遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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63.畏怖藍泥井鈍斗案堕酢端弩,藍麻糸羽生豆法被唖.

 曇天、暗雲を突き抜けて、深紅の焔が立ち昇る。柱ではない。竜巻ではない。()()は──手、だろうか。何かに追い縋るが如く。どこかから這い出でるが如く。手。手。手だ。

 それは──確実に、生き物のように思えた。

 

「ッ──無事か、ナリコ!」

「吾を心配するなぞ、気でも狂ったか頭領」

「……笑えない程度には、傷を負ったか」

「クク、なんということはない。──半身が焼失した──ただそれだけぞ」

 

 未だに修練塔を包み、見えない何かを掴まんと動く焔の手。【業焔】。宿業の焔。

 エルバハ・イドラの【青陽】には劣ろう。だが、その炎は──絡みついて、離れない。

 

「私も片腕をやられた。切り離さねば、全身燃え尽きていただろうな」

「良い良い。吾もお主も、死を拒んだ、ということぞ。クク、誰の影響か」

「別に感化されたわけではないだろう。──今死ぬには時間が足りない、というだけだ」

「ほう?」

 

 着物も、その面も、顔も。手足も。

 文字通り半身だ。それが焼け落ちている。その程度で済んだことを褒め称えるべきだろう。ナリコはほぼ直撃を食らったのだから。

 だが──EDENと蘇生槽の経路を繋いでいないナリコに、今死んでもらっては困る。コイツが蘇るのはヒノモトだ。それでは遠すぎるし遅すぎる。

 

 亜空間ポケットより止血ポーションを取り出して、投げる。

 

「痛むが、使え」

「クク、良い良い。吾には吾のやり方がある。そもそも魔力の抽出物なぞ、元をヒトとする者にしか効果を成さぬよ。吾のような妖にとっては、その原材料こそ魅力的だがな」

 

 言いながら、ぐじゅりぐじゅりと。止血ポーションを使った時よりは──水音の多いソレが響き渡る。

 塞がっていっている。ただそれは──紙で。此度ばかりは身代わりではない。故に、身代わりで本体を継ぎ接ぐ。その、延命処置。

 

「敵はもういないらしい。目的の魔法少女、とやらが何者かは後で確認する他無いが……今はこちらに集中するぞ」

「クク、この死に体に、まだ働けと?」

「あぁ。梓が呼んでいる。お前とユクナがいなければ、カンコウは止められぬ、とな」

「──なるほど。聡いなぁ。良い、良い。やはり好みだ」

 

 肩を貸す。

 表面上取り繕ってはいるが……これは、もう無理だろうな。

 

「クク……すまぬが、式鬼を出す余裕はない」

「飛行魔法で行く。私に掴まっている力はあるか?」

「無い。姫抱きを所望しよう」

「担いでいく」

 

 カンコウ。

 我らが殿か。……特に思い入れは、ないな。

 

えはか彼

 

「っは……っはァ、ふゥ」

「ライラック。……大丈夫か」

「大丈夫じゃねェなァ。魔力切れだ。見えねェカラスなンでどこが心臓かってのがわからねェ。魔煙草も……湿気で不味い。そろそろフリューリ草そのものか、とっときの水筒使うか」

「カンコウを倒す手段はわかっているんだな?」

「あァよ」

「なら、それを私に話せ。お前がやらなければならないのはカンコウを【即死】させる部分のみだろう。他の指示は私がやる。だから」

「お前ァ休んでろ、って? ……確かに合理的だが──いや、良い。アンタを信用する。信頼もしてる。冷静メイドの話じゃ、アンタってな落ちこぼれじゃァ無かったンだろ? ──期待してるぜ、優等生」

 

 言って。

 ──落ちる。

 

「は、え、オイ、ライラック!? 方法を言え、まずそれから──!」

「そこまで難しくねェ、あみあみ忍者と着物狐にカンコウを殺させるだけでいい! それでコアが露出する! そこを俺がぶっ叩くンで──そんだけだ!」

「それで、何故落ちる必要が、」

 

 そっから先ァ聞こえなかった。俺が落ちたから。

 車椅子に乗ったまま──落ちる。まァベルトァつけてあるンでな、外れァしないが──曇り空を、雨の中を落ちて行くってな、これまた壮観さ。

 

 落ちて──よォやく、カンコウってなを見た。

 見た目ァ宮司かなんかだな。大きさァっとに成人男性くらい。ただ──纏ってるオーラっつーの? 伝わってくる意思がさ、やべェな。怨念。怨念怨念怨念。恨めしい恨めしい苦しい苦しいズルイ狡い狡い──何故。

 向けられてンのァ、太腿忍者なのかね。

 いんやさ。

 

「なんだ──やめろよ。マジでさ。恨みを残して死んだのか。未練があって死んだのか。それとも──死ねなくて。死後に、その怨念ァ強まったのか。どれだけよ、お前さん」

「──死後に」

「げ、喋れんのかよ」

 

 独り言のつもりだった。

 喋れると思ってなかった。

 やべェ。あんまり言葉を交わすと俺ァ──情を持っちまう。化け物に同情する余裕なんざ無い。そう言ってきた。言い聞かせてきた。

 知ってる。知ってるよ。ルルゥ・ガルに事情聞かなくたって──知ってるよ。知ってるンだよ。化け物が、化け物の奴らにも、感情ってながあって、心ってながあって、家族だとか、コミュニティだとか、そォいうのがあって。

 因縁とか因果とか、しがらみとかなんとか、色々あって!

 

「──化け物が、ヒトの言葉を話すなよ」

「死者が何を」

「……言い返してまでくンのか。ったく」

 

 落ちながら。

 その邂逅ァ一瞬だった。

 一瞬だったけど──あァ、やべェ。思いついた方の簡単なのじゃなくて。

 

 ちゃんとした──そォいうのを、してやんねェと、って。

 

 絶対思っちゃいけなかったのに。

 

「──梓さん!」

「よォ、来てくれると思ったぜ、お嬢様」

「上で何がありましたの?」

「ちょいと、俺の魔力がもう──やべェんでな。指示の類ァ先公に任せて、落ちてきた。戦況ァどうだ」

「見ての通り、ですわ」

 

 見ての通り。

 

 それァ、豪雨が降り注ぎ、獣みてェな樹木が地を這いずり回って。

 背後でァ炎の腕が立ち昇り、時たま青い太陽がカンコウを襲い、その他遠隔魔法少女達がこぞって奴を攻撃してるってな──戦況。

 近接が何もしてねェわけじゃねェ。下の樹木切ったりなんだり、突撃しに行ってその首取ったり。

 

 が、ダメだ。

 何度も何度も復活する。

 カンコウ。

 

「……クソ。方法ァ思いついた。多分それで通じる。だが──あァ、お嬢、俺ァどうかしちまったらしい」

「梓さん……?」

「相手ァ化け物で、初対面も良い所だぜ。ハハ、その経緯ってなをちったァ知ってるだけだ。クソ、クソ。なんだって、なんだって俺ァ」

 

 零れる。零れる。

 魔法少女相手にだって零さなかったのに。今目が合っただけだぞ。今の今まで、殺す手段を考えてた相手だぞ。この先──もし俺達が失敗したら、家族や友人を殺すかもしれねェ、化け物だぞ。

 今までンなこた一度も無かっただろォが。共生してる化け物なんざいっぱいいた。子供連れた、群れで生きてる化け物なんざいっぱいいた。あいつらにァあいつらのなんかがあるんだって、ハナから知ってた!

 

 それを。

 それを!

 

 そんな──何にも浮かばれねェ方法で、()()()()()()

 

 ──"だってそれ、あの子達が積み上げてきた経験とか、感情とか、そういう記憶の一切を無に帰す魔法でしょ?"

 ──"生きるために必死で身に着けた術も、強きとして生まれた種としての堆積も、君の魔法に触れたら全部消えちゃう"

 ──"本能に取り残された使命も、絶対を誓う約束も"

 ──"全部全部なかった事にして、無理矢理"終われ"っていう魔法じゃん"

 

 ──"否定だよ、それは"

 

 反芻する。反芻する。ずーっとしてたンだ。脳裏を、ずっとずっと。

 ずっと気付いてたンだよ。余裕無いって無視してただけなンだよ。あいつらを生物だって認めないで──化け物だって、化け物だって、ずっと言ってきたンだよ。

 ソテイラの言葉は、迷宮で言われた言葉ァよ、俺ずっと──ずっと。

 

「梓さん──泣いてますの?」

「……自分でも、最低だと思うンだ。今までァンなこと無かった。今までァ──問答無用で殺してきただろ。だがよ、あいつァ、あれァ! ──生きるために抗ってンじゃねェんだよ。辛い事あって、苦しい事あって、嫌になって食われちまって──でも、消える事ができなくて! 死ねなくて!!」

 

 死後に、だと。アイツァ言った。

 あるンだ。ずっと。ずっとあるンだ。あいつァ──50年だか何十年だか知らねェけど、その間、ずっとずっと、ずぅっとずゥっと──恨みつらみを抱えてさ。封印されて、誰かに隠されて、発散もできねェままずゥっと抱えた恨みがさ。

 感じたよ。怨念。身に受けちまった見えちまった感じちまったわかっちまった!

 

「……お嬢」

「なんですの、梓さん」

「今からよ、俺が──魔法少女に余計な犠牲が出るかもしれねェ──化け物のためを想って、なんつーアホな考えをやろォとしたら──怒るか?」

「当然ですわ」

 

 雨が涙を隠してくれる。

 けれど、わかる奴にァわかるだろう。ダメだ、止まらねェ。なんだって俺ァ化け物なんぞに──こんなに。

 同情なんざ悪感情だ。憐れんだって相手ァ嬉しがらねェ。ンなこた、てめェが一番よく知ってンだろ。だけど。だけどさ。だけどさ。

 

「当然怒りますけれど──貴女は私が怒ったところで止まりませんでしょう? どこまで行っても納得ができないのであれば、納得のできる最善をお取りください。魔法少女も、ヒトも、魔物も──そして、貴女をも救うただ1つの道。貴女にしか見つけられない、【即死】を持つ貴女にしか見えない道を、どうぞご自由に、ご勝手にお進みくださいまし。私達はそれについていって、勝手に貴女を守り、自由に彩りをつけますので」

 

 ──あァ。

 ったく、ホントに。

 ダメな奴だ、俺ァ。んで──好い奴だよ、お嬢ァ。

 

「委員長だ。オーレイア隊がフィニキア・各務。探してくれ」

「オーレイア隊であれば、あちらにいますわ」

「連れて行ってくれ。今の俺ァ、立つのも無理なンでな」

「ええ。貴女のためならば」

 

 今からやるのァ余計な事だ。

 もし、なんぞか──罪悪感を抱いてくれてンのなら、って。

 それを利用してまでやる、化け物のための弔いだ。

 

 ……。

 そォさ。身勝手な奴だ。誰も彼もを救うなんてできっこねェ。ンなこたわかってるよ。どの時代でも、どの場所でも、どンな環境でも言われてきた。況してや俺ァ英雄様じゃァないんでね、ンなこたできっこねェんだ。

 

 けどそりゃ、やらない理由にァなンねェだろ。

 

「ハハ。あァ──好い。好い。好いね」

「……早くその草を食べてください。もう──魔力が」

「あァ、そォする。生命維持がな、そろそろキツいのァわかりきってンだ。ハハ。だが、好い。やりたくねェことやってた時より、随分と気が楽だ。俺ァ──」

 

 眩しい何かを目にする。

 お嬢の【神光】でも、稲妻でも、【神鳴】でもない。

 

 ──好い。それで。

 

えはか彼

 

「──見つけた! 魔力を持つ忍──お前が、ユクナだな!」

「!」

「手短に話すがお前の力が必要だ、私と一緒に来い!」

「……それは、できない。貴女は我が国の民と見受けるが──その鳥は、式鬼だろう。なれば、退治しなければならない」

「いいから従ってね」

「!?」

 

 背後。否、身体の中から──その手は出てきた。

 そのまま、羽交い締めのよう腕を押さえる。忍の頭に顔を添えるようにして出てきたのは、あるるらら。

 

「状況は理解しているよ。今、どうにもできなくしたから──ナリコさんを探しに行こうか」

「……その必要はない。連れてきた。死に体だが、役には立つだろう」

「カネミツ。……珍しい、怪我をしているね」

「戦場には想定外が付き物、ということだ」

 

 感じ取る。

 速い。飛来する。先端の尖った刃物。苦無。

 

「全員頭を下げろ──」

「効かないよ?」

「腕を落としたな、忍軍」

 

 ああ。

 こいつらに回避など要らなかったな、などと。少しばかりの自嘲。

 

「とにかく、そこなユクナという忍とナリコでカンコウを殺し、核を露出させる! それがライラックの作せ、」

「それは変更になりましたので!! えるるー先生、各務さんを頼みますわ!」

「頼む!? 何をだ、説明をしろアールレイデ!」

「ナリコさんとユクナさんは雲の下に! あるるららさん、抵抗するようでしたら私が無理矢理持っていきますの!」

「お願いするよ。私は、そちらの子を守っていればいいかな?」

「はい!」

 

 説明をしろ説明を。

 あるるららも何故そんなにわかりきった顔でいるんだ。

 ナリコは笑うばかりだし、カネミツも……あいつはあまり顔がわからんが。

 

 ローグンもリヴィルもエミリーもだが、どうしてこうA級S級だのという奴らは言葉が足りないんだ。

 

「遠征組調査班オーレイア隊のフィニキア・各務です。簡易に状況を説明します。現在、梓さんがカンコウの無力化に尽力中。そのためには彼女自身とユクナという方、ナリコという方、ユノンさんが必要であるそうで、その招集を頼まれました。私は今自らの魔法で梓さんを引っ張り上げています。ただ、この通り攻撃性の無い魔法少女ですので──」

「私達が守るしかない、というわけだね」

「何がというわけだね、だ! 私達だって攻撃性なぞ欠片も無い魔法少女だろう!?」

「そこは、私に任せろ。私は呼ばれなかったのでな。──片腕ではあるが、不可視のレーヴァン種や腕の鈍った忍軍に負ける気は毛頭ない。貴女は式鬼の操作に徹してくれたらいい」

 

 何を言う暇もなく、【神光】と名を変えたアールレイデに誘拐されるユクナという忍。

 雲の中の忍軍に動揺が広まるのが分かる。そうだろうな、私もそうだ!

 

 だが、助かった。フィニキア・各務。私の受け持つクラスの子ではなかったが、覚えたぞ。説明のできる良い魔法少女だ。

 

「あるるららさん。少しばかり雲に潜り、カンコウの様子を見ていてください。私は梓さんをカンコウに近づけ過ぎず、且つ遠ざからせない程度の位置を保たなければいけません。そしてそのためには、えるるーさんの式鬼操作も必要になります」

「む、無茶を言う……。だが、わかった。この短時間で慣れはしたからな。回避と操作は背を預けてくれていい」

「頼もしいですね」

 

 何をしようとしているのかは知らないが──頼んだぞ、ライラック。

 

えはか彼

 

「という感じですの! 梓さん、準備は!?」

「大丈夫だ。──いんやさ、【引力】ってなちょいとヒュンとなってこえーなァと。はは、無いんだけどよ」

「わかってますの!? 貴女今、オリジン種の眼前にいますのよ!? そんな余裕どこから出てきますの!?」

「馬鹿野郎、こちとらフリューリ草もしゃもしゃ食ってンだよ。そりゃ余裕も出る。クソ不味いからな」

「どうしましょう、今更ですけれど、この方の言葉よくわかりませんわ……!」

 

 ハイになってるってだけだよ。

 思考の純化が激しい。非善だからいいだろとかいうクソみてーな思考と俺のやろォとしてることの理性がまじりあってグッチャグチャだ。

 ハハ、うるせェな、敵だったら導いちゃいけねェのかよ。改宗だってするだろ、だれでも。

 

「……着物狐」

「なんだ、吾の妻」

「まだ、立ってられるか」

「……クク、問題は無い。何──殿のためと考えるのなら、この身を焼く痛みになど屈しはせんよ」

「私はお殿様とかどうでもいいんですけどなんで連れてこられたんですかね!」

「あァよ太腿忍者ァちィと黙っててくれ。無駄に色々長引いちまうンでな」

「はい! わかりました!」

「ンで──」

 

 着物狐ァ、多分もう……無理だ。

 俺と同じくらい、死んでる。背後で未だうねうねしてる炎の腕のせいなンだろォが、こっぴどくやられたな。殺されなかっただけマシ、なんざ考えたかねェけどよ。生きててくれてよかった。

 その苦痛を。

 

 ……いんやさ、今ァ良い。

 

「よ、あみあみ忍者。久しぶりだな」

「……梓。お前とこのような形で再会するとは思わなかった。侍衆の頭、参謀──それに、姫の妖。殿の妖。どれほどの因果を背負えばこのような場を作り得る?」

「なンだ、お前さん、アレを姫だって認識してンのか?」

「何を言う。あれなるは我が姫──ユノン様だろう」

「……【槌憶】か?」

 

 忍軍の言う姫ってな、実ァ着物狐だった、ってな衝撃のびっくり事実が明かされたはずなンだが。

 んでこいつァ太腿忍者の娘であり、太腿忍者と精神体を交換してる……まァ複雑怪奇も奇々怪々すぎる経緯の奴だってな話のはず、なンだが。

 

 なンかされてンなァ、こりゃ。

 

「ま、ちょいとそこで待機しててくれ。俺ァさ、あのカンコウってなと、話をしなきゃなンねェ」

「……」

「お嬢、他の隊の了解ってなどォなった?」

「当然ですけど得られていませんわ! イドラ隊、ジュニラ隊は特に意味の分からない、といった様子でした!」

「だろォな。魔法ァ俺が殺す。お嬢が防げるモンァ頼んでもいいか?」

「私にEDENへ叛逆しろと仰るのですね! いいですわ!」

「あァ、ありがとう」

 

 さァて。

 身体を大きく右に揺らす。

 すると、身体が前に出た。委員長と決めた合図って奴だ。右に行きたいなら前。左なら後ろ。行き過ぎたらアッチで調節してくれるってな話でさ。

 ちなみに銀バングルァ地上で樹木の白亜化を、光眼鏡ァその隣で【排析】、過激無口ァ樹木と戦ってて、虹色ロングァ時折カンコウに【弱化】をかけてる。効いてるかどォか怪しいけどな。

 

 俺が会いに行ったらすんげー気まずそォな顔すんの。

 まァ、アズサの件でわかった通り、化け物に身体乗っ取られてた間ってな意識ァなくとも記憶ァ残る。それがずっと後引いてるみてェなンだけど、今ァんな謝る謝らないをしてる暇ァ無いんで動いてもらった。委員長がきっぱり割り切ってくれる人でよかったよ。

 

「よォ、お殿様。カンコウ──いやさ、生前ァミチサネ、だったか?」

「不遜なる娘子よ。あなたは何者だ?」

「さっき自分で言っただろ。死者だよ」

「そうか。余は道真であり、殿であり、妖であり──神である」

「それがなンだ。敬ってほしいってか?」

「否。……あなたの名を、聞かせて欲しい」

 

 あァ、ダメだな。

 見るからに、明らかに化け物なのに。

 こうも会話ができて、こうも感情があって。

 

 何より──殺意が、欠片も無ェ。

 

「梓・ライラック。ライラックってな、丁香花のことさ」

「良き名だ。……梓。余をヒトと見るか?」

「いや。アンタァもう化け物だよ。自覚してる通り、妖で、神になっちまった化け物さ」

「……そうだ。余は数十年前に、妖となった。それにしても、懐かしき気配がする。……湯呑と得子が近くにいるな」

「あァさ、連れてきた。アンタの恨みつらみ晴らすにゃこいつらいねェと始まらねェだろ?」

 

 下方、左下。

 青い太陽が飛んでくる。豪雨によっても一切衰えぬその熱量を、【即死】の弾丸を放り投げる事でぶち殺す。邪魔しねェでくれ。まァせっかく死に戻ってまで早く帰ってきたお前さんらの邪魔してンのが俺なンだがよ。

 

「恨み、つらみ。か。……あなたは余を知っているのだな」

「いんやさ、何にも知らねェ。アンタを知ってる奴らから、どォいう経緯で妖になったのかとか、どォいうことがあったのか、ってなちったァ聞いたがね。アンタの人となりァ今知ってる最中だよ」

「ならばあなたは──何故、余の前に立った?」

「わかんねェ。なんか泣けちまってよ。なんか……アンタをただ殺すってな、ダメな気がしてよ。なんにもわかんねェけど、仲間に協力してもらった。アンタ、そんな俺を嗤うかい?」

「いや。──あなたは、正しい」

 

 雨が強くなる。

 あァ──泣いている。まだ、俺も。

 こいつも。

 

 生きるために抗う、なんて気概あるワケがねェんだ。

 こいつァもう。

 

「ヒトで在った頃の余ならば、あなたの行為を切って捨てたのだろう。あるいは妖と、神となったばかりの余であったのなら──あなたに雷を落とし、その身を焼いていたのだろう」

「俺もさ。アンタが喋れるって、そンなにも感情蓄えてるって知らなかったら、適当に殺してたよ。なんの感慨も無く、なんの感傷もなく。けど──」

 

 雨が。

 その雨脚が、どんどん強くなる。豪雨も豪雨だ。周りが見えなくなる程、雨が激しい。

 

「アンタ、死にてェんだろ。もう終わりてェんだろ。人なんざ襲いたくねェし、戦いたくもねェ。けど──その身に蓄積した恨みつらみがよ、理性も本能も止めてンのに、もうやめてェって言ってんのに、やめさせてくれねェ。ずりィって言ってる。何故だ、って」

「ああ、あなたは余を理解してくれているようだ。ありがたい。──そして、忝い」

 

 何かが飛んだ。【光弾】か、その類だ。遠隔魔法少女の何かが飛んで──けれど、叩き落される。

 お嬢じゃねェ。どころか近くに飛んでた奴らもかなり高度を下げてる。豪雨も豪雨が故に。滝みてェな雨が、すべてを叩き落とす。

 俺だけだ。

 上から吊り上げられてる俺だけが、残ってる。

 

「余はもう、止まる事ができぬ。確かに、愛した姫の本心を知った時、酷く狼狽した。だが、死して──その狼狽も混乱も、そして余の罪も、全てが間違いであったと知った。余は姫の心を理解しようとしていなかった。余は何もせず、欲したものが与えられて当然だと思い──その拒否に狼狽えただけだ」

「みてェだな。姫当人もなんの気持ちもなかったって言ってるよ。なんなら会わせてやろォか?」

「フ──良い良い。余はもう、理解している。あの姫が、とんだ化け狸であったことなどな」

 

 ──"何か失礼なことを言われてる気がするんですけど!!"

 

 雨の下の方からなンざヘンな声聞こえた気がしたが雑音だろう。雨じゃよくあることだ。

 

「そォかい。自分の気持ちも筋違いで、姫も真っ当な奴じゃなくて。んじゃ、何が心残りさね。──自分を愛してくれた奴かい?」

「ああ、そうなのだろう。……そこにいるのだな、得子。九尾の大妖。余の生涯において、言葉を交わした唯一の妖。幼き頃より余を見ていてくれた──義母が如き存在」

「……クク。そこまで想っていたのか、殿よ」

 

 現れる。

 ずぶ濡れになって、びしょ濡れになって。

 ……カンコウに見せねェよォに、半身になってる。その後ろっかわァ──紙だから、雨に濡れて、どろどろと。

 

「悲しきことだ。余にはもう──あなたを、余よりも強き存在であるとしか感じ取れぬ。余の頭を撫でたあなたの温もりも、その優しさも……今の余には伝わらぬ。悲しきことだ。悲しきことだ。……ああ、何故なのだ」

「何故、も何も。決まってンだろ。奪ったやつがいンのさ。妖になって、けど誰を殺す気にもなれなくて。いんやさ、恨みつらみを向ける先ァあった。あったけど──それを向ける自分が嫌で、押し殺そォとして。けど、けど。──それを無理矢理奪っちまった奴がいンだよ」

「梓。教えて欲しい。余は──誰に、奪われた。この──矛先のなき怨念は。その矛先は、誰が隠したのだ」

「奪ったやつに自覚ァ無いんで、怒らねェでやってくれ」

「わからぬ。余がそれを知った時、この怨念がどうなるのかは、余にもわからぬ」

「……あみあみ忍者。何の話かわかってねェって思ってるだろォけど──アンタだよ」

「え?」

 

 お嬢がその身を抱いて、連れてきた女性。

 ユクナ。

 

 ま、わかり切ったことでァあったさ。

 それが一番楽だもんな。

 

「なァ、着物狐。お前、ミチサネを封印したンだったよな? そりゃ、どこにだ」

「決まっている。あの城だ。今は忍軍が占拠しているあの城の天守閣に、殿を封印した」

「……それは、余も肯定しよう。最期の会話の後、余は得子に封印された。人を殺さぬよう、この地に縛り付けるためにと。予想外であったのだろう。余の力は得子の想像以上に大きく、城は半壊し──その余波は国の全土にまで届いた」

「吾とて、己が実力の不足を嘆いたものよ。だが、縛り付けることそのものは成功していた」

「ああ──余は長い間、ヒノモトから出る事ができなかった。──今の今まで、だ」

 

 だから。

 封印先を変えた奴、がいるンだ。

 

 天守閣に封印して、けど天守閣が半壊しちまって、封印の器足り得なかったとかそンな所だろう。

 それを、勝手に持ち出して──適当に理由つけてさ。適当に記憶を奪って、良い様に守らせて。

 

 ソイツに、封印したンだ。

 

「ユクナ。姫の、母。余はずっと、彼の者の中に在った。あなたが、余の恨みを奪い──否、背負ってくれたのだな」

「え……いや、私は」

 

 なァよ、マッドチビ。

 ンなんことできンのァ、昔っからジパングに関わってたアンタだけだよな。

 

「さァて──糸を断ち切る時間さ。絡み合ったけど、絡み合ってるだけだ。大丈夫。俺ァ否定しねェよ」

 

 もう。

 

えはか彼

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