遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

62 / 167
62.地寧場明媚地出微琉.

「そろそろホントの事教えて欲しいンだけどよ。結局忍軍と侍衆の毒が云々ってな何が本当なンだ?」

「ク、忍軍が吾ら侍衆の食事に毒を入れたのは本当ぞ。だが、その程度で死ぬ吾ら侍衆ではない。侍衆が死んだのは別の理由ぞ。──ただ、忍軍を殺すために、その身を糧とした妖術を使った、というだけの話」

「梓さん。侍衆というのはですね、こっちに乗ってる頭領さん含めて、そこな妖の血肉を身体に取り入れたとても恐ろしい集団なのです!」

「……否定はしない」

「故に彼ら彼女らは妖術という、本来魔物にしか使う事のできない術を使います。魔物にしか、というか、インキュバス、あるいはサキュバスという夢魔のオリジン種にしか使えない魔術ですね!」

「へェ。んじゃ尖り前髪も使えンのか」

「クク、頭領はあまり得意ではないがな。あちらに残してきたショウモンとストクも扱い得る。ストクは中でも妖術に長けた者ぞ」

「……斬り合いの最中に、文字だのなんだのは必要無い。それだけだ」

「頭領さん、使う事のできない私が言うのもなんですけれど、使える以上はちゃんと使えるようになっておいた方が良いです! その方が戦術の幅も広がるので!!」

「太腿忍者の口から戦術なんて言葉が出てくるたァ思ってなかったよ。お前、いつも突っ込んで怪我して助けてください、じゃねェか」

「だって私【光線】あんまり好きじゃないので!!」

 

 速い迅いつったって、まァちったァ時間ぁかかる。

 陸地にはもうついてるンでもうすぐなンだが、こォいう雑談タイムが挟めるくらいにァ時間があったわけさ。

 

「んじゃ、忍軍の言ってたのァ?」

「ク──吾ら侍衆が姫を縛り上げ晒し上げ、槍で貫き殺した、という話のことか?」

「なんですかそれ。もしかして私の死体にやったんですか!?」

「……魔法少女の死体はそれほど長くは残らない。加え、私が侍衆にいた頃、そのような暴挙をさせた覚えはない」

「んじゃ完全なる嘘か」

「……それが、そうでもない」

「エ。なンだ先公、アンタ国が亡ぶ前にEDENに来たンだろ? なんか知ってンのか?」

「過去の話だ。過去──そういうことが、あった。カネミツやナリコ、あるいはユノンが時代を動かすそのもっと前……妖術を持たない侍衆と忍軍が衝突した事があったんだ」

「へー。それァ、知識か」

「そうだ」

 

 ちなみにこんだけ高速で移動しててなンだって声が聞こえるのかってーと、着物狐曰く紙を繋いでいるから、らしい。なんじゃそりゃ。糸電話ってことか?

 

「過去、ヒノモトは割れていてな。ああも忍軍と侍衆がよろしく手をつなぎ合わせたのは、皮肉なことに国の滅ぶ前が初の事だった。カンコウの件で2つの交流が断絶したのは、元からそうだったためだ。そうなりやすかった、というべきか。そしてその歴史の中で──ある姫が、侍衆によってそのような目に遭わされた、という記録はある。……100年、200年と前の話だが」

「じゃあ知らないですね私! 自国の歴史とか欠片も興味無かったので!」

「私も知らない話だったかな。私が知っているのは、昔大きな内紛があった、ということくらい」

「……知ってはいたが、だからなんだ、という話だ。今更そんな昔の話を持ち出されてもな。私もナリコも、その時に侍衆であったわけではない。関係がない」

「ククク、まぁ頭領には関係のない話ぞ。──吾には関係があってな?」

 

 遠く。

 前方。

 稲光が見えた。

 

「その時に、そのようにして殺された姫──というのは」

「お前だって話だろ、着物狐。どォせお前、当時の殿様にでも取り入って好き放題してたらバレて侍衆に取っ掴まって人間じゃねェて証明するためにそォいう凄惨な拷問受けたとか、その辺だろ」

「ク──なんだ、つまらん。お主、吾が皆を驚かせようとする遊び心を潰してくれるなよ」

「時間無いからだよ。ほら──見えてきたぞ」

 

 いた。あった。

 宙に浮かぶEDENと、雨雲を纏い、樹木を茂らせる何か。

 

 と。

 

「クク、つまり忍軍の慕う姫とは吾のことなのだが──」

「あの光ァお嬢だ! よォし命名紙燕!」

 

「 NANMOKANGAEZU TSUKKOMINA !」

 

「ハハッ、こっちの言葉ァ使っても特にデメリット無ェんだ──行け行け紙燕! 戦術なんぞクソくらえさ! 突撃だ突撃!!」

「梓さんも他人の事言えませんよね全く! でも賛成です! チャージ開始します!」

「【飛斬】──」

「あ、ずるいですよ頭領さん! チャージ無し遠隔攻撃とか、私もそっちが良かったです!」

「細かい作業の苦手な姫には扱えまいよ。そら、よそ見をするな。あれなるは身から出た錆、早々に潰そうぞ」

「お殿様が魔物になったのは私のせいじゃないので身から出た錆ではありません! 【光線】!」

 

 なんかまだまだ複雑に絡み合ってるっぽいンだけど。

 まァ、その殿様ってなも、色々あったンだろォけど!

 

 すまねェが化け物にしかみえねェんだ。アンタの人となりを、生前から知ってりゃな、少しァ──躊躇いもあったかもしれねェが。

 俺ァ人間だったら全部助けるってな善人じゃァないんでね、すまねェすまねェ。

 

 死んでくれ。

 

えはか彼

 

「──どうせ置いていっても来ると思っていましたので状況を簡潔に説明いたしますけれど! 現在EDENを襲撃してきているこのオリジン種は、大きさそのものは成人男性と同じくらいですわ! 雨風を操り、樹木を操るので、空中に居ても地面に居ても危険だと思ってくださいまし! 今の所120回ほど殺しましたが──復活を果たし、尚も進行中! 私達はできるだけ時間を稼ぎますの! いいですわね! これは信頼から来る言葉ですのよ。──あのオリジン種を、殺してください、梓さん!」

「元気の出る言葉ありがとォよ、お嬢! おい紙燕、あの雨雲越えられるか!? 越えられなかったら迂回してもいい、一旦上まで行きてェ!」

「私はあれの中を通って、核が無いか見てくるよ」

「ライラック! 私も連れていけ、必ず役に立つ!」

「あァよ、飛び移んな!」

 

 ハッハー、ハイだな、ハイだ。

 ベルウェークほどゴロゴロしちゃいねェが、時折雷が鳴ってる。【神鳴】じゃねェ雷だ。雨雲だから、雨の方が多いが。

 着物狐に言われた事だけど、あくまで紙燕は紙なンだと。だから濡れたり燃えたりにァ弱い。雨の中くぐって、ってなキツいらしい。一反木綿みてェなのも紙でできているらしく、それも使えずと。

 

 なンで、ちょいと上に行きたいワケさ。

 

「キラキラツインテも、調査終わったら上まで来てくれ! 太腿忍者と尖り前髪ァカンコウの足止め! 着物狐ァなんぞ思う所あるンだろォけど、一旦EDENの中にいるって話のアズサと、あと冷静メイドを見つけて欲しい!」

「ク──吾の因縁を知っておいて、それか。良い良い。自分だけ感情論で、他者には効率を求めるその姿勢……流石は吾の惚れた女よ」

「言い方悪ィな! その通りだがよ!」

 

 あァそォさ。他人にばっか効率ある指示しといて、自分ァ許せねェだの嫌だのって我儘言ってる。ダブスタにも程がある。それが俺さ。

 悪かったな! 謝るよ。だから、頼まァ!

 

 紙の燕が空に出る。

 太陽燦燦だ。近づきすぎりゃ溶けて落ちちまうな。まァ蝋じゃねェんだけど。

 

「どうするつもりだ、ライラック」

「誰かいるはずだ。カンコウってなを操ってる誰かが」

「操っている?」

「あァさ、カンコウってな、今までァどっかに姿隠してて、出て来なかったンだと。ホントァ着物狐がジパングに縛り付けてたって話だが、それだってのにどこにも姿が見えず、着物狐も行方を判って無かった。──が、着物狐がジパングを離れてすぐにカンコウが現れて、EDENを襲い始めた。つまり、着物狐がいちゃ不味かったンだよ。アイツァアイツでつえー化け物で、封印なんぞを扱えるやべー奴だ。アイツがいちゃ、カンコウを出してもまた封印されちまう」

 

 だから、ジパングに縛り付けられた封印状態のカンコウを隠しておかなきゃいけなかったンだ。たとえその封印を解くことができるとしても、その術を知っていたとしても──着物狐がジパングにいる限りァ、解き放てねェ。

 誰かがどっかに連れて行ったンじゃねェ。

 誰かがずっとずっと隠してたンだ。

 

 じゃァどこに、ってさ。

 

「決まってる。着物狐の目を欺ける、唯一の場所。そりゃ忍軍が必死で守ってた城に外ならねェ」

「……では、忍軍か。カンコウを操っているのは」

「十中八九な。だが、その自覚があるかどォかァ怪しい。少なくともあのユクナって奴からは悪意の類が感じられなかった。死の気配も。壁裏や地下にいた奴らからも、魔力っぽい気配ァしなかったンだ。つまるところ、知らず知らずのうちに隠しちまってるとか──あるいァ」

 

 ダガーを出す。

 それで、一応【即死】を纏いながら──払う。

 

 苦無だ。

 

「……先公ァ、自分で避けられる、ンだよな?」

「ああ。加え、どこから何が来るのかもある程度わかる」

「何が、までわかンのか」

「そういう魔法だ」

「いいね、そりゃ役に立つ」

 

 久方ぶりの知覚強化のお時間だ。

 遅くなっていく世界。敵の数ァ──3、いや、4か。四方じゃねェ、扇形。乗ってるのァなンだ、……巻物?

 

「 ELURUWNO SHIJINI SITAGAE 」

「左、手裏剣が来るぞ、っと、か、勝手に動くのか、この式鬼!」

「今丁度先公のいう事聞くよォにしたンだよ。操作ァ任せる。俺も先公も怪我しねェよォに立ちまわってくれ。俺ァもちっと考える」

「──成程、こういう無茶を強いられてきたのだな、アールレイデ達は」

 

 魔煙草を吸う。

 そろそろ在庫やべェな。輝きの園にァ魔煙草売ってなかったンだよなァ。市場区画の支部か、また来て良いって言われたから、本店の方にでも寄りてェとこだが──さて。

 

「おう太腿忍者! 聞こえてっか!?」

 ──"わ、聞こえます! これどうなってるんですか? 妖術ですよね!"

「らしィが、まァ使えるモンァ使えるよォになっとけ、だろ?」

 ──"はい! 自分が言った言葉なので素直に従います! なんですか!"

「お前さんとユクナってあみあみ忍者ァどォいう関係だ。素直に隠さず言え」

 ──"……えっと"

「右舷下方、鉄網が来る! だがこれは──妖術だ!」

「ありがてェなそりゃ。死んどけよ」

 

 ダガーの刃先から【即死】を一滴飛ばす。

 それだけで、その妖術の網とやらァ死んだ。

 

 そォだよな。気にァなってたさ。

 侍衆が着物狐の血肉を取り入れた集団だから、妖術を使う、ってなわかったが──それだと、式鬼の言葉で矢文飛ばしてきた忍軍がよくわからねェもんな。

 んじゃ使えるってこった。血肉云々ァともかく──誰か1人くらいァ、妖術に理解があンだろ。

 

「太腿忍者!」

 ──"えっと、その……色々省いて言うと、私のお母さんです!"

「省かねェとなンだ!」

 ──"……えーっと"

「おいおい、真っ直ぐなンがお前なンじゃねェのか。歯切れ悪いぜ【光線】のユノン!」

 

 名前を呼んだ瞬間、周囲の命の気配がブレる。

 あァそォだ。こォいう時こそ使い時だよな、サーモセンサー。

 

 ──ははァ、上にも隠し玉が居やがンのな。あぶねェあぶねェ、気付いて良かったぜ。

 

「って、思わせるための熱気球だろ、ありゃ」

「!?」

 

 死を浸したダガーで切り裂くは──透明なカラス。

 ヒヒ。いやさ、外でァ敵同士だって言ったさ。言ったぜ。

 

 けどこんな早いたァ思わねェよ。

 いんやさ、でもそォか。だってがっつり関わってたもんなァお前!

 

 ──"詳細を話すと──ユクナは、私の娘、といいますか。えーと、その"

「あァ!? 母親なンじゃねェのかよ!」

 ──"そのぉ……えっと、あんまり嫌わないで欲しいんですけど"

 

 カラスだ。何羽いる? わからねェな、サーモセンサーじゃぼやけすぎる。命の気配で見た方が早い。

 つか、なんだって? 母親だけど娘? どォいう事だ。

 

「嫌わねェよ、嫌わねェから言え! 今切羽詰まってンだ!」

 ──"……私は、昔、ユクナという子を夫との間に儲け──その子に入り込んだ母親の、ユノンです"

 

 一瞬、頭が真っ白になった。

 ……ハ?

 

 なんだそりゃ。

 

「じゃあ、ユクナってなよ」

 ──"赤子のままに母親となった、私の娘、ですね。……本当に嫌わないでいてくれますか?"

「行使したのァ誰だ。精神体を抜き出して、入れる。それをやったのァ──」

 ──"ディミトラ、という魔法少女です。……ごめんなさい。やっぱり嫌いますよね。だってこれ、梓さんの大嫌いな非人道的行為ですから……"

「──今ァ、良い。どーでもいい。俺ァそこまで善人じゃねェ。やべーと思うしこえー奴だって再認識ァしたが、今ァどうでもいい。いいから──つまり、ディミトラがジパングに関わってたンだな!?」

 ──"はい。昔の昔の大昔から。先日会った時には忘れられていましたけど!"

 

 つまり、ルルゥ・ガルへの技術提供したのもアッチだな?

 色んな魔法を使える。そんな便利なものじゃない。一緒に行動してない。

 

 ルルゥ・ガルァあくまで化け物側だ。その身体も造り物で、精神体だ。

 だからっつーわけじゃねェけど、基本的にァ化け物の益になることしかしねェ。

 

 つまり、つまりだ。

 こォいう凝った事をすんのァ。前のアズサが引き起こした奴みてェな事すンのァ!

 

「着物狐が危ねェ。──尖り前髪!」

 ──"良いだろう。ナリコを連れ戻せばいいのだな?"

「あァ、頼まァ! カンコウの殺し方ァ大体わかったが、今ァできねェ! 必要なのァ着物狐とあみあみ忍者だ! 俺ァ今から全速力であみあみ忍者を確保しに行く! だから──」

 ──"一つ、問う"

 

 目を瞑る。

 命の気配。死の気配。知覚範囲を広げる。あァもう、なンでもっとこの訓練しなかったンだ俺ァ。魔力で辿るとかもできりゃ捗ったろォに──だが、近くにァいんだろ!

 

「なンだ」

 ──"もう1人のお前を見つけた場合、──殺しは?"

「たりめーだが無しだ。アイツァ生きてる。化け物じゃねェ」

 ──"……甘いな。だが、良い。今の私は即席ライラック隊──隊長のいう事は聞こう"

「あァよ、頼むぜ!」

 

 さァ飛べ、飛べ、紙燕!

 プテラゴイルに代わって、今ァお前が相棒さ。

 

「先公、魔力ってな辿れるか?」

「……あまり、得意ではない。それこそユノンが得意としているが……」

「んじゃ攻撃あたらねェよォに飛び回って、魔力の気配見つけたらそこへ行ってくれ。敵ァあっことあっことあっちとあの雲に紛れてる。上のァ無人だ、気にしなくていい。ただ、見えねェカラスが飛び回ってる。アンタァ大丈夫だろォが、俺を狙ってくる奴だ。それァ俺が対処するんで気にすんな。いいな?」

「教師に向かって、よくもまぁそのような言葉を吐けるものだ。──だが、良い。私も即席ライラック隊だ。隊長の命令には従うさ」

 

 飛ぶ。高く飛ぶ。

 西方にァ行かない。行く時間なんざない。ただ──探せ。探して回れ。

 

「あみあみ忍者、出てこーい!」

「いや、ライラック。流石に叫んでも出ては来ないと思うぞ」

 

 案外出てくるンじゃねェかと思って。

 出て来なかったけど。

 

えはか彼

 

 雨を払い、EDENに入る。

 さて、と。一つ、息を零す。

 

「……いるな」

 

 久方ぶりのEDENは、どこか空気が違う。

 蘇生して戻った組が何かおかしな兆候を見せた、という話は聞いていない。何も無かった事を喜ぶべきか、何も無い不穏さを怪しむべきか。

 それにしても、と。

 

「……知らぬ話ではあったが……恐ろしい魔女が近くにいたものだ」

 

 先程、聞いていた。

 隣にいたから聞こえていた。

 そこにいるだけで何もしない、湯を呑むだけの姫、などと陰で囃されていたこともあったか、自国の姫がユノン。こちらで再会を果たした時、彼女は何も言ってこなかった。過去とは決別したい──そういう意思が見て取れたから、さして話しかけもしなかったが。

 

 まさか、そこまで堕ちた存在だったとは。

 

 苦笑する。

 自分も他人の事をとやかく言えた身ではない。

 

 魔法少女になったことで、侍衆の頭領で在り続けることができなくなった。成長もしなければ身体能力も跳ね上がり、何より殺されても生き返るなど──正気の沙汰ではない。妖そのものだ。少なくとも当時のヒノモトの常識ではそうだった。

 何より、ナリコという妖がそうであったから。飼い慣らしたこの大妖が、まさにそのような妖であったから──とりわけ、居難くて。

 

 ナリコに全てを任せ、自分は国を出た。

 国を出て、学園に入り……まさかそれよりも先に魔法少女となっていた自国の民たちと出会うとは欠片も思っていなかったが、まぁ、そこそこ楽しい生活で。

 

 自国のことなど、もう考えなくてもよいと。

 私はEDENに生きる魔法少女だ、などと──これを、過去が追いついてきた、というのだろうな。

 

 息を吸って、吐く。

 カネミツ。その名に込められた意味。

 

「……どれ、この騒ぎであるのなら、多少壊しても下手人は割れないだろう」

 

 一度刀を鞘に納めて。

 抜く。

 

 抜いて──飛ばす。

 

「ッ、あっぶねェなこの野郎! 修練塔ぶった切る奴がいるかよ! 修理費やばかったって聞いてるぞ!?」

「だが、避けたな。久方ぶりだ、アズサ。その肩に背負う狐、返してもらいたいのだが」

「はァ? なんで尖り前髪が魔物を庇うんだ。コイツァ魔物だぞ、魔物」

「九割九分九厘、魔物であるのは間違いないが──その者は魔法少女でもあってな。そして、私達の仲間でもある」

「……へェ。じゃ、尚更返したくなくなったわ。コイツァ私達の仲間にする。引っ込んでろよ、尖り前髪」

「【飛斬】」

「!?」

 

 この世のあらゆるもの、とまではいかないが、そのほとんどを切り裂けるであろう我が【飛斬】が、その義手によって防がれる。

 ……あれは、魔力を撃ちだすだけではないのか。

 

「っぶねェな、っとに。……だが、──隙だらけだぜ?」

「背後の者のことか?」

「!」

 

 斬って捨てる。

 梓には申し訳ないがな。殺してはならないと指定されているのは、目の前の得意気な顔をした少女だけだ。

 その他──歯向かう者も、乗っ取られた者も。

 関係なく切り捨てさせてもらう。

 

「……仲間、だろ。さっきから。最初のも次のも、私が防いでなきゃ──こいつも斬られてたぞ」

「そうだな。それがなんだ?」

「ッ……! だから、だから嫌いなんだ、魔法少女は! なんでそう──死を、軽んじる!」

「お前に言われる謂れは無い。死を軽んじているのはそちらだろう。その魔物、どうする気か言ってみるがいい」

「軽んじてねェよ。命を取るつもりァない。──死なねェんだ、一回死んだってその後が永遠なら──幸せだろォが」

 

 アズサは、その手に銃を取り出す。

 そして──撃った。

 

 金属音。

 切り裂かれるは弾丸4発。

 

「……!」

「どのような機構かは知らないが、その程度の弾速で私を貫けるなどと……随分と舐められているようだな」

「あ──はは、あァそォだった! お前、隊を離れるのが嫌でA級やってるだけで、ホントァS級かSS級の──そォやって周囲を見下してる奴だったな! 私みてェな補助有じゃねェとなんもできねェのも、心の中じゃ馬鹿にしてンだろ! どうせ【即死】も使えねェ偽物だって! 仲間も作らねェと誰も味方してくれねェよォな、贋作だってさ!」

「そう卑屈になるな。安心しろ。こちらの梓から、お前は殺すなと命を受けている。当然だが殺すなと。お前は生きていて──魔物ではないのだから、と」

「それが、馬鹿にしてるっつってンだよ!!」

 

 義手が構えられる。

 あの時のアレか。だが、狭い通路でもなければ──なるほど。少々程度には、脅威か。

 

 まぁ、撃つ事ができれば、だが。

 

「食らえ──魔力ほ、」

「ク──食らうのはお主ぞ」

「!?」

 

 刀を振る。

 斬撃が飛ぶ。

 

 その身に宿る妖の力でアズサを操ろうとしている狼藉者を斬る。

 ──直前、それは紙に包まれて威力を失った。

 

「クククッ、なんぞ、なんぞ。折角助けてやろうと思うたのに、今の刃──吾を狙ったな?」

「当然だろう。魔法少女と妖。どちらを斬るか、など。決まっている」

「ク──ククククク。良い良い。なればここで、決着でもつけるか、頭領」

「──? ……? ……その。こういう場で言う事じゃ、ねェって……わかってンだけどさ」

「ん-? なんぞ、なんぞ。吾に言うてみると良い。今の接吻は、蕩けるようであっただろう?」

「あ……あァ。その、なンだ。私ァその……男勝りっつーか、粗悪な口調でよ、あんましその、女の子らしく、とかできねェんだけど……その、こんな私で良けりゃ……えと」

「【飛斬】」

「ク──」

 

 こちらの攻撃を、そうも何食わぬ顔で防がれると、流石に苛立ちも溜まる。

 況してや情事の片手間など──やはり斬って捨てるべきか。あの時は助けたが、どうにも目障りだ。

 

「お主、名は?」

「梓・ライラック……けど、私の名前じゃないっていうか、私の名前だけど、取られてるっつーか」

「良い良い。同じであれど、吾は愛そう。どれ──もう少し此方へ。近う寄れ」

「ん……」

「いい加減にしろ。アズサ、お前はそいつを連れて行くのではなかったのか?」

「え、いや、その通りなンだけど……その、こ、こォいう気持ちなったの初めてなンだよ! ずずず、ずっと、なんかあっちの私と一緒だった時ァ、みんなのこと子供にしか見えなくて、そォいう対象にァ見えなかったけど……冷静メイドとか、えと、アンタみたいなのは……正直言って、超好きだ。名前、教えてくれねェか?」

「クク……ナリコ、という。お主が自身を許せるのなら──あだ名などではなく名で、呼んではくれぬか?」

「……わかった。ナリコ、だな。好きだ。ナリコ。愛してる」

「【飛斬】」

 

 防がれる。

 紙と義手。

 

 ……帰っていいか、もう。

 女相手であればアイツは敵無しだろう。梓も面倒な役目を押し付けてくれたものだ。

 

「チョ、ちょっと待ってな、ナリコ。──おい尖り前髪! 見てわかっただろ! もうナリコは私の仲間だ! ってか愛する人だ! だから邪魔すんな!!」

「アールレイデは良いのか?」

「うっ……いや、お嬢は、だって……あっちの私の味方、じゃんか。ポニテスリットも太腿忍者も背中メッシュも……」

「人の恋路にとやかく言うつもりはないがな、アズサ。何故ソイツを好きになったのか、だけでも思い出してみると良い。お前がそんなにも惚れやすいのならば話は別だが」

「何故好きになったか……?」

 

 アズサは。

 思案顔をして──赤面をして。

 そこから、また思案顔に戻って。

 

 赤面しながら、ナリコから──後退る。1歩、また1歩と。

 

「クク──頭領。折角オトせそうだったのに、なんということをしてくれるのだ」

「な、な──な!? い、今私、え、でもめちゃくちゃ気持ちよくて……ああ、じゃなくて、そ、その──私に何したんだ! ナリコ!!」

「何をそんなに狼狽える、梓。思い出すのは吾との馴れ初めではない。今しがたした、吾との、口吸いの──甘美なる感触だ。どうだ。吾の舌は、どう動いた? お主の歯を撫で擦り、歯肉をざらりと抉り上げ、口蓋を、その奥をふにふにと突いて──」

「わ、わ、わ!? ぃ、っ! ~~~~~! すまん後は任せたマッドチビ!! こここ、コイツの相手、私は無理だ!」

「任せられてもねぇ。目的の魔法少女は奪ったんだし、帰りましょう。貴女の恋心はまぁ後でどうにかするとして──アニマ」

「はいはい。んじゃ、上手く防ぎなよ、お二人さん」

「!?」

 

 唐突に出てきたその気配に──ナリコが紙束になっていく。

 自身も【飛斬】を放とうとして──しかし、相手の方が早い。

 

「【業焔】」

 

 修練塔が、業火によって包まれる──。

 

えはか彼


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。