遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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52.実酸扉栖端出印倶.

「さっきから彷徨ってるよォに思うンだが、どうだいね?」

「否。もうずっとこの迷宮にいるから、庭のようなもの」

「もうずっとこの迷宮で彷徨ってるってな事とどォ違うンだ?」

「……屁理屈は嫌い」

 

 迷ってンじゃねーか。

 やべーな、終の因にァ地図があったからいーけど、これ真面目にマッピングしねェと永遠に彷徨いそォだ。なんせ、壁が続いてねェってーの? 孤立した壁があるから有名な左手の法則あるいは右手の法則が使えない。化け物ァいるが紺碧ベルトがなんだかんだ強い。精神体みてェなのァ化け物にァみえねェのか、遅い奴でも流体の奴でも簡単に刺さる。刺さって死んでいく。

 何の魔法だかしらねェが、こえーこえー魔法だよ。

 

「しゃーねェな、紺碧ベルト。紙と筆かなんか持ってねェか?」

「使用用途は?」

「地図作ンだよ。亜空間ポケットになんぞ入ってねェのか?」

「画材ならある」

「へェ? 絵でも描くのか、普段」

「うん」

 

 そう言って亜空間ポケットを開き、紺碧ベルトァスケッチブックみてェな紙束を取り出す。

 そうして表紙を開き──。

 

「……なァ、紺碧ベルト」

「言わなくていい。どうやら私が記憶を奪われているのは本当らしい」

「だな」

 

 そこに、地図が描いてあった。

 

えはか彼

 

 街の賑わいが近づいてくる。

 ブゥリ曰くあの休憩ポイントの奥に魔法少女はいないとのことで、出口側に突き進んだ結果だ。いんやさ、ずっと彷徨ってたのがなンだってくらい一瞬で行けた。

 つってもまァこの輝きの園も迷宮の一部。だってのに化け物が襲ってこねェのァ違和感バリバリなンだが、まァ俺がピリついても意味ァ無い。

 

 さて、人捜しと……。

 

「あ、梓・ライラック様! 良かったです、見つかって」

「おォ、シエナ。あ、もしかして全部杞憂で俺だけ迷子か?」

「いえ、恐らく考えている事は全て正解かと。ハイドレート様、私の事を覚えていますか?」

「……? ガーゴイル?」

「忘れているようですね……」

「おォシエナ。だいたい何があったかはわかるンだが、詳しく教えてくれ」

 

 状況ァ把握してくれてるよォで何よりだ。

 シエナの記憶ってな記録に近いから、魔法じゃ奪えなかったとかその辺りかね?

 

「突然、モーゲン・真凛様がその場にいた皆さまに魔法を使用、直後戦闘が起きかけたのですが、ナリコ様が全員を式鬼で散り散りに飛ばすことで回避に成功。ナリコ様はなんらかの手法で記憶を取り戻し、現在モーゲン・真凛様を追跡中です」

「へェ」

「どうぞ、こちらです。ついてきてください!」

「【即死】」

「!?」

 

 いんやさ、こォいうのって引っ張るのもアリかと思ったンだが、俺ァ仲間に扮されるってのがどォにも来るみてェでよ。ましてやシエナに入り込みやがって。

 

「な──に、を」

「馬鹿が。コト命の気配で俺に挑むたァアホが過ぎる。つか着物狐を様付けできる程割り切れねェだろシエナァよ」

「仲間じゃないの?」

「仲間のフリした化け物だァよ」

「そんなことより、今の魔法」

 

 シエナの精神体ってなマッドチビの切り分けなンだよ。だからヒトっぽいンだ。まァぽいだけでヒトじゃねェっぽいンだが、こんな化け物のそれたァ違う。

 あァよ、俺の感覚ってなも段々と研ぎ澄まされてきたみてェでな、わかるンだ。命か、精神体か。なんだ、魂のカタチ、みてェなのがよ。熱源センサーみてェな感じ。

 ぼやーっとだけどな。

 

 はは。

 ははは。

 

 あァ? なンだ、こんだけ楽しくなるってことァよ──コイツ。

 

「お前──非善()だな?」

「ッ、く──」

「オイオイ逃げンなって」

 

 慣れてねェのか、背面噴射機構を出さずに走って逃げよォとしたのを──掴む。首を、首根を。その──もっともっと奥を。ソイツにとって、何よりも大切な部分を──掴む。

 

「ァぁ、──やめ、」

「やめねェ。ハハ、馬鹿野郎が。俺の前に姿出しやがって。こンな平和なトコで、【即死】なんざ使わせんじゃねェよアホ」

「悲願を──」

 

 殺す。

 無理矢理入り込んだソイツを【即死】させる。

 

 させた、瞬間。

 

「魔脳計算機再起動中。不正情報修正中……人格分割型戦闘用ガーゴイル・死得無(Ashes)、起動します」

「お、どこぞに行ってたってワケじゃねェのか」

「──完了。……あ、梓・ライラック様。おはようございます」

「……」

 

 さて。

 やっぱ許せそォにァ無いな。とっととそのモーゲン・真凛ってなに入ってる精神体殺すか。

 

「シエナ、クルメーナへの距離ってなどんくらいだ。最高速度で行ってよ」

「最高速度であれば1時間ほどですが、魔石燃料の効率を考えると2時間ほどかかります」

「そォかい。……いいか、シエナ。お前さんァ今記憶を奪われてる。んで、今からお前の記憶を取り戻しに行く。疑問を挟まずに手伝ってくれると助かる」

「……了解いたしました。主ディミトラへの伝言は必要でしょうか?」

「不要だ」

 

 勘だったが、やっぱりソコか。

 そこまで奪われてンのか。

 

 ……ふゥ。

 

「梓お姉ちゃん、大丈夫?」

「あァよ。紺碧ベルト、【槌憶】ってなモーゲン・真凛って名前で合ってっか?」

「肯定する。けど、さっきの魔法は何? 何故夜の使徒が魔法を使える?」

「魔法少女だからだよ」

「……? もしかして、生きてる?」

「あァよ」

 

 あー、夜の使徒ってな知っといて、魔法少女だとァ思ってなかったのか。

 死飛沫も魔力だと思ってたみてェだし。

 

「触ってもいい?」

「……殺す気じゃねェだろォな?」

「聖域に入らないのなら、別にしない。夜の使徒も輝きの園は受け入れる」

「そォかい。じゃァいいよ」

 

 触られる。

 頬に、肩に。火傷痕に。ペタペタと。

 

「……なんで?」

「なんでってな、なんだよ」

「夜の使徒は死者のはず。なんで生きてるの?」

 

 ……なるほどなァ。

 創設者たちか。ちゃんと知識ァあるンだな。

 

「俺ァちょいと特別でね。夜の使徒で、人間で、魔法少女なンだ」

「……私の失った記憶に、それが出来るようになった世界があったのかな」

「俺以外のァ見てねェが、そォなンだろォよ」

 

 肌ァ焼けても、腕失っても、生きてンだ。

 ブゥリがぎゅっと手を握ってくる。……いんやさ、そォいう再認したあとに人形って感じちゃうのヤだな。まァ迷宮の上の方にいるのァわかんだけどよ。

 

「まァンなこたどーでもいいのさ。シエナ、……えーと、実ァ偽物じゃなかったマッドチビ先生……ディミトラの魔力反応ってなどこにある?」

「……南方にあります。周辺にガーゴイルの反応有」

「あァさ。じゃあ感じ取れる魔力の反応……あァ、街中にいる化け物ァ除いて、方向教えてくれ」

「了解しました」

 

 シエナに周囲を見てもらってる間に、ちょいと頭を回す。

 魔煙草吸って、はは、毒だって知ってもやめらんねェやな。

 

「紺碧ベルト」

「何」

「お前の魔法ってな、なンなンだ? 学園長殿含め、創設者たちの魔法ってな全部SSS級だって聞いた。けどお前のァ殲滅力ってモンを感じねェ。殺傷能力ァありそォだが、よくてSかSSだろ」

「まずその判断基準がおかしい。魔法の等級区分は危険度によって定められる。命、精神、心の操作に纏ろう魔法はすべてSSS級と判断される」

「……なァるほど、そこもすら嘘か。で? 危険度SSSなお前の魔法ァ何なんだ」

「【幽拐】という。私の魔力に触れたものから、問答無用に精神体を抜き出す魔法」

「ア?」

 

 ……なンだその、聞き覚えのありすぎる魔法ァ。

 つか、なるほど。そりゃ【即死】の気配がするわけだ。こえーこえー魔法だよホントに。

 

「だが、お前ァ化け物じゃねェしなァ」

「当然。私は魔法少女。魔物じゃない」

 

 最初ァ偽物なのかとも思ったンだが、ブゥリの本体から離れてより強く明確に感じられるよォになった魂のカタチみてェなのが、ちゃんとヒトの形してる。化け物の精神体じゃァない。

 となるとこっちがオリジナルで……ルルゥ・ガルかマッドチビが何らかの方法でそれを真似た?

 そォ考えると【槌憶】ってなも怪しくねェか? 精神体を入れて記憶を馴染ませるってのも、それか?

 

「他の2人ァ?」

「?」

「創設者、この迷宮にいるもう2人。名前と魔法教えてくれ」

「ペルチット。魔法は【仙導】。多くに意思を伝え、多くの意思を感じ取り、導く魔法。ビーファン。魔法は【隠涜】。何をしても、どんな状態になっても誰からも気付かれず、またそれを他者にかけることのできる魔法」

 

 やっぱり、聞いたことあるモンばっかだ。

 

 ルルゥ・ガルがここに関わってンのァ間違いない。んでもって、創設者たちは何かされたのか、あるいはガッツリかかわってる可能性大、と。

 

「ブゥリ、迷宮の方にァ何も行ってねェんだよな?」

「うん! 今は誰も入れないようにしてあるから大丈夫!」

「ほォか、ありがとよ。シエナァどォだ、見つかったか?」

「はい。南方に主でない主ディミトラが、東方に2つの魔力反応、西方に魔物に似た魔力反応と、それに相対する形の魔力反応が1つ。こちらに向かって急速接近してくる魔力反応が1つ」

 

 レーテーを起動。【即死】を乗せていない、ただ強化しただけの剣で、それを弾く。

 

「剣士!? 夜の使徒が……そこのちっちゃい子! すぐ離れて、コイツ危険だから!」

「嫌!」

「嫌とかいわないで!? まさか、そういう能力!? く、ちょっと危険だけど、ハイドレート、手伝って!」

「拒否する」

「なんで断るの!? ああもう、そこのガーゴイルでもいいから、早くアイツを──」

「お断りします」

「ここに味方はいないの!? じゃあもういい、今すぐ私が片付けてあげる! はァァァアア!」

 

 とか言って、拳にやべェ量の魔力込めてく魔法少女。マッドチビ先生に絡んでた奴だが、どっちだ。隠す方か導く方か。

 

 ──どっちでもねェな。知覚強化。剣で受けるのァ無理だ、折れちまう。ンで、回避を選択。不可能。拳圧だけで肌が裂ける。ちょっと危険どこじゃねェな、シエナとブゥリを巻き込みかねねェ。迎撃を選択。剣での受けに再変更。浸すは【即死】。けれど腕そのものじゃなく、纏ってる魔力を殺せ。

 

「──ッ!?」

 

 ギリギリの所で止まる拳。【即死】の気配に気付いたか? 

 そのままバックステップして下がる魔法少女。つかよ。

 

「紺碧ベルト、輝きの園ァ夜の使徒も受け入れるんじゃなかったのか?」

「受け入れはするけど、人間と一緒に居たら普通驚く」

「まァ死者だもンな」

 

 魔法ァ魔法で警戒する必要があるだろォが、この身体強化ァそれだけで厄介オブ厄介だ。回避不能となると、剣で受けるしかねェ。

 なら【即死】を纏っておくのが正解か。相手ァ俺が殺したくねェって知らねェんだから、これでとりあえず落ち着いてくれるだろ。

 

 ──と、思ったンだが。

 

「そっちが剣なら、こっちだって!」

「あァよ、弓ァズルくねェか?」

「【隠涜】!」

「それもずりィなオイ!」

 

 コイツがビーファンなのァわかった。だが、なるほど、本来ァそォいう使い方か。

 消える弓矢──軌道もわかったモンじゃない。弾くにも見えなきゃ無理だ。今まで俺があってきたのと同じなら、足音や気配も全部消える。

 んじゃどォすっかって──そりゃ簡単だ。

 

恵印減後琉負不地思惟瑠徒("盾"のアインハージャは)小琉度噛無陽亜意味泥居合利意(いますぐここに来て)安堵泥伏炉異地思惟瑠徒(盾を展開しなさい)!」

「!? 世界言語!?」

 

 止められる奴を呼べばいい。

 わけもわからねェと言った様子で突っ走ってきて、わけもわからねェと言った様子で【静弱】を展開する赤スカーフ。追従してくるは青バンダナ。ははっ、呼ばずに来るたァ忠犬か?

 

「拳の威力が、完全に消えた……!」

「これは……ヴァルメージャの御業?」

「リジ、どうしたんだ。急に走り出して……」

藍夢割朽麗(いいからヴァルメージャたる).府悪露地韻止楽紫遠図(私の指示に従いなさい),恵印減後琉(アインハージャ)!」

「──承知!

「わかった。ヴァルメージャの御心なれば」

 

 んで以て──。

 

「 TEKITAISHAWO HIKITSURETE KOKOMADEKOI 」

「ヒノモトの構築式……夜の使徒のくせに、どんだけ博識なのよ!」

「生憎母国語が5種類もあるンでな。覚えたよ、流石に」

「どんな環境よそれ!」

 

 ごもっともで。

 

「クク……式鬼の言葉で呼ばれてみれば、なんだ、愛い子がいるなぁ。吾の妻にならぬか?」

「あァよ、考えといてやるから、こっちへ来い着物狐」

「クククッ、どうやら吾の欠落した記憶を埋める鍵のようだな、お主は」

「自覚してるよォで何より。んで、そっちのがペルチットだな」

「ふふ、まさか夜の使徒に会おうとはね。この国にはいない種の魔物だけでなく、夜の使徒もいるとなれば──研究も捗る、というもの」

「モーゲン・真凛ァいねェな。どこ行った?」

「! モーゲンが狙いね! 絶対許さない! ここで討滅するわ、夜の使徒!」

 

 さてはて、カオスになってきた。混沌になってきた。

 自分が招いたンだからそりゃそォだがよ、はは、こォなったら形振り構ってらンねェだろ。

 

「なァ──気付いてねェと思ったのかよ」

「!?」

 

 掴む。

 掴まれていた腕を掴み返す。護身術って奴さな。腕を捻って手首を曲げて、開いた隙間で相手の手を掴み返す。

 

 よォ、散々逆鱗踏み抜いてくれやがって。

 誰だァ、お前さん。

 

「この、小さい子に何を──!」

「お前さん、いつからブゥリじゃねェんだ。ケケ、いいぜ。そォいう騙し合いなら、こっちだって考えようがある。ヒヒヒ、ハハハハハ! 確かにな、人形だもんな! 入りやすかろゥよ! だが、入っちまったら特性ってなが消えちまうのさ! 記憶奪われた連中ァブゥリの声聞こえねェらしいぜ──ハハハ! んじゃお前誰だよ、つってなァ!」

 

 反応したンだ。

 ブゥリに、ビーファンァ反応した。それでもう、大体掴めた。明らかに命の気配増えたしな。こんだけ混戦になりゃ隠れられると思って止めなかったンだろォが、ハハ、甘い、甘いんだ。それが通じるのァ普通の魔法少女にだけなンだわ。

 

「く──この場所で殺しなんてさせない! ペルチット!」

「ええ、勿論。【仙導】──行きなさい、不可視なる攻撃」

「死ね」

 

 ぶっ飛ばされた。

 まァ指示のねェアインハージャじゃ反応ァできねェか。くく、透明の、バリバリに身体強化の乗った一撃だ。効くねェ──俺の【即死】のが速ェが。

 

「おー、おォ、ひでェ。ひでェな、オイ。てめェら偉いんだろ、魔法少女の、EDENの創設者なンだろ。だったら自分の問題ァ自分で解決しろよ。ヒヒ……はァ、あァ……なァ、着物狐。忌憚なき意見を頼むぜ。俺の右目ァ、どーなってるよ。真っ暗さ。クク、目ァ開いてるはずなンだがな」

「クククッ、物の見事に潰れている。あれほどの威力を避けずに受けたのだ、当然であろうぞ」

「そォかい」

 

 あっさりだねェ。

 あっさりと、どんどん怪我をしていくねェ、俺ァ。

 はは、お嬢らにも面目立たねェっつーの? 確かにその通りだよな、怪我してほしくねェって言ってる奴が、まるで自ら怪我しに行ってるみてェによ、はは──あァ、そりゃ、あんな凶行にも走る。

 

「──だが、死んだな」

「大丈夫!? 大丈……嘘、息してない! どうしようペルチット、子供が、子供が──私達の目の前で殺されちゃった。……これは、流石に処罰すべき、だよね?」

「ふふ、そうですね。そも、あれなるは夜の使徒。これ以上殺した所で問題は無いでしょう」

「じゃあ──本気出して、本気で殴って良い、ってことだよね」

 

 あァさ。

 人格者だ、なんて思ってねェよ。創設者だからって尊敬ァしてねェさ。

 だが──そォか。なンだ、魔法少女の迫害を止めるための楽園作りってェんでちったァ期待したンだがな。

 

 お前もそっちじゃねェか、くだらねェ。

 

「次は、確実に頭蓋を潰す」

「ハ──ハハ! なんだなんだ、ギャラリーも止めやしねェたァ驚いた! 紺碧ベルト、状況ァわかってンだろ! シエナもだ! なんで、なんで止めねェ? 今よ、罪なき一般人が殺されよォとしてるぜ──オイ」

「子供は宝石。殺す事はあり得ない」

「申し訳ありません、梓・ライラック様。私の知識庫にある梓・ライラック様は、死を忌避する方です。──そのように笑い声をあげて、小さな子供を殺すような方ではありませんので」

 

 あァ、そォかい。

 気付いてンのァ俺だけだったのか。クク、紺碧ベルトァ気付いてるはずなのによ、よくもまァぬけぬけと。ま、あったばっかの夜の使徒より、長年過ごした仲間の方が信じられるってなそりゃそォだ。シエナも、クルメーナに向かう前までに記録が戻ってるってンならわかるよ。あれだろ、冷静メイドと問答してた時の俺だろ。

 そんならそォだろォよ。精神体殺すなんて事できるって知らねェシエナなら、俺を偽物だって捉えるのもおかしかねェ。

 

 はははは!

 なんだって俺ァ笑ってやがる。

 

「んじゃまァ──悲しいながら、逃げますかね」

 

 ──【即死】を浸した剣をぶん投げる。

 触れただけで死ぬよォなそれだ。ちったァびびってくれると助かるンだが──あァ、こりゃ無理そォで。

 

 次の瞬間にァ拳が目の前にあって。

 俺の顔面ァぶちっと──。

 

えはか彼

 

「クク──吾は何かおかしくなっているらしい。見ず知らずの、しかし容姿に優れた女子を助けるとは。クククッ、これは、なんだろうな。親近感か」

「助かったよ、着物狐。身代わりの術って奴だろ。前も使ってくれた」

「そうなのか。欠落した記憶……吾はそれを取り戻したい。どうだ、何が見える? この国の何が見える? その潰れた瞳で、吾の記憶を奪った者が──見えるか?」

「たりめーだろ。迷宮だ。迷宮の奥。上じゃねェ、下だ。街のどっかからか、地下に向かえる階段でもあるンだろォ。探してくれ、俺ァ止血でもしてみるからよ」

「クク……よかろう。吾を足に使うとは、クク、剛毅な娘子ぞ。名を聞いておこうか」

「梓だ。梓・ライラック」

「梓。──死ぬなよ。お主が死んだら、吾は悲しい」

「今あったばっかなのにか?」

「クククッ──さて」

 

 久方ぶりの止血ポーションだ。

 それを――目薬差すみてェに、潰された右目に垂らす。

 

「ヵ──」

 

 言葉は出ない。音しか出ない。

 痛いとか、熱いとか、苦しいとか。

 そォいうの通り越して──死が映る。脳裏に、失った眼球に、死神が見える。

 

「い──ってェなァ、オイ!!」

「クク……後ろ、妖が追いかけてきているな。吾が対処するか、お主が対処するか。どっちがいい?」

「俺がやるよ。着物狐ァ地下への階段探しに式鬼を放ってくれや。はン、飼い慣らされてる化け物でも、化け物ァ化け物でよ。どんだけ可愛がられてても、どんだけ愛されてても──殺せるってなモンさ」

 

 剣ァ捨てちまったンで、両手を皿みたいにして、そこに【即死】を浸していく。

 

「ほらよ、走って喉渇いただろ。──死んでくれ」

 

 飛沫を撒く。

 そろそろ俺ァ遠隔名乗れるンじゃねェかね。着物狐の走力ありきたァいえ──この範囲を殲滅できンだから。

 ふと、前方に石造りの井戸を発見。まァ石造り以外の井戸ってな見た事ねェんだけど。

 

「ククク、あの井戸、深いぞ」

「んじゃそれだ。飛び込んでくれ」

「即答か。気に入った」

 

 着物狐が俺を抱えたまま、井戸へ飛び降りる。

 飛び降りて──びちゃっと着地した。

 

「ここは……井戸の役割も果たしているようだが」

「あァ、地下通路っぽいな。つまりアタリさ」

「クク、何故分かった?」

「違ったら他を探す予定だったよ」

「クククッ、当てずっぽうか。良い良い、気に入ったぞ」

 

 着物狐の背中から降りる。

 ふらつく身体。

 

 あー。

 

「片側が見えねェってだけで、こォも距離感を失うのか」

「……もし、お主が吾を信用できるのなら」

「するよ。んで、何してくれンだ?」

「ク……クク。良い良い。やはりお主は吾の妻に相応しい。ほら、これをやろうぞ。吾の国で使われていた鎮痛作用のある丸薬だ」

「へェ! ありがてェ」

 

 その、真っ黒い粒。暗い通路なンで余計に真っ黒いそれを、躊躇なく飲む。こォいうのって多分噛んじゃいけねェよな、ってんでゴクンといったが、それァ間違いだったよォで。

 

「……世話のかかる娘子よ」

「ん……ぶ、ん、ぅ」

 

 着物狐がキスをしてきた。

 また魅了の類かって苦しみながら身構えたら──その、あんましこォいうのどォかと思うンだけど……唾液を流し込んでくる。

 けど、そのおかげで飲み込めた。

 コイツ、なんだってこんなアダルトなことばっかすンだ。おじさん誘惑しすぎだろ、記憶失ってンじゃねェのかよ。

 

「ぷ、っは……あァ、助かった」

「良い。だが……吾の接吻は他者を惑わす力を持つ事がある。クク、精々気を付けろ。吾はどうにも、不可思議な力を持つようでな」

「あァその辺も忘れてンのか。丁度いい、歩きながらでいいから、お前がどこまで覚えてンのか確認したい」

「どこまで、と言われてもな。吾にとっては突然見知らぬ場所にいて、突然見知らぬものを持っていて、突然大きな喪失感に襲われたがために記憶の欠落を察したというだけで、どこまでからここまでなのかはわからぬのだ」

「いいよ、覚えてる限りで。着物狐。アンタがナリコって名前なのァ知ってる。それで、記憶の終わりァなんだ?」

「ふむ」

 

 ふらつく身体の微調整と距離感の修正を行いながら、暗い通路を歩いていく。苔のせいでぬかるんでるところも多いし、こりゃ長いコト使われてねェんだろォなって感じ。

 火をつける魔法でもありゃよかったンだが……とか思ってたら、着物狐が人魂を創り出して、浮かせてくれた。青白いが提灯代わりだ。つか、その辺ァ覚えてンのかね。

 

「吾は、殿と最後の会話を交わした。そうして殿は眠り──妖へと変貌する御方に、一つの封印をかけて、吾はそこから逃げ果せた、はずだ。その逃走中に、気付けばこの地にいた。これを記憶の欠落であると疑わぬ余地は無いだろう?」

「……待て待て、色々情報がこんがらがってる。整理させてくれ」

「良い良い。お主が何を知っているのかはわからないが、吾はお主をどうにも信頼しているらしいからの」

 

 記憶のある頃の着物狐の話じゃ、殿ってなァ独りでに化け物になったって話だったけど、どォやら違うらしい。その直後の着物狐にァそれを隠す気がなくて、現在の着物狐ァ隠してるってのもミソだな。

 封印ってなが気になる。そもそも式鬼だのなンだのァわからねェんだ、聞いてみるか。

 

「その封印ってな、どんなんだ。その地に縛り付けるとか、色々あンだろ」

「ほう? ヒノモトの出身者でも無さそうだが、知識はあるらしい。そういえば式鬼の言葉を扱っていたな」

「ちょいと博識なンだよ。で、どォいうのだ?」

「お主の言う通りのもので正解だ。殿をヒノモトへと縛り付ける封印。決して外部に出すことなく──あの子を常に見守る事ができるように」

「ほォか」

 

 だが、あの地にカンコウァいなかった。

 やっぱり連れ去られた説ァ濃厚だな。同時に記憶持ってる方の着物狐がなんか結構重要なことを隠してンのも。

 ま、それについちゃァ良い。俺だって隠しまくって隠しまくって挙句のコレだ。他人のこととやかく言えたクチじゃねェのさ。

 

「なんで殿ァ化け物になった? カンコウだったか、神さんが如き化け物」

「カンコウ……クク、なるほど。そう名付けたのか。して、何故妖になったのか、という話だが、簡単だ。殿にも妖が混じっていた。その覚醒は吾よりも早く──しかし妖気を完全に断たれたあの城では、殿はその妖の力に呑まれるしかなかった。ただそれだけぞ」

「……魔法少女化か!」

 

 似た話をさっき聞いたばっかりだ。

 魔力が無い世界になったら、魔法少女の因子ァその覚醒時に精神を食う。魔力が流れていりゃァそのまま魔法少女になれるが、いなけりゃ精神を食われて魔法になっちまう。

 魔法になっちまえば、火になったり氷になったり爆発したりする。

 なら──強大な力を繰る化け物にも、なる。

 

 魔力の流れの淀みから生まれるのがディケントやイオルーなら、魔力の無い所で生まれるのがオリジンって事か?

 

「まほーしょうじょ、とな?」

「あァ、そォいうのがいんのさ、世界にァ。お前みたいに元から化け物……妖が混じってたってだけじゃなく、もっと不思議な力に目覚める奴らがな」

「……クク、先程の者達や、お主もそうか」

「あァよ」

 

 地下水路ァ段々と下り坂っつーか階段になってきた。

 あァ、どォにも覚えがあると思えば、そォか、ここも迷宮の一部だもンな。

 

 終の因の構造に、よく似てやがる。

 

「聞くが、お主」

「なンだ」

「カネミツ、と名乗る少女に会わなかったか?」

「ン? お前らの姫だろ? 知ってるよ」

「姫? クク、カネミツが、か?」

「違ェのか」

 

 これァ──どォも。

 忍者共も信用しきれねェが、着物狐もかなり、かね。

 

 まァ良いんだが。

 

「カネミツは吾ら侍衆の頭領よ。あ奴の人となりを少しでも知っているのなら、姫だ、などとは思わぬと思うのだがなぁ」

「あァよ、あんな姫がいて堪るか、って思ってたよ、ずっと」

「クククッ! 今度伝えておこう。吾が記憶を取り戻してから、だが」

「……ま、伝えられると良いな。で、なンだってそれを聞いたンだ?」

「ク──数日前のことだ。カネミツは自身がまほーしょうじょになった、などとほざいて、その姿を消した。もしや関連があるのでは、と思ったまでだ」

「……」

 

 おいおい。

 もしかして──コイツさ、あの幽霊屋敷で俺達に語った事。

 

 ぜーんぶ、嘘か?

 


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