正直自分でも引いてる部分がある。
勘が当たりすぎる。班長にはカッコつけたが、どうにもおかしい。なんつーのかな、俺だったらそーする、を的確にやられてる感じ?
キラキラツインテを無事救助した二人と、目標地点を完全な氷山にしちまったねぼすけ。多分反魔鉱石があるからこの氷山はすぐ崩れると思うんだけど、そっからどうするかって話だよな。
「こわしていーい?」
「ああ」
ん。
ねぼすけの問いは──うわ、そういう魔法なのか。
班長の返事の直後、視界いっぱいの氷山は砕け散り、キラキラと綺麗な氷片を降らせながら、そこを更地にした。更地だ。廃墟群も触腕の森も、周囲の木々も──全てが凍り、砕け散った。
文字通り【氷壊】。凍らせて壊すまでが一つなのね。そしてゴリっと減ったねぼすけの魔力。ひねもす寝てんのはやっぱ膨大な魔力使うからか?
「梓、次はどうなると思う?」
「……普通に考えたら再度触腕が湧く。が」
そもそも、化け物としてどーなんだ、って感じはあるよな。触腕オンリーって。
キラキラツインテを捕えたまではいいが、あれじゃ殺すだけだ。食えねェから糧にならねェ。化け物だって生物だ、食えなきゃ死ぬ。ふつーに餓死する。食うモンが人間と違うって点はあれど、そこは同じだ。触腕だけじゃ移動もままならねェはずだし、実際あそこまで密集してたあたりアイツラもどうしようもなくて困ってた、って感じなんだろう。
つってーと、アレはやっぱり人工的な湧きポと考えるのが普通だよな。まるで海中や地中にタコだのイカだののがいる、って見せかけるための。わざわざ反魔鉱石が置いてあったのも、置き忘れなんて言葉を口にァしたが、罠の線が高いと思ってる。
嫌だねェ。
敵が人間……あるいは魔法少女の可能性もあるってワケだ。
「キラキラツインテは意識失ったままかい?」
「ああ、どうやら強く頭部を打たれたらしい。気付けのポーションはあるから、出来るだけ早く起こすけれど」
「ま、相手さんとしても情報取られたまんまなワケだ。このまま何もしてこねェわけがねェ」
「相手さん?」
「ん……まァ、比喩だよ。これも多分の奴だ」
キラキラツインテに内部事情を聞きたい所だが、まァ無理にってわけでもない。こっちには遠隔がわんさかいるんだ、何か起きたらすぐ魔法を撃ち込んで──。
「って、考えてるワケだ」
「何を」
「とすると」
前回のコトを考えてみる。
狼の湧きポを小学校の運動場につくる、なんてのがもし化け物じゃなく魔法少女の考えだったとした場合、ソイツァかなり安直な考えをしてる。人間を殺すには何がいいか。肉食で素早くて、群れで行動する生き物! ってな具合にな。獅子だの虎だのは群れねェから、軍に倒される可能性もあった。銃が当たらねェくらい小さくて速くて、且つ殺傷能力のたけェ狼を選んだ……とすると。
あそこに触腕置いて、あんだけ目立たせて、中探らせて捕える罠──までが囮。遠隔魔法少女をアッチに向けさせて、監視させて、となれば狙うのがどこか、なんつーのは。
「背中メッシュ、チャージ頼む。太腿忍者、あの触腕の森と私達を結んだ後方直線状に【光線】だ」
「了解です!」
「わかった」
「ねぼすけも今度は小規模で良い、チャージを頼む。班長は引き続き湧きポの監視、ブラックホールと尖り前髪はキラキラツインテの護衛」
「はーい」
「梓、出来ればどうしてそう思ったのかまで教えて欲しいのだけど……ああ、監視は続行するとも。簡潔で良いから、頼む」
「……指示は了解したが、呼称の変更を要請する」
「もしやブラックホールというのは私か?」
いいだろ尖ってんだから前髪。Mの字って奴? サムライガールと迷ったんだが、そもそも魔法少女ガールしかいねェから他に刀使うヤツ現れたら被るなって思ったんだよ。
「チャージ完了しました。撃ちます!」
「頼む」
太腿忍者の指先から、一条の【光線】が放たれる。
何も無い丘陵──なだらかな丘の広がる、一見平和そうな場所。
そこに、【光線】がぶち当たる。
「! 何かいます!」
「背中メッシュ!」
「ん──最大チャージじゃないけど、撃つ」
「おう!」
太腿忍者の【光線】が途絶えた先。ありゃ凄まじい距離まで届く魔法だ。だから、あんな手前で途切れるなんてありえない。あり得ないし──景色、いや空間? わからんが、なんかが歪んでるのは見える。
だからそこに、背中メッシュの【神鳴】を落としてもらった。
「直撃した、けど」
「依然姿は見えずです!」
「ねぼすけ、いけるか?」
「あーい」
そこに何かがいて、結構でかい、ってのがわかりゃァいい。
班長の魔法は鬼教官の【痛烈】と同じく対象が見えなきゃ発動できねェみたいだからな、何も見えねェもんに対してはねぼすけの方が向いてる。
俺は俺で、SRを構えてる。スコープは覗いてない。覗いてたら多分【神鳴】で目ェ焼かれてるしこれからできる氷の反射でも目ェ焼かれる。
「新しいのが湧いた! 凍らせるよ!」
「頼んだ。ねぼすけ、どうだ?」
「んー、ま、いっか。えいや~」
一瞬発動を躊躇う素振りを見せたねぼすけだったが、何かに妥協したのだろう、【氷壊】を発動してくれた。
そして形成されるは──これまたでけェ氷山。小規模でいいっつったんだがな。
これでも、なのか。
「ッ、中に何かいるぞ!」
「あァよ、わかってる。尖り前髪とブラックホールはキラキラツインテ引っ張ってそっちの稜線切れ。班長もソッチだ。多分、そろそろ湧きが激化する。対処できなくなったら言ってくれ」
「大丈夫、まだ魔力は十二分さ」
「そりゃァ良かった。背中メッシュと太腿忍者はこの氷山見といてくれ。あー、ねぼすけ。これ、壊さないでおけるのか?」
「いーけどー、ねむくなるー」
「維持は魔力食うのか。半分切ったら砕いてくれていい。それまで維持で頼む」
「りょーかーい」
ここでようやく2-4倍の登場だ。尖り前髪の言っていた中にいるナニカ──ソイツを見る。
……眩しいな。朝日め。
「あ、やばいかもー」
「どうしたねぼすけ」
「うちがわから、けずられてるー」
「んじゃ即砕いてくれ!」
「あーい」
完全に凍った身でも動けるってか。化け物め、どんな生物だそりゃァ。
……いや、熱系の魔法少女が溶かしたって可能性もあるな。化け物従える、湧きポ作る、だけじゃなく、そういう魔法も使えんのか? ずるくね? 一人一個までだぞ魔法って。
氷山に罅が入る。さっき見た、砕ける光景──とは、ちょっと違う!
「全員下がれッ!」
「!」
稜線に上げていた三人に指示を出して──俺は、【即死】を発動。ねぼすけもねぼすけだがS級らしく、その即座の指示に対応してくれた。
対応できなかったのはただ一人。
まァ俺なんだが。自分で指示しといてなんだけど、そんな早く動くとかおじさん無理よ。
「う──ぐ、ぅ」
「梓!?」
まァ無理だった。無理だってわかったから【即死】使ったんだ。
100%避けれねェ攻撃ってことは、100%【即死】が入る攻撃でもある。
っかァ、いったいね。腹ァ思い切りぶん殴られた。俺の身体に触れた瞬間死んだからいいものを、そのままだったら地平の彼方までぶっ飛ばされてたんじゃないか?
……つか、やべー。何がって、魔力消費が。
クソでけェもん【即死】させちまったらしい。【即死】を防御に使うって手段は前々から考えちゃいたが、相手のデカさわかってねェ状態でやるのはこういうデメリットがあんのな……。
「で、っけぇ、透明なタコ、だ! 陸上移動……頭に誰か乗ってた!」
「透明……まさか、あのウルフが近くにいるのか!?」
「可能性はある、っぷ、あー、クソ。久しぶりに腹なんざ殴られたな……まァ、タコは殺したからよ、一旦空中に逃げて」
「梓さん!? どこに──まさか、もう噛みつかれて!?」
「ウルフ種は、まずい」
「みんな空中へ!」
……あ?
なんだ、声が聞こえてねェ。すぐ近くにいるのに、みんな──飛んでいっちまった。
これァ、必死で呼びかけるってのは愚策、だな?
「く……梓を失ったのなら、どちらにせよ任務は失敗だ。相手が魔法少女、という可能性もある。一旦帰投する選択肢も有りだろう」
「まだ、梓は生きているかも」
「……可能性は低いだろう。生きていたとしても致命傷を負っている可能性が高い。あの新種のウルフは、そういう攻撃をしてくる」
「どーするー? しぬー?」
──待て。
え、どういう事だ。遠征組ってな、情報持ち帰る場合はちゃんと生きて戻ってくるんじゃなかったのか?
待てよ。何してんだ班長。
「それが最善だろうね。ここから全速力でエデンに帰るより、死んで還った方が早い」
「了解です!」
「仕方が、ない」
「……異論はない」
「おっけー」
何言ってんだみんな。
おい。待て。何してんだ。
背中メッシュも太腿忍者も……なんで、そんな軽く。
「大丈夫、頭から融かすよ。痛みはほとんどない」
「班長は、どうする?」
「私は適当に溺れるか首を斬るさ」
「ならこれを使ってください! 私の家系で自決用に使われてきた苦無です! 持ち手の方向に刃が反っているので、思い切りやれば苦しみなく死ねます!」
「ありがとう、助かるよ」
待て。おい。
何やってんだよ。なんでそんな。
「再度の作戦立案はあちらに帰ってから念入りにする。梓の蘇生も待たなければならないしね」
「それでは」
「ああ──【凍融】」
融ける。みんなが──どろりと、融ける。一瞬で。
なんでだよ。
なんでそんな──まるで、便利なツールみたいに。
死を、扱うんだ。
見殺しにした。
……そうさ。俺ァ、我が身可愛さに見殺しにしたんだ。みんなを。
どうせ聞こえねェのはわかってたし、叫べば叫ぶ程──敵に俺の位置を知らせる事になるってわかってたから、呼びかけなかった。
俺一人が生きるために。死なないために。
みんなが死ぬのを、見ていた。
「……」
なんて悔恨は後だ。
今はこの状況をどう乗り切るかっつーのが先だ。
多分だけど、俺は今透明にされてる。
あんだけでけェタコが後ろにいたってのに、足音の一つ聞こえなかった。草むら掻き分ける音さえなかった。ってことは、透明にするだけじゃなく、完全に気配っつーのを消す魔法だ。【隠蔽】とかそんな辺りだろう。D級もイイトコな魔法だが、暗殺には持って来いだ。
あの時、途中まで俺の声は聞こえていた。けど途中から聞こえなくなった。ってことは、ホントに近くに敵がいて──俺が中心になってるって気付いた、とかそんな辺りだろう。ずっと叫んで指示してたからな、指揮官潰せば陣は瓦解するってな、猿でもわかる。いや猿はわかんねェか。まァいい。
しかし、厄介な魔法だな。
そういう魔法だって知らなきゃ一瞬で持ってかれたって考えんのも当然だ。確か一体の統率者たるウルフが他のウルフを透明にしている、みてェな話だったが、どォだろうな。湧きポの作成、化け物の統率、透明化。
俺にァ全部魔法少女の魔法にしか思えねェ。あるいは魔法を使う化け物って線もあるが……。
「……」
息を潜める。
俺にかけられた仮称【隠蔽】がいつ切れるかわかんねェ以上、敵に俺の位置を気取らせないに越したことは無い。こんな森の中くんだりで【隠蔽】されてねェ狼をわんさか放ってるくらいだ、俺が死んでない事も知られてる。
殺す気はないのか? それとも何かを待っている?
どちらにせよ、自分の意思で魔法の解除が出来ねェのは未熟の証拠だ。そォいうのはちゃんと学園で教えるからな。学園に通ってねェ魔法少女と見た。はン、不勉強な己を呪え。
……いやまァ、俺が圧倒的に不利ってのもなんにも変わんねェんだけどさ。
魔煙草は吸ってない。ありゃ匂いが多少出る。それまで【隠蔽】してくれんのかわからねェから吸うのが怖い。フリューリ草はちょいと食ったんで、狼一匹を【即死】させるだけの魔力は有る。
あるいは、安藤さんに教えてもらった赤い花を見つけられりゃ御の字って所か。
魔法少女の蘇生にかかる時間は約15分~30分。個人差があるのがまずおかしィんだが、まァそんくらいかかる。だからみんな蘇生はもう終わってるはずだ。んで、俺が死んでないって事にも気付いてるはず。だから俺ァここで、昨日の行軍と同じくらいの時間を待てばいいはずだ。援軍が来てくれる、と。そう信じてる。
……怖いのは、結局あの班長達も魔法少女の理念に基づいて行動してる、って事だな。
つまり、何故死なねェのかと。俺が死なないのは何か理由があるんじゃないかと、変に勘繰ってる場合がちょいとやべェ。班長達目線、俺は敵に捕まってるか、そもそも帰る気がないのかの二択くらいになる。生き返るんだ、死んでも損は無いって奴だ。当然の様に俺もそうだと思ってる可能性は十二分にある。
前者なら、ちゃんと作戦を練って、大量の戦力引き連れて来てくれるだろう。俺の奪還を目指してくれる、と信じたい。俺ァ一応今重要人物で、湧きポを唯一壊せる魔法少女だからな。ちゃんと救出してくれると願ってる。
後者は考えたくもねェ。純朴で善人の多い魔法少女達だ、そんな裏切りみてェな事は考えないと思いたい。
……一番キツいのは、どっちでもねェ──話聞いた金髪お嬢様やポニテスリット辺りが命令無視して助けに来る、ってパターンだな。俺個人としてァ嬉しい限りだが、完璧な軍法会議モンだ。二人の降級も有り得る。
俺のために、っつってな。一番クるんだ、それが。
といっても、後ろ二つを避けるには、俺がここを無傷で抜け出して、エデンまで走って帰る必要があるってのがまたネック。
行軍の速度は凄まじいの一言だった。それでたった一日の徹夜で辿り着けた場所だ。その距離を俺が走ったらどうなるか、っつー。道中には普通に化け物もいるし、魔力も万全じゃない。RPGよろしく補給できる村でもあったらよかったんだがな、村どころか国まで全部滅んでると来た。
万事休す、ってヤツ?
「ああもう! どこにいんのよ!! こんだけ探していないって何!? かくれんぼ名人!?」
……驚いて声出さなくてホント良かった。
結構な距離だ。結構な──至近距離から、その苛立ちの声は聞こえた。キンキンする声。大分幼いな。同い年か、それよりも少し下か。
スコープで覗くまでもない。そこに、ソイツはいた。
黒い髪の……短髪の少女。ハロウィンで仮装する魔女、みたいな恰好で、これまたコスプレ魔女みてェな星付きのステッキを持ってる。
その周囲には──いるわいるわの狼の群れ。
森にいる種と同じだ。つまるところ、アイツは敵で──恐らくは、首魁。
化け物共を操って俺達を攻撃してきた奴。仮称【隠蔽】の使い手。あるいは湧きポの作成者。もしくは化け物を操る魔法の所有者。
……もし全部だったらやべェが、まァ多分どれか一つだろォな。
「あー! そろそろお風呂入りたい! この辺潮風うっとおしいから嫌ーい!」
そいつァ同感だ。ベタベタして敵わねェ。こういうとこ、車停めといたらフロントガラス真白になるんだろォな。
「もうやめちゃおっかな、面倒だし。あんなの一匹逃がしたってどっかで野垂れ死ぬでしょ。ちょー弱そうだったし!」
正解だ。俺ァ超弱いぜ。
死ぬほど弱い。お飾りB級だ、本来C級のおじさん舐めんな。
「……ちぇ。撃ってこないか。こんだけ騒げば狙ってくると思ったんだけどなー」
おォさ。それ狙ってると思ってた。そもそも声の聞こえてくる場所が違ェ。ありゃ人形か分身か、また別の魔法だろう。魔法のバーゲンセールかよ。ずりィな、ほんと。
でも──見えてるぜ。
アンタの頭。隠れてる本体がどこにいるのかもばっちりと見えてる。
「【即死】、絶対使いやすいと思うのになぁ」
引き金に指をかける。
通常弾。【即死】が込められた弾丸。ソレを──ヒトに向ける。
「もーいーよ、みんな。帰ろっか。あ、あっちのバチバチ石誰か回収しといて~」
撃てる。
今なら撃てる。別に頭じゃなくてもいい。身体に当たれば【即死】は発動する。時間足んなくて安藤さんに貰った弾全部に【即死】を込められたワケじゃないが、それなりのストックはある。外しても、四発はリロードできる。
撃てる。撃てるんだ。
今なら殺せる。指揮官をやれば陣は瓦解するってな、犬でもわかる話だ。狼か。
だからやれよ。
撃てよ。
殺せよ──アイツを、殺せ。
「ッ……!」
「てっしゅうてっしゅー! あ、乗せてって~」
撃てるんだ。
愛用のスコープに、完全に収まってる。
魔法少女だ、死んでも蘇るって原理は同じだろう。だからここで──俺の安全のために、一旦殺すだけ。出来るだろう。今までだって化け物は何匹も殺してきただろう。仲間だって──殺しただろう。さっきも見殺しにした。散々殺してきたんだ。
アイツは明確な敵。わかってる。そんなこたわかってんだよ。
──帰ろうとしてんのが嘘だって事さえわかってんだ。そういう作戦で、俺を安心させようって魂胆だって。
だから撃て。唯一勝ってる情報……俺がアイツの位置を知ってるって事を活かすために。
撃て!
「はぁ。今日から君のあだ名、かくれんぼ名人ね」
その声は。