曰く、フルオブズヴィトニーなる魔物は北方山脈の最東端、大陸を別つこの山の端も端にいるらしい。あァあくまでEDENから見て東なンで、俺達が向かうのァ西端になる。その姿は巨躯の狼。狼ってーと寂しんぼの引き連れた奴らを思い浮かべるけど、あいつらそんなに巨大じゃねェしな。多分関係ない狼だろう。
そォいやあいつらとも会話ってなできンのかね。
「なァボーグル」
「はい。なんでしょうか」
「お前ってな戦えンのか?」
「難しい事を質問しないでください。そんなの覚えてるわけないじゃないですか」
「あァすまねェ。俺もうお前に質問すンのやめるよ」
「それは寂しいので時たま構ってくれると助かります」
「助けたくねェから質問すンのやめるよ」
俺ァ見つけやすいよォに山脈に沿ってのフルオブズヴィトニー探しをしたかったンだけど、ボーグルが寒い寒い言うンでちょいと離れた所にいる。離れた所を飛んでいる。コイツ、精神体の癖に寒がるのほんと意味わかんねェんだよな。それとも寒がる精神体ってなそこまでマイナーでもねェのか? 俺が知らないだけ?
……ってなをコイツに聞いてもどうせ知らねェ覚えてねェって返ってくるだけなンで、フルオブズヴィトニー抱き込んでジョームンガンダー倒したあとにツイウとかに聞くか。スーグとシュジでもいいが。
「質問があります」
「へェ、珍しい。なンだよ」
「どのような作戦を以て、フルオブズヴィトニーを従えるおつもりですか?」
「へェ珍しい。お前マトモな事話せたンだな」
「失礼な方ですね。軽蔑します」
「普段のお前省みてからモノ言えよ」
「難しい事言わないでください。普段のワタシなんてワタシにはわかりません」
「そいやそォだったな。忘れてたわお前の記憶喪失設定」
「設定ってなんですか設定って! 自分が何も覚えていないという恐怖をアナタは知らないでしょうに、軽く扱わないでください!」
「お前は知ってンのか?」
「難しい事を質問しないでください。ワタシが知っているわけがないでしょう」
「そォ返ってくるって思ったよ」
一瞬重く考えよォかと思ったけど、やめた。
こいつは適当に扱っていい存在だと理解したから。
「ま、気付いたら全く知らねェとこにいるってな恐怖はそこそこ知ってるつもりだよ」
「それは知ったかぶりというやつですね」
「あァそォ解釈してくれて結構」
しかし、そォ考えるとそうだな。
俺は記憶以外のモンは大体失ってっけど、記憶はずっとある。魔法少女の記憶ってな劣化しねェモンなンだけど、精神体になった今でも、あと魔法少女になる前でも変わらず全部覚えてる。前世のことも、前世の親も交友関係も、その死の間際も、死した後も、神さんに拾われてからも拾われた後も、この世界に生まれ落ちた後も中学に上がるまでも。
全部全部覚えてる。
……心残りがあるとするなら、魔法少女の時に殺した魔物の名前は覚えてねェっつか知らねェって点か。食うための殺しじゃなかったたァ言え、生きるために殺したンだ。その名前くらいは知りたかったかもしれねェ。
いや、どォかな。あの頃の俺のスタンスじゃ、ンなこと気にしてる余裕はねェ、なンて突っ張って、耳塞いでたかもしれねェや。
「で、作戦だっけ?」
「あ、はい。そうでした」
「聞いたお前が忘れてンじゃねェよ。……実を言うとな、何にも考えてない」
「クロクラさんって馬鹿ですよね」
「お前に言われたかねェや」
「でも自覚はあるとみました」
うるせーな。
その妙な俺への理解力の高さやめろ。
「……あの」
「なンだよ」
「え、だから、自覚はないんですか? 無かったら教えてあげようと思って」
「あるある。あるよ。これでいいか?」
「あるならもう少し賢い行動をしてください」
「へいへい」
緊張感無ェなァ。
今から行くのって、一応ジョームンガンダーを易々と切り裂いて噛み千切れるよォなやべェ魔物のトコなンだけど、それわかってンのか?
いやまァ無策で行く俺がわかってるかどーかっつったら微妙なンだけど。
「もしもの場合は、アナタを盾にして逃げます」
「あァそれはそォしてくれ」
「え?」
「ん?」
「いえ、そこは"なんだよ、そこはお前が盾になりますっていうんじゃねぇのかよ"と返ってくるものだとばかり」
「馬鹿言うンじゃねェよ。俺のために傷付く奴なンか1人だっていてほしくねェんだ。余程の信頼が無けりゃンなこた言わねェよ」
「信頼があったら言うんですか? 普通逆では?」
「お前が普通を語るのか」
「そういえばそうでした。難しい事質問しないでください」
「してねェよ」
……そーいうトコが怪しいから頼れねェんだよな。
こいつ、結局なんなのかわからねェままだし。ツイウの手先かなんかだとしても、流石にフルオブズヴィトニー抱き込む前に裏切るってなしねェたァ思うンだが、万一もある。
警戒は怠れねェってな。
「あのな。信頼してたら、盾になれまでァ言わねェがよ。勝手に守ってくれるって思うだろ」
「もしかして酷く傲慢な方なんですかクロクラさんは」
「さァてね。それに関しちゃ俺からはなんとも」
傲慢。
そォ映ってたかもしれねェなァたァ思うよ。
俺は……結局、命に優劣つけてるだけなンだろォし。
「つまり、ワタシの事は一切信頼していないので、戦場になった時背後を取られるのが怖いから、逃げるならとっとと逃げてくれると助かる──ということでしょうか?」
「1から10まで正解だよ」
「褒めてください」
「すげーよお前」
「ふふん」
怖い怖い、ってなトコで。
さて、もうそろ最東端だが。
海も見えてきた。氷山があるってことは、クトウの近くだったりすンのか? もう少し先だった気もするが。あァいや、氷山なんざ動くもんなンだから、目印にァ向かないか。
とりあえず付近の魔物に情報だのなンだのを聞きたいトコだなァ。会ってすぐに殺し合い、みてェにならねェといいんだけど。
「逆に言えば、アナタを勝手に守れば、アナタの信頼を勝ち取れる、ということでしょうか」
「馬鹿なこと考えンじゃねェぞ。俺の信頼なンかよりお前の命を優先しろ」
「難しい事言わないでください」
──クリスを引き抜いて、全力で前方空間へ斬りかかれ!
「それはもう無理、」
「じゃねェから、とっとと下がれ、馬鹿!」
「……」
なンだ、かっこつけよォとしやがって。
許さねェぞ。俺とこんだけ喋って、俺を守って死のうとするなンて。
あと──殺そうとした、お前も。
「──ヒ」
「……わぁ」
「驚いてねェで逃げな。コイツはお前にゃ無理だよ。自分が戦えるかどォかもわかってねェ奴には──無理だ」
「ヒヒヒヒ!」
そこにいた。
もう、見るからに、明らかに、丸わかり。
誰がどォ見ても、そう。
──白き毛並みを揺らす、巨躯の狼。氷山かと思ったソレは、そいつの背で。
「よ。お前さんがフルオブズヴィトニーで?」
「ヒヒヒ──あぁ、そうさ。そうさね。確かにその名で呼ばれていた。その名を名乗っていた。ワタシがフルオブズヴィトニーで合っているよ、おチビさんたち」
「俺ァクロムクラハってンだけどよ。ちと、助力を申し出に来たンだ」
「助力? ──ヒヒヒ、なんだい、言ってみなよ」
「あァいや、言う必要はねェや」
「え、なんでですか。フルオブズヴィトニーを抱き込まないといけないんじゃなかったんですか」
もう一度、それを弾く。
クソ程重い斬撃。いんやさ、爪撃、とでも言った方がいいか。クラスメイトにいた【鉄爪】の奴よりも遥かに硬く、重く、そして鋭い。
ハハハ。
「協力する気も助力する気も欠片もねェ。お前らを殺して食いたくてたまらねェ。そンな顔してるぜ、アンタ」
「──ヒヒ」
「凄いですねクロクラさん。ワタシ、ウルフの顔とか見分け付かないです」
「軽口叩いてないで下がってな。邪魔だから」
亜空間ポケットから魔煙草を取り出す。
はは、いいねェ。これだよこれ。こォ来なくっちゃ。
ツイウには、武器の採取みてェなやり口での殺しは御免だって言ったけどさ。
こっちは染みついてるよ。もう何百何千とやったからな。
「フルオブズヴィトニー。アンタ、随分と美味そうだ」
「ワタシを食うかい、おチビさん! いいよ──じゃあ、楽しく踊ろうじゃないか!」
俺達を見送ったツイウのあの苦渋の顔。
成程ね。抱き込むなんざハナから無理だと。へいへい、んじゃまァ。
「あ、ワタシはボーグルっていいます! 以後お見知りおきを!」
「だから逃げろって邪魔だから」
「ワタシにとっては、どれもこれもおチビさんにしか見えないねぇ!」
さて、殺し合いの始まりである。
初手は俺だ。
もう使い慣れた死飛沫。クリスの刀身から飛ばすソレ。込めた魔力は普通の死の魔力。つまり、希釈された奴。これでどォにかなる相手じゃねェってわかっちゃいるが、これは極小のデバフみてェなもんでな。浴びせ続けりゃちったァ魔力も削げる。
こォいう図体のでけェ奴は避けねェからこーいう小細工が──。
「ッ、ボーグル!」
「あ、大丈夫です。防げました」
防げました──なンて言って出してんのは、赤い剣。
いや、違う。ありゃ──骨、だ。いつぞや、冷静メイドがやってたみてェな、骨の剣。血に濡れた骨の剣。
……いや、今はボーグルのことはいい。
それより、だ。
「随分と──余裕が無ェんだな。アンタ、そんなナリしといて今のを避けんのか」
「うん? ヒヒ、敵の攻撃を避けるのがそんなにおかしいことかい?」
「……いんやさ、おかしかねェよ。むしろすげェ。そこまで強くなってて、それを忘れてねェのァ素直に称賛モノだ」
「今の攻撃防いだワタシも褒めてください!!」
「偉い偉い」
実際凄く偉い。
死飛沫を完全に避け、俺達の背後且つ上空に移動し、爪による斬り付け。行われた時間はコンマ一秒とない。それを完璧に防ぎきってンのァ素直に凄いしかなり偉い。つかフルオブズヴィトニーの爪ってなンでも切り裂けるンじゃなかったっけ? 精神体は別なのか?
「ヒ──まさか、ワタシの爪を防ぐとはねぇ。おチビさん、中々やるじゃないか」
「おお、フルオブズヴィトニーまで褒めてくれましたよクロクラさん。ワタシ、かなり偉いのでは?」
「ちなみに攻撃ァできんのか?」
「難しい事を質問しないでくださいと何度言ったらわかるんですか?」
また、ひっかき。さっき俺がフルオブズヴィトニーの攻撃弾けたのァ、爪の上面だったからだ。鋭さとの勝負はしてねェ。クリスの材質がなんのかわからねェ以上、俺ァ避けに徹するべきだな。
大丈夫、警戒してりゃその移動速度は対処できる範囲だ。問題は巨体のくせにクソ程速いってな点だが、そこは命の気配と気合でなンとかする。
避ける。その爪、は大樹が如く。けど当たらなきゃ意味はねェ。そのまま爪に沿うように昇って行って──付け根をクリスで斬る!
「──ッ、硬ァってェ!?」
「クロクラさん、驚いてないで防御姿勢を取ってください!」
「!?」
振り下ろされた爪。
それが、ぐわっと開かれる。前足開いたってだけだ。だけだってのに──なんつゥ、圧を……!
ボーグルに言われてなきゃ、マトモに食らってた。
気を引き締めろ。相手ァちゃんと格上だ。んで、ボーグルのことも気にするな。アイツは多分結構強い!
「助かった!」
「クロクラさん。フルオブズヴィトニーの毛皮は山肌と同程度の硬さを持つと言われています。斬りつける、突く、などはダメです」
「へェ、そいつァ助かる情報だが、……いや、出所ァ後でいい。他は?」
「フルオブズヴィトニーは何よりも強き魔物。何よりも迅き魔物。あらゆる拘束は意味を成さず、あらゆる剣は彼女の毛皮に阻まれます。弱点らしい弱点はありませんが、口や体内には攻撃が通るものと。ツイウがそう研究していたので」
「ありがてェ情報だ──が、お前さんは防御。俺が攻撃な」
「何ゆえ、でしょうか」
「お前を信頼してねェから」
言うだけ言って、突っ込む。
口が弱点ってなはコイツもわかってンだろう。一寸法師よろしく"おチビさん"に体内へ侵入されちゃ困るのか、さっきから爪での攻撃しかしてこねェ。つまり、ツイウの研究やボーグルの推測は合ってるってこった。まァかもしれねェ程度かもしれねェが。かもしれなさすぎる。
「ヒヒ──おチビさん! クロムクラハと言ったかい?」
「あァよ、なンだお喋り好きか? そんだけ殺気滾らせといて、ハハ、油断したらぱっくりか、オイ」
「質問に質問で返すもんじゃないよ、おチビさん」
「……いんやさ、そりゃすまねェがよ。あァそうだ。俺はクロムクラハ。他人の名前そォ簡単に忘れるモンじゃねェぜ」
「ヒ──そいつはすまないね。なに、少しばかり驚いたものだからさ!」
山みてェな平手打ち……になンのか。横犬ぱんち。凄まじいデカさの肉球。感心してないで避けろ。
さて、口、口ね。
どォ狙ったモンか。魔物ってな別に発声で喋ってる奴ばっかじゃねェ、フルオブズヴィトニーもその類。だから口ァ開けてねェんだよな、こんだけ笑ってンのに。
俺もセイタスとの会話に慣れ過ぎて、口を開けねェ会話ってなができるよォになっちまったのが余計にタチ悪い。最初から喋っていきゃよかったか?
「驚いた──ってな、なんでだ!」
「
「あー、誰だ。ウィドアルって」
「ヒヒ、知らないのかい? ──風だよ。風の別の名前! あるいは、ベルウェークの娘!」
……待て待て。
色々知りすぎだよお前。俺の知らねェこと知りすぎ。
風が、ベルウェークの娘? どォいう意味だよ。ベルウェーク自体魔物なンだから、あっちこそ風の娘になンじゃねェのか?
んでもって、聞いてたってなンだよ。なンでお前さん、風に殺されようとしてて、なンで俺が風に代わってお前を殺すなンてことになってる。
またお前か、ふーちゃん。
魔物にも予言残してンのか? なんなんだよホント。もっとちゃんと話聞いとくべきだったか?
「けど残念だねぇ。おチビさん」
「あァ? 何が、」
「その程度じゃ、ワタシは殺せない。出直してきなよ」
──モロに、食らう。
か。
は。はは。
初めてじゃねェか? 精神体になってから、ここまでモロにダメージ負うの。自分の言葉で傷付いたのァ数知れずだが──ハハ。
あー。おじさんだからさ。馬鹿みてェなダジャレ言いそうになったぜ。あぶねェあぶねェ。つかこの世界の言語じゃ伝わらねェ。
「ってェなァ。なンだそりゃ。鋼鉄かなんかかよ」
「おや──ぶっ飛ばしたつもりだったんだけどねぇ」
「はン、尾っぽ程度でどォにかなると思ってンなら勘違いさ。俺ァもうちっと強いぜ?」
「ヒヒ、"もうちっと"、だけじゃあ足りないねぇ」
あァ、今のは尾っぽだ。尻尾。
まァそうだよな。狼って言えば、犬猫よりも長い尾っぽが特徴的さ。
「んじゃ、もうちっと以上を出すからよ。ちょいと一服させてくれねェか?」
「それ以上が本当にあるのなら、いいよ。ヒヒ──安心しな、今から尻尾巻いて逃げても追いやしないさ。ワタシはワタシを越えて行くものを待っているからね」
「あァさ、それは今だよ」
魔煙草を吸う。
さっき体内に落としてた奴だ。あァこれだよな。良い点。精神体だと、魔煙草を最後まで吸えるンだ。別に生身の時もやろォと思えばできたンだけど、ハハ、やりやすいって点で精神体のがいい。
あァ。
いいね。骨も皮膚も肉も無いカラダさ。ぶっ飛ばされたって壊れるモンァ無い。
ハハハ。
「
もう随分と言いなれた言葉だ。
けど、これってさ、言ってるのほとんど一部なンだよな。一節の祈りでさえ単節だってのに、物語も二節しかない。
当然だけど、ンなこたないわけで。
ハハハ。
「
「へぇ、世界言語──それも、夜の言葉! おチビさん、アンタ夜の使徒かい!」
「あァさ。気付いてなかったのか? ──
「おチビさんの気配なんてどれも一緒だからねぇ。さて、けれど、それならワタシも態度を改めよう」
「
世界言語。夜の言葉。
始の点でEDENの魔法少女を迎えうった時に聞いた太陽の使徒の言葉のように、世界言語にも3つの種類がある。即ち夜と太陽と風の言葉。それぞれがそれぞれの使徒への強制力を持つ他、それぞれの神さんへ届き得る言葉になる。
夜の言葉は死に近づく。風の言葉は戦いに近づく。太陽の言葉は太陽に近づく。
なぜならその言葉は神さんの言葉であり──本来、言語として成り立っていないものだから。
俺がそれを言語としてしっかり使えんのァ、ただ似ている音を当て嵌めているにすぎない。
ホントはもっと、それこそ金髪お嬢様達が言うように唸り声みてェなモンだ。
「──
「ワタシの名前はフルオブズヴィトニー。ベルウェークに相対し、いつかその身を食らうモノ」
「
「そして──」
クリスに死の魔力を流す。
それはいつもの希釈されたそれじゃァない。
精神を死に近付けまくった──冥界の魔力。俺が冥界でめちゃくちゃ強くなれンのァ、あそこに流れてる魔力こそ俺を形作る魔力だからだ。
死の魔力。死した者の魔力。この世にとって異物であると同時に、この世を生み出した3つの内の1つが持つ魔力。
それで──防ぐ。
「
「……おや、防がれましたか。ワタシ、結構不意を突けたと思ったのですが」
「
まァ、わかってたことさ。
最初っからな。ずっとずっと信用してねェって言ってたし、思ってた。
だからもう、傷付きはしねェよ。
「
──さァ、仕切り直しだ。
今この一時において、俺ァ冥界の俺になっている。
代償なんざ計り知れねェが──いいだろ。丁度、美味そうででけェのが目の前にいるンだ。
2つも、さ。
「わかってたことだ。ボーグル。てめェが敵だってことなんざ、とォの昔にな」
「そうですか? ワタシは今の今まで気付きませんでした。今思い出したので」
「ヒヒ──夜の使徒。夜の使徒。夜の使徒が、ワタシを殺すモノ! ヒヒヒ!」
まァ、もうなんでもねェってかのよォに、フルオブズヴィトニーの隣に浮かぶボーグル。そうさ、わかってた。期待なンざしてねェ。ぜってェ背後から斬りつけてくるって思ってた。だから防げた。
……ツイウまでそォなのかどォかは知らねェが、ハハハ。
いいぜ、殺し合うってンなら、食い合おうじゃねェか。
「──ふざけるなよ」
「あン?」
一瞬、自分が言ったんじゃねェかって思った。よく言うから。
けどそれァ、目の前のでっけェ狼から放たれた言葉で。
その言葉には、声色には──あまりにも濃密な、憎悪が。
「ふざけるなよ」
「はン、何度言われたってこっちのスタンスは変わらねェよ。俺ァお前を殺すし、お前らを殺すし、お前もジョームンガンダーも食うぜ」
「ふざけるな、夜の使徒」
「はは、なンだよ。さっきまでの余裕はどォした?」
憎悪だ。怨恨、かもしれない。
なんだ。何が逆鱗に触れた? まァ俺が夜の使徒だってことくらいしかなさそうだが。
とりあえず、完全に祈りの物語を吐き出したンだ。
ガタが来る前にカタをつけてェとこだが──。
「今を生きるモノを、死者が殺す、って? ──それが運命だって!?」
「全くです。酷い話ですよ、クロクラさん。アナタは死者なんですから、冥界にいてください。邪魔なんですよ。この世界は、生きているモノのためにあるんです。生きているモノが、生きているモノと戦い合って、食らい合って、生き延びて、そういうことをずっと繰り返している世界なんです」
「死者が生者に干渉するな!」
……──。
いや。
いんやさ。
全く、その通りで。
「あぁ……まったく、苛立たせてくれる。死者なら死者らしく、空の上で暗い世界を彷徨っていればいいものを」
「全くです」
「……さっきから思っていたんだけどね。なんだいコイツは。クロムクラハ、アンタのお仲間じゃなかったのかい?」
「は?」
あのさ。
俺、今結構な代償支払ってパワーアップしたのよ。早く欠けた分食わねェと死んじまうくらいのハイリスクハイリターンなコトしてンのよ。
状況整理が必要なコトすんのやめてくんない?
「──フルオブズヴィトニー。聞くが、ソイツはアンタのお仲間じゃァねェのか」
「なんでワタシがおチビさんなんか仲間にするんだ。それも、夜の使徒に付き従ってたような奴を」
「え、そうなんですか? ワタシ、夜の使徒は敵だって事は思い出したのですけど、フルヴィトさんのことは全く思い出せてなかったので、おかしいな、とは思っていたんですよね」
あァ。
もォいいよお前。
「死者の分際で悪ィがね、俺ァやんなきゃいけねェことがあって、今はちょいと生きてンだ。風の使徒やってる。──それで勘弁してくれねェかな。殺し合う理由に、十分足り得ねェか?」
「殺し合う、と。そう言ったね」
「あァ」
「……一方的に殺すのではなく、殺し合う。つまり、運命も予言も無視して──アンタを殺したっていいわけだ。強くなるまで逃がすとか、弱い内は見逃すとかしないで──アンタを今ここで殺しても、いいわけだ」
「当然だろ。それが風の摂理だ」
言えば、にィと笑うフルオブズヴィトニー。
なるほど、さっき逃がすだの強くなってからだの言ってたのァ、そォいう理由か。
馬鹿言え。
「運命も予言もクソくらえだ。食うか食われるかの殺し合いに余計なモン挟んでンじゃねェよ、ガキ」
「──ヒヒ、ガキ? ガキだって? ワタシを? ──この世に魔力が零れた時から生きてるワタシを、子供扱いか!」
「え! 凄いお婆ちゃんですね! そういえばワタシって何歳なんでしょう。知りませんか?」
突撃する。飛行魔法の要領で背面から冥界の魔力を噴射し、高速で突っ込む。
振り下ろされる前足。──それを、クリスで弾く。
「な──」
「生憎様、今の俺ァちぃっと強くてね!」
そのあり得ない膂力に驚くフルオブズヴィトニーの鼻っ柱を──クリスでなく、形成された拳でぶん殴る!
体内に流したクリスは背面へ。手にさえ持っていないソレで、振り下ろされる赤い骨を防ぎ、更に左手の裏拳。精神体同士のぶつかり合い。それは、しかし冥界の魔力を纏った俺が勝る結果になる。
驚きの表情のままぶっ飛んでいくボーグル。邪魔すんじゃねェ。自分の目的もちゃんとわかってねェ奴は引っ込んでな。
「その魔力! その剣! ヒヒ──あぁ、夜だ。夜の使徒だ。間違いない! あの時空から降りてきて、ワタシ達を魔物に変えた、夜! その使徒! 間違いない──間違いない!!」
「あァ? 魔物に変えた?」
「そうだ。そうだよ。ワタシ達はね、元はただの獣だったのさ。ただの狼と、ただの蛇だった。姉妹だったんだ。──それを、夜が変えた! 全部めちゃくちゃにした! 死者が生きるモノに手を出して、全てを狂わせたのさ!」
「すまねェがソイツは俺の信奉する神さんじゃァねェなァ。ソイツ、今多分殺されかけてるよ。用済みだってな」
「それは清々するね! けど、関係なく夜の使徒は嫌いだよ!」
魔力集中。なンだ、遠隔魔法みてェな集中の仕方。口──開くのか? 丁度いい、ンじゃ体内に入って──。
「
「──
その口から、氷河が吐き出される。
冥界の魔力で強行突破もいけなくァないンだろうけど、行ったら不味いと直感が告げている。このブレスは魔法で防いだ方が良いと、僅かに残された魔法少女の部分が反応した、って感じだ。
大きな口。余りに鋭い牙。そこから噴き出る氷河は、周辺の林も真っ白に染めて行く。
続く。続く続く。
遠隔魔法の比じゃねェ規模だ。マジでここら一帯に氷河を作る気なンじゃねェかってほどの水と氷。
けどそれを、【波動】はしっかり防いでいる。
「っと、ふゥ、よォやく終わったか。アンタ、身体能力もそんだけあってンな攻撃もできるとかやべェな」
「……今のは、太陽の力……?」
「あン? あァさ、俺ァ元太陽の使徒でね。魔法には詳しいぜ」
「風だけじゃなく、太陽にまで迷惑かけてんのかい」
「ハ、魔物が太陽の使徒を気に掛けるたァ驚きだ」
「驚くことなんて何も無いよ。ワタシ達が太陽の使徒を求めなければいけなくなったのは、夜のせいだ。太陽の使徒がワタシ達から逃れるためにワタシ達を殺すようになったのは、夜のせいだ。全部夜が悪いんだから──ワタシから太陽の使徒へ向ける感情は同情でしかない」
いんやさ。
ホントに、全部あのニヤニヤ丸眼鏡が悪いンだなァって、ホントに。
「さっき、言っていたね。ジョームンガンダーを食う、って」
「あァ聞こえてたか。そォだよ。姉妹なンだったか。──じゃァ、守るか?」
「当然だろう。必ず仕留めるよ、夜の使徒」
ははは。
んじゃ、最初から抱き込んでジョームンガンダーを斬るってな無理だったンじゃねェか。
ボーグルのそれを考えるに、やっぱりツイウも敵か。いいね、それでいい。
夜の使徒なんざ嫌われて当然だからな。死者が生者に手を出すなって、あァさ正論も正論なンだよ。
「ハハハ! こっちにゃ正論も正義も大義もなーんにもねェが──俺のためだけに! 殺されてくれ、フルオブズヴィトニー!」
「世界のために、生き物のために、この世からいなくなりな! 夜の使徒!」