遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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9.Could what not or dodge luck at.
91.地部炉訓-涯徒.


 ジョームンガンダーの両脇を通り抜けての、二筋の斬撃。黒と白。それが齎した結果は、しかし芳しいものとはいえなかった。

 やっぱり、浅いのだ。刀身が伸びでもしねェ限り、その芯を捉えることはできない。

 一旦迂回し、お嬢の方へ行く。

 

「よォ、お嬢。久しぶりだな」

「え? ……今、完全に貴女は梓さんだと思って突っ込んできましたけど、もしかして人違いでしたの?」

「あン? ……あァ、発声すりゃいいか。よォお嬢。久しぶりだな」

「あ、よかったですの。なんだか声の感じは少し違いますけれど、その口悪い感じは完全に梓さんですわ。貴女並みに口の悪い野蛮な方は他にいませんもの」

「久しぶりだってのにキチィなァおい」

 

 そォだった、普通に喋ろうとしたらそりゃ伝わんねェわな。

 口で喋らねェとダメだったわ。

 

 えーと。

 で。

 

「さっきの泥雨見て急行してくれた、って事で間違いァ無ェか?」

「見て、というか、EDENにも流れてきたため、現在マルハーバンさん含む防衛組が全力で押しとどめている最中ですわ。私達はその間に一刻も早く発生源を倒してくる任務が与えられ、その捜索の際中に貴女を見つけた、という次第ですの」

「あァさ、まァその辺はどうでもいい。今の俺ァ魔物なンでな、EDENとも魔法少女ともそこまで馴れ合うつもりァ無いよ」

「えぇ……梓さん、貴女また私達と敵対する気ですの?」

「またってなンだよまだ2回目だろォが」

「それは3回目もあるかもしれない、という示唆ですのね……」

 

 まァな。

 ジョームンガンダー倒してオリジン達引き連れて宙の莽行ってシエナ達ぶっ倒して──その後、俺ァEDENの蘇生槽全部ぶっ壊しに行くつもりなンでな。

 そこで絶対、戦闘は起きるだろ。

 

「というか、魔物、ですの? ……確かに精神体のような、けれど人間のような、いえでも死者のような……」

「雑談はそこまでだぜ、お嬢。俺もそっちも聞きたいことだらけだが、今ァ目の前の相手に集中しな。敵はこの世界最強の魔物だ。さっきの泥雨も、アイツ自身も最上級の危険度を認めろ。その上で、一緒に戦ってくれ。変わらず、俺ァ俺を守らねェ。前にだけ進む。だから」

「はいはい、私は梓さんについていきますのよ。そんな確認、何度もしなくていいですわ。答えは変わりませんので」

 

 ハハ。

 上等。

 

「話は終わったか?」

「なンだよ、待っててくれたのか?」

「貴様が誰であれ、何であれ、再会とは喜ばしいものだ。貴様が我の憎む相手であろうと、魔でなかろうと、それは同じはず。ならばそれを邪魔立てすることはしない」

「んじゃ、同時に、もう再会できねェ離別は。それを刻みつける死って奴ァ」

「──無論、許しはしない」

「ハ!」

 

 やっぱり、ここまで戦って、どォもこいつらの印象はツイウのそれとは正反対だ。コイツは律儀だし正々堂々だしで、ツイウの語ってたこいつらは卑怯で極悪で。

 そのギャップってな、やっぱり。

 

「あの……梓さん、もしかして今、この魔物と話していましたの?」

「魔物が魔物と話す事がそんなにおかしいか?」

「……いえ。そういえば梓さんは、元から色んな言語を知っている方でしたわ。今更魔物と喋る事ができるようになっていたっておかしくはありませんの」

 

 って話なンだろう。

 会話ができなきゃ、何言われてるかわかんねェ。もしかしたらジョームンガンダーもフルオブズヴィトニーもちゃんと名乗って宣戦布告したのかもしれねェ。あいつらの縄張りに勝手に入り込んできたのがツイウ達だったのかもしれねェ。どォも魔物側の肩を持っちまうがな、伝え聞いた印象なんかより、目の前で見たモンを大事にしたくなるさ、そりゃ。

 

「それで、あの魔物はなんと?」

「姉ちゃん殺した俺を絶対に許さねェってさ! 行くぜ!」

 

 返事は待たない。

 冥界の魔力だってそォ長くは続かない。追い風があるとはいえ、これが凄まじく様々なモンを消費して行く状態だってのにァ変わりない。

 だから、できることなら短期決戦で決めたい。が、ンなことできねェってなもう重々身に染みてる。ならどこ狙うかって、そりゃツイウの付けた傷だ。あれだけは完全にぱっくりと割れた傷。あそこから冥界の魔力を流し込めば、相当な量を殺し得る。腹から下の細胞の死滅も狙えるかもしれねェ。

 

 けど、ンなこたジョームンガンダーもわかってる。

 だからこうしてとぐろ巻いて、その腹の傷を完全に隠しちまってる。

 

 噴射を強くする。

 加速だ。もっと加速しろ。

 向かい風なんざ知るか。蝙蝠野郎の見世物になんざなってやるつもりは無ェぞ。

 

 斬る。

 あァさ、斬れねェ。刃はほとんど入ってねェ。

 すぐに離れる。なんでって隕石みてェな頭が突っ込んできてたから。それだけじゃねェ、全身の鱗から、最初の時みてェに散弾が飛んでくる。それが鱗だってわかっても、一瞬で生え変わりやがるからもォどういう生態なンだって話。

 ……でも、一瞬はかかるンだよな。

 

「──1つ! 言っておきますの!」

「あァ!?」

「私は何も単身で赴いたわけではありませんの! 少し遅れますけれど──学園組A班アールレイデ隊! その全員がここへ来ますのよ! それだけは頭に置いておいてくださいまし!」

「んじゃ、来たら一旦下がらせな! あいつら程度じゃ一瞬で死んじまうからよ!」

 

 もう一度急接近。当然鱗の散弾が俺を歓迎するけど、最小限の被弾覚悟で突っ込む。俺の精神体に、あるいァ心臓や肺に辿り着く前に冥界の魔力が殺しきるからな。勿論外皮……って言っていいのかわからねェが、精神体そのものたるぼんやり光る魔力ァ抉り取られるけど、生体の時ほどのダメージは無い。

 だからそのまま行って──発射された鱗が生え変わる前に、クリスを突き刺す!

 

「──刺せねェか、クソ!」

「当然だ。鱗だけが硬いというのなら、鱗を飛ばす、などという愚行は犯さん」

「そりゃそォだよなァ!」

 

 肉も硬いってこった。

 んで、そんだけフルオブズヴィトニーの爪は鋭くて──けど、あれだって内側から切り裂いてるからな。ホントの意味でツイウの作戦がどこまで通じてたのかはわからねェ。

 さて、弱点弱点。

 

 無いだろ。あの傷以外。

 

「あるいは」

「まだ来るか──良い。学べ。そして、全てが無理だと認識しろ」

 

 顔へ突撃する。

 蛇っ面。その睨みだけで誰もが委縮しちまいそォな眼光。

 そこ──ではなく。

 

「!」

「あァ!? 食うんじゃねェのかよ、俺を! なンで閉じた!」

 

 開いた口に。ちろちろと舌の出ていた口に突撃すりゃァ、それを閉じた。閉じられたンで斬りつけて、けど弾かれて。

 けど、さっきつけた真一文字の傷は消えてねェ。鱗の生え代わる速度こそ速ェが、再生能力を持ってるとかってワケじゃねェ。傷はつく。なら、殺し得るだろう。

 その前に俺が殺されなけりゃ、だが。

 

「──当然、自ら毒を食らう程、我は愚かではない」

「ハ──さっき妙なモン食って腹ァ壊したもんなァ。学んだか」

「姉の爪。食した事など無かったが、貰っておくべきだったか。そうすれば、その強度にも順応できたものを」

「やめときな。それも俺の真似だぜ、ジョームンガンダー。俺もコレが無い時ァ魔物の爪吸ってたからよ」

 

 魔煙草を取り出して、見せつけるよォに吸う。 

 どォだ羨ましいだろう。

 ……あァ、そうだった。アイツはラゥフの草って言ってたけど、このフリューリ草は、魔煙草は、その株は──ツイウから貰ったンだったな。

 んじゃ、それもアイツの一部さ。

 アイツが晴らしたがってた無念。アイツの仲間がどんなだったのか、アイツ自身がどんな奴だったのかなンて知らねェ。深く知りてェとも思わねェ。

 

 だが、勝手に背負わせてもらう。

 ボーグルは俺の糧にはならねェと言ったが──はン、もう俺ァてめェらの縁背負ってンだよ。

 

「ハハ──蛇の消化速度ってな、そこまででも無ェよな。事実、ツイウが食われてから完全に死んじまうまでに結構な時間があった。んじゃ、俺がてめェの中に入ってこの魔力撒き散らせばよ──俺が死ぬ前に、てめェが死ぬ。そォだな?」

「試してみるが良い。学んで行くが良い。──それが出来得るのなら」

「できるさ!」

 

 クリスの形は拳銃。

 込める魔力は──フルオブズヴィトニーの氷でも、セイタスの愚直さでも、冥界の魔力でもなく。

 

「なァ、てめェがよ、目指す先に! こいつはいたか!?」

 

 炎だ。メラメラと燃える炎。

 炎の弾。それは、触れたモノを内側から焼き尽くす、どっかの誰かに押し付けられた役割。

 勿論再現だ。再現でしかない。けど、ソイツの心も、技も、血肉も俺が背負ってンだ。殺してきたンだ。

 

 馬鹿が。

 二代揃って俺に出会いやがって。

 

狐干(ジャカン)──まァ、そんなところで許してくれや」

 

 炎。炎だ。

 疲れてしまった先代に代わり、精力的に場を荒らしまわってた野狐。千を生き、五百を前に役割を賜った、押し付けられた、理解のされぬ気高き狐。

 炎が揺れる。深紅でも青でもない。この炎は、生命を焼き尽くす炎なりて。

 

「成程。だが」

「あァさ」

 

 勿論、それでどォにかなるわけがない。

 弾丸にゃ弾丸だ。俺がどんだけ連射したって、ジョームンガンダーの外皮にある鱗の一部とさえ張り合えねェ。数が圧倒的に違う。

 だが、どォだよ。

 それが──もっと増えたら。

 

「【神光】──やりたいことは伝わりましたので、どうぞご存分に!」

「あァさ任せるぜSS級止まり!」

「あとでぶん殴りますのよ?」

 

 はは、お嬢様が言う台詞じゃァ無ェなァ。

 

「これ、は──」

「てめェの無数は有限だろう? こっちの無数は──」

「光、ある限り、ですわ!」

 

 弾幕戦だ。散弾vs光条。

 それは互いに潰し合い、食い合い続ける。ジョームンガンダーがその身を動かそうとも関係はない。光条は、まるで後光のよォに俺の後ろから放たれ続ける。んじゃ俺はそいつを背負って突撃すりゃいい。元からそォだ。俺には馬鹿みてェに突撃するしかないのさ。

 炎弾。どォだ、おいつけるか。お嬢との弾幕線以外の攻撃に、対処はできるか。

 

「──無論である」

「ッ──褪戦死遠(【静弱】)!!」

虚滅雨(クハリジャ)

 

 魔力集中は一瞬だった。俺が眉を動かす、そんくらいの速度だ。眉なんざないが。

 そして、その一瞬から吐き出される泥。泥の高圧水流。

 直線状に俺とお嬢が並んでンだ。そこを貫かねェ手は無いとばかりに、さっき雨として出したモンを一点集中で出してきた。

 ──選択ミスだ。【静弱】は強力な防御魔法だけど、噴射され続けるモンには弱い。それが腕だの槍だの一本に繋がってンなら話は別だけど、水流をいくら弱化させたって、あとから来るモンには耐えられない。

 どうする。【静弱】を維持したまま【波動】? それとも【透過】? いんやさ、【透過】は論外だ。お嬢に当たる。他は、なンだ。見た事なンて一回くらいしかない【断裂】? 無理だ。良く知ってるもんじゃねェと再現は難しい。感覚がわからねェと上手くできねェ。【凍融】や【壊線】も強力で良さ気だが、どォ使ってるかを知らない以上再現ってな難しい。

 

 どうする。これは、そろそろ──破られるぞ。

 

「──全く。口ではあんなに偉そうにしておいて、まだ私の心配してますの? 私、【神速】を捨てたわけではないと何度も言っていますのよ」

「あァそうかい! 褪戦死遠(【透過】)!」

 

 魔力が籠っていようが籠っていなかろうが関係なく通り抜けるずりィ魔法。それでジョームンガンダーの泥を避ける。その背後、言葉通りなんでもないかのよォに避けたらしいお嬢に、はン、と自嘲する。

 そうだった。何強くなった気でいやがんだ。

 今の状態の俺だって、全開のお嬢と戦って勝てるかどォかわかんねェんだ。ハハ、心配ね。俺の身は守らないって決めてたが──そォだな。仲間が信頼できンなら、そいつの身を案じる必要もない。最近アオンとかいう奴がいたせいで魔法少女は脆いモンだって認識になってたぜ。

 

 すぐに死ぬ。死を選ぶ。

 そんな奴ばっかじゃねェし、何より、そもそも。

 

 目的達成までは死なない──全力を賭す事を厭わない集団。 

 それが魔法少女だ。ハハ。まったく、色々忘れすぎだぜ、俺。

 

「ジョームンガンダー」

「何だ」

「次で決める」

「──良い。最大の攻撃をするのなら、それが効かぬと知って、諦めろ。絶望しろ。そして学べ。我なりし魔が、最も頂点に近いのだと」

 

 声を出す。

 口で言う。

 

 人間の言葉で話す。

 それをコイツが理解できるかは知らねェが、理解できたとして意味のない事をする。

 

「──背中メッシュはチャージ開始! 太腿忍者はチャージ状態を維持! 腹から下の方にある傷を見つけろ! お前ならできる!」

「いきなり、だけど」

「わかりました!」

 

 クリスは狙撃銃の形態に。

 お嬢は相変わらず光条による鱗の無効化。

 

「ポニテスリットは、最大級の【波動】を準備! お嬢、光出したまま俺の身体掴みな! できるだろ!?」

「当然ですわ。なんだかとても毒々しい魔力を纏っているようですけれど、私の【神光】には浄化の役割も含まれますのよ」

「魔法自慢は後にしな。──ハハハハ、ハハハ、ハハ! 笑うぜ、今なら笑う。俺は梓・ライラック──」

 

 お嬢に出す指示は小声で、3つだけ。

 俺とお嬢の魔力噴射で【神速】を超えるのと。

 

「ぶん殴れ、ポニスリ! 貫け太腿忍者!」

「ああ──」

 

 上空。不可視の力場。

 EDENをもぶん殴って飛ばしたソレが、落ちてくる。その更に上で、雲もないのに迸るは紫電。

 

「【光線】!」

「【波動】!」

 

 細い──けれど、凄まじい貫通力を持つ光がジョームンガンダーの傷口の端を捉える。だが、その貫通力を以てしてもジョームンガンダーの身体は貫通しない。痛みはあるだろう。けど、その程度じゃ怯まない。

 相変わらず目の良い奴だ。太腿忍者も、ジョームンガンダーも。

 あァさ、それでこそ。

 

 そして、上空から降ってくるバカでけェ力場が、ジョームンガンダーの頭蓋にぶち当たる。

 

「それだけか──太陽の使徒! 梓・ライラック!」

 

 名前。あァさ、そっちで呼んでくれるんだ。

 最高だね。そうさ、そっちのが馴染みがある。やっぱり、そっちのが──気合も入る。

 

「頼んだぜ、お嬢!」

「【神光】──出力上昇──!!」

 

 爆速で俺とお嬢がジョームンガンダーに近づく。彼女は頭突きの構えだ。あァさ、そうだろう。世界一硬いってンなら、それがベストだ。口も開かねェで済む。

 

 だがよ。

 

「背中メッシュ!」

「【神鳴】」

 

 落ちるのは──神鳴し怒槌。あるいは世界を食らう蛇(ジョームンガンダー)にとっては最悪の相手だったのかもしれねェ。その光、それは強く強く目を焼く。腹から上に直立した体勢の、円柱状のジョームンガンダーを的確に貫く。【波動】は内側からの攻撃を通すのさ。その上で、目の焼かれたジョームンガンダーを【波動】が掴む。俺の行きてェ方に行かねェように、クソでけェ壁で頭を押しやる。

 接敵、間近。直前。

 ──金髪お嬢様は、俺をぶん投げた。2つ目の指示。最大限近づいたら俺をぶん投げてくれって。【神速】が速度で──俺達も目を焼かれるだろう【神鳴】の中、目印として出した【光線】へ。

 

 捉えた。

 

 さァ、夜の始まりと知れ。

 3つ目の指示は、まァ、お嬢ならできるだろ。なんてったって、このアールレイデ隊の隊長はお嬢なんだから。

 

 

えはか彼

 

 

「ハ──成程、知らずに入りゃ洞窟と見紛うだろォなこりゃ」

 

 胃酸に濡れた体内は、けれどかなり広い。うまくホバリングしてりゃ結構な時間を生き残れるンじゃねェかってくらいには広いが──同時に、その胃酸がやべェってのはわかる。冥界の魔力を纏ってても、触れ続けたら無理だ。

 それだけじゃなく、洞窟自身がのたうちまわるンだ。ホバリングなんてアホなこと考えてねェで、さっさとやれってな。

 

 狙撃銃の形にしたクリス。

 それで──冥界の魔力を撃ちだす。

 

 ……効果はある。だが、冥界の魔力さえも溶かすか。

 なら炎、氷と試す。……どれも、効果自体はある。だが──この図体に全部を殺し尽くすには至らねェと。そんな感じだな。

 

「あァさ。わかってる」

 

 今更だ。

 今更──気にすることはない。都合よく誰も見てねェしな。

 

「それは夜に捧げる祈りの物語」

 

 呟きながら上昇する。

 世界言語じゃねェ。ただの言葉だ。それでも、俺にとっては決意表明になる。

 

「夜よ、私は苦痛が嫌いです。夜よ、私は悲痛が嫌いです」

 

 昇って行く。

 落ちてくる胃酸や滅びの泥を避けながら、静かに上昇する。

 

誕生(はじまり)には喜びを。最期(おわり)の時には安寧を」

 

 蛇ってな活動する場所によって心臓の位置が違う。理科の授業だ。

 けど、俺ァ命の気配を辿るってな芸当ができる。だから、もっとも強い場所へ。もっとも強く輝く場所へ向かう。

 

「命には限りがあり、感情には波があり、人と人との関係には隔たりがあります」

 

 激しい動きをしてンだと思う。あるいは俺を阻害するためにか、その身をくねらせ、のたうち回り、俺をどォにか溶かそォとしてンだろう。

 

「だから、私は願うのです」

 

 何度も言うよ。

 俺はそれを、その足掻きを。

 悪いとは、思わない。

 

「笑っていて。どうかずっと、笑っていて」

 

 そろそろだ。

 そんでもって──その頭部も、近い。内膜の隔たりの向こうにそれがある。わかる。

 だから──狙撃銃を構える。

 

 今度こそ、どっかの赤い女にも邪魔されねェよォ周囲の気配も見て。

 

「苦痛を(ほど)いて、悲痛を溶かして、"今日より明日は良い日になる"と、そう願うのです」

 

 忠実なりし夜闇の鼬(アンディスガル)でも、戦いと死と太陽の神(クロムクラハ)でもなく。

 死を操る魔法少女(梓・ライラック)として──ここに、お前の(はて)を拓こう。

 

「なればこそ」

 

 冥界の魔力。奇しくもそれは、ジョームンガンダーの使った虚滅雨(クハリジャ)のよォに、一点集中で。普段は水みてェに使ってるそれを──高圧水流のカタチで。

 

「私は救いを否定し、」

 

 指を掛ける。

 

「終わりを肯定します」

 

 撃つ。

 

 撃った。

 

「おやすみなさい──最古の魔物よ」

 

 それは彼女の心臓と、彼女の中枢と、彼女の脳を悉く貫き、浸し──殺す。

 死なせる。【即死】じゃダメだ。【死漸】でも間に合わない。【世涯】でも、今の俺には無理。

 

「【召天】」

 

 もう、何も感じることなく。

 もう、何の問答もすることなく。

 

 逝け。天に。

 俺達の冥界に。

 

 ──"ならば、紡げ。最期まで"

 

 あァさ。

 

 

 

 

 

 

「……終わり、ましたの?」

「あァ」

「きゃっ!?」

 

 倒れたジョームンガンダーの身体から出てくりゃ、そこに集ってたのは見覚えしかねェ面々。

 はン、しかしなンだ、変な感じだなァ。

 

「何悲鳴あげてンだよ」

「と、突然顔を出したら誰でも驚きますのよ!?」

「あァ? ……精神体ってなそォいうモンだろうが」

「……わぁ、本当に精神体なんですね。魔物じゃないですか!」

「うん。倒す?」

「シェーリース、真顔で冗談を言うな。本気に聞こえる」

 

 あァさ。

 このきゃいのきゃいのうるせェのも、懐かしい。

 

 が。

 

「ちょいと待ってな。俺ァまだやることがある」

「やること、ですの?」

「あァよ、こいつ、食わないといけねェからな。ちっと時間がかかる」

「え──食べる、ん、です……の?」

「たりめェだろ。殺したンだ、食べなきゃいけねェ。あァ、待ってなとか言ったけど、EDENに帰るなら止めやしねェよ。報告もあンだろ。死んで戻る、みてェなコト言うんなら全力で止めるが」

「梓。私達もEDENももう昔のままではないのだ。そんなことは言わないし、お前を残して帰る、ということもしない」

 

 少しずつ、ジョームンガンダーを食べて行く。

 精神体だ。自分に身体を浸して咀嚼する。相変わらず口は使わない。ただ、俺に浸された部分から消えて行く──消化されていくのァ、どォいう風に映るんだろォな。

 

「帰らねェって、馬鹿言え。俺も帰らねェよ。まだまだやることはあるんだ」

「何?」

「え、どういうことですの、梓さん」

「俺ァシエナ……あー、マッドチビを倒しに行く。カラダ、取り返さなきゃなんねェからな」

 

 その質が良いってな俺にもわかる。

 フルオブズヴィトニーもだったが、魔力の淀みから生まれたわけじゃねェ魔物ってな、明らかに他と違う。滾る、とでもいえばいいのか。後風がうるせェ。てめェ応援するならどっちかに絞れよ馬鹿野郎。

 

「……ディミトラさんを倒す、ですの?」

「あァ。なンだ、止めるか?」

「いえ」

 

 食えば食う程、力が戻ってくる。だからより速く食える。こんだけでけェんだ、ハイエナみてェに他の魔物が群がって来ねェとも限らねェ。

 早く食っちまわないとな。

 

「──無理だと、思いますわ」

「ア?」

 

 思わず振り返って、凄んじまった。

 何言ってくれてンだ。

 

「そう怒るな、梓。……天幕の向こう側で、お前がいなくなった後、何が起きたのか。お前はそれを知らないだろう」

「……お前は知ってるってか」

「少なくともEDENの全魔法少女は知っている。あるいは始の点に向かった魔法少女も知っているのだろうな」

「一応、話してくれ。やめる気ァサラサラないが」

 

 食う。食う。食べる。食べる。

 落ち着け。怒り狂っての食事なんざ、ジョームンガンダーに対して礼を欠きすぎている。少なくとも世界言語による食事ができるレベルまで回復して、早急に食べ終わらねェと。今の俺、実はボロッボロだからな。太腿忍者の【光線】が掠っただけで死ぬンじゃねェか?

 

「須留途、と呼ばれる魔物──安藤アニマの創り出したそれの魔力が尽きた後の話だ」

「早速知らねェ話だが、良い。続けてくれ」

 

 安藤さんの創りだした魔物?

 そォいやツイウの魔法名ってなんだったンだろ。それに近しいものだったりすンのか、【業焔】って。……そォいやなんか深紅の手みてェなの出してたっけ、あの人。

 安藤さんも中々謎だよなァ。

 

「私達は全速力で宙の莽に向かい、そこで目にした。神──そう呼ばれる存在達を」

「銀髪の女性はいたか?」

「いいや」

「あァさ、ならいい。遮ってすまねェ、続けてくれ」

 

 ウチの神さんはいねェ、と。

 だが、その言い方で何となく察しはついたかね。

 

「いたのは、風の神、太陽の神、夜の神。内夜の神は私達も見た事のある姿をしていた。ソテイラ──そう言ったか」

「へェ。アイツ、【合成】されずに済んだのか」

「風の神、太陽の神の姿は私達には見覚えの無いものだったが、それらは宙の莽に急行した私達を見るなり、そこを退いたのだ。攻撃を仕掛けるでも、道を阻むでもなく」

「で、そこにマッドチビがいたと。俺の身体を乗っ取った」

「……最後まで言わせろ。だが、そうだ。話し方も在り方も完全に違った。だから私達はその身体を取り返さんとして──気付けば、捕まっていた。檻、のようなもの。見れば周囲にはナリコやコーネリアス・ローグンもいて」

 

 あァ、そろそろ行けるな。

 どうせ唸り声にしか聞こえねェんだ、話の最中だが使わせてもらおう。

 

 否定でも肯定でもない、食事のための祈りを。

 

解体徒(いただきます)

「む?」

「あァさ。続けてくれ」

「……わかった」

 

 急速に伸びて行くのは希釈された死の魔力。それは死したジョームンガンダーの身体を浸し尽くすにまで伸びて──それを、凄まじい速度で俺の中に取り込み始める。

 魔力がどんどん増えて行くのを感じる。成長。あるいは進化か?

 上へ上へと近づく感覚がある。

 途中、血に塗れたフルオブズヴィトニーの爪も回収し、食らった。

 

「お前の身体に入ったディミトラは、私達にこう告げた。"これより新生の儀を執り行うわ。旧き世界はその役目を終えて眠りに就き、新しき世界が目を覚ます。私は【死漸】によってこれを為し──世界の願いを叶えてあげるの"と」

「……へェ」

 

 てめェらが延命したクセに、よく言う。

 それに、お前がやることってな眠らせるンじゃねェ、心殺して精神引っこ抜くいつもの奴じゃねェか。適当ぶっこいてンじゃねェぞ。

 

「無論、私達は抵抗しようとした。だができなかった。情けない話ではあるが──太陽の神のひと睨みで、私達は膝をついた。それは九割九分九厘が魔物であるナリコも同じ。風の神の睨みで、膝を折っていた。檻の中で、その格子を掴む事さえできず──私達は」

「あン? 待て、マッドチビは何だったんだ? 神じゃなかったのか?」

 

 食い終わる。

 この巨体を、北方山脈の一部にまでなっていた巨体を、小さな小さな俺の身体に収める。

 ──あァ。

 うるせェ風も、苦しむ世界の声も、神さんの心配そうな声も。

 全部聞こえる。聞こえねェのは太陽の声だけか。クソが、てめェもどっかで見てやがンだろ。知ってんだぞこっちは。

 

「神である、とは感じなかった。ただ、雰囲気の違うお前だ、と」

「そいつは妙、だな」

 

 アイツ、神になりたいンじゃねェのか?

 神になりゃ永遠の命が手に入る。其夢盗みてェに飽きちまわなければ永遠を過ごしていられる。攻撃されよォが何されようが神さんの命ってな尽きねェ。手放さない限り永遠。故に神なンだ。

 死にたくねェ、だけじゃねェのか、アイツ。

 じゃあ俺の身体使って、乗っ取って、何しよォとしてやがる。

 

「続けてもいいか?」

「あァさ。何度もすまねェな」

「大丈夫だ。……膝を折った私達は、いつの間にか排出されていた。天幕の向こう側……冥界だったか。そこから、殺されることもなく吐き出されていた。気が付いた時には上空だったが故多少戸惑いはしたが、持ち直し……ただ、お前の開けた穴などどこにも見当たらず、ゆえに私達は帰投を選択した」

「排出ねェ。夜の神でもねェ奴にできるたァ思えねェが。ソテイラがやってくれた……とも思えねェなァ。あるいはニヤニヤ丸眼鏡か?」

「常にニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべている丸眼鏡の魔法少女であれば私達と一緒に排出されたぞ」

「あァそうかい」

 

 もう要らねェって感じか。ま、良かったよ。死んでなくて。

 アイツがやった事ってな全部嫌われに嫌われまくった事っぽいし、フルオブズヴィトニーとジョームンガンダーが魔物になっちまった原因でもあり、なんならこの世界がここまで苦しんでいる原因でもあり……いや、ホントに悪い奴なンだけど。

 死んでほしいたァ思わねェし。

 

「あ、アズサは? もう1人の俺」

「……すまないが、姿は見ていない」

「そォか。……あァ、良い。で、帰投して、何があった」

「神が降臨した」

「……ははァ、なるほど?」

 

 来たのか、こっちに。

 その新しい神だか他の奴だか知らねェが、神連中が来て。

 EDENや魔法少女へなんぞかを告げた、ってとこか。

 

「そして──神らは、国を持ち去った」

「は?」

 

 え。

 ん。待て。

 

「そうして宣言したのだ。"もうこの世界に用はない。寿命を享受しろ。──まだ生きるべき人間達は、貰っていく"と。そして同時刻、それは始の点でも起きていたらしい。輝きの園が丸々奪われたそうだ。始の点を割って、な」

「……西方は?」

「なんとか免れました! といっても、元からヒノモトの人口なんて国に比べたら無いに等しいのですが」

 

 なんだそりゃ。

 ……人間は、創り出せねェ、ってことか? そんでもって、人間は必要?

 いや、いや。それも考えなきゃなんねェことだが、それより。

 

「国は、学園長殿の【畏相】で固定されてた、ンじゃねェのか?」

「……」

「……その」

 

 おいおい。

 会った事の無い人だが──嘘だろ。

 何やってンだ。守れよ。

 

「亡くなられましたの。──創設者様方は、寿命だ、と。そう仰られていましたわ」

「……寿命」

 

 クソ。

 それは。

 ……それは、防げねェ。防いじゃいけねェ。

 

 ああクソ。

 なんか情があったってワケじゃねェ。むしろガツンと一発文句言ってやりてェ相手だった。相手が婆さんだろォと知った事か。なんでいままでEDENを放置してきたンだって。その実行力が無くとも、ニヤニヤ丸眼鏡が全部仕切ってても、なンかあっただろって──言いたかった。

 けど。

 

 寿命なら──俺は、その死を安寧であれと。

 そう願う。

 

「で、無理ってな、なンだ。その程度で無理だって言ってンのか」

「いくら梓さんでも、神様には抗えませんわ」

「──ハ」

 

 なんだよ。いつになくしおらしいじゃねェか。

 おいおい、太腿忍者も背中メッシュも。何沈痛な顔してンだ。

 

「お前ら【神光】だの【神鳴】だの、神ってついた魔法背負っといて何言ってやがる」

「……貴女は、実際に相対していませんの。ですから」

「生憎だが俺ァずっと前から神さんと一緒にいてね。その威光に屈した事なんざねェよ」

「無理」

「背中メッシュ。挑んで負けたとかそォいうわけでもねェんだろ。睨まれて足が竦んだってだけじゃねェか。もっと勇気出せよ。それでも怖いってンなら、俺が道を付けてやる。俺が前に行くから、てめェらは敵も見ねェでついてくりゃいい」

 

 こんだけ言っても。

 4人は、頷かない。おいおいどーしちまったンだ。そんな簡単に心折れるよォな奴らじゃねェだろ。

 ……けど、良い。もういい。

 戦意の無い奴無理矢理連れてく程俺ァ鬼畜じゃねェよ。

 

「良い。帰れ。俺は行く。てめェらが無理だっつっても、俺は行く。そのために今まで魔物を食ってきたンだ。そのためにみんな、糧になってくれたンだ。お前ら魔法少女は諦めちまったのかもしれねェが、魔物はずっと上を見てたぜ。──そんだけだ。じゃァな」

 

 飛翔する。死の魔力や冥界の魔力を使って、じゃねェ。単純に精神体として浮かび上がったってだけだ。

 

 4人は。

 

「本当に……一緒に、帰りませんの? EDENには──」

「帰らねェ。行く場所がある。背負ってるモンがある。食ってきた奴らがいる。……もう俺ァ、魔法少女じゃねェんだよ」

 

 ついて、来なかった。

 

 

えはか彼




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