遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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74.御地猛忍具負不出民寧紫遠.

 体感時間、よォやくここでの一日が終わった。

 夜も来なけりゃ太陽も昇らねェ、風の一つも吹きやしねェ世界だから、自分がいつなのかここが誰なのかわからなくなる。あれがどこであそこがそれで。

 

 で、まァ。

 村長に与えてもらった家──じゃなくて、なんとあのまま湖の中で一日を過ごしてみたワケなンだが。

 

 ……まだ考えァ纏まってない。

 纏まるもなにも、悩んでもいねェ、気もする。俺ァ殺したくない。あいつらァ死にたいけど別に今のままでもいい。それを能動的に殺すってな、俺の意思だ。それァ嫌だと何度も何度も言ってきた。拒否してきた。嫌がってきた。

 それが間違いだとァ思わねェし、それを過ちだとも思ってない。

 

 願われて、乞われての死──ンなもん、クソくらえだって。

 今も思ってる。

 

「……でも、確かにそォ、なンだよな」

 

 ふーちゃんァ言ってた。外に出たって事実上の死。封印が解除されたってまた同じことをやるし、同じ過ちを犯し、再封印されるなんて目に見えている。

 好かれるのァ大好きだけど、嫌われるのァ大嫌い。だからもう嫌われないよォに──死んじまいたい。

 

 ヤな考えだ。

 けど。

 

「こんな魔法が無けりゃよかったと。そう、思ってる奴ァやっぱ、いンだな」

 

 口に出す。

 声に出す。

 言葉として紡ぐ。

 

 魔法。

 先公ァ、魔法にァなんか役割があって、どうしよーもねェ時に、けれどなンとかできるから──だからこそこれを、俺達ァ魔法と呼ぶのだと。そォ言ってたけど。

 結局魔法なんざ外法でしかねェんじゃねェかって。

 技術じゃなく──世界を歪める外道の法。対象に死を齎す。即座に死なせる魔法。

 

「それが、外法じゃなくてなンだって話だよな」

 

 湖から、上がる。

 身体に重みァ無い。濡れてるのに寒くないし、服が張り付いてくることもない。髪がぐっしょりすることも、毛先から水が滴ることもなく──その畔に立つ。

 両足。両手。

 ……ハハ。

 

「夢だな」

 

 俺ァ確かに失った。

 右腕と足。肌の火傷。その他細かい傷も、全部全部、綺麗さっぱりなくなったこの身体を。

 

「──悪い夢だ」

 

 そう呟いた瞬間。

 右腕が消失した。代わりに義手が。

 

 それでいい。

 俺にとって──失くしたモンが、勝手に戻ってる、なンて。

 悪夢だよ。苦痛でしかない。

 

 だってそれァ、俺の否定だ。

 だってそれァ、迷宮で紡いだモンの否定だ。

 だってそれァ──俺が殺したモンの、否定だ。

 

 だからお前も消えておけ。

 

「っと。ん、一回組み立てただけあって車椅子もちゃんと出せるな」

 

 両足が消える。代わりに何の機能も無い鉄棒がついて、腰の下にァ車椅子ができた。

 接合部が痛みを発する。そォさ。これだよ。生きてるってな、コレだ。

 

 俺ァ酷ェ傷を負って、ホントなら寝た切りになってるトコを、魔力なンてモンで生き繋いでるだけの半死人さ。元から死人なンだ、むしろ回復してる方だ。

 

 んで、後ァ服か。

 変身する。制服から、魔法少女の衣装に。いつもの変身たァ違って一瞬ハダカになることァなかったけど、あァ、しっくりくる。これも魔力で編まれてる、意味の分からねェ服さ。

 

 俺ァ外法で生き繋いでンだって。

 再認識する。

 

 キコキコと車椅子を漕ぎ始めりゃ、舗装されてねェ道の振動が直に伝わる。 

 それでいい。

 これがいい。

 

 さて──もう少し、夢の続きと行こう。

 

えはか彼

 

 結局、誰に会っても同じだった。

 ふーちゃんの言う通り、みんなが飽き飽きしてて、みんなが死を求めてる。

 俺ァそれから逃げるように去って、今また1人、村の中をキコキコ移動してる。

 そォしてりゃ誰にも会わねェんだ。この場所ァ。

 会いたいと思わなきゃ距離ァ近づかない、ンだったか。だから、村ってモン自体ァ見えるのに、人っ子一人いねェよォに感じると。

 

 ハハ。

 それじゃ、能動的に誰に会おうともしなけりゃ、一生一人ってことか。

 

 ……あァ、だから村長ァ最初に会うンだな。遭って、会うンだ。

 ソイツが少なくとも1人たァ繋がりを持てるよォに。

 

 村長か。

 会いに行くかね。

 

「──よォ、村長。いるか?」

「む。来たか、梓。……その恰好は?」

「正装って奴だ。俺に取っちゃ、何の起りもなく五体満足ってな苦痛でね。夢の中であっても──俺ァ失ったモンをぶら下げていてェたァ思わねェ」

「……そうか」

 

 その、"役割の統合"とやらで新生が起きた、とかならまだいいンだ。

 けど何の仕組みもなく、ただ夢の中だから、苦痛が無いから、なンて理由で失ったモン取り返されちゃァ堪らねェ。それこそ夢幻だ。ンなもんに意味なんざ無い。

 失った手足含めて、俺の持ち物なンでな。

 

「村長」

「なんだ?」

「アンタと話がしたい。アンタがどォ思ってるのかを聞きてェんだ」

「どう? 何をだ」

 

 いつの間にか俺ァ村長の家の中にいて。

 村長ァ椅子に座っていて。

 

 そォなってたから、そォなってるってことね。

 

「アンタさ、もう飽いてるか? ここにいるの。もう、死にてェって。そう思ってるか?」

「住民から、私の事を聞いたのだな。……正直な話をすれば、そうだろう。こうして夢幻に頼り、自己の更新をし続けない限り──私はもう、いいと。そう思っている。自分が何者なのかも思い出せず、自分がなぜここにいるのかもわからないまま、他人になり続ける。……それさえも飽きてきた。それは認めよう」

「なら──今からさ。アンタの皮を、剥ぐ。あァ、猟奇的な話じゃねェよ。アンタが何百何千何万と誰かかから受け継いできた記憶ってな奴を、全部殺してやる。──その先に、元のアンタがいるはずだ。元の村長が。誰もいなかった頃、村長とも呼ばれていなかった頃のアンタが」

「……それをして、どうなる。私は──」

「ここァさ、苦痛の無ェ世界なンだろ? じゃ、ずりィよ。アンタだけ苦痛を背負ってる。自分を知らねェのはつらいだろ。自分を思い出せねェのァきついだろ」

「ずるい?」

「あァ。アンタだけ、生きてる。前に進んでる。アンタだけ変わっていってる。だからずりィ」

 

 義手に【即死】を纏う。

 途端──周囲にあった空気までもが、それを求めるよォに。

 この地に溜まりに溜まった何かが集い始めた。

 

「──それは」

「ポニテスリットの記憶を被ってンなら、知ってるだろ? 魔法さ。【即死】ってな魔法だ。魔力ァ思うままに湧いてくるらしィんでな──どんだけ厚くても、ぶち抜ける」

「ずるいから、私を殺す、のか?」

「ずりィから、アンタも並ぶンだよ。俺達と同じトコに」

 

 そんなつもりで村長に会おう、って思ったワケじゃなかったのに。

 村長の顔見た途端、ンなことを想っちまった。

 

 だって、ずりィよ。

 自分だけァ違うトコにいる、なんてさ。

 

 それァ争いの種だぜ。って。そう、言うんだ。誰かが。

 

「……わかった。正直に言って──貴女の持つその"未知"ですら、私には輝かしい。この渇きを潤すものが、ソレにはある。だから」

「あァ。殺してやるよ、悉く」

 

 発動する。 

 冷たい金属の手が、村長の胸ンとこを触る。

 記憶ァ頭にあるのか、心臓にあるのか。指先にある、とかいう奴もいるな。

 

 さてな。

 どこにあンのかなンて誰にもわからねェよ。脳が損傷して記憶失うのァアクセス権を失うからだって思ってる。ただそれだけで、記憶の保存庫ってな──ここにある。

 

 殺す。ポニテスリットを、殺す。銀バングルを、殺す。指揮官殿を、殺す。マッドチビ先生を、殺す。名前のしらねェ軍部の魔法少女を殺す。大きな狼を殺す。荘厳なる猫を殺す。強い力を感じる石を殺す。穏やかに微笑む女性を殺す。殺す。殺す。悠然と揺蕩う化け物を殺す。殺す。殺す殺す。悲しい顔をした少女を殺す。

 死なせていく。みんながみんな、悲しい顔をしている。楽しく笑ってる奴なんざどこにもいねェ。村長の被った記憶の奴ァみんな曇った顔の奴らばかりだ。それを、どんどん【即死】させていく。

 大きな翼を持つ獅子。双翼を煌めかせる馬。大地を踏み締める八本腕の老人。俯き、跪いて首を垂れる騎士。重厚なる剣。首に縄をかけた女。

 

 数えきれないほどの皮が──死んでいく。

 村長の蒐集した全てが。知ってる奴から、知らない奴。知らねェ化け物、今もいる化け物。あらゆるモンを削って行く。膨らみ切ったその記憶から、余分を排除していく。

 

「──かつて、この地は国であった。カシヨの国。それはあまりに多くの者達が眠りを求めたからだ。突如降り注いだ魔──それはこの世のあらゆるものを変質させ、この世そのものをも苦しめた」

 

 殺す。

 唐突に喋り始めた村長を無視して、【即死】の出力を上げて行く。

 滴らせるだけじゃなく、浸す。イメージァついてる。あの湖みてェな、重さのない水だ。

 

「私達はそれを、ただ眺めていることしかできなかった。私達が手を出せば、余計に被害が広まってしまう事を知っていたからだ。私達は責任を覚えていた。関りの無い者だったとはいえ、同じもの。なれば私達が、せめてもの安楽を与えねばと──彼女は死者の楽園を。私は眠りに就く者の楽園を作り上げた」

 

 巨大なクジラを殺す。もォ家なんざどこにもねェ。巨大な象を殺す。もォ村なんざどこにも見えねェ。

 ただ、目の前で。

 

 誰かが泣いている。

 目の前?

 

 村長じゃ、なく。

 

「風は共に巡り、一丸となって死を選ぶと言った。太陽は共に在り、憐れみから慈悲を与えた。……私達夜は、安らかな終わりを願った」

 

 わかる。

 わかる。

 これァ【即死】じゃなきゃ、余計なモンを植え付ける。即座に死なせなきゃ、悔恨が残る。

 

 俺ァ──少なくとも、俺だけァ。

 こいつを救ってやれる。

 

「──だがそれも、疲れてしまった。日々疲弊し、苦しんでいく我が子の声を聞いて。要らない、要らない、もう生きたくない──何故、どうして、死ねないの、と。苦しいから殺して欲しい。痛いから殺して欲しい。お願いだから、何をしても良いから──どうか私を、どうか私を、壊して欲しいと──あの子は願っている」

 

 もう数えきれない程の皮を殺した。

 もう数えきれない程の記憶を殺した。

 

 去った者を数えるな。生きている者を残そうとするな。

 俺が殺してやる。それァ、お前の持ってちゃいけねェモンだって、教えてやる。

 

「問う。娘子。生きなければならない理由とはなんだ」

「問い返すぜ。死ななきゃならねェ理由ってななンだ」

「問う。娘子。苦痛に喘ぎ、そうと懇願されてもか」

「問い返すぜ。死んで何になる。死が苦痛より楽だって、誰が言ったンだ」

 

 そこに、いた。

 黒い髪の女性。金糸でも銀砂でもなく、真黒な髪ァ──紛う方なき、夜の色。

 まるで湖面のような女性。揺らめき、揺蕩い、俺を映す。写し返す。

 

「問う。娘子。死は逃走だろうか」

「問い返すぜ。生ァ苦痛か?」

「問う。娘子。──お前にとって、生かされる事は──苦痛か?」

「問い返すぜ。アンタにとって、殺される事は幸福か?」

 

 はァ。

 そォだな。そろそろ──俺も。

 

「答えよう。そうだ。私も、あの子も。殺され、死に絶える事こそを幸福とする」

「答えてやる。助けられるのァ幸福だがね、生かされ、飼い殺されるのァ御免だよ」

「答えよう。生きる事は苦痛だ。もう、苦痛だ。かつてはそうではなかったが──物事には限度というものがある」

「答えてやる。死ァ逃げだが、逃げちゃいけねェなンてこたねェ。やりたくもねェのに矢面に立たされること程苦痛なモンァない」

 

 覚悟を、決めねェと。

 いい加減──自分の喋った言葉くらいァさ。

 取り戻さねェと、ダメだろ。

 

「答えよう。死とは眠りだ。眠りは苦痛よりも、喜楽よりも、穏やかなものだ」

「答えてやる。死にてェって言われて殺すのァ単なる憐憫だ。だが同時に、手向けにァなる」

「答えよう。それは寿命である。無為な引き延ばしを望まない。延長線上において、私達は、我らはもういなくてもいい」

「答えてやる。無いよ。生きなきゃいけねェ理由なんざ、無い。生き続けるなンておかしい。死んでも生き返るなンておかしィ。死んだらそこまでだ。それを悟って眠ろうとしたのに──生きなきゃいけねェ、なンて。そンなの道理が通らねェ」

 

 いつの間にか、強いてたンだ。

 俺ァさ、語っただろ。偉そうに。

 暴走繭が、まだあの繭から出て来れねェって時にさ。

 

「理由なンか無ェんだ。あったって意味を成さねェんだ。誰が待ってるからって、誰が悲しむからって、そのままでいいからって、死んでほしくねェからってさ。──別に、生きなきゃいけねェ理由にァならねェ」

「そうだ。貴女の理解は、初めからあった」

「できたはずだ。世界も、神も。そンだけ言葉を届けられるなら、どォにかして殺してくれって言えたはずだ。その方法も、その手段も。──でも、しなかった。いいや、しなくなった。──最初に拒否されたから」

「そうだ。あの子は──優しいから」

「自分で言ったンだ。自分で諭すみてェに、偉そォに語ったンだ。嫌なんだよ。俺のせいで誰かが傷付くのァ。誰かが心を痛めるのァ。俺が殺したくねェって、俺が死なせたくねェって、俺のエゴで、俺の行動で、相手を煩わせるのァ嫌だ。ハハハ、とんだ馬鹿野郎だった。とんだクソ野郎だった。よォやく気付いたよ。アンタァそういう神だな。あるいァここは、そういう場所だな」

「……そうだ。この世界で鏡を造る事はできない。何故ならここ自体が自らを見つめ直す場であり──自らを思い出すために、全てに飽いていく場所なのだから」

 

 返って来たンだ。

 村長に【即死】を使ったから──俺が死んだ。

 最近凝り固まっちまってた全部を殺された。あァそォさ。

 

 幸せでいてほしいんだ。

 別に生きててほしいわけじゃ、ねェんだ。

 

 勘違いしていた。取り違えていた。

 

 自分で言っただろ。 

 暴走繭ァ、強かった。苦しくて苦しくてたまらないし、怖くて怖くてたまらないし、嫌で嫌で仕方ないけど──アイツにァ立ち直らんとする意思があった。頑張ろうって、なんとか落ち着こうって。なんとかして、なんとか克服しよォってさ。

 強い奴だった。だから、生きる方を取れたってだけだ。

 

 世界ァ、弱かったンだ。

 世界だけじゃねェ。此処にいる奴らァそォなンだ。

 

「何もずっとずっと前向いて歩き続けて何があっても動じないってのが強さじゃねェ。そんなのァ生きるってことじゃねェんだ。自分で言ったのさ。立ち止まって自分省みて無理なものァ無理だって割り切ってやりたくないことァやりたくないって──そォ言えねェ、弱い奴もいる。それが言えない事ァ、決して」

 

 決して──悪い事じゃ、ねェ。

 弱い事ァ、誰に咎めがられることでもない。

 

「村長。アンタ、だけァ違った。アンタだけァ──飽きちゃならねェって行動し続けた。強い奴だ。いいや、強かった、というべきか。──強く在ろうとし続けて、だからこそもう、脆くなった。もう疲れちまったンだよな。疲れちまって眠りてェんだ。弱くなったンだ。永遠を持てるのァ神さんだけだけど、神さんだって永遠を投げ出してもいい。死んでも、良い」

 

 だって、それは。

 

「摂理だ。道理だ。理だ。ンで、自然だ。その通りなンだ。真っ当で、そのままで。永遠の命が当たり前なンて、ハハ、何を勘違いしてンだ俺ァ。──もう、寿命が来てンなら。その目を閉じてやんのが大人の仕事だろォが」

 

 よく頑張った、とか。

 お疲れさん、とかさ。

 

 頑張ったンだから──眠ってもいいって。

 そんなこともわかんなくなってたのか、俺ァ。

 

「死んでも働け、死ぬまで働け、なんざ久しく聞かねェ言葉だと思ってたがな、魔法少女ァどォにも環境的に黒いらしい。死んだあとまで働けって、ハハハ。俺まで毒されちまってた」

 

 ──これが、そうか。

 この気付きが。この陽光が。夜にァない、この輝きが。

 

「──死にてェ、んだな。もうとっくに寿命ァ来てンのに、死ねねェんだな。命を鎖に繋がれて、痛くて、苦しくて──まだ生きろって、ずっと言われて。あァ──わかったよ」

 

 朝が来る。

 変わらないはずの夢の中に──陽の光が差す。

 

「【即死】だけじゃねェ。そんなのァ俺の一部に過ぎねェ。それだけじゃねェんだ。そォいう事だって、よォやくわかった。──アンタ、名前ァ?」

「其夢盗」

「はン、らしい名前だ。──今から、俺ァ戒律を破る。俺の一存で、俺の意思で。そこに懇願を付け足すのも、憐憫を重ね合わせるのも勝手にしな」

「……礼を言う」

 

 生きて。

 生き抜いて。

 何があっても生き続けて。

 

 その先に──安眠があるのァ、悪いことじゃねェ。

 生きたいと抗うンなら俺の敵だ。そいつなら殺せる。殺してやれる。即座に死なせてやる。

 けど、それ以外にも。

 

 その通りに、そのままに、そうであるために──死ぬ、という選択を。

 俺ァ、尊重できる。

 

「【死漸】」

 

 どうか安らかに。

 

えはか彼

 

「村長を殺したのか、(なれ)

「死なせてやれたンだよ。漸くな」

「……それは、吾らも賜れるものか?」

「あァ」

 

 手足があった。

 腕も足も、ある。むしろ消そうと思っても消えねェ。

 

「そうか。……では、頼む」

「だいじぶ? あーちゃん、心、痛くない?」

「おォ、ふーちゃん。大丈夫だよ。むしろ、今まで酷い事してきてごめんな」

「ううん。あたしはだいじぶ! だってあーちゃんは、あたしを嫌わなかったし」

 

 この場にいるのァ、漂流者なンかじゃねェんだ。

 肉体を無為に留められた、外法で、あるいァ望まぬ形で押しとどめられた奴ら。

 自分の意思なく生かされる──それが死よりも苦痛だ、なンて。

 

「もう、いいんだな」

「うん。もういいよ」

「ああ。吾も、もういい」

 

 他──続々と集まってきた奴らも。

 疲れた顔で、そう頷いている。

 

 もう疲れたって。

 もう──いいって。

 

 定命を捻じ曲げられてまで、生きていたくァないんだ、って。

 それァ決して幸福につながることではないから。

 

「──お別れだ。よォやくだ。俺がここにきて、たった一日かもしれねェけど──お前らァ、よォやく解放される。──行きたい場所ってな、あるか?」

「ただ、覚めることの無い眠りの暗闇へ」

 

 身体から漏れ出でるァ死の魔力。

 全身から──空間を浸すよォにして、死が広がって行く。

 

 家々も霧も地面も空も、──住民たちも。

 

「俺ァ、アンディスガルってンだ。夜の宮に住まう神が一柱、鳥有為預が聖獣、アンディスガル! これから先、もう、冥界に来ない──ただ死ぬだけのお前らに会うこたないだろォけどさ! だからこそ!」

 

 消えて行く。

 消えて行く。

 全部が消えて行く。誰かの尻ぬぐいのために用意された安住の地が。

 

 カシヨの村が、消えて行く。

 かつては国であり、しかし肉体と精神の死と共に減って行った住民が、そこを村にした。

 理想郷。桃源郷。美しき玉葉の里。

 

「お前らに会えてよかったよ。じゃあな!」

 

 だから、俺も。

 俺を──新生する。

 

 

 

 

 ──起きた。

 

「起きたわ」

「起きたか、梓」

「おお、ポニテスリット。大丈夫だったか?」

「ひと月近く眠っていた奴の言葉ではないな」

「マジでか」

「嘘だ。本当はふた月だ」

「変な嘘吐くンじゃねェよ」

 

 まるで夢の続きみてェな事言いやがる。

 一瞬確認しちまったじゃねェか。あァよ、安心した。まーだ罪悪感に縛られてやんの。これだぜこれ。ポニテスリットァこォでなくちゃ。

 

 ベッドから、這い出る。

 

「……!? お前、その身体は」

「ああ。ちょいとな、夢ン中で"役割の統合"って奴をしてきた。リハビリこそちったァ必要かもしれねェが、もう万全さ」

「そ……そう、か」

「ンで? ふた月経ってるってな、マジか?」

「本当だ。お前は長い間眠っていた。創設者……ハイドレートがお前の精神を確認した所、"心此処に非ず"との診断の下、交代制でお前の看病をしていたのだ。……まさか私の時に起きるとは思っていなかったが」

「一応言っとくぜ。よく殺さなかったな。殺せば治るのによ」

「む? ……あぁ、それについては、今微妙な所だ」

「ン? 何が?」

 

 思ってた反応と違ったンで、反応が遅れた。

 何が微妙な所だって?

 

「あまり言い訳をしたくはないのだが、お前の指示により私とディミトラはEDENを殴り飛ばした。そこまでは覚えているか?」

「あァよ。俺的にァ昨日のことくらいの感覚なンで覚えてるも何もって感じなンだが」

「そうか。──それにより、EDENは世界最大の魔力吸入点から外れた。幸いにしてというべきか、吹き飛び、突き刺さった山にも小さな地脈点があったためなんとかEDENは稼働できているが、前のようにむやみやたらに蘇生槽を使う、ということはできなくなったのだ」

「あー」

 

 あー。

 そォか。そーなんのか。

 

「故に、EDENは国家防衛機構ではなくなった。その力を失った、というべきだろう。だが、当然国民はそれを納得してはくれない。故に防衛組防衛班が国の守護を行っているが──正直、無理はさせられない。蘇生槽は使えたとしても一日に数度。このままではどうあっても無理である、との結論が出た」

「んー。そりゃ、そォか。結果的に俺の指示が、やったことが……あんまり良くねェ結果を持ってきちまったみてェだな」

「──故に今日、新たなる施策が為される。刻限はそろそろだ。見るか?」

「よくわかんねェけど、見るよ」

 

 窓が開けられる。

 うおちょいと寒いな。アレか、そうか。

 北方山脈に突き刺さったンだから、クソ寒いンだここァ。夢ン中があんまりにも適した温度だったから余計に寒い。

 

「あちらだ、梓」

「ん──」

 

 そちら。

 そっち。

 

 そこに──国があった。

 

「へェ、見えるンだな」

「今より、学園長が魔法を発動なされる」

「へェ」

「──それにより、国は」

 

 消えた。でけェ穴開けて──消失した。

 

 ……え?

 おい、施策ってまさか──問題なくする、とかじゃねェ、よな?

 

「国ァ──どこに」

「上だ」

「上?」

 

 ──上だ。

 上に、あった。

 

 元々EDENの、終の因のあった場所に。

 

 その大地ごと──国がある。化け物が入ってこねェよォにと作られた高い防壁と、その周囲に敷かれたおなじみの防衛拠点。

 それが、まんまる、丸ごと。

 

 宙に浮いた。

 

「……どォいう魔法なンだよ。学園長の魔法って」

「【畏相】、という。ある地点とある地点の相対的な位置を動かし、固定する魔法、だそうだ」

「……そりゃ」

「SSS級に相応しい魔法だ。そしてそれは、非常に多くの魔力を消費するという。老体の御身では、一日にそう何度も使える魔法ではない。どころか──長い期間のチャージを必要とする」

「だろォ、な。ンなもんバカスカ撃てたら強力過ぎる」

 

 EDENの浮遊も、国の浮遊も。

 あまりに規模がでけェ。

 

「だが、これにより地上の魔物を気にする必要が無くなった。気にするべきは飛ぶ魔物……主にバード系統だ。それを防ぐ必要がある」

「じゃァ、やっぱ常駐すンのか」

「いいや。それではダメだと、外ならぬ国側が言ってきた」

「へェ。国に意思なんざあったのか。てっきり国民にもEDENにも強く言えねェ単なる機関だとばかり」

「……それは否定しない。正確に言えば軍だからな、言ってきたのは」

「やっぱりか」

 

 あの国の政府ァお飾りもいいとこだ。

 人気投票で決まるみてェもんだしな。そんでもって政策のセの字も出さねェ。出さねェでも国が回るンだ、なんてったって他に行く場所ねェから。

 

「──"もう、守護はいらない。これからは別の国として在ってほしい"。そう、あちらの軍部から声明が出されたそうだ」

「……大丈夫なのかよ。化け物が消えたわけじゃねェんだ、襲われたら対処できねェだろ」

「ああ。こちら側は別に使役されて守っている、というわけではない。私達には守りたいものがあって、だから国を守っている。そうではない、という魔法少女もいるが、この国で生まれた者は大半がそうだ。故の折衷案、と言えるのだろう」

「ん──」

 

 そォだ。

 国家防衛機構になっちまったのァ、創設者たちの意図するところではなかったのかもしれないけれど。

 少なくとも俺達にァ、ちったァ国を守ろうって気概があンだ。今までみてェに死んでも守る、じゃなくなったってだけで。

 

 それを、要らない、なンて突っぱねられても困るってな。

 

「見えるか?」

「……あァさ」

 

 国を囲う、半透明の何かがあった。

 俺ァ──アレを、知っている。

 

「結界という。使い得る魔法少女は限りなく少ないが、飛行魔法や身体強化に類する、固有の魔法ではない魔法の1つだ」

「へェ。それァ知らなかったよ」

「あれを国に張っておく。ただし、そこまで強度のあるものではない。が、それでいいとあちらの軍部は言った。砲弾や銃弾でなんとかする、と」

「……いんやさ」

「できるわけがない。……だからこそ、お前が必要だった。前に話してくれただろう。魔法少女の因子を殺す、という話。出来得るのなら、今すぐにでも、だ」

「……まず、位置の特定をしねェとならねェ。んで──成功するかわかんねェってな賭けに、俺も、国の奴も、賛意しねェといけねェ」

「できないか」

「保留だな」

「事態は一刻を争うのだが」

 

 それァわかってる。

 わかってるよ。

 

 でも──もっと先にやんねェといけねェことがあンだわ。

 

「ごめん、ポニテスリット。俺ァやんないといけねェことがある。国防よりも大事なことでさ。すまねェけど──行かせてくれないか」

「どこにだ」

「空。──天幕の向こう側」

 

 色々、諸々を無視して。

 早く行かねェと──手遅れになる。

 

 宙の莽へ。

 

えはか彼

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