遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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57.有羽生符哀鳴位噛無会疎,地阿歩止琉負不地参.

 圧巻。あるいは壮観、だろうか。

 マッドチビ先生本来が用いていた、牛の顔で翼を持った筋骨隆々なガーゴイル。それがばっさばっさと空に在り、その周囲をでっけェフクロウみてェなガーゴイルが飛ぶ。

 プテラゴイルァみんなの足場になるので始の点の上部で待機。マッドチビ先生が止まり木っぽく足場を作ってくれたンでな、俺と青バンダナ、赤スカーフ、冷静メイドもそォいうトコにいる。

 しょうみ背後でどくんどくんと心臓が鳴ってんのァ薄気味悪ィんだが、まァまァまァ。化け物だが敵じゃねェと知ってるし、そもそも迷宮の化け物ってな外にいる奴らとァ違ェし。

 

 んで、地面。

 地面にァ真っ黒な【鉱水】と、その上に立つ鎧武者たち。人魂が周囲を照らし、静かに集中を高める鬼が立ち、一反木綿がふよふよ浮かび、鴉天狗が低空を監視して、ぬりかべがぬーんと立ちはだかって……いやもう、マジの百鬼夜行。結局式鬼ってななんなんだろォなァ。まァそれァ今回のコトが終わったら着物狐に聞くとして。

 

 大目玉。

 地上にいる──めちゃくちゃ久しぶりの、アイツ。

 

「クク……吾の式鬼のどれよりも目立っているな」

「まァ毛色が違い過ぎるしな」

「LOGOSにしまってあったのずっと忘れてたのよね」

 

 そう。

 ティラノサウルス、だ。ティラノゴイル。

 大きな丘でルルゥ・ガルの足止めにも使ったティラノゴイルの、2体目。

 

 銀色ボディがきらりと光る、ホントはこんな形じゃなかったって言われてる代表格恐竜ティラノサウルスのガーゴイル。

 

 それがでん! と先陣に突っ立ってる。

 

「皆様! 予測通り、北方から多量の魔力反応を検知しました! 全て魔法少女──いえ、一つだけ違います……これは!?」

 

 ()()は──雷雲を纏う、巨体。四つ足、四つ腕、牛の顔。両翼。鍛え上げられた身体。

 見たことがある。ありすぎる。

 そンで──けど、立位じゃなくて。馬かなんかみてェに、獣のよォに走る。

 

「ベルウェーク!?」

「ウィジ。あり得ない。ベルウェークは私達が殺した」

「リジ。だが、事実目の前に……」

 

 ──違う。

 あれァベルウェークじゃねェ。あんなのが、()()()()が、神であってたまるか。

 

「【寄生】、ネイビー・ブルー様ですね」

「あン時の死体ァ消滅したと思ったンだがな」

「回収されていた、と見るべきでしょう。加え──敵ではなく、EDEN側に」

 

 まァ、条件付きじゃねェと殺せねェ神じゃねェならどォとでもなる。雷ァ確かに厄介だが、ガーゴイルってな別に内臓だのなンだのがあるワケじゃねェからな。通電した所でなんのそのさ。

 問題ァ俺達だが──。

 

「問題ない。私が防ぐ」

「頼んだ」

「任された」

 

 赤スカーフの【静弱】でなンとかなる。

 もしくァどこぞに避雷針代わりの【喧槍】ぶったてるのもアリだが、そもそも俺達に辿り着く前にガーゴイルが吸うだろ。

 

「では、手筈通りに」

「おゥ、任せたぜ冷静メイド」

「了解いたしました」

 

 五角形を滑り降りて行く冷静メイド。

 さてさて──相手ァ一個小隊に満たねェ魔法少女の軍団。

 対し俺達ァ、大隊と呼べるだろォ数のガーゴイル軍。

 

 力比べさ。まァ、俺達に殺意ァ無いんだがね。

 

 口を開く。

 叫ぶ。

 

「よォ金髪お嬢様、ポニテスリット──久しぶりだなァ、オイ!」

 

えはか彼

 

 梓・ライラックが「世界を殺すために始の点に向かっている」という話は、瞬く間にEDEN中に広まった。本来は機密として取り扱われるはずのそれは、まるで誰かが吹聴したかのように、一瞬で、誰も彼もが知る話となったのだ。

 それに対し、魔法少女の反応は様々。

 先の騒動から梓・ライラックへの嫌悪感をむき出しにする者もいれば、何かの間違いだと否定する者もいる。梓・ライラックは前から怪しいと思っていた、などと言い出す者、あの子がそんなことをするには理由がある、と動機を考えようとする者。

 

 しかしそれらは──圧倒的事実を前に掻き消される。

 フェリカ・アールレイデとミサキ・縁の蘇生。梓・ライラックの叛逆を伝えたのがその2人であり、蘇生をしなければならない事態に陥っていたという事実は、少なくとも彼女らを遠征に駆り出すには十分な動機だった。

 

 急遽組まれた遠征組。

 目的を「梓・ライラックの確保及び殺害」とするそれは、事実上の封印措置への一手である。確保するか、殺して蘇生させたら──反魔鉱石によって封印をする。

 少なくとも。

 少なくとも──そんなことは、フェリカ・アールレイデもミサキ・縁も望んでいなかったはずだ。けれど。だというのに。なのに。しかし。

 

「……」

「……」

 

 2人の──あまりにもおかしな様子に、内心で溜息を吐く。

 義務感か、使命感か。それとも別の何かか。

 

「あるるらら、気乗りしないかい?」

「気乗りしている子がいるのかな」

「……そうだね。でも、少しはいるようだよ。それに……」

「……妙な気の高まりを覚えている。精神に作用する類の魔法か薬物か。何かしらが使われているのだろうな」

「な、何故それをもっと早く言わない?」

「言った所で、遠征組突撃班が此度の件を断ることは出来ないだろう」

「なんかねむいのにねむくなーい」

 

 カネミツの言う通り。

 向精神系統の魔法……恐らく自分達の出発時に聞いた、聞こえない音。上官の誰かか、その場からは見えなかった誰かが使っていたのだろうその魔法は、今尚自分達に効果を発揮している。

 即ち、梓を殺さなければいけない、という感情。確保よりもそちらを優先しそうになる無意識の操作。

 あるいは。

 

 後方。戦闘をする事のない遠征組観測班の、その隊長を見遣る。

 最弱の部隊として名高い遠征組観測班アルカナ隊は、しかしその魔法少女歴を推定300以上とする──自分達よりも遥かに深くEDENに関わっている存在だ。昔、遠征組というものがきちんと振り分けられていなかった頃からEDENの外を見てきた魔法少女達。

 その筆頭が、L・アルカナ。

 どんな魔法を使うのか不明。ただ常に周囲にいる魔法のようなものが弱めの攻撃をする事、だけしかわかっていない、未知の魔法少女。EDEN中を飛び回って情報を集めている己でさえ何も知らない彼女。

 

 今回の小隊の中で唯一、上層部と繋がっていそうな魔法少女。

 

「気を付けるに越したことはない、かな」

 

 言葉を紡ぐのは口の中だけ。

 誰が聞いているかはわからない。

 

 最初からEDENなんて信用していない。

 

 あの日。国が滅んだあの日。

 あの時に見た──強い光。

 

「……しかし、ナリコか。そのような名をここで聞くとは思わなかった」

「ああ、カネミツの部下、だったんだっけ?」

「部下。あるいは参謀か。国が滅んだ後──適当な理由を付けて奔放したのだが。まさか生きて、魔法少女になっていた、などと。不謹慎ではあるがな。少しばかり、期待はしている」

「強いのかい?」

「強い、とは少し違う。──恐ろしい、もしくは──不透明、が正しい。……あるるららも、見た事はあるのではないか?」

「狐面のお姉さん。うん、あるよ。私が生まれた頃から、ずっと姿の変わらないお姉さん」

「それは私が生まれた時からもそうだ」

「……? その時は魔法少女ではなかったんじゃないのか? なぜ……」

「奴は身体の九割九分が魔物だからな。国では妖と呼んでいたのだが、故にこそ姿が変わらなかった」

「……それが何故、魔法少女になれる」

「魔法少女になることに、魔物であるか、人間であるかは関係ないからね」

 

 よくわかっていない様子のザイフォンを見て、少しばかり笑う。

 

 ナリコ。それは、自分達一般人でも知っている名前だ。

 侍衆の艶桜。永遠に変わらない美。妖術師。そして──妖。

 すべてが懐かしいと、もう一度笑う。

 

「……ライラックは、なぜ"世界を殺す"などという結論に至ったのだろうな」

「おや、ザイフォン。梓の事が気になるのかい?」

「そ、その聞き方は悪意があります。……気にならないはずがない、でしょう。その、一応ともに戦った仲間であり、色々と教えた相手でもある、ので、その」

「ふふっ、ごめんね、確かに今のは私が悪い。……どうしてその結論に至ったか、か」

 

 世界を、魔力を殺す。

 それが可能なのかどうかと言えば、可能ではあるのだろう。自身が、世界に自己を溶かす感覚で魔法を使うからこそ──わかる。

 

 世界は死にたがっている。

 殺して欲しいと願っている。

 もうこれ以上魔法を使うなと。もうこれ以上──続くなと。

  

 魔法少女に、訴えかけている。

 

「ヴェネット」

「何かな、あるるらら」

「殺意は、あるのかな。梓を殺そうという気は」

「彼女次第、かな。抵抗しないのなら勿論殺す気なんてないよ。……けど、取り調べを受けた後──ほぼほぼの確率で、封印措置になるだろう。だから」

「逃がそうとしている?」

「……さて、どうだろうね?」

 

 頭を冷やして欲しい、だけだったはずなのだ。 

 最初は。【神速】がアールレイデも、【波動】が縁も、【神鳴】も【光線】も。

 けど、今は、そうも言っていられない状況となってしまっている。

 

「ヴェネット。カネミツ。ザイフォン。……ルナも」

「なんだ、改まって」

「どうした?」

「……」

「なぁにー」

 

 言うべきではない、のかもしれない。

 けれど、他の隊と離れている今だからこそ、言っておくべき事がある。

 

「今回の件が終わったら──私は、EDENから離れようと思うよ。遠征組からも抜けるつもり」

「……!?」

「……そうだな。私も、そのつもりだ」

「な、カネミツまで!?」

「ゆっくりねられたらどこでもいー」

「一応理由は聞いておくよ、2人とも」

 

 一応、なあたり。

 わかっているのだろう。

 

「今のEDENは、少しおかしいからね。内部にいては見えない事もある。それに……少しばかり、国が気になるんだ」

「ああ。ナリコが表に出てきたという時点で、何か事が動いているのは確かだろう。加え──上層部があまりにも不透明だ。悪意に塗れている、というべきか」

「……わかった。けど、許可を出すのは私じゃない。隔離塔に入れられる可能性もある。だから」

「逃げるよ。もしかしたら──梓側に着くかもしれない」

「その時は敵となる。容赦はしてくれると助かるが」

「味方に向ける刃は無いさ。……大丈夫。何か、大丈夫な気はしているんだ。SS級だからね、少しはわかるんだよ。自分の役割が。私の役割はこれじゃない、ってね」

 

 あと少し。

 あと少しで、始の点に着く。

 

「──見えましたの。()()──梓さん。そして──」

「なんと膨大な数の魔物の群れだ。あれではまるで……」

「やっぱりアイツ、魔物と結託して……!」

 

 始の点が見えた。

 終の因がよりも歪な形をした、光り輝く迷宮。あそこから魔力が世界に流れ出でているのがわかる。

 

 けれど。

 

「殺されていない、みたいだね」

「ああ、どころかこの布陣は……」

「私達を迎え撃つ気力しか見えんな」

 

 既に始の点に着いていて、だというのに魔力が殺されていない。

 やはり誤報か。その動揺は、しかし彼女の引き連れる魔物の大群によって掻き消される。

 

 椅子に座る梓。

 右腕の義手。右目には眼帯をつけ、身体の左側面には痛ましい火傷痕。

 座っているのも、尊大に構えているというよりは──。

 

「……あれは」

「立つことができないみたいだね。……それでも、死ぬ気はないんだ」

「死ねば治る。けど、今死んだらEDENに帰ってしまう。それはできない。だからだろうね」

 

 だから、ではないのだろうけれど。

 その痛ましい姿に、けれど叫んだ者がいた。

 

「突撃しますの──!」

「殺してやろう、梓!」

 

 明らかに異常。

 明らかにおかしい様子の2人。

 

 それを。

 梓は。

 

「よォ! 金髪お嬢様、ポニテスリット──久しぶりだなァオイ!」

 

 凄惨な笑みで、迎え入れる。

 

 そして、彼女の隣に立つ、短期間のみEDENに逗留した魔法少女が──この遠方から見てわかる程に巨大な槍を形成する。槍? 否、塔だろう。あそこまでとなれば。

 形成された塔に、梓が手を触れる。

 たったそれだけで──あれなる塔が、必殺のモノになったとわかった。

 

「総員──ッ、散開!! アレに触れるな、あれを止めようと思うな! アレは──」

「【喧槍】弐式、【即死】付与──死ノ柱」

 

 発射される。

 射出される。

 

 世界を殺す、死の魔力を含んだ大きな槍が、一直線に飛んでくる。

 避ける事は可能だ。自分達は。

 

 だが。

 

「──!??!?」

「ワハハ、大丈夫か隊長! それ死ぬんじゃね?」

「……痛い。痛い痛い痛ーい! っていうか死んじゃう死んじゃう、──なん、て?」

「元から死んでるから」

「ワハハハ! ってことだ、残念だったな悪魔! あ間違えた梓!」

 

 その槍を顔面から受けたのは、かつてEDENを襲った魔物、ベルウェーク。

 異形なる図体から出す声にしては可愛らしすぎるソレ。【寄生】、ネイビー・ブルーがその正体だ。

 

 すでに死んでいるものに【寄生】しているから、死なない。ただ大きなものが当たって痛い。

 

「ハハハ! なァに言ってやがんだよ。お前の隊長よく見てみな」

「ワハハ、強がったって無駄無駄! 【即死】対策はばっちりなんだ!」

「……」

「……あり、隊長? 死んだか?」

 

 沈黙。

 SS級魔法少女、【寄生】のネイビー・ブルー。その彼女が、一切の声を発さなくなった。

 

 動揺がまた1つ広がる。

 誰もがそれを認識していた。梓・ライラックは魔物をこそ殺し得るが──魔法少女を殺す事のできない者であると。確かにベルウェークに【寄生】したネイビー・ブルーの本体はEDENにいる。故に殺してはいない、のかもしれない。

 けれど、もしあの塔が、ベルウェーク以外に当たっていたら?

 そして──死体への【寄生】をも乗り越える【即死】は、果たして。

 

「随分と──ご挨拶ですわね、梓さん」

「あァよ。ま、そう急くなってこった。一応弁明ァしとくぜ。俺ァ魔力も世界も殺さねェ。殺しても意味が無ェって知ったからな。だから、お嬢達と戦う理由ァ無い」

「──そうですか、と。頷くように思いますの?」

「いんやさ、思ってねェよ。だからこんな布陣敷いてンのさ。そんで──こっちから、宣言させてもらわァ」

 

 まるで、謳い上げるかのように。

 彼女は叫ぶ。

 

「俺達ァEDENを正しにEDENへ侵攻する! 投降するなら今の内だ。しねェんなら──ちィとばかし、眠ってててもらう。ハハハ、安心しな。殺しァしねェからよ!」

「ならば、ここで死んでください、梓さん」

「【静弱】」

 

 紛う方なき【神速】の一撃。彼我の距離を一瞬にして詰め、立ち上がる事もままならないのだろう梓の心臓を一突きにするその攻撃は、半透明の盾によって防がれた。

 即座に後退する少女。そして──。

 

「投降ァいねェらしい。残念だけど──合戦だ。ハハハ! 愚弄琉愚弄琉(叫べよ! 唸れよ!),府石負不出土栖碑立冬(死霊の群れよ)!」

「仕方ない、か。【凍融】──全て融かすよ」

 

 千にも及ぶガーゴイルの群れ。

 それが全て、ぴしゃりと解ける。ヴェネットの【凍融】はガーゴイルに相性が良い。

 はずだった。

 

「ハハハハハ! おい、班長! なんも成長してねェなァアンタ!」

「──何?」

 

 魔法を使う。

 自身を掠める何か。カネミツが後ろに下がる。ルナが魔力を溜める。ザイフォンが【吸吞】を手のひらに浮かべ──ヴェネットが、カクン、と。首を下ろす。

 

「!? 隊長!?」

「何かいるぞ!」

「これは……少しばかり、不味いかもしれないね」

 

 突然意識を失ったヴェネット。その身体は、しかし落ちる事無く──どこかへ運ばれて行く。

 

「この、【吸吞】!」

「遠征組突撃班! 援護する──【的中】!」

「【深挟】!」

 

 ザイフォンの【吸呑】の核。それはヴェネットに向かって飛んでいった──けれど、ヴェネットの肉体側がその軌道をカクンと曲げたために、あたらなかった。補助してくれたのは防衛組攻撃班イドラ隊の宵知ちゃん。一瞬【吸吞】の核に触れて弾き、【的中】を用いてヴェネットに追従させる。

 前方からは学園からの立候補者であるカギネという子の【深挟】が。

 2つの魔法に追われるヴェネットの肉体は──しかし、複雑な軌道を描いて運ばれ、当たらない。

 

「まさか、あの時の透明なウルフ種、か?」

「……同系統の魔法ではあるのだろう。しかし、今、如何にして隊長が死んだのかわからなかったな」

「死んだ、という感じはしなかったかな。死んだのなら肉体は早期に分解されるだろうし」

「にげるー? かえるー?」

 

 さて、自分達はどういう立ち位置を取るべきだろう。

 これを明確な攻撃と捉えているのは、学園組のA班B班、防衛組攻撃班の幾人かと特例組潜入班の幾人か。

 そうでない者達は、やっぱり肉体が残っている事のおかしさに気付いていて、様子見。

 

「殺しましたのね。やはり口ではどうとでもいえますの。貴女は──初めから、そういう人ですわ」

「梓。どうして──私達を騙していたのだ」

「ン? 何のことだ?」

「とぼけずとも良いですわ。すべてわかっていますので。──夜の使徒、梓・ライラック。貴女は──冥界の民、ですの」

「して、その使命とは──私達を、魔物も、魔法少女も、人間も。その全てを冥界に引き摺り込む事。相違は?」

「……あー、まァ、無ェよ。大正解だ。誰に教えて貰ったのかァ知らねェけど、ばっちし正解だ」

 

 やっぱり、2人の様子がおかしい。

 これは自分達以上に、何かをされている。

 

「ならばやはり、ここで殺しますの。もう貴女の言葉は信用できませんので」

「決別だ、梓。──圧し潰す」

 

 引き際だ。

 あの2人は、おかしい。だから。

 

「.椅子低区座矢羅栖琉粗暹羅氏」

 

 魔法を用い、その狂騒から逃れることに成功した。

 

えはか彼

 

「.椅子低区座矢(目を覚ませ)羅栖琉粗暹羅氏(太陽の使徒)

 

 静かに言葉を発したのは、L・アルカナ。

 誰に聞こえたとも知れない静かな声は──しかしその瞬間、その場に狂乱ともいうべき熱気を齎す。

 

 動揺は完全に消えた。

 どころか──ただ、その身を以て敵を滅ぼさんと。

 今の今まで様子見に徹していた者達まで、その瞳に闘志を灯し、魔法を発動する。

 

 誰よりも早く、天高く腕を上げたのはエルバハ・イドラ。

 上げた。あるいは、掲げた、だろうか。

 

 そこに収束するは──世界を焼き焦がす熱量。青い。青い。青い青い青い青い青い──炎。

 青き炎の球体は、ばくんばくんと脈を打ちながら、膨張に膨張を重ねて行く。

 昏い笑みがあった。ニヤリと吊り上げられた口角があった。炎は、炎球は。否。否。否。

 

 小さな、青い太陽は。

 

「【喧槍】参式、【即死】付与、命名、死針!」

「死ね──」

 

 敵方より飛来した、極細の槍によって殺される。

 エルバハ・イドラが、ではなく、魔法が、だ。

 

「ッ、チャージ妨害か! お前らぁ! 35秒だ、そんくらいの時間ぁ稼げんなぁ!?」

「ワハハ、ワハハハ! ついに来た! 来たな、この時が! さぁ──やろうか悪魔! ウチの不確定とお前の確定、どっちが強いのか勝負だ!」

「【飛斬】」

 

 カネミツが刀を振るう。

 昇級試験を受けていないだけで、十二分にS、あるいはSSに届かんとする、世界を切り裂く斬撃。

 それは真っ直ぐに梓を狙い──けれどまた、半透明の盾に防がれた。

 

「……厄介だな」

「じゃー、こおらせちゃおー」

 

 投げられるのは、極大ともいうべき魔力塊。

 それは半透明の盾に当たり──そこに、巨大な氷山を形成する。突然の重さにバランスを崩す盾の魔法少女。好機だ。

 盾の無くなった敵に向かい、数多の魔法が飛ばされる。

 

 しかし、それを防ぐものがまだいた。

 数多の魔物──ガーゴイル種の群れ。

 

「.旗炉又不安端(死の何を恐れているのですか)

「やぁあああああ!!」

 

 また、L・アルカナが言葉をつぶやく。

 それを聞いたのは、未だ学園生である身のクイネ。その魔法【鉄爪】を用い、単身ガーゴイルの群れに向かって行く。

 けれど──それを諫める者はいない。

 どころか。

 

「殺しますの」

「圧し潰す!」

 

 彼女に追従するように、フェリカが、ミサキが。否、他の魔法少女の全てがガーゴイルの群に向かって行く。遠隔魔法少女は一斉にチャージを開始し、近接魔法少女は飛行魔法を止め、地面のガーゴイルを相手に。

 そこに恐れなどない。

 そこに戦略など無い。

 

 文字通りの死兵。

 文字通りの屍兵。

 

「隊長、こちらに手が来ます」

「キフ」

「【抑制】」

 

 静かに。

 L・アルカナににじり寄っていた何者か。

 その何者かの次の動作を見破った【心眼】が幻剣公佳と、【抑制】という魔法を持つキフ・心の連携により、透明だったそれの姿が晴れる。

 

「嘘、【隠涜】が──」

「【目印】をつけたから、もう逃げられないよ」

 

 それは創設者が1人、ビーファンという少女。【隠涜】が切れた瞬間にバックステップをして離れ、再度【隠涜】を用いるも──黄色く光り輝く魔力が、彼女に追従して離れない。

 

「……隊長をやったのは、アレか」

「カネミツ、仕留めるのは任せるぞ」

「良いだろう」

 

 黄色い光に向かう【光弾】や【光線】を、けれど光は上下左右にと避けて避けて避けまくる。

 それが、地面に近づいたタイミングで──【吸吞】が発動。

 

 効果範囲外へと逃れようと吸る黄色い光は、けれど適わない。【吸吞】はそれほどまでに強く生物を引き摺り込む。

 後は簡単だ。カネミツによる【飛斬】で、その光は散った。

 

「仇は取ったが、まだアレが残っている。油断するな、カネミツ」

「……」

「カネミツ?」

「……お前は他の魔法少女と連携し、アレを殺せ。私は──下の妖に用がある」

 

 

 

 散った光。

 その周辺に落ちたのは、幾枚もの紙。

 

 カネミツはそれに見覚えがあった。

 近づけば──倒れている者などどこにもいない。

 ただ紙が。

 

 ひらひらと、桜吹雪のように舞っているのみ。

 

「紙。紙か。懐かしいな」

「クク……腕が鈍ったかえ、カネミツ。興奮のあまり身代わりを切り裂くなど──呆れたものぞ。言の葉を繰るのは吾らの領分。何に惑わされているのやら、呆れて言葉も出ぬなぁ?」

「ナリコ。久方ぶりだ。──堕ちまい、堕ちまい、としていたはずだが、とうとう魔に堕ちたな。そこまでとなれば、討伐もしよう。身から出た錆だ」

「クククッ! 嗚呼、嗚呼、良いぞ。異国の地なれど、空には姫がいて、眼前には頭領がいる。嗚呼──吾は恵まれている。なぁカネミツ。知っているか?」

「問答がまだ必要か、ナリコ」

「お主らの楽園──EDENと言ったか。そこは今、カンコウの襲撃を受けているらしいぞ?」

 

 隙ができた。

 その言葉に、名前に。カネミツともあろうものが驚いた。

 

 直後、ナリコの身体はカネミツの眼前にあり。その手は刀を持つ腕を、その足は──彼女の顎を捉えている。

 

「うッ……!」

「クククッ、ククカカ、カカカカッ!! 魔に堕ちた!? カカカ、ククク、嗚呼、なればお主はなんだ。()()()()が──魔でないと?」

「……妖術。式鬼。そして、魔法か。貴様には過ぎたる力だ。私達侍衆の温情が無ければ、とっくに討伐されてた夢魔風情が──随分と、ヒトに懇意じゃないか」

 

 着物の袖が視界を覆う。刀を引き抜き、【飛斬】を用いながら距離を取らんとして、足に巻き付いた紙に体勢を崩される。追撃は来ない。見抜かれていると、カネミツ自身も知っている。

 普段使っている長刀ではなく、懐に仕込んだ小刀。どのような得物であっても【飛斬】は使い得る。【飛斬】で戦う姿を見せた事は無いはずなのに、すべて見抜かれている。

 

「頭領、嗚呼、頭領。クク……弱くなったな。吾程度を殺し得なんだとは。それとも、今は無為な興奮を受けているからかえ? クク……お主が殺さんとする者の名を、覚えているか?」

「……()()()()()()。だが()()()()()()()()

「ククッ、良い良い。それを自覚しているのならば、良い。嗚呼、だからこそ吾の元に来たのか。少しでも己を律するために」

「殺せ。殺す気で来い。私は──そうせざるを得なくなっている」

「嗚呼、吾もそうしたかったのだがな。クク──吾の妻より、それはならぬと言われている。あの時とは立場が逆ぞな──ククク、なんとしてでも吾の命を取りたくなかったお主と、お主らの命を刈り取る気でいた吾。因果とは廻るものぞと、ククク、教えてくれたのは、殿だったか?」

 

 紙で作られた槍。それを避けつつ、カネミツ自身も刀を振るう。

 単なる斬撃。しかし研ぎ澄まされた一刀は、【飛斬】を纏った絶刀。紙での防御など間に合わない。否、間に合えど、意味を成さない。切り裂かれたそれはナリコへと届き、その肩を、胸を、腹までをも大きく切り裂いた。

 噴き出る朱──それは血の色ではなく。

 

" KURAITSUKITE CHINIKUWO ONOGAMISAEMO ONOGAKATETONASE "

 

 朱色が周囲の紙に紋様を描く。

 ざぁと色合いを失っていくナリコの身体は、やはり身代わり。朱色はその身体にさえも文様を書き込み、一匹の狐へと形を変えた。 

 

「式鬼か──ならば」

 

 カネミツが己の刀で指の腹を浅く斬る。

 そして、己が刀の腹に、同じく紋様を書き込んだ。

 

" JAWOHARAI SUBETEWIKISE "

 

「クク、相も変わらず妖術の下手な頭領ぞ。吾の式鬼を消す紋も書けぬか!」

「私は妖ではないので、な!」

 

 斬る。紙でできた狐を斬る。

 あまりに容易に斬られた狐は、しかしその頭が斬られた身体を食いて──大きくなって、またもカネミツに襲い掛かる。斬る。斬られる。大きくなる。斬る。斬られて、大きくなる。

 

「あまり式鬼だけに躍起になるな。吾は寂しいぞ?」

「【飛斬】──ッ!」

「ククッ、そうら頭が隙だらけ──おっと」

 

 刀を振り切り、上体の反れたカネミツの後頭部。

 そこをナリコの蹴りが襲う。襲いかけた。

 

 止まったのは、何を察してか。

 

「……私とて、この年月を無為に過ごしていたわけではない」

「クク──そうらしい。まさか、まさかまさか!」

「そう喜ぶな。──確かにこの姿は、私も妖染みているとは思うがな」

 

 それは、【飛斬】だ。

 けれど──刀だけではない。全身。全身だ。身体中、至る所に纏った【飛斬】。

 

 得物はなんでもいい。

 長刀でも小刀でも、剣でも槍でも──爪でも、拳でも、髪の一本でも。

 

 カネミツがそれを武器だと思えるのなら、なんでもいい。

 

「クククッ! それをして、その姿をして! 妖染みているなどと──謙遜も謙遜よ! その姿、紛う方なき妖ぞ! 頭領──歓迎するぞ、よくぞ来た、吾の高みまで!」

「ふん、低み、の間違いだろう。堕ちる気はない。だが」

 

 火蓋などとっくのとうに斬り落とされている。

 なれば。

 

「いざ、尋常に──」

 

 紙吹雪が舞い上がる──。

 

えはか彼

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