遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

8 / 167
三、遠征編
8.有鈍戸羽生登内.鈍戸能死.


 遠征組突撃班、というのは、書いて文字通り遠征組の中でも化け物の群れに突撃していく班を指す。他にも調査班や観測班ってのがいて、そういうトコに配属される魔法少女ってな基本固定。何故って知識が物いうから。あと、俺にとっちゃ気分の良くねェ話なんだが、固定メンバーで誰か一人が欠けてもいいよーに訓練積んで、遠征先で()()()()()情報を持ち帰る、みたいなこともしてるんだと。

 死んでも死なねえ、蘇生可能な魔法少女って奴ァ、瞬間移動だの長距離通話だのが無ェこの世界唯一のメール便なワケだ。

 

「あまりサバイバル技術などは使われないのですね……」

「まァ食事は嗜好品だからなァ」

「忍者らしいところをお見せできるかと思ったのですが」

「っつーとなんだ、太腿忍者は遠征初めてなのか?」

「そうです。だからちょっと新鮮です!」

 

 魔法少女は魔法少女になった時点で成長が止まる。

 だからまァ、食事だのなんだのってのは本来必要無い。味覚だのなんだのは生きてるし、美味ェもんを美味いと感じる心は生きてっからパフェだのケーキだのジュースだのを飲むんだがな。んじゃ体内に入ったものがどう排泄されるかっつーのはまァ乙女の秘密だ。おじさんの秘密だ。

 あとはまァ、フリューリ草よろしくポーションの類は普通に飲んだりかけたりするから、胃やら内臓やらが死んでるワケじゃねェのもヒントの一つかね。

 

 よーは遠征において魔力回復以外の休息はいらねェっつー話だ。

 

「本当に魔力少ないんだね」

「すんませんね、こればっかりはお飾りB級の見せ所って奴でさ」

「問題はないさ。今回の任務は【即死】が魔物の湧き地点に有効かどうか、の検証も含まれている。そも、新しく出来た形成地点が人工的なものなのか、自然由来のものなのか、という調査も兼ねてね。故に現地に到着して魔物を掃討し、けれど君が魔力切れでは話にならない。上官殿も全力で補佐しろ、と言っていたように、私達は君の事をお姫様が如く扱わせてもらうよ」

「ヒメサマにしちゃ口が悪いが、ありがたく頼らせてもらわァ」

「……」

 

 全速力ってワケでないにしろ、結構なスピードでの行軍。俺ァいつも通り姫抱きで、だけど抱いてる奴がポニテスリットじゃなくて班長だ。SS級魔法少女。座った状態で宝の塚みてェな容姿と評したが、立ったら立ったですげェ頭身。身長もたけェし、声もかっけェし。年頃の娘なら一発でコロっといっちまいそうな魔法少女だ。

 おじさんもなんか新鮮だよ。今までがそうじゃなかったとは言わないが、本当にオヒメサマみてェに扱われてる。さっきから時たま発生する戦闘にも参加させてもらえねェ。これでいいのかね、なんて思ってると、すぐに班長が「不安にさせてしまったかな?」とか「それでいいんだ。君の任務に戦闘は含まれていないからね」とか……めちゃくちゃ気遣ってくれる。

 

 いんやさ、これ絶対ホの字だわ。

 

 ……さっきから俺にすげー目線向けてきてる、自己紹介してくんなかった二人が。

 

「二時の方向、鳥系の魔物」

「チャージ開始します!」

 

 背中メッシュと太腿忍者はいつも通りだ。目の良い背中メッシュが索敵して、消費魔力少ねェのにすんげェ距離まで届く【光線】を使える太腿忍者がコッチに寄って来そうなのを殺す。なんでもザイフォン・英サンの魔法は【吸呑】つって、指定した地点に化け物を吸い込む、みてェな魔法なんで移動中にはあんま使わねェんだと。

 もう一人のカネミツサンは【飛斬】っつー一応遠隔の括りながら近接に対応できる魔法を使うんだが、さっきから報告も無しに一人で刈り取ってる。そういう役割なンだろうな。

 キラキラツインテは完全な近接だからいいとして、班長も俺運んでるからいいとして。

 

 もう一人。

 

「班長、ありゃ本当に大丈夫なんですかね」

「まあ慣れていないと驚くのは無理のない事だけど、大丈夫。彼女はあれでいてS級だからね」

「いやァ強さの話じゃなくて」

「わかっているさ。ぶつかってしまわないのか、落ちてしまわないのか、という心配だろう?」

 

 そう。

 もう一人の、遅刻どころかミーティングに来なかったヒト。

 名をルナ・ウィーマーン。【氷壊】の使い手にしてS級魔法少女。一日の八割を眠っているとかいうやべー人。俺も結構ねてるけど。

 そして今。

 

「むむむ……忍者としては見習わなければならないスキルです……!」

「寝ながら、正確に木々を踏んでる」

 

 ルナ・ウィーマーンサンは、寝ていた。寝てるんだ。完全に寝てる。

 けど、身体は動いてる。俺達っつか班長達と同じ速度で、森の上を、木々のテッペンをぴょんぴょん飛び跳ねながら移動してる。遠隔魔法少女なのに身体強化して、寝たまま動いて……いやすげェっつかこえーのよ。

 ちなみに飛行魔法は使ってない。亜空間ポケットや身体強化と同じ括り……つまり各魔法少女固有の魔法でなく、余剰魔力オンリーで使えるこれら魔法は、その便利さと引き換えにそれなりの魔力を食う。近接であれば身体強化に回す魔力の効率化も図れるらしいんだけど、彼女は遠隔だ。だから多分、よっぽど魔力が多いって話だろうな。

 ちなみに俺ァ当然の如く魔力の効率化なんて出来ない。【即死】が結構な魔力消費のする魔法である以上出来た方が良いんだろうが、余剰魔力なんざ出ねェんで仕方ないと思う。

 

「よし、みんな! あそこの湖の近くで一旦休憩にしよう。各自魔力回復に努めてくれ!」

「了解」

 

 返事をしたのは背中メッシュだけ。

 太腿忍者は忍者スキルを活かせると思ってか、その湖とやらにぶっ飛んでった。多分返事はしたんだろうが聞こえなかった、の方が正しいか。

 しかし、いるのかね。ヒトの住める環境づくりとか。多分いらねェと思うんだけど。

 

「いつもはこうではないよ、梓」

「あァ、わかってるんで、気にしてねェよ。思春期って奴だろう?」

「ははは、私達魔法少女に思春期とは面白い。けれど、確かにそうかもしれない。私達は──多感な時期で停められた子も多い。それ故、自省しているつもりでも少しばかり漏れてしまう、という事がある。でも、悪い子達ではないんだ。だから」

「保護者は大変だねェ。ま、大丈夫さ。私ァこう見えて結構スレててね。そういうのにも理解がある。っつーか自分で移動できない私が悪ィんだしな、こればっかりは」

「スレてるって……君、数か月前に魔法少女になったばかりじゃなかったかい?」

「それはそォだけど、あァ魔法少女歴ってことかい? そりゃまだ短いがね」

「いや、だから、13歳だろう? ……国の中学校はそんなにも荒れているのかい?」

 

 あー。

 そう捉えるか。いんやさ別に、あそこは普通の中学校だったし、なんなら良い子ばっかだったけど……なんつーかな。なんて言い訳をするか。

 いや言い訳とかいいか、別に。

 

「これァ生来のモンさ。人を見る眼はあるつもりだぜ、班長」

「なるほどね。ちなみにだけど、君の目に私はどう映っているのかな」

「苦労人で仕事人だが、少しばかり仕事中毒な部分が大きいな。部下に休めって言われると休んでるよって返すタイプだ。んで、上官に休み与えられたらどうしていいかわかんなくて部下の悩みとか聞いたり他の魔法少女の相談に乗ったりして、結局休んでないって事になる。裏を返せば何かをしてないと不安になる奴、だな」

「大正解」

「あ、ちょっとあるるらら、勝手なことを言わないでくれ!」

 

 まァ典型的なワーカーホリックだ。いたよ、そういう人。ウチの会社にも。目の下にでっけェ隈作って明らかに体調悪ィのに休まねェの。休んでくださいって言われても「まだ仕事がある」の一点張りで、無理矢理休み作らせても翌日に企画案とかまとめてきやがる。休めっつってんのが聞こえねェのかと思って無理矢理に飲みに誘って話聞けば、何もしてねェと自分が求められてねェみてーで怖いんだそうだ。自分に自信が無ェから、少しでも成果を上げねェと、って強迫観念に襲われちまってる。

 己の実力は関係ない。この班長もアイツも、ちゃんとした成果を残してるし、ちゃんとした実力を持ってる。けどそればっかりは申し訳ないが変えられない、性格だから、とかいって……あァ、懐かしい話だな。

 

 ま、そういう奴に限ってマジでぶっ倒れたとしても慕ってる部下がいる。支えてくれる奴がいるんだよ。気付けてねェだけでな。

 

 ……なんて、俺とおんなじくらいのおじさんの話を班長に当てはめたんだが、キラキラツインテから大正解を貰ったので良しとしよう。経験は豊富だよおじさん。43歳だからね……。決して若くはないけど、御所って程じゃない歳で死んじゃったねおじさんね……。

 

「キラキラツインテと班長は長ェのか?」

「ああ、同期だよ。あるるららの国が亡くなってしまった時からだから、50年程だね」

「そりゃァ長ェや。そっからずっと遠征組で?」

「まさか! 私達もちゃんと君達のような学園生活を送ったよ。そもそもその頃には遠征組というのが無かった……というよりは、そこまで明確に振り分けが為されていなかった、が正しいかな。こうして組織化が図られたのは近年の話なんだ」

「へェ、そりゃ知らなんだ。っつても、キラキラツインテと班長は卒園後もずっと一緒だったワケか。こうして一緒に遠征組になれるくらいには」

「いや、それは」

「ヴェネットが一人じゃ不安だからと私を呼んだんだよ。知らない人ばかりの環境でやっていくには難しいとね」

「ほーォ、そりゃ可愛らしい事で」

「あるるらら、お願いだからあまり私の威厳を損なう事を言わないでくれ……」

「威厳なんて最初から無いと思うよ」

 

 いんやさ、やっぱり少女だねェ。いや男女差別をするつもりはねェんだけどさ。

 かっけェ人だと思ってたけど、可愛らしいとこもある、っつー話な。新しい事始める時に知己がいねェのは男女関係なく不安だろうよ。単純にギャップが可愛らしいっつー……まァ、おじさん心だわな。

 ……女の子に可愛らしいって表現使う時におじさんおじさん言ってるとなんか変態みたいで嫌になってくるなァ。

 

 てな所で、ようやくその湖っつーのが見えてきた。

 いやマジで言われた時見えなかったんだよな。どこの話してんだって思ってたよ。

 

「到着だ。っと……これは、椅子? それにテーブル……」

「はい! 用意しておきました!!」

「凄いな、これは。自然由来のものか。でも君、A級だろう? 亜空間ポケットを使う事は出来るんじゃないのかい?」

「……実はそれを言われると弱いです! なんなら簡易キャンプセットも亜空間ポケット内にありますので!」

「太腿忍者、無理だって。魔法少女の遠征に忍者スキルいらねェって」

「うぅ……」

 

 はりきったんだろうなァってのは伝わる。

 でも亜空間ポケットが便利過ぎていらねェ。これが全員B級以下の魔法少女だってんなら重宝したかもしれねェが、太腿忍者自体がA級だしな……。

 ま、俺ァありがたく座らせてもらうが。いいねェ、ツーリングキャンプとかしてた時代を思い出すよおじさん。

 

「優しいね、君は」

「ン?」

「いや、なんでもない。ちなみにどうかな、魔力は」

「そりゃ勿論、万全さ。なんせ完全に運んでもらったからな、振動もほとんど伝わってこねェ上質な乗り物だったよ」

「梓、ミサキは?」

「ポニテスリットは実ァ結構揺れる」

「今度、言っとく」

「……冗談だからな?」

 

 いやマジで冗談だからな?

 

えはか彼

 

 各自の魔力回復も恙なく終わり、さぁ出立しよう、といったところで、彼女が「チョイといいですかね」なんて言ってきた。

 

「どうしたのかな」

「あァさ、杞憂ならいいんですがね」

 

 そう言って──彼女は、軍用の拳銃を背後の茂みに向ける。

 向けて、発砲した。渇いた音が響く。

 銃弾は茂みを揺らし──何?

 

「各自、散開!」

 

 空へ飛ぶ。身体強化による跳躍ではなく飛行魔法で。

 彼女、梓も勿論連れてきている。日も暮れてきた頃合いだけど、はっきりと見えた。

 

 舌を出して、「やってしまったかな」みたいな顔をしている彼女が。いやはや、本当に顔に出やすい子だ。フェリカさんが可愛い可愛いというのも頷ける。

 

「簡潔に説明をくれるかな、梓」

「なんか、言葉には表し難いんだがよ、殺意みてェなのを感じたんだ。囲まれてるっつーか、狙われてる? まるでウルフが餌を前に唸り声をあげてる、みてェなさ。そんで、一際やばそうなのが背後にいる感じがしたから、撃ってみたらアラまァ。本当にいて無駄な刺激しちまったみてェでやべーって顔してんだわ今」

「うん、それは伝わったよ」

 

 今のはわざと顔に出していたのか。引っかけられたな。

 

「ザイフォン!」

「はい」

 

 遠征が始まってからようやく声を出したザイフォンが、その手に【吸呑】を発生させる。

 遠隔魔法少女の中でも特殊寄りな彼女の魔法は、地面に投下、設置することで効果を発揮する。

 

「投下します」

 

 ザイフォンの【吸呑】が、地面に着弾した瞬間。

 透明な何かが激しい音を立てて、【吸呑】へと吸い込まれ始めたのを観測できた。

 いる。何かがいる。

 

「こいつァ」

「ああ。先日の侵攻時にいた新種のウルフだ。周囲のウルフを透明にする統率者たる一体と、それに従って獲物に傷をつける複数体で構成されている。が、そこまでの跳躍力は無いから、空に逃げてしまえばさほど問題にはならない」

「はン、てーと……背中メッシュ」

「了解……といいたいけど、今回の班長は梓じゃない」

「あァ、そうだったわ。班長、背中メッシュに【神鳴】を使わせても良いかね?」

「構わないけれど、どうして【神鳴】の選択なのか教えてくれるかい?」

「ん……まァ今安全だからいいけど、あんまそういうの効かねェよ。んで、理由か。暗いからだな。光ったら怯むだろ。上手く行けば影も見える。影が見えりゃ数も見える。単純に【神鳴】は威力が高い。理由なんざそのくらいだ」

 

 なるほど。

 キリバチさんやフェリカさんから色々聞いてはいたけれど、随分と瞬時に頭を回す。仲間の魔法の特性を把握しているからこそ、だろうね。私やルナを頼らなかったのは魔法を知らないからでもあるのだろうけど、単純に最も適しているのが【神鳴】であると考え付いたから、でもあるか。

 うん。いいね。

 お飾りのB級なんて言っていたけれど、普通に遠征組に入れても問題はなさそうだ。今回の任務は魔力を使わせるわけにはいかないから無理だけど、他の戦場でなら肩を並べるのも面白そうだね。

 

「チャージ完了」

「ああ、頼む!」

「了解」

 

 シェーリースさん。

 寡黙気味な子だけど、その魔法は結構有名だ。遠くからでも目立つからね。

 彼女の【神鳴】──文字通り、神鳴りし怒槌を落とす魔法。S級の名に恥じぬ殲滅力を誇るその魔法が──落ちる。

 

「見えました! 数は十と一! その他周囲に魔物の影は見えません!」

「急激な周囲の風景変化には追いつけねェっつーことは、光学迷彩の類か。カメレオンだな。なら透明ってワケじゃねェし、身体が透けるってワケでもねェ。となると、森で戦うのは不利だな。もっと開けたトコ……あァいや、班長、どうするね?」

「いや、いいよ。そのまま思考を続けてくれ。私達は突撃班でね、考えるより先に潰す方が得意なんだ」

「あァそうかい」

 

 自分が弱い分、分析力に長けているのだろうね。

 ……けど、少しばかり知識に欠けがある。有利位置に誘い込むのはいい判断だろう。だけどね、こっちにもそれなりの鬱憤というものがある。

 

「──前回、魔力の切れた私達を散々に食い散らかしてくれたお礼だよ」

 

 魔法を発動する。

 十と一。大丈夫、私も見えていたよ。黒い、突然の光に目を焼かれたウルフたちの影。

 それらをしっかりと視認した。【神鳴】によるダメージも入っているのだろう。もう、丸見えだ。

 

 だから──【凍融】を起こす。

 

「……な、ン」

「SS級魔法少女ヴェネット。私の扱う魔法は【凍融】といってね。温度変化なしに対象を凍らせたり融かしたり出来る。どうかな、お姫様。君を守る騎士として、少しは認めてくれたかい?」

「少し所じゃァねェが」

「それは良かった」

 

 折角ブレインが来てくれたんだ。

 今回の遠征は久方ぶりに、何も考えずに暴れられそうで嬉しいよ。

 

 ……けど、少しばかり杞憂もあるかな。

 例の件……あの魔法少女。アレが使役していたウルフ種がこちらにもいた、となると……今回の遠征先は。

 

「あ、あんまり遺骸を見ない方がいいよ。刺激的だからね」

「そうさせてもらわァ。こえーこえー魔法だことで」

「怖くない魔法があるのかい?」

「……そりゃ、ごもっともだ。なんなら私の方がこえーわ」

「はは、そうだね」

 

 怖くない魔法は無い。

 ……といいたいけど、あるるららの魔法とかは、そんなに怖くないかな。使い方が怖いだけで。

 

「それじゃ、改めて出発しよう。みんな、大丈夫かい?」

「問題ない」

「了解です!」

「はい」

 

 お。少なくともザイフォンは心を開いてくれたかな?

 カネミツは……もう少しかかりそうだけど、大丈夫だろう。二人とも、悪い子じゃないからね。

 

 悪いのは──あの魔法少女だけだから。

 次に会ったら、確実に。

 

えはか彼

 

 行軍は徹夜で行われた。

 まァ睡眠とか必要無いしな。魔力回復には役立つらしいんだが、脳を休める必要はないんだと。だからルナ・ウィーマーンサンが眠りこけてんのは趣味だろうな。寝るのが趣味って奴。

 おじさんは寝るのが習慣づいちゃってるからちゃんと寝ないとなんか気持ち悪いんで寝てる。あとサボる時に早く時間すぎねぇかなって眠る。

 

「梓、昨夜の湖でのことだけど」

「ン」

「その、殺意のようなもの、だったか。それを感じたらすぐに報告してくれ。それでちゃんと、昨日コトがあったわけだからね」

「あァさ。ま、外れたらすまんとしか言いようがないんだが」

「何、なにもないならそれでいいのさ。杞憂はするに越したことは無いよ」

「そォかい。なんとも過ごしやすい職場な事で」

 

 時間の無駄だ、とか言わねェでちゃんと対処してくれるってんだ、そんなありがてェ事は無い。

 お飾りB級でも少しァ役に立つと思われたのかね。……魔法や実力じゃなくて勘が、ってーのがなんとも悲しい事実だが。

 

 さて、俺の肉眼でも見えてきた目的地。

 海洋に面した廃墟群。……の、はずなンだが。

 

「題して触腕の森だね」

「群生しているというよりはひしめき合っている、といった方がいいかな」

「正直、気持ち悪い」

「うねうねしてます!」

 

 廃墟なんて見当たらねェ、キラキラツインテの言う通り、そこには白と赤の触腕で溢れたナニカがあった。立ち昇る触腕……互いに絡み合い、押しあい退けあい、ひしめき合ってのうねうねり。触手じゃなくて触腕なのは、ソイツに吸盤がついてるからだ。

 イカかタコか、クラーケンか。とかくそういう類の化け物がいるってワケさ。だが。

 

「本体が見えねェな」

「うん。触腕ばかりが大きくて本体が限りなく小さい種、という事も考えられるけれど」

「んな低い可能性の方より、普通に地中や海中にいるって考えた方が建設的だろうよ」

 

 さァて、どうすっかねコレは。

 とりあえず近くの丘に降り立って、眺める。攻略法っつーワケじゃねェが、どう切り崩したもんかと。

 背中メッシュか太腿忍者か班長か。ブラックホールはあんま意味無さそうだし、カネミツサンの【飛斬】とか適してそうなンだが……どうかね。あ、ザイフォン・英サンに付けたあだ名がブラックホールな。この世界宇宙技術とか天文学とかそんなに進んでないみたいだから良いだろ。

 

「あるるらら、頼んだよ」

「了解」

 

 なんてツラツラ悩んでたら、班長が指示を出していた。

 いや指示っつか。

 突撃命令、っつか。

 

「お、」

「何、無駄死にをさせようというわけではないよ。あるるららは特殊魔法寄りの近接魔法少女なんだ。まぁ見ていて」

「……あァよ」

 

 言い方にちょいと引っかかりを覚えたが、素直に従う。

 キラキラツインテが向かう。触腕の森。その根元に。

 そしてそのまま……()()()()()()

 

「んん?」

「彼女の魔法は【透過】といってね。建造物だろうと魔物だろうと、素通りする事が出来るんだ。件のウルフのように透明になれる、というわけではないのだけどね」

「そいつァ、こえー魔法だな」

「おや、怖いと思うのかい?」

「思うさ。どんな外皮の硬い化け物でも貫けるって事だろ?」

「その通りだよ。参ったな、私の班では最も怖くない魔法だ、なんて嘯いてみたかったのだけど、君は騙せそうにないね」

「ハナから騙そうとしねーでくれると助かるんだが」

 

 昨日の【神鳴】の時といい、ちょくちょく俺を試そうとしてくるの、ヒヤっとするからやめてくんねェかな。なんだろ、見定められてる? アレか、本当にB級に足り得るかどうか、みたいな? これ終わって自然の湧きポ壊せなかったら降級すんのかね俺ァ。いやそれは全く以て問題ないんだが。

 

 ……にしても、ちょいとおかしいな。

 遅い。

 

「あァ班長、【凍融】のチャージはどんくらいかかるんで?」

「10秒もあれば昨日の威力は出せるよ」

「んじゃ今すぐ撃ってくれ。アレに向かって」

「まぁまぁ、あるるららがすぐに帰ってくるから、それを待って」

「んじゃ私が撃たせてもらいますわ」

 

 背負っていたSRを取り出して、ほとんど覗かずに撃つ。

 炸裂弾じゃなく、普通の【即死】が込められた弾。

 それは触腕の一本を、いやさ二本、三本とを貫き、即死させた。

 

 べろん、とめくれる触腕。

 その中心に。

 

「な──あるるらら!?」

「良かった、死んでなかったか。班長、【凍融】は除外設定できるんで?」

「ああ、今すぐあるるらら以外を融かす!」

「いんやさ、凍らせた方がいい。太腿忍者はチャージ開始、背中メッシュは一旦待機だ。チャージもしなくていい」

「了解です!」

「……わかった」

 

 キラキラツインテはベテランもベテランって感じだった。そんな奴がかけていい時間じゃねェし、そもそも本体見つからなかったら単身地中に潜ってくより戻ってくる方を選ぶと思うンだよな。突撃班つったって何も考え無しの集団じゃねェのはわかってる。

 ってことを考えた上で、そうしねェってことは、それができねェってことだ。

 具体的には今──数多の触腕に捕まって、身体を締め付けられている、みてェな感じで。

 

「【凍融】! だが、これでは」

「太腿、キラキラツインテを締め付けてるのだけ【光線】で切ってくれ。斬り終わったら班長、それを融かしてくれていい。他二人はキラキラツインテの救助に走ってくれると助かるんだが、いいか?」

「……いいだろう」

「班長、指示を」

「頼むよ、ザイフォン、カネミツ。今彼女を失うわけにはいかないんだ」

「承知」

 

 意外にも、直で返事してくれたのはブラックホールじゃなくてカネミツサンだった。

 この人もかっけェ声してんなァ。

 

「あァお二人さん。出来るだけ凍ってる触腕は傷つけずに行ってくれ。どうしても無理なら気にしなくていい。こっちで援護はする」

「承知した」

「……」

 

 今はまだ何も反応を起こしていない触腕。【凍融】の効果で凍ってるっつーことなんだろうが……。

 チラっとルナ・ウィーマーンサンを見る。寝てんなァ。大丈夫かありゃ。

 

「班長、新しい触腕が生えてきたらすぐに凍らせてくれ」

「わかった。地面だね」

「いんやさ、廃墟のどっかだ。今しがた私の殺した触腕がいるあたりから、新しいのが生える可能性が高い」

「理由を聞いても?」

「多分だが、本体なんざいねェっつー話だよ。裏付けはキラキラツインテを救出してからだが、アレは触腕のみの化け物だ。だから探しても探しても本体なんざ見つからねェ」

「成程。けれど、それではあるるららが捕まった理由にはならない。どうして彼女は【透過】を解除されてしまったんだと思う?」

「それも多分だが──」

 

 来た。

 ぐじゅるっ、と嫌な水音を立てて──キラキラツインテと、今救出に向かった二人に新たな触腕が殺到する。……も、それは到達せずに凍り付いた。

 流石だ。

 

「大丈夫、監視は怠っていないよ。多分で構わない。君の意見を聞かせてくれ、梓」

「あァさ。恐らくは、どっかに反魔鉱石があるんじゃねェかと思ってる。置き忘れか罠の類かはわからねェが、目の前に来なけりゃわからねェくらい小せェ反魔鉱石があの触腕の中にあンだよ。キラキラツインテはそれにぶつかっちまって、捕まった」

「そう思う理由は?」

「キラキラツインテが捕まる理由がそれしか考えられないってのと、私が良く使う手段だからだ」

 

 湿地帯でやった時みたいに、【即死】の銃弾ばら蒔いてな。

 地中潜る系や水ン中泳ぐ系の化け物には効果覿面なんだ。小さくて見えねえから。

 

「融かすのではなく、凍らせたのは何故かな」

「増えそうだな、と思ったからさ。私が撃ったのは仕方ねェにしても、アレ全部殺してアレ全部が倍々になったら厄介だ。キラキラツインテが押しつぶされちまう」

「……ここまで、全部"多分"や"思った"、だね。君はそれだけで──真実を見抜いたわけだ」

「なにもないならそれでいい。なにかあったらじゃ遅い。違うか、班長」

「その通りだ。私も少し気が抜けていたらしい。カッコつけようとしすぎたね」

「あァよ、そういうのはエデンでやってくれ。ここは生死別たれる戦場、って奴なんだろ?」

 

 ま、死んでも構わねェっつー理念の魔法少女なら、そんな気の引き締めはしてくれねェかもしれねぇが。

 ……いや、んなこたないか。みんな真剣にやってる。今は情報を、国じゃ国民を守るために必死で戦ってんだ。なぁなぁの奴がいるかよ。

 

「ヴェネットさん! あるるららさんの救助成功したみたいです!」

「っとに目がいいな太腿忍者! よォし、救出組がこっちに来るまで全力で援護だ! こうなりゃどんだけ壊しても良い! 殺しても良い!」

「私はまだ凍結でいくよ。三人に追い縋る触腕を止める」

「あァよ。背中メッシュ、太腿忍者、あとねぼすけ! チャージ開始しとけ! こっからはちゃんと殲滅任務だ!」

「了解」

「チャージ完了してます!」

 

 お飾りB級が場ァ仕切っちゃってすまねェが、人命最優先が求められる現場ってんなら俺もフルスロットルで行かせてもらう。

 通常弾薬も、あれだけの密集地帯なら炸裂弾も使えそうだしな。

 

「ふぁあ……ん。んー。ね、そこの子。ねぼすけ、って、わたしの事?」

「なんだ聞こえてたのか。起き抜けで悪いが最大火力チャージしてくれ。アレ、ぶっ壊すからよ」

「りょーかーい」

 

 圧。

 ──を、感じる程の魔力が集中していくのを感じる。オイオイ、他人の集める魔力を感じ取れるって、相当だぞ。

 

「最大火力は不味い指示だったかもしれないね、梓」

「あー範囲どんくらいで?」

「大丈夫、三人が巻き込まれないよう私が攻撃の合図をするよ」

「んじゃそればっかりは頼まァ」

 

 S級ってまさか……内申点低いから、とかじゃないよな。

 ねぼすけ、ルナ・ウィーマーン。その魔力は、明らかに──。

 

「やれ、ルナ!」

「りょーかーい!」

 

 心なしか張り切った声で。

 ソレは。

 その魔力は。

 

 ──視界一面を、氷山に変えてしまったのだった。

 

えはか彼

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。