからそんなに怯えるな。私が味方に魔法を使う事はほぼない」
「少しはあるんだ……」
「懲罰の際はな。それにしても極稀だが」
キリバチさん。
名前もイカつい事で。
「じゃあキリバチ教官。悩みってのは、なんですかね。どうして私に、っつーのは後で聞きますんで、結論からどうぞ」
「……
「──」
えぇ。
いや今俺ァそれで悩んで、っつか何その相談。依頼? いんやさ、なまじっか依頼だったとして、誰? 誰を? 魔法少女だったら死なないから……まさか一般市民を? いいの? それっていいの? 俺ァ最初に習ったよ、一般市民に向けて魔法を使う事は固く禁ずる、みたいなの。いいの? いいのっていうか俺やりたくないよ?
「混乱しているようだな」
「そりゃァ、まァ。こんな病院みてぇなトコで、殺しの依頼っつーのは些か場違いですし」
「殺しの依頼とはまた物騒な捉え方をする」
「いんやそうでしょ、どう聞いても」
「ふむ。……ふむ。そうかもしれん。今のは私が悪かった。許せ」
ありゃ、もしかしてこの人天然なのか?
あと普通に生徒相手にも謝るんだな。なんというか、ちょっとイメージ変わったわ。ダメだねー、人をうわさで判断しちゃ。んなこた前世で嫌という程知ってたはずなのに、新しい環境になったからかそういう経験値がリセットされてる気がする。意識改革しねーと嫌な奴になっちゃうな。
で。
殺して欲しい相手がいる、が。殺しの依頼じゃないなら、なんだってんだって話。
「私には妹がいるんだ、ライラック」
「ほむ」
「妹も魔法少女でな。なんなら妹の方が魔法少女歴は長い。故に実年齢は少しばかりややこしいのだが、妹は妹だ。どれだけ幼かろうと、妹は妹だ」
「はむ」
「……その妹を、殺してやってほしい。それが私からの相談であり、依頼だ」
「へむ」
「どれだけ相槌でふざけて怒られないか、のラインを探っている、という事は無いだろうな?」
「ええ勿論ちゃんと聞いていますよ」
図星も図星だったけど、ちゃんと聞いてたのはホントなのでセーフ。
えーと、要するに、幼い頃に魔法少女になって成長の止まってしまった妹さんがいるんだと。キリバチさんには。んでキリバチさんは今の見た目年齢……25歳くらいかな? それで魔法少女になったから、見た目的にはかなり年の離れた姉妹になってると。それでも妹だから、……えー、あー。殺してやってほしい、と。
ひむ。
「お断りします」
「……理由を聞いても?」
「私ァ殺しをしたくないんですよ。人死にが大嫌いなんです。私の【即死】はあくまで化け物共に使うものであって、仲間に使うもんじゃねェ。その相手が幼い少女だってんなら尚更だ。まァ年齢関係なく嫌なんですが」
「だが、魔法少女は蘇る。お前のその魔法は……相手を痛みなく、苦しみなく、葛藤の間さえなく殺し得る最良の魔法だ。エデンにある魔法の中でも、もっとも優しい魔法と言えるだろう」
「ホントに私の悩み聞いてくれる気あるんスか」
「すまない。失言だった。重ねて謝る。……やはりまず、お前の悩みから聞こう。そっちを解決しなければ、私の依頼も受けてはもらえなそうだ」
「解決ねェ」
ホントにちゃんと謝る人だな、この人。気遣いもある程度できるらしい。
すげー印象変わったわ。
「私の悩みは知ってるんで?」
「ああ。お前の担任から聞いている。仲間の死と怪我を極端に嫌う魔法少女。効率よりも仲間が傷付かない方法を取る魔法少女。その結果演習や実技の評価が下がったとしても、一切気にせずに逃走を選ぶ……異端にして慈悲深い魔法少女、と」
「どンな評価送ってんだあの人」
「とにかくお前は魔法少女でありながら、本来人間が持っているべき倫理観を失わずにいる稀有な存在であるという事は分かっている。そのせいで悩んでいるのだ、ということも」
……ん?
今、"本来人間が持っているべき倫理観を失わずにいる"、って言ったよな。
んじゃ、わかってンのか? この人。魔法少女達の……エデンのみんな常識がおかしいって。死を忌避しないのが、馬鹿みてぇな事だって。
「つい数ヶ月前までは、私はエデンに染まり切った……魔法少女とは盾であるべき、という考えの持ち主だった。それが当然だと思っていたし、私のこの地位はそれによって得た地位であるともいえる。だが」
「†」
「あまりふざけるのは止せ。魔法を使いたくなる」
「はいすみません」
「……これは先の話にも繋がるのだがな。妹が、戦場においてPTSDを発症した。わかるか?」
「トラウマって奴ですね。戦場での悲劇やショックが夢だったり幻覚としてフラッシュバックする奴」
「ああ、そうだ。……自らの班員を、すべて食われたそうだ。その魔物自体は倒し得たが、その時の光景が余程ショックだったらしい。嗜虐的にも一人ずつ、念入りに……手足を一本ずつ噛み千切られ、下半身から小刻みに、そして頭部を……という具合で、四人。あの子の目の前で、それが行われた」
「うへぇ……」
「班員の一人が【劇毒】という魔法の使い手でな、死の間際に魔物を体内から弱らせ、そこを妹が叩いて事なきを得た……ああいや、すまない。そういう言い方をするべきではなかった。まぁ、魔物は倒せたのだが……妹はあれから塞ぎ込んでしまって、"自分はリーダーになるべきじゃなかった"、"判断ミスが怖い"、"みんなが死ぬのが、傷付くのが怖い"と……そう言って、自室から出て来なくなった。その時にようやく私も理解したよ。そうなのだと。仲間が死ぬのは、仲間が傷付いていくのは──怖いのだと」
怖い。
嫌だ。
そうだ。その通りだ。俺のそれとは状況が違うけど、そうなのだ。
仲間が死んでいくのは怖い。仲間が傷付くのは怖い。たとえ生き返るとわかっていても、その悲痛な声を聴くのは、その苦痛に満ちた顔を見るのは──この、どうしても埋められない喪失感を覚えるのは。
怖いんだ。
嫌なんだよ。
「だから、お前の気持ちは分かる。実戦であろうと演習であろうと、仲間が傷付かないように作戦を組み立てるその気持ちも。【即死】──殺傷能力がSSに届く程のソレでありながら、それを苦痛に喘ぐ仲間に使わないその気持ちも。全部わかる。ようやくわかるようになった、というべきだろう」
「……でも、それだけじゃないんスわ」
「殺したくない、だろう?」
あァ。すげーな、教官ってー生きモンは。
ちゃんと生徒の事見ててくれてんだね。おじさんちょっと感涙しそうだよ。感涙するって動詞としてどうなんだろうね。
「お前の悩みは通常の倫理に基づいたものだ。もしお前のその魔法が【回復】や【治癒】といったものであれば迷うことなく使っていただろう。苦痛に喘ぐ仲間に、死にゆく仲間に、自分がしてやれることならば、と。なんの躊躇いもなく使っていた事だろう」
「そりゃァ、まァ」
「だが、そんな魔法は存在せず、お前の魔法は【即死】……たとえ結果が同じだとしても。たとえ仲間が、苦痛から解放され、救いになるのだとしても──仲間は殺したくない。だから
「……そりゃ、どういう」
「お前は普通だ。お前は異端じゃない。私が認めてやる。私はこの学園においてもそれなりの地位を持っている。階級を有している。その私がお前を認めてやる。仲間を殺したくない、という感情は、相手から懇願されようとも使いたくないという嫌悪感は、決して異常ではない。お前は正しいんだ。そしてそれは──
「!」
やばい、オジサンちょっとこの人好きになっちゃうかもしれない。
前世で考えたら歳の差すんごいけど、今来たよ完全にキュンと来た。オジサンの悩みの一つを完全にぶち抜いてくれた。
キリバチ教官。尊敬します。今度ご飯とかどうですか。
「ありがとうございます。……私ァ、いいんですね、これで。この感性を優しいだの慈悲深いだの言われて辟易してたんスよ。違うだろ、って。こっちが普通で、お前達が……言い方は悪いけど、壊れちゃってるんだろ、って。だから……あァいや、だけど。いいんスね。私ァ……このままで」
「ああ。お前はそのままでいろ。お前はそのままであれ。私達が……エデンが正道を外れたとしても、お前だけはそのままに、その場所から私達を掬い上げてくれ。その時にはもう、私達は深く暗い穴の底で、行先を見失ってしまっているはずだから」
「……あァ、担任にも似たような事言われましたわ。ま、わかりました。つか真面目にありがとうございます。そうやって……理解してくれる人がいるんだ、ってわかっただけで、大分胸のつっかえは取れた気がします」
「ああ」
「──が」
「む?」
む? じゃねェのよ。
そんだけ理解があってさ、そんだけ倫理をわかっててさ。
なんだよ。
「これが解決した上で──どういう事スか。妹を殺して欲しい、ってのは。私ァ言いますよ、嫌だって。何度も」
「……まず、現状を見てもらった方が早いだろう。着いてこい、妹の部屋に案内する」
「……まァみるだけなら」
なんだかね。
そんだけわかっててさ、それでもそういう相談をしてきたってことは……大体察しはつくんだけどさ。
察しが付くだけに、つらいよ。
それは。俺も、キリバチさんも。つらいよ。
ここだ、と言われて辿り着いた部屋──っつか、病室か。
ネームプレートの類はかかっていない。中から物音もしない。寝てんのか?
「入るぞ」
「はい」
ちょいと尊敬度が爆上がりしたのでちゃんと相槌する。
あ、別に普段から相手を尊敬してないとかそういうわけじゃないぞ。ふざけてもいいかな、と思ってるだけだ。
で。
入って──それが目に入った。
「……繭?」
「そう。繭だ。妹の魔法は【壊糸】と言ってな。触れたものを徐々に壊していく糸を出す事が出来る。それで作られた自己防衛の繭……もう何も見たくないと、もう何も聞きたくないと。私の声でさえ、届けないで欲しいと。そういう心の現れだ」
「そりゃァ、また」
「これを、殺してほしい」
「……嫌ですが」
魔法少女の中には近接にも遠隔にも振り分けられないものが幾つかいる。特殊魔法って奴だな。要は自身の強化でも、遠隔で何かを打ち出すでもない……生物に似た何かを生み出す魔法の事。自立して光弾打ち出すふわふわ鼠とか、コッソリ対象に近づいてその体躯に入り込む【寄生】とか。
そういう特殊魔法は、殺せる。死がある。魔法に命がある。
だから【即死】が効く。
ただし──魔法は魔法少女の一部だ。
魔法が死ねば、魔法少女も死ぬ。だから近接と遠隔の中間なんだよな、特殊って。そこまで優位性を保てるってわけでもないから。
で、この【壊糸】もその特殊なのだと。
だから──コレが死ねば、中の妹さんも死ぬわけだ。
「もう戦いたくないって言ってんでしょ? もう嫌だって……仲間が死ぬのは嫌だ、って。みんなが傷付くのは嫌だ、って。んな奴わざわざ戦場に引き摺りだして戦わせるとか、無い。キリバチさんも思うトコあるとこあると思いますけど、私ァ嫌です。殺したくない」
「……そんなお前に、これを渡そう」
「あ……ン? 通信端末?」
渡される。受け取る。
通話は繋がった状態らしく、その画面に一人の少女が映った。
あァ、どことなくキチバチさんに面影を感じる。
「誰ですかね、アンタは」
──"エミリー。そこにいる姉の妹です。初めまして、私を殺してくれる方。お名前を窺っても?"
「殺してくれる方じゃないんで、名は名乗らんときますわ」
「エミリー、コイツは梓という。梓・ライラック。最近エデンに入った魔法少女で──お前を殺し得る存在だ」
──"お願いします、ライラック様。私を殺してください"
はい、はい、はいよっと。
情報量情報量……はそんなでもねぇけど、話がはえーのよ。おじさんさ、気持ちまだぐちゃぐちゃなんよ。もうちょっと整理する時間くれない?
「嫌だ。私ァ仲間を殺したくない」
──"そうは言わずに! 私、もう何か月もこの繭に閉じ込められていて、そろそろ我慢の限界なのです"
「あン? 自分で閉じこもったんじゃねェのか。つか制御できねェのかよ、自分の魔法なのに」
──"お恥ずかしい限りですが。この繭の状態は、私がPTSDを発症した時に形成したもの。ですが、もう心の整理は付きましたので、大丈夫なのです。なのですが"
「【壊糸】は中々に耐久性のある魔法でな。暴走状態で出したためかエミリーからの干渉も受け付けず、外部からは……」
キリバチさんが自身の手袋を脱ぐ。そしてそれを繭に向かって投げる。
するとそれに──罅が入った。革手袋だぞ。なんだよ罅って。
んなツッコミする間もなく、ピシリピシリと罅は広がって──最後には砕けちまった。いや革手袋だぞ。なんだよ砕けるって。
「この通り、触れたものを徐々に壊してしまう。【壊糸】はS級でな、攻撃においても防御においても非常に効果的な魔法だ。用途の幅も広い。病室自体は反魔鉱石で出来ているから問題はないが、この繭を壊す手段がエデンには存在しないのだ」
「SS級の攻撃ぶつける、とかじゃダメなんスか」
「【凍融】や【青陽】に本気のものを撃ち込んでもらったが、無駄だったよ。多少削りはするが──それよりも先に、【壊糸】がそれら魔法を壊す」
──"この暴走した【壊糸】には何物も寄せ付けない、という拒絶の意思がふんだんに練り込まれていますので、恐らくはそれが原因かと。ですが、この通り私はもう大丈夫なので……班員にも心配をかけていますし、何より戦場に復帰するためにも、一度殺していただけないかな、と"
「PTSDは?」
── "克服した、とは言い難いです。ですから、次からは仲間が出来るだけ傷付かない方法を取ります。たとえそれによって降格しても、私にはもう無理そうなので"
「そりゃ良い判断だな、暴走繭」
──"ぼ、暴走繭?"
「今付けたあだ名だよ。んで、──断る。私ァ殺したくない。懇願されても、アンタにどんだけやる気があっても、アンタがどんだけ仲間に謝罪したくても、嫌だ。私は殺したくない」
──"そう、ですか"
良い事だと思う。そういう考えの魔法少女がもっと増えたらいいと思うし、戦場へ復帰して、そういう……犠牲の出ない方向を選ぶ指揮官が増えると言うのは願ったり叶ったりだ。
だけど。
「解けるはずだ。私が殺すまでもなく──本当に戦場に復帰できるくらい、回復した、っていうんなら」
──"それは"
「克服できたとは言い難いつったろ。つまりはそういうことなんだよ。魔法の方が、【壊糸】の方がアンタの事をよくわかってる。アンタはまだ戦場に戻っちゃダメなんだ。アンタはまだ心の整理がついちゃいない。アンタの心の中には、まだ、その時の光景を拒絶する心が残っている。今は誰にも近づいてほしくない。今は一人でいたい。今はどうか、そっとしておいて欲しい、って思いがな」
──"いいえ、ライラック様。それは違います。私は私を信じてくれた子達を指揮する立場として"
「それを吹き込んだの、アンタだろ、鬼教官」
「……それは、どういう意味だ、ライラック」
どういう意味も何もねェんだよな。
「アンタ、説得したんだろ。仲間が待ってる、って。それでいい、犠牲を避ける方向で全く構わない。お前はそうあっていい、って。私ン時みたいにさ。んで──だから、出てきてほしい、とか言ったんだろ」
「それは……言ったが」
「暴走繭はさ、仲間を傷つけたくないんだわ。もう傷付いてほしくないんだわ。当然そン中には、アンタも含まれるんだよ鬼教官」
──"……"
「嫌なんだよ。私のせいで誰かが傷付くの。私のせいで誰かが心を痛めるの。嫌なんだよ。だから、アンタがそうやって毎日毎日自分トコ来て、大丈夫か、だの、無理はするな、だの……お前は間違っていない、だのって、気を遣えば遣うほど、苦しくなんだよ。自分のせいで姉を苦しめている。自分のせいで姉は毎日奔走して、自分のせいで姉は心を苛んでる……つってな。だから暴走繭は、心の整理がついたってことにして、出て行こうとした。そうすれば少なくともアンタは安心するだろ。落ち着くだろ。自分はもう大丈夫だっつーアピールをすりゃあ、少なくともアンタの心労は減るって、そう考えちまったんだよ。傷付けたくねぇから、苦しませるのが嫌だから」
すげぇわかる。
暴走繭の気持ちが。嫌なんだよな。自分の事で、相手を煩わせるの。
戦場で傷付いてほしくないだけじゃないんだよ。自分の大切な人には、身内には──出来るだけ幸せで、平和でいて欲しいんだ。
んなのがエゴだっつーのはわかってる。独り善がりなコトだってのも理解してる。
でもさ、嫌なのは嫌で、それは治らないんだよ。
俺が──お嬢様を。
あの時、「勝手に死にますから」なんてほざいたお嬢様を──初めて、自ら、殺してしまった俺を。自分自身を、許せない──ただそれだけで避けちまってる自分が嫌になるように。
どんだけ諭されたって、どんだけ慰められたって、どんだけ理解してもらったって。
無理なんだよ。嫌なのは、嫌。我慢とかできねーんだわ。オトシゴロだからよ。
「嫌、なのか。私が……お前の事を、想うのは」
「あー、そういう解釈しちまうか。ちょいと違ェんだがな。心配してほしくないだけだよ。大丈夫なんだよ。アンタの妹はそんな弱かねェんだよ。苦しくて苦しくてたまらないし、怖くて怖くてたまらないし、嫌で嫌で仕方がないけど──弱くないんだよ」
「弱くない……」
「コイツにはもっと休養が必要だ。本当の意味で心の整理がつくまでな。んで心の整理がついたら、たとえ暴走状態だった時に出した魔法だとしても、本当に落ち付けたなら、克服できたなら──解ける。どの時代においても魔法ってのは解けるモンさ。だからよ、鬼教官」
さっきの言葉を。
貰った言葉を。
返す。
「だから、安心しろ」
「……」
「強いぜ、アンタの妹は。私だったら、私なんかがそんな状態に陥ったら──死にかねん。死ねないらしいが、自死を選ぶ可能性が高い。でもアンタの妹は違った。ちょっと待ってくれってさ、一度待ってくれって、籠ったんだ。自衛したんだ。少しだけ時間をくれたら、頑張るから、って。それが強さだろ。何もずっとずっと前向いて歩き続けて何があっても動じないっつーのだけが強さじゃねえんだよ。立ち止まって自分省みて無理なものは無理だって割り切ってやりたくないことはやりたくないって言えるくらい強いんだよ、アンタの妹は」
──"姉さん。ごめんなさい。ライラック様の──言う通りです。私はまだ、ホントは、……戦場が怖い。魔法少女が国の盾であり、資源であり、兵器であることなど十も承知です。……けれど、ごめんなさい。本当にごめんなさい。もう少しだけ、時間をください。私が……鬼教官キリバチの妹として、再度自身を誇れるようになるまで、もう少しだけ"
「……揃いも揃って、鬼教官などと呼んでくれる。それでは……教官として、正しい判断をしなくてはならないではないか」
さァて、んじゃこっからは姉妹の会話かね。
邪魔者はお暇しますか。えぇと、通信端末を棚に置いて、と。
「おい待て功労者」
「ぐぇ」
「まだそこにいろ。病室を出るのはいいが、逃げるな。逃げたら魔法を撃つ」
「ここにいます」
「よろしい」
首元を引っ張るとかはあるけど首を掴まれて引き戻されたのは初めてです。
……いんやさ、何を聞かせるってんだよ。こっからは姉妹の、妹と姉のしばしのお別れの、感動のシーンだろうが。そこにカンケーないおじさんいたら場違いでしょおかしいでしょ。
「エミリー」
──"はい、姉さん"
「お前の意見はよくわかった。だからもう催促はしないし、大丈夫か、とも聞かない」
──"ありがとうございます"
「ただし」
──"……"
「その……私が寂しいので、たまに会いに来て、話をするくらいは許してくれないか。私はお前と話す事で、この地獄が如き戦場でのストレスを発散できている……気がする、のだ。その、癒し、というか」
「ワォ可愛らしイッタい!?」
バチってきた!
睨まれた瞬間静電気みたいなのがバチってきた! こわ、こっわ! これが【痛烈】か。やば。からかわんとこ。やっばー。
「ふん。……もう心配はしない。お前が強い子だというのはコイツに言われる前から知っていたしな。だからその、私が会いに来たいので、会いに来るのを許して欲しい。……ダメだろうか」
──"ふふ、勿論大丈夫ですよ。姉さんは寂しがり屋ですものね、昔から"
「昔の話は……ああ、いや。ありがとう。……ありがとう」
──"はい。姉さんも鬼教官、頑張ってくださいね?"
「ああ。ビシバシ行く。そこなライラック含めてな」
あァ、姉妹仲がいいのは微笑ましいね。
おじさん前世で弟いたけど折り合い悪かったしなぁ。いやアイツが毎日パチスロ行ってんのが悪いんだけど。あ、パチスロ批判したわけじゃなくて、働かないアイツを批判しただけだからね。
ちなみにこの世界にパチスロはない。無いが、国営のカジノとかはある。賭博は別に違法じゃないノネ。
「そろそろ行くよ、エミリー。また来る」
──"はい、姉さん。また"
「ああ」
言って、通信端末が切れる。
魔石が動力源のため、魔力さえ尽きなければいつでもどこでも使えるこの通信端末は、けれど電波……電波なのか? まぁ通信可能範囲が狭いため、遠征に行っている奴らとかとは話せない。
んで。
で。
目で促されるままに病室を出て……先ほどの休憩スペースまで行くらしい。
結構長い時間いたけど、まぁまぁ言いたい事も言えたのでちょっとはスッキリしたかな。
……鬼教官もまァ晴れやかな顔してるし、おじさんの年長者としての威厳は果たせたんじゃねェかなぁと。そう思うわけですよ。
だから何用かなぁとも思うわけですよ。
もう帰っていいんじゃないか、って。あ、でも帰るとお嬢たちと鉢合わせかねんから、夜までここにいようかなぁ。
「ライラック、どうした。座れ」
「ん、あァ、じゃあ失礼して」
いつのまにか休憩スペースまで付いていたらしい。
座って──何も切り出してこない鬼教官に何事か、と思っていたら、ウェイトレスさんがトロピカルなパフェっぽいのを持ってきてくれた。鬼教官はお茶だけだが、俺にはこんな……えぇ、いいんですか? 俺今回何もしてないスよ。依頼された殺しもしてないし。
「奢りだ。お前は授業をさぼる時、必ず監視塔や外壁の上でトロピカルジュースを飲んでいる、との報告を受けている」
「誰だそんな報告したヤツ」
「違っていたか?」
「いやあってるスけど。いただきます」
「うむ」
……美味いな。
いや美味いなオイ。これ市販してくれよ。なんで病院でしか食べられないんだよ。俺これ買うよ毎日レベルで。うま。あまー。
「世話になった」
「んー。べぷになにもひてないれふよ」
「うむ。口に物を入れて喋るな」
「んぐ。いんやさ、口に入れるモン目の前にだしといてそれは酷いスわ」
「……それは確かに、そうなのだが」
認めるんだ。
暴論だと思うんだけど、今はしおらしいのかな。
なんにせよっつかなんだこれめっちゃ美味い。誰? 作ってるの誰? ファンになりそう。
「……そんなお前に、少しばかり聞きたい事がある」
「そんな私とは」
「いいから、聞きたい事があるのだ」
「まァいいんですが。んー。美味い。で、なんスか」
「フェリカ・アールレイデを避けていると、聞いた」
「んー。ソレ担任からの報告じゃないスね。ポニテスリットとなんか繋がりあるんスか?」
「……鋭いな。一撃で看破されるとは。というより、縁の事をポニテスリットと……ああまぁ見た目的にそうか」
あの担任は案外友人関係のいざこざには介入してこないからな。いじめなんかが発生したらすぐにでも対策取るんだろうが、こういう場合のは担任の仕業じゃない。んであの話を聞いてたクラスメイトも違う。そういうのをわざわざこの鬼教官にまで言いに来る奴らじゃない。んじゃまぁあの時それとなく探ってみる、なんてことを言っていたポニテスリットくらいしかいないだろ。
そもそもあの時鬼教官に丁度捕まったのが妙過ぎたしな。何らかの手段で近くにいる事を察して通信端末で依頼したんだろ。
「内容を言え、っつー話であってますか」
「単刀直入に言えばそうだ。何故彼女を避けているのか教えて欲しい。先日の演習で起きた内容は粗方知っている」
「ん-」
美味いパフェを食べながらしたい話じゃないんだけどなぁ。
ま、他人様にあんだけ言っておいて俺だけうだうだ悩んでるってのもアレか。俺ももう少し大人になんねェとなぁ。
「正直な話、庇ってもらった、っつーのは、悩みの三割くらいなんスよ。お嬢様はそういうことをしかねないって心のどこかで思っていたし、あの状況ならアレがベスト、ってのも理解してるんで」
「自分のせいで誰かが傷付くのが嫌、と言っていたが、それが三割なのか」
「はい。それは勿論嫌です。けど、私が悩んでんのはその後で……満身創痍で、地面に落ちたら更なる苦痛が待ってるお嬢様を。落下の最中でさえ、苦しそうなお嬢様を。……殺したんスよ、私ァ。【即死】で、死にそうなお嬢様を殺しました」
「……最善の判断、ではないのだな。お前の中では」
「いや、これ以上の苦しみを背負わせたくない、っつー気持ちもあるんスよ。心のどこかには。お嬢様はどうあっても死ぬ状態だった。背中から下半身の全部持ってかれてたんだ、喋れてたのが奇跡ってくらいには、死ぬ状態だった」
「では、何を悩んでいる?」
あの時。
お嬢様は、「勝手に死にますから、大丈夫です」と言った。「殺さなくても大丈夫です」と。俺が【即死】を仲間に使うのを嫌がってるって知ってたから、そう言ったんだ。
でも、そういうことじゃない。
そして俺の悩みはそこじゃない。今述べたのは三割の理由。残り四割は、そうじゃない。
「初めて、殺しました」
「どういう……報告に有る限りでは、班員を【即死】させた回数は少ないながらもあるようだったが」
「初めて自分から殺したんスよ。懇願されてでなく──殺さなくていい、って言われたのに、私ァ彼女がこれ以上苦しい思いをしてほしくない、なんて……まさに、その倫理の欠如した感情論で、私が一番忌み嫌ってた方法で……救済として、私ァお嬢様を【即死】させた。……っとに嫌になるスよ。結局その程度だったんだ、って。私の……私の常識とか、倫理観とか、諸々含めた私っつーのは、一時の感情に流されて、ずっとずっと頑張って踏ん張って我慢してきた一線を軽々と越えちまうくらいには、その程度だったんだ、って。私にとって【即死】を仲間に使う事は決して救済なんかじゃない、殺人なのに……私は」
自分の意思で、金髪お嬢様を殺したんだ。
「そういう、ことでしたのね」
「!」
ふわ、と。
背後から抱きしめられた。パーテーションのある個室スペースに音もなく入ってきて背後を取られたっつー恐ろしい体験でありながら、その抱擁が余りにも温かくて、その声に感情が乗りすぎていて──声が、出ない。
「ごめんなさい。貴女に殺人を行わせてしまって、ごめんなさい。私は……貴女が、ただ人を害する事を嫌っているのだとばかり、そう勘違いしていましたわ」
「……お嬢」
「ごめんなさい。貴女はそうではないのですね。貴女はもっと深い所で死を、殺しを嫌っている。……重ねて謝ります。私はその感覚をまだ理解できていません。魔法少女は兵器であり、資源であり、盾であり矛である。その理念を、あるいは呪縛と捉える方もいるのでしょう。ですが、私は……そちら側であり、そちら側であれとされ、そちら側として生きてきましたの」
温かい吐息が頬を撫でる。
背中に体温を感じる。今ばかりは邪な気持ちではなく、人肌という名の体温を。
あの時。
徐々に冷たくなっていくのがわかった──それでも俺を抱きしめたまま離さなかったお嬢様の。あの、記憶が。
少しずつ上塗りされて、上書きされて……靄が晴れて行く。
「申し訳ありませんわ。私が、あるいは学園の皆が、貴女の理想に寄り添うのは難しいかもしれないと、現時点で思います。私自身でさえ──そう。けれど。けれど。……私は、貴女に救われました。独善的な懺悔で本当にごめんなさい。私は貴女に救われたのです。貴女が決してそう思っていなくとも、貴女のその自発的な殺人で──私は、痛い思いをせずに済みました。だから、ごめんなさい。貴女が今以上に悩むのだとしても、言わせてくださいまし」
ぎゅ、と。
強く、お嬢様は。
「ありがとうございます、梓さん。私を──
「ッ」
「何度も申し上げます。ごめんなさい。貴女に重荷を背負わせてしまって、貴女に自身を責めさせてしまって。けれど……私は救われました。助けていただきました。だから、貴女が嫌おうとも、貴女が拒否しようとも、何度でも言わせていただきます。梓さん。貴女は優しい方ですわ。恐らくこのエデンにいる、誰よりも」
……いんやさ。
そこまで言われてさ。いや、そこまで言われたとしても、はいそうですか、じゃあこれから殺しまくります、にはならねェんだけどさ。
でもさ。
自分より年下も年下な女の子にさァ。そんだけ言われてさ。
「……頼みがあンだわ、金髪お嬢様」
「なんなりと」
「次からは、懇願してほしい。殺してくれ、って。私ァ、どうにも、自分から殺すって行為が……とてつもないストレスらしいから、せめて。せめて、責任を押し付けさせてくれ。殺してくれ。殺して欲しい。痛いから、苦しいから、お願いだから殺して欲しいって……そう言ってくれ。私ァ弱いんだよ。死ぬほど弱いから、ごめん。ごめんな。押し付ける形になるけれど……そう言ってくれないと、無理そうだ」
「わかりましたの。これからはちゃんと面と向かって言いますわ。痛いから、苦しいから、──殺してください、って」
「あァ。ま、そもそも怪我しないでくれるのが一番なんだがな」
「ごめんなさい。私達が国を守る盾である限り、それは確約できませんわ」
「わーってるよ」
わかってんだ、そんなこと。
それが魔法少女の在るべき姿だってことくらい、知ってんだ。
それでも。
ダメだね、弱いね、俺ァ。弱いわ。暴走繭とは比べ物にならないくらい弱い。お嬢様の方が、鬼教官の方が、エデンにいるあらゆる少女の方が、俺より強いんだと思うわ。
ごめんな。ほんとに。
「ところで、なのですけど」
「ん?」
「そのパフェ、一口頂いても?」
「あァ、いいよいいよ。食べな。めっちゃ美味いから」
「ほ──ホントに良いんですの?」
「え、いいよ。何、私ァそんなに独占欲強い奴に見える?」
「いえ。いいえ。では……では、頂きますわ!」
おう。
なんだ、急に元気出たな。
あァそうだ、新しいスプーンを店側に貰いに行かねェと。つか店なんかあんのかここ。マジでどっからでて来たんだこのパフェ。
「……本当に美味しいですのね。これ、パルリ・ミラのパフェですの?」
「おぉ、よく知っていたな、アールレイデ。いや、お前達の話に口を挟むのは良くないと黙ってはいたんだが……」
「パルリ・ミラ。覚えたぞ」
「それよりいいのか、ライラック」
「何がですかい」
「スプーン、返す気はない様子だが」
「ん。ん-、まぁいいスよ。お嬢様にはちょいとばかり悲しい思いさせてたんで、上げます。パフェ食べてチャラで」
「そうか。……どちらの意味も分かっている、と見るが」
「ノーコメントで」
んじゃま、そういうことで。
今日は。今日一日は──血みどろ戦場が当たり前のエデンの毎日の中でも。
トクベツ、平和な日だった、っつーことで。
……毎日こうなら、いいんだけどな。