カシヨの村。
空は燕尾色というか、ほんのり薄暗い赤紫、みたいな色なンだけど、陰鬱ってカンジよりァ夢現ののほほんとした、って表現が合う。
なんつーかな、静かなンだ。冥界もそこそこに静かだけど、こっちァ人っ子一人いねェんじゃねェかってほどの静けさ。でもちゃんと人ァいて、なンだかな、足音ってモンが聞こえねェ、に近いのかな。
「なァ、村長」
「なんだ?」
「アンタはいつからここにいるンだ? 少なくとも覚えてる限りでよ、体感時間でどンくらいだ?」
「ふむ。先にも言ったように始まりは覚えていないが、思い出せる限りで言うのならば──何千、何万とここにいる、ように思う」
「へェ、そりゃ古代人もいいトコだな」
「ただ、私に残された個というものは限りなく少ない。漂流者の記憶を見て、その中の人物になる。それは自我の上塗りを表し、自己を分解する。ここへ流れ着く漂流者は得てして、あるいは奇しくも数奇なる運命を背負っている者ばかりだ。戦乱の世にありて戦地を駆け抜けた者。滅びゆく国にありて最後まで抗った者。一つの国を統べて尚上を求める者。そういった者達が数多く訪れ、稀に定住して行く。だからこそ」
ポニテスリット……じゃねェな。姿形ァそォだが、村長だ。
村長ァ空を見上げて、少しだけ寂しそォに言う。
「……だからこそ、私は自らを考える事も多い。考え、推測し──しかし、結局は元に戻る。つまり、彼ら彼女らの記憶を見て、その真似をするだけの機構なのだ、と」
「機構?」
「ああ。恐らくだが、ここも、私も、貴女のように深い夢に迷い込んでしまった者が、そこで嘆きの渦に陥ってしまわないための機構なのだと思う。少なくともこの村にいれば、このカシヨの村に居れば──貴女達は、絶望しなくて済むからだ」
「そりゃァ、なンとも悲しい話だな」
「そうだろうか?」
「そォさ。要ァ他人の絶望のための受け皿ってこったろ? 滑り止めさ。ここがあれば、深い悲しみに包まれることは無い。故にアンタは一生ここにいるし、この場所は在り続ける……ってな。まァ全部憶測だが」
夢の世界。
カシヨの村。そンな何万年も前からあるのにまだ村ってこた、定住する奴ァホントに少ないンだろう。
そして、定住したとしても──現実の肉体が死んじまえば、この村からァ消える。冥界に来る。仮初で夢幻の、蜃気楼みてェな村さ。
そこで村長ァ一生過ごしてるって?
……機構だってンなら、自我持たせンなよ。
「さて、ついたぞ。とりあえずここが貴女の家になる。ここに滞在する間はこの家を使うといい」
「あァ、ありがとさん」
「そして、ここから見えるのが皆の家だ。基本的に住民は家の中にいるだろうが、時たま野山へ行ったり、川や泉に釣りをしに行くものもいる。これも先に言ったが、欲しいものがあったら念じてみてほしい。大体のものはそれで手に入るが、もし思い入れがあまりなく、思い浮かべることのできないものであった場合、住民に頼んでみると良い。大抵はそれですべて揃う」
「おォさ、何から何までありがとな」
「構わない。貴女が一度落ち着いたら、私の所にも訪ねてみて欲しい。貴女の話も聞いてみたい」
「ン。後でな」
そう言って──村長ァ、元の道へ戻っていく。
その姿さえも、蜃気楼みてェに消えて行く。あァ、なるほど。
ここがこんなに静かなのァ、あんまし遠いと見えなくなるっつか、ホントに消えちまうから、かな。
「……ふゥ」
疲れてもいねェ身体で、ため息をつく。
もう一度両の手足を見る。
……魔法少女になる前の、単なる中学生だった頃の俺だ。
鏡……ァ、作れねェのか。
なるほど、効果が一定じゃねェもンァ無理、ってことか? 外界を映さねェ鉄板なら簡単に出せるな。
ハハ、これこそ魔法ってカンジがするよ。
「……俺が俺にならなかったのァ、もう俺ァ梓・ライラックって事か。あるいァ」
もう、俺ってな死んでるからか。
ま、どっちでもいいがね。
さて。
久しぶりの一人、な気がする。
隔離塔でも一人っちゃ一人だったけど、だいたい寝てたし、暇だなァ、とか呟くとすぐに冷静メイドが来るからな、なんだかんだ言って一人の時間ってななかったンだよ。
それを、こォされると。
……喋りたくなる、というか。
「はン、やっぱ俺ァ、誰かと一緒にいてェのかね。情けねェ話だが」
「──ならば、吾と話すか、娘子」
「ン?」
おォ。
夢の中だからか、命の気配がしないンで気付かなかった。
家。扉ァ勝手に開けられてて、そこに。
……なンだ、露出の激しい服を着た、狐の尻尾を持った女性が立ってた。
凄まじい既視感。
「あー、アンタ、名前ァ?」
「フフ、先に問うのがそれか」
「アンタがそこにいるのァ、鍵かけてねェ俺が悪い。アンタの面にァ見覚えねェが、出で立ちと雰囲気がそっくりな知り合いがいる。アンタの名前を先に問う理由ァこんだけさ。他に必要か?」
そっくりもそっくりだ。
色々隠してねェとことか、喋り方とか雰囲気とか。
ただアイツみてェに面ァ付けてない。めたくそ美人。おじさんが惚れてしまうにあまりに妙齢な美人。全然着物じゃないし、和風って感じもないンだが。どっちかっつーと中華風?
「いや、良い。吾はヨウキという。
「梓だ」
「そうか、では梓」
そして──また、既視感のあることを。
「吾と婚姻を結ばぬか? 汝の容姿は、酷く吾の好みに合致している」
「断っとくよ。アンタ、此処に来る奴の誰にでも言ってるだろ、それ」
「ふむ──何故わかったのか、聞いても?」
「勘だよ」
「そうか」
まァた、クセの強ェのが来たなァ、って。
ヨウキはここに流れ着き、定住を選んだ者の1人、らしい。
「そりゃ何百年前だ?」
「フフ、今が何年かもわからないというのにそれを問うのか?」
「あァさ、わかってンだろ」
「良い。吾がここに漂着したのは、凡そ500年前のことだ」
まーた500年前か。
マッドチビ先生も500年前に魔法少女なってて、そン時に……そォだ、創設者たちの魔法少女解放運動、みてェなのがあったンだよな。
……そォいや、そン時にァまだ、世界ァ困窮してなかった、のか?
人間が人間を奴隷にできるくらいにァ──外からの脅威ってな、人間だけだった、とか。あるいァ戦士だのなンだのが強くて、化け物を十二分に退治できていた、とか。
いんやさ、脳筋娘ァともかく創設者たちの魔法ってなそこまで戦闘向きじゃねェ。マッドチビ先生ァたった5人の集団つってた。魔法少女と名乗る集団。ってこた、学園長殿が強い……のか?
思い出せ。魔法少女の記憶ァ劣化しねェ。
そォ。そォだ。マッドチビ先生ァ──"化け物よりも軍隊よりも、他の何よりも強かったそいつら"、って。言ってた。
なンだ、他の何よりも、って。
「汝は、どうしてここに来た?」
「理由が分かる奴ァいんのかよ」
「フ、全員ではないがな。何故自分がここに迷い込んだのかを自覚している者はいる」
「へェ。んじゃ、俺も自覚してる側だな。アンタもだったりするのか?」
「フフフ、吾が先に問うたのだがな。良い。吾が此処にいるのは、単純に討滅されたためだ」
「やっぱり化け物かアンタ」
「この尾があって、人間であるはずがないだろう?」
「そりゃそォだが」
命の気配がわからねェから人間の可能性もあるって思ったンだよ。
……いけねェな、そォいうトクベツな感覚って奴に頼りすぎてるか、最近の俺。もっと普通に判断できる目を養わねェと。
「で、討滅された化け物が、なンで輪廻に戻らずこんな夢の中くんだりで道草食ってンだ」
「フフ、吾ら魔物のことをよく知っているようだ。──何、それも単純なこと。吾は疲れたのでな。死に際に吾を他者に預け、吾は眠りに就いたまでのこと。──まさか眠ったあとも世が続く、などとは思っていなかったが」
「他者に預けた?」
「フフフ、それについて話す前に、汝の話を聞かせて欲しい。吾が話してばかりでは、少し不釣り合いだろう?」
「……あァさ、わかった」
そォいやその言葉、どっかでも聞いたよォな。
──封印措置の魔法少女。
その経路を断って、蘇生できねェよォにして、殺しちまわない理由。
「俺も単純に、大怪我しててね。生命維持にも魔力が必要だってのに、ガンガン魔力使ってぶっ倒れちまったってだけさ」
「となると、汝は仙女か?」
「あー、まァけったいな力使う奴をそォ呼ぶのなら、そォだよ」
「フフフ、そうか。何、吾は仙女に討滅されたのでな。何、この村には仙女もそれなりに存在する。吾が敵愾心を持つことはない」
「そりゃどーも。で、他者に預けた、ってのァ?」
仙女ねェ。
羽衣でも纏うか?
「フフ、そう急かずとも、時間はある。良い。輪廻を知っているのであれば、吾ら魔物が何を目指しているのかも知っているな?」
「あァ。究極なる一。神なりし者。最高にして至高の頂き」
「そうだ。だが、魔物とて自己がある。自我がある。中にはその輪廻を経ても記憶を受け継ぎ、種としての強さの堆積を用い、更なる進化を目指す者もいる。吾のように何度死のうとも記憶を零さず、同じ形で生まれる者もいる」
「……そォらしィな」
「しかし──その輪廻とは、魔物の総意であるとはいえない。記憶が続く者は、時に挫け、時に休み、時に自死を選ぶ。同じ形で生まれる者は、時にヒトとの宥和を試み、親睦や従順なる行動をして生き永らえんとする者もいる。生まれた直後からある進化という渇きを無視して、野山にひっそりと暮らす者もいる」
あの寂しんぼの言ってた通りだな。
輪廻ァ呪縛であって、疲れてしまった子も多い、ってな。
「吾もその内の一匹だ。仙女との闘争に疲れた。幾度も幾度も、生まれては殺され、生まれては殺され、殺し、殺され──その果てに何がある。他者と混ざり合い、融け合い、死ぬ。それ以上のモノがないのだと悟った時、吾はもういいと、使命を手放した。故に当時あった村で大きく暴れ、仙女に討滅される道を選んだのだ。──幾重もの事前準備をした上で、な」
「それが、他者にアンタを預けるための、か?」
「そうだ。吾は妖狐と呼ばれている。あるいは空狐と。狐の魔物が辿り着く最上位が吾だ。故に本来吾はこれ以上を目指さねばならず、そのためには狐であることを止める必要があった。さらに上を、高みを、天を。そう求めることを求められ──しかし、疲れ果て、飽いてしまっていた吾は、吾の位を投げ出した」
そうだ。
封印措置の魔法少女を何故殺さないのか。
それァ、殺しちまったら──蘇生できなくしちまったら。
新しい魔法少女が、生まれてしまうからだ、って。
「ンなこと、故意にできるモンなのかよ」
「吾にはできた。その時の生ではなかったが、仙女と友誼を結んだこともあってな。その仙女に手段を教わったことがあったのだ。個とは肉体と精神と心でできていて、肉体は外界への干渉と鎧を担い、心は内界への干渉と扇を担う。位を持つのは精神であり、精神とは世界から自己を賜った時にできる最初のものである、と」
「……その仙女ァ、さぞかし叡智に溢れてたンだろォなァ」
「フフ、吾も聞いた時には半信半疑であったのだがな。吾自身が証明してしまっては疑いようもない。……吾は肉体の討滅を乞い、精神を他者に押し込んだ。鎧も扇も失い、残った心は、ただ揺蕩い消えるもの──そう思ったが故。フフフ、それが、このような場所で安寧に縛り付けられることになろうとは」
「安寧に縛り付けられる? 嫌なのかよ、ここにいンのァ」
「汝は質問が好きだな。良い。吾が肉体と精神を捨てたのは、飽き、疲れてしまったが故だ。もう、続く記憶に飽いた。もう、上を目指さねばならぬ呪縛に疲れた。フフフ、汝の思う通り、疲れこそ無くなったが──ここには何も無い。飽いているのだ。吾はもう、飽いている」
ヨウキの周囲から、金塊や宝石、その他芸術品らしきものが出現しては落ち、溶けて消えて行く。
ここには何も無い。
ただ続くだけだ。なんでも手に入るから──何も無い。
「……死にてェのか、お前」
「フフフ。ああ。頷こう。吾は死を欲している。眠りを。休みを。ここで終わる、という安心を」
ピクりと、指が動く。
わかる。それだけで、わかった。
夢の世界でも。
俺ァ──使える。魔法を。
「生きたいとァ、望めねェのか」
「十分だ。フフフ、汝のような幼き子には理解し難き話か。──何百を、何百回。何十を、何千回。もういい。したいことはし尽くした。やりたいことはやり尽くした。──何よりもう、この村にも、あちらの世界にも──吾と友誼を結んだ者はいないのだ」
「ンなの、またつくりゃいいだろ。世界ァ進んでる。今も前向いて歩いてる奴がいる。そいつが新しい道作ってる。新しい命が生まれてる。そいつらとまた、仲良くなりゃ良い。そいつらの築き上げたものに感動すりゃいい。どんだけ生きたって、飽きたからって──死なんざ望むな」
「……フフ、どうやら、汝は悲しみに満ちた運命を辿る者らしい。梓。死は、嫌いか?」
「あァ。大嫌いだ」
嫌いさ。自分の魔法なんざ、大嫌いだ。
死なんか好むな。生きてるくせに。
「ならば、吾から少しばかりの質問をしよう。良いか?」
「あァさ。俺からァ十分に聞いたからな」
「梓。汝は創作、というものをしたことがあるだろうか。芸術でも良い。音を奏でたり、絵を描いたり、文字のために筆を執ったりと、なんでもよい。練り土で造形をする、でもよいぞ」
「……まァ、多少ァあるよ。前も昔も、ちったァある」
「それを、一度でも良い。完成させたことはあるか?」
前世ァITでパソコンカタカタやってるおじさんだったからな。
あるよ。作品を完成させたことなンざ沢山ある。企画や仕事を含めるならもっとだ。勿論、こっちでも小中と図画工作みてェなのァたくさんやった。
……言いてェこた、わかった。
でもまだ、口を挟まない。
「あるよ」
「それが、死だ」
「……」
「フフ、吾が答えを言う前に、解を知っていた。そういう目をしている。……ならば、次の質問だ、梓」
「……あァ」
「この村に、朝も夜も昼もない。空の暗さをみればわかるだろうが、陽も月も無い。ただこの穏やかな空が永遠に続く。それは、不自然ではないだろうか」
「朝が来て、夜が来て、朝が来て。そォなンなきゃいけねェって?」
「それを道理と思うかと、聞いている」
……そンなの。
決まってる。
「思うよ」
「それが、死だ。フフ、朝を過ごし、夜が来たら眠りに就く。それが当然だ。道理であり摂理であり、自然だ」
「眠れねェのァ、つらいか」
「ああ。ようやく眠りに就けると思ったのだ。吾はようやく全てを手放し、深く暗い泥の底で、もう何も考えず、もう何も厭わず、もう何も──為さずに済む、と」
「なら、問うが」
違う。
そォじゃねェんだ。
「ヨウキ。アンタァよ、観光ってなしたことあるか? ヒトに化けてでも、狐になってでも、新しい場所に行ってみたってことァあるかよ」
「あるぞ。フフ、白き山々の中にある、赤い城。昏き森の中にある、高き塔。碧き海の果てにある、緑の島々。天幕の向こうにある、黒き世界も、だ」
「なンでそこに留まらなかった?」
「まだ行くべき場所があったからだ。まだ見てみたい場所があったからだ。まだ知らぬものがあったから、まだやらねばならぬことがあったからだ」
「それを──」
「それを、生と呼ぶ。命と呼ぶ。自身にとっての未知を知りたいと思う心。目的があればこそ、生は輝きを放つ。多くの魔物もそうだろう。究極なりし一を、至高の頂を目指している途中だからこそ、あんなにも激しく生を放つ。生きたいと足掻く。生きるために抗う。──吾にはそれがもう、無い」
ダメか。
まァ、そォさな。43と13歳……もうそろ14歳のおじさんが、何百何千と生きた奴に、言葉で敵うワケねェか。
考えが少女で止まっててくれたら。まだ若いトコで止まっててくれたら、説得も暴論も押し通せただろォが──無理か。
「生きたいと、もう抗えねェか」
「無理だ。吾はもう疲れた。もう飽いた。──汝は、吾を殺し得るな?」
「可能不可能で言や可能だよ。やりたかねェってだけさ」
「──ならば、良い。ここはカシヨの村。苦痛の伴わぬ村。汝がやりたくないというのなら、吾は大人しく引き下がろう。汝に強い死の気配を感じ、惹かれるようにしてやってきてしまったが──それも謝ろう。汝にとって聞きたくない話を聞かせてしまった。──吾はもう、他者に干渉したくない。……どうか忘れて欲しい」
「そりゃ無理な相談って奴でな。もうちょっと、聞かせて欲しい。アンタの話を」
「……良い。汝がそう望むのなら」
んじゃ、ちょいと。
魔煙草でも吸って。
話をしよう。
「苦痛ァよ、あンのか。ここにいて」
「無い。この世界に苦痛というものはない。ただ飽きがあるのみだ」
「それァ、苦しいわけでも、痛いわけでもねェんだよな」
「そうだ。だから、汝に殺されずとも、吾はここで永遠を過ごし得る。ただ飽いた飽いたと呟いて、また訪れるだろう漂着者を見物して。その中にまた、死の気配を持つ者がいたのなら、吾はこうして乞いに行くだろう」
「……そうけ」
家を出て、ちょいと歩く。
ヨウキも一緒だ。景色の良いトコがあるってンで、連れてってもらう。
「アンタが友誼を結んだ仙女ってなよ、どんな奴だったンだ?」
「叡智を極めた者であった。自らの長い生を、長くない者達のためにあると定め、数多くの病や禍から民を救う。彼の者は王でありながら仙女であり、故にこそ──次第に、忌避されるようになっていった」
未知を望むのが生だ。
けれど、生きている者は未知を拒む。
その矛盾ァ、死を認識してからじゃねェと解けねェ。
況してや知恵に守られているのであれば──たとえそれを齎す者が相手だったとしても、それを拒み、忌避し、嫌悪する。それが生物さ。人間の悪性の話じゃねェ。全部の生物がそォだよ。
「吾が国を離れる頃には、もう。彼女は国を追われる身になっていた。共に逃げる事も誘ったのだがな。"貴女まで巻き込むわけにはいかない"と──そう言って、その後すぐに死んだ。殺されたよ」
「……」
「吾は後を追わなかった。仙女とは不老不死だと、外ならぬ彼女から聞かされていた。事実その者に遭うまでの仙女は不老不死である者が多かった。何度殺せども蘇り、何度殺され生まれ直そうとも生きている。吾ら魔物にとっては悪夢に等しい存在だ。フフ、だというのに吾らには仙女の血肉が必要であるというのだから、悲しきことよ」
「ソイツァ、なんで死んだンだ」
「わからぬ──などと言えば、汝は目を輝かせて、それが生きる理由になる、とでも言うのだろう?」
「言おうとしたよ」
「フフ、良い。……わからぬよ。それは本当にわからぬ。あるいはどこかで蘇ったのやも知れぬ。だが、どれほど待っても彼女は帰ってこなかった。吾のもとに、彼女は来なかった。約束の場を訪れようと、そこに陣を引き、縄張りにしようとも。彼女が帰ってくることはなく──吾はまた、討滅された」
仙女ってなが魔法少女なら、死なねェはずだ。況してや人間に殺されるなんざあり得ねェ。強ェ魔力を纏えば銃弾すらも弾けるンだぞ。それを殺すなんざ、相当のやンねェとダメだ。
そんでもって、帰って来なかったってのもおかしい。蘇生槽が無かった……ンだとしたら、どっかに蘇生槽についての知識持ってる奴がいて、そいつが壊した、とかじゃねェとそォァならねェ。初めから作って無かった? まァその可能性ァあるが、それだったら自分を不老不死である、なんて言うか?
……あるいァ、だ。
同じ魔法少女に──仙女に、謀殺された、とか。
蘇生槽の在り処を知ってる奴に経路を断たれて、その際にすら参加していた、とかなら。
まァ、在り得るな。
「で、友達死んで悲しィんで疲れたし嫌になったし飽きたから死んだ、って?」
「フフ、煽って感情を引き出そうとするのも無駄だ。だが、良い。……吾は、その後も何百と生きたよ。生まれ直して、討滅されて、何度も何度も。言ったであろう? 吾がここに来たのは500年程前。──吾の友人が死したのは、何千年と前だ」
「……待て。そんな前から仙女ァいたのか?」
「いた。吾ら魔物も仙女も、古くからいた」
……ん。
なンだろな、この違和感。
もし、そォなら──詰まりすぎている、というか。
ニヤニヤ丸眼鏡が外からこっちに堕ちてきたのが魔法少女の始まりだとして、そこから魔力が漏れ出で、この世に魔力の流れってなモンが出来上がり、魔法少女と化け物が生まれた。均等じゃなかったンで終の因を作り、始の点で均した。
……それが、何千年と前だとしたら。
なンでまた、500年前なんて近い時期にコトが起きて、ニヤニヤ丸眼鏡もマッドチビも、今更になって動き出したンだ?
もっと早くから動けたンじゃねェのか、それ。
もっと早くから──色々と、変えられたンじゃねェのか?
こんな複雑になる前に。こんな面倒になる前に。
「聞くが」
「良い」
「過去、仙女が化け物として扱われた、ってことァあったか? アンタの友人みてェに長くを生きた末に、じゃなく、ハナから化け物として人間から忌み嫌われてた、ってこと」
「そういう流れになったことはあったな。それこそ丁度、500年前のあたりだろうか。否、600か700と前の事か。吾ら魔物も仙女らも纏めて排斥する──そういう国ができたことがあった。大陸における最大の軍事力を持ったその国は、それを各国にも強いた。従わなければ戦争を仕掛け、敗戦国にただそれだけを強いたのだ。仙女とは単なる魔物であり、
そうなった者。
魔法少女になった者。……だけじゃ、ねェか。
魔力が周囲に無くて魔法に食われて化け物になっちまった、カンコウみてェな奴もいたはずだ。
……いや待てよ?
待て待て。
そォいや輝きの園で、つか始の点の休憩ポイントで、紺碧ベルトが言ってたよな。
魔法少女ァ病だと。
なンで女にしかかからねェかって聞いたら、そォいう病気だから、だと。
カンコウァどー考えても男だ。
……待て待て。
聞けばいいだろ。目の前にいるンだから。
「なァよ、魔物に、雄はいるか?」
「いない。繁殖のために人間で言う所の雄としての生殖機能を具える生態を持つ魔物もいるが、基本は雌だけだ。吾を含め、たとえヒトガタを取ろうとも雄になることはない」
「そうなった奴がいたとしたら?」
「それは故意に作られた魔物であろうな。仙女の中には、そういう仙術を有す者もいるのだろう」
じゃァ。
やっぱり、カンコウってな。
「男がよ、仙女になるってな方法ァあんのか?」
「無い。ただし、吾は魔物である。仙女ではない。これは吾の友人から教わったことに過ぎない。それでも良いか?」
「頼む」
「人間の雄、あるいは獣の雄は、確かに仙女の気を血肉に蓄える事がある。だが、雄が仙女になることはない。仙女の気とはあくまで始まりの仙女を元にした形であり、始まりが雌であったからこそ人間も獣も雌しか仙女の気を扱う事ができない。ただ、それは吾ら魔物にとって必要なもの。故にその血肉を食らいはする。それだけだ」
「じゃ、さっき言ってた国ってな奴。でけェ国。軍事力に長けた国。その国王ァ、女か、男か」
「女だ」
「そいつァ、仙女だったか?」
「フフ、そうだ。その者は仙女だった。しかし誰にも悟られなかった。そういう仙術を用いていたが故に」
整理しろ。
聞くべき事と分かっている事をはっきりさせろ。
おかしいンだ。何千年と前から魔法少女も化け物もいて、けど500年か600年前から急激に魔法少女の迫害の兆しが強まった。それァ魔法少女の手によるもので、EDENの創設者たちァそれに歯向かって魔法少女の解放運動を行った。
じゃァなンでその魔法少女ァそんなトコから動き出した?
決まってる。準備が整ったからだ。感情の高ぶりが魔法少女の因子に強く作用する。誰もが興奮していたのだろう。国の統一を、全土への勝利を。
そんじゃなンで、そっから何にも動かなかったのか。
ンなもんも、決まってる。
「その国が、滅んだ理由ァ?」
「──国民の全て。すべての女が、吾ら魔物に成り果てたことだ。フフ──汝の思う通り、何者かの手によって、たった一夜にしてその国は魔物の国となった。魔物は男共を食い殺し、生まれ直し、更なる強さを手に入れた」
「何者か、なンてぼかさなくていい。そいつだろ。その王ってな仙女だろ」
「フフ、そう。その通りだ。女王は、仙女は、国を巨大な実験場にし、人間を魔物にする術を完成させた。否、証明した、という方が正しいか」
「……それァ、人間が化け物になれる、って証明か?」
「人間も輪廻の渦に入れることができる、という証明だ」
足りない実験があったから。
そして──ソレを造るに足る知識が、まだ無かったから。
「その仙女の、名は」
「シエナ。古き言葉で、死を得ることの無い者、と書く」
「吾の知る限り──まだ、一度も死んだことのない仙女だ」
……そうさ。
それが──本命だ。