焔の巨人──それを離れて見守るフェリカの元に、
その内の1人に向かって、フェリカは剣を突きつけた。
「あ! いえ、その、仰りたいことも私が受けなければならない罰も重々承知なのですが、今はその、水に流していただきたく……」
「……貴女は、シエナさん、ですのね」
「はい! 人格分割型戦闘用ガーゴイル・
「フェリカ! 気を付けろ、シエナは反魔鉱石を持っている!」
「本当ですの?」
「あ、はい。この格納刃は反魔鉱石でできています」
「リジ、どう思う?」
「ウィジ。疑わしきは罰せよ。けれどそんな暇はなさそう」
「リジさん。その通りですわね。──EDENに帰り次第、その発信機とやらは取り除かせて頂きますけれど。今、貴女が私達に協力する気があるというのなら──止めませんわ」
冷徹な瞳。
少しでも怪しい動作をしようものなら、叩き切ると。
そう物語っている。
「……わかりました」
「ええ、それなら良いですわ。それで、どうしましょうか、アレ」
アレ。
今尚這い出て、冥界を火の海に染めようとしている深紅の怪物。
魔物と称するには──あまりに異質。そもそもが魔法より現れたものであるはずなのに、使用者が掻き消えた今でさえ、敵を求めてゆったりとその顔を振っている。
未だ胴の部分までしか出ていない──が、これが立ち上がればどうなるか。
正直な所、フェリカ達に冥界への思い入れと言うのは無い。
実は梓の故郷であるとか、そういう話を聞いたとしても、そこにいるのは死者だけだ。別にいいのでは? と思わないでもない。
それとは別に。
「不謹慎ではありますけれど──今私、少しワクワクしていますの」
「む……すまない、私もだ」
「フェリカ、ミサキ。浮足立つ心は戦場に於いて禁物」
「リジ、だがこれほどの大物だ。戦士として沸き立つ心はわかる。ミストベイルこそ大きさは匹敵するやもしれないが、この威圧感は紛う方なき強敵だ」
「ウィジまで」
梓の応援に行かなければならない、というのも理解している。
けど、これを放置しておいて──たとえば、宙の莽の方にまで来てしまったら、どうするのか。
うむ、と。
3人が頷く。
「小説のようですわね。娯楽小説、ミサキさんは読みますの?」
「幼い頃に少しはな。焔の巨人。それを打ち倒す戦士。心の踊らない魔法少女はいないだろう」
「ミサキ。私は踊らない。もうちょっと冷静になってほしい」
「リジ、お前は浪漫というものを知るべきだ」
「ウィジ、それで死んだら意味が無い」
──ようやく、焔の巨人が5人に目を向ける。
髑髏を思わせるその顔。その口が、カ、カ、カと。いびつな音を立てた。
「──炎弾来ます! 各自散開を!!」
「【静弱】──ダメ、逃げて!」
魔法で防ごうとしたリジが、ギリギリでそれを避ける。他の4人も各々回避した。
一瞬で感じ取ったのだ。
違う、と。
「防いではいけませんわ。あの熱量、近付いただけでも肌を焼きますのよ」
「【喧槍】! ……む、溶かされるか」
「【波動】も貫かれるな、あれは」
一瞬の無言。
啖呵を切ったはいいものの──有効打の一切が思いつかない。
「ええ、ですから──どうしましょうか、あれ、と。シエナさん。何か情報は?」
「ええと、あまり良い解決策ではないのですが、よろしいですか?」
「大丈夫ですわ」
では、と。
シエナは、おそるおそる、といった感じで──それを口にする。
「須留途に込められた魔力が尽きるまで、あれに攻撃をさせ続けるんです。先ほどの炎弾1つにもかなりの魔力が込められていますので……」
「挑発し続けろ、と。なるほど」
「奴の攻撃を掻い潜りつつ、且つ感知範囲外に出ないように気を付けつつ、か。中々に至難だが──やるしかない」
「ええ、では──行きますのよ!」
巨人に向かう──。
のを、遠方から眺めるアニマ。
死力を尽くす。死ぬ気で戦う。
なるほど確かに、自身にはなかったものだ。もうとうに忘れていた感情。故の大一番。
「……自分で出しておいてなんだけどね。死なないでおくれよ。じゃなきゃ──あまりにあの子が可哀想だ」
見遣るのは、宙の莽。
そちらにいるのだろう梓を──
「はぁ……ぺっぺっ、っとに喫めたモンじゃない。……けど」
魔煙草を口に入れ、すぐさま出す。
不味くて仕方がないそれを、けれど吸う。悲しい顔をして、悲しい瞳をして。
近づく終わりを、眺めるようにして。
「……どうするかねぇ。流石にもうどっちつかずじゃいられないだろうし。師匠の夢も、梓の願いも、あの子の祈りも……はぁ。ったく、なんでアタシがこんなに悩まなきゃいけないんだ」
遠く、須留途の攻撃が激しくなるのが見える。
シエナには可哀想な事をしたねぇ、と。
また1つ。大きなため息を吐いて。
「じゃあね、魔法少女達。アタシは──次に行くよ」
安藤アニマは、本当にその場から姿を消したのだった。
「で、魔法少女の因子ってなどこにあンだ。助けたンだから言えよ」
「今は我が眷属を助けるのが先決ではないのか?」
「馬鹿が、助けたら助けたで今度ァお前があっち行ってうやむやにされかねねェだろォが。おら、キリキリ吐け。じゃねェとフリューリ草食わせるぞ」
「それは特に構う事ではないが、いいだろう。魔法少女の因子はここにある」
そォいって自分の胸に手を当てるニヤニヤ丸眼鏡。
……ここってな、なンだ。
「心臓ってことか?」
「違う、胸だ」
「……あーと」
「ふん、わからないか? お前は学習能力の高い方だと思っていたのだが」
「わかるよ。わかるけど……また、なンでだよ」
「何故、と問われてもな。私とてこの世界を追われ、魔法少女として堕ちた時に疑問を抱いたものだよ。恐らくはレイ……太陽の趣味だろうな」
「マジかよ」
えェ。
えェ、じゃァ俺、国の奴らから魔法少女の因子取り除く時、1人1人胸触んねェとダメなのか?
……やべェだろ、そりゃ。
「ククク、良い良い。太陽とは、良い趣味をしているようだ」
「太陽の使徒の方がまだ真面目だろうな。悪辣ではあるが」
「そォいや、それ。結局お前らってルルゥ・ガルや太陽の使徒たァ組んでねェんだよな?」
「無論だ。私達の目的はお前の気付いている通り、世界の新生だった。私こそ外れたが、先にいる者達はそれを行わんとしている。そして、その目的は風の使徒の妄執や、太陽の使徒の意図を完全に無視したものとなる。つまり、私達は太陽も風も夜も敵に回しているのだ。ふん、私こそが夜ではあるのだが、それはまぁ私を嫌ったやつらが悪い」
「0:10でお前が悪いって神さんから聞いてるけど」
神さんの話でァ、冥界の誰もに嫌われることして、神々の誰もから非難されて、代替わりさせよォって討滅されかけたのを世界の中に逃げ延びた、って話だったけど。
「梓様、そのような方なのでしたら、足などを殺してこの辺りに縛り付けておくのが良いのではないでしょうか? ソテイラ様を確保しさえすれば……」
「ンなことしたらさっきみてェに疑似【隠涜】でコイツ連れてかれて当初の予定通りになるよ」
「ふん、コーネリアス・ローグン、といったか。目の前の利益ばかりを見て大局を考えられないとは。夜の使徒とはいえ、このような娘子に負けて悔しくはないのか? 【侵食】が世界変質系の最上位魔法であることは私も認めるが、使い手がこれでは魔法も浮かばれないな」
「その服、全部私の唾液にしてさしあげましょうか」
「クク、これ、喧嘩するでない」
「着物狐が──仲裁した──!?」
いや俺もそろそろ言おうかと思ってたけど。
え、何、今更そォいう役割担ってくれンの? 今更でも嬉しいよ俺の心労減るし。ぶっちゃけ俺も騒ぐ側だし。マッドチビ先生がいたら俺もはしゃげるンだけどいないから年長者面してるだけだし。
「両者、吾と口吸いをする気はないか? よくよく見ればお主の格好もそれなりにそそられる。──もしや、吾は夜が好きなのやもしれんな」
「あー、だから俺の事好きなのか」
「気にはなっていたのだが、何故魔物を連れている? 太陽の気配は欠片程度はするが、此奴は九割九分九厘魔物だろう」
「なンだよ、化け物と魔法少女が一緒にいちゃ悪いかよ」
「……否、良い。何故かを聞いただけだ」
「理由ァ無いよ。俺がコイツ死なせたくないってだけ」
「梓様。それを理由と呼びます」
「ク──そういえば、同行理由はそのようなものだったか。最早懐かしいが」
こんな悠長に雑談してっけど、結構な速度で走ってる。
時折壁に生えてるフリューリ草食べて、この世界での自然回復でも追いつかねェレベルの魔力消費を補って。
ってのも、この世界で俺がバカスカ魔法使えるのって、回復しまくるから、ってだけで、魔力保有量自体ァ変わらねェんだよ。だから回復ァ結構必須。壁に生えた苦い草齧って走り続ける梓・ライラックちゃんァ、ぜってェ奇妙に映ってンだろォなァ。
「一応聞くけど、アンタ戦う気ァあンのか?」
「無い。我が眷属を取り返し、私が神の座についたら、奴らを世界から排斥する。お前達は許してやろう」
「そもそもなンであーなってたンだ。大体察しァつくんだけどよ」
「ならばその察しを話してみろ」
「ン──」
純化して行く思考が無駄を削る。
だいたいどころか、ほぼすべてわかってるが。
まァ言うか。
「俺がソテイラ殺したンで、アイツァ冥界に戻った。主もいなけりゃ居場所も無ェ冥界でぶらついてたソテイラの下に主たるアンタが現れる。捨てられた、つってもあっちの世界での話だ。アンタとアイツの主従関係ァ切れてねェし、なんぞ急いでる様子だったンで救援に、あるいァ助力にでも入ったンだろ。──それをまんまと捕まった。神の座に戻って何するかわかんねェアンタより、再契約で簡単に操れそォなソテイラを取るってな、然して間違った判断じゃねェ。じゃァソテイラを夜の神にしたくなってくる。邪魔なのァ今代だ。殺して、ソテイラを夜の神にしちまえばいい。アイツァ聖獣だが、同時にウチの神さんの親戚的要素もあるからな。なンでマッドチビ達ァ先行してソテイラの屈服と儀式の準備、それに関われねェアズサとピンクカチューシャがアンタを殺そォとしてた──今までで、なンか間違いァ?」
「無い。素晴らしい。生徒として非常に優秀だ」
「あァ称賛ァ素直に受け取ろう。んで、俺達が今からやんねェとなのァ、ソテイラの救出と、ニヤニヤ丸眼鏡の守護だ。前衛ァ俺がやるンでお前らァコイツを守れ。全力でな。死力ァ尽くすなよ」
「ククク、良い良い」
「承知いたしました」
命の気配ァもうすぐだ。
ただ、最奥ももうすぐだ。
辿り着く前になんとか取り返したいところ。でもニヤニヤ丸眼鏡が死なねェ限り世代交代ァ起きねェはずだから、ソテイラを神の座に据えても意味ァ無いはずなンだけど──何かあるンだろォな。
「この角の先だ! みんな、気を引き締めて──」
その続きを喋る事ァ出来なかった。
──角、俺達が曲がろうとしてた、通路の角。
そこに──マッドチビが、ぶっ飛ばされてきたから。
完全に死に体の状態で。
「ッ、おい大丈夫か!?」
「……」
意識が無い。
おいおい、死を得ることの無い魔法少女さんってなどォしたンだよ。
実ァクソ程弱ェのか? それとも。
──知覚強化。腕部強化。レーテーの起動と同時に剣を引き抜きつつ──【死漸】でぶった切れ!!
「──
「ハ──ハハハハハ!! なンだよ、やっぱりここでもお前かよ! ──アンゲル!」
「
「あァさ、楽しもうぜ。踊ろうぜ。なンせ──命の取り合いだ。死地だ! 俺にとってもお前にとっても、引き分けなんざありえねェ! ハハハハ! いいぜ、踊ってやらァよ!」
剣を這わせる。
何の呼気も無しに突き出された刀──終の因や始の点のアンゲルが持ってた槍じゃない。
こいつァ、刀だ。ケッ、天使にァ似合わねェだろォに。
薄く、這わせ、重ねた剣を上に跳ね飛ばす。
両者ガラ空きとなった体。そこに突っ込んでくるのァ、アンゲルのタックルだ。トゲトゲした甲冑ァ、十分な殺傷能力を持っていると言えるだろう。
それを、殺す。
肌に触れた所から、【死漸】が潰していく。
すぐに異変に気付いたアンゲルが距離を取るが、その身体に染みついた【死漸】ァ消えねェ。どれ、そのまま全身を──とやろォとしたら、アンゲルァ肩を、その侵された部分を丸ごと斬り飛ばした。
片腕がガランと落ちる。
「次! ──あぶねっ!」
「
「見えちゃいねェよ、なンなら目ェ瞑ってもいいぜ! どォせ視覚なンざ役にァたねえェからな!」
「
見えァしない。冥界における最大限の知覚強化を行っても、その攻撃が見える事ァない。
けど、俺が死なねェ場所も──俺が死ぬ場所もわかる。
だから、やり合える。
「
「【死漸】」
「
剣と刀が火花を散らす。
見えもしねェ攻撃に、ただそこに置いてあるだけの剣がそれを打ち払う。
半歩歩いて攻撃を避け、半歩下がって突きを躱し、半歩踏み込んで思いっきり蹴り上げる。
銀砂が揺れる。白が散らばる。
俺の【死漸】が浸されたところの全てを切り落としていくから、アンゲルァどんどんその身体を小さくしていく。荘厳な甲冑ァもうボロボロだ。けど、その手に持つ刀ァ一切の刃こぼれを見せていない。
「
「あァ!? さっきからなンだよ──関係ない事ばっかり言いやがって!」
「
「そりゃどォいう──」
──強烈な死の気配。
避ける避けないじゃない。この迷宮そのものを覆うくらいの──やべェ気配。
「──太陽の血肉」
「ッ、やべェ、お前ら逃げろ!! ニヤニヤ丸眼鏡連れて──」
「──風の血肉」
四隅。
全然見てなかった。配置されている。肉体だけとなったピンクカチューシャ、名前の知らねェ【蟲独】と【合成】の魔法少女。──そして、ソテイラ。
「【合成】」
「【蟲独】」
そいつらァ──明らかにマトモじゃねェ、虚ろな目で。
明らかに自分の意思じゃねェ様子で、それを行使する。対象ァ。
自分達、だ。
「──ソテイラ!」
「……だめみたいだねー」
魔法が発動する。
喋っちゃいねェが如何なる方法か、ピンクカチューシャも魔法を行使させられてる。【合成】。【蟲独】。【帰述】。
引き摺られる。
誰に? 何が?
「
俺だ。
俺に──全部が、引き寄せられて行く。
中心でアンゲルと戦う俺に。
アズサを助ける? ニヤニヤ丸眼鏡を、ソテイラを助ける?
馬鹿が、何勘違いしてやがる!
俺が目覚めなければ何も出来なかったってな、そォ言っただろォが!!
「シエナ、てめェッ!」
「ふ──ふふ、そ。そっちで呼んでくれるのね。ええ、そう。私は死得無。そして貴女になる者よ」
「
「もう、遅いわ」
自分が自分じゃなくなっていく感覚。
自分が自分でなくなっていく感覚。
自分と自己が曖昧になった感覚。
自分と自己の境界は失われた。
自分と世界の狭間は消えた。
自分と世界は。
自己は。
消える──前に。
「【死漸】──受け取れ! んで、助けてくれると助かる!!!」
声よ届け。
魔力よ届け。
魔法よ──俺の願いを、叶えてくれ。
「さようなら、梓・ライラック。──【占幽】」
俺ァ。
弾き、出された。
落ちる。
落ちて行く。
冥界から世界へ落ちて行く。
もう飛行魔法ァ使えない。
身体能力の底上げもできねェ。
このまま地面か海へ叩きつけられて終わりだ。
相棒にも期待できねェ。もう世界言語で叫ぶ余力ァ残ってねェ。
「──馬鹿だよなァ、ホントに」
落ちて行く中で、自嘲する。
"役割の統合"をして、調子に乗ってたンだ。
できることが増えて、自分の心も定まって。
だから、俺がやんなきゃ、って。急いで──考えるべきことを見失ってた。
ルルゥ・ガルが、あの寂しんぼが俺の【即死】を狙ってたのァ、最終的に自分達を殺すため。
太陽の使徒が魔法少女達を操ってまで俺を殺そうとしてたのァ、多分蘇生槽で細工するため。
んで──アイツらが俺を狙ったのァ、アズサを作るためと、もう1つ。
神が如き、生命を操る力と言える【即死】。そして【死漸】を我が物にするため、だ。
化け物も太陽もアイツらと敵対してンだから──そのワイルドカードァ、十二分に役に立つ。
「馬鹿だよなァ」
俺ァ助ける側だと。
俺ァ止める側だと。
俺ァ──いつの間にか、上から目線で。
いつの間にか、自分が狙われる立場にあるって、自分が弱いんだって、自分が──自分が、そんな高ェとこにいねェんだって。
忘れちまってた。
だっておかしィだろ。なンで突っ込んだんだよ。
マッドチビがぶっ飛ばされたンなら、これ幸いにって引き摺りだして宙の莽から出ちまえばよかった。
わざわざアンゲルと死闘する必要ァなんにもなくて。
アンゲルと死闘しにゃならねェからって他を疎かにする必要ァ全くなくて。
突っ込んでいて、無様に罠にかかって──ピンクカチューシャ含む封印措置の魔法少女も、ソテイラも助けられずに。
自分の身体さえ、奪われちまった、と。
「お……おお。あァ、なンだ。物理的な衝撃ァ無いのか」
何の助けもなく、海面に激突して。
けれど痛みァなかった。
はは。
これァ、あれだね。
「……マジに幽霊か。流石に笑えねェなァ」
新生・梓・ライラックちゃん。
腕を失い、肌を焦がされ、両足を失った後──肉体を新生し、肉体の全てを失いました、と。
ははは。
「──これからどーっすっかな」
当然だけど、肉体に宿ってる【死漸】ァ使えない。
俺ァ精神体って奴さ。なンでか心ァあるから、非正規手段で精神体抜かれたが故、って感じかね。
一応鼬の最後っ屁っつーか、考え付く4人に魔力の譲渡ァしたけど、果たしてそれが意味のある行為だったのか。
もーわかんねェや。
あいつらの目的ァ果たされる。
マッドチビが俺の身体を乗っ取り、そのハイブリッドな身体を用いて新たな世界を創造し、こっちの世界から精神を抜き取り、道中でミイラになってる梓を心に沿えて──マッドチビァその世界で唯一の神となり、永遠を手に入れて。
そォだよなァ。
死にたくねェ死にたくねェと色々やってきた魔法少女が、世界が死ぬから世界の延命を、って考えるのも確かに道理ァ通るけどよ。
もっとパパっと、死なねェ存在──神に成っちまった方がぜってェ早い。
神さんァ俺じゃねェって気付いてくれるだろォが、俺を見つける事ァできねェだろう。夜の宮を閉じて、静観かね。
多分俺が絶対戻ってくるって信じてくれてる……ンだろォけど、いやはや。いんやさ。
「幽霊一匹に何ができンだ、って話ね」
「それなりにはできると思うけれど」
「ん?」
浮力がかかってンのか知らねェけど、海にプカプカ浮いて独り言ブツブツ言ってたら、なンか声が欠けられた。
そっちを見る。
……見覚えのありすぎる青毛。
「よォ、寂しんぼ。旅行中か?」
「まぁ、そんなところかしら。私達に必要な【即死】の気配が消えてしまって絶望していたのだけど、空から精神体が降ってくるのが見えたから、藁にも縋る思いで来てみれば、まさかの、って感じね。でも貴女、【即死】持ってないのね」
「あァ、奪われた。奪ったのァマッドチビ……ディミトラだ。あるいァ、シエナか」
「へえ。情報提供ありがとう。それじゃ、私達は行くわ」
「おォ待て待て」
寂しんぼの乗ってるデカめのカラスの足を掴む。掴めない。くっそー、幽霊だからか。
「じゃ」
「待て待て」
……そうだ、キラキラツインテの言葉を思い出せ。
俺がそっちに行ってるって、俺が認識したンだから──
おお。
「ちょっと、ついてこないでよ。悪霊退散!」
「お前が言うかソレ。お前も精神体のクセに」
「私はこの通り人形を持っているし。あ、ちょっと! 入り込むのやめなさい! くすぐったいわ、もしかしてそういう趣味なの?」
「へェ、中身ァだいたい人間とおんなじなンだな」
「ちょっと、どこみてるのよ」
「中身」
いんやさ、あるよ?
おじさんも女の子の中身みる、って字面どォかと思うよ? そォいう倫理観ァあるよ?
でもさ。
相手コイツだしな。しかもこれ人体模型みてェなモンだろ?
「何の用なのよ。もう私達は貴女を狙わないんだから、良かったね、でいいでしょ。それとも何? 野蛮人らしく私達の棲み処を襲撃でもする気?」
「──それだ」
「それだ、じゃないんだけど。そうする気なら、こっちにも考えがあるわ」
それだ。
そォだ、ニヤニヤ丸眼鏡ァ言ってたじゃねェか。
太陽の使徒も風の使徒も、アイツらのやる事に対してァ否定的だ、って。
──抱き込めねェか?
「寂しんぼ」
「……何かしら」
「強大なオリジン種の居場所を教えてくれねェか」
「教えて、何をする気?」
「説得して天幕の向こうに連れて行く。ンで宙の莽含むアイツらの神座全部ぶっ壊す」
「……知らない。勝手に探して。まぁ、天候が極端に悪い所や、環境的に生物が住み難い所には大体いると思うわ」
「あァよありがとう!」
「……」
善ァ急げだ。
俺もそろそろ学んでるンでな。
さっき、着物狐と冷静メイドに逃げろ、っつったのに──あいつら、一切逃げる素振りがなかった。
クルメーナ地下と一緒なンだろう。
俺の焦りなンかァ一切伝わってなくて。
ただ俺がアンゲルと斬り合いして、多分勝って、そのまま、予定調和みてェにマッドチビ達の目論見を止めた扱いになってて──俺ァ一切の疑いを持たれぬまま、EDENに帰るンだ。
俺、っつか。
俺を名乗るシエナ──マッドチビが、だが。
「オリジン種は、どれも危険だけど──特に」
「ん?」
「北方山脈の更に北。ジョームンガンダー、ってオリジン種が眠っているわ。──そいつだけは、刺激しないで。魔物も人間も魔法少女も含めて、全部が滅びる可能性があるから」
「それァ、フリだな?」
「本気で言っているから。……じゃ」
ジョームンガンダーね。
梓覚えた。
……いやまァ、果たしてもう俺が梓・ライラックを名乗れるかどォかすらわからねェが。
「目指すァ北方──ついでに、EDENの様子でも見て行くかね」
馬鹿め。
俺の精神体を捕まえなかったのがお前らの運の尽き。
俺ァ最後まで、最期までやらせてもらうから──震えて待ってな、マッドチビ。
と、啖呵を切ったはいいものの、そもそもここがどこなのかわからん。
海洋のど真ん中。先ほどからちらほらと化け物や普通の魚が俺を通り過ぎていくけれど、特にに干渉される気配ァ無し。
へェー、クジラの中ってこんななってたンだァ、とか、やべェでけェ化け物いるけど大丈夫かこれ、とか。
魔法が無いンで結構ビクビクしながら、北へ北へ向かっている最中のこと。
「……海溝、って奴か」
いきなり深い場所。亀裂。奈落を思わせる真っ黒いその場所ァ、どこか末恐ろしい気配を覚えさせる。
同時に──居そうだな、って。
環境的にやべェとこ。
通常の生物が住めねェとこ。
ここだろ。
「おお……おー」
沈んでいく。
まだ太陽の光があるからいいけど、うん、怖い。
真っ暗だ。まだ生物ァいる。けど、だからなンだって感じ。
段々──左右がわからなくなる。前後もわからん。上下さえも忘れそォになる。
それほど、真っ暗。ライトとか持ってねェしな。
こォいう時ゆるふわにゃんこの【光弾】とか役に立つンだろォなァ。まァその前に水圧がやべェんだけど。
「しかし、案外俺の身体ってな綺麗なモンだな」
口に出すのァちと心細いからだ。
いんやさ、世界言語使いまくって精神ボロボロだ、って聞いてたからさ、もっとボロッボロなのかと思ったら、普通に梓・ライラックの姿をしている。見た目的な意味じゃないのかね?
更に潜る。
潜る? 沈む?
どこまで行けるのか──実ァオリジン種なンていなくて、シーラカンスとかに出会えるだけなのか。
まァほら、深海探索を生身でできるなンて貴重な機会だからさ。生身じゃねェけど。
しかし、いるもンだな。
生物。
フクロウナギだっけ、このスコップみてェなの。コウモリダコとか、フリソデウオとか、クダクラゲもいるな。
いんやさ、面白れェ話でさ。
この辺の、なンだ、化け物じゃねェ生物。所謂獣とか動物って呼ばれてる奴らァ、前世の奴とだいたい一緒なンだよな。どォいう生態系で、どォいう系統樹になってンのか知らねェけどさ。
まァ前世程蔓延ってねェっつか、化け物がいるンで細々と暮らしてる。でけェ動物ァだいたいいねェな。象とかキリンとか。麒麟ってなオリジンァいるらしいが。
口。
「く、口──!? あ、おォ、び、びっくりした……えーと、あれァラブカ、だっけ? いやミツクリザメ……?」
割と覚えてるモンだ。
しかし、この深海あんまり化け物いねェな。オリジン種がいるからビビってンのか、マジでいねェかのどっちかだが。
クルメーナ側に近い海洋の、結構浅いトコにクラーケンとかがいたからなー。こォいうとこじゃ餌取れねェからいない、って可能性も低かない。むしろ高い。
……ん-。
ちょっと釣ってみるか。
ま、オリジン種つったって化け物ァ化け物だ。
普通の生物にァ興味の無いもの──つまり、魔力がお好みでしょう、ってなワケで。
魔力をチロりと出してみる。
「──!」
水流──これァ、俺を飲もうとしている?
いやまァ流されァしないンだけど、この規模ァやべェ。他の生物たちが、あァ、全部巻き込まれて……うわァ。
──"何者か"
「うわ、喋れんのか。あァいやまァ、怪しい者じゃねェんだ。ちょいと肉体を失っちまった精神体でよ。協力者を探して放浪中でね」
──"名は?"
「梓だ。梓・ライラック。アンタは?」
──"セイタス"
「おゥ。で、アンタここで何やってンだ? この辺何も無ェだろ。化け物ってな、悲願成就のために魔法少女だのなンだのを襲うってイメージなンだが」
──"偏見だ"
「あン? だがよ、今化け物を率いてる奴ァそォ言ってたぜ」
──"小さき者、強くなりし者がそれを行うことには、意味がある"
「オリジン種にァ意味ねェのか」
──"同輩よ"
「あン? そりゃ、俺のことか?」
──"そうだ"
……その言い方だとよ。
まるで、俺が化け物になった、みてェなンだけど。
いや。
なった……のか?
だって、精神体で、意思持ってる奴、なンて。
確かにどォ考えても化け物で──オリジン種じゃね?
「で、なンだ?」
──"貴女からは、懐かしい匂いがする。我と同じカタチを持つ、白。見覚えはないだろうか"
「……あー」
ある。
一瞬だったけど、其夢盗の皮を剥ぐときに見た気がする。
「あるよ。名前ァ知らないけど」
──"壮健であっただろうか"
「どォかな。浮かない顔してたけど」
──"ならば、立ち上がる意味もある"
暗闇が──動く。
あっ、って。
海底ァ真っ暗で何にも見えねェんだって、そォ思ってた。
いんやさ、それァ間違いじゃない。それ自体ァ間違いじゃねェんだ。
けど──間違いァ。
──"今一度、話を聞こう。同輩よ"
「……でっっっっ」
──"我はセイタス。ラハブという友を探している。助力してくれるのであれば、こちらも協力しよう"
「──っっっっか」
その真黒が、全部。
このクソデカクジラだった、ってだけの──そォいう話ね。
第一部完。
物語は第二部へ……塔微紺知柔土.
※この話より、朝08:05、夕17:10から昼12時の更新に切り替わります。(一日一回更新)