遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

42 / 167
1.to be dead witch.
42.亜柔微義人倶.


 本気モードだな、って。

 思った。

 

 手に付けている籠手ァ、ソテイラに材質を変えてもらった奴だ。

 俺も変身する。野外で一瞬でも裸になンのァちょいと思う所あるんだが、少々物騒そォなんでね。

 

「当ててやろう。昇格試験だろ」

「……そうだ。お前達が早期に落ちた、というのは聞いた。私は……満点とは言わないが、S級は確実だろうと言われた」

「へェ、おめでとさん」

「そして──お前にもう一度機会を与えてやれと、言われた」

「誰にだ」

「EDEN中央部、ジャハンナムという上官だ」

 

 ……また、そいつか。

 はは、とことん俺が嫌いらしィな。

 

「故に──勝負だ、梓。殺すまでに至る必要はないという。どちらか一方が決定打を与える。それにより、お前の合否が決まる」

「結構だ。俺ァ別に、ポニテスリットと戦ってまでS級になりたいとァ思わねェ」

「私は、お前と戦って、お前と肩を並べたいと思っている」

「──……」

 

 ポニテスリットは構えを取って、そんなことを言う。言った。

 ……ハハハハ。なんだそりゃ。

 

 なんだそのかっけェ言葉ァよ。

 肩を並べたい? 無理に決まってンだろ。俺とお前とじゃ、天と地ほどの差があるンだ。

 

「──俺に勝てるとか、思ってンのか、お前」

「思っていない。故にこそ、挑んでいる」

 

 ああ、あァ!

 口が勝手に動きやがる。ヘンな挑発すンなよ、ちゃんと強いんだぜ、ポニテスリットァ。つーか、仲間に向ける刃なんざ無ェって言ったばっかなンだけどな。

 

 レーテーを起動。

 剣を引き抜く。

 

「……亜空間ポケット。使えるようになったのか」

「いんやさ、知り合いからの餞別でな。似てるが別モンだ」

「そうか。……やる気あり、と見做すが、いいんだな?」

「馬鹿が。やる気なんざ無ェよ。なんだって魔法少女同士で殺し合わなきゃならねェんだ。見てきただろ、さっきの。アホみてェな一般人のために俺達ァ血反吐吐いて化け物と戦ってンだ、魔法少女同士くらい仲良くしなきゃ損だろ」

「仲違いをするつもりはない。ただ私は、お前に並び立ちたい」

 

 面白い事を言うものだ。

 お嬢ァついてくると言った。ついてきて、振り向かせると。

 んで? ポニテスリットァ、横に並びてェと。はは、おじさんの横に並んだって臭ェだけだと思うがね。あァ自分で言ってて悲しいが。

 

「いいよ、やろーか。だがよ、ちと場所を移そうぜ。ここァ国に近すぎる」

「少し先に、広い空間を確保してある。魔物は掃討済みだ」

「準備の良いこって」

 

 んじゃまァ──やりますか。

 

えはか彼

 

 剣を振り下ろす。

 その途中で、ふわ、と。勢いがなくなり──弾かれるのを感じた。

 なンで、【即死】を流し込む。途端抵抗の無くなったソレ。今度ァポニテスリットが下がる。

 

 柄を両手でつかんで、思いっきりの横薙ぎ。俺の剣に技術なんざ欠片も無いからな。でけェ棍棒かバットにしか思ってねェ。

 

「【波動】!」

「【即死】」

「ッ!」」

 

 実の所、俺とポニテスリットの魔法ァ相性が良い。【波動】ァ攻撃にも防御にも使える汎用性の高い魔法だが、発動している部分が見やすいのと本人が速くなるだのなんだのって魔法じゃねェんで、【即死】が刺さりやすいンだ。

 魔法を殺せば【波動】が解ける。当然【波動】のアーマーが無くなりゃポニテスリットァ下がるしかない。

 

 まァ俺も防御はゴミみてェなモンだからな、【波動】の一撃をくらやァ一発K.O.なンだが。

 

「随分と──魔法の扱いが、上手くなったな!」

「あァよ、短ェ間だったが、色んな先生に恵まれてな。お前と、お前らといなかった間──随分と死地を潜ってきた」

「そのようだ。その、魔法を武器に纏わせる技。──私でもできない技術であると、気付いているか?」

「ン? そォなのか? でも、お前籠手つけてるじゃねェか」

「私の扱う【波動】の範囲内に籠手があるというだけに過ぎん。──お前の様に、明らかに自らの範囲外にまで魔法を伸ばすという技術は──普通の近接魔法少女には、真似のできんものだッ!」

「うおっ……っとと」

 

 へェ、知らなかった。

 これ結構すげェ技術なのか。じゃ、例えばコイツも、かね?

 

 身を引き搾り、剣を思いっきり振る。

 剣に浸した【即死】は──水滴のようになって、剣先から飛んでいく。

 

「!? く、【波動】!」

「ははは、魔法ってな可能性の塊だと教えてもらったンでな。銃の使えなくなった今、どォにかして遠隔の手段が無ェか試してンのさ」

「……今のは、どういう……」

「俺の【即死】ってな、水のイメージなンだよ。殺すときも纏わせる時も、身体から浸して、垂らして、滴らせて、そォやって魔法を使ってる。迷宮の時相談しただろ? それがよォやく掴めたンだ。俺の、俺がどォやって魔法を使ってるか」

 

 金髪お嬢様ァ、世界を遅くしてるんだと。

 キラキラツインテァ、世界に自分を溶かしてるンだと。

 んでポニテスリットァ、世界を圧しているってな話で。

 

 俺ァ、世界に浸してンのさ。魔法を──【即死】ってな水を。

 

「ま、ただ水滴飛ばしてるだけだからよ、今みてェに弾かれちまう。剣に纏わせるほどの貫通力を持たねェから使いどころァ限られるが、俺の新しい遠隔攻撃手段さ」

「……お前は」

 

 ま、自分から離れたモンァ制御できねェ。なンで全体を浸して殺すとか、心臓や脳だけを狙い撃ちして殺す、ってのも無理だ。ホントの牽制に使うくらいしか用途の無い攻撃だが、それでも当たった部位が死ぬってな相当だろ。

 特に鳥みてェなでけェ化け物にァ良く効くと思ってる。翼とか薄いからな、水滴の一つでも付けばいい感じに落とせるだろ。

 

「それは、お前の殲滅力の無さを補助するものだ、な!」

「あァ、そォいう考え方もできるな。ちと魔力が足りねェが」

 

 大きな丘では確かに似たよォな事はやった。

 あのアリを殺すために、地面から大きく浸したこともあった。まァその後魔力切れでぜェはァだったワケだが。

 

 なるほど、でも確かに。

 魔力問題さえどォにかすりゃ──殺傷能力も殲滅力もSSになれるってな、そォいう事かね。

 

「──まだ、前を行く気か、梓」

「あン? なーに言ってんだ。俺の前に立って、ずっとかっけェ背中見せてた癖によ」

「違う。確かに私はお前を魔法で守っていた。お前の身を護る事も多く、お前を助ける事も多かった。だが──」

 

 振り下ろした剣が受け止められる。

 そろそろ【即死】を撃つにゃ魔力が足りない。ここらで一発貰って、終わり、ってなことにァできねェかな、なんて弱音を吐きそうになる。

 だがそりゃ、あまりに仁義ってながねェよなァ。

 

「梓。お前は、どこを見ている?」

「前を」

「そうだろう。お前は前だけを見ている。進む事しか考えていない。だが、前とはなんだ。私達魔法少女が進むべき先とはどこだ。何故だ。それは、私達には見えない。何故、お前だけが見る事ができる」

「そいつァ」

 

 自然、笑みが零れる。

 そりゃそォさ。非善で、自分が何者かもわかってねェ奴に、俺の見ている物がわかるもんか。まだ死を当然だと──俺が気にするから厭うってだけで、自分一人の時ァ一切関係なく受け入れてるような奴が。お嬢もそうさ。俺が悲しむから見せないだけで、俺のいないトコじゃガンガン死んでる。そんな奴らに、そんな考えの奴らに。

 

 前なんて、見えるもんか。

 

「俺がお前より強いからだよ、ポニテスリット」

「──」

 

 剣を投げる。【波動】によっていとも簡単に防がれたソレ。

 ソレの、裏側にぴったりと張り付いて──【波動】が切れる瞬間に、踏み込む!

 

「……どの口が言うんだ」

「う、げッ!?」

 

 気付いた時にァ、吹っ飛んでた。

 腹に鈍痛。ポニテスリットを見れば──蹴りを出した後、ってな感じの姿勢。

 

「一本。有ったな」

「み、てェだな……。は、そォだったな。お前、別に……魔法だけじゃ、ごほっ、ねぇ、もんな……」

「すまない、強く蹴りすぎただろうか。内臓に損傷が出ていないといいのだが」

 

 ンな事を言いながら、手を伸ばしてくるポニテスリットに。

 

 手に握っていた泥を投げつける。

 

「うっ!?」

「はン! これでお相子だ、負けっぱなしってな性に合わないんでな、試合も勝負も負けを認めるが──この程度の目くらましも避けれねェよォじゃ、S級なんざとてもとても──お?」

 

 おかしいな。

 俺、馬鹿にしながら逃げてたはずなんだけど。剣をレーテーにしまい込んで、あらほらさっさーって逃げてたはずなんだけど。

 

 身体が宙に浮いてやがる。あと首がちょっと苦しい。

 

「そうか。そうだったな。お前は正々堂々、などという言葉に囚われない奴だった。いいだろう、ならば私も取る手段を変える」

「おいおい、まさか零距離での【波動】、とか言わねェよな?」

「するか。お前の言う通り、勝負はついた。私の勝ちだ。故に勝者特権として、お前を好きにさせてもらう」

「は!? ずりィぞ、そォいうのァ先に言えって!」

「お互い汗をかいた。汚れた。だから──風呂に入ろう」

 

 ──いやァ、それァちょいと遠慮したいなァ。

 おじさんはさ、おじさんなんだよね。

 

 もうそろ慣れろって言い分はごもっともなんだけど、女の子とお風呂、ってなちょいと……な?

 マッドチビ先生と入った時にも言ったけど、色々あるし。そォでなくとも、色々あるし。な?

 

「安心しろ。大浴場ではない。私の部屋の風呂だ」

「いやそっちも大概……」

「そして手足を縛らせてもらう。口も塞がせてもらう。目隠しもする」

「ン? ンン?」

 

 ん?

 ……ん?

 

「あァよ、ポニスリ。お前ってそォいう趣味の奴だったのか?」

「安心しろ。()()()()()

「なーんにも安心できねェんだが」

「加え──先日、キリバチから()()()を貰ってな。それを試してみたい」

「ははァ、鬼教官殿から」

「勝者特権だ。従え」

 

 ……いんやさ。

 まァいいけど、ちょいと変態チックすぎねェか?

 

 ……なんかこえーなー、って。

 

えはか彼

 

 ヘンな、気分だ。

 すごく、ヘンな、気分だ。

 

「ん-! んー!」

「ははは、そうか。気持ちがいいか」

 

 気持ちがいいというか、やばいというか。

 鬼教官殿に貰ったっつーアロマ? みてェなのを嗅いでから──体の火照りが収まらねェ。そんでもって目が見えなくて、手足縛られてて、口も塞がれてて。

 

 ヤバイ。

 おじさんこういうオミセは入らなかったんだけどなー。いんやさ、勧めてくる奴が友人にいたから知識はあるよ? そォいうプレイの店。

 自分がされるたァ思ってなかった。しかも生真面目オブ生真面目みてェなポニテスリットに。

 

「この火傷の痕は……触っても大丈夫か?」

「ん」

 

 頷く。

 もう然して痛くねェ。肌が薄くなってるンで触るとくすぐったいくらいか。これが人間なら左目含めて色々機能障害が起きてたンだろォが、魔法少女ァ大丈夫。化け物扱いもわかるってなモンだ。

 

「……触るぞ」

「ん……んんっ」

「全く……私達のいない所で、こんな無茶を……。しかも傷を残しておく、など……」

 

 ツツーとポニテスリットの爪先が火傷痕をなぞる。

 ボディソープかさっきのアロマかァ知らねェが、よく滑るソレが挟まってるおかげで痛みァ欠片も無い。無いが、くすぐったさがやべェ。あとちょいちょい……その、なンだ。そォいう所に近づくせいで、どんどんヘンな気分になる。

 恥骨や鎖骨なんかの骨もやべェ。色々とやべェ。

 

「……梓」

「……ンッ!?」

「ん……」

 

 唐突に、それが来た。

 キスだ。塞がれた口のタオルが取られたのァありがたいが、別のもんでふさがれちまった。

 

 混乱。おじさん混乱。

 

 つかやっぱ鬼教官殿のアロマぜってェやべー奴だって! ポニテスリットってこォいう事する奴じゃないって!

 

「暴れるな……。キスが、しづらいだろう」

「っぷは、おい、ポニスリそれ以上ァ」

「暴れるなと言った」

 

 腹にずっしりとした感触。

 乗られたンだってわかった。……その、肌とか、諸々をダイレクトに感じるままに。

 見えてねえけど、多分、そォだってわかる。

 

 っべー。

 っべーっすよコレ。お縄どこじゃねーっすよ。お茶の間でボロクソに叩かれて出所した所で親戚一同に見放されてる奴だよこれ!

 

「ふふ……やはり、お前は黙っていると……酷く可愛らしいな」

「ポニスリ、ちょっと待て、話を聞けって」

「美しい銀の髪。潤い、張りのある肌。小ぶりな胸……腹も背も腰も、鍛えるという言葉の一切を知らないふわふわとした感触。ふふ、私やフェリカ、ユノンは元より鍛えていたからな、こういう質感は出ない……。シェーリースもあれでいて豊満な奴だ。梓、お前は……ああ、理想的だよ」

「んんんー!? ……ぁ、ふ」

 

 なんだこの変態!?

 おかしいって! ポニテスリットァこんなヤツじゃねェって!

 つかコレダメだ、俺までソッチの気になってくる。今はまだ理性を保ってられるからいいが、この香り、くそ、頭がクラクラしすぎる!

 

 ど、どうにかしないと。

 俺ァお嬢の告白だって断ってンだ。ちゃんとした理由で、付き合うのァ無理だって言ってンだ。

 だってのにここで一線を越えちまうのァまずい。不味すぎる。

 

 ああ、えーと。えーと。

 そう!

 

 腕部強化。腕の拘束を……解けねェ。なんだって解けねェんだ?

 

「昼間の捕り物劇に続き、私との戦闘。十二分に魔力を使い果たしている。……ふふ、今のお前は、この程度の拘束も解けん可愛らしい小鳥だ。あぁ……気分がいい。私の下でジタバタと暴れ藻掻くお前を見ていると、果てしなく、この上なく気分がいい」

「へ、変態! 変態!」

「いつもの粗悪な口調はどうしたんだ、梓。……ほら、ここを触られたら……」

「ひゃっ!?」

「ふふ、このように可愛い声が出る」

 

 いや誰だって脇擽られたら出るよそォいう声!

 じゃなくて。

 不味い。マジで不味い。

 

 おじさんだぞ!

 43歳のおじさんだぞ!!

 

 だ、ダメだろ! 色々と!!

 

「どれ、下も……」

「申し訳ありません。お渡しいたしました品に重大な不備があったため、回収させていただきます」

「うお」

 

 ジュルッ! という水音と、冷静メイドの声。

 場所的にアロマの位置から。

 

「……ミサキ・縁様。本人の意思無くそのような行為を行うことは犯罪です。それでは」

 

 またジュルッという音がして。

 冷静メイドの声も、その気配も消えて。

 

 俺の上から、重さも消えて。

 

 衣擦れの音と変身の音がして、手の拘束が解かれ、足の拘束が解かれ。

 

 ようやく、目隠しも外された。

 

「……すまなかった」

「あァよ、そいつァ良いよもう。お互い無かったことにしようぜ。んで、明日。鬼教官殿のトコに殴り込みに行くってなどォだ」

「賛成する」

 

 浴室から出て、それはもう落ち込んだ声を出しているポニテスリット。

 うん。だってお前、そういうことする奴じゃないもんな。

 

 ……あァ、まァ一線を越えずに済んでよかったよ。ぶっちゃけこれが虹色ロングとかだったらマジにヤられてたと思う。

 なんぞか、オーレイア隊ァ俺を避けてるみてェで全然寄ってこないンだが。

 

 さて、じゃあよォやく風呂に入れる、ってなことで。

 あとは普通に湯浴みして、身体洗って、終わった。

 

 なンだ。

 それ以上ァ何もねーぞ、サービスシーンなんぞァ、ってな。

 

 

 

 翌日、である。

 ドアを蹴破る勢いで開けたのがまず俺。その後ろから、なんぞか申し訳なさそォについてくるポニテスリットと、シエナ。

 開けたドアの先にいるのァ、ベッドでなんぞフルーツ食ってる鬼教官殿。

 

「ノックくらいしろ、と。何度言ったらわかるんだ」

「違法薬物を取り締まりに来たんですゥー。何か心当たりァねェですかー」

「はて? 何のことだかわからないな」

 

 しゃく、しゃくりと。

 林檎の咀嚼音が響く。

 

 反省の色、無し。

 んじゃまァ仕方ねェよな。

 

「シエナ! 閃光弾だ!」

「は、はい!」

「んっ!?」

 

 俺とポニテスリットァ用意してたンで目を瞑る。

 直後、目蓋越しにもわかる光量が室内中を満たした。

 

 その光が収まった事を確認。脚部強化をして、鬼教官殿のベッドに乗る。その身体を踏まねェよォに気を付けながら──鬼教官殿の顔に目隠しを巻きつける。

 

「く、これは!」

「はっはー! 【痛烈】ァ視界内の相手に痛みを与える魔法だ、これで【痛烈】ァ使えねェ! ──今だシエナ、ポニテスリット! 全身くすぐり攻撃!!」

「おい待て、何を」

 

 歳に見合わず、ってーとちょいと失礼だが、高らかに「きゃはははは」なんて笑い声をあげる鬼教官に、黙礼。誰に喧嘩売ってンのかわかってもらう。

 

 ……ところで。

 

 あの甘い匂いが、こっちの部屋から漏れ出てンだけど。

 

「……ふむ」

 

 そろーっと──ちょっとだけ、開ける。

 

 開けて、閉じた。

 

「姉妹仲がよろしいことで……おォさ、何も見てないぜ俺ァ」

 

 乳繰り合う憤怒と無表情の姉妹なんざ、欠片も見てねーって。

 

 とまァ、こんな感じで。

 怒りしょんぼりの【劇毒】が媚薬ポーションは、永久封印となりましたとさ。

 

えはか彼

 

「見てください見てくださいこれ! S・級! 私、なんとなんとS級に上がっちゃいました!!」

「おめでとうですの、ユノンさん」

「あァめでてェな。まァ【光線】ァ汎用性もあるし、照射時間考えりゃ殲滅力も出せる。元々Sが妥当だとァ思うがね」

「えへへ、実は去年と一昨年は座学で落ちてまして……」

「へェ、意外だな。太腿忍者ァ効率良いからそォいうの卒なくこなしそォなのに」

「私、意外と感覚派なんです!」

 

 少しばかり日数が経って。

 クラスはもうガヤりガヤりのガヤガヤり。

 

 太腿忍者の言う通り、発表されたのだ。昇級試験の合否が。

 

「私は、Sのままだった」

「まァSSの壁は高ェだろォなァ」

「うん。でも来年こそは」

「その意気だ」

「私もSSSにはなれませんでしたの……。座学は満点、討伐目標も一瞬で粉微塵にしましたのに、何がいけなかったんですの~!?」

「フェリカは、どうせ、試験官に"早くしてくださいですの早く早く"とかせっついて、内申点が落ちた」

「お、おぉ。言うようになりましたわねシェーリースさん。そしてまさにそうですわ。的確に的中ですわ……」

「あー、そうか。内申点とかあるンだったな」

 

 完全に忘れてたわ。

 んじゃ俺もあのブレイズって試験官からァ結構減点されてそォだな。条件達成不可になったンであンまり関係ないンだが。

 

「私は、S級になった。……ユノン。シェーリース。これからも頼む」

「おお! 凄いですミサキさん!」

「うん、【波動】でSに届くのは凄い」

 

 まァそォだよなァ。

 殺傷能力と殲滅力で言えばA班の中じゃ【波動】は一番下っつっても過言じゃねェ。それをよくもまァ。AからSだから、条件指定もあったはずなのに、それもクリアしてンだ。ま太腿忍者もそォだが。

 

「俺ァAのまんまさ。試験のあと、ポニテスリットにぐちゃどろにされたンでな」

「お、おい! その話はやめろと」

「……ぐちゃ」

「どろ、に?」

「どういうことですの!? ミサキさん、梓さんとナニをしましたの!?」

「ゆ、揺らすな。別に何も……」

「しただろォよ。俺の腹ァぶん蹴って誘拐して手足縛って目と口覆って馬乗りになって」

「おお、おい!! 梓、やめろ、やめてくれ。私が悪かったと何度も謝っただろう!」

「み、ミサキさん……?」

 

 ヘン、確かにあの色々ァ鬼教官殿のせいだが、それを実行しようとしたのはお前なンだ。

 精々お嬢に詰め寄られてくれ。

 

 なんて、ニヤニヤしながらお嬢達に詰め寄られるポニテスリットを見ていると──ふと、顔に影が差した。

 見上げりゃそこにァ──なんだっけ、クラスメイトの。

 クイネと、カギネと、瀬尾アルカと、ゆるふわにゃんこか。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 4人ァ俺を向いたまま、何も言わない。動かない。

 なんでっしゃろ。

 

 知覚強化……は、いらねェか。

 

 パン、という音が響く。

 

「え……」

「あ、」

「……」

 

 声は2通り。

 避けなかった事に驚いたのと、それでも尚とする声。

 

「な……にを、しているんですの?」

「フェリカさんは、ちょっと黙ってて」

 

 (はた)かれた頬ァ右側。つまり火傷の方じゃねェってな、せめてもの気遣いかね。

 

「アンタの、せいで」

「……無駄だよ。もう行こう」

「だって、コイツが、コイツがあんなことしなきゃ!」

「別人なんだから、言っても仕方ないよ」

 

 何か、一触即発な雰囲気出してるお嬢達に制止の手を向ける。

 

 ま、そぉいう事もあらァな、って感じだ。

 

「……許さないから」

「あァさ。そうするといい」

「ッ!!」

 

 もう一度振り上げられた手。

 けど──それは、振り下ろされなかった。

 

 止めたのは誰でもない、己。

 ……良い子達だねェ。

 

 憤怒の形相なのァ2人。ゆるふわにゃんことカギネって子。

 もう2人ァ2人の背を押して、教室を出て行く。

 

 最後にもう一回1睨みされて、俺としちゃ肩を竦めるしかない。

 

「今のは……?」

「大丈夫ですの、梓さん」

「ん、ヘーキヘーキ。強化も乗ってなかったしな。お前らもヘンに怒らなくていいからな。そォいうことになるってな、予想ァついてたからよ」

 

 まァ、なンだ。

 簡単に言うなら──。

 

「あの」

「ン?」

「さ、さっきはごめんなさい。2人はまだ心の整理がついてなくて……」

「いいよいいよ。ついでにお前のあだ名ハスキー三つ編みな」

「本当にごめんなさい! って、え? あだ名?」

「おゥ。声がハスキーで、三つ編みだから、ハスキー三つ編み」

「また梓さんは安直なあだ名を……」

 

 戻ってきたのは、瀬尾アルカ。

 国で会った瀬尾奏の姉ちゃんってな奴だった。

 

えはか彼

 

「ご存じ、ですよね。今回のベルウェーク襲来事件及びホートン亜種による魔法少女達の洗脳事件で……その筆頭が、梓さんだった、という話は」

「あァ、知ってる。だから俺にトラウマ持ってる奴が多いのも知ってるし、アイツらがその最たる例だってのも知ってる」

「う……そう、なんです。実はただのホートン種の事件時から色々重なってて……。全部、記憶に残ってるんです。貴女が……私達を殺した時の記憶が。首を掴んできて、苦しいのになんだか心地よくなって、気付いたら蘇生槽にいて。気付いたら……みんなを、仲間を殺して回ってる自分の記憶があって。その最中でさえ、貴女に殺された記憶があって」

「あァさ、すまねェな。俺じゃねェが、謝る奴がいねェんだ、俺が謝っとくよ」

「……それも、わかってるんです。私達は……わかっては、いるんです」

 

 けど、と。

 ハスキー三つ編みは続ける。

 

「何度も、それがちらついて。魔法を使う時……必死の表情の友達の顔が浮かぶんです。必死の顔で自分に魔法を使ってくる友人が、それを殺そうとする自分の手が。魔法を使う時だけじゃなく、寝る時も、勉強をしている時も、教室にいる時も。ずっとずっと、頭からこびりついて離れないんです」

「……」

「"やめて"、"止まって"、"お願いだから"。そう懇願する声を私達は無視して、殺し続けて……でも、相手の子達も魔法少女だから、反撃して。私達が負けると、殺されないで、手足や目、口をぐちゃぐちゃにされて、捨てられて。それをする友達の顔も──それをされる、自らの心情も。全部全部明確に覚えていて」

 

 魔煙草を吸う……のァ、流石に空気読めねェか。

 

 ごめんなァ、って。簡単に言っちまうのも、多分違う。

 

「それで、最後の最後に……必ず貴女が来て、私達を殺すんです。それを何回も繰り返していく内に、やっぱり貴女が……怖くて。貴女の顔が、貴女の目が。ずっと見てくるんです。……戦えって。少し休んでも良いから、また戦え、って。私はそれに頷いて、それを信頼して……それで、それで」

「で──今回の昇級試験で、トラウマに圧し潰されて、何の成果も残せなかった、と」

「っ……はい。ごめんなさい。逆恨みだってわかってます。そんなの関係ない、私達が実力を出し切れなかっただけだ、ってわかってるのに……」

「いんやさ、それァ確実に俺のせいだよ。俺がいたから、俺がいるから、集中できなかったンだと思う」

「そ、そんなことは」

「だからよ」

 

 ま、これァちょいと誘われてたコトでもある。

 こっからまた一年、お上の掌の上で踊り続けるってのも気に食わねェし、昇級試験ァ別にもう良いからな。

 これァ、俺の意思決定ってことで。

 

「俺ァちょいと、旅をしてくることにした」

「え」

「……え?」

 

 背後、お嬢達の方でも疑問の声が上がる。

 まァそォだろォな。冷静メイドにすら言ってねェことだし。知ってンのァシエナとマッドチビ先生と担任の先公と鬼教官殿くらいか。

 

「ごめんな。ぶつけ先にァなってやれないが、視界から消えることで癒える傷もあンだろ。だから俺ァ、EDENを出るよ」

「え、え……い、いえ! そこまで、そんなことを言ってるんじゃ、その、ちがくて、その」

「お前らのせいじゃないさ。これァ俺の意思。……ちょいとな、俺が外に行かなきゃならねェ要素が多すぎるのさ。だから──」

 

「だから、なんですの?」

 

 底冷えする声が背後から聞こえた。

 けど、振り返らねェで言う。言い続ける。

 

「だから、旅に出る。EDENとァ違う観点から世界を見て、また戻ってくる。そン時までに、傷ァ癒してくれると助かる。癒えてなかったらもっかい旅に出るからよ」

「──……わ、私は、そんな、そういうつもりで今の話をしたんじゃ……」

「重ねてごめんな。余計な罪悪感を背負わせちまうことになる。本当にごめん。けどまァ、絶対帰ってくるからよ。そン時までに、俺への恨みつらみを溜め込んどいてくれや。俺の顔見てトラウマになるんじゃなくて、俺の顔見たら魔法の出力上がるくらい、なンだ、怒りや憎しみに、ってな」

 

 んじゃ、と。

 席を立つ。

 

 ハハーハ。

 後ろの気配こえーこえー。

 

 ハスキー三つ編みも──他のクラスの奴らも。

 なんなら廊下の奴らも、みーんな俺を見てる気がする。自意識過剰かね?

 

「──ってなワケで、シエナァ! 特大閃光弾!!」

 

 ──"は、はい! 特殊超長広範囲炸裂閃光弾──打ち上げます!"

 

 ダッシュする。

 ハハハ。

 ハーハッハッハ!

 

 見たか、マッドチビ先生作、超長時間光り続けるフラッシュバン! サングラスでもつけてなきゃ十分くらいァ目を焼かれる素晴らしい目くらまし! 材料費だけでパルリ・ミラのパフェが1182個買える四尺玉でィ!

 

 向かう先ァ通路の先のバルコニー。そこを飛び降りりゃ、シエナが待ってるって寸法だ。サングラスをつけてなきゃ真っ白すぎてなンも見えねェだろォ通路の中を走り抜ける。

 

 あと少し、あと少しで──。

 

「馬鹿ですの?」

「なンだ、お嬢もついてくるかよ!」

「え」

「SS級1人がいなくなった程度で瓦解するほどEDENァ甘かねェだろ、なァ!」

「え、え」

「折角だ、逃避行と行こうぜ──頭に愛ァつかねェが!」

 

 立ち塞がったお嬢の襟首掴んで走り抜ける。

 まさかお嬢もンなことされるたァ思ってなかったらしい。ハハハ、知るか知るか。

 

 アレだ。

 

「こ、こんな魔法少女だらけの所にいられるか! 俺ァ部屋に帰らせてもらう! ──ってな!」

 

 お嬢を引っ掴んだまま、空にダイブ。

 それをキャッチするはシエナ。俺の掴んでるお嬢に何やら驚いた様子だったが、一つ頷いて発進してくれた。

 

「ちょ──ど、どこに!? 私もう八回生ですのよ!? この一年で卒園して、軍部の方に──」

「留年だ留年! 俺を振り向かせたいってンならちょいとくらいワルを覚えな、優等生!」

 

 向かう先は、空に輝く銀の竜。

 移動要塞・偽竜母艦LOGOS。

 

 その首元のハッチが開く。

 

 突入する俺達。

 

 ちなみに外部へ遠征するためにァ色々手続きが必要なンだが、俺のァともかくお嬢のァ一切済んでない。当然だ、さっき思いついたんだし。

 

「もう、遅いじゃない。……あら、連れてきたのね、その子」

「梓、貴女は考え無しが過ぎる」

「戦力としては最上」

「す、少し予定外の燃料を使いました……」

「ははは、すまんすまん! んじゃ出してくれマッドチビ先生!」

「はいはい」

 

 眼下。呑気にも大きく手を振ってる太腿忍者と、少し不満そうな顔でこっちを見てる背中メッシュ。

 

 そして。

 

「──次に会うときは、私もそっちに行く!!」

「なンだよ、来たいなら来たいって言えよ。マッドチビ先生!」

「はいはいはいはい」

 

 LOGOSから、銀色の触手がびゅるりと伸びる。

 それは的確にポニテスリットの胴体に巻き付き。

 

「え──うわぁぁああああ!?」

「ぷっ、なンだその声。初めて聞いた! ははは、ポニテスリットってなああやって驚くンだな!」

「収容するわ。アンタ達ももう少し中に入って。閉められないでしょ」

「はいよ」

 

 ポニテスリットがLOGOSの内部に飲み込まれたのも確認して。

 

 そもそもコレが何なのかわかってない金髪お嬢様をぎゅっとこっちに抱き寄せて。

 

「んじゃ、行くか、マッドチビ先生」

「ええ。目的地は──」

(はる)(ともしび)!」

 

 帰ってきて早々悪いが、EDEN!

 またさようならだ!

 

 俺ァちょいと──俺のやるべき役割ってなを見つけに行く!

 

「ははは──こりゃ、良い船出だ、ってな!」

 

えはか彼

 




第一章 ][ 第二章

終の因 ][ 始の点

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。