遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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86.噛夢風呂無阿符阿安堵気途炉止似浴微椅.

 イラついちゃいるが、冷静に考えねェといけねェコトもある。

 アオンを取り戻してからまだ魔物を食ってねェんだ。世界言語の乱用による傷ァ癒えてねェままだし、飢えの囁きも聞こえるまんま。その上でこのドロドロした魔力をどォにか抑えきれねェか考えなきゃだし、目の前のにも、他のにも対処しなきゃだし。アオンが死なねェよォに見張らないといけねェってのもある。

 

 ああ、クソ。

 冷静に考えるコトが多すぎてイライラする。

 

「【飲影】」

「馬鹿が、突っ込んできて何になる──、ッ!?」

「ほう、避けたか。やはり知性に長けるな」

 

 クリスで受け止めようとして、即座に退いた。

 なンだ今の。一瞬だけど、クリスが飲み込まれた?

 

「……月明りか」

「わかっていても、止められまい!」

 

 とびかかってくる。

 その身体で月明かりが遮られ──影ができる。

 途端、足元が水になったみてェに身体が沈んでいく。俺ァ空中にいて、精神体だってのに、だ。

 

 オイオイ、魔法らしィ魔法が出てきたな。自然法則をどォこうする系じゃねェ、【凍融】や【侵食】みてェにマジのえげつけねェ魔法って感じだ。

 

 殺すが。

 

「飛び散れ!」

 

 魔法を殺してる一瞬の隙。

 そこを狙って、別の魔法少女が……なンだ。えーと。表現が難しいンだけど、トゲトゲした実みてェなのを飛ばしてきた。

 なンか嫌な予感がしたンで亜空間ポケットを開く。

 

「あっ!?」

「これ、あンまりやる魔法少女いねェよな。結構便利な防御方法だと思うンだけど」

 

 まァ亜空間ポケットってな自分に向かって内側にしか開かねェから扱いがむずいってなあると思うが、もっと使われてていいと思う。

 多分だけど、あのトゲトゲした実ァ対象に近づくと爆ぜるンだろうな。飛び散るンだろう。こえー魔法その2、と。

 これが後98個あるってな、気が遠くなるねェ。

 

「──【断巻】」

「あ、オイ!」

 

 俺を囲うよォにして、全てを切り裂く嵐が出現する。

 馬鹿野郎、ンな手加減の無いことしたら、死人が出るだろうが!!

 

「私はクロムクラハに捧げられた生贄。なら、クロムクラハと共に戦うのは必然」

「俺ァクロムクラハじゃねェって何度言ったらわかるンだ」

「だったら、逃げればいいのに。私を置いて、どっかへ逃げちゃえばいいのに、なんでしないの?」

 

 ……それは、そうだ。

 アオンがそォいう謀り事をしてて、俺が神さんに祀り上げられよォとしてて。

 今俺ァ傷付いてて、戦わなきゃいけねェって事も無くて、別にアオンも狙われてねェってンなら。

 

 戦う必要は全く以てない。

 逃げりゃいい。

 逃げて、また普通に魔物狩って食って上を目指せばいい。魔法少女なんぞに構ってる暇ァ無いんだって、何度も言ってンだから。

 

 それをしないのァ、なンでだ。

 

「予言の続き、聞く?」

「いや、いい。どうせ俺が魔法少女を殺すとか、魔法少女を取り込むとか、くっだらねェ事が続くンだろ」

 

 アオンの【断巻】は相当な威力なよォで、魔法少女は誰1人として入ってこない。

 逃げるなら今だ。

 そのくっだらねェ予言から外れてェなら、今逃げりゃいい。地面に潜るでも天空に行くでもして逃げちまえばいい。この死の魔力もどっか静かなトコで落ち着けばどォにかなるだろ。

 

 なンで、それをしない。

 

「クロムクラハはね、もう、欲求に耐えきれないんだよ」

「……何を」

「自分の触れて欲しくない所に触れてくる人達を。自分が許せない事を平気でやってくる人達を。──倫理とか、心の枷とかぜーんぶ外して──」

「言ってンだ、お前」

 

 漏れ出でる。

 更に更にと──それは、濃度を増して。

 死の魔力が。

 

「殺したい。気に入らないものは全部、殺してしまいたい。だって、クロムクラハが目指す世界を創るのに、そういう人たちは邪魔だから」

「ハ」

 

 あァ。

 そっちに誘導してェのか。

 

 ハハハハ。

 馬鹿だな。倫理や心の枷で俺がヒトを殺したくねェって言ってるって、そォ思ってるワケだ。

 

 ハハハハハハ!!

 

「ハハハハ──あァ、そォだな。ちょいと我慢しすぎてたみてェだ」

「だよね。じゃあ、クロムクラハ」

「あァ──」

 

 ったく。

 折角大切になりかけてたのによ。

 

 もういいよ、お前。

 

 嫌いだわ。

 

「──糸伊豆阿止理負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる祈りの物語).」

 

 死の魔力を、どろっとしたソレを、全域にちりばめる。

 無理矢理広げて、無理矢理希釈する。アオンの【断巻】も、アオン自身も、他、この場に集まった魔法少女の魔法とその身体すべてに薄い死の魔力を浴びせる。

 

「え──」

「うるせェ。俺ァクロムクラハじゃねェ。梓・ライラックってンだ。んで、お前の大切な神さんでも、お前を殺してくれる奴でも、お前を食う奴でも、あいつらを殺すヤツでも、全てを導く王様でもなンでもねェんだよ。──褪戦死遠(【痛烈】)!!」

「──ぎ、ィ!?」

 

 各所で悲鳴が上がる。

 俺の精神も悲鳴を上げる。

 

 視界全てが効果範囲。っつーのァまァ再現できねェんで、死の魔力が痛みに変換されただけだ。

 それでも──効果的だろう。あァさ、殺さねェ魔法としちゃ最高だな、鬼教官。

 

「じゃァな。死ぬなら勝手に死ね。俺ァもう止めねェよ」

「……ぁ」

 

 高く上昇する。

 地面で呻いてる奴らを無視して──飛ぶ。

 

 向かう場所ァただ1つ。

 

「──ぶっ壊してやるよ、群塔魔閣」

 

 舞い上がりやがって。

 もう死ねなくしてやる。蘇生槽どころか──居住区の全部をぶっ壊してやる。

 

 つけあがりやがって。

 

 我慢の限界だよ、本当に。

 

 

えはか彼

 

 

 魔力をこォも垂れ流してると、魔物も寄ってくる。

 ンなこた思っちゃいけねェってわかってンだけど──あァさ、丁度いいとか、思っちまった。やべェな、どんどんオカシクなってる。命ァ尊ぶものだ。俺が魔物を殺すのァ、あくまで食うためだ。強くなるためだ。

 でも、生きるためではある、か。

 

「私はウイースプ。貴女は?」

「俺ァ梓だ。梓・ライラック」

「クロムクラハ──ではないの?」

「クロムクラハだったら、なンだよ」

「……いいえ。じゃあ、殺し合い、しましょ。私が勝ったら貴女を食べる」

「俺が勝ったらアンタを食うよ」

「ええ」

 

 寄ってくる。

 寄ってくる。

 勝てねェって、無理だってわかるだろォに──寄ってくる。

 

 この死の魔力を見て、明らかに無理だってわかってるクセに。

 なンでだ。なんなんだ、魔物のそれは。

 

「なんで、死にに来たンだよ」

「──当然ですが、自分達では無理だと判断したがためです」

「……お前は?」

「ファトゥスといいます」

「そォか。俺ァ梓・ライラックだ」

 

 並走するように。

 ウイースプの身を食らう俺に──冷静に、説いてくる。

 その身が既に死の魔力に浸され始めている、なンて気にも留めず。

 

 何なんだよ。

 

「私達は究極なる一を目指しています。しかし、どうやら残された時間はそう多くなく──頂きに至り得る魔物は数えられる程。なれば、私達のように弱きものは、強きものの糧になる役割を全うすべきなのです」

「──生贄になる、とでもいうのか」

「あくまで風の摂理に則って、です。──では、殺し合いをしましょう。私達の血肉を食らい、どうかどうか、上を目指してください」

 

 震える。

 今から魔法少女の拠点を1つ潰しに行く。その行為は正に魔物そのものだろう。俺は今しがた、予言だのなんだのから逃げて、イラつく方を潰しに来た。そのはずだ。

 だってのに。

 ──それさえも、そう、なのか?

 

「頂きは──貴女を待っています」

 

 言って、死んでいったファトゥス。

 ウイースプも。いんやさ、今尚集まってくる──確かに弱い、オリジンなどには遠く及ばないそれらが。集まり、集り、寄って。

 

 まるで、俺の欠けている部分を補うかのように。

 まるで、俺の腹が空いているから──食べてください、とでもいうかのように。

 

 ちゃんと殺し合いはしかけてくる。ちゃんと死ぬ気で、ちゃんと生きるために、ちゃんと、ちゃんと、真剣に。

 けど──あまりにも。

 

「時間がない、のか」

「そだよー。もうね、時間が無いの。さ、殺し合いをしよう」

「せめて名前だけは名乗ってくれ。俺ァ絶対に忘れねェから」

「ルプラホーン。貴女の名前は知っているよー。クロムクラハ、だよね」

「いいや。俺は梓・ライラックだ」

「そっかー。じゃ、殺し合いをしよう」

 

 震える。

 手が。あァ、いつのまにか手が形成されていた。顔もある。

 なんでだ。

 

 やめろよ。必死に生きろよ。それが魔物の良い所だろ。死ぬと分かっていて、真剣に、強きに挑む、なンて。

 それならまだ、セイタスとラハブの戦いの漁夫の利狙ってたヤツの方が、まだ、"生きてた"じゃねェか。

 

「憐れみを向けるな、クロムクラハ。元より我らは死を目指すモノ。それを心得よ」

「……俺は、梓・ライラックだよ」

「我はコイスタ・ボドワという。──その記憶に名を刻める事を嬉しく思う!」

 

 なんでだよ。

 それはもう──死にに来たって。

 そォいってンのと一緒じゃねェか。

 

「ようやく現れた──神に成り得る魔物、クロムクラハ! もうここら一帯の魔物はみんな気付いてるよ! ようやくその時が来たんだって!」

「何度も言わせんな。俺は梓・ライラックだ。他の誰でもねェ、梓・ライラックだよ」

「でもそれは、風の名前じゃないでしょ? 僕はガンシィン。ほら、わかった? 君には夜の名前と、太陽の名前がある。クロムクラハは、風の名前」

「……風の、名前」

 

 名付けられただけの名前が。

 梓・ライラックや、アンディスガルに並ぶ、って?

 

 ──いや。

 そうか。梓・ライラックだって、アンディスガルだって──名付けられただけの名前だ。あるいは、"前"の名前だって。

 

「じゃあ、死んでね、クロムクラハ」

「死にながら言う言葉じゃ、ねェだろ」

「あはは。──頼んだよ」

 

 何をだよ。

 やめろよ。

 

 クソ。

 ──クソ。

 

「回復しきっちまったじゃねェかよ、クソが」

 

 向かう。

 万全の状態で──群塔魔閣へ。

 

 

えはか彼

 

 

 群塔魔閣。その名の通り、幾本もの塔が立ち並ぶ、中華風の建造物。赤と黒のコントラストの美しいその場所の、中心。一番大きな塔に、強大な命の気配があった。

 

 魔法少女たちよりも早く辿り着いた──はずだった。

 そこに1人。いた。1人だけ、誰よりも早く。

 

「……よォ、波ヘアピン。なンでお前だけなンだ?」

「……もうすぐ、みんな来ますよ。でも、蘇生槽は1つしかないので」

()()()()()()()()()()()、ってことか」

「はい」

 

 死を使う事による短時間での長距離移動。

 久しぶりに、見たな。

 

「それ」

「……」

「【斬滓】の魔法少女……飛蘭、って奴なンだよな?」

「そう、ですね」

「じゃ、壊すよ」

「……なんでですか?」

 

 さっきのルプラホーンの爪を噛む。

 あァさ。なんで、だって?

 

「それがあると、お前らは死を厭わないだろ」

「これを今壊したら、これがあると思って死を選ぶ魔法少女が、死にます」

「同じだろ。遠征先で死ぬのと、蘇生槽使うために死ぬの。どっちも死だ」

「違います。蘇生槽があれば、私達は死なないんです」

 

 その問答はもういいよ。

 俺ァそれ嫌いなンだよ。

 

「なンで、蘇生槽の材料に魔法少女が必要なンだ」

「……蘇生槽は、"恒常的に魔力を抽出できるもの"を原材料にします。魔法少女が最も適しているというだけで、膨大な魔力を貯め込んだ魔石などでも問題はありません。そんなものが簡単に見つかるのであれば、私達もそれを選んだことでしょう」

「はン。なるほどね」

 

 じゃァまァ、EDENへの嫌疑ってな完全に定まったワケじゃねェのか。

 それでも、だが。

 

「私達にはこれが必要なんです。これがないと、魔物と戦えない」

「ンなこたねェだろ。お前の魔法もだけど、随分と強力でえげつねェ魔法が揃ってる。連携すりゃァその辺の魔物にゃ負けねェ。事実今までそォやってきたンだろ」

「それでも、犠牲は出ていました」

「そォかい。そりゃ悲しい話だな」

 

 クリスを引き抜く。

 命の気配。それは塔にあり、気配自体がどんどん大きくなってきている。

 

「順番待ち、か」

「そうですね。蘇生には時間がかかります。その上、蘇生槽が1つしかないので、さらに時間がかかります」

「……それァよ。つまり、あっちにいる魔法少女ァ全員死んだ、ってことか」

「全員還った、ということです。確認はしていないので、恐らく、ですが」

 

 そォかい。

 あー。

 

 ダメだな。それでも俺は──ダメだ。

 

 死の魔力。

 それが──建造物を、静かに殺して行く。

 俺のいる場所。周囲の建物。それが萎れるよォにして壊れて行く。木造なンだろうな。見た目、ちょいと【終焉】に似てきたかもしれねェ。

 

「それでも、俺ァそれを壊す」

「殺しはしないと──貴女は言っていました。これを壊す事は、フェイランも、群塔魔閣の魔法少女達も、その全員を殺す事になります」

「ならねェよ。死を選んだのァソイツだ。……【斬滓】の魔法少女だけは、違うか。そいつには弔いさ。既に訪れた死を漸く迎えさせるってなも、俺の役割でね」

「役割……」

「あァさ。俺は死を便利な道具みてェに使う奴らを否定するし、死んだ後も縛られる事を否定する。死んだら終わりだ。終わりだけを、俺ァ肯定する」

「なら──私達魔法少女に、安住の地はないんですか?」

「人間にも魔物にもンなもんはねェよ。欲しかったら死者にでもなるンだな。冥界はずっと平和だぜ」

 

 さァ。

 

「そこをどけ、波ヘアピン。俺ァお前を傷つけたいとは思わねェ」

「きょ──拒否、します。私はこの蘇生槽を守り通す義務がある」

「なら、死力を尽くしな。俺もそォするからよ」

 

 踏み込む。

 足が形成された。左腰だめに構えたクリスを、右に向かって大きく振り払う。

 死飛沫。濃密な死の魔力。相変わらず暴走してるこの魔力を抑えるってな難しいンだが、無理矢理方向性を変えるのァできる。

 

 ──しかしそれは、俺と波ヘアピンの間で起きた小規模な爆発によって防がれた。

 

「チャージ時間短ェンだな。前の時も思ったけど」

「……貴女は、何者、なんですか。……魔法少女の事情に詳しすぎる」

「あァさ、元魔法少女だよ。クロムクラハじゃねェのさ。俺は梓・ライラック。【死漸】の魔法少女。最終的な等級区分はA級だったが、まァ今の魔力量ならS級も難くァねェだろうな。魔法は使えなくなっちまったが」

「元、魔法少女。なら──蘇生槽の大切さが、わかるはずです」

「わかんねェな。一回も使った事ねェからよ」

「戦闘をしない魔法少女、ですか」

「いんや? バリバリに前線出てたぜ。弱ェクセにな。おかげで腕だの肌だの足だのを失ってた。けど、一回も死んでないのさ」

 

 死ねば治るのに、と。

 何度言われたのだろう。お嬢やポニスリだけじゃねェ、色んな奴から言われたし、そォいう目で見られた。

 ハハハ。

 馬鹿言ってんじゃねェ、ってな。

 

「そうまでして、死を喪失にしたい理由はなんですか」

「死は喪失だからだよ。俺がしたいンじゃねェ、元からそォなんだ。それを捻じ曲げてる方がおかしいンだ」

「死を回避できる術があるというのなら、それに縋るのが人間です」

「そうだ。死を忌避し、回避できるよォに努め、死んじまったのなら悼むのが人間だよ。死を利用するのァ人間のやることじゃねェ」

 

 斬りつける。

 爆発を殺しながら進めば──波ヘアピンは、自らの亜空間ポケットから剣を1本取り出して、クリスを受け止めた。

 剣、使えたのか。

 その反った形ァなんだ。青龍刀とかいう奴か?

 

「なら! なら、ならば! 私達は──何のために、ここまで犠牲を出してきたんですか!」

「はァ? 今を生きるために決まってンだろうが。死ぬためなワケがあるかよ」

「違います。違います!! ──私達は、安心できるように、日々死を恐れずに済むように、ここまでやってきたんです。──今を生きるために!」

 

 背後──ごぼりと。

 蘇生槽が、音を鳴らす。

 

 ……あれを壊すのが、殺人?

 はン。

 

 そればっかりは、否定するぞ。

 

糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り).」

 

 駆ける。

 爆発──【爆塵】を殺して、その青龍刀もぶった切って、形成された足でしっかりと地を踏み締めて──波ヘアピンの背後を取る。

 

「やめて!」

「やめねェ」

 

 クリスで──突く!

 蘇生槽。仄明るい光を放つ、青き培養槽。

 構造なんざ知らねェが──死の魔力、その全てを注ぎ込む。

 

藍永封無減琉(私は終わりを肯定する)!」

 

 終われ。

 そして、死ね。【斬滓】の魔法少女も、群塔魔閣も。

 

 悉く。

 

「ぁ……」

「……」

 

 光が消える。

 機能が停止したンだ。そのまま、蘇生槽にはどんどん罅が入っていく。勢いは止まらない。ただ、その中で。

 

 こぼこぼと──液体と、何か──半透明の、多胞体が。

 これは、なんだ。

 

「あ──あ、あ!」

「……もう無駄だ。蘇生槽は殺した。お前の仲間はもう、蘇生しない」

「どいて、どいて! ──集めないと、全部、全部、一個だって取り逃さないように、零さないように」

 

 その鬼気迫る表情に、思わず退いてしまう。

 波ヘアピンは、涙を流しながら、その多胞体を集め始めた。1つ1つを手に取って、亜空間ポケットにしまう。

 

 何をしてる。

 

「……オイ。まさか、それが」

「みんな。大丈夫。大丈夫だから。──必ず生き返るよ。必ず。また蘇生槽を造るから。──そうだ、あの子。あの【断巻】の子がいれば」

 

 みんな。

 波ヘアピンは、その多胞体に呼びかける。

 

 似ている。

 いつか──俺が殺した、ベルウェークのコア。

 あれによく、似ている。

 

 まさか。

 まさか──そう、なのか。

 

「──それが、魔法少女の、本体、か」

「……そんなことも知らずに、壊したんですか」

 

 それは、いったい、何なんだよ。

 

 

えはか彼

 

 

「落ち着いたか、……なンて、俺が聞くのもおかしな話だが」

「……」

「それは、魔法少女の核。そうだな?」

「……はい」

 

 あァさ、喋ってくれる気はあるらしい。

 ……ふゥ。何が切っ掛けかはわからねェが、死の魔力の暴走も収まった。

 

 この、人っ子一人いねェ、半壊した赤い塔で──問う。

 

「謝らねェぞ」

「謝ってほしい、なんて思ってません」

「そォかい」

「はい」

 

 俺ァ後悔してない。

 なんならEDENのだって今すぐぶち壊しに行きてェ。世界全土の蘇生槽全部ぶち壊せば、その製法も失わせりゃ、もう魔法少女は死のうなンて思わなくなるはずだ。

 それが最適解と見た。

 けど、気になる事は尽きない。

 

「……それが、核なら。魔法少女ってな、なンだ」

「……魔法少女は、その覚醒と同時に核を心臓から因子へと移します。一度も死していない魔法少女であれば、その核は胸中にあることでしょう。そしてその核は摘出が可能であり──その核を蘇生槽に入れる事を、"経路を繋ぐ"、といいます」

 

 あァ。

 そういう、話か。

 魔法少女の因子。それがそのまま、ソレか。

 

「なら、そいつらはまだ」

「はい。死んでません。もう一度蘇生槽に入れる事ができたら、時間はかかるでしょうけど、生き返ります」

「……なら、俺ァそれを壊さねェといけねェな」

「もう、亜空間から出しませんから」

 

 魔法少女と魔物は同じだ。

 魔法少女の方が生物らしくねェってだけで、その生態に差異はほとんどない。それを今痛感した。

 

「──アオンを、蘇生槽にするのか」

「いえ。それは貴女が許さない。今、みんなの命の存続は私にかかっている。私は貴女の逆鱗に触れるような事はしません。貴女がどこかへ行くまで、あるいは私が貴女から遠く離れるまで──私は貴女から逃げ続ける」

「そォしてくれると助かる。目に付くトコでやってたら、また殺しに行くよ」

「……」

 

 なんだかな。

 ……それでも俺ァ、後悔はしてない。

 それを殺人だと罵られようと。

 

「元、魔法少女だと。そう言いましたよね」

「ン? あァ。そうだよ。EDENで魔法少女やってた」

「……魔法少女は、ご覧の通り核を本体とします。つまり、外側で活動している魔法少女とは、核によって遠隔操作される人形でしかありません。ただし、一度も死んでいない場合、核はその胸中にあるため、その身体が本体となります」

「はァ。成程。それで?」

「貴女が肉体を失った経緯はわかりませんが──貴女が本当に元魔法少女だというのなら、その精神が核の影響を全く受けない、ということはあり得ません。貴女の魔力が暴走したのは、核に何かがあったからだと思われます」

「へェ。なンだ、助言してくれンのか。親の仇以上に最悪の敵だろォに」

「早く核のある場所に行ってください、と言っているんです。こんなところにいないで、消えてくださいと。そう言っています」

「成程ね」

 

 核に、何かあった、ねェ。

 心当たりしかねェな。

 

「んじゃ、お望みの通り俺ァ行くよ。じゃあな、波ヘアピン」

「二度と。相見えない事を願います」

「はン、そりゃお前次第だな」

 

 浮き上がる。

 ──さて、そろそろ良いだろう。

 

 時間が無い、らしいからな。

 スーグとシュジに挨拶して──向かうかね、ジョームンガンダーとやらのトコに。

 

 ……アオンはまァ、もういいだろ。俺アイツ嫌いだし。勝手にしてくれ。

 

 

えはか彼

 

 

「──見違える程強くなったな、ライラック」

「オリジン種。そう名乗り得る。恥なく、誇りをもって」

「あァよ。──で、まァ話を長くするつもりはない。俺ァ今からジョームンガンダーのとこに向かう。異論があっても受け付けねェ。時間はもう無いンだろ?」

「……」

 

 ジャカンに燃やされた密林は、今やほとんどその痕跡を残さず再生している。

 森は強い、だったか。本当らしい。

 

「ライラック」

「梓。我らを──」

「食え、とか言ってきたら、俺ァもうこの島に来ねェからな」

「む」

 

 む、じゃねェんだよ。

 クソが。言いだしそうな雰囲気はしてたよ。

 

「最初に言っただろ。俺ァ仲間を求めてンだよ。仲間食ってどォすんだ」

「……だが、我らよりお前の方が今や頂きに近い。お前より弱い我らを引き連れる意味はあるのか?」

「あるに決まってンだろ。馬鹿が、1人じゃできる事が限られてくンだよ。究極なる一になるっつーのァ死にたいからだろ。それまで道程は1人じゃできねェ。特にこっちの世界を救うなンて偉業が、たった1人の魔物にできるかよって話だ」

「そうか。──わかった。であれば、我らはお前の背を押そう。ジョームンガンダーを殺すか、食らうか、従えるかはお前の自由だが──」

「我らはお前の勝利を願う。そして、お前が王となり、我らを率いる事を夢見て待とう」

「あァさ」

 

 いや、ホントに。

 今さっきまで物分かりの悪い奴らと喋ってたせいか、こいつらのスピーディーな感じが超絶気楽に感じる。迷わないわけじゃねェんだけど、ちゃんと考えた上で結論をあっさり出してくれる感じ。頭いいんだろうな、って。見た目虎だからちょっと怖いンだけど。

 

「1つ。良いだろうか」

「ン?」

「……梓・ライラックというのは、太陽の使徒としての名だろう。風の使徒としての名は、獲得しただろうか」

「あァ、ンなことまで見抜いてたのか。というより、そォなるって知ってた感じか? まァいいか」

 

 スーグとシュジ。

 賢き獣。霊獣。知恵ある虎。

 

「クロムクラハ。あんまりいい思い出の無い名前だけど、受け入れたよ。今後、風の使徒としては、この名を名乗る事にする」

「そうか。では、改めて言おう。クロムクラハ。ジョームンガンダーとの戦いにおいて、貴女に幸あらんことを」

「我らは此処で待つ。この戦いにはついて行かない。だが、もし、ジョームンガンダーに勝利したというのなら──我らは貴女に付き従おう。天幕の向こうでも、冥界でも、その先のどこかであっても、貴女へついていく事を誓う」

「あァさ、頼りにしてるよ」

 

 んじゃ。

 

 出発しますかね。

 目指すは北方山脈。この大陸に聳え立つ、あらゆるものよりも高い山々。山脈の名に相応しい、純白の峰。

 

 ──そして、この、渇きを。

 どうか。

 

 

えはか彼

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