遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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89.参朽不応地身要流.

 戦闘は、今までの中で一番激しかった。

 当然だろう。敵の図体もその速度も、殺意さえも今までのどんな相手より上。格上だ。そしてこちらもそれは同じ。今俺の身体を流れている魔力は冥界に最も近く、だからこそこの精神は死者のものとほぼ同義である。神さんの用意してくれた生体──あるいは風の息がかかった精神体であったとしても、この魔力の前には膝を折る。

 蒼白の狼、フルオブズヴィトニー。彼女の主な攻撃手段はその爪と尾。この世のものであるのなら、文字通りあらゆるものを切り裂き得るその爪は、幾星霜と歳を重ねた樹木だろうが、何千年とそこから動かなかった岩石だろうが、一切の抵抗を見せる事無く切り裂いて見せる。地面だろうと山肌だろうとそれは同じ。

 あの時ボーグルと俺が彼女の爪を止めることができたのは、多分この世のものではないからなのだろう。ボーグルのは相変わらずよくわからないが、少なくとも俺のクリスはそうだ。

 爪も一振りや二振りではない。避けたと思えば眼前に構えていて、それさえも避けてさらにそこにある。フルオブズヴィトニーの前足は当然2つしかないというのに、その俊敏さたるや、といったところだろう。

 

「……!」

 

 対する俺も負けちゃァいない。

 ほとんど万全の状態と言える今の俺は、その膂力でフルオブズヴィトニーの膂力に勝る。その速さで彼女の速さに追いつける。この世のあらゆるものを殺さんとする死飛沫は濃度を増し、クリスそのものが当たらなかろうと確実に彼女の魔力を削いでいく。

 俺の背から噴出されている魔力も冥界の魔力だ。だから当然それに触れたら魔力を削られるし、長時間浸されたらその部位が死ぬ。それがわかっているのだろう、フルオブズヴィトニーも攻撃の1つ1つで満足せずに、爪を外せば離れ、再度正面から切り裂けるよォな位置に行ってから攻撃を仕掛けてきている。

 

 ゆえに、両者の激突は蒼白の巨躯がどす黒い奔流と共に高速で動き回る結果となる。

 

「──困りました。流石にあれの間に入ると死んでしまいそうです──」

 

 ボーグルのどーでもいい呟きが一瞬にして彼方へと流れて行く。無論、移動しているのは俺達だ。アイツは動いてない。

 

 フルオブズヴィトニーの口に魔力が集中する。

 さっきの氷河を吐き出すヤツだ。高密度の魔力。そのチャージ中だってのに、彼女の動きは遅くならない。チャージ時間に無防備になっちまう魔法少女たァ歴が違うってワケだ。

 ふと、影が差す。

 

「──! っとォ!」

 

 クリスで受け止めたのは、彼女の尾。その毛並みは逆立ち、その硬さだからこそ、当たれば蜂の巣となるだろう凄まじい威力の一撃。

 いつのまにひっくり返ったのか、いつの間に狙いを定めたのか。ンなまでに高速で動いている俺に、確実に尾を当てる、なんざ──。

 

希風川(ヴァン)!」

「!?」

 

 絶対に無理な体勢だった。だから油断していた。

 尾を俺に振り下ろしておいて、体をくねらせ、首を捻じ曲げ、自身の尾をも巻き込む規模のブレス。

 だが絶好のタイミングであることも事実。

 俺がクリスを防御に使っていて、それを支えるために両手を上げていて。

 

 成程、自分の尾を囮にしたって事だ。

 

「──褪戦死遠(【透過】)、ぐッ……う、ふ、ゥ」

 

 それを、世界言語による魔法の行使で避ける。

 たとえ冥界の魔力を纏っていても、他人の魔法を使うってなやっぱりクる。その感覚を理解できてる奴じゃねェとそもそも使えなそうだ。キラキラツインテがよく俺に溶け込んできてくれていたからちったァわかったけど、それがなけりゃ使えなかった。

 あン時は何しやがるとか思ったモンだけど、あァさ感謝だな。

 

「……今のは、確実に仕留めたと。そう思ったんだけどね」

「危なかった、たァ言っておくよ。敬意としてな」

「そうかい。──じゃあ、次こそは当てて、仕留めるよ。さっきから防いでいるし、避けているからね。当たれば死ぬ。そうだろう?」

「大正解だ」

 

 一瞬の小休憩。

 けれど再び戦闘は苛烈に戻る。

 手数では勝っている。単純な殺傷能力で見たら俺の方が上だ。格上も格上だ。長時間──いんやさ、今の状態であれば短時間浸っているだけでも死ぬ冥界の魔力。事実、さっき俺にぶち当ててきた尾の一部分は、その毛並みからツヤが失われ、硬度も下がっているよォに見える。有効ではある。

 だけど、その他が桁外れだ。

 さっきみてェに鼻っ柱ぶん殴ったって、横っ腹蹴っ飛ばしたって、フルオブズヴィトニーァびくともしない。違ェな、ダメージはしっかり入ってるけど──タフすぎる。そりゃそォか。狼って言やァ持久力の鬼。加えてこの寒さだ。どんだけ激しく動き回ったって体温上昇ァそれほどでもねェだろォし、体内に氷河飼ってるよォなモンなら体温調整なんざ御茶の子さいさい。

 この地、この土地ってな、ちゃんとアイツにとって住みやすい場所で、戦いやすい場所なワケだ。

 

「なァ、フルオブズヴィトニー! 死が怖ェか!?」

「当たり前だろう──怖くない奴なんか、いるのかい?」

「いたよ! いっぱいいた! 気持ち悪いくらいいたンだよ。目的のために、任務のために、早く帰りたいから、生きる意味がないから! 強くなれねェから、時間がないから、頂きとかいうモンを目指すってタメだけに! 死を選ぶ奴が──たくさんいたんだ! だから聞いてる! 死が怖いか、フルオブズヴィトニー!」

 

 空は快晴。日差しはあるけど、寒さは覆らない。何千本の林をぶっ壊しながら、何十㎞2の山肌を削り割り壊しながら、けれど止まらない。止まったら死ぬのだと、どちらもが理解している。

 その最中で、極限状態のど真ん中で、あァさ、言葉が止まらない。

 それは産声が如く。それは自然現象が如く。それはこの世の摂理が如く。

 

「怖いさ! ──だから、今! 生きようって努力してる!」

「大正解だ! 死者に、蘇ったものに、夜の使徒に! 今殺されんとしているアンタが紡ぐ言葉として、ぶつける意思として! そこに一切の間違いァ無ェことを俺が認めよう!」

 

 言葉と同時に、背から噴射する冥界の魔力の出力をさらに上げる。

 あるいは【神光】に輝く金髪お嬢様の反対を行くよォに、真っ黒い光が迸る。

 

 直後、フルオブズヴィトニーの顔が眼前にある。

 あった。あって。だから──ドタマでぶち当たる。

 

「──!?」

 

 俺よりもでけェ眼球と眼球のど真ん中。でけェが故の死角。図体差に開きがあるからこその戦法。

 そこに、フルオブズヴィトニーの顔の真ん中に掴まって、毛を引っ掴んで──爆発的に魔力を開放する。冥界の魔力。高密度のそれは、どろり、どろりとフルオブズヴィトニーの中へ侵入っていく。まるで地獄の窯に身を付けるよォに。冥界の淵に飲み込ませるよォに。

 

 どォだ、お得意の爪も、氷河の吐息も、この場所にァ使えねェだろ!

 

「そんなことはないさ」

「ッ、──褪戦死遠(【透過】)!」

 

 行使に精神が悲鳴をあげる。それはオマエが使うべきではないと、誰かが囁いてくる。お前の役割にないことをするなと、お前はそれを使ってはならぬと。

 けど、けど、ンなことよりも──それを行使してまでも、避ける価値があった。

 

「自分の、顔をッ!」

「……痛いね。痛いさ。──けど、死ぬよりマシだ」

「!」

 

 あの爪が引き裂き得るのは、恐らくこの世のあらゆるもの。

 それは自分の身とて例外ではなく、だからこそ絶対にしてこねェと思ってた。

 けど、躊躇なく。

 一切の躊躇なく──俺のいた場所を、自分の片目ごと引き裂きやがった。

 

 それが、生きるための抗いであるのなら、と。

 

「ハ──」

 

 漏れる。

 漏れ出でる。

 

「はは、ハハハハ!」

 

 我慢?

 できるかよ。

 求めてたンだぜ、それ。誰もに! 世界に!

 

 まさかこんなとこで、まさか誰とも知らねェ魔物が持ってるなンてよ。

 

悪名高き誇りある狼(フルオブズヴィトニー)! ──改めて敬意を示そう! なればこそ、俺ァクロムクラハではなく──忠実なりし夜闇の鼬(アンディスガル)として名乗りを返す!」

「夜の名前か。──いいよ。なら、こっちも笑ってやる。ヒヒ、ヒヒヒ! こっちももう一回言うよ、アンディスガル!」

 

 クリスが。

 どろりとその刀身を溶かしていく。黒と白。冥界の骨。

 ドロドロに、まるで【鉱水】を受けた鉱石みてェに溶けて、液体になって。

 

 俺の両手に、絡みつく。

 

「世界のために、死にな! アンディスガル!」

「──糸伊豆阿派青磁負不伏零矢堕千経度戸地内途(それは夜に捧げる一節の祈り)!」

 

 そこに何ができるのか。

 それが何に組み上がるのか。

 俺ァそれを、知っている。

 

 だから──構えて。

 両腕を前に突き出して、拳を握って。

 

「生きるために抗うなら! 俺ァ死として、お前の行く手を阻む!」

 

 指をかけて──撃つ。

 2発。

 

 そォだよ。

 そォなるに決まってンだ。だってそれが、俺のはじまりなンだから。

 

 この世界で初めて命を奪ったのァ、これなンだから。

 これじゃねェと──礼を欠く。

 

「【召天】」

 

 吸い込まれる。形成されたのァ2発の弾丸。形作られたのァ2丁の拳銃。撃ちだされたのァ、俺に残された冥界の魔力の全て。

 それは、片足犠牲にしてでも突っ込んで来ようとするフルオブズヴィトニーを突き破る。犠牲になっただけじゃねェンだ。確実にその前足殺して、けど弾丸の勢いァ収まんなくて、そのまま彼女の血肉を突き破って進む。

 避けようったって無理さ。それァもう無理だ。なぜなら、彼女自身が一撃で仕留める気でいたから。彼女自身が、自身ですら避けられない間合いにまで来ちまってたから。

 

 狙いは1つ。

 さっき冥界の魔力を染み込ませた眉間。最も弱い場所。弾丸ァ盲点をも通り、消えるのだろう。避ける事はできない。

 

 ゆえに。

 

「──ワタシが盾となるわけです。失礼」

 

 その、赤によって。

 防がれた。

 

 

えはか彼

 

 

「……は、ハ」

 

 満身創痍とはこれこの事だろう。

 自らの顔面を引き裂き、前足を失った巨大な狼一匹。

 自ら纏う魔力に引き摺り込まれ、死者へと足を踏み入れた精神体一匹。

 

 そして──。

 

「オマエが、何者なのか。今更問わねェ。どーせ覚えてねェだろォからな。けど、頼みがある」

「なんでしょうか」

「──俺を食うのァ、やめてくれ。俺が負けたのァお前じゃなくて、フルオブズヴィトニーだ」

「わかりました」

 

 物分かり良く、すんなり引いたボーグルに、苦笑しか出ない。

 満身創痍なのァアイツも同じだ。その身に冥界の魔力を、全力の弾丸を食らっておいて生きてンのがまずやべェが、だとしてももうすぐ死ぬだろう。腹と胸、そこにでけェ穴が空いてるからな。死んだんだ。確実に。

 

 そして──巨躯がやってくる。

 

「……横槍が入ったね」

「はン。そォいう……もん、だろ、魔物の戦いなんざ」

「夜の使徒は嫌いだけどね。──それなりには。一応、楽しめた、と。そう言っておくよ」

「そいつァ、最高だ。──食え」

「ああ」

 

 口が迫る。

 冷たい口だ。冥界の方が、ずっと暖かい。この寒さは──あァ、どこか、あそこに似ている。

 俺が神さんに拾われる前にいた場所。"前"と"今"を繋ぐ狭間。暗く、暖かい穴の底。そこにあった湖の畔──。

 

「……何の成果もねェ人生だったが──まァ、結局。俺ァここ止まり、ってことさ」

 

 その牙が。口が。

 俺を──。

 

 

 

「全く。──その口を開けさせるのに、何百年隙を窺った事だろうね?」

「──カ、ァ!?」

 

 突然、フルオブズヴィトニーが仰け反る。

 大きく仰向けに仰け反って、目をかっぴらいて、じたばたと、苦しくて仕方がないと言った風に悶え苦しむ。

 それはまるで──毒でも、食らったかのよォに。

 

「やぁ。元気かな、クロムクラハ」

「……てめェ」

 

 ソイツはいた。

 そこにいた。いつのまにかいた。

 戦士然とした風体の、片腕の無い女。

 

「おや、ツイウ。アナタがあの穴倉を出てくるなんて珍しいですね。珍しいんですか?」

「ああ、珍しいとも。ジョームンガンダーに敗北し、フルオブズヴィトニーに腕を食いちぎられて数百年。ずっとあの穴倉で2つを殺すための毒を作っていた私にとって、つまりそのまま数百年ぶりの地上さ」

「嘘を吐かないでください。さっき何百年と隙を窺っていたと言いました。そうするには、フルヴィトさんを監視している必要があります」

「嘘じゃないさ。──なんせ、監視していたのは私ではないのだから」

 

 苦しむ。じたばたと、息ができねェのか、それとも痛むのか、その巨体をバタバタとさせて──苦痛を訴える。

 

 やめろ。

 やめてくれ。

 

「じゃあ誰が監視していたのですか?」

「誰だと思う?」

「難しい事を質問しないでください。ワタシが知っているわけないじゃないですか」

「知らずとも、考える事はできるだろう。数百年と外に出ていない私が、どうやってフルオブズヴィトニーの動向を見ていたのか。答えは簡単だ」

「なるほど。わかりました」

「ほう? わかったのかい? それは驚いた。言ってみてくれ」

「答えは"簡単"ですね」

「……うん、君に期待した私が愚かだったよ」

 

 やめろ。くだらねェ話してンじゃねェ。

 毒を食らわせたンだろ。文字通り、その隙をずっとずっと窺ってて。横槍も横槍だ。くっだらねェ横槍だ。

 けど、これで。

 もうアイツが生きられねェのはわかる。

 急速に命の気配が小さくなっていってる。ホントにやべェ毒なンだろう。

 

 だから。

 だから。

 

 だから!

 

「苦理主──もう一回、姿変えろ」

「あぁ、クロムクラハ。無理はしなくていい。フルオブズヴィトニーは直に死ぬ。苦しめて苦しめて、楽になってきた頃にもう一度苦しみが来て──死ぬ。あれはそういう毒だからね。体内に入ればこっちのものさ。君はアレに口を開けさせた功労者として、そこに横たわっていてくれていい。貴女にはまだ役目があるのだから、こんなところで死なれては困る。後で適当な魔物も狩ってくるから、それで傷を癒すといい」

「ツイウ、クロクラさんは夜の使徒でした。夜の使徒に手を貸す必要はありません」

「ボーグル、種族差別はいけないよ。死者だろうと生者だろうと、太陽の使徒だろうと風の使徒だろうと夜の使徒だろうと、私は貴賤なく扱う。何故ならそこに」

 

 うるせェ。

 どうでもいい話ァやめろって言ったはずだ。

 

 姿を変えろ、苦理主。

 2丁の拳銃から──もう一本の、相棒の姿へ。

 

「そうですか。わかりました。ではクロクラさん、これからもお友達としてよろしくお願いいたします。つきましてはワタシ、そろそろ死にそうなので、どうにかしてくれませんか?」

「ボーグル。その必要はないよ。何故なら君は」

「っるっせェつってンだろ!」

 

 構える。良い、倍率スコープなんざ無くていい。

 欲しいのァ貫通力と長距離射程だ。そうだ。それでいい。形を変えろ。剣から拳銃へ。拳銃から──狙撃銃へ。

 

「体勢もへったくれもあったもンじゃねェが──馬鹿が、俺と敵対して、()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 撃つ。

 込めたのァ死の魔力。冥界の魔力程の濃さは無いが、だとしても俺の魔力であることに違いはない。

 

 それは仰け反り、暴れまわるフルオブズヴィトニーの尾に着弾する。俺にぶち当て、ゆえに弱くなった尾だ。硬度を下げた尾は簡単に魔弾を受け入れ──そのまま、体内へ侵入する。

 

「──褪戦死遠(【死漸】)!」

 

 夜への祈りも捧げてねェ状態での魔法行使。

 当然──全身をカチ割るよォな痛みが走る。しかし、それは確実に発動した。

 体内へ入った弾丸。そこから漏れ出でた、希釈された死の魔力。水みてェに染みわたって、その心臓にまで刃を届ける。

 

 ずしん、と。

 止まった。暴れまわっていた巨躯が──よォやく、苦しみから解放されたよォに。

 あァ、この表現は、俺ァ大っ嫌いなンだがよ。

 

 よォやく、救われた、みてェに。

 死の魔力は、その全てが【死漸】に置き換わり──彼女を、殺した。

 

 俺に勝ったフルオブズヴィトニーを、殺したンだ。

 

「……殺したのか。全く、勿体のない事をする」

「え、フルヴィトさん死んだのですか? ならあれを食べてワタシが回復するのはアリな気がしてきました」

「近づくな」

 

 起き上がる。

 無理だ。もう限界に近い。

 なら、良い。精神体なンだ、別に立ってなくてもいい。

 

 移動しろ。俺ァ前に進んでる。

 俺が今、認めた。この状態であっても前に進んでいると認めた。

 

 だから、世界(お前)もそォ認識しろ。

 

「ボーグル、アレを食べると、貴女にも毒が回るよ?」

「それはそうでした。確かに。忘れていました。……でもクロクラさんは、アレを食べるみたいですよ?」

「何?」

 

 進め進め進め。

 その身に辿り着け。退くな。進む事を止めるな。

 ──俺にァその義務がある。敬意を表したンだ。なら、その身は。

 

 俺が食わなきゃいけねェ。

 ホントは俺が食われなきゃいけねェけど、横槍や奇襲が入るのも魔物の摂理だ。けど、だけど、お前の最期ァ、俺がやった。俺が殺した。毒で苦しんでいようが、満身創痍であろうが──俺が殺したンだ。その最期の、生きてェと願った命の灯ァ、俺が摘み取ったンだ。

 誰のものでもねェ。

 俺が、食う。

 

「──止めた方が良い。その毒は、君にも効くかもしれない」

「うるせェな。毒持ってるから食わねェなンて事を選ぶくらいなら、そォいう耐性つける方向にでも進化しやがれ。俺ァンなモン持っちゃいねェが──食う。そのために、殺したンだ。殺し合ったンだ」

 

 クルメーナ周辺海域じゃ、そォいう生存競争があっただろォが。

 あんなちっくせェ魚たちがそんだけ頑張って生きてンのに、てめェの怠惰でコイツが食われず終わって堪まるかよ。

 

 進む。

 進んで、──辿り着く。

 その身体に触れる。

 

 ……無理か。もう、魔力は無い。

 死んでいる。

 

「……座頭伊豆能登阿出内或(それは否定ではなく).佚能登沙米紫遠(それは救いでもなく).椅子伊豆邪止座頭(ただこれは、私が食事をする)伏霊矢不応身塔意図(そのためだけの祈り).」

 

 軋む精神に鞭を打つ。

 これだけの巨体だ。食べきるにァ、そうするしかねェ。

 すまねェ。本当に。

 本来なら俺が食われるはずだった。俺とのサシなら、そォなるべきだった。ボーグルの横槍もツイウの横槍も関係なく、俺ァアンタに負けてた。たとえ俺の弾丸がアンタの顔面貫いたって、アンタは俺を殺してただろう。顔を、脳を、身体を殺したって、アンタは俺の身体を引き裂いて、殺し尽くしていただろう。持っていけて相討ちか。それでも絶対に、俺だけが生き残る、なンてことは無かったはずだ。

 

 だから。

 だから──せめて、感謝をする。

 合わせる手もねェのァすまねェが。

 

 祈りの言葉は、言わせてくれ。

 

解体徒(いただきます)

 

 食らう──。

 

 

 

 

「ふゥ……あァ」

「まさか、本当にすべて食べてしまうとはね。体調に異変はないかい?」

「無ェよ。死者に毒なんざ効くか」

「そうか。それは良かった」

「で、これだろ。てめェのお目当てのモンは」

 

 言って──放る。

 フルオブズヴィトニーの爪。その一本。

 死して魔力の失われた今でさえ、あらゆるものを切り裂き得る鋭さを誇るソレ。

 あの巨躯についてた爪なンで相当でけェし重いンだが、ツイウは放られたそれをひょいと受け取り──()()()()()()()へしまった。

 

 ──はン。

 やっぱりか。

 

「あのー、ツイウ? ワタシ、本当にそろそろ死にそうなのですが」

「大丈夫。そんなことはないからね」

「それはどういう──、ウ!?」

 

 突然、ボーグルが頭を抱える。

 けどそれァ苦しんでるってよりかは──光に驚いたとか、そんな感じの。

 

「どうかな。記憶は戻ったかい?」

「……」

「やっぱり、てめェらそォいう関係か」

「うん? あぁ、流石にわかるか。クロムクラハ、君はボーグルほど頭の弱い子ではないようだからね」

 

 おかしィ点はたくさんあった。

 魔物ってなは復讐なんざ考えねェんだよ。だって負けたらそこでオシマイなンだから。食い食らわれの世界で、逃げ帰って隠れ住んで復讐のために毒作ってるなんざ魔物のやることじゃねェ。

 さっきボーグルが指摘してた点もそうだ。ずっと引きこもってる奴がどォして監視なんざできる。どォして毒の調合なんざできる。

 ま、他にもほじくればいくらでも出てくるンだろーけど。

 

「てめェ、元魔法少女だな?」

「かの時代では仙女という呼び方だったけれど、そうだよ。正解だ」

「……あの、記憶戻ったんですけどワタシ、変わらず死にそうなんですけどワタシ」

「はい、()したよ」

「あ、はい。ありがとうございます。直りましたワタシ」

 

 治ったンじゃねェ、直った。

 簡単な話。

 ツイウは、特殊魔法を扱う魔法少女で、ボーグルはツイウの特殊魔法だったって、そンだけのこと。

 

 それが魔物になってる理由は。

 

「……それが、ジョームンガンダーか」

「話が早くて良いね。そうだ。私はかつてジョームンガンダーの討滅に挑み、しかし敗北を喫した。私がジョームンガンダーに挑んだ理由はただ一つ、当時の仲間をすべて食べられてしまったからだ。そして私もそれは同じ。ジョームンガンダーに魔法少女の因子を持っていかれてしまってね。私の魔法はコレだから、なんとか精神体だけを引きずり出して、その辺にいた魔物に詰め込んで復活を果たしたわけさ。逃げる際にフルオブズヴィトニーに見つかって、片腕を持っていかれてしまったけれどね。私は元々こんな姿ではなかった、というのはそう言う事」

「ちなみにワタシは元からこんな姿だったみたいです。もうちょっと綺麗な姿で作りだせなかったんですか?」

「任意で魔法の形を変えられるのなら、魔法少女は苦労というものを知らなくなるだろうね」

 

 はン。

 よくわかってるこって。

 だからまァ、フルオブズヴィトニーを長年監視してたのもボーグルで、毒の調合のための色々を集めてたのもボーグルで。記憶失ってた理由は──あんまりにも簡単に戻せたあたり、自在なのかもな。ボーグルが抜けてるから、口滑らせねェよォに重要なトコは消して、俺に近づけたか。

 はァ。

 嫌になるね。なンでこんなトコに来てまで魔法少女との腹の探り合いなんざしなきゃいけねェんだ。魔物の世界のが殺伐としちゃいたがサッパリしてて好きだったよ。

 

 ……あァ。

 フルオブズヴィトニー。アンタ、ちゃんと美味かったよ。味はわかんねェけどさ。少なくとも今、魔煙草の不味さで掻き消したくねェって思う程度には、美味かった。

 

 クリスを元の剣の形に戻す。 

 ……これもよくわかんねェままだけど。

 

「んじゃ、そろそろ行こうぜ」

「え、どこへ行くんですか?」

「ア? ジョームンガンダーのトコに決まってンだろ。武器ァ手に入ったんだ、ついてくるだろ?」

「勿論だとも。ジョームンガンダーを殺して、みんなの無念を晴らす。私の身体も取り戻す。ついでに世界も平和にして、全て解決だ」

「それ終わったら俺も殺されそォでこえェなァ」

「そんなことはしないさ。君に嫌われ、貴女に目を付けられると厄介なことになりそうだからね。無論、既に好かれてはいないようだけど」

「ワタシは好きですよ、クロクラさんのこと。褒めてくれたので!」

「夜の使徒は嫌いなンじゃなかったのかよ」

「そうでした。嫌いです。大嫌いです夜の使徒」

 

 ありがとう、フルオブズヴィトニー。

 大切にするよ、アンタを。

 

 ごちそうさまでした。

 

 

えはか彼

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