「問いますけれど」
「ん、なんだい?」
「どうして、梓さん側を分断しましたの? 私達が向かうべきだという場所──宙の莽。その地について、そしてこの"天幕の向こう側"について詳しいのも梓さんだけ。なれば、私達を外側に、梓さんと貴女を内側に分断すればよかった話です。何故──梓さんを1人に?」
「1人じゃないだろ? あの魔物と、更にはもう1つの気配もあった。あの子だけ【断裂】で切り離したのは簡単さ、あの子とアタシの疑似魔法は相性が悪い。それだけだよ」
「──なるほど。つまりそれは、私達であれば貴女1人で相手にできると──そういう事ですわね?」
「余裕さ。なぁ──シエナ」
どちらが速かったのか、なんて言うまでもない。
フェリカの方が速かった。圧倒的に速かった。統合されても【神速】は健在だ。故にフェリカの方が速く動いて──けれどその装甲に、刃を突き入れる事ができない。
躊躇した、というわけではない。フェリカは梓ほど優しくはない。
単純に、その装甲に剣が負けただけだ。
「!?」
「作るのには結構苦労したよ。どういう仕組みなのかの判別から、その精神構造の把握。魔法っていうのは肉体に宿るものだけど、どう使うかはソイツ次第。結・グランセ──だったか。上手く使えてた方だとは思うけどね、もっと良い使い方はあった。D級魔法の劣化版、なんて言ったら使い物にならないだろうけど、D級ならこっちで要素付け足して改良もできる」
ボロボロと崩れ落ちていくフェリカの細剣。その隙に、とばかりに──シエナが飛んで、アニマの隣に降り立つ。
これは、【弱化】だ。けれどあれは無機物には作用しないとその使用者たる結・グランセが言っていたはず。
「この子の目は、対象の魔法を分析する機能がついててね。存分に見させてもらった。EDENの魔法少女──学園組、遠征組、防衛組、特例組。監視組だけは接する機会が無かったみたいだけど、十分さ。そしてその分析記録があれば、疑似魔法だって簡単に作り得る」
「──最初から、敵、というわけですのね」
「いや、この子の名誉のために言っておくと、この子自身に自覚はないよ。アンタ達のために精一杯を尽くして、アンタ達のために全力を尽くして──アタシ達のために、情報を発信し続けていた、というだけの事。あの、あるるらら、とかいったかい。【透過】の魔法少女。アレに内部を見られたと聞いた時はヒヤっとしたけどね、発信機がなんなのかは理解できなかった様子で何よりだ」
シエナは。
とてつもなく冷たい目で──フェリカ達を見ている。
そこに感情はない。そこに意思はない。
「管理者権限──安藤アニマ。暗証・慈円長井戸──認証しな」
「管理者『
その両腕が重なる。構えられる。
集中する魔力。フェリカも、ミサキも、ウィジもリジも避けようとした。
けれどできなかった。
身体が、重い。
「【弱化】──どうだい? 思考だけは対象から外してやったから、良い感じに防いでみな」
使う。全員が魔法を用いる。
それを防御に、使う。
「両腕解放、変形合体。実包装填、7。肩部解放、疑似魔法【槍玄】を読込──加速力場形成、熱量上昇……発射します」
けれど──今まで見た事がない規模の砲撃に、全てが吹き飛ばされた。
「【喧槍】」
「おっと」
立ち昇る砂煙の中から、最初に出てきたのはウィジ。
焼け爛れた肌は、攻撃を防ぎきれなかった証。同時に直撃しなかった証でもある。
シエナを無視し、アニマに向けてその槍を放つも、避けられる。無論【神速】には及ばずとも、かなりの速度のある槍だ。
それを避けるとなると、相当な強化をしているか──自分達が弱体化しているか。
突き。薙ぎ払い。
それらもするすると避けられる。背に隠し創ったもう一本の槍で不意打ちをしようとも、既のことで避けられる。思考は遅くなっていない。身体も重くなっていない。知覚系統に強い魔力集中も感じない。
なれば──魔法だ。
「【波動】!」
「それはマズイねぇ──【抑制】」
「な──ぐ、ぅっ!?」
一度距離を取ったウィジに代わり、ミサキが面での攻撃をする。
けれどそれは、その【波動】は途中で力場を失い──その腹を、アニマが思い切り蹴り飛ばした。
「ヒヨっ子も良い所だね。自分の魔法を過信するのも大概にしなよ? 魔法が消えたからって、そう簡単に動揺すんじゃないよ」
「……ウィジさんの攻撃を避けたのは、えるるー先生の【回避】ですわね。今のはキフさんの【抑制】。疑似魔法……厄介、と言って差し上げましょう」
「【神速】。いや、今は【神光】だったか。それによる不動の防御。なるほど、少し前に開発したばかりのものをうまく使いこなしている」
「そうですか、そんな所までお知りになられているとは思いませんでしたの。魔法だけでなく──私達の会話。その全てが知られていると、そう思ってもよろしくて?」
「良いよ。それくらいの助言はしてやるさ。その上で、アンタ達がどう立ち回って、どうアタシを打ち負かすか。期待してるよ」
なめられている、と。フェリカは思わなかった。
安藤アニマ。S級、【業焔】の魔法少女。国に家族がいる身でありながら、EDENに敵対した者。
魔法少女の魔法を技術で再現するという、誰もがしてこなかった事をやってのける比類なき天才。
……いえ、私達の知らない方のディミトラさんが、その師、でしたわね。と。
フェリカは少しばかり笑って、ため息を吐く。
笑っている。
早く梓を助けに行かなければならないという思いとは裏腹に──もう1つ、フェリカには望みがあって。
無論国を守らなければならない、EDENを守らなければ、仲間を、そしてあるいはシエナも取り戻さなければならないという思いは勿論あって。
その上で。
その上で──フェリカは。
「劣化版とはいえ──EDENにいるあらゆる魔法少女の魔法を使い得る、と。そう考えてよろしいのですわよね?」
「ああ、そうさ」
横合い、意識外から飛んでくる光線は、リジが防いだ。
大丈夫だ。この仲間は、ちゃんと背を預けられる仲間。
なれば──なれば。
「私、アールレイデとしては失格なのですけれど」
亜空間ポケットよりもう一本の剣を取り出す。
アールレイデ。自身の家名。自身の宿命。
この家に生まれたからには国を守護し、EDENを守れと──そう言われて育った、反動なのかもしれない。
「一度──落としてみたかったのです」
「へぇ?」
「数多の強者。数多の魔法少女のいるEDEN。その牙城を、我が身1つで落とすのは──どんなに心地の良い事でしょうか、と」
何度も何度も、想像した。
何度も何度も、考察した。
この魔法を使う相手ならば、自分はどう動くか。どう動き、どう
あの魔法を使う相手ならば、自分の取るべきは。何をして、どう
新人が入ってくるたびに。SS級として、軍部の様々な魔法少女と会うたびに──夢想したのだ。
「中々過激な思想を持っているじゃないか。あの子……梓から聞いている限りでは、慈悲深く、優しく、可愛らしい少女、といった印象だったけれどね。どうやら違うらしい」
「──その想像の中で、唯一。どう頑張っても殺し得ない相手がいましたわ。どう攻めても、どう策を弄しても──絶対に勝てない相手」
「──シエナ、対象はあっちの3人に絞りな! 迅速に殲滅し、その後こっちの助力!」
「承知」
笑みが零れる。
歓喜の笑みが。
ずっとずっと、取り繕っていたというのに──どうしてだろう。
フェリカは。彼女は。
凄惨な笑みを浮かべて──言う。
「それが、梓さんでしたの。知覚も身体能力も圧倒的に下の、どうやっても、どのようにしても殺せる──はずなのに。私の想像の中で、あぁ、私は何度死んだことでしょうか。SS級が【神速】、フェリカ・アールレイデは一体幾度殺されたことでしょうか。それは【神光】になっても変わらず──故に」
「こっちに近づくんじゃないよ──! 一瞬で壊されちまうからね!!」
「それ以外の魔法少女であれば、容易に殺し得ますのよ」
気付いた時には蹴り飛ばされていた。
誰が。
「──ぐ、なに──【回避】は発動してるは、ずっ!」
「ええ、えるるー先生の【回避】は素晴らしい魔法でしょう。意識無意識関係なく自身に向かう攻撃を避ける事ができる、もしEDENに防御力を評価する概念があれば、A級やS級に届いたでしょう魔法。──けれど、
蹴られる。
本命の剣は【回避】しても、次段の蹴りが避けられない。
何段あっても【回避】し得るはずの魔法が、対応できていない。
「D級ならば改良もできる、などと仰いましたが──それは無理ですわ。えるるー先生も、グランセさんも、努力した上でD級魔法少女ですの。彼女らができる事以上のことは、貴女には再現し得ませんのよ」
「──いいね。いいじゃないか、フェリカ・アールレイデ! アタシの努力を否定するというのなら、こっちだって全力さ。あの子に義理立ててちっとは手加減してやろうと思ってたが──ハハハ! アタシが馬鹿だった! 謝ろう!」
「……なんだか笑い方が梓さんに似ていて嫌ですの。変更を要求しますわ」
「こちとら生来でね。ハハ、そう簡単には変えられない。けど、良いよ、お前さん。お前さんが勝ったらどうにでもしてやるさ」
「では」
一段目の突き。
二段目の蹴り。【回避】した先、そこには既にフェリカの蹴りが置いてあって、けれどそれは凄まじい速度で引っ込められることになる。
距離を取ったのはフェリカの方。魔法少女としての衣装──その足先。真白の靴が、どろりと融けている。
「【凍融】……置いてあるんだ、対応できないはずがないだろ?」
「成程。ならば、見えなければ良いのですわね」
「──【静弱】ッ!」
光線が半透明の箱に掻き消される。
少し離れた場所で戦うリジが、「ム」なんて言った事は誰にも悟られない。
「【静弱】の箱……なるほど、素晴らしいですわ。安藤アニマさん。貴女を殺す手段など幾らでも考え付く、などと思っていましたけれど、色々と組み合わせるとそうも面倒になり得るのですわね。考える楽しみが増えますの」
「ちょっとは段階ってもんを踏みな! 限度があるだろう! ──いきなり全方位攻撃とか、聞いてないよ!」
「全方位だと気付いた瞬間に全方位を防御できる魔法を選び得る判断力を褒めているのですわ」
「……アンタ、さっきからちょいちょいアタシと話がかみ合ってないって自覚はあるかい?」
「私、梓さんの事は割合読めるようになってきましたけれど、元々空気の読めない魔法少女として有名でしたのよ」
「自慢することじゃないねぇ」
さてはて、と手持ちの魔道具を漁るアニマ。
そして、なるほど、と。
ようやく得心が言ったとばかりに──こちらもまた、笑う。
困難だ。
即ち、亜空間ポケットより取り出した箱から、魔煙草を一本取り出して──起動。
それを吸う、という行為を。
「……当てつけ、ですのね」
「ふぅ。ハハ、あぁそうさ。こんなクソ不味いモン常に吸ってるあの子の気は知れないけどね──成程、これはいい。目の前に困難があるからこそ──ああ、酔えるね」
「真似をするなと──」
「【超躍】」
「言っていますの! ッ、上っ……逃がしませんのよ!」
飛ぶ。跳ぶ。
高くへ飛ぶ。【超躍】の速度は【神速】に匹敵する。一定の角度以上には飛ばし得ないのが欠点らしい欠点だが、同時にだからこそ役立つことがある。
即ち──相手が昇ってくる、という点において。
「ほら──食らいな。【重圧】、【光弾】、【光線】、【神鳴】、【飛斬】、【氷壊】」
「どれほど来ても!」
「【的中】」
「ッ!」
直線状に昇って行ったフェリカが、急激な角度で軌道を逸らす。
それに向かう光の弾、光の筋。天から落つる怒槌が曲がる。まっすぐにしか飛ばないはずの斬撃が曲がる。形を成さない、けれど触れた瞬間に凍り付く恐怖の魔法がフェリカを追う。
さらには身体に重み──幾分か下げられた速度が、それら魔法の魔の手を援ける。
「【青陽】──」
「ちょ、ちょっと、その疑似魔法とやら、チャージ時間はありませんの!?」
「威力落としてある分チャージ時間を必要としないのが魔道具の神髄さね。さぁ、遠隔魔法の雨を、どう防ぐ? アタシに魅せておくれよフェリカ・アールレイデ!」
「──ならば貴女になすりつけますわ」
「そう来ると思ったよ。【反射】」
いつのまにかアニマの背後にいたフェリカ。
当然フェリカを追っていた魔法群はアニマにぶつかるが、それらは鏡のようなものに弾かれる。弾かれ、拡散し、別々の軌道を取って再度フェリカを追う。
何度やっても同じだ。【的中】はその名の通り的中させるだけの魔法であるが──単純であるが故に、一度発動したら止める術がない。【静弱】のようなもので防ぐか、あるいは魔法を殺さない限り、永遠に対象を追い続ける。攻撃性能が無い魔法でありながらA級を飾るのはそのためだ。
「ならば、先に貴女を仕留めればいいだけの話」
「いいのかい? ──さっきから、視界内に入り続けているワケだけど」
「ぐ──ぁッ!?」
それを聞いた瞬間、自身を追う魔法の陰に隠れようとして、フェリカは右足に激痛を覚えた。
ギリギリ隠れ切ることができなかったのだ。ただ、激痛で済んで良かったと、フェリカは速度を落とすことなく飛び続ける。
「【痛烈】……【凍融】にしなかったのは、アタシもまだまだ慈悲があるってことかね」
「余所見厳禁!」
「【反射】、とと、それは驚い──【静弱】!」
再度突っ込んできたフェリカ。
その対処こそ完璧だった。けれど、通り過ぎた後に斬撃が来るとは思っていなかったし、背後からの多段攻撃が来るとも思っていなかった。
対応できたのは、【静弱】という魔法の使い勝手の良さが故か。
「──リジさん! 貴女の魔法、何か弱点とかありませんの!?」
「今こうして敵と戦っているというのに自分の弱点を晒せ、とは。流石フェリカ。鬼畜」
「いーから早く言ってくださいまし!」
「【静弱】はあくまで面。箱の形にしても、その辺や頂点に繋がりがあるというわけではない」
「リジ、もう1つあるだろう。【静弱】はどこまでいっても近接魔法で、使用者であるリジが踏ん張らなければ保ち得ない、という点だ」
「ウィジ。言わなければならないことと言っても意味のないことというものが存在する」
「む、そうか」
「いえ──良い情報ですわ!!」
神が如き速さの突貫。
それは真正面から【静弱】の箱に突き刺さる。当然、【静弱】の効果としてフェリカの攻撃は威力を失う。背後に迫るは魔法の群れ。
ならば、と。
「出力上昇──!!」
その光の翼から、更なる光が溢れ出る。
光条が【光弾】や【光線】を掻き消し、掻き消せないものは真正面からぶつかって減衰させる。
攻撃力を失った剣が──けれど、単純にフェリカに押される事で、少しずつ、少しずつ【静弱】の中に入っていく。
本来の【静弱】であれば剣を弱化させ、壊していた事だろう。けれどこちらは劣化版。
それは絶対防御ではない。
「く──力業が過ぎる! 【痛烈】! ──【凍融】!」
「さらに上昇!! ですの!!」
光が、光が溢れて行く。
夜の世界。冥界。真黒な空に、あり得ない、あり得ない、誰も見たことの無い星というものが現れる。星光の輝き。それは強く強く明るさを増し──発信源たるフェリカさえをも覆い隠す。
アニマが思わず目を瞑ってしまう程に。
炎などとは比べ物にならない光。溶接に使う光さえをも凌駕する光。
神なりし光が、冥界を照らし尽くす。
「──【波動】!!」
「わた、くし、だって!! 魔法の新しい使い方くらい、自力で思いつけますの!!」
アニマの【波動】は、しかし押し返せない。
その切っ先は確実にアニマの眼前へ届き──さらにそこに、膨大な光が集中していることになど。
白に目を焼かれてしまったアニマには、気付き得ない。
「良い事を教えて差し上げますの。──【神光】は、遠隔魔法ですのよ!!」
「!!」
半透明の箱の中に、恐ろしい量の光が放たれた──。
「【波動】!」
「【静弱】」
「両腕解放。格納鋼管杭射出。打込──不可。活塞反復開始。回転速度上昇」
冷たい声で、あるいは梓がいれば、機械的な、システム的な声と言い表すのだろうそれで、対処をしていく。処理をしていく。
力場と壁。世界を圧し退けるソレには、鋭く鋭利な杭を。
世界を隔てるソレには、平らな杭を。
一度でダメなら二度。二度でダメなら四度。
何度も何度も打ち付ける。終わりはない。その威力も速度も向上し続ける。
それによって──奇しくも上で起きている事と似たような現象が起きる。
シエナの鋼管杭が、2人の魔法を突き破り始めたのだ。
「な──」
「あり得ない」
「打込確認。圧力上昇──粉砕します」
砕かれる。
不可視の力場と半透明の壁が、その効果から粉砕などされるはずのないものが。
魔法が、砕かれる。
「私を忘れるなよ、シエナ!」
「腕部解放、格納高周波刃による格闘を選択。対象魔法、【喧槍】の耐久度計算。終了。十二分に破壊できるものとし──切り裂きます」
背後より襲い来る槍を、腕部の格納庫より出てきた折り畳み式の刃が受け止める。
噴射機構も使わずにウィジの槍を受け止めたシエナ。その腕力──出力は、普段彼女が魔法少女達と共に戦闘する時に出している規模ではない。
手を抜いていた、のではなく。
ただ、
「ッ──我が槍を斬るか!」
「【波動】!」
「脚部噴射機構、及び肘部噴射機構による回転を選択。回転速度上昇──」
「2人とも、離れて!」
一瞬にして竜巻が如き刃の独楽となったシエナ。
つま足と肘。その噴射によって、水平ではない回転を可能としたそれがウィジとミサキの魔法を粉砕する。
「さっきから──なんだ!? 何故、魔法が……」
「ハッ!」
「強化された蹴撃を認識。対処法──該当なし。構築します。その間回避を実行」
「隙」
ウィジの蹴り──ではなく、それに合わせたリジの掌底がシエナを捉える。
強化されたそれは、確実にその装甲に傷をつけた。
「──腰部損傷。背面噴射機構解放──疑似飛行魔法使用。脱出します」
「逃がすか、【喧槍】!」
「破壊します」
一瞬にして高空にまで逃げるシエナ。
その後を追う槍の逆雨は、しかしすべてが粉砕されてしまう。
「ミサキ。その籠手、予備はあるだろうか」
「あ、あぁ。同じ強度とは行かないが」
「貸してほしい」
亜空間ポケットより予備の籠手を取り出すミサキ。
それを受け取ったウィジは、手慣れた手つきでそれを嵌め、ファイティングポーズを取った。
「ウィジ、槍以外も使えるのか」
「むしろ、槍の方が経験は浅い。ヴァルメージャになる前はなんでもない剣や拳で戦っていた。アインハージャとはそういうものだ」
「ウィジ、間合いは?」
「4歩」
「わかった」
リジはリジで、何を付ける事も無く、けれど一度屈伸を挟んだ。
「ミサキ。恐らくだが、シエナのあの刃には魔法を粉砕する機構が仕組まれている」
「ウィジ。それだと分かりづらい。ミサキ、あれは恐らく反魔鉱石。私達も実物を見たのはディミトラが降らせたものだけだけど、多分そう。感覚が同じ」
「……成程。そういえばディミトラには反魔鉱石加工の嫌疑がかけられていたな」
ならば、と。
ミサキも自らの籠手をガチンと鳴らす。
空中から降りてこないシエナを見上げ──牙をむく。
「ウィジ。飛行魔法は得意になったか?」
「問題はない。練習した」
「得意にはなっていない」
「リジ、言わなくていいことは言わないでいてくれると助かる」
「それはできない。事実はちゃんと伝えるべき」
向こうの空で、光の爆発が起きる。
それを見てか──そちらへ急行するシエナ。
「ッ、追いかけるぞ!」
「飛ぶ。うむ。飛べる」
「ウィジ。無理そうだったら言って」
「リジ、何かしてくれるのか?」
「馬鹿にする」
「リジ、いつも通りなのは戦士として褒めるべきところだが、一応場を弁えろ」
「ウィジ、場を弁える、なんて言葉を知っていたなんてびっくり」
「追いかけるぞ!!」
怒られた。
光が徐々に収まって行く。
空にある人影は2つ。
1つは──背中にそれなりの火傷を負い、けれど気丈にも動じていないフェリカ。
もう1つは、ハッ、ハッと肩で息をしながら、しかしこちらも立ち続けているアニマ。その身体には幾つもの傷と火傷がついている。
「……無茶をするね、アンタ。劣化版とはいえ【神鳴】に【青陽】を食らう覚悟で……わかってんのかい? ここは世界の外。天幕の向こう側。冥界だ。つまり、蘇生槽との経路は……切れちまってる。ふぅ、つまり、死んだらこっちに取り残される」
「ええ、わかっていますの。それが何か?」
「死んでもいい、って?」
「良くはありませんの。けれど、それは貴女も同じでしょう? ミサキさん達も、梓さんも。あるいはディミトラさんやジャハンナム上官……もとい、ゲヘナさんも。誰もが同じですわ。それならば、何を恐れますの?」
言う。
言い放つ。
「私はフェリカ・アールレイデですわ。他の誰でもない、フェリカ・アールレイデ。ならば、フェリカ・アールレイデは──死を恐れませんのよ。次があろうとなかろうと、先があろうとなかろうと、何も変わりませんの」
「は……ハハ。いいね。いいじゃないか。死をも恐れぬ魔法少女……魔法少女らしい。けど、いいのかい? それはあの子が嫌う思想だろう?」
「いいえ。あの方が嫌っているのは、死を道具に使う事。無為のために死を用いること。──死闘の果てに、生存を賭けた抗いのために死を迎えるというのならば、そこには何人足りとも口を挟めないはずです。勿論、梓さんも」
ですから、と。
フェリカは──強い目で、言う。
「そちらも、死ぬ気でどうぞ。時間を稼げばいい、などといったやる気のない貴女ではなく、もう後が無い貴女と戦いたいですわ。安藤アニマさん。梓さんが気を許した──楽しそうにその言動を話してくる方々の内の、1人」
「ハハハ、なんだい結局嫉妬かい? いいねぇ、青春だ。それで、このアタシに死ぬ気を出せ、だって? こんな痛い思いして、こんなに怪我して、死ぬ気じゃないとどうしてわかるんだい?」
「だって、貴女の魔法を使っていませんわ。魔法とは本人を表すもの。【業焔】──先日のオリジン襲撃事件で少しだけ見えましたけれど、とても強力な魔法でした。時間稼ぎでないというのなら、それを使わない理由がわかりませんの」
「理由。理由ね、そんなの簡単さ」
深紅が舞う。
秋の葉吹のように、紅く染まった花弁のように。
赤でも朱でもない、深紅が──舞い始める。
「──時間稼ぎに使うには強すぎて、加減が利かないって、そんだけさ! 【業焔】!」
立ち昇る。立ち昇る。立ち昇る。
深淵より冥界の地より、深紅の焔が、それらで形成された手が。
否。否。否。否!
「死ぬ気か! いいさ、いいよ! だったら、あの子に免じてとか──あの子への
手が、地面を押す。
ぶくぶくと音を立てて溶けだす黒土が、しかしそれ以上のものを生み出し始める。
手から、腕になって、肘から、肩になって。
そこから──顔が出てきて。
「……魔物?」
「須留途──これがアタシの死ぬ気さ。精々抗ってみせな」
言って。
アニマの姿が掻き消えて行く。
反対に、もう上半身までを出した深紅の巨人が、フェリカに手を伸ばした。
その熱量を感じて、即座に後退するフェリカ。
あれは、無理だ。
あれは──突っ切ることなんてできない。
「遠隔魔法らしく、込められた魔力が消えるまで消えないから──それまで死力でもなんでも尽くしなよ、魔法少女!!」
焔が。
その産声を、冥界中に轟かせた。
※お知らせ
現在の定期更新(朝08:05と夕17:10)は、(昼12:00)の更新に切り替わります。毎日一回更新のみです。
次話は12月8日12:00に更新されます。
ご了承ください。