動かし方ァ簡単にわかった。俺がそォなったから、そォなる。
勿論クジラの体なんざ動かしたことねェし、その構造の深くを知ってるってなわけでもねェ。けど、俺がセイタスになったから──セイタスァ、俺になった。それだけでいい。
「夜の使徒。もう少し、礼節というものを弁えているものだと思っていたわ」
「魔物に礼節を説かれるたァ予想外だ」
「何、もしかして夜の使徒は、自分たちを特別だと思っているの?」
「いんやさ、すまねェ。ほんの少し前まで化け物だと──言葉も交わせねェ敵だって思ってたから、つい出ちまった。そォだな。風の使徒も、夜の使徒も、そォ変わりァしねェか」
「いいえ。私達には私達の掟があるわ。貴女が今破ったものよ」
あァ、そォなんだろう。
なんなら俺にとっても禁忌だ。既に死んだ奴の体に入って、それを動かす、なンてあり得ない。
ただ。
「こっちが10割悪なのァわかってるからさ。俺の納得のためだけに、俺と戦ってくれ」
言いながら──体当たりをする。
魔力素の結合は解けかかってる。だから速く動くだけで、ボロボロと体は崩れていく。
──あァ、あァ。
そォかい。それだけじゃ、無かったンだな、セイタス。
「なァよ、ラハブ」
「……」
「アンタはオリジンなのか?」
「いいえ。私もセイタスと同じよ」
「ならよ。──もう、とっくのとうに、寿命なんてのァ」
「それ以上はやめて。セイタスの闘いを侮辱しないで」
やっぱりそォなんだな。
セイタスの明らかな不調。そもそも多分、俺が来てなきゃ……あの暗い海の底で、静かに眠り得ていたはずなんだろう。
それを俺が叩き起こして、連れ出して……早めちまった。
あァさ、上から目線だな。
それを選んだのァセイタス自身だ。だからこそ、セイタスァ急いだし、生き残るために戦い続けた。俺を運ぶために。俺に希望を見出だして。
ならよ。
食われ行く体借りてでも、果たさにゃならねェもんがあらァよ。
体当たり。ヒレでの斬擊。尻尾の叩き付け。
ラハブを傷付けよォとするそれらは、しかし自身の体を砕くに終わる。この巨体を繋ぎ止める容積が、俺にァない。
だから、崩れた端から。
「死が……」
「あァさ、よくわかったな。……俺ァ、夜の使徒ってだけじゃねェ、太陽の使徒の体持ってたこともあってね。魔力の扱いにゃ慣れてンだ」
崩れた端から、殺していく。
今の俺に【即死】や【死漸】なンて便利なモンァない。だから、ちゃんと。
太陽を噛まない俺の魔力で、殺していく。
世界の一部を殺した死の魔力。それを、セイタスのためだけに使う。
食い付かれる。噛みつかれる。
痛みァ想像以上だ。食い破られ、噛み千切られて、あァ、痛い。痛いだろうさ。
生きてもいねェのに、痛い。
「どうして──」
「噛まねェのか、って? ハハ、夜の使徒なりの礼儀だよ」
噛みつきァそんだけで致命傷だから、とか。
魔物に食い付きたくねェから、とか。
そんなけったいな理由じゃなくて。
「食事ってな、生きるためにするもんだろ。生きてねェ俺がやっていいことじゃねェ」
ただ、それだけ。
これは夜に捧げる祈りの物語なのだから──そこに、曇りがあってはいけない。
いつか。
いつか、セイタスが俺を諭したよォに。
俺からも、餞ァさせてもらう。
「セイタスが自らの死期を悟って、自身の幸福を遂げたンだ」
なら、そこに。
俺の語った理想ァ、含まれてるはずだ。
セイタスァ俺の意思を食って、自分の最期を見つけたんだ。
なら、それをやるわけにァいかない。俺の一部だった、一部になってたセイタスは、誰にも渡さない。彼女の懇意にしていたラハブであっても、ダメだ。
コイツァもう、俺のだ。
「ラハブ」
ボロボロの体で言う。
限界だ。もう、クジラの形も保っていられない。
「魔物ってなよ、夢ァ見ンのか」
「ええ、見るわ。──私達が、風の使徒でなかったら、と。ただの獣であれたらどんなに、と」
「セイタスも、見てたらしィ。アンタと一緒に旅をする夢だ。アンタと共に、あの海で穏やかに暮らす夢だ」
記憶が流れ込んでくる。
クルメーナ地下で魔物達に起きてたことと同じだ。もうボロボロになってしまったセイタスの脳が、肉体が、ラハブとの思い出を、その美しき日々を教えてくれる。
どんどん抜け落ちて行くけれど、どんどん消え去って行くけれど。
それは確かに、紛う方なき楽しい思い出で。たとえ夢幻であろうと、彼女への想いァ本物で。
いつかともに泳げたら。いつかともに世界を巡れたら。いつかともに、番うことができたのなら、と。
未練だったンだ。
ずっとそれを望んでた。ずっとそれを夢見て、けれど無理だと諦めて。彼女はもういないのだからと、ふんぎりをつけて。ずっとずっと言い聞かせてきた。諦めろと。もし、今からでも動けば。もし、彼女を探しに行けば。
その身が滅びようとも、その身が朽ち果てようとも──会えるかもしれない。
恋慕だ。心の底から、彼女を愛していた。心の奥底から、ラハブを愛していた。
──だからそれは、紛う方なき転機だったンだ。
老いて朽ちて行くだけの身体が、その目が、その感覚が。
はっきりと捉えた──濃密な死の気配。一目でわかった。あれなるは夜の使徒。あれこそが夜の使徒。はじめは自分にもとうとう迎えが来たものだとばかり思ったけれど、その死は明らかに幼かった。何者かを問えば、珍妙不可思議に発声を用いて意思の疎通をする、小さな小さな精神体。
夜の使徒は、世界にはいない。何故ならそれらはすべて死者であり、己らの悲願であり、その全てが冥界にいるのだから。
だから、いない。いないはずの夜の使徒。
それがいて──その使徒から、懐かしき彼女の匂いを感じて。
まるで。
──暗い海のそこで眠りに就いた時に訪れた、夢の中のような。
元気にしているのだろうか。我の記憶から彼女の姿を読み取り、「流石にこの大きさは困るな」、などと呟いていた彼女は。
あぁ。それも、けれど泡沫の夢。我はすぐに目覚めて、それから一度もあの夢を見ることは無かった。
彼女が旅立つ時の夢をよく見る。
広い世界を見てみたいの、と。貴女はそう言っていた。危険も承知、道半ばで朽ち果てるかもしれないなんて覚悟は既にできている。だから──北へ。冷たい海の方へ行って、自身より白いものを見るのだと、そう、楽しそうに語っていた。
渡り鳥から聞いたのだという、純白の世界。
そこに行ってみたいのだと。
彼女は。
我を、誘ってくれた。
──結局、断ったのは我だ。結局その運命を拒否したのは、我なのだ。
ああ。そうだ。
だから、今度こそは、その転機を掴みたかった。
老いていく身体など考えないで良い。朽ちていく身体などどうでもいい。
夜の使徒よ。死者でありながら、同輩であり。
同輩でありながら──世界に求められる何者かよ。
我は貴女を利用する。
我は貴女の純粋さを利用する。我は貴女と共に旅をしよう。
未練を残して朽ち果てるより。
すべてをやり切って、幸せの中で死にたい。
「我は貴女が思っているよりも悪しき者だ。貴女が抱いている純粋なる期待。希望。あるいは友情。我に向けられるべきでないそれを、貴女は惜しげもなく与えてくれる。我に貴女の求めるものを探す気などない。我にはもう時間が残されていない。だから──貴女の運命を、我は利用する」
「梓、貴女」
「貴女はとても数奇な運命の下にある。定められた寿命よりも先に死ぬもの。それらを集め、それらの想いを遂げさせる、世界中のどこを探しても──そこまで悲しく、そこまで美しい運命は存在しないだろう。我にはそれがわかった。我には貴女の死がなんなのか、わかった。だから。だから」
──だから。
貴女と共にいれば、必ずラハブに会えると。
そう、確信したのだ。
「──ありがとう、梓。最後まで見守ってくれて。貴女がいなければここへは辿り着けなかった。貴女が来なければ我は深い海の底で死んでいた。我を奮い立たせてくれて──ありがとう」
そこで。
記憶は、終わりだ。
……ったくよォ。
折角愛しの彼女に出会えたンだから、俺の事なんざ考えてねェで──ちゃんと前向けよ。
「ラハブ」
「ええ」
「愛している。昔も、今も。──だから」
「だから、戦いましょう。私達は風の使徒。その記憶が継承されないのだとしても、私達は最後の最後まで共にある。私達はいずれ朽ち果て、老いさらばえるけれど。いずれまた、再会できる。いずれまた、すべての記憶を失っていても。──私は貴女に会うから」
「ありがとう。──ラハブ。我は夢を見るよ。あの穏やかな海の底で、貴女と出会った時の事を。貴女を愛した日々の全てを。我は貴女に──託すよ。我の大切な、もう一つの縁を」
セイタスの身体が、止まる。
もう無理だ。無理矢理動かすにァ限度がある。あとはもう、冷たい水底に落ちて行くだけ。
戦闘の終わった気配でも感じ取ったのだろう、少なくない数の魔物が寄ってくる。
それを。
「何。アンタ達、私の得物を横取りする気? ──まだ生きていたいと思う心が欠片でもあるなら、散りなさい。でないと──食い殺す」
ラハブが、その殺気だけで退けた。
……落ちて行く。
真っ黒な身体が、冷たい海を落ちて行く。
そうして──海底に辿り着いて。
あァ、もう読み取れない。
セイタスの記憶ァもうわからない。脳の劣化が激しい。あァ。あァ。
「食べなさい」
「……まァ、そォなるよな」
「彼女の気持ちを汲むのなら。私も、貴女も、彼女を食べ尽くす義務がある」
寄ってきたラハブが言う。
周囲にァ彼女の子なンだろゥハゥエル種が集い、心配そォにこっちを見ている。あァ、周囲警戒してくれてンのもいるな。
冷たい。
まだ、冷たいと。
そう思えるうちに。
「死とは喪失ではなく、誰かの糧になるものよ。夜の使徒。悲しみではなく、その愛に応えることを臨みなさい。命尽きるその時まで、彼女を覚えておきなさい」
「あァよ。忘れねェ。忘れることだけァしねェ」
セイタスの身体から、出る。
そンで。
朽ち果てたその巨体に──口を付けた。
「……あァ、いけねェ。忘れるとこだった」
一度、離して。
ぼんやりとした精神体たる身体の、両手を合わせて。
神さんに祈るよォに、言う。
「いただきます」
俺ァ、その日。
ラハブと、その子供たちと共に──セイタスを食った。
その身を、骨を、全てを。
静かな、静かな夜だった。
「オリジンをな、探してンだ」
「何故?」
「この世界を終わらせよォとしてる奴らがいる。だから、そいつらを倒さなきゃならねェ」
「……。そう。オリジンなら、この先に見える氷山。その真下にいるわ」
「あァ。ありがとう」
翌日。
海上ァ吹雪いちまってて視界が悪いンで、海ン中で。
ラハブにァほとんど傷はない。俺も何も消耗していない。
どころか──少しだけ。
精神が、回復したよォな気がする。
痛みが減った、が正しいか。
「世界を殺そうとしているのに、世界の終わりを止めに行くの?」
「ただ終わらせるってンなら静観もしたけどな。──新しい世界作るための材料として世界を終わらせる、なんてなったら──そりゃ、止めるだろ」
「……それ、そっちの世界に、私達は行かされるのかしら」
「わからねェ」
「もし、私達の誰もが行けないのだとしたら」
「オリジンが協力してくれるかどォかはわからねェ、って?」
「ええ。──私達は生き残るために互いを食い合っているけれど、その先に求めるのは、全種族の死だから。もし、巻き込まれて終われるなら、と。そう断る子も多いと思うわ」
「あァさ、それでいいよ。初めからアテ無し旅だ。情報、ありがとな」
そう言って。
俺ァ、ラハブ達の元から、去った。
彼女には家族がある。俺についてくるこたできねェ。
また、1人になった。
また?
……1人になったことなンて、無かったよ。ずっとずっと誰かいただろ。ずっとずっと、誰かと出会えていた。
丁度いいか。
1人になったことだし──念動力ってなの練習もしておこう。
魔力をいい感じに操れたらできるってなわかってンだ。イメージァあの演習での精神体。
泥を丸めて、飛ばす。ただそれだけの、とても強力な攻撃。
「……うーん。そもそも遠隔魔法の感覚ってながわからねェからなァ」
体外に出た魔力を操る、って感覚が、よくわからねェ。
水みてェに飛ばす、ならまだしも、完全に自分から千切れたモンを操るってなどォいう感覚なンだ。
たとえば。
身近なモン……えー、ラジコンとか? コントローラー握って、電波で走らせる……うーん、魔力ってそォいうモンじゃねェんだよな。
単純に飛ばすだけなら、できる。けどそりゃただの魔力で、【即死】や【死漸】のソレじゃない。マジに魔力を飛ばしているに過ぎない。
うーん。
「魔法。魔法ね。……魔法って考えるからダメなのか?」
結局魔法っつーのァ、太陽の力あってのモンだ。前やったみてェに無理矢理使えねェこともねェんだけど、やっぱり魔法ァ太陽の領域で、風や夜のモンじゃねェ。
風ァ巡り続けることが領分だとして──やっぱ夜ァ、死だよなァ。
死。死を……振り撒く?
あー、それァなンか夜の使徒ってより、死神みてェだ。それァどっちかっつったらアンゲルだな。お迎えなンだから。
……俺もなンか武器だの鎧だのを纏うか?
コアってな無ェが、鎧騎士や鎧武者みてェなことァできるんじゃねェかな。
「無理だな」
うん。
あーいうのァ純粋な戦士だからこそできることだ。俺ァ剣だのダガーだのを使ってきたけど、あくまで護身用っつか、死飛沫を飛ばしたり防御するためだけのものでしかなかったからなァ。【即死】と刃物の相性が良過ぎた、ってだけの話だ。
じゃァ、今の俺に合ってるもの、つったら。
銃弾を一つ、手の内に形成する。
魔力で作ったモンだ。それァすぐに解けそうになるけど──その前に。
デコピンで、飛ばす。
「……没。弱すぎる」
それァ5m行くか行かないかくらいで完全に解けちまった。
ぬぁー。
最終手段ァまァある。死を解放すれば、世界ごと周囲を殺す事ァできるだろう。できるだろうけど、俺もかなりのダメージを負う。回復しないダメージだ。そろそろマジに使用を控えるべきなンだろォけど、もう保身ァしないって言ったしなァ俺。
……逆に。
飛ばさなくても、いいンじゃねェか?
飛ばそうと思うから──おかしくなるンだ。
死の魔力を纏う事自体ァ特に負担ァ無い。まァこれに触れた所で【即死】させられるほどの濃度じゃねェんだけど、死ァ死だ。
いや、もっとか。
纏う必要ァない。だって俺精神体だし。
だから──自分の体内に入った腕だの足だのを死に浸けるだけで、十分なンじゃねェか。
いやいや。
またそォやって楽な方向に。
ちったァ頑張れよ、俺。
「……あるいァ、式鬼とかか?」
試す。
魔力で水に文字を書く。
──ふむ。
反応なし。やっぱり着物狐が特別なンだな。
さて。
「無策で行って失敗したばっかだけど──性懲りもなく、行きますか」
だって考え付かねェんだもん。
馬鹿の考え休むに似たりってな、俺ァ馬鹿の自覚あっからよ。休んでる暇あったら行動だ行動。
あっちの氷山の真下、だったな。
行ってみようじゃねェの。さてはて、どンなオリジンがいるンだか。
話が通じるヤツだといいなァ。
通じなかった。
「ちょ──ちょっと待て、待てよ。何も殺しに来たとかそォいうワケじゃねェんだ、話くらい聞いてくれよ!」
「黙れ、夜の使徒め。どのような手段で現界しているのかは知らぬが、どのような手段であってもろくなものではあるまい。消えろ。殺せぬことは知っている。故、立ち去れ。去らぬのであれば、その身を永遠の氷の中に閉じ込めてやる」
「なンだよ、夜の使徒差別かよ! いーだろ別にいても! 何も害ァ無ェよ、悪い夜の使徒じゃねェよ俺ァ!」
「害が無かろうと、悪しくなかろうと、死の匂いは気に障る。帰れ。何ぞ用があるのだとしても、他を当たれ。こちらは今気が立っている」
でけェ蛇……だ。犬の頭の。
ウミヘビ、になンのかね。けど、その威圧感ァ半端じゃねェ。見るからに、明らかにオリジンって感じの魔物。
ただなンか相当お怒りモードだったらしい。タイミングが悪かった。
こりゃ出直すべきか。
さっきから飛んでくる氷の礫ァ俺の身体を潰して穿って貫きまくってンだけど、まァダメージァ無い。
単純にその嵐みてェな攻撃のせいで話し合いにならねェってだけだ。いんやさ、どォそうたモンかね。
「あァよ、一応名前聞いてもいいか! 俺ァ梓・ライラックっつーモンだ。ワケあってオリジンに助力願ってる!」
「そうか。こちらはクトウという。それでは去れ」
「ん-話が一切通じねェのァ久しぶりだ! けど自己紹介ァありがとよ! んで、どーしても無理か!」
「無理だ。他を当たれ」
「んじゃ他のオリジンの居場所教えてくれよ! そこ行くからさ!」
氷の礫が止む。
ふゥ。
いや別に痛くもないンだけど、身体が物切れになったり顔面ぶっ潰れるのァ普通に怖いって。
「ここから更に北の海底に、大きな洞窟がある。そこになら、お前の力となれる者もいるだろう。だから去れ。疾く去れ」
「わーった、わーったよ。邪魔して悪かったな。んで情報ありがとさん!」
「──此方の気が落ち着いたら、訪れると良い。今は無理だ。さらばだ、夜の使徒」
「あァよ、元気でなクトウ!」
そそくさと去る。
こえーって。でも悪い奴でァないっぽいな。
今ァマジでタイミングが悪かったって感じか。なンかあったンだろうな。友達が死んだとか、そォいうちょいと死に敏感になっちまうよォな出来事が。
ふゥ。
で、ええと。
北の洞窟、だっけ?
……そこにァ話の通じる奴がいると助かるンだけど。
通じなかった。
「──皆、早く逃げろ! ……何をしに来た、夜の使徒。ここに死者はいない。これより死にゆく者もいない。お前の求めるモノなど何も無い。故に、去れ」
「いんやさ、別に死者もこれから死ぬモンも求めてないンだが」
「ならば──私か」
海夜叉って奴かね。
大きく反ったでっけェ刀を持った夜叉だ。それが、鋭い眼光で俺を睨んでいる。
背後にァいくらかの魔物。オリジンのくせに、っつーとアレだけど、家族がいるンだなァ。
そンで──俺ァ、歓迎されてませんよ、って。
うーん。
「なァ、なンでそんなに俺を嫌う?」
「嫌っているわけではない。──だが、現世に現れぬはずの夜の使徒が現れ、世界より魔力が消えつつある──それは、終わりを意味する。私達はただ今を必死に生きているだけだ。その先に死があるのだとしても、今の堆積を失うわけにはいかない。夜の使徒よ、そうも死を纏う精神体よ。──お前の存在は、私達を酷く刺激する。もしお前に良心というものがあるのであれば、ここから立ち去ってほしい。今、この世界に生きる同胞はすべて、気を立てている。それを理解しろ」
「……あー、じゃァ、他にオリジンのいそォな場所教えてくれねェか。海ン中じゃなくてもいい」
「……東に、幾つかの島の重なった群島がある。そこに、比較的穏やかな気性を持つ者がいた覚えがある」
「あァ、ありがとよ。ちなみに名前ァ聞けねェか? あァ、そいつのじゃなくて、アンタの」
「マフクだ」
「ありがとよ。俺ァ梓だ」
「そうか」
ここも、ダメか。
でも名前ァ教えてくれるンだな。
なんつーか、魔物ってもっと獣獣してると思ってたけど。
セイタスやラハブだけじゃねェ、どいつもこいつも、なんぞ律儀っつーか。
あの戦いの際に声かけてきた奴も一応礼儀ァあったし。
なんか。
「……群島ね。んで、比較的穏やか、ね。そりゃ、なんつーか」
また話ァ通じそォにねェなァ、って。
案の定だった。
「夜の使徒か……全く、次から次へと……」
「もう、面倒だわ。全部枯らしてしまうのはどう?」
「それをすると、周囲の木々にまで被害が出る」
3人……でいいのかね。
ヒトガタの魔物。天女みてェな格好。あれだ、竜宮城にいそォな感じの奴。それが、3人。
「あー、アンタら、不躾で悪いがね、名前教えてくれるか」
「魃」
「罰」
「跋」
「おォすげェな。姉妹か。俺ァ梓・ライラックってンだけどよ、ちょいと協力者を探してて──」
答えァ、熱射だった。
……なンじゃいそりゃ。
レーザービーム? ハイテクが過ぎる。ンなちっちぇェ鏡三つ合わせたところで出せるモンじゃねェだろ。
「帰って……もう、疲れた……」
「貴女に恨みはないんだけど、消えて頂戴。普段なら少しは話を聞いてあげられたかもしれないけれど、今は無理なのよね。面倒だから溶けてくれないかしら」
「夜の使徒。貴女が現れたという事は、やはりそういうことなのかな」
「何がそォいうことなンだ。いや全く俺ァ何にも知らねェんでよ、教えてくれねェか。なンでアンタら。いや、アンタらだけじゃねェ。この辺にいるオリジンみんなに声かけてきてンだけどよ、全員が全員門前払いだ。気が立ってるから今ァ無理、ってな。だから、理由を教えてくれよ」
「夜の使徒に……話すことは、ない……」
また熱線。熱風。
これァダメだな。一旦離れて考え直すべきか。
「……じゃァよ、アンタらの知ってる中で、一番穏やかなオリジン。そいつの居場所を教えてくれ」
「……」
「……」
「それなら、あっち。あっちにある島の密林の中に、スーグとシュジという一対のオリジンがいる。彼女らなら、きっと話を聞いてくれるはず」
「あァさ、ありがとな。んで、迷惑かけて悪かった。達者でな」
ふゥ。
島を去る。
なンだかなァ。
多分だけど、なンかあったンだろうな。それで、よォやっとそれを排除したってのに、そこに夜の使徒がのこのこやってきて……みてェな。
そいつが何なのか知らねェけど、迷惑な話だ。
「で、密林か。……ちょいと恐竜島を思い出すな」
さて、はて。
今度こそ──ゆったり喋ってくれる奴だといいンだけど。
──燃えていた。青く、青く。
密林が、その木々が、すべて。
「……夜の使徒? くそ、こんな時に……」
「あァ待て待て。俺に害意ァ無い。それよか、なンでここァ燃えてンだ。敵襲か?」
それァ、でけェ虎だった。
長い尾の虎。けどなんつーか、理知的? すげェ凛々しい顔してる。魔物の美醜なんざわかんねェけど、イケメンって感じ。でも魔物だから雌なンだろうな。麗人、みてェな?
「……まぁ、良いだろう。そうだ。最近各地を荒らしまわっている魔物がこの島にもやってきた。それは木々に火を放ち、我らを攻撃してきた。今はその対処に追われている。火も消さねばならないというのに……」
「アンタ、名は? シュジか? スーグか?」
「シュジだ。……バツの3位から聞いたのだな」
「あァよ。俺ァ梓・ライラックだ。で早速なンだが、その敵の位置ってなわかるか? 俺がどォにかするからよ、アンタら火消しに尽力しな」
まァ殺せるかどォかってなおいといて。
相変わらずうまく使えねェ念動力で水をどォにかするより、敵ってなをどォにかする方が俺にァ合ってるだろ。
「……今は、スーグが奴と戦っている。島の中心に高い樹木があるのが見えるか?」
「あァ。あれの上か?」
「そうだ」
緊急事態だろォに、こっちを夜の使徒だと認めて、ちゃんと喋ってくれる存在。
こいつを逃すわけにゃいかねェ。
なンで、どこのどいつか知らねェけど──ちょいと黙ってもらおう。
空へ上がる。
うわァ、ひでェ。
森の大部分が燃えてやがる。この青々とした炎ァ見ててまだ慣れねェけど、無い肌に感じる熱量がその悲惨さを物語っている。
で、上だったな。
樹上。
中心のでっけェ木の──上。
いた。
シュジと同じくらい大きく、似たような虎の姿に長い尾。なるほど、一対ってなホントらしい。
違うのァ色合いか。シュジァ白と黄色のザ・虎って感じだったけど、こっちァ結構カラフルだ。
んで──それに敵対してンのァ。
「──いんやさ」
急行し──その間に入る。
立ちはだかる。
あァさ、ちィとァ予見してたよ。
火って聞いた時点で、もしや、ってさ。
「何やってンだよ」
「──ク」
そこに、いた。
いつものよォな着物姿は破れに破れ、その獣の手足を晒し、幾本もの尾を展開した──女性。
「着物狐」
全身に炎を侍らせる大妖怪が、そこにいた。