遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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82.韻地迂員泥具羅須爛土.

「夜の使徒──」

「あァ待て待て。俺ァ梓・ライラックってモンでよ。森ン中にいたシュジから話ァ聞いてる。俺ァコイツをやっつけにきたンだ」

「……どうやら、嘘はないらしい」

「あァよ」

 

 シュジを随分信用してるみてェだな。 

 まァそォいうのァ後にして。

 

 向き直る。

 

「よォ、着物狐。何やってンだよ」

「ク──ククク」

「あン?」

 

 ……様子がおかしい。

 あれか? 宙の莽で、なンかされたか?

 

「……スーグ。密林の火消に回ってくれ。コイツァ俺が責任を持って止める」

「いいだろう。任せたぞ、ライラック」

 

 へェ。夜の使徒、じゃなく。

 すぐに名前でよんでくれンのか。そりゃいいね。よォやく良い奴に出会えた。

 

 樹を飛び降りるスーグ。

 それに向かって炎を飛ばす着物狐。──まァ、させねェよ。その程度の魔力なら、この希釈された死の魔力でも掻き消せる。

 

 あァ。

 どォやら正気じゃねェと見た。

 

「俺が分かるか?」

「ク──先ほどから、随分と馴れ馴れしい夜の使徒──それ以外に何かあるか」

「あァそォかい。記憶が奪われちまってると」

 

 疑似【槌憶】か。

 そりゃ厄介なことで。

 

 あァ、魔煙草が恋しい。

 

「お前さん、名前ァ?」

「ジャカン」

「……あン?」

 

 ん。

 誰だ、それ。

 

「ナリコ、じゃねェのか」

「誰だ、それは」

「あー」

 

 ……似てるが、別人……別物ってことか?

 そォいや確かに、着物狐って火を扱いァするけど、こォも大炎上ァさせねェんだよな。なんでってアイツが火に弱ェから。

 こォまで燃えてると、自分の身代わりや式鬼にも燃え移っちまって、アイツの力ってな半減も良い所だ。

 

 疑似【槌憶】で記憶を奪われて暴走している、とかじゃなく。

 マジに別の狐の魔物か。

 

 と、なると。

 

「あァ、すまねェ。勘違いだったみてェだ。俺ァ梓・ライラックってモンでよ。ちょいと俺の目的に邪魔なンで、この辺荒らすのやめてくんねェか?」

「クク──従う必要性を感じぬな。たかだか夜の使徒一匹に、儂がどうして退かなければならぬというのか」

「あァそォかい。んじゃ、ちょいと殺し合おうか。魔物らしく、生存を賭けてよ」

 

 はン。

 いいよ、それで。

 

 我が生き、強くなるために。

 貴女の命を奪おう。──って。セイタスの記憶が、まだ残ってンなァ。

 

「たかだか精神体に、何ができる?」

「たかだか精神体だからよ。──例えば、お前の中に入る事もできるのさ」

「──」

 

 豪炎。

 立ち昇る青が、全身を焼き尽くす。

 けどそれ以上のレーザーくらっても平気だったしなァ。いんやさ、精神体サマサマってことで。

 

 突っ込む。

 時に、愚策で愚直な作戦こそが功を奏す事もある。

 今がまさにそれだ。

 

 見るからに素早そうだからな。

 相手が目晦まし放ってくれたンだ、便乗するしかねェってな。

 

「ッ、いねェ!?」

「クク……甘いわ」

 

 炎を突き抜けた先。

 そこには、いるはずのジャカンがいない。そしてその声ァ真上から聞こえた。

 真上。

 

 きらりと光る──鋭い尾。

 その切っ先が、上から下まで、俺を串刺しにする。

 

「ほう?」

「──あっぶねェな、オイ!」

「クク──精神体故にと、油断していたとばかり思っていたのだがな。存外、聡いものだ」

 

 串刺しにァならなかった。既の事で避けたから。

 その尾にァ、多分な量の魔力が込められていて。

 

 ──その魔力ァ、俺の死の魔力と似た──メラメラと燃える魔力。

 アレ、ダメだ。当たったら──内側から燃やされる。

 

 そォだった。

 精神体ってな、遠隔魔法少女なら普通に対応できる魔物だ。

 だから──もし、相手がそれに類するモンを使うンなら。

 

 俺ァちゃんと避けねェと、普通に殺される。

 

「ハ──ハハハ!」

「クク、どうした。恐怖でおかしくなったか?」

「いや、いんやさ! ありがとうよジャカン! そォだ──足りなかったモンァこれだ!」

 

 沸々と煮え上がるものがある。

 ぐらぐらと煮えたぎるモノがある。

 

 俺にずっと付き纏っていたもの。魔法少女だった時ァ、常に近くにあって、それを必死で避けていた。そうだ。そォさ。俺ァ──死にたくなかったし、殺されたくなかったし、奪われたくなかったし。

 そうだ。そうさ!

 これだよ。

 

 俺ァこォじゃねェと──ハハ、乗れねェんだ。

 久方ぶりにさ。

 

 調子にさ、乗りてェだろ。なァ。

 しんみりもしっとりも俺にァ合わねェよ。笑え、笑え笑え。

 

「──すまねェ、ゴミみてェな心持ちで臨んでた。もう殺せねェって、ハハ、馬鹿みてェだよな。何上から目線で言ってンだよ。どォせそんな魔法ァ持ってねェんだから──ハハハハハ!」

「ク、笑うか。死を前にして。夜の使徒──邂逅は初だが、全てがこのような狂気に苛まれているのか?」

「馬鹿が。今から死合うンだぜ? 笑わなきゃダメだろ。じゃねェと、互いの手向けになンねェからよ!」

 

 ぐ、と。

 それを掴む。

 

 何も無い虚空。

 そこにできた罅に手を突き入れて──引き出す。

 

「……それは、なんだ」

「なんだろうな。俺にもわからねェ。ただ、使い方ァわかる」

 

 色ァ黒。中心に骨のような白が入っている、蛇行剣。

 マッドチビ先生に作ってもらった大剣でも小剣でもねェ。勿論義手のダガーでもねェ。いつ入れたかなんざわからねェそれァ、けれど確かに引き出した。

 俺の亜空間ポケット。

 レーテーを解さぬ、俺が開いた亜空間の中にあったモンだ。

 

「銘を、苦理主(クリス)──俺が持つべきじゃねェ、ただ苦痛を与えることだけを目的とした武器さ。ハハハ──俺が一番嫌いな武器だ。殺すためでなく、勝つためでなく! 傷をつけるためだけの武器だ」

「何が楽しいのかは理解できぬが、いいだろう。ちと、相手をしてやる。お前を殺した後、あの2匹も仕留めよう」

 

 クリスを構える。

 手になじむ剣だ。同時に──あァ、これァ、俺の剣だってわかる。

 俺のエゴの結晶だ。殺したくない。けど殺されたくない。だから──もォ立ち上がれねェよォに、痛めつけるためだけの剣。ハハ。ハハハ。

 こんな残酷なモンが、俺の本質か。

 

 いいね。

 いいじゃねェか、そりゃ。

 

 飛んできた炎の弾を切り裂く。

 薄いが、死の魔力ァ浸してある。わかってる。これじゃァ本命ァ切り裂けねェ。で、それがなンだ。

 生身であった頃に、ンなこと一回でも恐れたか。

 

 逆袈裟に切り上げる。

 それァジャカンに届くことァなく、けれど飛び散った死飛沫が彼女の尾の先、その毛先を掠め──殺した。

 はは。ハハハ。

 それもちゃんと機能するンだな。

 

 いーよ。 

 もう、知らねェ。【即死】も【死漸】もねェのになンでか使えるコレを。

 俺の運命とかいう、意味の分からねェもんを。

 

 存分に使ってやらァ。

 

 ──右から尾が来る。魔力の籠ったドリルみてェな尾。

 

 知らねェ。

 そのまま突っ込んで、斬る。

 

「クク、流石は夜の使徒だ。死者であるが故に、死を恐れないか」

「あン? 馬鹿言え、死ァこえーよ。死にたかねェよ。けどそれァ、俺が死を恐れる理由にァならねェ」

「言っている事が無茶苦茶だな。自覚も無いと見える」

「ハハ、うるせェな。死ぬからなンだよ。死が怖ェンならとっとと逃げてるよ。死にたかねェンなら空でも飛んでこんな島見捨ててるよ。──馬鹿が、俺ァやんなきゃなんねェことがごまんとあるンだ。てめェ程度怖がってられるかよ」

 

 そォさ。

 構ってられねェんだよ。折角話の通じそうな奴ら見つけたってのによ。着物狐なンじゃねェかってちょっと期待したのによ。

 ハハ。

 八つ当たり結構。

 

 俺に正当性なんざ期待すンじゃねェよ、正義も大義もねェんだよ。

 初めからずゥっと言ってるだろ。

 

 俺が嫌だから、嫌なンだよ。

 

 炎纏う前足をクリスで受け止める。

 剣を素早く引けば──そこに傷ができる。外皮を切り裂くァ死の魔力。肉を切り裂くァ波打つ剣。

 それを振るうァ夜の使徒──生者に仇為す死者。禁忌たる存在さ。

 

「いいぞ──良くなった。その目は、良い。追い払うなどでなく、撃退するなどでなく──それは、傷つける者の目だ。それならば、儂のやる気もでるというもの」

「あァよ、なんだってこの辺を荒らしてやがんだ、てめェ。そのやる気が関係あンのか?」

「答える義理はないが──いいだろう。クク、何、単純なコト。オリジン──儂らはそう呼ばれている。なれば、それらが食い合えば。細々とした小さきもの達が輪廻を繰り返すよりも速く、その頂きに辿り着ける。そうは思わぬか?」

「だからオリジンのいるとこに仕掛けまくって、結局撃退されてンのか」

「クク、何、仕掛けはもう終わっている。──お前を殺し、スーグとシュジを食らい──再度あれらの元を訪れたのなら、最期。仕込んだ火種は燃え上がり、奴らは儂の餌となろう」

「あー、そりゃ残念だ。まず第一目標が達成できねェ。──俺ァ殺せねェよ」

 

 斬りかかる。

 技術なんざ欠片もねェ。LOGOSの中でちっとお嬢に手解きうけたくらいだ。そんなンじゃどォにもならねェこた知ってるよ。

 

「クク、幼稚、幼稚。儂を捉えるには千は早かろう」

「承知の上!」

 

 斬り上げる。届いてすらいねェのを、死飛沫使って届かせる。

 それァけれど火に阻まれ、雲散霧消。そこに突っ込んで、今度ァ突き。柄を右手で掴んで、左手のひらでグイと押し込む。

 避けられ、反撃される事を見越して、右足を上げてのバックハンドスプリング。

 それァ確実にジャカンの腕を捉えるが、そんだけじゃ意味ねェ。俺の足が負けちまう。

 

 だから、流す。

 右腕の中から右足の先に向かって、クリスを流して、突き出す。

 その切っ先がジャカンの鋭い爪の一本を斬り落とした。ケ、爪切りにしちゃ物騒だがな。

 

「ッ!」

 

 退いたジャカンに、追撃。左足で踏み込んでの回し蹴り。無論、打撃する方の足にクリスを流し、リーチも伸ばす。死飛沫が飛び散り、それを受けた尾のいくつかがぐったりする。……死ンじゃいねェが、体力ァ削れてるな。

 

「ク──精神体の癖に、妙な戦い方をするものよ。まるで、太陽の使徒を相手にしているかのようだ」

「へェ? したことあンのか」

「クク、昔な」

「ちなみに聞くンだがよ、そいつの名ってなわかるか?」

 

 クリスを右手に戻す。

 いいね、体内を自在に動かせるのァでけェ。

 やろォと思えば目ん玉とかからも突き出せるなこりゃ。まァ目ん玉なんざないンだけど。

 

「クク、確か──アールレイデ、と。そう名乗っていたか」

「──へェ」

 

 さっき斬り落としたジャカンの爪。

 ……ふむ。

 良い形状だ。

 

「そりゃ、いいね。ちなみに速かったか? それとも重かったか?」

「どちらでもない。ク、すぐに食い殺した故、どうであったかなど覚えてはおらぬ。……時に、何故儂の爪をしゃぶっている?」

「ン。あァ、なんぞ吸いやすい形状してたンでよ。最近ずっと口が寂しかったンだ」

「成程、夜の使徒とはこうも狂っているのか」

 

 吸う。

 ……まァ、味ァ魔煙草にァ全く似てねェけど。

 多少の魔力が籠ってる。いいじゃん、代わりになるじゃん。じゃんじゃん。

 

 ま、一旦飲み込むか。吸うにしても後でだな。

 

「ん、てこたよ、ジャカン。アンタ結構長生きなのか?」

「クク、そうなるな。千は越えようぞ」

「へェ。いいね。ちなみに俺ァ14だ。もうすぐな」

「──幼子も幼子か。夜の使徒に年齢など、何の意味があるのかわからぬが」

「そりゃ確かにそォだ」

 

 死者の年齢なんざ、どーだっていいか。

 

「で? どォだ、ジャカン。一応聞くけど──退く気にァ、ならねェか」

「クククッ、なんだその問いは。まるで退いてほしいと──そう言っているように聞こえるぞ」

「そォ言ってンだわ。平和に行こうぜ。アンタがこの辺荒らすのやめたら、俺もやりてェことできンだよ」

「そういうのであれば、その剣をしまうがいい。死の浸された剣をしまい、その身を儂の前に献上せよ。さすれば退いてやろう」

「注文が多いなァ。まァその注文ァ受けられねェんだけどさ。さて、じゃあ」

 

 クリスを上段に構え──踏み込む。

 振り下ろす。

 

 剣道も学生の時やったはずなンだがね。ぜーんぶ忘れてら。

 ハハ、で。

 

 どォだよ。クリスを受け止めて。

 

「──囮か」

「まァなァ」

「然り」

 

 その尻尾、全部を。

 シュジに噛み千切られた──その感想ァ。

 

えはか彼

 

 ジャカンは、ク、クク、と。

 流石に弱弱しくなった足取りで、しっかりと距離を取る。

 流れ出でる血液ァすさまじい。この樹上を赤で染め上げて行く。

 

 俺如きの攻撃じゃねェ、オリジン同士のぶつかり合いで、完全なる不意打ちだ。

 そのダメージってな、計り知れねェだろ。

 

「ク……成程、火を、消し終わったか」

「これほどに十分な時間があるのならば、我らで海水を運ぶ程度ワケは無い。ライラック。後は我らに任せよ。これなる侵入者、我ら一対でどうとでもなる」

「あー。……そォしたいのァ山々なンだがよ」

「来たぞ、シュジ。そして、ライラック。……ふむ。形勢は逆転しているらしい」

 

 気が付けば、火ァ消えていた。

 まァ消えてるの気付いたからあンな大仰な踏み込みで斬りに行ったンだけど。絶対どっかでどっちかが隙窺ってるだろォって読みでな。

 それァ大正解で、来なかった方のスーグも現れた、と。

 

 もォ無理だ。

 俺らを相手すンのァ、無理。それくらいァわかるンだろう。わかってるンだろう。

 

 けど──ジャカンは、笑う。

 あァ。そうかい。死地にて笑うか。

 

「クク──良い。これほどの傷を負ったのはいつぶりか。良い、良い。──ククク、この場で今、儂を最も理解しているのは、皮肉なことに夜の使徒のみか」

「何?」

「スーグ、気を付けろ」

「……」

 

 さっき体内にしまったジャカンの爪を排出し、また口に入れる。

 でも、吸うンじゃなくて。

 

 ──噛み砕く。

 

「死にてェか」

「ク。……無論、死にたくはない。だが──ここで逃げて、何になる。儂の目的はもう果たされん。ならば次に託すべきだ。そうだろう?」

「……あァ」

 

 バリボリと、歯も無ェ口で爪を噛み砕く。食らっていく。 

 魔力素の結合が失われたその爪ァ体内で解けて、俺の一部になる。

 

 セイタスと、同じ。

 

「シュジ。スーグ。すまねェ。アンタらにァアンタらの都合があると思うし、恨みつらみもあンだろうけど──ここァ俺にやらせてくれねェか」

「……だが」

「良い。シュジ、我らは下がろう。そして、ライラック」

「ん」

「──慈悲とは、我らにおいて、最も無駄な感情と知れ」

「あァ。この前知ったよ」

 

 なら、いいと。

 シュジとスーグァ、下がって行く。見守っていてァくれるンだろォ位置で、けれど手を出さない位置で。

 

 ハハ。

 もうわかってるよ。

 もうわかってンのさ。

 もう──ちゃんと、理解してる。

 

「──島から追い出すために。棲み処を燃やされた復讐のために。縄張りを荒らされたがために。──()()()()()()殺されちゃ、お前の理想ァ果たせねェよな」

「是」

「1つ、聞いておくぜ」

「何だ、梓」

 

 名前。

 ……あァ。それでいい。

 

「お前の中で、一番美味い場所ってな──どこだと思う?」

「──ク。良い。良い。──それは、この喉だ。数多の血を飲み干した喉。数多の血肉が此処を通った。数多の悲鳴を食い破った。風の使徒も、太陽の使徒も。──故にこの喉こそは、儂の中で格別の味を誇ろう。次点は尾であったが──今はこの通り故な」

「そォかい。ま、安心しな。()()()()()。千切れかけの尾も、腹も、頭も。残さず食う。んで、最後の最後に喉を食ってやる。それで、いいな」

「良いだろう」

 

 魔物の摂理において、敵を殺す理由に足るのは──食事か、自らが強くなるため。ただそれだけだと、俺ァセイタスに習った。

 だから。

 俺ァ俺の目的のため、なンかじゃなく。

 俺が前に進むために、前にいるお前を食うよ。

 

「改めて名乗ろう。儂はジャカン──数千年と前に昏き森の中にある高塔で生まれ出でた、狐が一匹。500年前に何者かより余計なものを賜り──故に、その悲願を為さんとするものなり」

「改めて名乗るぜ。俺ァ梓・ライラック。夜の使徒にして、元太陽の使徒。現風の使徒。天幕の向こう側でふんぞり返ってる神を討たんとする──世界を殺す者だ」

 

 視界に銀が映る。

 ──取り戻したか。ずっとぼんやりしてた俺の身体に、ちょっとだけ。

 俺の要素が、戻って来た。

 

「じゃあな、ジャカン! 勝負ァ一瞬だ。痛みも苦しみも無く、ただ安らかに死ね──褪戦死遠(【即死】)!」

「──!!」

 

 世界言語による魔法の行使。

 全身をカチ割るよォな痛みの最中──クリスの剣先に触れたジャカンが、何かを言ったのが見えた。

 

 ()()()()()()()

 

座頭伊豆能登阿出内或(それは否定ではなく).佚能登沙米紫遠(それは救いでもなく).椅子伊豆邪止座頭(ただこれは、私が食事をする)伏霊矢不応身塔意図(そのためだけの祈り).」

 

 もう死んだ。ジャカンは死んだ。

 世界言語による【即死】によって、苦痛なく死んだ。だから、わざわざこれを言う必要なンて無い。

 無いけど。

 無いからこそ、人ァ言うんだ。

 

解体徒(いただきます)

 

 手を合わせ、祈りを捧げる。

 そしてその身を口にした。愚直に、愚昧に、愚蒙に。

 獣の様に、その身を食う。

 千切れかけた尾も、腹も、背も頭も、──その喉も。

 

 致命的な罅の入った俺を繋ぎ止めるために。俺が更に、強くなるために。俺が──その頂へ、近付くために。

 

 生きるために殺し、生きるために食す。

 ──すまねェな、ヨウキ。アンタ、また世に出てくるかもしれねェわ。

 

 俺ァ。

 黙々と、その身の全てを食らい尽くした。

 

えはか彼

 

「……我儘言って悪かったな。ホントァあんたらのが溜まってるモンもあっただろォに」

「いや、良い。……生きるために食べる。それは、我らが久しく忘れていた感情だ」

「然り。……我らはもう、食さずとも良い所まで来てしまった。頂きの果てに輪廻からの解放を目指す。その目的さえも、薄れていた。──ライラック。お前も、そしてジャカンも。我らにとって良い刺激になったよ」

 

 1対の虎。尾の長い虎。

 ちなみに普通にかなりでけェんで、結構威圧感ある。

 

「話があるのだったな」

「ン。まァあるけど、いいのか? 森を見て回る、とかしなくて」

「良い。森とは強いものだ。我らが手を加えずとも、自ずと蘇る」

「そォかい」

 

 ちなみに声も話し方もそっくりなンで目ェ瞑ってたらどっちが喋ってるかわかんねェ。

 まァ落ち着いてる方がスーグで、ちょっぴり短気なのがシュジって感じかね。

 

「さっきの聞いてたかもしれねェけど、実ァ俺って元魔法少女……太陽の使徒なンだわ。まァガワだけで、中身ァこの通り夜の使徒なンだけど」

「そうだな。そして風の使徒でもある」

「まァそういうこって。んで、なンでこーなったかってーと、天幕の向こう側で肉体を奪われちまってな。シエナ──少し前にあったでけェ国の王がいてよ、ソイツに精神だけ弾き出されて、肉体使われちまってンのよ」

「ふむ」

「……ほう?」

「まァそンだけなら俺ァ別に躍起になったりしねェんだけど、やべェことにそいつらってな新しい世界を創り出そうとしてる。この世界がもう限界なのァわかってるよな?」

「ああ。毎日のように聞こえてくる悲鳴。もう死にたい、眠りたいと。その悲痛な叫び声は聞こえている」

「なんとかしてやりたい、という気持ちはあるが……」

「んでまァ、そいつらがよ。新しい世界の肉体作って、心を作ったンだ。後ァこの世界の精神引っこ抜いて、そっちの世界に詰め込めば完成。今魔力が減りまくってンのァ多分そのせいでさ。始の点から吸いだされてンだと思う」

 

 恒常的に穴開いてンのあそこだけだからな。

 俺が神さんに頼んで開けた奴とかァ、すぐに閉じちまうだろォし。

 

「するとどーなるかってーと、こっちの世界ァ魔の巣食った肉体と、それを苦しむ心だけが取り残され──滅ぶ。俺ァそれを止めたい。阻みたい」

「成程。筋は通っている。だが、そうだとして、先ほどジャカンに言い放っていた"世界を殺す者"、というのはどういう意味だ?」

「あァ。俺の元々の魔法ァ【死漸】っつってよ。延命されたモンとかを死なせる魔法なンだ。まァ他のもの含まれてるけど、そォいう魔法でさ。それを使って、世界を殺す気だった。あいつら……天幕の向こう側でふんぞり返ってる奴らァそれを阻むために俺の身体を奪ったンじゃねェかって睨んでるけど、まァそこァよくわからん」

「世界を殺す。それは、精神が抜き取られ、滅ぶ事と変わりはあるのか?」

「ある。太陽の使徒も、風の使徒も、勿論夜の使徒も。──この世界で生まれなくなる。今、馬鹿みてェに増え続けてる太陽の使徒も。輪廻の呪縛から逃れるために、数を増やして試行を繰り返してる風の使徒も。──この世界から、消えてなくなる。まァすぐに、じゃねェ。今後生まれなくなるってだけだ。だからまァ、今を生きてるアンタらや他の魔物ァそのまんまだし、それァ太陽の使徒も同じ。そこの争いばっかりァ俺の関与できるとこじゃねェ」

 

 記憶の無い紺碧ベルトにも言った事だけど。

 そこの生存競争にまで口を出す程俺ァ手広くねェ。

 

「──して、我らに何を求める」

「戦力だ。俺1人じゃどー頑張っても天幕の向こうの奴らにァ敵わねェ。だから、力が欲しい。仲間が欲しい。滅ぼされんとしているこの世界を守る仲間が」

 

 魔物に助力を乞う、なんざ。

 昔の俺なら考えられなかったことだ。

 

 此処にいる奴らだけじゃねェ、ルルゥ・ガルにも乞いてェとこではあるンだが、アイツと話してると軽口から煽り合いになるのがちょいとな。

 

「お前の考えはわかった。世界の滅び。それは確かに、我らの思う所でもない」

「何が足りねェ?」

「真実」

 

 ……まァ、そォだよな。

 世界が滅びてるンで力貸してくれ、なンて。

 妄言にも程がある。実際鬼教官にもそォ言われたし。

 

「んじゃ、いーや。他を当たる。この辺りのオリジンを教えてくれ。頷いてくれる奴が現れるまで当たってまわるからよ」

「待て、早合点をするな。何も協力しないとは言っていないだろう」

「ライラック。お前の話には真実が足りない。だが同時に、お前が本気であることは伝わる。お前が元太陽の使徒であるということも信じよう。お前が夜の使徒でありながらこの世にいて、それが害とならぬことも信じよう。ジャカンとのやり取りを通じて、お前が風の使徒であるという事も理解した。故に」

 

 スーグとシュジは──言う。

 

「強くなれ、ライラック。我らをも従える程に。有無を言わさず、お前の進む道を我らが信じ、ついていけるように。オリジンとされる我らの頭となれ」

「……そりゃ、アンタらと殺し合いをしろ、って?」

「方法は任せる。聞けば、その"敵"なるものは、どうしてか、未だ世界の精神というものを抜いていない。何か邪魔が入ったか、何か不都合があったのだろう。それが猶予である」

「世界の魔力が完全に吸い出される前に、お前が魔の王となれ。お前が前を行き、その後ろは我らが彩ろう。そのためならばどんなことをするのも構わない。強くなるために、生きるために。我らと構え、食い合うのも良いだろう」

「……あのな。俺ァ仲間が欲しいつってンだよ。するわけねェだろ」

「ならばそれ以外の方法を考えろ。もっとも近道であるそれを避け、もっとも短期間で、我らの目指す頂きへ足を掛けろ」

 

 ……あァ。

 クソ。それが、そォか。

 

 一番強い奴が一番偉い。勝ったやつが偉くて強い。

 それが摂理なのァ──魔法少女より魔物の方が生物らしい、ってのにも、合致する。

 

 よォァサル山の大将になれってこったろ。

 いいよ。

 

 やってやる。

 

「わかった。──他の奴らに話ってなつけといてくれンのか?」

「周辺域であれば、いいだろう。ここより遠く離れた者は無理だが」

「しかし、それらが従うかどうかもお前次第だ。強くなれ。諦めるな。──お前が諦めた時、お前に託した我らも大人しく滅びよう。恨みはしない。憎みもしない。それを運命として受け入れよう」

 

 ──あァ。

 言っちゃいけねェこと言ったな、オイ。

 

「シュジ。お前、生まれてから幾つだ」

「なんだ、唐突に……」

「我もシュジも六千程だ」

「オリジンってな、普通どンくらい生きるンだ? 万ァ軽いのか」

「種にもよるが、基本的に寿命らしい寿命は無いと言っていい」

「つまり──そこで死ぬのァ、()()()だな?」

「……まぁ、言い方に疑問はあるが、そうなるな」

 

 OKだ。

 運命ね。

 

 いいよ。

 心の底から殺したい相手だよ、ソイツ。

 

「強くなるために。生きるために。──俺ァもう、迷わねェよ」

 

 セイタス。

 そして、ジャカン。お前らの血肉ァ受け継いだ。全部俺のモンにした。

 

 もっと、もっとだ。

 もっと──食らわなきゃならねェ。

 

 

 

「んじゃ手始めに、ジョームンガンダーとかいうのと戦ってくるかね」

「それはやめておけ」

「まだ早い」

 

 なンだよ。

 そんなにやべーのかよ、ソイツ。

 

えはか彼

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