47.上琉噛無.
「では、お主ら。吾はここを去ることにした。お主らも好きに生きるが良い」
「……姐さん。アンタのやることはいつも唐突だ。だが今回はとびきりだ。けど──
「旅の行く末に価値ある死のあらんことを祈っております故、どうか我らは気にせずに、ナリコ様」
男2人。
それが、着物狐の言ってた此処にいる命2つ、だった。
片方はザ・陰陽師。片方はザ・侍。そんな見た目。そォいや侍衆って話だったのに、着物狐もこの陰陽師っぽいのも刀ァ持ってねェんだな。
「ではな、ショウモン、ストク。だが、近い内にまた相まみえることであろうぞ」
「……相変わらず姐さんの千里眼は恐ろしいや。俺っち達はずっとここを守ってるよ。姐さんが帰ってくるまでな」
「無論、躯になろうとも、だ」
「ククク、好きにして良いと言うておるのに。──達者でな」
ま、そんなあっさりした感じで。
着物狐ァ、俺達と一緒に来ることになったワケである。
「何、アンタ新しい女引っかけてきたワケ? それにこの感じ……アンタ、魔物混じりね?」
「ククク、さてさて。初い子愛い子ばかり故隠し通せるやとも思ったが、慧眼の持ち主もいるとはの。だが、否定はせん。吾は妖の混じるヒト。その上で、まほーしょうじょだ」
「……別に、私は魔法少女にも魔物にも偏見とか無いからいいけど。アンタ達はわかってたワケ? ま、今の口ぶりから察するに一切知らなかったみたいだけど」
「あァさ、知らなかった。化け物混じりってななンだよマッドチビ先生。魔法少女の事じゃねェのか?」
険悪な雰囲気、と言えるのだろう。
屋敷から出てすぐ、まずシエナが警戒した態度で着物狐に対応した。なんぞ──完全な敵を見る、みてェに。んでも何も言わないんで、そのままLOGOSまで連れてきたら、コレだ。
なんぞね、化け物混じりってな。
「そのままよ。過去に魔物と交わった人間。その子孫」
「……交尾ができンのかよ。化け物と人間ってな、子ァ作れねェんじゃねェのか?」
「ディケントやイオルーでは無理ね。根本が違うから。でも」
「ははァ、オリジンなら……そォいう事する化け物として生まれ出でた奴なら、可能って事か?」
「ええ、そう」
つくづくオリジンってなよくわからねェ存在だな。
これァ、カンコウってながオリジンって説も濃厚っつかほぼ確定か。
「ククク、そう険しく眉を顰めるな。可愛らしい顔がより可愛くなって、あぁ、ついつい接吻をしたくなる」
「お断りよ。その感じ、混じったのは随分と高位且つ魅了や洗脳に類する力を持つ魔物。接触自体が危険だって一目でわかる」
「梓・ライラック様。魔力反応からして──この方に、人間である要素はほぼ存在しません。魔力の色はほとんど魔物です。それでも、連れて行くのですか?」
「あァよ。ほとんど化け物だから、なんつって殺すンなら、俺ァシエナも殺してるよ。俺の判断基準ァそこじゃァねェ」
「そ、それは」
忘れそォになるが、シエナァガーゴイルだ。
マッドチビの作った精密機械が魔石燃料で動き、且つその精神体ァマッドチビから切り分けられたもの。それってな、ユアサジだの鎧武者だのと何ら変わらねェ化け物だろォよ。
だが、シエナも着物狐も襲っちゃこねェんでな。殺す必要もない。
「成程、何やらおかしな音と思っていたが、そちらの娘子は絡繰か。良い良い、吾は絡繰も愛そうぞ」
「結構です。……申し訳ありません、梓・ライラック様。私はこの方を信用することができません」
「それァ俺もしてねェんで大丈夫だ。信用してねェのを同じ船に乗せんのが抵抗あるってンなら、四六時中見張っといてくれや」
「わかりました。何か不審な行動があった場合、即刻拘束し、梓・ライラック様の元に突き出します」
「ククク、怖い怖い」
ちなみにそォいう態度なのは他4人も同じらしい。
まァこいつらァ襲われてるからな。
俺も一応襲われちゃいるんだが……なんつーンだろォな。
なんか、違う気がすンだよ。
コイツァさ。もっと、もっと──悲しい生き物、のような。
「話はまとまったみたいね。アンタが乗せたいというのなら、私はそれで構わないわ。ただし、ちゃんと世話はするのよ?」
「ペットみてェな言い方すンなよ」
「何言ってんのよ。ほぼ魔物だってシエナが言ったでしょ。じゃあペットじゃない」
「ククク、吾は梓の妻となるからの。世話をされよう、隅々まで」
「んじゃ、早く乗りなさい。鉱石も粗方集め終わったから、出発するわ。周囲に何か面倒なのがいっぱいいるみたいだし」
「あァ、忍者の奴らだな。まァ手ァ出してこねェだろ。さっさと出発しちまおう」
「……ではな、憎き忍びの者共。吾はこの地を離れるが故──あの子の事は任せたぞ」
ま、聞き逃しといてやる。
この地に纏ろう複雑な糸ってな、今は無視だ。始の点に関するあれこれに目途がついたら、もしかしたら戻ってくるかもしれねェってな頭にァ置いといて。
じゃァな、どっか懐かしい国。
さて──。
「ナリコさんの事は一旦置いておくにしても、梓さんには聞かなければならないことがありますの」
「そうだな。そろそろ、気になってきた」
「単に博識であるというわけでもないのだろう。梓、貴女は少し知りすぎている」
「私達アインハージャの言葉も含めて──あれ、何語?」
「ククク、文面でならともかく、式鬼の言葉を発音できる者がいるとは吾も思っていなかった。どこで習ったのだ、言っておくが吾にも無理ぞ?」
まァ、こーなるわけだ。
そろそろ無視もできなくなったと。まァそォだろォなァ。
「ん-。まァ俺にはいくつか隠し事があってよ。全部それに起因するンだ。……っつー説明じゃ、当然納得しねェよな」
「当たり前ですの」
「んじゃまァ、式鬼の言葉ってなから片付けるか。これァ単純に知ってたンだよ。知ってたっつーか喋ってたっつーか。国……あァ、ジパングじゃねェぞ、俺達の国だ。あっこってな、色んな国の人々が集まる。その中にいたってだけさ。式鬼の言葉を遊び半分に教えてくれる奴が」
「……本当にそんな言い訳で納得すると思っているのか?」
「クク、式鬼の言葉など、式鬼同士が意思の疎通や伝達に使うか、国外の者に知られたくない内容を文にして飛ばす時くらいにしか使わぬのだがな。吾も忍軍も、あるいは50年前に散り散りになった市井の民でさえも知らぬ言葉ぞ。それを遊び半分に教えるなど、酔狂も酔狂な話よ」
ふむ。
適当言い訳作戦失敗。
「マジな話をすると、元から知ってたンだよ。魔法少女になる前からな。単なる人間であった頃から、その言葉を知っていた。アインハージャの言葉っつってるのもそォさ。ありゃアインハージャだけの言葉じゃねェが、俺ァ元から知っていた」
「……魔法少女になる前、から? ……では梓さんは、ご自身が魔法少女になることを知っていましたの?」
「いんや? 知らなかったよ。知ってたらもちっと鍛えてたンじゃねェかな。素の身体能力が高ェ方が便利なンだし」
「ならば梓、貴女には私達アインハージャと同じく、過去の英雄たちの記憶があるのだろうか? 無論、私達でさえその全てを覚えているわけではないが、私達にはヴァルメージャとなれなかったアインハージャ達の記憶や経験が引き継がれている」
「ウィジ。珍しく的確な疑問」
あァ、まァほぼ正解だよな。
これァ頷くべきか。でもなァ、だとすると、って方の疑問が湧いてくるだろォし、非善に言うべき事じゃねェんだよなァ。
「ま、適当に考察してくれや。答えァやれねェからよ」
「……梓さん」
「ン?」
「貴女が様々な言語を知っている事は──貴女が私を恋愛対象に見ることができない、という理由と同一であると、そういうことですのよね?」
「まァ、そォだな」
「ならば重ねて問いますの。──貴女は、
……え。
あ、ん?
今なンでそこに行きついた?
「まぁ、そうなるな。お前は私達を子供や娘にしか見ることができないと言っていた。13歳であるお前が、だ。そこにそれほどまでに深い言語の知識を有しているとなれば──本来の年齢とにかなりの差があると考えるのも無理はない」
「正直に言えば、私達は梓さんがEDENに上がってからしか貴女のことを知りませんの。それまでは普通の中学生だったと貴女はよく仰っていますけれど、今の話を聞く限り、そうではない……梓さん。貴女はいったい何者ですの?」
……。
ん-。
そォいうのァ聞かないでいてくれると助かるンだがなァ。アレか、もう取り繕わない──とか、そォいう奴か。そォかそォか。
「言いたくねェ」
「……」
「……お前は」
言える事と言えない事。
別にさ、俺が43歳のおじさんだってなァ、特に隠すことでもねェんだよ。
俺が隠してンのァそっちじゃねェんだわ。
「話ァ終わりだ。……ちょいと俺ァ、湯浴みでもしてくる。すまねェな、空気悪くした。なんぞ談笑でもしといてくれ」
立ち上がって、部屋を出る。
LOGOSには風呂も用意されていて、その広さァエデンのそれにァ及ばないものの、結構デカい。
そこに向かう。追ってくる気配はない。
ま、ちょいとゆったり湯船に浸かって、俺も頭を冷やすとするかね。
カポーン──……みてェな音ァしない。まァ和風じゃねェからな。別にライオンの口からお湯が出ていたりもしない。
ただ広く、ただただ……なンだ、天才彫金師殿らしい煌びやかな造りの浴場。
さっきのァちょいと悪かった。
もう少し言い方あっただろォに、あンなんじゃァ誰もが気ィ悪くするに決まってる。
……じゃァどォすりゃよかったかって、どォしようもねーんだけどさ。
式鬼の言葉ってなァまァおじさんの方をバラしゃいい。だが、それをバラすにァ"どうして"と"どうやって"が発生する。だがそれァ言えねェ。少なくともアイツらじゃダメだ。
だが、このままだと……色んなコトがうまくいかねェってのもわかる。
「なァよ、俺ァ……どうするべきかね。最悪一人で──」
「クク、悩める女子、というのも乙よな。そして、豪華絢爛な湯場だ。これを一人で使うなど、少しばかり贅沢が過ぎようぞ」
「……着物狐。あァ、じゃァ俺ァ出るよ」
「まあ待て」
いつのまにか。
いつのまにか、俺ァ着物狐に座っていた。
!?
「ほれほれ、暴れるでない。何、此度はおかしなことをするつもりはないでの、大人しく吾に捕まるが良い」
「十分オカシイ事してるっつーの!」
「クク、こうでもしなければ話は出来なかろう? お主は吾の身体と向き合えぬだろうからな」
「ッ!」
向き合えねェのァ大正解だが、背中に密着ってのも、こう、色々と……!
「お主、心は
「……流石に気付くか」
「吾の接吻に逆らえる
「あァ、成程な」
そォいう自身の事情も知っててのアレなのか。
しかし、インキュバスね。男性の淫魔、あるいは夢魔。おじさんでも知ってる有名どころ。男性夢魔の血が入った女性故に、女性ァ逆らえねェで、男性にァ効かねェと。
「既に討滅された妖であるが、その血は確かに吾まで受け継がれてきた。吾がまほーしょうじょになったことで、もう薄れる事もなくなった。そして、受け継がれることもなくなった。吾が最後の夢魔になる、ということぞ」
「……それが、なンだ」
「辛かろう。自らに妖を持つ、というのは。吾であればわかる、と言っている」
……。
どこまでわかられてンのか知らねェが、あんまり踏み込まねェでくれねェかな。
揺らぎそうになる。
「クク、お主は吾に同情しているように感じたのでな。仕返しぞ」
「──お前ァ、アレか。誘われねェと外に出られない。そォいう条件付きの化け物か」
「ショウモンの言葉を聞き逃さなかったのだな。そうだ。吾は長く──とても永く、あそこにいた。クク、忍軍や姫の話は嘘ではないが、まほーしょうじょになる以前から吾の時間は止まっていたのだ。忍軍の混ぜた毒は、効かなかった、が正しいだろう」
「はン、まァ化け物に人間用の毒が効くわけねェからな」
背中とか後頭部に当たる諸々ァ無視して、ちょいと──悲しい気持ちになる。
あんまり化け物に同情ァしたかねェ。ンな余裕ァ無ェからよ。でも、それは。
「あの絡繰娘の言う通り、吾はその大半を妖としている。妖の混じるヒトではなく、ヒトの混じる妖と言った方が正確ぞ。故に吾は──吾の辿るべき道というものを知っている。まほーしょうじょとならなければ辿っていたであろう道を知っている」
「それ、俺に語っていいのかよ。化け物の共通意識だろ。その──悲願ってなよ」
「吾はまほーしょうじょになったのだ。クク、妖の大意など、吾の知った事ではない」
化け物の総意。
光眼鏡に入った精神体や、迷宮での天使、ベルウェーク。
高位の化け物達ァみんなそれを目指してた。ルルゥ・ガルがどォかは知らねェが、あの口ぶりじゃ知ってァいるンだろう。
そして、着物狐も。
「妖は、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し──廻り続ける事で"外"に近づき、成道することを望んでいる。高位となることでさえ繰り返しの一部に過ぎん。吾もまた同じ──妖とは、生まれたその時点で死ぬ定めにある。クク、あの絡繰娘や吾と出会わなければ、お主にそのような顔をさせることも無かったのだろうがな。妖とは、それほどに悲しき生き物だ」
嫌になる。
俺だけじゃねェんだよ。色々抱えてンのァ。
んでもって、ソテイラの言う通り。
「お主も同じだな?」
「……俺ァ妖でも化け物でもねェよ」
「そうではない。
「そこまでわかってンなら、なンで妻になるとか言ったンだよ」
「クク、それは容姿が好みであったからに過ぎぬ」
「そォかい」
ほぼ、正解だ。
俺ァ……ちょいと、色々混じってる。
前世がどォのじゃねェ。43歳のおじさんなんざどーだっていい。価値観や倫理観で悩む事ァあれど、俺の役割ってなソコじゃねェ。
何事もなく魔力殺して世界も殺せるンならそれでいい。
けど、それができなかったら。
もし──魔力ってのを、世界から無くせなかったら。
俺は。
「……話し過ぎたな。そろそろ離してくれ、逆上せちまうよ」
「クク、語ったのは吾ばかりで、お主はほとんど話していないだろうに。……お主のそれは、誰にも相談のできぬ類だろう。頼り得る者もいない。打ち明かし得る者もいない。ククク、
「つっても連れてきたの俺だしなァ。……俺ァ口止めァしねェよ、着物狐。言いたいなら言ってくれていい」
「何故吾が妻の秘密を他人に明かさねばならぬ」
「そォかい。そりゃ、なんともできた妻な事で」
案外すんなり解放してくれたンで、湯船から上がる。
そうだよ。俺が連れてきたんだ。俺が行きたいって言ったンだ。
だってのに、話せねェってのァ不義理が過ぎる。
何をすりゃ、いいかな。
何をすれば……俺ァアイツらに、義理を果たせる?
「つらくなったら、いつでも甘えてくると良いぞ。吾はいつでも歓迎するでな」
「つらいのァいつでもなンで、遠慮しとくよ。アンタはヒノモトの外を見て、十分に楽しんでくれ」
「クク、そうさせもらおうぞ」
俺ァ、アイツらに何をしてやれるンだろォなァ。
結局、上手いこと話のできねェまま、一週間くらいが過ぎた。
いやもっとかな。10日くらいか?
道場じゃ俺抜きでみんなが修練してるし、シエナァ相変わらず着物狐を警戒しているし、マッドチビ先生ァ手頃な山をゴリっと持って行っているし。
時折起きる化け物との戦闘も、俺の出る幕はない。
みんなどんどん強くなっていって、俺の指示なんざ必要無ェんだ。魔法の使い方も、その応用方法も。俺に聞くことなく、自分達で話し合ってどんどん高めていく。
マッドチビ先生と着物狐ァ戦闘に参加しないンで艦内にいるけど、やっぱり話すことァあんまりない。精々着物狐がちょっかいかけてくるくらいだ。
……あー。
仲直り、になるのかね、これは。
それァどーしたらいいンだろうか。全てを話す事ができねェとして、んじゃ何をすりゃ仲直りになるンだ。
「……大陸が終わったわね。ここからは海路。だから、ミストベイルみたいなのが沢山出ると思いなさい」
「おゥ、心して──」
「問題ありませんの。私達5人に倒せぬ敵などいませんのよ」
「そうだな。この10日間で、連携力も上がった」
「私達は同じヴァルメージャでもこれほど差があるのかと打ちひしがれているが……」
「ウィジ。フェリカは特別。だけど私達もそこまでいけるはず」
「ええ、共に頑張りましょう!」
「魔力感知は任せてください。といっても、フェリカ・アールレイデ様だけは何も言わずとも魔力の気配がわかっているようですが……」
「訓練しましたので。……そこなナリコさんと共に」
「クク、少しばかり手解きをしたまでぞ。吾の気配を察する術……役に立ったであろう?」
「ええ。毎度毎度のおかしな悪戯がなければ、もっと良かったですわ」
……。
あー。
俺いらねェな、これ。
「始の点に近づけば近づく程、魔物も強力になるはずよ。だから、心してかかること」
「はいですの」
「それと──」
ブリッジを出る。
いんやさ、やる気ねェってワケじゃねェんだけどさ。
疎外感すげーわ。ま、俺の態度ってなも、お嬢達に同様の疎外感与えてンだろォからお互い様なンだろォけど。
……あくまで俺の仕事ってな、始の点で魔力を殺す事だけだ。
道中の戦闘に俺がいらねェってンなら、まァ、そォいうことでいいさな。この10日間だってそォだったンだ、今更だ、今更。
どっちみちミストベイルみてェなのにァ有効打無ェしな。
できる事なくて、やること無いなら……寝てるかね。
寝て。
──"
「
──"
「
──俺は、LOGOS内部から消え去った。
「──梓さんが、いない?」
「ええ、LOGOS艦内のどこにもね」
「まさか、海に……?」
「アンタ達が戦闘に出た後から、一度たりとも扉は開けていないわ」
梓が消えた。
出口の無いこの銀の竜から、どこへ消えるというのか。
「シエナ、反応は?」
「ありません。……梓・ライラック様の魔力反応は周辺海域、空域共に……存在しません」
「クク、しかし、奴の部屋にはこんなものが落ちていたぞ。覚えがあるのではないか?」
ジパングという国で同行者となった、面を付けた女性、ナリコ。
初めの印象が印象なだけに要警戒対象だが、同時に頼れる戦力であることもわかっている。
そんな彼女が持ち出してきたのは、梓のつけていた紋章だった。
「それは……」
「梓の、確かレーテーという名の魔道具だったか。知人に貰ったと言っていたが……」
「それが落ちているということは、少なくとも梓は自らの意思で何処かへ行ったわけではない、ということだな?」
「ウィジ。最近冴えてる。梓は誰もが見ていない瞬間に連れ去られたと予想できる」
うむ。
私の学力も上がってきたということだろう。
「連れ去られたのだとしたら、どこに? 誰に?」
「わからないが、ディミトラを出し抜けるとあれば相当な使い手だろう」
「……EDENに戻るべき、ですの? 何をするにも、こんな海の真ん中では……」
最近、少しばかり皆の士気に陰りがあった。
原因ははっきりしている。梓の言いたくないだろうことを、寄って集って問い詰めたがためだ。そのせいで双方共に話しかけ難くなって、気付けばいなくなっていた、と。
ふむふむ。
「もしくは家出、という可能性はないだろうか。恐らく梓にとって、ここ最近のLOGOSの居心地はあまり良い物ではなかっただろうから」
「ウィジ。流石に梓を馬鹿にしすぎ。子供じゃない」
「それに、家出のようなことになりますと、先ほどご自身で仰った推理を打ち消すことになりますのよ」
「そうだな。……む、そうか。ならば違うな。梓の紋章が落ちている時点で、家出ではないか」
「そもそもどうやって出て行くのよ。私はLOGOSを開けてないって言ってるでしょ」
うーむ。
困った。
この旅は梓発案のもの。私達アインハージャもこの世界から魔力を消す、という案には賛成しているが故にこうしてついてきているが、梓がいないのであれば、EDENに戻って学園生活なるものを送るのも良いと思っている。実際に新鮮で楽しさがあったからな。
どの道あと7度の生だ。謳歌し得るのなら、してみたい。
「クク、困っているようだから、吾が提言をしてやろうか?」
「ダメです! 皆さん、この方の話はアテにしてはいけません!」
「だが、手掛かりが無いのも事実だ。何を言うつもりなのかは知らないが、言うだけ言わせてみるのは有りだと思うぞ、シエナ」
「で、ですが……」
シエナは随分とナリコを嫌っているように思う。
確かにどちらからも魔獣に似た気配がするものの、ベルウェークや奴の手共のような悪意ある存在ではない。魅了を受けた事は結局の所私達の力量不足であり、実際梓は弾いていた。あの時試されたのではないかと思っている。
「聞くかどうかは別として、言ってみなさい」
「ククク、何、簡単なことぞ。ヒノモトの妖術には物品からその所有者を呪うものがある。吾がこれより梓に呪いをかけ──その魔力を絡繰娘が追えば良い」
「呪い……そういえば、梓には他人を名で呼ぶことのできない呪いが既にかけられているのだったか」
「あぁそれあの時ローグンが咄嗟についた嘘よ。そんなものないわ」
「ウィジ。純粋過ぎ」
「む」
リジはわかっていたのか……。
「あまり良い印象を受けませんわね。それ、梓さんに何か被害があるのでは?」
「無論、呪いだからな。だが、吾を好きになる、程度の軽い呪いであれば──」
「絶対ダメですの」
「ククク、案ずるな。どの道弾かれる。お主らと違って、梓は難攻不落の城故な」
確かに、あの魅了に耐え得るなど、正直に言えば考えられない。
梓は精神力も少ないはずなのに、どのようにして抵抗したのだろうか。うむ、思い出すだけで脳が蕩けそうになるな。
「シエナ、納得できる?」
「う……」
「そもそも何故そんなにもナリコを嫌っているんだ? 私もあまり好ましいとは思っていないが、そこまでではないと思うのだが……」
「き、嫌っているわけではないのです。ただ、この方は非常に危険で……私が今まで見てきた魔物の中でも、特に危険な反応を示しています。その魔法だけでなく、どこか──もっと高位な魔物。心を操り得るのは、オリジンの中でも特に世界に近いため、警戒しない理由がありません」
「……シエナ、アンタのそれ、あっちの私に植え付けられた知識ね。なら、この私が宣言するわ。そいつは別に警戒しなくても良いから、今は梓に専念なさい」
世界に近いと危険。
なるほど、それはその通りだ。ベルウェークもそうだが、アインハージャとて世界に近づきすぎると危険個体になる。ヴァルメージャになることとは違う、魔に堕ちたアインハージャ。魔獣、あるいは魔物とは、世界に近いが故にヒトを襲い、人間を消し去ろうとするのだから。
そういう意味では、アインハージャの言葉を多く使い得る梓も危険域ではあるのだろうな。
いつ人間の敵になってもおかしくない存在だ。
「クク、賛意は得られたと見てもよいか?」
「ええ。やって」
「……魔力反応検知開始します」
さて、とにかく捜索開始だ。
まったく……私は今でも家出説を推しているぞ、梓。
貴女は誰かに連れ去られるくらいなら、もっと痕跡を残すはずだからな。