遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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41.同有冷愛利意深紅有小琉度奇異伏糸?

 昇級試験当日。

 座学の方ァぱっぱと済ませた。わかんねェとこ無かったし、一応見直しァ三回やったンで大丈夫だろう。記述がな、たまに日本語的な言い回し使いそォになって危ねってなるンだけど、そこ以外ァ平気だった。つか、普通に算数とかも出るンだなって。そっちに関してァノー勉強もいいとこだったから危なかったかもしれねェが、元現役中学生舐めんなって事で。

 ……元現役とは?

 

 そォでなくとも、会社で電卓使わずに空算盤使ってた事もあったしなァ。パソコンも表計算ソフトも別に使えたンだけど、手元でパチパチやった方が早かったりすンだよな。

 

「梓・ライラック様。本日はよろしくお願いいたします」

「おォよ。なんつーか、俺にとっちゃシエナと組むのァ久しぶりだからよ。あっちの俺にできててこっちの俺にできねェって事があるかもしれねェから、あんまり期待ァしないでくれ」

「いえ、ここ数日で身体能力及び魔力量などの情報は修正済みです。問題ありません」

「修正しなきゃいけねェ程差があったってワケね」

「あ、いえ、そういう事をいいたいのではなく」

「はは、すまねェな。意地の悪い事を言った」

 

 まァ、冷静メイドの話じゃアズサってな素の身体能力だけで俺が最大限にまで知覚強化行ったみてェな事ができてたみてェだし、スペック差が天地程あんだろォなァ。

 つっても先公に言われた通りさ、俺には俺の、アズサにはアズサにしかできねェことがあるンだろォし。俺は俺で暗中を模索して飛躍でもしますかね、なんつって。

 

「梓・ライラックとシエナだな」

「ン──そちらァ、今回の試験官サンで?」

「そうだ。A級魔法少女ブレイズという。今回の試験の評価を担当すると共に、()()()()()の後方支援を務める」

「ははァ、まるで何かが起きる事前提みてェな言い草どォもありがたく」

「そう斜に構えるな。これは規則に従って話しているに過ぎない」

「そォかい。あァいや、そォですかい」

 

 初対面の目上の上官だ、一応ァちゃんとしねェとな。

 しかし、万一ね。はいはい、ってな感じだが。

 

「お前達2人には、この先の湖に住むスパイラルモォルという魔物を倒してきてもらう。条件は2つ。どちらか一方の背に括りつけた要救助者に見立てた人形を無傷で持って帰ってくる事。もう一つは、目標以外の魔物を殺さないこと」

「あン? なんだその条件ァ。どォいう時に役立つンだよ」

「試験とはそういうものだ。受け入れろ。さもなくば昇級は諦めろ」

「……あァよ、殺さなきゃいいんだな?」

「そうだ」

 

 意味のわからねェ条件だな。

 化け物ってな、それこそオリジン以外は悉く殺すべきだろォが。なンだ、これが"緩和"か?

 

「評価は効率性、人形への損傷具合、お前達の損傷具合の3項目で評価される。他、武器等の使用に制限はない」

「あァよ、わかった」

「わかりました!」

「そうか。では──試験、始め!」

 

 試験官殿が手を上げる。

 その隣、恐らく試験官殿のものだろう亜空間ポケットから、要救助者って書かれた人形が出てきた。

 

「シエナ、俺が人形を運ぶ。その俺を抱えて飛んでくれ」

「了解ですっ!」

 

 シエナの背に人形を、ってな無理だ。噴射機構……ブースターがあるからな。

 だから俺が運ぶしかねェ。なンで、手早く背に括りつけて、っと。

 

「シエナ、発進します!」

「おォさ!」

 

 なんだか懐かしい──シエナに抱えられての空の旅。

 さァて、昇級試験。

 

 なんぞが出てくるのかねェ、なんて。

 

えはか彼

 

 さて、飛行中にブリーフィングもどきをしよォってなった。シエナァ真面目で助かる。これが初期のお嬢とかだったら、寄って斬って帰ってきて終わりですわ! とか言ってただろォし。

 

「シエナ、スパイラルモォルについての知識ァあるか?」

「モォル種の中でも、突進や地面、水中に潜る事に優れた魔物です。また、地中及び海中から獲物を狙い、高速で飛び出してくることもあるので、あまり大きな音は立てられませんね」

「いいね、そンだけわかってンならいい。だがちょいと付け加えると、アイツらァ貫通力に優れてるって点だな。硬い装甲なんぞァ意味を成さねェから、防御じゃなくて回避を選べ。俺ァ【即死】防御があるからいいが、シエナじゃ無理だろォからな」

「了解いたしました」

 

 あァそォそォ、シエナについてだが、一応製作者が敵さんの方のマッドチビだってンで一悶着あったンだと。だがキラキラツインテが「完全に精査したから問題ない」って言ったのと、同じく鬼教官が問題ないってな口添えをしてくれたらしィ。

 正直なトコ言やァ俺ァどっちでもいいんだが、同時にどっちでもあり得るたァ思ってる。

 つまり、本人に自覚が無かろうと、EDENの情報ってなを発信する端末だ、って可能性な。ま、そうだったとしても特に問題はねェんだが。それでシエナを壊すだの廃棄だのになりゃ、俺ァ十二分に抗議する用意ができてる。

 

 それくらいにァ、ガーゴイルだってのに大切にしてる。

 もう仲間だと思ってるよ、ちゃんとな。

 

「目標の湖見えました! でも、あそこだけ……暗い?」

「あァ、あそこァ夜の湖ってな名前でね。俺としちゃ全く以て遺憾なンだが、あそこは年がら年中ひねもひねもす夜なのさ。夜つったって本物の夜じゃねェ、ただ上空や周辺の魔力密度が高ェんで、光を飲んじまってる……だったかな。なンで、ちょいと見辛いだろ」

「はい。魔力検知に雑像が……申し訳ありません、お役に立てると思ったのですが」

「何言ってンだ。役にァ立ってもらうよ。俺もちったァ強くなったとァ言え、殲滅力ってなまだまださ。スパイラルモォルってな基本群れで行動するからな、頭ァ俺がやるとして、他のちび共ァ殲滅してくれ」

「はい、了解いたしました。ですが、もっとも強い個体を相手にする、というのは……大丈夫、なのでしょうか」

「今回のァ信じてくれていい大丈夫さ。俺ァ俺に向かって猛進してくる奴にァ強ェんでね」

 

 湖のほとりに降り立つ。

 ぶっちゃけこの着地でかなりの音量が出てるンで、スパイラルモォルは俺達に気付いているはずだ。

 

 シエナにァ一旦空にいてもらう。

 

「さて──あァ、これァかっけェよ。俺の心を擽る」

 

 レーテーを起動し、中空からズズズと取り出したるは、マッドチビ先生作の剣。

 未だ一切の刃毀れ無し。ま、空の魔石も拳銃もSRも作ってくれる人がいなくなっちまったンでな、これからァこいつが相棒さ。

 

「んじゃ、おら! 来いよ化け物! 藍夢陽亜!」

 

 なんぞかが起きる、ってなわかってンだ。だったらとっとと建前みてェな化け物殺しァ済ませておきてェ。スパイラルモォルなんざよくてA級の化け物。条件の縛り付きたァ言え、A級からS級に上がるための試験にゃ程遠いのさ。緩和されすぎなンだ、だったらもっとなンかあるだろ。

 

 ──知覚強化。足に感じる振動。上体を後ろに倒しながら魔力を脚部及び腕部に流し──左回りに回転しながら、逆手に持った右の剣を一気に振りぬく!

 

 そこに、むざむざ斬られに来たンじゃねェかって思うよォなコースで突き出てくるスパイラルモォル。その軌道上に俺ァいねェ。ンで、俺の剣ァ完璧にスパイラルモォルを切り裂く。

 技術なんざ欠片も乗ってねェ攻撃ァ、けれど剣に浸された【即死】によって必殺の一撃となる。

 皮膚を、細胞を、筋肉を切り裂き──そこから手前上空へ向けて【即死】の線を発射。

 

 知覚強化を戻していけば──はい、と。

 

「どォだ、ちったァ強くなれたンじゃねェの?」

 

 そこに転がるは、肉体を半分まですっぱり斬られて、心臓と脳を殺されたモォルが一匹。

 

「っ、湖中に多数の魔力反応を検知! 肩部解放。格納積載弾頭準備。照準目標──合いました! 自推砲弾発射します!」

 

 背中の人形を汚さねェよォに手ェついて、だから仰向けみてェな格好になった俺の視界に、真っ黒い尾を引くミサイルの雨が映る。ほらな、やっぱり積んでた。殲滅力SSってなこれだろォ。

 

 ミサイルァ全て湖ン中に落ちる。

 

「両腕変形、合体! 実包装填、2! 加速力場形成、熱量上昇……発射します!」

 

 そんでもって、身体の前で合わさったシエナの手から──凄まじい熱量が放たれる。

 太腿忍者の【光線】を何倍にも大きくしたよォな奴だ。それァ湖に突き刺さり──直後、大爆発が起きた。

 

 ……こっわ。

 え、つか。待て待て、他の生き物殺しちゃダメ、ってのが……。

 

「目標の殲滅を確認……梓・ライラック様! やりました!」

「お、おゥ。すげェな。だがよ、シエナ。今回の条件ってな覚えてるか?」

「……あ」

 

 ははァん?

 

 これァ、さてァ。

 

「──梓・ライラック。シエナ。条件達成不可により失格だ。今回の昇級は諦めろ」

「だよなァ」

 

 はい。

 そンなわけで、めたくそあっさり俺の昇級試験ァ終わった。

 S級にァなれず……シエナが、それァもう落ち込んで。

 まァ結局なにも来なかったし、いいんだがよ。ホントのホントに緩和だった、ってことなんかねェ。

 

えはか彼

 

「本当に申し訳ありませんでした……」

「まァだ言ってンのかよ。いーっていーって。そもそも俺が上を目指そォとしたのァ等級区分のためじゃなくて、単純に強さを求めてのことだからよ。お飾りA級が、まァ化け物の一匹ァ満足に殺せるってなわかっただけで十分さ」

「……」

「そんなに落ち込むなって……」

 

 あー。

 えー。

 どうしよっかなァ、これ。

 おじさんさー、部下のメンタルケアとかよくやってた方だけどさ、基本飲みに連れてって言いたい事言わせるとか、知り合いに頼んでバスケだのテニスだのちんまい大会組んでリフレッシュとか、単純に休暇取らせるとか……それくらいしかやってなかったンだよなァ。

 しかも同性の社員にだけ。いやだって、女性社員にァ無理だろ、そンなの。スキャンダルだわ普通に。

 

 ……女の子。まァガーゴイル云々は置いておくにしても、自分のミスで落ち込んじまってる部下を慰めるってな、大丈夫大丈夫、気にしてねェよ、くらいしか言えねェんだわ。

 だー、もちっとコミュニケーション取るよォ努力するべきだったなァ。

 

 でも、こォいう子って多分責めて欲しいンだと思うんだよな。責任感じて罪悪感覚えて、だから罰を欲してる。自分じゃ自分を罰せないンで、できりゃァ上の人にちゃんとした罰を与えられたい。だから俺が気にすんなって言えば言う程深みにはまっていく……と。

 なら、どォすっかってーと。

 

「シエナ」

「は、はい」

「ちょいとついてきてくれ。つか、連れて行って欲しい場所がある」

「わ……わかりました! どこへでもお連れいたします!」

「ン」

 

 ちゃんと責めてやるのが一番、ってな。

 

 

 

 で、着いたのがココ。

 

「ここは……?」

「俺がよく魔煙草買ってる店の、総本山っつーか、なンだ、本店だ。ホントァ魔法少女ってなあんまり国に来ちゃ行けねェんだが、まァいいだろ。変身も解除してるし」

 

 普段ァ市場区画の支部店で買ってるンだけどな、そこの店主のおばちゃんがもし気になったら、とか言って紹介してくれたンだ。

 なンで、シエナァいつものメイドっぽいけどよく見ると装甲、みてェな格好で、俺ァ中学の制服で。

 魔煙草に年齢制限ァ無いが、まるっきり煙草屋ってな看板出してるとコに行くのァマズイんじゃねェかと今更思ったり思わなかったり。

 

「らっしゃい。……あ、なんだお嬢ちゃん。ウチは煙草屋だ、子供は帰んな」

「あァいや、普通のにァ興味ねェんだが、ちょいと魔煙草をな。こっちの連れァ初めてなンで、なるたけ味の薄いの頼まァ。俺ァ味ァどォでもいいんで効果のある奴で頼む」

「……香りは?」

「香り? ハーブの奴以外になんぞあンのか」

「最近は自分好みに色々つけられる。そこの棚に一覧置いてあるから、好きなの選びな」

「おお、ありがとなおっちゃん」

 

 いんやさ。

 すっげー久しぶりに男を見た。

 当然だけどEDENにァ女の子しかいねェし、敵も味方も女性ばかり。市場区画に来るのも基本女性だ。ま、男が来ると色々あンだろォな。

 けど、国の男女比は普通なンで、当たり前に男性もいる。

 煙草屋。腕組んで鉢巻みてェのした、タコ坊主みてェなおっちゃん。はは、前の俺よりァ若いな。

 

「えっと……?」

「好きな香り選べってさ。シエナ、味覚も嗅覚も感じ取れる機能あンだろ?」

「はい、それは搭載していますが……」

「んじゃ選びな。これァさっきの罰って考えてくれていい。クソ不味いからな、覚悟しとけよ」

 

 ちなみにだけど、魔煙草は一般人も吸う。

 魔力回復目的じゃなく、そのクソ不味さ目当てに。いや酔狂な奴ってなどこにでもいるもンでよ。不味いから良い、だのなんだの言って吸ってる奴ァいるのさ。本気かどォかは知らねェが、少なくとも常にラインナップにあるくらいにァ売れてる。

 

「おっちゃん、俺ァシトラスハーブで頼まァよ」

「え、えっと、では私はこの桃の香りで……」

「ああ。どっちも1箱でいいか?」

「俺ァ3で。こっちのァ1でいい」

「わかった。作るのに多少の時間を要すから、あっちの休憩室で休んでいるがいい」

「おォ、ありがとォなおっちゃん」

 

 本店というだけあって広い店内ァ、客が休憩しておけるスペースまで完備されてると来た。

 俺ァそんなにツウってワケじゃねェが、ちょいと冷やかしてみてェ普通の煙草もわんさかと。ま、吸わねェけど。

 

 休憩スペースにァ幾人かの先客。

 どいつもこいつも一般人だな。だがまァ、ちィとガラの悪いのがいる。おっちゃんのいる手前手ァだしてこねェと思うが……。

 いつの時代にもアホってないるからな、気いつけるに越したこた──。

 

「おー、可愛いね君達。まだ中学生くらい? ダメじゃんダメじゃん、こんなお店来ちゃ。ここはオレ達みたいなこわ~いお兄さんの集まる所だぜ?」

「ヒュウ、いいね、2人で冒険かよ。なぁどうだ、俺達とちょっと遊ばねえ? 気持ちーことしようぜ、仲良く、な」

 

 ──ない。

 いんやさ。

 

 いるんだなァ、って。しかも見た事ある制服着てやがるし。

 

「いやはや。──よォ、お前らフールン高の奴らだろ? 煙草屋で屯って年下に手ェかけようたァ面白れェことしてやがんな。後ろにァなンだ、ナァル大の不良連中でもいンのか?」

「おっとっとー? 何君、可愛い顔して怖い言葉吐くねー。ちょっと粋がっちゃってるカンジカンジ~? ヒュゥ、コワーイ! ……ってか、ナニソレ。うわ、あっはっは! こっちから見たら可愛いけど、正面から見たら左っかわボロボロじゃん! キッショキッショ! あはは!」

「……エコウ中の制服に、銀髪で、粗悪な口調……」

「──でも好きだぜ、オレ達、そォいう子も。そっちで縮こまってる子も……すっげーソソる。どおかな、オレ達の家に来ない? もっとイイモン吸わせてやっけどー?」

 

 おっちゃんァ、まだ煙草作ってる最中だな。

 んで、監視カメラ……なんぞ、無いか。前世でもあるまいに。魔法的な装置ァEDENか軍にしかねェはずだし。よーしよし。

 

 はは、俺達魔法少女ってな一般人に手ェ出すのァダメなんだよ。単純に身体能力が違い過ぎるからな。でもま、バレなきゃオッケーって言葉もあってな。

 

 俺ァ小せェ子にァ男女ともに優しいけどよ、ちゃんと自立できてるはずの連中にァ厳しいぜ。ははは、どれ金的でも──。

 

「こら、アンタ達! 何やってんの!!」

「──げ、瀬尾!? お、おいズラかんぞ!」

「つかやべーって。あっちの銀髪、エコウのライラックだよ。久しぶりに見たけど……」

「誰でもいいよ! 逃げべ逃げべ! アイツの拳はくらいたくねぇよ!

 

 なんか、来た。

 同じくフール高の制服を着た少女。

 デコの広い髪形に、所々の絆創膏。腕を組み、フンと荒い鼻息を吐いて。

 

「アンタ達のせいでフールン高の悪評広がりまくってんのよ! そろそろ観念しなさい!!」

「するかよばーか! デコ出し暴力女が! お前こそセンコーにしょっぴかれちまえバーカ!」

 

 なんぞか、不良連中を追っ払ってくれた。

 

 いやァ助かったぜ。

 俺の火傷を馬鹿にしてきた瞬間、シエナのスイッチ入ったのわかったからな。どォ抑えよォか迷ってたンだ。いんやさ、俺も馬鹿だったよ。そォいや俺ってば左半身に火傷痕があって、右腕義手、なんつー奇抜も奇抜な13歳だったわ。こりゃァ目立つってな。

 

「……排熱処理中」

「おォ、よく我慢したな。偉いぞ、シエナ」

「もう少し、でした」

「ハハ、そりゃ危ねェ危ねェ」

 

 スイッチってな何も比喩はねェ。

 マジのスイッチが入って、熱量感じてたンだ。危うく厳罰どころじゃ済まない事になってたかもしれねェ。不良連中だって生きてンだ、守るべき国民であることにゃ間違いないしな。それを傷つけるのァ、俺の心情的にも信条的にも、シエナの立場的にもまずい。

 

 よかったよかった、って事で。

 

 で、だ。

 

「よォ助かったぜ。あんがとな。俺ァエコウ中学の梓ってなモンだが──」

「貴女達も!! 中学生で、しかも女の子2人だけで! 煙草屋さんなんて治安の悪い所に来ちゃだめでしょ!!」

「……治安の悪い店で悪かったな」

 

 めっっっちゃ怒るじゃん。

 んで、めっちゃしょんぼりすんじゃん、おっちゃん。

 

 大丈夫だよ。悪いのァあいつらで、おっちゃん何にも悪くねェよ。

 

「あっ、いえ、申し訳ありません……そういう意味、では……」

「おーおっちゃん。作るの早いな。この道何年なンだ?」

「30年だ。ほら、桃の魔煙草1箱、シトラスハーブの魔煙草3箱」

「おゥ。代金ァこれで合ってっか?」

「いや、少し多い。最近値下がりしたんだ」

「へェ。知らなんだ」

「これで十分だ。毎度あり」

「おゥ」

 

 レジだのなんだのも無いんで、こォやって手渡し勘定ってな基本だ。余程の人気店なら魔算機も導入してるやもしれねェが、それにしたって電卓だのなんだのにァ劣る。

 ……だからこそマッドチビァすげェんだよな。シエナの脳ってな魔脳計算機ってーのらしいンだが、計算力がダンチすぎる。感情まであって……いんやさ、本当に天才だと思うよ。マッドチビもマッドチビ先生も、どっちも方向性の違う天才だ。

 

 で、だ。

 おっちゃんがカウンターの方へ帰っていって。

 

 このデコ出し少女は、なんぞかびくびくしていて。

 

「あー、とりあえず座ろォぜ。いいだろ、ちったァ付き合ってくれよ、オネーサン」

 

 なんかコレ、俺がナンパしてるみたいじゃね?

 

えはか彼

 

「えっと、なんか勘違いで怒っちゃってごめんね。あ、そ、そう。私は瀬尾奏っていうの。フールン高等学校の2年生で……えと、いつもああいう連中を追っかけ回してるんだけど……」

「あァよ、お疲れさんってな。俺ァ梓。梓・ライラックってモンだ。エコウ中2年。こっちァシエナ。まァ見ての通り引っ込み思案でよ、しかも中2で転校なんぞをしてきたモンだから、びくびくしてたのを無理矢理引っ張り出してきて、このザマだ。だから助かったよ。ありがとな、瀬尾」

「……君、中学生よね? なんだか年上と話している気分になるわ」

「そォかい? そりゃ光栄だね」

 

 自分でもヘンな話だって自覚はあるンだがね。

 死を厭わない魔法少女ァ名前で呼べねェけど、死を嫌い、避け、けれど一回こっきりしか命の無ェ一般人ァ、ちゃんと名前で呼べるんだ。

 悲しさの度合い。あるいは密度。ちゃんと悲しめるかどうか。まァ色々理由はあるンだが、お嬢辺りに知られたら面倒そォだな、とか思ったり。

 

「えっ……と、それで、なんで呼び止められたのかなー、とか……あはは」

「ン? 特に意味ァ無ェよ。ほら、シエナ。吸ってみな。びっくりする程不味ィから」

「……わかりました」

 

 ひひひ、なんて笑いながら、魔煙草の起動方法を教えて──吸わせる。

 

 口に付けた瞬間は、キョトンとした顔で。 

 吸っていく内に──酷く苦々しいモンになっていって。あっはっは、ガーゴイルなんつってもやっぱ不味いか。いいね、これでちゃんと罰にァなっただろ。

 

「瀬尾も吸うか?」

「わ、私? いい、いい、要らない要らない。煙草なんて吸ってるトコ誰かに見られようものなら、叱れなくなっちゃうし……」

「魔煙草ァ別に身体に害のあるモンじゃねェんだ、別に見られた所で変わんねェだろ」

「梓・ライラック様。この味は確実に害があります。害となる成分は検出されませんでしたが、これが害でなくてなんだというのでしょう。……うう、香りはとても良いだけに、残念です」

「おいおい、何捨てようとしてやがる。これァ罰だって言っただろ。全部吸いきれよ?」

「ううううっ!」

 

 俺も一本取り出して吸う。

 戦場じゃ節約するけどな、こォいうのんびりした日にァ良いだろ。っかー、不味い不味い。何を、っつか誰がが好き好んでこんなモン喫むンだか。勧める奴の気が知れねェやな。

 

「……ねぇ、もしかして、なんだけどさ」

「ン?」

「君達って……魔法少女、だったり……する?」

「お、よくわかったな。そォだよ。ま、秘密にしといてくれると助かるンだが。あんまみだりに降りてきちゃいけねェんだよ」

「う、うん。それはいいんだけど……その、さ」

 

 まさか見抜かれるたァ思ってなかった。

 魔力の気配ァしねェが……。

 

「姉にね。魔法少女がいて」

「へェ! つか、あン? 瀬尾? もしかして瀬尾アルカか?」

「あ、知ってるんだ。そう、瀬尾アルカ。5年前に魔法少女になって、EDENに上がっちゃったお姉ちゃん」

「ほォー。妹がいたなンて知らなかったよ。同じクラスなんだ、班ァ違うんだけどな」

 

 世間ァ狭いねェ。

 国ァ一つしかないたァ言え、結構広いんだけどな。

 

 しかし。

 

「似てねェな」

「あはは、そう言ってくれるとちょっと嬉しいかも」

「ン? なンだ、姉ァ嫌いなのか?」

「ううん、逆。大好きだよ。だけど……私は、お姉ちゃんが魔法少女になった時に、自分はなれなくてさ。だからお姉ちゃんに負けないくらい強くなろうって、髪型とか色々変えてさ」

「ほーん。まァ確かに、瀬尾アルカの印象っつーと幼いって感じだからな。アンタみてェに腕っぷしの強そうなやつじゃねェ」

「うん。EDENに上がって、5年経てば、家族に会ってもいい。そういう規則があるのは知ってる。だから、もうすぐだから……えへへ、驚かせてあげようって思って。背も高くなったし、力も強くなった。絶対に追いつけない所に行っちゃったお姉ちゃんに、少しでも追いついたんだぞー、って。そう言いたい」

「なるほどなァ」

 

 いやはや。

 やっぱそォいう事もあんだねェ、って。

 

 俺にも今生の妹ってながいるからよ。俺も5年後、そんな風に迎えられンのかな。両親も……ああ、いけねェや。ちィっと会いたくなってきちまった。

 今生の両親。前世の両親。今生の家族。前世の家族。友人、部下、上司。

 どれにも感謝しかねェ。顔も名前も一緒に過ごした時間も、全部キッチリ覚えてる。

 

 はは。

 恵まれてやがるな、オイ。

 

「ね、もしよかったら、なんだけど──」

 

 ──知覚強化。左後方から発砲音。回避は可能。だが、瀬尾に当たる。シエナは問題ない。回避を選択から外し、義手での防御を選択。接合部強化。知覚強化を戻して行き、その軌道上に腕を置け。

 

「きゃっ!?」

 

 かァン、という音が響いた。

 ま、流石にその程度の威力でどォにかなる腕じゃねェんでね。

 

 さてはて、どこのドイツだ。俺達を狙ったのァ。

 

「東南方向75。射撃者の位置を特定いたしました」

「魔力ァどォだ?」

「ありません。一般人です」

「はン?」

 

 また発砲音。狙いァ俺だなァ。全く、なんだってンだ?

 

「動くな! 手を上げろ!」

「あァ?」

 

 また陳腐なセリフに、思わず振り返る。

 そこにはナイフを持った男が一人。いや奥に女もいんな。全員ガラ悪い奴らだ。少なくともケーサツの類じゃねェ。

 

 後頭部へ発射された銃弾を義手で掴み、シエナに渡す。

 

「なンだよ、オニーサンもオネーサンも。揃いも揃って」

「お前、魔法少女だろ! 梓・ライラック……少し前EDENに上がった奴!」

「あァ、そォだが? いんやさ、気を付けろよ? こっちの2人ァ魔法少女じゃねェ」

「梓・ライラック様、何を……?」

 

 大体狙いァわかったよ、

 魔法少女がみだりに国に降りちゃいけねェってのァ、何も魔法少女から国民を守るため、ってだけじゃねェ事も知ってるからな。

 つってもちィとばかりバレるの早すぎるんで、さっきの不良共が言いふらしたとかかね。

 

「へへ、認めた! 認めたぞ! つまりお前──死んでも生き返るんだろ?」

「んでもって魔法少女は俺達一般人に手を出せない! 出したらお縄だ。だから──どんだけボコってもいいって事だ!」

「殺しても怒られない中学生とかサイッコーじゃん! 一回殺してみたかったンだよねー、ヒト」

 

 ま、そういうこった。

 一応この世界ってな、ずっと戦時中ってーの? いつ化け物が襲ってくるかわかんねェ、やべェ世界なのさ。野山で、平原で、海で。駆けまわって泳いでなんだのをしてみてェって奴ァわんさかいる。資料がありすぎるのがちょいと問題だな。あと近年化け物の動向が激化してンのも。

 だからまァ、溜まってんのよ、ストレスが。

 

 それがさ。

 ちょいとばかし、狂わせちまったらしいんだわ。

 

 魔法少女は国を守る盾で、生体兵器だから、人間でなく──手を出せないから、サンドバッグにしてもいい、なんて。

 昔、そォいう事件があったんだと。だからみだりに国に降りるな、って言われてンだけどね。

 

 勿論マトモな連中ァいる。うんといる。わんさかいる。

 ちゃんといるんだ。それこそ安藤さんの夫みてェな、すげー奴もいる。

 

 けど、こーいう奴らもいる。人間は一枚岩じゃねェからな、そーいう奴もいればあーいう奴もいる。知能を持つが故の、って奴?

 

「く、狂ってる……」

「シエナ、瀬尾連れてちょいと逃げな。俺ァ国外まで逃げるからよ」

「はい! その後、お迎えに行きます!」

「頼んだ」

 

 やっぱ国にァ来るモンじゃぁねェなァ、なんて。

 ここで魔煙草を一本。

 

 ちなみにだけど、これまた困ったことに──国民が魔法少女に何したって、特に罰ァ無い。自動車と歩行者の関係みてェなもんさ。ドラレコなんざ無いからな、おっちゃんや瀬尾の証言あったって特に意味ァ無ェ。これで俺が反撃しよォものなら一発でアウト、封印措置ってなを受けるンじゃねェかな。

 だが。

 だァが、だよ。

 

 振り下ろされた釘付きバットを避ける。トゲトゲした手袋のはめられた拳を避ける。

 避けた先に在ったナイフは指で挟んで引き抜いて、うるせェ豆鉄砲ァ義手で弾く。おいおい、一般人から一般人へァ普通に罰則あるって忘れてねェか? ここ普通の店だぜ?

 

「あっはっは、ンなへなちょこ攻撃当たるかよ。あァ、すまねェなおっちゃん! ちょいと荒らしちまったわ。もう来ねェが、支部店の方ァよろしくさせてもらうよ!」

「別に、また来てもいい」

「そォかい、そいつァありがてェ!」

 

 挨拶をして、外に出る。

 追ってくるゴロツキ。なんだなんだと隠れる市民。

 

 腕部と脚部の強化をほんのりして、雨樋をよじ登って屋根上に。

 おお、俺ってこんな風に強化使えるよォになってたンだな。結構減ったが。

 

 それァまァ、新品の魔煙草で回復させてもらって。

 

「おいおい、でけェ図体してこんなチビの女子中学生の尻おっかけ回して恥ずかしくねェのかよ!」

「うるせぇ化け物!! ここは人間の国だ、入って来た時点で殺されても文句はないだろ!」

「ハ──」

 

 なるほど、そォいう層もいるのか。

 サンドバッグ、ってだけじゃねェ。

 魔法少女差別、って奴だ。ハハハ、いいね、人間らしい。実に──非善()らしい……っとと、ダメダメ、こいつら殺しちゃダメなんだから、その思考ァストップだ。

 

 さぁ駆ける駆ける駆ける。

 お嬢にァ敵わねえ。つか、多分どの魔法少女よりも遅い疾走ァ、けれど一般人なんぞには負けねェ。こォいう機会があると、俺ァちゃんと魔法少女なんだな、って感じるよ。変身してなくてコレだもんな、魔法少女の衣装になりゃ身体能力ももっと上がるンだ、そりゃ化け物扱いもされらァな。

 

「クソ、貸せ! 全然当たらねえじゃねーか!」

「ちょっと待てよ、難しいんだよ銃ってのは」

「だから貸せって言ってんだよ!」

「ちょ、危ねーって、お、おいそんな風にしたら──」

 

 ──知覚強化。暴発時における弾道を計算。どこぞの家の窓に入るな、ありゃ。さァて、馬鹿が通りますよ、ってな。脚部強化。

 

「あっ! ……え、あ、当たった?」

「……舐めやがって! アイツ、当たりに行きやがった!」

 

 おー。良い目をしてんねェ。

 まァ一般人が手にできる銃なんぞこの程度の威力か。義手を使わずとも、手で掴み取れるなんてな。はは、ちょいと熱ィが、でもその程度だ。

 さて、とっとと国外に出よう。これ以上被害を増やすのも騒ぎを起こすのも良くない。

 

「あァよ、じゃァなお前ら! お前らに殺されてやるほど俺の命ァ軽くないのさ。お前らだけじゃねェがな!」

「クソ、待て!」

「一回でいいから撃たせろよ! 頭弾けるトコみてみてーんだって!」

「魔法少女の死体がどうなるのか研究したかったのにー!」

 

 国を囲う壁に飛び乗って──国外に出る。

 

 もう、追ってァ来れねえ。

 国民が国の外に出るにァ結構な手続きが必要だからな。

 

 ここまでくれば安心、って奴さ。

 

「……で?」

「……」

「おいおい、気付いてねェはずねェだろ。こそこそずっとついてきやがって。何用だよ──ポニテスリット」

「……梓」

 

 で。

 国内にいた時から、ずっとずっといた。

 シエナの魔力感知範囲を把握してンのか、ずっとずっと隠れてて、俺が追われている間もずっとついてきてて、今、だ。

 

 何用だ、ってな。

 

 そんな神妙な──覚悟の決まった顔をしてよ。

 

「──私と勝負しろ、梓」

 

 ンなことを宣って。

 

えはか彼


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