遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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59.地参安堵迂員弩上亜羅伏度員地内途.

 シエナと脳筋娘、紺碧ベルトを【隠涜】で隠し、強い所や厄介な魔法少女から崩していく作戦はほとんど順調だった。最初に【抑制】の奴らに脳筋娘の身代わりを近付けさせてバラし、それがいなくなったことを錯覚させる。どォにもアツくなっちまってるっつーか、俺の鼓舞と同じく魔法少女限定の興奮状態みてェなのが戦場に引き起こされてるみたいなンで、当初の予定よりも上手く行った感じァある。

 命、精神、心を操る魔法はSSSとされる、か。

 それっぽいのァ感じ取れたが、ありゃ魔法かどォかァわからねェな。

 とりあえず魔法少女側はほとんど瓦解してる。残ってるのァちょいと消耗してる赤スカーフに相対してるポニテスリット、着物狐の式鬼に飲み込まれた太腿忍者、わけがわからねェって様子で魔力を使いまくってるねぼすけと背中メッシュ。ブラックホールの行方がちょいとわかってねェのと、かなり序盤からキラキラツインテがいないのが気になる。

 

 この鼓舞の発信源と思われる遠征組観測班アルカナ隊は、その隊長以外捕まえた。

 今ァこっちの拠点でその洗脳染みた鼓舞を解くのと、こっちのやること理解させて、賛成か反対か聞いて、賛成だったらちと眠って貰って、反対だったらながーく眠ってもらう、って作業をパッパラメガネがずーっとやってる。創設者の中で唯一戦場に出てきてねェのァそのためだ。

 裏方でヒーヒー言いながら選別作業中ってな、あんま良い気持ァしねェんだが。

 

 一方で、着物狐からの通信っつか手紙っつか、式鬼を用いた報告で、ソードマスターってな名前の化け物が出たと。んで、その正体ァ尖り前髪だっつーとんでもねェ話が来た。魔法に食われた結果だと。そして恐らくその結果を辿るのは、鼓舞によって気が高まりすぎてる奴らが該当するンだろォと。

 

 だってンで、一回下がらされて、もっかい勝手に出てきてぶち怒られて、そんでもまた出張ってきた俺がお嬢の魔法化を阻んだワケさな。

 

「梓──さん」

「よォお嬢。二転三転、意見変わりまくりのブレブレ人間で悪ィがよ、ちと付き合ってくれねェか? 世界を殺すのも、魔力を殺すのもやめたンだ。殺してくれって言われてるらしィんで、やめた。ただ、これ以上世界が苦しまねェよォに──もう魔法少女が生まれねェよォにしたい。そのためにゃ、今のEDENァ邪魔でね。本物の楽園を取り返しに行くトコなンだ」

「……」

「どォだ。今なら信じられるかよ、俺の言葉。俺のこのかっるい言葉を」

 

 もう体力ァ限界に近い。

 着物狐にも言われた事だ。疲労する事のない魔法少女が、体力限界を迎える。

 それがどォいう事なのか。

 

 簡単だ。

 生命維持に魔力を使わなきゃなンねェほど──俺の身体ァ死にかけてる。

 傷口縫ったからってどォにかなる傷じゃねェのさ。常に微量の身体強化してねェと、俺の身体ァすぐに機能停止しちまう。それを防ぐために常時魔力が使われてンで、すぐに疲労する。

 

 上等だよ、ってな。

 

「……1つだけ、聞かせてくださいませ、梓さん」

「あァよ」

「その道は──梓さんが、これ以上に傷付く道、でしょうか」

()()

 

 躊躇わない。溜めない。

 即答する。

 化け物にァいっそう狙われるだろう。【即死】欲しさってだけじゃねェ、化け物達の悲願に必要な魔法少女の因子までもを殺そォってンだ、今ァルルゥ・ガルに協力してない化け物も全部狙ってくるだろう。

 魔法少女やEDENも敵に回すだろう。取り返すつもりでァあるが、未だ未知数の中央部及び上層部ァ確実に敵だ。それは今後の敵になり得る。

 

 んで、アズサも、だろォな。

 安藤さんァ自身を敵だって宣言してた。ルルゥ・ガルと完全に結託してるってワケじゃねェのは意外だったが、あっちのマッドチビ含めてなんぞやってンだろ。

 敵だ。敵ばかりさ。

 

 太陽も風も完全にコッチ向いて中指立ててンだ。ハハ、これ以上に傷付くなんざ当たり前ってんだよ。

 

「──だが、お嬢が守ってくれンだろ? ハハ──俺達の首元にある、この剣をよ。双方傷つける事無く、ただ敵を斬るモノとして。最初に言ってくれたよな。一番だ。俺達が出会ったあの場所で、自分ァ何のためにあンのか語ってくれたよな。アインハージャだけが守護者じゃねェ。アールレイデがどォとか知らねェけど、少なくともお嬢の剣ってなよ」

「誰よりも速く、敵を殲滅し──人々に安寧を齎すための剣、ですわ」

 

 その眼に光が戻る。

 いいね。そォさ、それでこそお嬢さ。

 俺の価値観も倫理も受け入れられねェのかもしれねェ。ぶつかり合うンだろうが、知ったことかってな両方そォだ。俺も知らねェし、お嬢も知らねェ。

 

 ただ。

 

「それで──梓さん。私は貴女を守護しますが、貴女は私に何をくれますの?」

「道を」

 

 俺が道を付ける。誰が前にいよォと関係ねェ。誰に守られていよォと知ったこっちゃねェ。

 

 俺が進み、俺が前を行き、俺が道を付ける。

 その後ろを誰がどォ進もうが知らねェ知らねェ。ただ俺ァ、二度目のこの命を用いて、何かを導く御旗となる。

 

「要らねェんなら要らねェって言えよ。俺ァ勝手にボロボロになってくし、俺ァ勝手に道筋を変える。ハハ、ふらっふらと揺れる探照灯だ。ンな不安なモンについてきたがる酔狂な奴ァ、お嬢以外に誰かいるかね?」

「案外、沢山いそうですわ。アインハージャのお2方もそうですし、ディミトラさんもなんだかんだ言って面倒見がいいですし……あっちでまだおかしなことになっているミサキさんも、シエナさんやナリコさんも。……貴女を私だけのモノにする、というのは、無理そうですわね」

「ンな事考えてたのか? ハハ、無理だね。お嬢の光じゃ弱い弱い」

「──では」

 

 自分と俺の首元から剣を離し、一歩下がる金髪お嬢様。

 崩れ落ちそォになる体と車椅子ァ、青バンダナが掴んでくれた。すまねェな、苦労をかける。っとに。

 

「SS級魔法少女、【神速】がフェリカ・アールレイデ。──この程度では満足いただけない、ということですので」

 

 上を向く。

 向かざるを得なかった。

 彼女に似た気配がしたから。でも、あの世界から出てくることは出来ないはず。

 

「太陽の意思に触れ──少し、理解しましたの。私は初めからSS級でしたし、役割も理解していましたが──なるほど、世界を苦しませたくないというのなら」

 

 歪む。金髪お嬢様の周囲が──何か、レンズでも通しているみたいに、歪む。

 

「お2人とも。これから私のすることを、どうか止めないでくださいまし。危ない事ではありませんので──」

 

 言いながら、お嬢は。

 その剣を──自分の胸に、向けて。

 

 そのまま突いた。

 

「な──」

「大丈夫だ、青バンダナ」

 

 死の気配ァしない。

 他人に向かう死の気配ってな感じ取り難いンだが、一切しねェってこたそォいう事だ。

 

 金髪お嬢様の魔法少女衣装がはじけ飛ぶ。

 光。何の光か、太陽の光か。目を閉じた彼女の周囲を光が飛び交い、その胸に剣がするすると入り込んでいく。強い光だ。目の眩むような──しかし、他者を引き付けてやまない、暖かい光。

 戦場にいる誰もに届いたことだろう。戦場にあるすべてを照らした事だろう。

 いびつなやり方ではなく。

 

 本来の、照らし方で。

 

「──.握玉琉或琉(魔法のダウンロード)太布泥椅子(及びアップデート)或紫龍渡視人(インストール)或丹治琉(完了しました)

 

 その、夜の使徒(俺達)風の使徒(化け物)の使う言語とは別のそれが呟かれた瞬間。

 光は一斉に弾け飛び──。

 

 そこに、どこか花嫁衣装を彷彿とさせるデザインの魔法少女衣装を着たお嬢様が、立っていた。

 

「【神光】──フェリカ・アールレイデ。役割を3つ統合し、新生いたしましたわ」

 

 彼女はそう、凛と告げた。

 

えはか彼

 

 自分が剣であるという自覚がある。

 自覚しかない。己が何者であるか──など。剣であることの前には、無に等しき意味しか持たない。

 

 ただ目の前にあるものを斬る。

 生物も、そうでないものも。あらゆるものを切り刻む。

 

「うわ、本当にいるじゃない。オリジン……発見例が一番多い奴だけど、結局単純に強くて厄介な──え? 何? あれ魔法少女だから殺すな? 無理言うんじゃないわよ、ソードマスターよ? そんな手加減してたらこっちが殺されるって──はい防ぐけど、って斬られた!?」

 

 何か。

 煩わしいものが、来た。

 関係が無い。斬る。

 

「嘘でしょ、今の黒曜石なんだけど……無力化してくれ、って無茶な注文にも程がある……」

「おやおや、ディミトラ。いきなり弱音ですか。でもまぁやるしかないんじゃないですか? ほら、協力してくださる魔法少女の皆々様もいることですし」

「体が、いう事を聞かない。それだけ。協力してない」

「もうねむいー」

「……【仙導】。怖い魔法よね。より強い強制力が無いと解けないとか、ホント……」

 

 斬る。

 増えたのを、斬る。

 小さきものたち。否、己が巨体なのだろうか。どうにも慣れぬ──何に?

 どうでもよいか。

 

「くッ──行きなさい、ガーゴイル軍団!」

「はい、式鬼の皆さんも群がってくださいねぇ。シェーリースさんはチャージ開始、ウィーマーンさんも同じくですー」

「チャージ開始する……」

「もうつかれたー」

 

 天。集まるは紫電。

 問題ない。雷など、切り裂けば良い。眼前。冷気。

 問題ない。氷など、切り裂けば良い。周囲。式鬼。

 問題ない。妖など、切り裂けば良い。

 

「ちょっと、全部効いてないんだけど!? というか雷斬るってどういう理屈よ!」

「あらら~、これはちょっと不味いですねぇ。応援呼ばないと無理そうです」

「っ、なら──コイツでどうよ! 行きなさい、ティラノゴイル!!」

 

 鋼の獣。

 問題ない。切り裂けば──何?

 

「さっき急造したガーゴイル達と一緒にしないで欲しいわ。ふふん、このティラノゴイルは強化に強化を重ねた最新作──さらに、今さっき切り裂かれたガーゴイルの鉱石も融合して……!」

「あー。ディミトラ? あの身体に翼を付けると、全体のバランスというものが……」

「うっさいわね! この天才彫金師に文句があるっていうの?」

「あーあー。角に、新しい足に、腕も増やして……」

「腕も足も大いに越したことは無いわ。そんなこともわからないのかしら」

 

 異形。獣ではなく、妖。

 硬い。であれば──より鋭く。より迅く。

 

 より──高く。

 

「え……」

「あらあら。も大目玉だと言っていましたけど、こんなにあっさりやられちゃうんですねぇ。……これは退避一択では?」

「ワハハ、ワハハハ! おいみんな、あっこにマジのソードマスターがいるぜ! 近くになんか敵もいるっぽいけど」

「ティケ、流石にあれ勝てる相手じゃないと思うけど」

「そんなのやってみなけりゃわからないだろ? ワハハ、でもお前ら下がってな。アイツ危ない。等級区分で言えばSSは軽く超えてるぜ! え、なんでそんなのここにいるんだ?」

 

 また、煩いのが現れた。

 斬る。

 

「どわ、見えなかった! ワハハ、でも運が良かったな! 当たらなかったみたいだ! いや斬られた後から斬られたって気付くってどんだけだよ」

「アンタ達、EDENの魔法少女……ネイビー隊ね!? ちょうどよかった、手を貸しなさい!」

「ワハハ、そうしたいのは山々なんだが、ウチらってば隊長以外B級以下の弱小隊でさ! こんな危険な魔物と戦った事なかったりする! ワハハ、でも当たらなきゃ意味ない──あ、これ当たりそうだから避けよう」

 

 避けられた? 

 ……もっと迅く。もっと。もっとだ。

 あらゆるものを切り裂ける程に。

 あらゆる障害を、引き裂けるように。

 

「──(kill)

「っ、運びなさい!」

「うわ、なんだこれ水? 鉄? よくわかんないけど助かったよ、ワハハ、ってディミトラじゃん! よくみたら! ウチのこと覚えてるか? まぁ覚えてないか、なんせ昔の事だもんな!」

「アンタみたいなのは一回見たら忘れないから人違いよ!」

「そうか! ワハハ──あぶね」

「──(kill)

 

 弱い。

 心が躍らない。いつからだ。いつから、心は踊っていない。

 強者を求める。もう、いいか。周囲の些事など──斬ってしまえば、もういいか。

 

「ッ──【仙導】、自分達の持てる全力でこの場から退避しなさい!!」

「──斬是無折(斬殺する).」

 

 嵐は止まない。

 

 その時、より強いものが、空に現れた。

 

えはか彼

 

 紙吹雪が舞う空。

 幾千枚あるのだろうか、数えるのも億劫になる程の枚数が、球形に2人を包んでいる。

 先程から、一体幾枚の紙を焼き払った事だろう。

 先程から、一体何度紙の壁を突き抜けようとしたことだろう。

 

 こんなものを相手にしている時間は無いのに。

 

「──そろそろ、私も怒りますよ」

「クク──今更か。吾はとうの昔に怒り狂っているというのに」

「それは、ナリコさんがお殿様を好いていた、というだけじゃないですか! 逆恨みですよ逆恨み!」

「ク──その通りだが、何ぞ?」

 

 こういう時、【波動】や【神速】だったら簡単だったのになぁ、と思う。

 自分の【光線】は、やっぱり殲滅力に欠ける。Sにはなれたけど、多分それ以上は無理だという自覚がある。

 毎日毎日、嫉妬している。みんなの色々な、便利な魔法たちに。

 SS級の凄さは身近で見ていた。ミサキの【波動】とて、もう少し使い方を変えたらSSに届き得るだろう。シェーリースのそれだって、一点集中じゃなくてもっと本数を増やせばいいだけだ。それくらい、考え付く。それをしないのには何か理由があるのか、単純に気付いていないだけなのかはわからない。

 教えて欲しいって言われたら教える気満々なんですけど、中々頼られないんですよねぇ私。私自身が魔法で悩んでいるから、なんでしょうけど。

 

「そういえば、ナリコさんの魔法はなんて言うんですか? 魔法少女になれたみたいですけど、今使ってるの妖術だけですよね?」

「素直に言うと思うか?」

「素直に言ってしまうとタネが割れて弱くなっちゃう魔法ってことですか?」

「ククッ、元々天然の煽り娘だったが、意図的に煽る事も覚えたか」

 

 妖術、あるいは式鬼は、侍衆であればだれもが使えた術だ。その得手不得手はあれど──彼女の血肉を自らに焼き入れた侍衆であれば、本来は魔物の使う術であるそれを使い得る。

 だから、問う。

 式鬼城郷。これはナリコという妖が本来持っている術であり──魔法少女としての魔法ではない。

 わからないところは問えと教わった。だから、問う。

 

「魔法は本人の性格や人生そのものを表すらしいですよ? だから──妖の目覚めた魔法がどんなものなのか、気になるんです!」

「ク──クク。良い良い。なるほど、まっすぐで融通が利かず、自己主張の激しい姫に、確かにそっくりだな、【光線】は」

「ちゃんと答えてください!」

 

 故に、【神速】の彼女は誰よりも速く行くのだろうし、【神鳴】の彼女は強く輝くのだろうし、【波動】の彼女は他者に心を許さないのだろう。そして──()()()()()()()()()()()()は、即断即決なのだろう。

 わかっている。正直に言えば私って馬鹿で愚かな自己中心的なヒト、という感じに捉えられがちですし、自覚もありますけど──だからこそ、自己分析は得意ですよ?

 わかっています。自分の目的があやふやで、誰か、心から大切と行かないまでも大事な友人を忘れさせられている、なんてこと。分かり切っていますとも。

 

 その上で、戦っているんです。

 その人を殺すとか倒すとか目的を阻止するとかどうでもいいですけど。

 

 私は【光線】のユノン。一度発射されたら、戻りはしないのです!

 

「良い良い。良かろうよ。ならば教えよう、吾の魔法」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「クク……吾の魔法は」

 

 揺れる。

 視界が? 世界が?

 

 ようやく出てきた女性。それに手を向けようとして──けれど、身体が重い。強化する。遠隔魔法少女の自分はあまり身体強化を得意としないけれど、強化に強化を重ねて──けれど、重い。

 思考が遅い。身体が重い。何をしようとしていたのか。そもそもここはどこだったのか。私は。

 

「【傾刻】」

 

 視界の全てが、紙によって包まれた──。

 

えはか彼

 

「アンタ、良い報せと悪い報せがあるわ! どっちを聞きたいかしら!」

「あら、ディミトラさん。そんなに焦ってどうしたのですか?」

「うげ、【神速】……って、もう和解した感じ?」

「あァさ。悪い報せを頼む。良い報せってな、ほぼほぼの魔法少女制圧完了ってこったろ」

「ええ、そうよ。あとはミサキとザイフォン・英って子と、あるるららって子だけ。今から私達はミサキを押さえに行くわ。アンタの友達のユノンって子は、さっきナリコが制圧したみたいね」

「へェ。で、悪い報せを頼むよ、マッドチビ先生」

「──ソードマスター、止められなかったわ。ペルチットの【仙導】で周囲の子達は逃がしたけど、今全力でこっちに向かってきてる。ティラノゴイルは一瞬で負けたわ」

「あァー。ちなみによ、マッドチビ先生」

「何よ」

「ティラノゴイルに変な装飾とか付けなかったよな?」

「……付けてても付けてなくても負けたわよ、あんなの!」

 

 付けたンだろォなァ。

 まァどっちにしろ、って感じでァあるが。

 

「お嬢。殺さないで無力化ってな、できるか」

「お任せを、と言いたい所ですが──ソードマスターといえば、数少ないオリジン種の中でも最も目撃例の多い種。私1人では、どうあっても勝てませんわ」

「そォなのか。んじゃ俺も行くからよ」

「馬鹿ですの? と問いたい所ですけれど……お願いしますわ、梓さん」

「おォさ。あ、青バンダナァマッドチビ先生とポニテスリットの制圧に向かってくれ。そろそろ赤スカーフもキツそォなんでな」

「……わかった、とは言えない。梓、貴女は自身が満足に動けない事を自覚すべきだ」

「してるしてる。だがよ、お嬢が来て欲しいっていうンだぜ。応えねェ理由があっかよ」

「……」

 

 青バンダナの気持ちァわかる。っつか、俺だって味方にンなボロボロの奴いたら下がらせる。心配だし邪魔だしな。けど──ハハ。太陽の使徒との共闘ってなあんま好まねェが、太陽との共闘ならまァまァまァ。

 非善だが、それくらいの許容ァしていいだろ。なァ神さん。

 

「──問答をしている暇は無いようですわ。前線は私が張りますので──梓さん。指示を。そして、言葉と、ここぞという時の切り札を。その全てを任せますの」

「あァよ大役だな。ハ──いいね、アレがソードマスターか。尖り前髪……ある種師弟対決だァな、オイ」

 

 金髪お嬢様Mk.Ⅱ、とでもいうべきか、【神速】から【神光】と魔法名を変えたお嬢ァ、当然の様に知覚外の速度でソードマスターにぶつかり合う。

 背中より出でるは光の翼。そして、光輪。天使みてェに頭にあるンじゃなくて、背中にあるンだ。ハハ、背中の露出度がやべェなあの衣装。太陽ってなそォいうのが好みなのかね、

 

「──(kill)

「斬りますわ」

 

 響き渡る音は、それだけで周囲に亀裂を齎す。

 いんやさ、どんだけだよ。つかマジで尖り前髪A級ァ嘘だろ。魔法に食われてる状態つったって限度があらァさ、ありゃ普通にSSに届くだろ。

 さて──どっから崩すか。

 

 ソードマスター。

 見た目ァ、でけェ武士って感じだ。全身から刀が生えてンのと鬼みてェな形相してる事抜けば、ただでけェヒトに見えなくもない、なんてこたない。普通に化け物だ。

 それを元の尖り前髪に戻すにはどうしたらいいか、って。

 

 まァ太陽と風を殺しゃいいんだが──さて。

 

「クク……吾の助けが必要か、吾の妻」

「あァよ。大助かりさ」

「姫に続き頭領までも、手のかかる身内だ」

「大助かりじゃないですの!! 今梓さんと私の蜜月!! デート中ですわ! 邪魔者は引っ込んでいてくださいまし!!」

「そう言われると居座りたくなってきたぞ? クク、良いか、梓。あれなる妖は、所詮剣でしかない。全身が剣であるが故の危険性は、しかし全身が剣であるが故の脆弱性にもなり得る」

「──横からの攻撃にゃ弱いってか?」

「クク、どこが横なのか。それを考えるのはお主の仕事だ。──さて、フェリカ。何やら眩しくなったようだが、今の吾も些か気分が良い。勝手に加勢させてもらうぞ」

「いいですけど! 梓さんの妻は、私ですの!!」

「クククッ、良い良い。初めに言ったがな、吾は他の妻も認めるぞ? ──吾が一番である、というだけで」

 

 なんぞ、緊張感が一気に削られたな。

 まァいいよ。頑張ってくれ。お嬢ァ剣で、……着物狐ァありゃなンだ、紙の槍?

 

 車椅子の手すりに肘をつく。

 んじゃまァ──視るか。

 

 命の気配。大丈夫、まだ魔法少女のカタチをしている。

 あれァ魔法に食われてるけど、魔法の胃袋ン中にいるに過ぎねェ。んじゃ外っかわだけを殺しちまえばいいかってーと、そォいう話でもない。今の尖り前髪ァ特殊魔法少女みてェなもんで、魔法を殺すと尖り前髪も死んじまう。

 だからどーすっかてーっと、魔法を弱めて、尖り前髪が前に出てくるよォにすりゃいい。なンだって魔法に食われたかって、太陽の使徒の言葉でその側面が強く出たってだけなンだろォし。

 

 はン……?

 てーと、ウチで抑え込んじまえばいいのか?

 

「──お嬢、着物狐、上だ! 空だ! 天へソイツもってけ!」

「わかりましたの!」

「足場は紙を使え。何、お主の蹴り程度であれば受け止められる」

「必要ありませんの! ──私、飛べますので!」

 

 光の翼が出力を増す。ありゃ翼ってよりブースターだな。シエナのを参考にしたのか?

 明らかに魔法の種類が変わってる。【神速】から【神光】になって、光も扱えるよォになったと。3つの役割を統合……ってな、まァ、あと1つも大体わかるが。

 

 いんやさ、さっき紺碧ベルトが意識奪って連れてきた【超躍】ってな魔法もってる子がいりゃ簡単だったのやもしれねェが──ま、触れるだけで危ねェしな。

 

 ここァお嬢にやってもらおう。

 

 んで、俺ァ俺で何もしないわけじゃァない。

 

「着物狐ァ少しでもソードマスターに紙巻き付けな! 式鬼でもいい、巻き付く奴!」

「ク──良かろう。どうせ、吾の制御を離れ、お主が使うのだろう? 聞き分けの良いものにしておいてやる」

「あァさ」

 

 お嬢の足場にと取り出した紙たちが繋がり、繋がり、繋がって、一枚の長い紙になる。言っちゃ悪いがトイレットペーパーみてェになる。

 ンなもんより遥かに硬いが。

 それがソードマスターにぐるりぐるりと巻き付いて、絡みついて、その動きを少しだけ阻害する。少しだけだ。けどそれァ、お嬢への手助けになる。

 下側から怒涛の攻撃でソードマスターを打ち上げているお嬢への負担を減らすンだ。なら、わかるな。

 

「 OMAEHATORIDA OMAEHATSUBASADA OMAEHASORAWOTENWOJIYUNIHABATAKU ICARUSNOTSUBASA !」

 

 それはお前を自由にするものではなく。

 それはお前を縛り付け──その身を溶かすものである。

 

 さらに、さらにだ。

 ちィと長いが──。持ってくれよ、俺の身体!

 

灰鳥有為預(よォ神さん)舞御土(夜の神よ)! 伏理伊豆御分地土亜(冥府の扉を)負不地根座割琉度(開けてくれ)! 安堵,伏理伊豆泥館巴図(そして、太陽の力と)織負不地参安堵地巴環(風の力を)負不迂員弩(バラしてやってくれ)!」

 

 あんまり近づきすぎちゃいけねェってな知ってる。

 もうそろやべェのも知ってる。

 俺の身体が死にかけだから──マジに夜の使徒になりかけてるってなもわかる。

 

 今までもそォだったのさ。死にかけた時にこの言語が使えたのァ、死地に向かう時にこの言葉がわかったのァ──夜の使徒に。つまり死者にならんとしていたから。

 世界言語なんざ、ンな便利なモンじゃねェ。理解すりゃするほど神に近づく。死に近づく。だからアインハージャ達ァ詩や諺でしか理解してねェんだし、理解してても創設者たちァほとんど使ってねェ。

 こんな乱用して良いモンじゃねェんだ。

 

 ギシ、と鳴る。何が。

 何かが、だ。馬鹿め。知るか。

 

「お嬢! 天だ! 空の穴に、そいつぶち込め!」

「わかっています──見えていますのよ!!」

「着物狐、落ちてくるだろォ尖り前髪のために網でも作っといてくれ」

「ク──蜘蛛の巣で良いか?」

「なンでだよ。いいけど」

 

 紙に絡めとられ、式鬼に自由を奪われ、【神光】の空へと追いやられ──ソードマスターァ、尖り前髪ァ。

 天へと開いた大穴に。真っ黒い、おどろおどろしい、冥府の門に。

 ばくり、と飲み込まれた。

 

「──!!」

「む……遠吠え?」

「あァ……アイツらが一番行きてェ場所だからな。いんやさ、行きてェわけじゃねェか。だが──あそこでなら、と。何度願ったンだろうな」

 

 遠吠えは遥か彼方に響き渡る。

 多分、輝きの園を離れたルルゥ・ガル達だ。アイツらが辿り着きたい場所の、1つ。

 

 めぐり続けるが故に、永遠を手にせねばならぬという宿業を負いて生まれてしまったがために。

 ただ巡り、廻り、一となって死を望む。

 

「けど──俺ァ、その救いを否定する」

 

 それは夜に捧げる一節の祈り。

 これは夜に捧げる祈りの物語。

 

 天へ上がれ、打ち上がれ。

 上がりてそこで、砕けて死ね。

 

 夜の帳ァ落ちてもいいが、太陽が落ちて来たらみんな焼け死んじまうだろ?

 

「……着物狐」

「良い良い。任せろ。残りの処理は、吾らがやる。──眠れ、吾の妻。だが──必ず目覚めろよ」

「はン、誰に物、言ってやがる──」

 

 限界だ。

 もう目が開けられない。

 

 冷静メイドァ、上手くやっただろォか、ね……。

 

えはか彼


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