遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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97.上流噛無歩夢.

 ──そのまま、1年が経った。

 

 何事もなく。何も起きず。ただひたすら世界の地面をひっくり返して収納するだけの日々。どこの景色も大して変わらず、いつの日にあっても大して変わらず。

 

 体感、多分、1年が経った。

 

「ね、梓」

「……なンだ」

「死なない?」

 

 リゾからその言葉が放たれたのは、半年のあたり。リゾからすればもっと長いあたり。

 何も起きない。何も起こらない。何もない世界。

 平和。平穏。あるいは──虚無。

 だから、と。ゆえに、と。

 

 彼女は、なんでもないことかのように、それを言い放った。

 

 ……当然だけど、俺ァキレて。

 喧嘩だ。でも魔法の撃ち合いなンかじゃねェ、俺も彼女も、互いに共にいることをやめたってだけ。

 彼女がそのまま死んだのか、思いとどまったのかは定かじゃねェ。まァ半年前、喧嘩の直後に死んだわけじゃねェのは確かだ。その後もたまに姿は見かけたからな。

 

 同時に、ここ3か月くらいは、彼女の姿を見ていない。時たま様子を見に来るから、「なンだやっぱ死んでねェんじゃねェか」って──見捨てたくせに、見限ったくせに、何様って感じの安堵をかまして、けどまだ彼女はいるんだって安心感を得ていて。

 それが、ばったり途絶えた。

 

 土集めに何の意味があるのかなンて知らねェ。やることないから何もしないよりマシ程度でやってることだ。リゾは、彼女はそれに飽いたのだろう。俺だって飽きかけてる。飽きる飽きねェ以前に、途方もない無力感に苛まれている。

 気が付けばここにいたってな俺より、逃がされてここにいた彼女の方が無力感は強いのかもしれない。

 生きろと。逃げろと。リスクの大きい世界言語まで使って逃がされて──けどその先に、何もない。

 

 俺からしたら。

 生きてるだけで儲けモンだ、って。体が動くだけで儲けモンだって、まだ思える。

 何もできねェのは耐え難い苦痛だけど、それでも死を選ぼうとは思わない。けどやっぱり、それァ俺だけで。俺だけの話で。

 リゾは違ったンだろう。

 

 多分もう。

 死んでいるんだろう。

 

 1年。

 1年だ。

 

 ……あいつらがどォなったのかも定かじゃない。

 オーディンが俺の体を使って何してンのか。

 冥界はどォなったのか。あっちの世界は死に至ったのか。 

 

 何もわからねェまま時が過ぎて、未だ。

 俺は土集めなンてことをしている。

 

「……死、ね」

 

 魔煙草を吸うのはやめた。いつ戻れるかわからねェ以上、勿体ない精神が働いちまって吸えなくなった。

 代わりに命の気配のしないその辺の草丸めて吸ってる。味の無い草。作り物。あるいはテクスチャ。まァ口に入ってりゃなンでもいいさ。

 

 死。

 死。

 

「嫌だね」

 

 それには、屈しない。

 そこには、辿り着かない。

 

 誰もいなくなっても、どォしようもなくなっても。

 死なない。俺は絶対に死なない。

 老衰で死ぬのはいいよ。それは摂理だ。受け入れる。魔法少女にも寿命があると紺碧ベルトは言っていた。だから、死ぬには死ぬンだ。一度も出会わなかった学園長殿もそれで死んだンだ。だから──まァ。

 ずっとここに閉じ込められていても。

 終わりは来る。

 俺はそれを肯定する。

 

 けど。

 

「やっぱり、納得行かねェんだわ」

 

 なンで俺が死ななきゃなンねェ。

 なンで皆が死ななきゃなンねェ。

 なンでそれを、当然のよォに受け入れなきゃなンねェ。

 

 ……でもまァ。

 疲れたことは、認める。

 身体的疲労じゃねェ。精神的な話だ。

 想い疲れた。期待し疲れた。不屈疲れ。諦めないと意地を張ることが、こんなにもエネルギーを消費するとは。

 

 カシヨの村の連中の気持ちが少しだけわかっちまうのが嫌だ。

 なるほど、これは、と。

 

「【即死】。【死漸】。【世涯】」

 

 魔法名を唱えても何が起きるということはない。

 魔力は使える。けど魔法にならない。

 

 もう、俺の魔法じゃねェと言われてるみてェに──感覚がない。

 

「……死。死。死。死」

 

 呟く。言葉に出す。口にする。

 呪いのよォな言葉だと思う。誰かに向けるにも、自分に向けるにも。そォするつもりがなくたって、そのつもりになっちまう──泥のみてェな言葉。

 死ね、と。俺は何回言っただろうか。魔物に対して、何度告げたことだろうか。

 死にたいと。何度言われたか。死ねと。何度言われたか。

 

「"もう疲れちゃったんです。ごめんなさい。死なせてください。──最後に来てくれたのが貴方で良かった"」

 

 口にするのは、今なお脳裏にこびり付く光景。

 ビル。違う、病院の屋上だ。俺はスーツ着てて、アイツは病衣で。

 止めた。あらんかぎりの言葉を尽くして止めた。それはダメだと。疲れたなら休めばいい。何もしなくていい。だから、死ぬことだけはやめてくれ。俺はそれが嫌だと。今と何にも変わってねェ、感情論だけで我儘に引き留めた。

 灰色の空だった。雨が降りそうだった。

 早くこっちへ来いと。そんな危ねェとこにいないで、こっちへ来いと。

 いいから。大丈夫だから。世間がお前を嫌うンなら、俺ァお前を嫌わねェから。俺はさ、違うンだよ。ごめんな。そんなになるまでさ、そんなになるまで思い詰めて、そこに至るまで──気付けなかった。ごめん。俺は。お前をさ。ずっと、ずっとさ。

 

 口早に、雨粒みてェに言葉を並べて、引き留めようとして。

 あいつが笑ったンだ。

 

「"ばか。そういうことは、早く言ってよ。──それなら、こんなに悩まなかったのに"」

 

 そう言った。笑って、振り返って。涙流して。

 

 馬鹿だったンだ。俺はそれで安堵した。

 改心してくれたンだ、って。

 ──自殺なンて、やめてくれるンだ、って。

 

 だから、次の瞬間。

 

「"ありがとう。私も──心から"」

 

 後ろに倒れたのが見えた。その瞬間走り出していた。

 大して高くねェフェンスを乗り越えて、屋上の縁を掴んで加速して。

 落ちていくあいつに抱き着いて──まァ。その後は、覚えていない。

 できるだけ俺が下になるよォにはしたはずだ。あいつに衝撃がいかねェよォになんとかしたはずだ。

 

 けど、覚えていない。

 なんでって死んじまったから。

 

「あの時に、魔力や魔法が使えたらなァ。あァまァ魔法は使えても意味ねェか」

 

 何の役にも立たないか。【即死】も【死漸】も。

 でも、魔力があれば。身体強化なりなんなりして──。

 

 ……馬鹿な妄想だ。

 死は覆らない。神さんにさえ拒絶したくらい、俺はその法則に縛られている。覆ってほしくないと、そういうべきだろう。

 だからこそ死んでほしくないし。

 だからこそ──死にたくない。

 

「なァ。覚えてるか?」

 

 問いかける。誰に?

 誰もいない世界で、誰かに。

 

 俺の周りはそんなんばっかだった。絵具髪もそうだ。あいつから始まって、俺が死ぬまで。自殺。自殺。自殺自殺自殺他殺自殺。焼死した奴もいた。列車の事故で重傷者たったの2人。奇跡だと車掌の判断が褒められたその事故で、そのたったの2人が俺の知り合いで、そのままあえなく死んじまった。

 突発性難聴で好きな音楽ができなくなったって泣きついてきた奴にほかの趣味を教えた。ソイツはちゃんと立ち直って、その趣味に没頭して──「こんどは目も見えなくなっちゃった」とか言って。笑って。俺に、泣いて。

 次の日病院内で死んでた。オーバードーズ。こっそり薬溜め込んで一気に飲んだらしい。ほとんど見えなくなってたはずの目で、どォやって隠してたンだ、とか。どーでもいいことを話しやがる関係者たちの声を、俺は。

 弟分、と呼べる奴がいた。別に会社が同じってワケじゃねェ、単なる釣り仲間。別の友人を介して出会ったやつで、そっから結構関係が長引いてて。──最期の言葉は、「俺、兄さん見てると眩しくて死にたくなっちゃいますわ」だった。その後、行方不明。少し経ってからどこぞの川の水死体がソイツだったって警察から連絡がきた。

 

 いっぱいある。まだまだある。

 俺の周りは──そればっかりだった。

 若死にする奴が集まる運命。自殺だけじゃねェ、事故も他殺も含めて、若くして──幸福も掴めずに、死んでいく。みんなが笑って、泣いて、死んでいく。

 ずっとそれだった。

 

「なァ。覚えているか」

 

 問いかける。なァ。

 覚えているか。当たり前だ。

 全部覚えている。忘れない。こびりついて離れない。最後の顔。最後の声。最後の言葉。

 

 それを終端だとは思っていない。

 途中だと。半ばだと。俺は、だから。

 

「……だから、【即死】なンて魔法が宿ったンだろうな。あるいは俺じゃなけりゃ、真っ当に【終焉】だったのか。いんやさ、もっと明るい魔法だったのか」

 

 梓・ライラック。

 ライラック家が長女。妹には菫・ライラック。菫の名は俺がつけた。俺が両親に言った。妹の名は菫が良いと。

 

 長いこと、会ってないな。

 ……アズサは会ってたらしいが。

 

「それでもいい。本来があっちだとしても、俺は別にいい。二度目の生だ。別にそこは譲るよ。それで死ねって言われたら抵抗するけど、そこがお前の居場所だっていうンなら、譲るよ。それくらいは良い」

 

 あるいはオーディン。戦いと死と太陽の神クロムクラハとなった神オーディン。

 元からそれを目当てに俺を魔物にしたのだと、そォ考えておかしくはない。セイタスに出会ったのもラハブに出会ったのも、その後のオリジンや魔物たちに出会ったのも、戦い、死して、食い合ったのさえ予定調和だったというのなら。

 別に、良い。

 それでもいい。自分で努力しねェことには呆れ返るしムカつきはするけど、死んでほしいとは思わない。

 

 それでもいいんだ。

 俺は別に、俺を奪われたって気にしない。いやするけど、そこまで重く受け止めない。

 

 だって。

 

「……は、はは」

 

 笑っているぞ。

 俺はここで、笑っている。

 お前らが思い詰めた顔で俺の席を奪っても、弾き出された俺はまだ笑っている。

 

 俺はまだ──死にたいと。

 そうは思わない。

 

「リゾ。見てねェで出てこい」

 

 言う。

 こんな何もない世界で、俺が命の気配を見逃すワケねェだろ。

 だから、早く出てこい。

 

 その──首にあてたナイフ下ろして、出てこい。

 

「わかる、んだ」

「あァ。ずっと機会を窺ってたンだろ? ──早く死んでくれ、って。そうすりゃお前も死ぬ決心がつくから、って」

「……そこまでわかるんだ」

「わかるよ。俺ァその道のプロでね」

「何それ。意味わかんないよ」

 

 リゾは、そこにいた。

 首にはナイフ。土堀の時にも使ってた、亜空間ポケットに入れてあったっていうただのナイフだ。

 それァもう薄皮一枚入ってて。でも、その手は震えていて。

 

 死ねなかったンだろう。怖くて。

 だから──俺が死ぬか。死にたい、っていえば。

 心中するつもりがあった。

 

「生憎様、俺ァ死なねェよ。死にたくない」

「そっか」

「……なァ、リゾ。"役割の統合"って知ってるか」

「ううん。知らない。でも、似た言葉なら知ってるよ」

「それは?」

「"役割の分割"」

 

 あァ。

 ──それが、答えか。

 

「ハ──なるほどなァ」

「何かわかった?」

「あァ。俺たちをここに送った奴がやってほしいことが、わかった」

 

 流石に魔煙草を吸う。起動しないそれを口に含んで、苦みで笑う。

 はっはっは。

 

「"役割の分割"──意味は知ってるか、リゾ」

「うん。私達魔法少女の魔法ってね、世界から賜った"役割"からできているんだって。だから、それを分割して、世界に返せば──世界はその権能を取り戻す。失くすことはできない。だから、最小限にまで分割して、残りを返せば、世界にそれが戻る」

「それは、誰に教えてもらったンだ」

「私を逃がしてくれた人」

「──名は?」

「レーテー」

 

 どくん、と。

 何かが脈動する。俺の心臓じゃない。リゾの心臓でもない。

 

 これは。

 

「そうかい。だからまだ、人間を設置できねェんだな。──今分割したら、そいつらが魔法少女に覚醒しちまうから。それは思うところじゃねェ。そォだろ」

「梓、誰に話しかけてるの?」

「世界さ。あるいは世界を作った奴だ。ハハハ。よォやく進展したぞ。あァいや──未だ一切、進展してねェと見た。そうだろう。時間を司るってなどの魔法少女にもできねェ、神にしか許されぬ権能だと神さんが言ってたぜ」

 

 なら。

 この1年は──恐らく。

 

「はっはははははははは! そうか! そォかそォかそォか!」

「梓?」

「おいリゾ、とりあえずそのナイフ下ろせ」

「でも」

「いーから。──わかったンだよ、こっからの出方が」

 

 よォやく進んだんだ。

 だから──来るぜ。全部が!

 

 

えはか彼

 

 

「梓、そろそろ教えてよ。いきなり元気になった理由と、その出方、っていうのをさ」

「あァ、まァ俺も完全にわかったワケじゃねェよ。ただ進め方がわかっただけだ」

「……どゆこと?」

 

 この世界はデフォルトだ。更地も更地。ここには昼夜しかない。土台であり基礎であり、けれど自然というものが欠片もない。

 俺の魔法が発動しなかったのは、そもそもこの世界がまだ生まれてもいねェからだ。【即死】も【死漸】も【世涯】も、生まれた命にしか使えない。形ある魔法にしか使えない。宙の莽のアンデッドにこれら魔法が効かねェのと同じ理由さ。

 死んでるヤツには、あるいは生きてねェ奴には何の意味もない魔法なンだ。

 

 なら、どォやって出るのかは簡単になる。

 生かせばいい。生まれさせりゃいいんだ、この世界を。

 

 その後殺すかどうかはまァちっと考えなきゃだが、こっから出られないのは当たり前だってのはわかった。どォやって入ったのかがまだまだ疑問の残るトコだが、出られない理由は簡単だ。助けが来ない理由も。

 

 この世界はまだあの時のままなンだ。

 冥界の空にあって、ただただ青いだけの球体。天幕に包まれた世界。中身のない、世界と名付けられただけの箱。

 助けが来ないなンて当たり前なんだ。だって動いてねェんだから。

 まだ、外じゃ。

 時間が経ってない。正確にはこっちが止まったまんまなンだ。だから草木も成長しねェし、天候も変わらない。死にすらしない。出る出ない以前にこの世界が動くという概念が無い。

 

 その上で──恐らく、俺たちをここに収監したマッドチビは、俺たちに"役割の分割"を求めた。多分この体は俺の体そのものだ。【死漸】を持った梓・ライラックそのもの。

 そしてその役割の分割……つまり、死の概念を世界に返せと。人間がいちゃいけねェ。それらがいると、あるいは【即死】の魔法少女が覚醒しかねん。それでは意味がない。

 分割だ。俺の場合は、死と寿命。リゾの場合は──恐らくは、磁力を操る以外の役割。【渡磁】って魔法名だ、絶対磁力操る以外にもできることあンだよな。

 欲されていたのはそれなンだ。この世界に新たな概念を──この真っ新な世界に、死と寿命という概念を植え付けてほしい。

 

 魔法少女の因子を持つ人間だけじゃねェ、輝きの園の人間がいねェのも似た理由だ。

 魔法少女の因子ってな感染するモンだからな。せっかくの純粋な人間を魔法少女の因子持ちにされたら堪ったもんじゃねェんだろう。もしくはあれかね、今せっせとアズサが魔法少女の因子持ちの因子を終わらせてる最中かね。国民全員の胸触ってさ。

 ハハ、まァいいさ。頑張れ、それァ俺の望むところでもある。

 

 んでまァ、それが終わったら、よォやく俺たちはお払い箱だ。

 創設者たちがそォしたように、人間を隔離して、自分たちは神か、守護者か、それに類する何かとして君臨し──永遠を生きる。死を得ること無く、ただ人間や獣のサイクルを眺め続ける。

 

 いいよ。

 やり口は気に食わねェが、俺はそれを肯定する。

 魔法少女や魔物を排するにあたる最適解であると認めよう。

 

 その上で、だ。

 

「だーれが思い通りに動いてやるか、ってな話だよな」

「うわ悪い顔してる」

「悪い顔もするさ。これから悪い事すンだから」

「……それって、誰にとって悪いこと?」

「そォさなァ。……ま、運命、かね」

 

 それは夜に捧げる祈りの物語の一節。

 誕生には喜びを。最後の時には安寧を。そうさ。俺ァ新しく生まれるモンを否定はしねェのさ。自我の芽生える前に殺すなンて以ての外だ。使えない世界にしちまうなンて外道の考えだ。

 ははは。

 だが、だから、だけど。

 

 俺を下ろしたのは、間違いだったな。

 もっと従順な奴にやらせるべきだった。──ま、俺以外だったら死んでたかもしれねェが。

 はっはっは。

 

「リゾ。聞き取れなくても、記憶には残ってるだろ。レーテーって奴が言ってた世界言語……唸り声に聞こえてるンだろうから、意味は気にしなくていい。声に出してみてくれ」

「え。……いいけど、ほんとに意味わかんないよ?」

「あァさ」

「……まぁ音程は覚えてるから、多分いける。えーと、確か……うぃーせーぶえーおーえいーん」

「羽衣世零触霊途不応外堆韻具.」

「あぅあいあーきゅーとーどーじせー」

「綯宇藍明日来有塔同磁生無.」

「ういーうぇーいうぉーあーとーあぅあ、あきーえんあーたー」

「伏理伊豆伏霊不応葉塔羽生阿楽紀伊縁可運他.」

 

 忘れじを言祝ぎて。

 今ここに願い奉る。

 彼女の行く先に──幸運なる出会いのあらんことを。

 

 あァさ。

 確かに受け取った。

 

 なればこちらも返そう。

 アンタには世話になった。安藤さんのくれたもの。アレがアンタの疑似魔法だってなわかるよ、もう。そう名前をつけるンだと──それもわかった。

 

 だから、俺は恩を返そう。

 

「──クリス。狙撃銃だ。わかってるよな?」

 

 どろりとその身を溶かす真っ黒な刀身。骨のようなラインは勾玉のよォな文様を見せ、その後すぐに長い銃身へと変わる。

 込めるのは魔力。【死漸】ではなく、単なる魔力だ。身体強化や亜空間ポケットに使う魔力。

 それを──天に向ける。

 

「銃……?」

「俺は俺の運命を否定する。若死になンてさせるか。俺との出会いが不運ではないと。レーテー、アンタの願った出会いが幸運であると。──今ここに証明する」

 

 目を瞑る。

 生き物のいないこの世界。俺とリゾを除き──この世界のすべての気配を見る。命。命。命。

 もっと広くだ。もっともっと。

 

 この世界全体を覆うくらい、広く。

 

「たとえ、この世界にいなくとも」

 

 リゾの困惑が伝わる。

 ハハ、説明の少ねェ奴ですまねェな。

 あとでちゃんと──後で会えたら。

 

 ちゃんと説明してやっからさ。

 

「たとえ、この世界の外にいても」

 

 広げる。広げる。

 邪魔するもののなンもない世界だ。微生物さえもいねェ作り物の世界。テクスチャだけの世界は、天幕さえも作り物。故に透かし、通し、──そこにいる絶大な気配を捉える。

 

「アンディスガルの名において、告げる」

 

 よォ、おはようさん。

 クロムクラハの名はやるよ。魔王の座もやるよ。

 

 だが──()()は、返してもらうぜ。

 お前が今。今まさに、手をかけんとしている──俺の仲間は。

 

 お前にゃやれねェんだわ、残念ながら。

 

「お友達ァ自分の手で作りな。──【召天】」

 

 撃つ。撃ちだす。

 単なる魔力の弾丸。神の前にあっては、クロムクラハの前にあっては傷一つ付けられねェだろう弱っちい弾丸。

 

 しかしそれは確実に天幕を破る。

 なぜなら──ここにアンディスガルがいると、そう宣言したから。

 なれば、俺の居場所を掴めなくなった神さんが。必死こいて探してくれてる神さんが。

 

 それを通すだろう。止まっているはずの世界。その内側から戸を叩く、馴染みある魔力を。

 

「死はやらねェ。それは俺のモンだ。それは俺の役割だ。お前が。お前らが、そう生きたいと願い、抗うのなら。──俺はお前たちの相手をしよう。決して協力者にはならねェ。それが立ちはだかる死だと知れ」

 

 そうして天幕は開く。穴をあける。

 未だ戸惑っているリゾの手を掴んで──飛行魔法を使用する。

 

「えっ、えっ」

「幸運なる出会いに感謝する! レーテー、リゾ! いつか、あっちの世界でお前らと出会えることを──心から願っている!」

「えっ、な、なんで別れの言葉みたいなのを」

「一旦のお別れだからさ! ──さァ、行くぜ、冥界! いなくなったのは一瞬だ。溶ける前に、お前は元の世界に戻りな!」

「待って待って、一から説明して! あとダメ、天幕に近づき過ぎたら溶けちゃうって──」

「オラ、早く行くンだよ!」

 

 無理矢理引っ張って。ひっぱりあげて。

 その穴を出る。その穴の先──真っ暗な冥界に出る。

 

 蚊でも払うよォに叩き落とされた魔力弾。ハ──明らかに俺だ。見た目からして俺だ。ハハハハハ。

 あれが、オーディンか。

 

 が、とりあえずこっちが先!

 

「掘流!」

「ちょ──」

「じゃァな! レーテーって奴に出会ったら伝えておいてくれ! 参楠有ってな!」

「説明を──」

 

 そォいって、冥界に空いた穴から落ちていくリゾ。

 俺はこの出会いが無駄だとは思わねェ。いやさ、今までのいくつもので会いを無駄だとは欠片も思ってねェ。だからいつか出会いがあり、いつかまた、あの1年を話す時が来る。

 

 ──体に魔力が張る。

 冥界の魔力だ。魔法少女ならば全能力の減衰がみられるだろォそれも、俺にとっては故郷の香り。

 特に神さんが安堵してるのが伝わる。ハハハ。

 

「ってなワケだ。よォオーディン、ちょっくら命の取り合いでもしようぜ」

「──いきなり出てきて何言ってやがんだてめェ。つかアレか。またアンデッド……じゃねェな。が、アズサでもない。……2人目、ってトコか、オイ」

「……」

 

 あー、ね?

 

 

えはか彼

 

 

 

「吾の妻、体調に異変は無いか?」

「ん……まァ異変が無いかつったら嘘になるが、御したよ。体内に入れた瞬間うっせェ声が聞こえたけど、うっせェで済んだ」

「そうか」

 

 ふと──直上。

 上から、来る。何か……対処しなくてもいいほどに弱いものが。

 けど万が一もあるからな。一応、叩き落す。

 

 そしたらどォだ。

 なんぞ──俺が来た。正直またか、感は強いンだが、ソイツは連れてた少女を世界言語で世界からポイ捨てして、なんぞニヤついた笑みで俺を見て。

 

 オーディン、と。

 そォ呼んだ。

 

 あー、ね?

 

 俺をオーディンにしたいワケだ。

 で、お前が本物の俺になる、ってな寸法か?

 

 ま、いいよ別に。気にしない。人間……じゃねェか。魔法少女の梓・ライラックと魔物の梓・ライラックがいても問題は無ェだろう。アズサはまァありゃ別人だ。明らかに。

 

「命の取り合いってな話だが、お断りだ。争う理由が無ェし」

「お前に無くてもこっちにァあンだよ、って言いたいトコだけどな。いくつか質問がしてェ。いいか?」

「あァさ」

「んじゃまず第一に。お前、これからどォするつもりだ?」

「どォするって……別に、どォもしねェよ。宙の莽からあっちの世界への繋がりは断った。もうこっちの世界からあっちへ魔力は流出しねェ。あとはどォにか宙の莽を壊したい所だけど、まァそれは最優先事項じゃねェ」

「んじゃ、世界に帰るのか。帰ってどォする。EDENにでも行くか?」

「馬鹿か。行ったら討伐対象じゃねェか。つか、帰らねェよ。まだ国を取り戻してねェし、マッドチビ達も見つけられてねェ。あァさ質問の途中で悪いがよ、お前あっちの世界から出てきただろ、今。マッドチビ……あァ、シエナだの神だのはいたか?」

「いんやさ、いなかった。あるのァだだっ広い草原ばかり。命の気配もない、本当に何もない世界だ」

「……そォかい」

 

 どこまで信じるべきか、ってなトコはある。

 あっちの世界から出てきた時点でマッドチビの息がかかってる感はあるンだが、にしちゃァマッドチビ側に有益になるよォな嘘を吐いてるよォには見えねェ。なんつーか、マジにまじめに答えてる感じがする。

 つかマジで俺だなァこいつ。

 

「ク──吾の妻、良いか?」

「あァさなンだ着物狐」

「あァさなンだ着物狐」

「吾の妻達、で良いな。面倒ゆえ」

「……」

 

 尖り前髪は……刀に手ェかけちゃいるが、殺気は飛ばしてねェな。いやまァこいつの力量なら気付いた時には斬ってる、とかできるだろォからちょいと心配だ。誰がって、アイツが。

 迷宮の魔物みてェなアンデッドじゃねェ、ちゃんと命の気配のする俺っぽい誰か。ソイツを斬っちまうンじゃねェかって心配してる。キラキラツインテは……うん、いつも通りよくわからん表情してンな。

 オリジンたちは困惑気味か。ま、そりゃそォだろうよ。俺の方がちとぼやけてるとはいえ、ほとんど同一の奴がいきなり現れたンだ。戸惑わねェ方がおかしい。

 

 アオンは。

 

「クロムクラハ、……あれ、誰?」

「どォにも俺っぽい。魔法少女の俺かね。ま、アオン、ちと待ってな。今は着物狐のターンだ」

「クク、配慮感謝する。──吾の妻達。今の話を聞く限り、争いの理由はないと見た。ならばそちらの吾の妻。吾らに協力せぬか? 単純に吾の妻が2人に増えた。吾はそれで良いぞ?」

 

 ……ふむ。

 いや、ふむ、じゃねェ。

 うん。

 

「俺ァいーよ、それで」

「俺も別に構わねェ。そっちのがオーディンじゃねェんなら、良い。ただそれっぽい素振り見せたら殺すってなだけだ」

「そりゃこっちの台詞だけど、まァいいよ。事を荒立てるつもりはねェ。それよかマッドチビだ。あの球体内部にいねェんなら、場所はもう限られてくる」

「あァさ。反魔鉱石に覆われた宙の莽の最奥の部屋の中。あるいは」

 

 どこまで記憶があンのか知らねェけど、そんな直近の事まで知ってるとなると……記憶の同期とかされてンのか? あー、判断材料に困るな。なんぞ、俺をオーディンにしてェ感はひしひしと伝わってくるンだが。

 はァ、まァ、またかよ、感はある。

 偽物本物騒ぎは一回で十分だってのに。

 

「冥界にいるか──だよな」

「あァさ。とりあえず夜の宮は外していいだろう。なンで、レイのいる朔とウィドアルのいる地平を探そうと思うンだが、お前さんはどう思うね?」

「完全に同じだよ。ま、神さんトコに大所帯で乗り込むのも微妙だからな。マッドチビ先生達呼んで、人海戦術……にはヒトが少ねェけど、虱潰しに探せばなンとかなるだろ」

「つか、お前同じ神同士なンか感じねェのかよ」

「どォあっても俺をオーディンにしてェみてェだけど、生憎とこれっぽちもわかんねェよ」

「クロムクラハだって神だろ」

「お! そっちのクロムクラハ似のお姉さんは、クロムクラハを神様だってわかってくれるんだね!」

「あァひっかきまわすなアオン。話がこんがらがる」

「初対面なのに酷い!?」

 

 アオンの事も知ってる、と。

 はてさて。

 

「クロムクラハ。次は何をすればいい?」

「ん。あァさ、とりあえず探し人だ。太陽の神、風の神、夜の神。こっちの世界に関わってねェ新生の神がどっかにいるはずだ。あとマッドチビ先生っぽいマッドチビと、アズサ……あーと、この目の前にいる奴の片腕が義手になってる版がどっかにいる。それを探したい」

「承知した」

「へェ、意外だな。聞こえなくなるモンだと思ってたけど、普通に聞き取れるな」

「あン? 何の話だ」

「あァさこっちの話だ。とりあえず、一番わかりやすいとこから行こうぜ」

「まァそれが道理だな」

 

 んじゃ、行先は。

 

「クク──朔か。良い良い、風情だな」

「正確にァ太陽なンだけどな、アレ」

 

 真っ黒な天体──太陽の神の住まう星へ。

 ……一応、警戒ァしつつ、な。

 

 

えはか彼

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