遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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58.有侠同糸.

 斬る。避けられる。斬る。避けられる。

 時折来る蹴撃には首を振り、負けじと蹴りを出してそこから【飛斬】を飛ばす。確実に入った、と思えば、それは身代わり。身代わりの亡骸を食らって妖狐が大きさを増す。

 木陰、岩陰、はたまた舞い落ちる紙の陰から、ナリコがまた姿を出す。飛ばした斬撃は数知れず。しかし、ただの一太刀も届いてはいない。

 

 侍衆。ヒノモト。滅んだ国で、戦いを選択した己らを。

 ──冷えていく。全身を巡る血液が、冷えて冷えて──滾っていく。

 

「クク──斬撃の精度が上がっているな。戦っていく内に修羅が如き強さを見せる……頭領、ようやく勘を取り戻した、と言ってやるかえ?」

「そうだな。お前の言う通りだ、ナリコ。私は何もしていなかったわけではないが──鈍っていたのは、事実らしい。死を恐れなくなった。死を軽んじるようになっていた。怪我を、傷を受ける事を、なんとも思わなくなっていた。──弱くもなるわけだ」

「して、剣鬼よ。吾にその剣技、届かせられるか?」

「無理だな。なにせ──この場にいないだろう、お前」

 

 ク、と。 

 クク、と。

 笑い声が木霊する。

 今の今まで打ちあっていた者は、すべて紙の束。妖術・式鬼城郷。魔法少女が覚醒する太陽の魔法とは違う。世界を巡る風が生み出す、魔なる術。あるいは魔術とでも呼ばれるべきもの。

 邪を祓う剣では、これを打ち負かせない。

 

「私は、どうなる?」

「択が与えられる。吾らに降り、魔法少女が楽園へ反旗を翻すか──全てが終わるまで、眠りに就くか」

「今の私は、後者を選ぶ。──それはあり得ぬ事だと知れ。何者かが、私達を狂わせている」

「ククク、良い良い。吾にも心はある。姫も含めて、悪い様にはせぬ」

「まるで悪者だぞ、今のお前は」

「ク──妖が、善なりし者であったことが、今の世で一度たりとてあったかえ?」

 

 紙が舞う。

 全身を覆う魔法が、それを切り裂く。切り裂けば切り裂く程細かになって、けれどその吹雪が止む事はない。

 

 剣を取る。

 ここに敵がいないと分かっていて、負けると知っていて。

 大人しく降伏する、という手段を取る事ができない。それは己の意思でなく。

 

「ナリコ。今より私は──意識を捨てる。止めろ。命令だ」

「御意」

 

 脳裏に響く。脳裏を駆ける。

 ──".椅子低区座矢羅栖琉粗暹羅氏"

 ──".旗炉又不安端"

 

 何者かの声だ。

 誰かの声だ。聞き覚えの無い、聞き馴染みのない声。

 

 目を覚ませ、太陽の使徒。

 貴女達は死んでも貴女のまま。ならば死の何を恐れるのか。

 戦いなさい。戦いなさい。沈んだ陽は、また昇ります。なれば──夜を恐れず、戦いなさい。

 

「【飛斬】──食え、私を」

 

 そこに、嵐が現れた。

 

えはか彼

 

「ジャむぴー! 打ち上げだ、天まで私を飛ばしなぁ!」

「り」

 

 小さく声を発した浅黒い肌の女性がエルバハ・イドラに触れた──その瞬間、イドラの姿が掻き消える。【超躍】。触れた対象を指定方向に吹き飛ばすS級魔法。高度6000mにまで一気に打ちあがったイドラの身体には膨大な負荷がかかるが、そこは身体強化でなんのその。

 飛んでいる最中もチャージを開始し──その最高点から、目に見える熱量がイドラの右手に集中する。

 天にあった雲を割り、青き太陽が自由落下を始める。35秒。その長めのチャージ時間は──けれど、だからこそ飛来する太陽の恐怖を敵に与える。

 

「本体を撃墜しなさい、ガーゴイル達!」

「させません。【重圧】!」

「──【斜地】」

 

 落ちてくるイドラを刈り取らんとガーゴイル達が殺到するも、その全てが何かに抑えつけられるように高度を上げられず、更にはふらふらと左右に揺れて、墜落して行く。25秒。

 

「じゃムピー、隊長の所まで」

「り」

 

 次に飛ばされるのは宵知。瞬時にイドラのすぐ下の辺りまで跳ね飛ばされた彼女は、落ちてくるイドラの身体にしがみつき、【青陽】を掲げる腕に自らの手を沿わす。

 15秒。

 ここまで来ると、ここまで近づくと──圧巻だ。すべてを焼き焦がし、全てを焼き尽くす青なる炎が、その熱が。ただ周囲にあるだけで、ガーゴイル達も溶けていく。強化が無ければイドラ自身でさえ焼け溶けるだろうその熱量はドクンと最後の脈動を終えた。

 

 5秒。

 

「食らえ、食らえ、たんと食らえ──【青陽】、」

「背後の大海へ魔法を放ちなさい、エルバハ・イドラ」

「!?」

 

 急に体勢を変え、自分達が通ってきた方の海へ【青陽】を投げるイドラ。

 彼女の手から放たれた太陽は凄まじい余波を残しながら沖合に着水し──周囲の全てを白と水で染め上げる。

 あんなにも遠くへ飛んだのに、すべての魔法少女が感じ取り得る熱量が。

 けれど──海で弾けた。

 

「どうして、【的中】も使ったのに!」

「おやおや、これは間一髪。ふふふ、申し遅れました。私、ペルチットと申しまして──EDEN創設者が1人、SSS級、【仙導】という魔法を使います。以後、お見知り置きを」

「──今の感覚。心を操る魔法だなぁ?」

「はい。それが、どうかしましたか?」

 

 本気の一撃を、楽し気な一撃を狂わされたというのに、イドラはちっとも悔しがっていない。

 どころか、にたりと笑って。

 

「私達の中に、似たような魔法使うヤツがいる。気を付けなぁ、それのせいで私達ぁ止まれなくなってるからよ」

「──貴重な情報、感謝します」

「んでもって──【青陽】は海に突っ込まされた程度じゃ消えないよ」

 

 高波が上がる。違う、あれは吹き飛ばされた波だ。

 弾けたのは【青陽】ではなく、海。海面が弾け飛んだに過ぎない。【的中】はしっかり発動している。【青陽】は水程度で消える事はなく──故に、海中を蒸発させながら、また戻ってくる。

 

「あら、これは不味いですねぇ」

「おぉ、不味いと思うんだねぇ。んじゃ、どうする。創設者が1人に出会えるとは思ってなかった。今のEDENのSS級を相手に、SSS級はどう出るのか──」

「ルナ・ウィーマーン。【氷壊】を最大チャージし、【青陽】に当てなさい」

「はーい。……あれー?」

 

 極低温が背後に収束する。

 その氷は脅威だが、同時に【青陽】を止める程のものではない。

 

 故に、と。

 ペルチットは手に持つ指揮棒を、もう1人に向けた。

 

「シェーリース。チャージしていた【神鳴】を、【青陽】に当てなさい」

「わかった、目標を変更する。……?」

 

 2人とも、よくわかっていないままに──両者S級から放たれた魔法が、舞い戻ってきた【青陽】に直撃する。氷と雷。しかし、しかし、しかし、だ。

 Sが2人でも、SSには届かない。そんな単純計算ではない。

 

「──リジ!」

「さっきの氷、使わせてもらう」

 

 けれど。

 それがもっともっと集まれば。

 

「【喧槍】──!」

「【静弱】……氷の華付き」

「ハハハハハ! 驚いたか! まだ俺がここにいることに──そして死ね、魔法!」

 

 数多の槍が【青陽】を貫く。溶ける事のない魔法の槍。そして、先ほどルナ・ウィーマーンが氷山をくっつけた【静弱】。【静弱】を解除することなく、身体強化に物を言わせて無理矢理に持ち上げたそれで、【青陽】を殴り防ぐ。

 極めつけは敵将だ。何事かを哄笑する敵将が、始の点の斜面をその椅子で滑り降り、跳躍し──その義手を、【青陽】の中に突っ込んだ。

 

「馬鹿か貴女は!?」

「アンタ何やってるのよそこで! 逃げたんじゃなかったの──!?」

「理解不能」

「ハハハ! 熱い熱い熱い! だがこんなもん防げンのァ俺しかいねェだろ! ハ──小さい太陽だァ!? うるせェうるせェ、マジモンの太陽の使徒がどっかにいやがンだ、この程度の目晦ましで見失って堪るかよ!!」

 

 怖気が走る。

 先のあれは、チャージ妨害などではなかったのだと思い知らされる。

 

 ──【即死】。世界を殺すに足る魔法。

 

「くらえ、マッドチビ先生最新作!! 『折れないし溶けないし凍らないしあと軽いすっごい義手』!!!」

「それ正式名称じゃないって何回言ったらわかるのよ!!」

 

 発動する。

 敵将の魔法、【即死】。

 それが勢いの削がれた【青陽】を飲み込み──殺す。

 

「……そりゃ、世界が縋るワケだ」

「隊長、もう一度!」

「そうしたいのは山々なんだがなぁ、どぉやら潮時らしぃ」

「え──ァ?」

 

 がくん、かくん。

 自由落下する2人が意識を失う。アムリタ・アールレイデと鮫が受け止めていなければ、2人の身体は潰れていたかもしれない。あるいは下にいる式鬼のどれかが受け止めた可能性もあるが。

 

「隊長!? 宵知!?」

「何かいる。けどこれ無理ポ」

「透明な、音もしない、気配も無い、何かがいるカニねぇ」

 

 奪われる。

 戦場にいる魔法少女が次々と──奪われていく。

 

「鮫、【斜地】を──」

「敵の姿が見えなければ意味ないカニねぇ」

 

 そうして、3人も。

 意識を失った。

 

えはか彼

 

「ティケ。地上にソードマスターっぽいのがいる」

「ワハハ、え? なんで? オリジンじゃんやっば」

「あそこには遠征組突撃班のカネミツさんが行ってたはずだけど」

「なんだよ驚かせんなってー! ワハハ、カネミツなら大丈夫だろ、ウチ話した事ないけどな!」

 

 隊長を真っ先に殺され、周囲の魔法少女が意識を失ってく中、ティケだけは明るかった。

 明るく──ちょっとイラっとしていた。

 

「それよりさ、ワハハ。ウチさ、ウチさ、アレと戦ってみたかったんだよ。本気の殺し合い! ……でも邪魔した奴がいるよなぁ」

「誰?」

「多分アイツだ。なぁ井上、ウチ今からめっちゃ叫ぶからさ、ワハハ、ただの超絶嫌がらせに音運んでくれないか?」

「……うん。ティケのためなら」

「あ、じゃあ周囲に音漏らさないようにしてあげる。そいつの耳元で突然音響く感じとかどー? やば、良い考えすぎて自分好きになってきちゃった……」

「サイコーじゃん! あそだ、そんじゃさ、しゅぴ」

「わかってる。【譜運】を反射して全方位、でしょ」

「ワハハ、戦場来てこんだけ遊んでんのウチらだけだぜ! でもまぁ隊長死んじゃったしな! ワハハ、ワハハ──楽しく行こうぜ、なんたって戦場なんだからよ!」

 

 ティケの周囲から音が消える。スタットの【無音】。【無音】内部では音は聞こえるので、ティケ以外は耳を塞いで──その苛立ちを、彼女は叫ぶ。井上の【譜運】ではまだ言葉を届けることが出来ないので、ただ単純に叫び声を。その強靭な肉体から放たれる爆音は、あるいは【音破】にさえ届くのではないかと思う程煩く。

 

「届け先は、遠征組観測班アルカナ隊隊長、でいいん、だよね?」

「おう! しゅぴ、増幅の際は耳栓忘れるなよ!」

「わかってるって」

 

 ニタリと笑うティケ。

 折角本気で殺し合えると思ったのに、悪魔の名前も忘れさせられて、全然前線に出させてもらえないし、よく見たら身体ボロボロだし。

 鬱憤が溜まっていたので──嫌がらせをする事にした。

 

 ティケ。【抗運】。

 その本質は、デリカシーというものを母親の胎内に置き忘れた空気の読めない狂った化け物である。

 

 

 

 

「隊長、何か来る」

「キフ」

「こんにちはー。お届け物でーす」

「? 仲間?」

「ごめんなさい隊長。間違えたみたい」

「届け物。誰から?」

「ウチの副隊長。まぁ副隊長なんていないんだけど、ティケからお届け物。で、これを【反射】して、と」

 

 魔力の塊。

 そして──周囲を固める、四枚の鏡。届け人は耳栓をして、にんまりと笑った。

 

「わかってるなら説明は要らないよね。"余計な手出ししてんじゃねーぞばーか"だって」

 

 塊が、L・アルカナの直近で弾ける。

 ──その瞬間、L・アルカナの世界から音が消えた。周囲にいた観測班の者達も。すぐに【抑制】を使ったキフからも。無論、当然、ただの大声なので【抑制】など意味を成さない。

 

「ひーっ、耳栓貫通するってわかってたのに、なんで引き受けちゃったんだろ、って。わかってるか。あたしだってイラついてたし?」

 

 一目散に逃げるシュピーゲルを、けれどアルカナ隊は追わない。

 ただ。

 

「仕返し。記録」

「そうですね」

「念写した」

「音は?」

「普通に無理」

「でも、良い証拠にはなった」

「潮時?」

「そうですね。そろそろ我々は退散を──」

 

 静かな闘志を燃やして。

 

 L・アルカナ以外の4人が、カクンと首を落とし、意識を失った。

 

「……精神体を引き抜く。【幽拐】。ハイドレート。懐かしい」

 

 もうこの場にはいないのだろう、【隠涜】で隠された【幽拐】の使い手に想いを馳せて。

 L・アルカナは。

 

 その場から、忽然と姿を消すのだった。

 

えはか彼

 

「これは、妖術、ですね!」

「嗚呼。久方ぶりだな、姫よ」

「おお、そのお着物に狐面は、もしかしてナリコさんですか?」

「クク。そうぞ。侍衆が参謀、ナリコ。久しき邂逅に、貴女の名の通り茶でも飲みたい所だが──ククク、そうも言ってはおられんか」

「はい! 私個人、ナリコさんや侍衆の皆様には何の恨みもありませんし、なんなら利用させていただいた身ですけど──押し通らせて頂きます!」

「クククッ、素直、素直よな。良い良い。子供は素直が一番だ」

「ム! これでも私、魔法少女歴6()0()()の大ベテランなんですよ!?」

「ククク……嗚呼、知っている。故にこそ忍軍も侍衆も、ここまでの禍根を追ったのだから」

 

 紙吹雪が舞う。

 先程まで隣居たシェーリースとミサキの姿は見えなくなっている。

 自分は遠隔魔法少女なので、ミサキがいないのは不安……に思う反面、まぁ、国では独りで戦っていましたし? と気分を持ち直す。

 そもそも遠隔魔法少女というのが気に食わない。もっと苦無や手裏剣を使ってズバー! という魔法が良かった。手裏剣は遠隔であるとはいえ。なんなら苦無も投げるものであるとはいえ。

 

 して、少しばかりのため息。

 過去が追いついてきた、ってこういう事を言うんですかねぇ、なんてお婆ちゃんみたいな事を思ってしまう。

 

 捨てた過去。自分の名前が西方風らしくない事も相俟って、ただ忍者に憧れているだけの田舎者、っぽさ、少しは出せていたと思うんですけど。いえそもそも私忍者じゃないのでっぽさも何も、という感じですが!

 

「それで、何用でしょうか! 妖風情が!」

「ク──ククク、変わらないなぁ、姫よ。その、何も取り繕う事の無い態度。いやさ……クク、自らを偽ってばかりで、傷を負ってばかりの愛い子と接していた後だとな、姫は酷く辛辣に映るよ」

「無駄な問答は嫌いです! チャージ開始します!」

「吾の話が長い事は認めようぞ。だが──些か、我慢ができな過ぎる。それだから、殿にもよく怒られていたのだ。覚えておらぬわけでもあるまいに」

「わぁ懐かしい! お殿様! 今元気ですかね!」

「ククク、何を言っているのか──お主が妖にしたようなもののクセに」

「【光線】!」

 

 紙吹雪とナリコを焼き払う。

 此度の昇級試験S級として認められた主な理由は2つ。1つは光線の太さを変えられるようになった事。もう1つは照射時間がかなり伸びた事だ。

 故に、照射開始地点からぐるりと身体を回しても、更に縦横無尽に指を傾けても──まだ続く。

 

 ただの紙。紙。紙。

 その全てが焼き払われていく。切り裂くのとは違う。切り裂いては増えるだけだ。だから、焼いて塵にする。塵芥にする。芥にする。

 

「全く、これだから妖は! 言い掛かり甚だしいですね! ──お殿様が妖になったのは、自業自得です! 勝手に私に恋心を抱いて、無理矢理私と目合おうとして、私に拒否されて怒って! ──そして、私が魔法少女だと知っちゃって。子供なんかできないし、私は大人にならないと知ってしまったので、お殿様はかってに自暴自棄になったんじゃないですか!」

「ク、ク、クク──だが、初めからそうであるとお主は知っていた。であるというのに殿の見初めに是を返し──殿の心を弄んだ挙句の、拒否ぞ。何故断らなんだ。自らが魔法少女であると知っていたのならば──取るべき対応など、わかり切っていただろう」

「あー、これだから妖は! 本当に! 自分の都合しか考えてないんですね──軽蔑します!」

 

 心から。

 勝手に見初めてきたのはお殿様の方ですし。断れば打ち首も当然の様にあり得ましたし。まぁ首を断たれても生き返るんですけど。でも、一度死んだら、その国で生き難くなる、なんて目に見えていた事です。

 だから是を返し、姫と呼ばれるようになりました。それだけです。別にお殿様の事なんかまったく、これっぽちも好きじゃなかったので、告白も目合いも当然の様に断りました。魔法少女であり、成長しない存在であることも伝えました。子供もできませんと言いました。はっきり言いました!

 

 そしたら──お殿様は、ふらふらと後退して、狂ったように笑いだして。

 

 異変に駆け付けた忍軍、侍衆の前で──私を殺しました。

 その後の事はよく知りません。国が滅びたとか、知りません。私は被害者なので!

 

「──今、EDENをカンコウという妖が襲撃していることを知っているか?」

「え? そうなんですか!? じゃあとっとと敵将討ち取って帰らないとですね!」

「カンコウ。──元の名を、ミチサネという」

「お殿様ですか。もしかして私を追いかけてきたとか? 嫌ですね、しつこいヒトは嫌いです!」

「ク──なんとも思わぬか」

 

 なんと思ってほしかったんでしょうね。

 何か心残りがあってほしかった、というように聞こえますが。

 

 けど、やっぱり知りません。 

 私はもう第二の生を歩き始めたんです。魔法少女という素晴らしく楽しい道を。痛い事や苦しい事は多いけれど、死なないから──友人方々と笑い合える、笑い続けていられる幸福に満ちたこの道を。

 

 なれば、それを絶やさんとする敵将も、お殿様も、ナリコさんも。

 

 許せません。

 許しません。

 

「姫よ。もう1つだけ、良いかえ?」

「えー! 仕方ないですね、もう一つだけですよ?」

 

 チャージを開始する。

 特に答えるつもりはないので、聞いたら撃とう。もう場所は把握した。

 

「──ユクナ、という名を、覚えているか?」

「──……、……覚えてないので【光線】!」

 

 ちょっと動揺してしまったけれど。

 多分透けてないはずです!

 

えはか彼

 

 金属音が鳴り響く。

 先程から、何百、何千と。

 数える事も億劫になるほどの剣戟が──響き続ける。

 

「甘いな。そして、浅い。フェリカ。弱くなったな」

「貴女が、私の何を知っていますの……!」

「少しの間、近くで見ていたというだけだ。それでもわかる。──【神速】の名が泣くぞ」

 

 金糸を流す【神速】の少女、フェリカ・アールレイデ。

 数多の槍を創り出し、それを以て戦う戦士、ウィジ。

 

 踏み込みから放たれる斬撃は文字通りの神速。にもかかわらず、剣を振り下ろした先には必ず槍がある。片方の槍でフェリカの剣を防いだのなら、もう片方の手に新しい槍を創り出し、それで彼女の腹を薙ぐ。当然【神速】で後退するフェリカに、しかしウィジは追撃することなく【喧槍】を射出。となればフェリカは避けなければならない。

 攻めているのはフェリカだ。

 けれど──疲労して行っているのも、フェリカだ。

 

 ウィジ。アインハージャが1人。

 魔法少女になるために訓練を続けるアールレイデも勿論強いのだろう。苦行であり、他の魔法少女と画一した地力を持つのだろう。

 けれど。

 

「目的を見失った獣に負ける程、私は弱くない」

「何、を──!」

 

 斬撃から突きに切り替える。その切っ先を狙い、ウィジも槍で突いてくる。軌道は完全に同一。速度はフェリカが圧倒的に勝るが──単なる量産品の細剣と、魔力で編まれた槍では耐久性に差がありすぎる。

 砕かれたのは、フェリカの剣。

 否。

 

「なるほど、速度だけで我が槍を砕くか」

「量産品といっても安い剣ではありませんのに、そうも易々と……!」

 

 砕けたのは両者の武器だ。

 フェリカは亜空間ポケットから、ウィジはまた新たな槍を創り出し、構える。

 

「フェリカ。貴女は何をしにここへ来た」

「──世界を、魔力を殺さんとする大敵を討ち取るため、ですわ」

「その大敵とは誰だ」

「貴女方の敵将。それ以外に居ますの?」

 

 はぁ、と溜息を吐くウィジ。

 聞いてはいた。聞いてはいたが、と。ウィジは口を開き、言う。

 

 お前達を、世界を、魔力を脅かす者だ。
 梓・ライラック、と言ってもわからぬか

 

 聞こえない。聞こえない、と。フェリカは頭痛を覚える。

 先程から、時折聞こえる名前が、聞こえない。恐らくは敵将の名。先ほど自分も吐いていた、誰かの名前。

 大事なものだった気がする。

 大切なものだった気がする。

 

 恩人だった、気がする。

 

 なれば、何故そんな気がするものに、刃を向けている?

 決まっている。

 脳裏を反芻する声のためだ。

 ──".椅子低区座矢羅栖琉粗暹羅氏"

 ──".旗炉又不安端"

 

 古い言葉。古代の言葉。敵将の用いる謎の言葉とも、少しばかり違う言葉。

 目を覚ましなさい、太陽の使徒。起き上がり、敵を討ちなさい、太陽の使徒。

 貴女は変わらない、不変の存在。ならば貴女は何を恐れるのでしょう。

 貴女の名はなんですか? 貴女の存在意義は、なんですか?

 

「──魔法少女の存在意義は」

「おい……? ──待て、早まるな!」

 

 いつの間にか──手に持つ細剣を、首に当てていて。

 

「──世界を光で照らす事、ですわ」

 

 斬る。

 神なりし速さを以て、剣を引く。

 引かばこの細首は血を噴き出して──本来の姿を取り戻すだろう。

 

 引くことが出来れば、だが。

 

「いーや、違うね。ハハ──よォお嬢。こんだけ近づいて、まだ見えねェか、俺の事」

 

 動かない。腕力で負けるはずがない。速度で負けるはずがない。身体強化で負けるはずがない。

 ならばなぜ、引けないのか。

 

 そんなの、わかり切っている。

 

「いいのかよ──その剣引いたら、お嬢ごと俺の首も斬れちまうぜ?」

 

 それくらい至近距離に。

 唇と唇が、当たるくらいの距離に。

 

 その顔があったからだ。

 ずっとずっと思い出せなかった、ずっとずっと──靄がかっていた、その顔。

 今まさに魔法に食べられかけた己を。

 今まさに魔法にならんとしていた己を。

 

 ──あの時。

 EDENの片隅で、同じように魔法になりかけていた()を。

 

 助けてくれた──少女の、顔。

 

「目ェ覚ませ、金髪お嬢様。お前はお前のまんまだって俺が認めてやる。だからちゃんと──自分が自分じゃなくなることを、怖がれよ。わかったな?」

 

 ニカっと笑うその顔が。

 呪縛を、完全に解いた。

 

えはか彼


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