ナリコが一匹の魔獣を出す。
犬、という生物に似た外見のそれは、けれど掌に乗る程小さい。ナリコはその魔獣の身体に、どこからか取り出した絵筆で、黒い文字を書いていく。
読むことの適わない、単なる文様にしか見えないソレ。
しかしそれを描かれた魔獣は途端に活力を失い、焼け焦げるようにして塵と消えて行く。
「魔力反応……西方へ向かいました。さらに、高度上昇中……」
「高度上昇? これ以上はLOGOSで飛ぶにはキツいわね」
「何故ですの?」
「内圧を調整する機能をつけてないのよ。LOGOSで行くくらいなら、ここにLOGOSを停泊させて、プテラゴイルで向かった方が良いわね」
「ならば、向かうとしよう。ディミトラはここでLOGOSの管理を。私とリジ、シエナは確定として……」
「無論、私も行きますわ」
「私もだ」
「ちょっと、LOGOSを守る戦力は残しておきなさいよ。私だってその辺の魔物に負ける気はないけれど、この巨体は時に仇となる。ベイル種やホーク種に囲まれたら面倒だもの」
「なら、私が残る。ウィジ、1人で平気?」
「リジ、先の言葉を返すが、私は子供ではない。問題ない」
まったく……。
元になったアインハージャが姉妹で、リジの方が姉、私の方が妹だったからといって、あまり姉ぶられても困るというのに。私とリジに血の繋がりはないのだから。
もっとも血の繋がりはおろか私達アインハージャは双方共に天涯孤独なのだが。誰から生まれたというわけでもないが故な。
「クク、吾は行くぞ。問題は無かろう?」
「ええ、リジがいれば十分よ。ただ、もしもの場合はLOGOSを動かすから、そのつもりで」
「何かあった場合、ここへ帰ってきても意味は無い可能性がある、ということか」
「できるだけ元の場所に戻る努力はするけれど、ま、もしもの場合よ」
そういう事を言う時に限ってもしもの場合が起きる。
アインハージャの諺にもある。
「では、行ってきますの」
「いってらっしゃい。ああ、プテラゴイルは余分にもう一匹連れて行く事。あの子を乗せて帰る用にね」
「主ではない主ディミトラ、私にも貸していただけますか?」
「アンタは飛べるじゃない。……燃料を使いたくない、ってこと?」
「はい。もしもを考えるのならば、出来得る限りの燃料は残しておきたいです」
「はいはい、わかったわ。じゃ、一応1人1匹、それぞれのいう事聞くようにしておいたから……行ってきなさい」
初めは驚いた、今では頼りになるプテラゴイルという魔獣に乗る。
ディミトラの制御下にあるこの魔獣は、私達の足場になるだけでなく、敵の飛び道具の盾になったり、なんでもなく突っ込んでいったりと様々ができる。
それに加え、ナリコもそういったものを扱う。事実今ナリコが乗っているのはプテラゴイルではなく紙でできた鳥だ。ただ、これはプテラゴイルほど自由に扱えるわけではないらしく、都度都度先程のような文様を書き込んでいる。
やはりディミトラはヴァルメージャの中でも優れている、というコトだろう。
うむ。
「では行かん──雲の上へ!」
「ここにリジさんがいたら、"ウィジ、なんで貴女が仕切っているの"、というと思いますわ」
「む、リジの事をよくわかっているな」
私もそう思う。
「ククク……なぁ、フェリカ。お主、どうしてそうも焦っていない?」
「……なんですの、急に」
「何、お主にとって梓は意中の相手であろう? 吾に取られると思うた時にはあれほど反応を見せていたのに、どうだ。梓が連れ去られた事はお主にとってあまり重要な事実ではないのか?」
それは確かに。
私も思っていた。フェリカやミサキはもっと焦るべきだろう。私やリジにとっての梓は一人でもそこまで問題は無いだろうという確信めいたものがあるが、彼女らは違う。
何より愛しているのだと知っている。私自身に恋愛の理解はないが、過去のアインハージャにはそういう感情を持つ者もいた。
だから、わかる。
大切なヒトが連れ去られたのならば、もっと焦り、焦燥し、慌てふためくはずだ、と。
けれど、フェリカはそれをしていない。
何故だろうか?
「……別に。梓さんは、本当に──心の底から、私に興味が無いようですし。私のことなど、欠片も信頼していないとわかってしまいましたの。言いたくない、言えない。そして、聞かれたくない、というあの顔。面倒にすら思っていたように見えましたわ。……私の好きな梓さんは、もっと格好良くて、とても優しい方で……。なんだか今の梓さんは、どこか遠くに行ってしまったように思いますの。だから……」
「──クク、だから一度孤独を味合わせ、己らの大切さやありがたみを知ってもらおう、と画策したのか?」
「言い方が悪いですの。……ただ、一人でかかえこんでいらっしゃるようでしたので……」
「良い良い、わかったわかった。それで、それが今焦っていない理由とどんな関係がある?」
雲の上。
プテラゴイルに乗って突き出たそこは、一面の白。これは中々素晴らしい光景だな。うむ。
魔獣がいなければ、だが。
「魔力反応、まだ上です……」
「これ以上は、魔法少女の身体でもキツイな。しかし、何故そのような所に梓が……」
シエナとミサキ、フェリカとナリコが話をしているので、ここは邪魔をしないようささっと片付けておくのができる女、ではないだろうか。ふふん。【喧槍】を準備し、掌を魔獣に向けて──射出。
見事我が槍は魔獣を貫き、雲の中へと落とす。
……最近はあまり梓と共に戦っていないが故に、「ナイスだ青バンダナ!」とか「いいぞ!」とか、ああいう鼓舞を懐かしく思ってしまう。彼女の声は、アインハージャの言葉を使わずともやる気が出るのだ。単純に褒められて嬉しいというのもあるが。
しかし、どこにでもいるものだな、魔獣というのは。
こんな淀みのない場所にまで出てくるとなると、相当高位のものだろう。まぁ私の槍で一撃だったが。
「……梓さんの目的は、始の点の攻略、及び魔力を殺す事。……けれど、それをしたら……私達魔法少女はもう二度と蘇る事が出来なくなりますの。確かに魔物はいなくなるのかもしれませんが、そうなった世界で……私達に居場所はありますの?」
「クク、だから梓を始の点に進めさせたくない。もし──ここで死んでくれるのであれば、怪我も治って万々歳──か?」
「そ──んな、こと、は」
確かに、聞けばEDENの魔法少女は回数制限無しで蘇生が可能だという。
アインハージャのそれとは違う。故に魔法少女は怪我を負えば死んで復活し、その時には五体満足と……まぁ我らアインハージャもそういう手法を取る事もあるが、それよりも軽い。あの義手も火傷も梓の戦勲だ。魔獣との戦いの末に死ぬ、のではなく、あれを治療するために死ぬ、というのは、些か……どうなのだ、と思わないでもない。
ただまぁ、梓自身はそもそも死にたがっていないからな。私は梓の気持ちを優先したいところだ。
「何もそう狼狽えずとも良かろうぞ。好きな相手には元気でいて欲しい。好きな相手には綺麗なままでいてほしい。怪我をしてほしくない。苦しんで欲しくない──それは梓自身が口にしている事。だがあ奴は事あるごとに前にでて、勝手にいなくなって、その度に傷付いて……それを治そうともしない。お主としては、さぞかし辛かろう? あ奴はそれをお主らに求めるというのに、あ奴は自らを除外する。横暴で、身勝手で、──臆病で、非効率的で、更には恋敵をわざわざ増やす……。そんなことをされるとは思っていなかったし、そんなことをしてくるのならこっちにだって考えがある……そんなところかえ?」
「ま、まるで見てきたような口ぶりですのね」
「クク、吾と接吻を交わしただろう? その時に流れ込んできたぞ、お主の感情が」
「……やはりシエナさんの言う通り、危険な方、ですのね」
「だが、否定はしない、と」
「──……」
もう1体、空を飛ぶ魔獣を発見した。少しばかり遠いな。普段の【喧槍】では飛距離が足りないかもしれない。ならば細く、軽くし、しかし丈夫にして──撃つ。
く、1本では足りないか。ならば2本、3本と……よし、落ちたな。ああいうのは両翼のどちらかさえ奪ってしまえば飛べなくなるのだ。梓から学んだ事だ。大きな丘には飛ぶ魔獣などいないのでな。
「そう、ですわね。否定は、しませんの。だって……ずるいじゃありませんか。私達だけ傷付いてはダメで、死んではダメで、梓さんだけは良くて……さらには、私達の生きる理由も、戦う理由も、居場所も、何もかもを奪おうとしていて。それに協力してくれ、何も話せないけど、などと……到底、納得はできませんわ」
「クク、クククッ、良い良い。──なら、どうだ。諦めてみる、というのは」
「……」
「そうであろう? お主に欠片も靡かず、隠し事ばかりで、奪うばかりで、要求するばかりで──何も返さない。お主があ奴を好きになった理由までは見えなんだが、別に好き続けなければならぬ、ということはないだろう? あぁ、吾があ奴を好むのは、単純に容姿と、加えて最近は性格ぞな。クク、故に何を求められようと、靡かなかろうと、何を隠していようとどうでもよい。なぁフェリカ。お主が梓を好む理由は、吾に勝るものか?」
難しい話をしている、というのだけはわかった。
別に好きなら好きでいいし、好きじゃなくなったら好きじゃなくなったで良いと思うのだが、違うのだろうか。
……こういう短絡的な考えを口に出す時、常であればリジが正してくれるのだが、今はいないので言葉にしない事にする。私が間違っている場合の方が多いからな。私は学ぶのだ。
「これ以上は高度を上げられないな……やはり一旦戻るべきだ」
「いえ──あそこです。あの──亀裂」
「亀裂?」
上を見上げる。
シエナが指差すそこ。
そこに、確かに亀裂があった。
空間だ。空だ。
何も無い空に──けれど亀裂があって、そこから光が漏れ出でている。
「ギリギリだが、あそこまでなら飛べるな」
「ククク、良い所であったが、目的地が見えたようだ。話は後ぞ、フェリカ」
「……はい、ですの」
翡翠が如き光。
裏面からは何も漏れていない、どころか見えすらしないのに、こちらから見ると亀裂になっている。
なんだ、これは。
「突入いたしますか?」
「する以外の選択肢はないだろう。いくぞ!」
「む。ナリコ、フェリカ。行くぞ?」
「ええ──行きましょう」
「クク……」
今の笑いは何なのか。
わからないが──いやもう色々わからないが──とりあえず私達は、プテラゴイルごとその亀裂に突っ込んだのだった。
「こ──こ、は?」
「夜……?」
今の今まで、確かに昼だった。快晴も快晴だったはずだ。
けれどそこは──真夜中。
真夜中の、花畑、だろうか。遠くには街のようなものも見える。見えるが、その上空に浮遊島は無い。
「黒い月……」
「クク、朔か。良い良い、風情のある場所だ。百合に菫、丁香花……良い場所だ。酒の一献でもやりたくなる」
「う……大気中の魔力密度が高すぎて、検知不可です……」
「逢丹異弩喪上巴環」
「どうした、ウィジ?」
槍の生成ができない。だから、戦いの詩だけを唱える。
ここでは御業は使えないと分かった。出来得ることなら、その辺りから枝の一つでも拾ってきたい所だが、贅沢は言えない。無手でも十二分に戦えるとわからせてやろう。
「ククッ、どうやら景色に酔っている暇はないらしい。……囲まれているぞ?」
「神速──……え、あれ」
「フェリカ。ここでは魔法は使えないようだ。私の【喧槍】も、先ほどから反応が無い。ただ、身体強化はできるようだから、それで対応するといいぞ」
「波動! ……事実のようだな」
私達を囲っているのは──先ほどナリコの手でも見た、犬。ただ首が三つあって、周囲に火を躍らせていて、どことなくおどろおどろしい犬だ。
数は20。私達は5人。プテラゴイルは……む、溶けてしまっているな。魔法が使えないからか?
「……申し訳、ありません。身体が……思うように動きません。何か、阻害が……」
「クククッ、お主は帰るといい。ここの空気は、吾や主にとっては毒故な」
言って、シエナの身体を掴み──ぽい、と。
ナリコは、先程私達が入って来た亀裂へ彼女を捨ててしまった。
……大丈夫か?
「毒、ですの?」
「ああ、どうやらここは、廻るモノの一切を許さぬらしいな。吾は続くモノでもあるが故に問題は無いが、シエナは廻るモノ。ここに長時間いては、分解されてしまうだろう」
「廻るモノ? 続くモノ? 分解?」
「良い良い。じっくり考えるが良い。──考えている暇は、無いようだが」
音もなく飛び掛かってきた犬の顎に拳を入れる。3つ首だ、深く殴り込めば他の首に噛みつかれかねない。即座に身を戻し、後ろ回し蹴り。今まさに私の腕に噛みつかんとしていた2つの首を、横合いから蹴り飛ばす。
妙な感触だ。
柔らかすぎる。これは……腐肉?
「なんだこのドッグ種は……」
「わかりませんけどっ、これ──私の感覚が間違っていなければッ!」
籠手で殴る。剣で切り裂く。
紙で焼く。
「む、ナリコは魔法が使えるのか?」
「クク、吾のこれは魔法ではないのでな。式鬼の作成も、短時間ならば可能だ。もっとも、永続とは行かぬようだが」
「魔法ではないものがあるのか」
「ああ、しかし、吾のことより気になることがあるのではないか?」
「うむ。──この魔獣、死なんな」
先程入れた拳も蹴りも、ミサキの打撃、フェリカの斬撃、ナリコの火焔。
どれもこれもが魔獣を死に至らしめるに足るものであったはずだ。だが、事実。この魔獣は死なない。顎を外されようと、目玉がどろりと落ちようと、首のほとんどが千切れようと……死んでいない。
「アインハージャの諺にこんなものがある。
「それ! 梓さんじゃなければ聞き取れないですの!」
「ああそうだった。まぁ意味は簡単だ。逃げた方が良い」
「賛ッ、成だ!」
「クククッ、吾が橋を作ろう。一瞬しか保たぬ故、走り抜けるがよい」
言うが早いか、ナリコの手から幾枚もの紙が放たれる。それは彼女の足元に集い、そこから放物線を描いて繋がっていく。
橋、だ。あるいは道か。
「行くぞ!」
「こ、これ、ちゃんとした強度がありますわ!?」
「魔法ではないのか……」
「ククク、まぁまぁ、さっさと逃げるが良い。そう長くは保たぬと言ったぞ?」
ちなみに先程言いかけた諺は
後ろからどんどん散り散りになっていく紙の橋を渡り切り、腐肉の魔獣から逃げた先。
そこは、先ほどは遠くに見えていた街だった。
「……人はいる、が」
「誰も彼も、先程のドッグ種と同じ、ですのね」
今はその街の家々の屋根に身を隠している。
フェリカの言う通り、街並みにはちらりほらりと人影が見える──が、どれもこれもが虚ろな顔で、目玉の無い者、頬の裂けた者、腕や足の無い者と、非常に痛ましい光景だ。
顔色からして明らかに生気が無いのも気になる。魔力が大気中に在る故気配を辿るのが難しいのだが、これは。
「死んでいないか、あれは」
「クク。そうだな。どうやらここは、死者の街──否、死者の世界らしい」
死者の世界。
そんなものがあるのか。
蘇生を使いきり、蘇る事のできなくなったアインハージャは、次なるアインハージャのための世界に眠る。私達アインハージャは死なない、と言えるだろう。いや、私達は死ぬが、アインハージャは死なないのだ。故に死後の世界など無い。
ましてや死者が闊歩する世界など。
「……梓さんは、死んでしまった、ということですの?」
「クク、なんだ、お主はそれが目的ではなかったのか?」
「い、いえ、死んでほしいとまでは……その」
「だが、ナリコの呪いがここに繋がっていて、あの亀裂の先がここであったというのなら、やはり梓はここにいるはずだ。死しているにせよ死していないにせよ、ここにいることは確実。であれば探すべきではないだろうか?」
「そう、だな。それに、死んだとして、何故このような場所に留まっているのかもわからない。私達魔法少女は死せば蘇生槽に行くはずだ」
蘇生槽。たびたび出てくる言葉だが、実物を見た事は無い。
私達アインハージャはその場で復活するからな。
「あるいは無意識下……つまり、蘇生にかかる復活時間の15分から20分ほどの間において、誰もがこの場所を通過していると考える事もできる。覚えていないだけで、すべての魔法少女はここを通っているかもしれない。その上で梓がここに留まっているのは、ここで拘束されているから……とか、どうだろうか」
「うむ。私に縋られてもわからぬ。ナリコ、貴女はどうか?」
「ククク、長くをヒノモトで過ごした吾に外界の事情がわかると? だが、そうさな。もしそうであった場合、梓がどこにいるかを考える事はできる。この街で、一番高い所か、一番低い所。そこにいるのではないか?」
「何故そう思うんですの?」
「ククク、吾ならばそうする、というだけだ。隠すなら地下に、監視するなら上に。たとえばあすこ……大きな円盤のついた塔。あれなど、怪しくはないか?」
「時計塔か。成程、まあどの道情報は無いんだ、探して回るしかないだろう。ただし、気付かれないようにな」
「ム? 気付かれないように、とは、誰にだ?」
「ウィジ、お前はリジがいなければそこまで頭を回せないのか? 当然、街の住民に決まっているだろう」
「あまり馬鹿にするな、ミサキ。それを言うなら、街の住民はとっくに私達に気付いているぞ。ほら」
大きく手を振る。
すると、手を振り返してくれる住民。脇腹に大穴が開いていて骨や内臓が見えてしまっているが、うむ、挨拶のできる者は良いな。
「クククッ!」
「ばっ、お前!」
「──集まってきましたの!!」
成程確かにわらわらと集ってくる住民たち。
だが、あのような手足では屋根にまで登れないだろう。むぅ、手を振り返してくれたあたり、悪い者達では無さそうなのだが。
「そうだな、ウィジ。とりあえず意思の疎通はできる様子だ。クク、吾は式鬼を作り、言葉を発してみる。そちらはアインハージャの言葉とやらで会話を試みるが良い」
「ム……諺や戦いの詩はわかるが、アインハージャの言葉の全てがわかるわけではないのだ」
「クククッ、それは吾も同じぞ。式鬼同士が使う言葉は、吾の命令を受けて式鬼が話しているに過ぎぬ。が、やらぬよりやった方がマシであろう?」
「ふむ」
……むう。
もう少し自分達の文化について勉強しておくべきだった。
あるいは梓に習うなどしておけば、こういう時に役立ったのだが……。むむう。
「
「……」
「……」
……ううむ。
これくらいしかできないぞ、私は。リジならもう少し話せるんだが……。
打ちひしがれる私の横で、ナリコがあの時にも見せた……あー、バード種、だったか。その魔獣を創り出す。作りだされた魔獣は口を開き──。
奇妙な唸り声を上げた。
……むむぅ。やはりわからぬ。言語である事はかろうじてわかるが、一切わからん。
「……」
「……」
そしてどちらも反応が無いと来た。
ふむ、この者達、もしや喋ることが出来ぬのではないか?
「問うが! お前達は、声を発する事ができないのか? できないのであれば頷いてくれ! 頷けぬものは身体の一部を掲げてくれ!」
「おい、叫ぶな、更に寄って──」
反応は顕著だった。
ふふん、どうだ。たまには私の頭脳も役に立つだろう。
「クク、どうやら公用語で通じるらしいな。そして、明確な意思もある。これならば梓を見つけるのも容易かろう」
「そ、そうですわね。……どうにも、受け付け難い容姿ですけれど」
「痛々しいな。治してやることはできないのか?」
「魔法少女は死なば治るだろうが、普通は死んだらそのままだぞ、フェリカ、ミサキ。当然傷もそう簡単に治りはしない」
「それは、そう、ですけれど」
治す、など。
そう簡単に口にしてくれるな。ウォムルガ族の村にも薬学に長けた者はいたが、失った傷までもを治すことはできなかった。
それが生きる事だ、とも言っていたな。無論、私達にではないが。
「私達は銀の髪を持ち、右腕の無い、大きな火傷を負った少女を探している! 心当たりはないだろうか!」
「……」
「……」
これまた、反応は素晴らしかった。
腕のある者。中でも指を持ち、腕を上げる程の筋肉を残す者達が、一斉に指を差すのだ。
先程話していた円盤の塔。時計塔、という所を。
「感謝する!」
「……」
「……」
うむ。やはり何事も試してみるものだな。
そして、見た目に騙されてはいけない、とも。確かに少しばかり魔獣らしい容姿だが、話して見ればこうも──む?
「その動作は……ふむ。ふむふむ」
「ウィジさん、言葉が分かりますの?」
「いや、わからない。わからないが──逃げろ、と。そう言っているような気がする」
「逃げろ? 何故だ。いや、何から?」
ふむふむ。あっち?
あちら──おお、なるほど。
「クク、先程の腐肉が番犬ぞ。さぁさ、吾の橋を渡れ。追いつかれる前に、あの塔にまで行くとしよう」
「情報提供感謝する! そして、お前達にとってあの黒犬が害であるのなら、私は戦おうと思う! どうだ!?」
全力で首を振ったり手を振ったりと、「違う」という動作をしてくる住民たち。
なんだかかわいく思えてきたな。
とにかく、ここの住民にとってあの魔獣は害ではないらしい。
ならば逃げるだけで良いな。
「行くぞ、皆の者!」
「わ、わかりましたの!」
「……案外戦士を導く才覚があるんじゃないか、ウィジ」
「む? だが、梓のように小難しい事を考えるのは苦手だ」
「良い良い、今はそんな問答をしている暇はない──渡れ、吾の力も弱まってきている。先ほどより崩れるのは速いと思え」
ナリコの言葉に。
私達は、全力で紙の橋を走り出した。