遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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80.吠得流存具円昏夜土韻地割琉度

 セイタスとの旅ァ続く。

 勿論早いとこEDENに戻るか、宙の莽、冥界に戻らにゃならンのァ重々承知……なンだけど、如何せん戻り方がな。いんやさ、冥界へァ空でも飛べばいい話なンだけど、今度ァちゃんと準備しねェと何にもできずに、って可能性の方が高いし、EDENへァ単純に場所がわからん。

 セイタスがクジラなンで海路しか使えないとなれば、北方山脈に突き刺さってるEDENにゃどーあっても辿り着けねェんだけど、まァあの触腕の森周辺とかクルメーナ辺りまで来れたらなんとかなるだろって思ってる。

 

 冥界に戻る。

 つまりマッドチビと再決戦するにゃ、こっちの陣営に力が必要だ。

 世界各地にいるオリジン──そいつらを集めて、ぶつける。なンで魔法少女呼ばねェかって、俺がもう魔法少女じゃないから。お嬢達の安否も気になりァするけど、そこァ信頼してる。

 

 とりあえず俺ァ、どの面下げてって感じでァあるが、化け物達を──いや、そろそろ言い改めよう。もう、俺もそォなンだから。どォせどっちも殺せそォにないし。

 だから。

 

 魔物達を説得して、あるいァ言いくるめて。

 新たな世界の生誕を阻まなければならない。

 

「なァよ、セイタス。お前ァずっとあそこにいたンだよな? なら、ラハブってなを探すにしても、色々無理がねェか? お前がこの辺知らねェんだしよ」

「元の場所に戻らなければ、世界の全てを巡る事ができる」

「つまりアテ無し旅か。いいね、俺もさ」

 

 まァわかっちゃいたが。

 あー。

 魔煙草が吸いてェ。あの不味さを恋しく思う日が来ようとァなァ。

 

「魔物ってなよ、普段何食って生きてンだ?」

「他の生物と然して変わらない。他の命を食らい、あるいは他の同輩を食らう」

「そこァ俺の知ってる通りか」

「然り。我らは風の使徒。源がなければ動けない。夜の使徒はそこにあるだけでいい。太陽の使徒は無くなっても続く。その観点で言えば、ヒトや獣たちも風の使徒に見る事はできるのだろう。違うが」

「魔物が一番生物らしいってな、それも聞いた話だなァ」

 

 恐竜島で。マッドチビ先生から。

 魔物と魔法少女ってなほぼおんなじで、ただ魔物の方が生物らしい。魔法少女がどれだけいびつか──って話。

 

「セイタスァ何から生まれたンだ? 母親か? それとも魔力の淀みか?」

「わからぬ。気付いたら生まれ出でていた。その時から隣にはラハブがいたし、同時に他の生物や同輩はいなかった。魔力の淀みから生まれた、という可能性も無きにしも非ずだが、深海は魔力が少ない。なれば母親を疑えど、それらしい影はない」

「んじゃ案外ラハブが母親なのかもなァ」

「そういうことも、あるのだろう」

 

 もしそォだったとして。

 母親が子のもとを離れる理由ってななンだろうね。……いっぱいあるか、そんなもん。

 

「貴女はどうなのだ、梓。夜の使徒。生前の記憶はあるのだろうか」

「ん。……まァ、普通にヒトとして生まれたよ。死んだ理由ァ……複雑だな。どっちを話すべきか」

「2度、死んだのか?」

「そーなるなァ。まァ今の状態を死していると呼ぶのなら2度。ただ精神体として生きていると言えるなら1度。──"前"ァ、ま、すげェ単純だよ。高い所から落ちて死んだ。調子に乗ったのさ。自分が目の前の相手を救える存在だって。──それで、結局救えなくて、止められなくて」

 

 "前"の話だ。

 俺が43歳なンて若さで死んだ理由。若死にする奴らが集まってくる性質とかクソみてェな運命ァ神さんから聞いたがね。43なら、俺もその星にァいたってこったろ。

 アイツが結局生きてるのかどうかも知らねェし、生きてたとしても──その後死を選ばないなンて言えァしねェ。無駄死にってな、俺が一番よくわかってる。

 

「何故、休息を願わない?」

「ん? 何がだ?」

「貴女はとても疲れているように見える。自分の起こしてしまった事。自分の為してしまった事。それらに対し酷く後悔し、酷く振り回され、酷く疲弊している。2度も死んだというのなら──安寧に身を任せ、眠りに就かんと願うのがヒトではないのだろうか。我らの様に呪縛に囚われているわけでもない。太陽の使徒のように光に魅せられているわけでもない。夜を享受できるということは──我らからすれば、酷く羨ましくみえる。……故に、どうして休息を願わないのか──やるべきことを、為すべき事を見据えていられるのか。貴女のその活力の源を聞きたい」

 

 ……俺の、源。

 誰も死なせたくない──ってな、嘘じゃねェ。けど、誰も死なせたくないから動いてるか、つったらちょっと違う。

 俺が本当に求めているのァ──もっと小せェエゴだ。

 

「──死の間際は、幸せでいてほしい。……そんだけだよ。この世界ァさ、ちと、みんながつらすぎる。悲しい死ばっかりだ。太陽の使徒も、風の使徒も──死ぬのも、生きてるのもつらいって顔してる。上っ面で楽しい日常を過ごしてるだけだ。待ち受ける最期を、耐えなければならない苦痛を。それらへの恐怖をひた隠しにして──その終わりにァ、悲しい顔して死ぬんだ」

「……」

「俺ァ──それが嫌なンだ。なンかさ、ガキみてェで悪いけどさ。……別に若死にでもいいのさ。別に戦って死ぬンでもいいのさ。ただ、頼むから、お願いだから、死ぬときにァ、満足しててほしい。先があろうとなかろうと、輪廻が廻ろうと廻らなかろうと、志半ばで死ぬのだけァ、もう見たくない。辛い顔して、悲しい顔して、痛み背負って。俺ァそォいう死を忌避するし、そォいう死で溢れてるこの世界を変えたがってる」

 

 それが俺の原動力。

 神さんに頼まれたことってな、俺の考えることでもあったンだ。

 

 非善(異教徒)。つまり太陽の使徒や風の使徒から──安寧を享受できる者達を、どォにか増やしてくれ、って。苦痛と使命に魅せられ、苛まれた魔法少女と、輪廻の呪縛に苦しみ続ける魔物。

 着物狐が使ってた式鬼たちみてェにさ、いるンだよ。もォちゃんと、死を受け入れよォとしてる奴らってな。そンでそりゃ世界もおんなじなンだ。だから、やっぱり俺ァ。

 

「梓。──我らの願いを、知っているだろうか」

「ん。強くなって、輪廻廻って、究極の一になって──死ぬ、だろ?」

「そうだ。我はもうそれを諦め、あのような場所で眠っていた。だが、まだ、それを目指し続けている同輩がたくさんいる。何故か、わかるか?」

「何故? 理由があンのか? あったとして、そりゃ、それ以外じゃ呪縛から逃れられないってそンだけだろ?」

「それも正当な理由ではある。しかし、考えてほしい。我が諦めることを選べたように。もう良いと、死など目指さずとも、この世界で生き、この世界の終わりまでを見届けんとする同輩たちが何故もっと増えないのか。何の理由があって、苦しみを背負ってまで死を目指そうと──輪廻の呪縛から逃れようとするのか」

 

 セイタスもヨウキも、諦めた。疲れてしまったが故に。

 そしてそれァ多分、もっともっといるンだ。疲れて、強くなることをやめて、安穏平和に暮らしてる魔物ってな沢山いるンだ。

 

 そン中で──なンで、あの寂しんぼ達は。

 ルルゥ・ガル達ァ、ああも精力的に動き、死を目指しているのか。

 

「世界にとって、我らは異物である。太陽の使徒もだが、世界はもう我らを不要だと言っている。これ以上増えないでくれと告げてきている。──だが、同時に」

 

 ふと──光が差す。 

 ……違う。舞っている? 何か、燐光が。

 ウミボタルか?

 

「世界は──酷く、優しいのだ」

「優しい?」

「ああ。世界は我らのせいで苦しみ、太陽の使徒のせいで痛みに喘いでいるというのに、世界は我らを愛してくれている。世界はこの世界に住まう全てを愛してくれている。──故に、まだ動き得る同輩は、死を目指す。もう生まれ出でないために死に、もう増えないために強きを目指す」

「愛してくれた恩返しのために死ぬ、ってか?」

「もう、嫌なのだ。──彼女の声を。苦しいと、つらいと、もう殺して欲しいと、そういう声を聞くのが──我らも、苦しい」

 

 ……そォいやそれ、ブゥリも言ってたな。

 もう嫌だって。世界が苦しんでる声を聞きたくない、って。世界ってなもうお婆ちゃんで、それがずっと苦しい、苦しい、って言ってるって。

 

「──この世界に悲しみが溢れているのは、それが理由だと我は考えている。世界の苦しみが、全生物に伝播している。誰ぞ、彼女を楽にしてあげられるのなら、と。願ったはずだ。誰もが。そして──それに、応える神が3つ、あった」

 

 燐光ァチラチラと俺達を囲う。

 俺達っつか。

 俺を。

 

「故に遣わしたのだ。──世界を殺し得る、死なせることのできる存在を」

「そりゃ……もしかして、俺、か?」

「そうだ。夜の神が遣わした夜の使徒。死の魔力を操る少女。そして、風の神が遣わした風の使徒。あらゆる魔物と心を交わし、諦めようとしていた者達をまとめ上げ、全てを遂行せんとするもの。最後に、太陽の神が遣わした太陽の使徒。あらゆる物事の概念を統合し、それを終わらせんとするもの」

 

 あ。

 これ。

 

「貴女が、幸福に至る死を求めるというのなら。──どうか、世界を死なせてやってほしい。どのようなやり方でも構わない。太陽の使徒をまとめ上げるのでも、我らを片端から殺して行くのでもいい。もう──彼女の苦しみを、これ以上引き延ばさないでやってほしい」

 

 泣いている。

 聞こえる。

 

 光が、俺に求めてくる。

 

 お願い、お願い、って。

 苦しいの。痛いの。もう──いいの。

 大切な子達が、愛している子達が、私のために死んでいく。

 私が苦しむから、いなくなっていく。私が痛がるから、苛まれていく。

 

 お願い。お願いよ。

 

 私をどうか殺してください。

 私はもう、十分に生きたから。

 私はもう、幸せだから。

 私はもう──。

 

「──」

 

 聞こえた。

 今までなンで聞こえて無かったンだってくらいの声が。訴えが。

 そして、その感情が伝わってくる。

 

 俺の()()()を塗りつぶすかのような、俺の言い分を全部包んで、それでももういいから、って。お願いだから、って。

 

 ──死を、懇願してくる。

 

「……死にてェのか」

 

 返事ァない。

 俺の声ァ届いてねェんだろう。まァ、矮小すぎると声ァ小さく聞こえるモンな。

 

「ずっと死にてェってな──つらいよな」

 

 ずっとだ。ずゥっと、死にたいって思い続けるのァ──辛いよ。

 いつか死ぬだろう。いつか誰かが殺してくれるだろうって、そーやって飽きて、疲れて、眠っちまえたらどンなによかったことか。

 世界ァ眠らない。眠れない。痛みと苦しみが彼女を寝かさない。ずっと起きっぱで、ずっと死にたくて。

 

 あァ──なるほど。

 そりゃ、魔物達が必死に死を目指す理由もわかる。

 こんな声を聞いちまったら、こんな声をずっと聞かされてたら──あァ。

 

「──すまねェ。今、それァできねェ。けど……多分、鍵ァ俺なンだろう。だから、アンタの声は忘れないし、アンタの願いは受け取った」

 

 心臓の脈打つ音が聞こえた。

 俺じゃねェ。セイタスでもねェ。

 

 それが誰の心臓か、なンて。

 

「セイタス、ちょっと離れててくれ。今から俺がするのァ、かなり危ないことだ」

「わかった」

 

 海のど真ん中で。 

 精神体1人が、胡坐をかいて座る。

 

 感覚としてァ、自身の神経を少しずつ少しずつ内側に引っ込めて行く感じ。今神経なんざ通ってねェけど、イメージだ。

 自己と世界。俺の中の死ァ、水のイメージだ。

 自己と世界。"役割の統合"、"魔物の形成"、"別離の終誕"。

 自己と世界。──口に出せ。言葉にしろ。それがせめてもの手向けとなるのなら──声を紡げ。

 

「──糸伊豆阿止理負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる祈りの物語).」

 

 ギシ、と。

 身体が鳴った。精神体ァ別に治ったワケじゃねェ。俺の精神ァボロボロのまんまだ。

 その状態で。

 肉の器の無い状態で、この言葉を使うってな──死に近づくことを許容するに等しい。

 けど。

 けど。

 けど。

 

 今まで無駄遣いしてきた分ァ──ちゃんとしねェと。

 

「──藍永封無減琉(私は終わりを肯定する).」

 

 瞬時に、消える。

 俺の周囲にあった海水が消える。球形に、セイタスが十二分に距離取って無かったらやばかったくらいの範囲の水が──否、世界が──終わる。

 

 まだだ。

 まだ、それだけじゃねェ。ちゃんと、ちゃんとやんねェと。

 

 今ァ死地じゃねェから、余計に感じる。テンションが高いワケじゃねェから、強く感じる。

 この言葉は、花束なンだ。

 眠りゆく世界へ、その墓前に添えるための言葉。

 

 もう、いいんだ、って。

 そォ言ってやるための言葉。

 

 だから最後まで言い切れ。途中で止めるな。

 

「ッ──褪戦死遠(【世涯】)!」

 

 その時。

 ──世界の一部が、明確に、死んだ。

 

えはか彼

 

 

 水の流れを感じる。

 目を開く。

 

「……よォセイタス。運んでてくれたのか」

「然り。──無茶をするものだ。太陽の使徒が行使する魔法とは、太陽の助けあってこそのもの。太陽が全てを空から見ているが故に、世界の改変などという暴挙が許される。行える。──それを、力業で、とは」

「あァ、我ながら馬鹿だたァ思うけどな。でも、まだ俺にァ使い道があるってわかった。やるべきことが増えたってよりァ、気付いたって方が正しいか」

 

 魔法の行使。

 魔法少女ってな太陽の使徒だ。だから、太陽の力を──世界を変えて行く力を存分に使える。世界から賜った、なんて言っちゃいるが、実質奪ってるよォなモンだからな。太陽ってなガソリン使って、魔力ってな力でアクセル踏み込んで、魔法少女達ァハンドル握ってるだけ。それで魔法を行使してる。

 それを、太陽の助力無しでやるってこた、エンジンを手で動かすみてェなモン。到底無理なことを、今やった。やれるたァ思ってなかったけど、まァできたんで良し。

 

 代償は。

 

「俺ァどんくらい寝てた?」

「2つ、海域を越えた」

「それじゃァわかんねェなァ。セイタス泳ぐの速ェし」

「動けるか?」

「まだ無理だ。……魔力で引っ張ってくれてンのか。ありがとな。あんま使った事ねェだろ、魔力」

「至難ではあったが、慣れた」

 

 俺の身体に巻き付いてる魔力の糸。

 魔法程がっちりしてねェそれァ、けれど精神体なら引っ張れる程度の強度があって。

 それを自分と俺に巻き付けて、運んでくれてたと。

 

「で、どォだったよ。世界ァ殺せたか?」

「一部分だけだが、確実に。……貴女が万全であれば。あるいは太陽の助力を受け、風の助力を受けたのなら──本当に世界の全てを殺し得るだろう」

「風の助力?」

「風は世界に全てを運ぶ。貴女の持つ死を世界中に運び得る。そうとなれば、我らも手を貸すだろう。彼女を楽にしてやりたいと願う同輩は数え切れぬ」

 

 そりゃァまァ、すげェ話だな。

 夜の神さんが遣わした俺に、太陽と風が助力する、なンて。

 

 ……あァまァ、今の今までァ太陽が助力してくれてたし、今現在ァ風の使徒たるセイタスが協力してくれてンだけど。

 

「梓」

「あァさ」

「貴女の死を見て──我も、少しばかりの気力が湧いた。我は飽いたもの。諦めたものであるが──だからこそ、まだ余地を残しているといえる」

「……太陽の使徒を、狙うのか?」

「否。太陽の使徒の因子を取り込んだとして、それでできるようになるのは再誕……新しく生まれ直すということだけだ。我が我のまま強くなるとなれば、同輩を食らう必要がある」

「食らう……」

 

 セイタスの背で、陽光に揺らめく水面を見上げながら。

 

「生存のためには食事が必要である。それは無為な死ではなく、同時に幸福な死でもない。貴女はそれを容認できるか?」

「……あァ。流石に、生きるための食事で相手が死ぬってな、ンなことに駄々こねるほどガキじゃねェさ。それァ仕方のない生存競争だ」

「良い。──では、少々速度を上げる。流されてしまったとしたら諦めて直進しろ。我は今より、狩りをする」

「え──」

 

 言葉を挟む余裕ァ無かった。

 

 今までの航行……俺との旅の中で、ただの一度も出したことの無い速度を。

 自動車──いや、電車くらいの速度ァ出てるぞ。

 

「──同輩よ。我が名はセイタス。これより貴様を食らう者なりて」

「良い。私はヒプオカンプス。呪縛の最中、心の踊る戦に感謝する」

 

 そこにいたのァ、馬と鮫が合体したみてェな化け……魔物だった。

 大きさァセイタスより一回りくらい小せェが、小回りの利きそォな水かきやヒレが厄介そォだな。何より、武器を持ってる。でけェ巻貝だ。アレに刺されたらひとたまりもねェだろう。

 

 つか──喋る、ンだな。

 これから食う相手と。輪廻の呪縛に囚われた同士だから、か? ンなことしちまって……情とか、湧いちまわねェのか?

 

「──!」

「ッ──」

 

 心躍る戦、なンて存在しない。

 勝負ァ一瞬だった。厄介そォなンて思った俺が馬鹿だった。

 

 セイタスァ一瞬にして、更に速度を上げた。

 気付いた時にァ馬の身体が無くなってて、サメの尻尾だけになってて。

 

 振り返り、それもしっかり食らうセイタス。

 一瞬だ。

 文字通りの一瞬で、決着がついた。

 

「振り落とされてはいないだろうか、梓」

「あァ、大丈夫だ。セイタスは?」

「我が負傷したようにみえたのか?」

「いんやさ。いいならいいんだ」

 

 これ自然の摂理、かねェ。

 生きるためだ。強くなるためだ。

 

 食事に口を挟むなんざ野暮な真似ァ──まァ、してきたか。

 今や懐かしき小学校襲撃事件。餓狼とも呼ぶべき飢えた狼たちを殺し続けたあの事件。

 

 まァでも、こっちも生きるための抗いだったからな。

 お相子か。

 

「なら、まだまだ行くぞ」

「あァよ」

 

 そっから。

 人でも変わったかのよォに、見る魔物見る魔物全部に攻撃を嗾けて、それを食らっていくセイタス。

 俺ァその背中で。

 

 魔物の摂理、って奴を──ただ、眺めていた。

 

 

えはか彼

 

 1000は食らった頃だろうか。

 少しばかり冷たい海……海面に降っては融ける雪があるよォな海域に来た頃、セイタスの調子がおかしくなった。

 不調を問うても、大丈夫だ、としか返さないセイタスに。

 俺ァもう動けるよォになっていて──だからこそ、心配になる。

 

 俺の中のセイタスってな、もう仲間だ。

 ラハブは見つかってねェし、他のオリジンにも出会えてないけど──セイタスとはもう肩組んでるつもりでいる。

 それが不調で。

 それが──魔物、なンだから。

 

 ……魔物の病気とか、俺何にもわかんねェぞ。

 

「なァよ、セイタス。そろそろどっかで休まねェか?」

「……それが、我を気遣ってのことであれば、問題はない」

「けどよ……お前、明らかに……」

「問題ない」

 

 絶対ある。冷静メイドの"問題ありません"たァわけが違う。明らかに無理してるし、明らかに不調だ。

 風邪か? 寒くなったからか?

 いやクジラって風邪ひくのか? クジラの常識ァ魔物に通用するのか?

 

「マジで、ほんとに休まないと、そろそろ──」

「貴女だったのね。まさか、とは思っていたけれど」

 

 静かな声。

 凛とした──冷たい声。

 

 それが、前から聞こえた。

 前。

 

 氷塊……違う。

 

 これァ──でけェ、クジラだ。

 クジラの、真っ白なクジラの魔物。

 

「……ラハブ。大きくなったな」

「ええ。セイタス、貴女も。──遠き海より来たりて、近海を荒らしまわり、目に付くすべてを食らう者。私の家族も、いくらかやられてしまった」

「そうか。貴女はもう、番を見つけていたか」

「……もしかして、私を追ってきたの?」

「そうだ」

 

 ラハブ。

 真白なそのクジラ。その目、その声ァ──酷く、冷たい。

 少なくとも旧知に向けるソレではない。

 これは。

 

 敵対者に向ける、感情だ。

 

「じゃあ、殺し合い。しましょうか」

「そうだな」

「え──待て、待て待て! ちょっと待て!」

 

 流石に割って入る。

 当人同士の奴だから割り込むのァ野暮だってわかってるけど、待てよ。待てって。

 

「……何かしら、この子。随分と幼いけれど、貴女の子?」

「友である。そして、世界を殺し得る存在だ」

「へぇ……。それで、セイタスのお友達が、何の用?」

 

 威圧感だ。

 セイタスもラハブもでっけェから、余計に。でもそれだけじゃねェ。

 余計な口挟むんじゃねェって、そォ言ってる。そォ感じる。

 

 けど、けど。

 

「なンで、殺し合いになるンだ。セイタスァ、一度旅に行ったきり戻って来ねェアンタを心配してた。アンタが死んじまったんじゃねェかって輪廻まで見に行くほど心配してたンだよ。それがなンで殺し合いになる!?」

「それが、生きるための唯一の手段だからだ」

「彼女が私の家族を食べたからよ」

 

 即答だった。

 考える素振りすら見せない。

 

「復讐、ってことか?」

「いいえ? あの子がセイタスに食べられたのは、あの子自らが挑み、敗れたから。そこに怒りなんて無い。けれど、私は母親として、他の子を守るために、縄張りに侵入してきた敵を排除する必要がある」

「じゃ、じゃァ出て行くよ! それでいいだろ、セイタス。ラハブァ生きてたンだ。それがわかっただけで、満足だろ。俺への協力とか良いからさ、あの穏やかな海に帰ろうぜ」

「それはできない。梓、貴女も納得したはずだ。生きるための食事で相手が死ぬ。それは、我らの摂理であると」

「別に食わなくても生きていけるだろ! 他の奴で十分に──何も、友達じゃねェといけねェ理由なんざないだろォが!」

「それは同時に、他の同輩でなければいけない理由にもならない」

 

 なるだろ。

 なるだろ!!

 

 ──それは、でも。

 俺の、倫理、か。

 

「幼いのね、本当に。……貴女の大切な友達が傷付いていくのが嫌だというのなら、貴女だけでも離れなさい。私は貴女に因縁をもっていないから、見逃してあげる。精神体は食べても美味しくないし」

「傷付いていくのは貴女だ、ラハブ。我は負けぬ。子を想うのなら、逃げることだ。我はそれを追うが、貴女の速度であれば逃げられるだろう」

「そういう馬鹿なトコ、ずっと変わってないのね。いいわ、昔のように遊んであげる。童心にかえって、殺し合いましょう。ただ、その生存を賭けて」

「ああ」

 

 止められない。

 これはもう、止められない。

 

 友達なのァ事実なンだろう。

 けど、それは。それは、殺し合わない理由にァならない。

 

 群れの一員ではなく──縄張りの侵入者だから。

 

「──じゃァ、せめて。ここで見届けさせてくれ。セイタス。俺ァ、アンタと旅ができて楽しかった。ラハブ。セイタスから話聞いて、どんな奴だろうっていっぱい想像した。──だから、どっちが死んでも──俺ァそれを見届けたい」

「ええ、そうして。それで、あの海に彼女の死を告げに行きなさい」

「ラハブの話はまた聞かせてあげよう。彼女を食らった後に」

 

 そうして──戦闘が始まる。

 

 技術などない。ただ互いにぶつかり合い、食い合うだけの争い。あの海底火山地下で考えたように、どちらが勝ったとしても、どちらもが致命傷を負う──同格の戦い。本来ならば無いはずの牙。魔物ゆえに持つソレが互いを傷つけ、噛み千切り、膨大な量の血が流れて行く。

 

 これじゃあ。

 これじゃあ、どっちが勝ったって。

 

 また一緒に旅をする事も。

 また母親として子を守ることも。

 

 どっちも、できやしない。

 

 どっちも──死んでしまう。

 

「よォ、何やってんだ? アレに巻き込まれたくねーなら、とっとと離れた方が良いぜ。狙ってなくてもどうせ機会は来るからさ」

「ア?」

「おっと、怒んなって。いきなり話しかけたのは悪かったよ。驚かせた。けど、これは心配のために言ってんだぜ? なんせ、あんだけでっけェのの戦いだ。絶対どっちかが死ぬし、勝った方もボロボロ。そこをみんなで襲って、仲良くお裾分けってさ。それで強くなる。な、お前も参加しねーか?」

 

 心が冷える。

 ダメだ。

 それァ、俺が嫌いな奴だ。怒りに任せて相手を殺すとか、そンなのァ絶対ダメだ。

 

 邪魔するな。

 頼むから。

 意識を割かせるな。

 

 あいつらの死を、見届けさせてくれ。

 

「頼むから、邪魔しないでくれ」

「あー、もしかして伝わってねぇ? みんなで分けるから、独り占めはナシだ、って言ってるんだよ。一応この辺はうちらの縄張りだからさ。余所者はちゃんと従ってくれよ。な? 別にあげねえわけじゃない、ちゃんとお前の分も用意してやるから」

 

 うるさい。

 やめてくれ。

 俺をこれ以上ダメな奴にしないでくれ。

 

 お前もそうなんだろう。

 生きるために、強くなるために。漁夫の利を狙うってな、間違っちゃいねェ。いねェから、それァいいから、俺に絡まないでくれ。

 

 頼むから。

 

「おい、聞いてんのカ──」

 

 黒が。

 飛んで、きた。

 

 それァ俺を通り抜けて、俺の背後にいた奴もぶっ潰す。

 

 ……通り、抜けて?

 

「──セイタス!!」

「死んだわ。もう」

 

 ……そうだ。

 別に精神体ァ幽霊ってわけじゃねェ。斬れるし殴れる。それが死やダメージに直結しないだけ。

 それをすり抜けるものがあるとすれば──魔力を何も含んでいないもの。

 

 即ち。

 

「なんか喧しいのも巻き込んだみたいだけど。掃除にはなったでしょ」

 

 死体だけ、だ。

 そうか。

 

 最期に、言葉を遺す、とか。

 何か別れを告げる、とか。ないんだな。

 

 お前は──戦いの最中で、死んだのか。

 そうか。

 

「周りのも! とっとと散りなさい──じゃないと、潰すわよ」

 

 離れて行く。

 周りにいた魔物が。

 俺以外のが、全部。それくらい──ラハブの方が強かったんだ。

 

 そりゃそうか。

 セイタスァずっとあそこにいて、ラハブァ海を旅してて。

 どっちのが強くなってるか、なンて。

 

 明白だった。

 

「貴女もよ、セイタスの友。私は今からセイタスを食べるから、退きなさい」

「断る」

 

 え。

 なんで?

 だって、生存を賭けた戦いで。生きるために抗って、勝ったンだから。

 ラハブにァ、セイタスを食らう権利がある。

 

 じゃァ、なンで今俺、そんなこと言ったんだ。

 関係ないだろ、もう。オリジンの捜索に助力してもらうって名目で、ラハブ探しを手伝って。ラハブが見つかって──セイタスが死んだなら。俺側からの義理なんざないはずだ。

 

 ないはずだろ。

 魔物だぞ。いつか死ぬなんて知ってた。もうセイタスの魂ァ輪廻の根源に行ってるはずだ。もうここにァいない。人間みてェに丁寧に弔っても意味なンかない。これァもう、肉でしかない。

 

「そう。じゃあ、貴女も殺すわ。さようなら、名前も知らないラハブの友達」

 

 巨体が迫る。

 その口が開く。

 

 俺は。

 

 ──セイタスの死体に、飛び込んだ。

 

 急速に戻る。

 身体の感覚が、痛みが、心が、世界と自己の隔たりが。

 

「それは──冒涜よ。そう。何か変だと思っていたけれど、貴女──夜の使徒ね?」

「あァさ、ちょいと──精神体らしいコトをしようと思ってさ」

 

 瞳を開ける。

 そこには、幾分か小さくなったラハブの姿があった。

 

 俺は夜の使徒。

 アンデッドだ。ゾンビさ。

 

 じゃあ──死体くらい、動かすよ。

 

「すまねェな、ラハブ。俺も生きてェからさ。──生きるために、抗わせてくれ」

 

 ごめんな。

 早く眠らせてやりてェのァ山々だし、ホントは、セイタス自身もラハブに食われるのが本望だったンだと思うけど。

 

 俺、やっぱダメだわ。

 理性とか言葉じゃ──自分を抑えられない。ガキだよ。もうおじさんも名乗ってられねェや。

 

「俺は梓・ライラックって名前でさ。世界を殺すために、仲間を集めてる」

「……私はラハブ。貴女が乗っ取った死体の友であり、ここら一帯のハウェル達の母親よ」

「あァさ。ありがとう。んじゃ、連戦キツいたァ思うが──いっちょ殺し合おうか、ラハブ!」

 

 たとえすべてが、意味のない事だとしても。

 この悪逆非道が──あらゆるものへの冒涜だとしても。

 

 ごめんなァ。

 ちょっと、我慢できねェんで。

 

「それは、夜に捧げる祈りの物語。私は救いを否定し、私は終わりを肯定する」

 

 大きく、大きく、大きく。

 産声を上げる。

 

 それはクジラの歌となって、世界に広まって行くのだろう。

 

「さァやろうか。生きるために抗うってンなら、俺ァお前の相手をする。──そして、俺も生きるために抗うから──お前も死力を尽くせよ、風の使徒」

「亡き友の弔いのために、全力で貴女を殺すわ、梓」

 

 さァ──弔い合戦の始まりさ。

 生存競争と行こうじゃねェか、冒涜的に、な。

 

えはか彼

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