ところ変わって防衛拠点。
そこには魔物の軍勢が押し寄せていた。それはもう、軍勢が。
けれど種類はわからない。何故って。
「……アールレイデ。凄まじいな、SS級というのは」
「多分鬱憤も含まれているかと」
「ついて、いけなかった」
押し寄せる軍勢──その全てが死んでいく。細切れになって、液体になって。
駆け巡るは金色の風。それはもうグロテスクな戦場を、美しき煌めきが縦横無尽に走り回る。
無論、それ以外が何もしていない、というわけではない。
空中を来る鳥系や蝙蝠系統の魔物には遠隔が、精神体系統には特殊やそういったものに特化した近接が対応しているし、金色の風の外側でもちゃんと戦闘が起きている。
彼女の殲滅力が桁違い過ぎる、というだけで。
「……しかし、遠征隊は全滅、ですか」
「ああ。全員還ってきたが、まだ蘇生は終わっていない。終わり次第報告させなければいけないが……その前に詰められた場合は、少々激戦となるだろうな」
「梓と、ミサキは?」
「サボりだ」
「?」
そんなわけがない、という顔に、指揮官──ジュニラは苦笑する。
随分と信頼されている。C級、というのも、内申点が低すぎるせいなのだろうことはわかる。あの少女……梓・ライラックは、銃器という補助が必要ではあるものの、A級に届き得る資質を持っている。それは魔法【即死】だけでなく……作戦を立てる、ブレイン、あるいは己と同じ指揮官としての資質を。
あれは将来大物になるだろう。その性格上色々と難はあるだろうが、あるいは肩を並べて戦場に立つ日も近いかもしれない。否、追い抜かされる日も──。
「指揮官! ヤバイのが来ましたわ!!」
「アールレイデ、ライラックの適当な口調が移っているぞ」
「それは嬉しい、でなくて!
「──なんだと?」
どこだ、と。
見渡して──気付く。
先程まで戦っていた、アールレイデの攻撃範囲外で戦っていた魔法少女の姿が見えない。
「ッ、危ない!」
「!?」
硬質な音が鳴り響いた。
いつの間にか眼前に来ていたアールレイデの剣に、何かがぶつかったのだ。
「ギ、ぃ……!?」
「カ──」
次の瞬間には、横で【光線】と【神鳴】をチャージしていた二人が悲鳴を上げる。【光線】……ユノンは腹を、【神鳴】シェーリースは喉を──食い破られていた。
みれば、アールレイデも片腕に噛み痕がある。
「ウルフか!」
「体の透明な、非常に迅いウルフですわ! 恐らく体躯はそこまで大きくは──そこ!」
アールレイデが剣を突き刺した先に、一瞬だけ剣先が見えなくなったことが判断できた。
身体も、体内のものも透明にするウルフ系の魔物。
新種だ。
「とにかく、防御が出来る方は全力で防御を! この魔物──私達を殺してはくれませんのよ!」
「……そこまでの知能持ちは、不味いな」
「だからヤバイって言ったんですのー!」
殺してはくれない。
つまり、魔法少女を殺したら、時間はかかるものの復活するとわかっている、ということだ。だから致命傷に至るか至らないかくらいの傷を与えて、動けなくして、こちらの戦力を削ってきている。実際腹を抉られたユノンと喉を嚙み千切られたシェーリースは息も絶え絶えではあるが──まだ死ねていない。
「──アールレイデ。介錯を」
「ッ……いえ、わかりましたの」
一瞬、驚いたような顔を見せたアールレイデだったが、即座にその速さを以て、二人の首を斬り落とした。
ライラックの【即死】程便利ではないが、人体の首を斬り落とすくらいワケはない。
「アールレイデ。私に攻撃が向かった時、次は守らなくていい」
「ど、どういうことですの!?」
先程のアールレイデの反撃に様子見を選んだのか、攻撃の止んだ相手を良い事に、作戦を伝える。
ああ、そうか。今の魔法少女は私の魔法を知らないのか。
「私の魔法は【自爆】だ。噛みつかれたら、千切られる前に道連れにする」
「……わかりましたの。ですが! そもそも噛みつかせませんわ。現場から指揮官がいなくなることは、こちらの陣の瓦解をも示しますの! それを選ぶのは最後! いいですわね!」
「わかった。なら、全力で相手をしてくれ。私はこの門を死守する」
「はいですの!」
剣を構えるアールレイデ。
……透明なウルフ。それも、アールレイデに匹敵する程の、か。
もし、アールレイデが戦闘不能に陥り──私の【自爆】も効果を成さなかった場合、最悪の事態が起こり得る。
連絡を一つ、入れておくか。
そうはならないと祈りつつ、だが。
発砲音が響き続ける。
あるいは遠い昔の記憶。自らも通っていたような小学校で、銃声が叫びをあげ続ける。
こちらへ来るものは【波動】で弾き砕いてはいるものの、あきらかにあちらの方に攻撃が偏っている。梓の挑発は成功した、ということだろうが──少々、不味い。
消耗が激しい。元々【即死】はそれなりに魔力を食う魔法だ。それを何百に至らん相手に使用するのは、意識をも朦朧とさせるだろう。それに、少なくない傷が……梓の身に刻まれていく。
その身に触れたものを即座に殺す、殺傷能力だけで見ればSS級に届かんという魔法【即死】。だが、魔石の銃弾を使わない場合は近接魔法少女らしく触れなければいけない、という制約を持つ。生まれたてとはいえウルフは素早い種族だ。身体強化に回す魔力リソースの無い梓では、全く傷を負わない、というのは難しい。
加勢に行きたいが……。
「魔法少女様!」
「む、どうかされましたか?」
「学生、及び教員の避難終了しました! 裏口から軍に護衛頂き、家に帰しました。ので」
「──ありがたい」
「いえ! お勤めご苦労様です……いいえ、頑張ってください! 貴女達の無事を、祈っています!」
「はい。ありがとうございます。貴方も、すぐに避難を」
気の良い校長だ。
国民の中には守って当たり前、そもそも魔物をこんなところに近づけた時点で義務を果たしていない、などとやっかみをつけて来るものも少なくはないというのに。
そんなことをされたら。
……やる気が出るな、ふむ。
「梓! 加勢するぞ、一般市民の避難は終わったそうだ!」
「そいつァ重畳! ところで魔煙草持ってねェか? そろそろ魔力が限界なんだ」
「残念だが無い。私は吸わんのでな」
「そりゃ羨ましいこって!」
良かった、まだ元気だ。
全身から血を流してはいるが、深い傷は無い。どれもが浅い、ひっかき傷のようなものばかり。
ただやはり感じ取れる魔力が少ない。消費しすぎ、だろう。
「──だが、もう安心しろ。A級、【波動】。ミサキ・縁。……守るべき者のいない私は強いぞ?」
防御に使えるからと防衛に回されがちだが、私は近接魔法少女。それも、打って出て殴って粉砕する──そういう戦闘スタイルだ。
たかだかウルフの百や二百、すべて打ち砕いて見せよう。
……梓が少しでも、休めるように。
「ばァか、休むかよ。私もやる。七割任せた」
「……負けず嫌いめ」
「ちげェって。勝算があっから言ってんだよ。あと十分くらいだ。そこまで保てば、私達の勝ちだ」
「成程。詳細を聞きたい所だが、お相手が待ってはくれなそうだ。十分だな。いいだろう、全力で叩き潰す」
「余力は残しとけ。最悪のケースもある」
「……お前はノリ、というものを知らんらしい」
「あン?」
少しくらい、カッコつけさせてくれたっていいじゃないか。
……お前ばかりカッコいいのはずるいだろ。
さァて、所変わらず今ここだ。
ポニテスリットの加勢によって大分ラクにはなった。が、正直もう俺の魔力は底を突いてる。今はあらかじめ魔石に込めてある【即死】で戦ってるだけで、もし噛みつかれたら終わる自信がある。
……ついに死んじまうのかなァ、なんて弱気も出るが、同時にさっき通信端末に入った"10分待て"という短いメッセージがやる気を起こさせてくれる。
フン! とかハア! とか言いながらウルフの頭蓋を砕いていくポニスリの姿は圧巻……だが、やっぱり殲滅力に欠ける。こないだみたいに全力の【波動】を、っつーんならチャージが必要だし、何よりこの小学校が全壊しかねん。だからああいう戦い方しか出来ないんだろうが……おっと。
「柵は乗り越えさせないっつーの。……残弾が少々やべェが、まぁなんとかならァよ」
湧きポからは未だ無尽蔵にウルフが湧いて出てきている。
対してこっちはジリ貧。言葉ではなんとかなる、なんて言ったが、正直何とかはならないと思っている。応援が来たとしても、この小学校及び周辺区域は廃墟と化すだろう。
……そりゃ、嫌だな。
魔法少女としても、俺としても……。あのチビ達は大事な学校を捨てなきゃいけねえし、住民も家を放棄しなきゃいけない。つか、結果的な撤退ならここでの抵抗は……まァ無意味にはならんが、今回の黒幕の思うつぼだ。
湧きポを消さなきゃならん。
「ポニスリ、湧きポ消す方法って知ってっか?」
「知らん、な! ──知っていたら、全魔法少女が全力を賭してすべての地点を潰しに行くだろう!」
「だよな」
だが。
だがよ。
故意に生成できるってんなら、消せるのが道理じゃねェか?
一般に化け物は自然環境と魔力から生まれる、と言われてる。通説って奴だ。今回はポーション屋が近くにあるっつー条件が整っているとはいえ、エデンの直下で、街中、なんつーのは自然環境としてはこう……よくない気がすんだよな。日も当たらねえ場所多いし。人間以外の餌いねェし。
そもそもここ……運動場には魔力なんか無かった。ポーションには多少宿ってる。薬草が魔力持ってっからな。だから宿っちゃいる。だが、小学校にんなもんはない。自然環境も魔力も整ってねェのに発生した湧きポってことは、相当無理して作ってるって可能性がある。
なら。
「おい、梓!?」
「え──」
あ。
やばい。
目の前だ。
これは──死。
「死なせん。恩人だからな。ほうほう、随分とまた、地獄を呈している。よく頑張った──来たぞ、私達が!」
ななかった。
割合ちゃんと死を覚悟したけど、なんだよ、狙ってたんじゃないかってタイミングで、俺の顔を食い千切ろうとしてたウルフがギャインと跳ねた。もう、かっけぇタイミングで登場しやがる。タイミングオブタイミングだよホント。なんだよそれ。
見れば、ポニテスリットの戦っているものも、今しがた生まれたばかりのものも、その全てが吠え声を上げ、地に伏し、否、のたうち回っている。
運動場にいるウルフの全て。それが──痛みに喘いでいるのだ。
「助かりました、鬼教官」
「こういう場でくらいは名前で呼べ、と言いたいが、まぁ良い。既にここの封鎖は指示してある。周辺住民の避難勧告もな」
「手の早い事で。……けど、ちょいと試したい事があるんで、それだけやらせてくれませんかね。そのために魔煙草とか持ってませんかね」
「試したい事とやらを告げてからにしろ。魔煙草の持ち合わせは無いが、原材料であるフリューリ草ならある」
「んじゃそれ貰います」
鬼教官。
キリバチさん。
俺が連絡したのは、この人だった。まァ正確には連絡してもらったんだが、今は良い。
その魔法、【痛烈】。目に届く範囲全てに痛みを与える魔法。ウルフは動物系で、痛みをちゃんと覚える化け物だ。
どんだけ痛いか、っつーのは、運動場に転がってる奴らを見ればわかる。
逃げる事も出来ない、反撃する事も出来ない。ただただ、痛みに喘いで、叫ぶ事しか出来ない。
こえー魔法だこと。
「キリバチ上官、処理に当たります」
「ああ。頼む」
そして、鬼教官だけじゃない。
指揮官殿は言った。"事が起きない限りはお上は動かん"と。いや言外だから言っちゃいないんだが。
っつーのはまァ、事が起きりゃァ動いてくれるってわけだ。ちゃんとした魔法少女引き連れて、上官殿がな。
「ミサキ・縁殿、加勢いたします」
「コーネリアス・ローグン!? また大物が……」
「いえ。自分はB級の木っ端者ですよ」
「貴女が木っ端となると、エデンの魔法少女の八割が塵芥になるのだが」
へぇ。
有名な人なんだ。
その後も、次々と知らない魔法少女たちが湧きポに張り付き、形成と同時に殺害を繰り返していく。
……クラスメイトしか知らなかったけど、やっぱいっぱいいるんだな、魔法少女。とーぜんではなるけどさ。
「それで、なんだ。試したい事というのは」
「あァさ、ちょいと湧きポを潰して見ようかって、魂胆でね」
「……何?」
手を差し出す。
話したんだからそのフリューリ草っつーのを寄越してください、と。
鬼教官は何やら難しい顔をしながら、亜空間ポケットを開いてそれをくれた。
もしゃり。
……うわー。魔煙草より不味いー。
「けど、とりあえず一発分は回復したか……うげぇ、苦いし不味いし、食う奴の気が知れねえ」
「私は今そう思っているが」
誰がコレ魔煙草にしようとしたん?
もっと改良出来ないん?
っつー不平不満はおいといて、だ。
湧きポの一つ。
今まさに複数の魔法少女達が湧いては殺して、湧いては殺してを繰り返しているそこへ近づく。
「どうされましたか?」
「ローグン。魔物の殺害はそのままに、少しやりたいことをさせてやってくれ」
「了解いたしました、キリバチ上官」
何故、とか挟まないんだが。
なんかすげー軍人って感じするわ。
……んじゃあまぁ、お邪魔して、と。
「梓、大丈夫か?」
「あァよ。だがまァ、多分今からすることやったらぶっ倒れるから、支えてくれると助かる」
「そんな危険な事をするつもりなのか……」
「危険っつーか、魔力切れでな」
「成程」
先日、良い例があった。
鬼教官の妹。暴走繭。
特殊魔法っつー奴で、遠隔でも近接でもない、使用者と命を共にする魔法。それは、魔法を殺せば使用者も死ぬ、っつー代物だ。
それなんじゃね? って。
自然発生じゃない、無理矢理な場所に無理矢理作り上げた湧きポ。下手人が魔法少女なのか化け物なのかっつーのはわからん。魔法少女だったら何故、って思うし、その場合殺したら……多分、俺は自分を許せなくなる、が、とりあえず今はやんないとどうしようもない。下手人が魔法少女じゃない事を祈って──俺はこの湧きポを。
──殺す。
「死ね」
声に出す必要はあんまりないんだけど。
ただ、それこそ暴走繭が言っていたように、拒絶の意思をふんだんに練り込んだ【壊糸】が本来以上の防御能力を発揮したように──思いは魔法に乗るんじゃないかな、って。
だから、殺意を込めて。
湧きポを──【即死】させる。
瞬間、俺の意識は真っ暗闇に落ちていった。
詰め込まれる。
詰め込まれる。
クソ不味いものが、クソ苦いものが、口に詰め込まれているのを感じる。
「まァ待てよ、な? ちょっと待てよ。起き抜けで状況把握してないんだがよ、なァ、その手に持ってるフリューリ草一旦置いてくれや、な?」
「そのような時間はない。今も防衛拠点で仲間が戦っている。だからお前には早く回復してもらう必要がある。本当は殺すべきだと思ったのだが、上官が許さないので、こうしてお前の口に魔力回復の薬草を詰め込んでいる最中だ早く口を開けろ」
知らない魔法少女が、すげー怖い顔で見てんの。
膝枕でさ、すげー怖い顔で俺の口にフリューリ草を詰め込んでくんの。
こえーって。あと不味いよマジで。
「っつか、そういうってことは」
「喋る暇があれば食え。状況は説明してやる。お前の魔法【即死】により魔物の湧き地点の一つは完全に死んだ。キリバチ上官は湧き地点の死を認め、之が効果的であるとした。故にお前は現時点において魔物の湧き地点を壊し得る唯一の魔法少女となった。なれば意識を失っている暇はない。食え。たんと食え。食って【即死】をあれら全てに発動しろ。何度意識を失えど、終わるまでは終わらせん。近くのポーション屋からフリューリ草を買い込んできている。お前の為だけにだ。さぁ食え。わかったなら食え」
「はい」
食べる食べる食べる。
つかさ、魔煙草ってフリューリ草を魔煙草そのものの変換原理とかで起動して、その上澄みである魔力だけを吸うってモンなんだよ。フリューリ草そのものを食ってるわけじゃねェんだよ。
だからさ、いやさ、そんな詰め込まれても。
ちゃんと魔力が回復している自分が悔しい。
「起きたか、ライラック」
「あ」
「いや喋らなくていい。食べろ。たんと食べろ。私が勝手にしゃべるから食べろ」
頷く。
うわーんあの部下にしてこの上官ありだよー。あァいや逆なのかもしれんが。
「大体の話はリヴィルから聞いたな? あぁ、コイツの事だ」
頷く。
「お前は現状唯一の湧き地点を破壊できる魔法少女になった。その有用さは計り知れん。が、縁に話を聞いた限り、すべての湧き地点を潰せるわけではなさそうだな。お前の言う、故意に創られた湧き地点……それを特殊魔法よろしく殺したのだと」
そうだ。
もしゃもしゃ食いながら頷く。
だから、そんな期待されても困る。
「だが、それは仮説だろう」
「ム?」
「まだ試していない。もしかしたら、お前の【即死】は──全ての湧き地点に有効かもしれない、という事だ」
……いんやさ、それはそうなんだよね。
それは。
本当にそうだったら、俺は。マジの救世主になる、かもしれない。いや湧きポ固定されてない化け物も多いから救世主にはならねェんだけどさ。
「忙しくなるぞ、これが終わったら」
「うい」
「……よし、魔力も粗方回復したな! 早速だが」
「はい。殺します」
鬼教官の言う通り、七割方回復した魔力。
寝てる間にどんだけ詰め込まれたんだ。そんな効率良いモンじゃないぞ魔煙草って。
……それともフリューリ草そのものの方が効果高いのか? フリューリ草の煎茶とか探してみるか?
「──死ね」
声に出して。
世界に告げて。
「──死ね」
呪いの言葉を。
ただその命尽きる事を願う──恐ろしい言葉を。
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね──」
何度も、何度も、言い続けた。
何度もぶっ倒れ、その度にクソ不味い草を食べさせられながら。
それは唐突だった。
ドサ、ドサと。
何かが倒れて行く。何かが──死んでいく。
「なんだ……?」
「わかりませんの。けれど──好機、ですわ!」
自らの誇る、【神速】の突き。
それは確実に相手を捉える。動揺の隙を狙ってようやく当たった──直撃したその突きは、確かに相手の頭蓋を貫いた感触がした。
そして、それを貫いた瞬間。
「こ、れは」
「……成程。統率した魔物を透明にする能力、という事ですのね」
「こんなに、いたのか」
自身も勘違いしていた。
敵はSSS級に匹敵する透明なウルフ一匹だと。
だが、違ったらしい。
透明なウルフは一匹のウルフの能力によって隠されていただけで、他は……新種ではあるが、自ら透明になる能力を持っていないのだろう、命の尽きたウルフ。
……この死に方は、【即死】?
「……終わった、のか?」
「まだわかりませんの。遠征組の蘇生は」
「──申し訳ありません、遅れました! 遠征組突撃班ヴェネット隊以下五名、蘇生完了いたしました!」
丁度、来てくれたらしい。
自らと同じSS級魔法少女、ヴェネットさん。彼女の率いる遠征組の全員が、無事、失った魔力も傷もきれいさっぱり無くなった状態で復活した。
……自分でそんなことを考え、少し苦笑する。そんな当たり前のことを考えてしまうくらいには、梓さんの影響が大きいのかもしれませんね。
「報告を。お前達を襲ったのは透明なウルフ種で相違ないか?」
「いえ、違います」
「……では、なんだ」
簡潔な報告を求められているというのに、言い淀むヴェネットさん。
これは。
「私達を全滅させたのは──魔法少女です、ジュニラ指揮官。その魔法は恐らく、魔物を指揮する、あるいは洗脳する、といった類の」
「そうか。……それは、最悪の事態の一つだな」
「はい。ですが、対象も私達の反撃により少なくはない傷を負いました。これにより対象が撤退した事も確認済みです。その後私達は魔力切れにより魔物の餌となりましたが……とりあえずは問題ないと、そう言えるかと。件の魔法少女ですが、エデン所属ではないと、先ほどリストから確認も終了しています。完全に外部の魔法少女です。故に」
「少なくともエデン内部で蘇生する事は無い、か。だが、それでは」
「はい。脅威は残ったままです」
あまり梓さんには聞かせたくない情報ですわね、なんて独り言ちる。
今までは相手が魔物だったからよかったものの、敵が魔法少女だと知ったら……あの方は。
「その魔法少女の特徴を出来る限り事細かに書き出しておけ。容姿もな」
「はい」
「そして、次に遭遇したら、殺すのではなく捕縛しろ。蘇生されては敵わん故、自死も封じた形で──封印処置を行う」
封印?
……知らない言葉ですのね。
「封印、ですか?」
あぁ、ヴェネットさんも知らなかったと。
「……ああ、知らないのか。魔法少女というのは死なん。それはわかるだろう」
「はい」
「だから、国に、一般市民に仇なす魔法少女用の懲罰手段が用意されている」
「それが封印、ですか」
「ああ。全身を拘束し、溶かした反魔鉱石によって全身を固める。昔は石化、などと揶揄する者もいたが、封印が正しい言葉だ」
……石化。
そういえばエデンの七不思議にありましたわね。どこかの監視塔の地下牢に、石となった魔法少女が多く保管されている、みたいなの。
もしかして、そういう事ですの?
「気を引き締めろ。監視は引き続き強化。防衛拠点も残したままにする。お前達は」
「私達は周辺域の魔物の掃討にかかります。恐らく今回の侵攻で、侵攻ルートを外れた魔物もいると思うので」
「わかった。頼んだぞ」
「はい!」
元気、と言って良いのかわかりませんけれど。
仕事熱心ですわねぇ、ヴェネットさん。私は早く梓さんの元に行きたくて仕方がないですの。
「アールレイデ」
「はい」
「お前と私は、周辺域で死ぬ事も出来ずに致命傷を負ったままな魔法少女がいないかの確認だ。見つけ次第殺してやれ」
「……わかりましたの」
そういえば、そうだ。
あのウルフたちはそういう戦法を取っていた。なら、どこかに、瀕死のまま苦痛に喘いでいる仲間がいるかもしれない。
梓さんは、それも嫌うのでしょうけれど。
やっぱり私は──救いとして、捉えてしまう。……どこかに、互いが歩み寄れる点があればいいのですけれどね。
そんな事をまた独り言ちて──【神速】を使用した。