遠吠えは遥か彼方に   作:劇鼠らてこ

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98.獏洲他瓶具,辺虎耳琉安堵堕歩辞詩肆.

 ミサキ・縁は天涯孤独である。

 両親の顔もわからなければ、兄弟姉妹もいない。

 ただ。気が付いたら魔法少女になっていて。ただ、気が付いたら"国を守らなければならない"という思いがあった。

 実は。

 ──実は、ミサキ・縁は天涯孤独なのだ。誰との繋がりもなければ、誰との縁もない。なんなら名前もなかった。彼女の名は"ある人物"によって付けられたものであり──その意味も、未先・縁なんていうあんまり良くない意味だったりする。

 

 だから、というわけではないけれど。

 否、彼女にとってそれがどうであってもだから、というわけには見えてしまうかもしれないけれど。

 

 国が無くなった──奪われた、ということに対して、驚くほどに衝撃が無かった。彼女の内面的な部分に、欠片たりとも波を起こさない事象。

 無論、神には膝を折った。あれは魔法少女の立ち向かってはならぬものだ。魔法を使うのならば、魔法を纏うのならば、あれに逆らうことは意味のないことだ。そう思う。

 その神が国を奪っていった。

 無力感はもちろん覚える。

 けれど。

 

 やっぱり──国に対して思い入れがない、ということに、ミサキは、ようやく気が付いた。奪われてから、失ってから、ようやく気が付いたのだ。

 自分の大切なものは国ではなくEDENという居場所であり。

 なれば、それを害されないのならば──奮い立つ必要もない、と。

 

 そう、心の折れた、膝の折れた、とされる魔法少女達が再び立ち上がることをしないのには、そういう理由がある者も多い。怠惰病とは違う。EDENを守る気力はあるけれど、国を取り返さんとするつもりがない者。

 たとえば、何十年も魔法少女をやっている者で、既に国に家族はいなくなっていた者、とか。

 たとえば、他国から来た者で、国に思い入れがない、とか。

 

 たとえば、国で迫害された記憶があって──国を敵視さえしていた、とか。

 

 直前に国の方から「もう守らなくていい」というような通達があったこともあってか、心を放してしまった者がたくさんいるのだ。

 

「キリバチ」

「どうした、縁」

「ローグンとリヴィルはどこに行った?」

「ローグンは学園塔で学園生活を満喫している。リヴィルは昔断念した治癒のポーション、というものをどうにか作れないか試行錯誤している最中だ」

「そうか」

「なんだ、2人に何か用があったんじゃないのか?」

「いや……」

 

 ミサキの魔法少女暦はそれなりに長い。

 ただ、最初の方は学園に通っていなかった──所謂引き籠りだった、ということもあって、未だ在園中の身にある。魔法は魔法少女自身を表すものであるというけれど、それについて彼女は正にだな、と自嘲することも少なくはない。

 世界を圧し退ける魔法、【波動】。他人が自分に踏み入ることを嫌うあまり、それが魔法として認められたというのなら、そんなに面白い話はない。

 

「私は……どうするべきなのだろうな、と。そう思っただけだ」

「それで私のところに来るのか」

「それくらい弱っている、のかもしれん」

「なんだ、いつになく殊勝だな。重症か?」

「……恐らくは」

 

 キリバチの揶揄に対しても言い返せず、むしろ肯定してしまう。

 普段の彼女を思えば異常事態だ。ゆえにキリバチは流石に心配そうな顔をして。

 

「仲良し4人組はダメなのか」

「フェリカに問うても意味はない。多分、私同様に悩んでいる。悩みの種は違うだろうが、今彼女に負担をかけるのは……友人として、あまりしたいことではない」

「他2人は?」

「……シェーリースは、正直わからない。ユノンが相談相手に向かない、ということだけはわかる。アイツの出す答えはわかっているからな」

 

 仲良し4人組。そう称されるのは、無論アールレイデ隊のことだ。

 梓・ライラックが来る前のアールレイデ隊。学園によって振り分けされただけの班だったが、全員の魔法の等級区分が高いこともあってか、自然と集まることも多くなっていた。

 ミサキの感覚からすれば仲が良い、とはまた別のものであるような気がするけれど、それをわざわざ外部の者に説明することはない。

 

 今、フェリカはミサキと同じくらい悩んでいる。神に膝を折った自分。そして梓の変容。倫理と常識、そしてSS級にだけ課されているらしい何らかの任務。

 時期ではない、ということくらい、わかるのだ。

 さて、では指摘された他2人。

 ユノンはダメだ。アレに「今どうするべきなのか」を問うた所で、「何もしなくていいんじゃないですか?」以外の答えは返ってこない。それが悪口ではないということを前提に、ユノンとは自己中心的な人物である。いや、悪口でもよいのだけど、とにかく良い意味でも悪い意味でも自分の事しか考えていないので、白黒がはっきりしている。魔法の通り、まっすぐな答えしか返ってこない。

 ではシェーリースはどうか。

 

 シェーリース。

 

 ミサキにとって、あるいはシェーリースにとって。

 お互いをよく理解していないのだろうな、という感覚がある。踏み込みができない、というべきか。どこか──深く話し合ってはいけない、みたいな。禁忌を目の前にしている感覚があるのだ。

 だから、相談していない。

 それもまた、外部の者に言うべきことではないとわかっている。

 

「どうするべきなのか、か。……魔法少女の本懐を思うのならば、国を取り戻しに行く、が正解なのだろう。あるいはEDENを守る、か」

「……やはりか」

「無論、そんなことはわかっているのだろう? その上で何をするべきかわからなくなっている。──そうさな、1つ提案というか、人手の必要な仕事があるのだが、受けてみるか?」

「仕事? 任務か?」

「似たようなものだが、違う。正式任務ではないゆえな」

「?」

 

 キリバチは立ち上がり、ただ「付いてこい」と、そう言った。

 どうせミサキならば受けると思っているのだろう。だからミサキも、何の疑問も挟むことなくそれに従う。

 あるいはそこに、何か答えがあるのかもしれないと信じて。

 

 

えはか彼

 

 

「あれ、追加人員?」

「ああ。ビーファン、進捗の程はどうだ?」

「……信じた私が間違いだった、と言っておく」

「ふん、お前のような性格の奴は、どれだけ考え込んでも答えは出ない。ならば体を動かせ。そういうことは得意だろう?」

 

 ミサキがキリバチに連れてこられた場所。

 そこは、元々国のあった場所。あるいはEDENのあった場所。

 多くの木材や石材が並べられていて、周囲では主に近接魔法を扱う魔法少女たちがあくせく動き回っている。

 何かを作っている、ということはわかった。

 

「まぁぼちぼちって感じかな。手伝ってくれる子は多いけど、如何せん魔物が多くてね。防衛組の子にはそっちに回ってもらったりしてて、中々進んでない感じかなー。ディミトラがいたら一瞬だったんだけど、どっか行っちゃったし」

「いない者を頼っても仕方があるまい。何、安心しろ。ミサキはEDENを殴り飛ばした張本人だ。役に立つ度合で言えば、ディミトラに並ぼうさ」

「ああ、【波動】の子? よろしくね!」

 

 何がどうよろしくなのか、を問う前に。

 キリバチはさっさと飛行魔法で飛んで行ってしまう。キリバチを頼ることは今後やめておこうと心に強く誓うミサキ。

 

「それで、何をすればいい?」

「あ、やっぱり聞いてないんだ。えっとー、まず、今ここに新しい蘇生槽を作ってるの。ここが地脈吸入点であることは変わらないし、国が無くなったなら好都合だし。ただ終の因がないから前ほどの吸入量は期待できないんだけど……あ、まぁそういう難しい話は置いといて、蘇生槽を作りたい、けど魔物が結構来てる、だから防壁を作りたい、けど防壁作りにさえ魔物が湧いてきてる」

「つまり、魔物退治か」

「うん! そういうこと!」

 

 成程、とは思った。

 それならば、まぁ、無駄に小難しい事を考えずに行える。

 流石にオリジンの類は現れないだろう。来たとしてディケントか。余程の強さがあるのならば、目の前の創設者たるビーファンが対処の協力にあたってくれることだろうし。

 

 それにしても、と。

 

「蘇生槽作り……というのは、製法を聞いても良いものか?」

「いいけど、あんまり気分の良いものじゃないよ?」

「……どういうことだ」

 

 気分の悪くなる製法、とは。

 少しばかり──身構えてしまう。

 

「ああ、これだけでそう剣幕強くするならホントに聞かない方がいいかも」

「人道に逸れた事、か?」

「うん」

 

 即答。

 国家防衛機構・浮遊母艦EDEN。その蘇生槽の製法は明かされていない。

 あのコーネリアス・ローグンさえも知らないと言っていたその製法。それがどんなものであるのかと考えたことはあった。自身も友人も同僚も頻繫に使用する……使用していたそれ。

 それの、製法。

 

「……聞いておく。それを使う可能性のある者として、聞いておかなければならない」

「じゃあ言うけど、材料にね、魔法少女が必要なんだ。今回の場合は、私達の大事な友人であるグロア。寿命で死んだ、っていうのは嘘だよ。彼女本人の依頼でね、死ぬ前に頼まれたんだ。"己の死期を悟りました。この肉体、役立ててください"って」

「──」

 

 拳が出そうになった。

 グロア。学園長の名。創設者たちの1人であり──EDENを浮かせていたり、国を浮かせていたりと、相対することはなかれど、根本の部分でほとんどの魔法少女が世話になっていたといっても過言ではないその存在を。

 

 材料に、する。

 

「……EDENにある蘇生槽も、そうか」

「ああ、一部はそうだよ。そうじゃないのもあるけど、7割くらいは魔法少女が元になってるかな。あ、勘違いしないでほしいんだけど、全部彼女らの懇願の下だからね。私たちは強制してないというか、なんなら馬鹿言わないでほしいってくらい何度も断ったんだけど、みんな自分から"後世に繋げたい"って聞かなくてさ」

「そんなものを作ることに、何の躊躇もないのか?」

「じゃあ、彼女たちの"最期の頼み"を無視して、魔物の餌にする方が正しかったと思う?」

 

 そう。

 創設者がビーファンは──辛辣な顔で言う。

 少しだけ責めるように。少しだけ、後悔するように。

 

「……どのようにして、肉体を槽にする?」

「それは、口では説明できないかな。防壁の製作を終えて、こっちに小拠点を作り終えたら実際に見せてあげる」

「そうか」

 

 魔法少女の肉体から成る蘇生槽。

 それは、梓程死を忌避しない自分たちにとっても、あまり気分の良いものではない。

 けれど同時に。

 

「……私も、死ぬときは……それが良い。どの道神に膝を折ったのだ。肉体が誰かの役に立つのなら……」

「流石に今を生きている子にはしないって。君が今までどれだけ死んで来たのか知らないけど、寿命はまだまだ先だろうし」

 

 少しだけ、それも良い、と思ってしまう自分がいるのだ。

 あまり気分の良いものではないと思っておきながら、役立たずとなった己が誰かの役に立てるのなら、と。

 

「任務、承知した。周辺域の魔物の掃討をしてくる」

「あ、死んじゃダメだからね。死にそうだったらちゃんと逃げて、助けを呼ぶこと」

「わかっている」

 

 今、EDENの蘇生槽は少しばかり効率を落としている。

 それはやっぱりEDENが地脈吸入点から逸れてしまったからで、その原因はミサキにある……ような、あの指示をした梓にあるような、なりふり構わず大規模魔法を行使したエミリーにあるような、そもそも終の因を起動させた何者かにあるような。

 まぁ。

 

「考えることは、今はやめておくか」

 

 そうするために来たのだから。

 ──悩みの種が増えた、というのは。まぁ、少しばかり。

 

「役には立とう。それが望まれていることなれば」

 

 彼女は作りかけの防壁の外周に向かって大きく跳躍をしたのだった。

 

 

えはか彼

 

 

 さて。

 

「アンタ達、ホントに魔法少女かい? さっきもだけど、危なっかしいったらありゃしない……」

「返す言葉もありません……」

「遠征任務、というのには出たことが無かったから、それが仇になったかな……」

「それ以前の問題だよ!」

 

 まったく……とため息をつく。

 なんだか変な気分である。血の繋がりなど欠片もないけれど、まるでわが子を……そう、でも、ないけれど。親戚の子がやんちゃしている、とでもいうような感覚。

 どちらも言葉はしっかりしているのだが、理央の方はやれ魔物の巣に突っ込んでいったり、やれ突然崖を登り始めたり。やれリキュアの方は遠隔の中でも攻撃性の薄い魔法にも拘らず理央の援護に突っ走ったり、周囲の魔物の気配にとても疎かったり。

 これでよくやってこれたねぇ、なんて思うけれど、そもそもこの2人はEDENを抜け出してきたという。ミズメ、という人物を探すために、今のEDENに人員を割いてもらうことはできそうにないから、と。

 

 ミズメ。

 師匠のつけた、梓の変装用の名。だから、いない人物だ。

 それを探すため、というのがもうむなしい結果しか見えないというのに、2人はこれでもかというほど元気で根気強く。

 

 結果が虚無であるとわかっていても、なんだか応援したくなっちまうんだよねぇ、なんて。

 

「でも、安藤さんがいてくれて本当に助かりました。けど、良いんですか? 結構歩きましたけど、ご自身の目的地、というのは……」

「あぁ、それ。アタシの勘が間違ってなければ、向かう場所は同じさね」

「そうなのかい? そうか、それは心強い。けど、なんでミズメはそんな場所に……」

「それはアタシが聞きたいんだけどね。あんな場所にそんな子がいるとは思えないし」

 

 遠回しに帰還の推奨をする。

 彼女らに情報を与えた人物、というのが気になるがゆえの同行だった。はずだった。

 けれど、いつの間にか彼女らの安否を気にしてしまっている自分がいる。

 

 ()()()()()()()()()あっちの梓に目印となる魔道具を貸し与えた事を思えば、安否を気にする、なんてお笑い種だとは思う。あの子には本当に可哀想なことをした。可哀想なことばかりをした。

 腕を奪った。居場所を奪った。師匠がその肉体さえも奪った。

 悪い子じゃない。本当に、まったくない。敵であるとわかった自身にさえ、旅の無事を祈るような──本当に良い子だ。

 だからこそ、その仕打ちは。自分たちがしてきたことは。

 

 決して。

 

「安藤さん?」

「ん……なんだい? ああ、もしかして何か話していたのかい? すまないね、聞いていなかった」

「あ、いえ、行けばわかることではあるのですが、安藤さんが"あんな場所"というくらいですから、どのような場所なのか気になりまして」

「うん。もしかして、結構危険な場所なのかい?」

「ああ、そういう」

 

 ちょっとしくったね、なんて思う。

 まさかEDENに敵対していた自分たちの拠点だ、なんて言うわけにもいかない。というかあの施設にはまだ誘拐してきた魔法少女たちを閉じ込めてあるはずなので、本当のことを言うのは色々と不味い。だからこそ彼女らに情報を与えた何者かが気になって仕方がないんだけど、それをここで問うのはおかしさが過ぎる。

 さて、どれほどぼかすべきだろうね。

 

「危険な場所、であることには変わりないよ。古戦場……いや、闘技場かな。遥か昔、魔法少女同士が己の魔法を以て戦い合う闘技場があってね。それがそこなんだけど、今は魔物の住処になってる。前にアタシが行った時にある程度の掃除はしたんだけど、あれから2年くらい経ってるからね。また魔物がわんさか湧いているだろうさ」

「闘技場……そんなものが」

「なるほど、EDENの修練塔のようなものなのかな」

「そんな生易しいものじゃないさ。全員ちゃんと相手を殺すつもりでやるからね。……それはもう、凄惨な戦いだった……らしいよ」

 

 連れてきた魔法少女はあまりに"うってつけ"だった。

 こちらの戦力不足を補うための疑似魔法、魔道具。その作成には、ガーゴイルである方のシエナのような解析装置か、あるいは膨大な戦闘記録を必要とする。だから、あそこで魔法少女を殺し合わせた。土壌に溜まる魔石燃料を含め、全てが魔法少女同士の殺し合いというもので回る莫大な燃料機関。

 おかげでこちらの技術も格段の進化を遂げた。師匠を含め、こちらに付いた者は皆魔法への理解を深めた。

 

 恐らくは、今も。

 彼女らは戦っているのだろう。監視はいなくなくなれど、1人だけ魔物の精神体の入った魔法少女を仕込んである。それが必ずかき乱す。それが必ずかき回す。ゆえに協力して脱出しよう、とはならない。

 反魔鉱石が随所に仕込んであるから、どうせ出られないだろうけどね。

 

「闘技場……」

「理央さんはそういうの好きそうですね」

「そうだね。自分の腕を試せる場所は大好きだよ。ただまぁ、憎み憎まれの殺し合いは苦手かな。私は相手にそんな感情を抱けないからさ」

 

 どの道アンタらの魔法はそこまで利用価値が無さそうだから入れられないよ、なんて。

 ……いや、リキュアの方はどうだろうね。少しばかり、まだまだ研究の余地はありそうだけど。

 

「地図によるともうすぐだね」

「……」

「安藤さん?」

 

 確かに拠点に近いのは確かだ。

 というか、目と鼻の先にある。出入口に至ってはすぐそばの崖下にある。

 

 けれど──違和感。 

 あの拠点は、もぬけの殻。捕らえた魔法少女達こそいるけれど、それ以外はいないはずだ。

 

 なのに、各施設が……稼働している?

 

「……アンタら、本当に帰った方がいい。いや、もしくはここで待ってな。アタシが中を確認して、戻ってきたらにしたほうがいい」

「危険だというのなら、私達も行くよ。1人より3人の方がいいだろ?」

「アンタ、今までの道中でアタシの役に立てる、なんて妄想まだ消せてないのかい?」

「でも、何かはできるはずです。確かに私たちは安藤さんより弱い魔法少女ですが、魔法が使える以上は……」

「【弱化】」

 

 ぴたり、と動きの止まる2人。

 うん。

 やっぱりあの【神光】の子がおかしいだけさね。

 

「さて……最悪、拠点をぶっ壊す勢いで行こうか。どうせいらないしね」

 

 本当にゆっくり、ゆーっくり動いている2人を背に、拠点の入口へ向かう。魔道具で再現した【弱化】はそこまで効果時間に長けない。だから、手早く、かつ漏らしなく済ませよう。

 

 ──安心しな。次の瞬間には、拠点は奇麗さっぱり無くなってると思うよ。

 

 

 

 

「【幽拐】」

「【幽拐】ッ!」

 

 咄嗟に反応できたのは、それで事を済ませようとしていたからだ。

 準備していた。何者なのかを少しばかり想定していた、というのもあるけど、それ以上にこの魔法はとても使い勝手が良いと知っていたから。

 だから、それがどのような軌道をとるのかも、どのような効果を齎すのかもわかっている。

 

「驚いた。それが疑似魔法……魔道具か。うん、よく再現できているよ。賞賛に値する」

「そいつはどうも。それで、アンタ何やってんだい。──EDEN創設者。ハイドレート」

「何をしているか、か。難しいね。世界を救おうとしている──じゃ、ダメかな」

 

 そこに少女はいた。

 体格に見合わない紺碧のベルトを腰に巻いた少女。自分達が最も世話になった疑似魔法の1つ、【幽拐】の本来の使い手。もう1人は【隠涜】。

 ハイドレート。

 彼女は──どこか超然と。そこに、いた。

 

「どうやってここを見つけたのか、教えてくれるかい?」

「何、難しい事ではないさ。私は少しばかり特殊な目を持っていてね。建物や自然物の先にいる精神体を見ることができるんだ。精神体に限定した透視、といったところかな。こんな魔法を使う以上、それは必須技能でね。──だから、この施設を見つけることも容易だった。複数の魔法少女の精神体が苦痛に喘ぐ巨岩。そんなもの、内部に何かないわけがない」

「そうかい。そりゃ確かに見た目からはわからないことだ。今度コレを改良する機会があったら、そういう作用のある眼鏡でも作っておくよ」

「うん、好きにすると良い」

 

 成程、そんな目を持っているのなら、確かにここを見つけることは容易いだろう。

 ただし、実験場へ続く扉の鍵は閉まったまま。力づくで開けることはできなかったと見える。

 

「あの子たち……李・理央とリキュア・アールレイデに情報を与えたのはアンタかい?」

「……そういう事情か」

「何?」

 

 ハイドレートが──立ち上がる。座っていた。座って呑気に珈琲を飲んでいた。

 それを机に置いて、少し退いて。背後を指さす。

 

 そこには。

 

「……全員、EDENの子かい?」

「うん。どうにも、その何者かはここに魔法少女を送り込みたいらしい。みんな私を見るなり血相を変えて飛びかかって来てね。とりあえず全員、抜いておいた」

 

 大量、とまでは行かない。

 だが、複数の魔法少女。その肉体。精神体が抜かれているがゆえだろう、だらんとした肢体は無造作に積み上げられている。

 

「安藤アニマ、で合っていたかな」

「へぇ、EDENの創設者に名を知られているとは思わなかったよ。光栄だね」

「要注意人物と聞いているからね。【業焔】の魔法少女。ただ、安藤アニマと名乗り始めたのは最近のこと。君には本当の名前があり──()()()()()()()()()()()()()()()()は、とっくのとうに消えている」

「……どうやって調べたんだい、そんなこと。ま、アタシは無駄なはぐらかしは嫌いだからね、正解だとは言っておくけれど、どうやって調べたのかだけは聞いておきたい」

「私の友人に、相手の記憶を取り出して閲覧できる魔法少女がいてね」

「【槌憶】か」

「うん。私達がEDENに来たその日には、国で情報収集をさせてもらったよ。安藤アニマ。その類似例が近くにいたこともあって、成程、と。そう思った。上手く紛れ込んだね」

 

 類似例。

 恐らくは、あの自己中忍者娘の事だろう。

 それも正解だ。己が安藤アニマになるために、彼女は実験台として使われた。使われた側は実験台にされた、なんて思っちゃいないだろうけど。

 

「中々洒落た名前だとは思うけどね。君、本来の名前があるだろう? 安藤アニマになる前の名前。私に聞かせてくれないかな」

「遠慮するよ。それを知っちまったら、アタシはアンタを殺さなきゃいけなくなる」

「どの道殺し合いになる──そうは思わないのかな」

「どの道殺し合いになるとしても、状況だけははっきりさせとこうじゃないか。こんな場所に多量の魔法少女を送り込んだ人物が誰なのか。アンタの目的はなんのか。そして、アタシの目的がなんなのか」

「うん、それはいい考えだ。──じゃあ、半歩右に逸れると良い」

 

 ──言われた通り、右に逸れる。

 そこを、先ほど自身に向けられたものとは比べ物にならない速度の魔力……【幽拐】が飛んでいく。

 

「おっと、危ないことをしますねぇ」

 

 それは、どのようにしてか叩き落されて。

 

 答え合わせの時間となる。

 

 

えはか彼

 

 

「おやおや、お2人とも剣呑な雰囲気で。どうしたんですか?」

「内部抗争、になるのかね、これは。巻き込まないでほしかったんだが」

「そうだね、今からでも逃げるかい?」

「逃がしてくれるなら逃げるさ」

「逃がすと思いますかー? それに、ほぅら」

 

 まるで、友人を。

 否──収集物を紹介するかのように。

 ソイツは、背後でふらふらと立つ2人を見せてくる。

 

 理央と、リキュア。

 

「アナタに見過ごせますかねぇ」

「勿論さ。何の情もない。アタシにとっては敵の一味なんだから、何をされたところで」

「そうですか? では──【仙導】。2人とも、互いの首を」

「【光線】!」

「おっと、危ない危ない」

 

 ソイツ。

 ああ。本当に内部抗争だ。あるいは──裏切りなのか。目的がなにも掴めない。少なくともハイドレートと同じものを目的にしているわけではないことはわかる。

 なぜなら、ハイドレートが立ち上がって──武器であるのだろう、その鞭を強く握りしめているのが聞こえたから。

 

「ペルチット」

「はい。お久しぶりですね、ハイドレート」

 

 EDEN創設者が1人。

 洗脳にも似た効果を発揮する魔法、【仙導】の使い手。

 

「どういうつもりか、聞いてもいいかな」

「おやおや、わかりませんか? 簡単なコトですよ?」

 

 ペルチットは、その指揮棒をビシ、と自分たちに向けて。

 否──その後ろの魔法少女達に向けて。

 

「SS級に至り得ない魔法少女など、要りませんので。纏めて処分して、現在のSS級魔法少女が行っている"役割の統合"──その援けになっていただこうかと」

「ハイドレートなら理解してくれますよね? みたいな視線を向けてきている所悪いけれど、全く賛意できないかな。どうしてしまったのか全く理解できない。私達と共に魔法少女の楽園を目指していたころの君はどこへ行ってしまったんだい?」

「おや、理解できませんか。では、教えてあげましょう。何度も言いますが、簡単なコトですよ。──神が降臨なさったのですから、私達使徒は役割を全うする必要があります。それに至り得ない──自覚もできないようなゴミは、処分しなければいけません。これでわかりましたか?」

 

 スッと。

 何かが底冷える。

 己ではない。自分たちの所業も大概だ。だからこれは。

 

「そうか──堕ちたね、ペルチット。申し訳ないね、安藤アニマ。君も巻き込もうと思っていたけれど、ここまでとなるとこれは私達の問題だ。下がっていてくれて構わないよ」

「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。この施設をコイツが知ってたってことが大問題なのさ。だからまぁ──コイツを消す、という点では、協力させてもらうよ。その後、アンタとも殺し合いをしよう」

「おやおや、寄ってたかって弱いものいじめとは。なら、こちらも助力を呼ばないといけませんね」

 

 大きな──大きな、震動があった。

 すぐ近く。爆発音。

 場所は……実験場。

 

「……解放したのか」

「ええ。幸運にも皆アナタに敵意のある者ばかり。殺意に至る者もいます。おやおや、何をしていたのでしょうね。こんなにも──導きやすいなんて」

 

 成程。

 反魔鉱石は魔力に対しては非常に強力な鉱石だけど、単なる爆発物にはそこまでの強さを持たない。反魔鉱石で出来た壁、とかならまだしも、随所に反魔鉱石が仕込んである、程度じゃ爆発物は防げなかったか。

 

「各地から連れ去られた魔法少女──14名。皆々様方、敵がすぐそこにいますよ」

「14?」

「おや、少なかったですか?」

「いや」

 

 少ない。15人だったはずだ。

 ……誰か、逃げた? でもどうやって。

 

「ハイドレート。アンタ、戦力に数えていいのかい?」

「無論さ。()()()使()()()()()()ことだけは避けようと、皆で交わした誓いも忘れてしまった友人だ。なら、私が止める義務がある」

「あぁ、それでいい。じゃあ──1発目は、景気よくデカいの行こうじゃないか!」

 

 解放されたというのなら、もういい。

 元より逃がしてやるつもりだったのだ。なら──もう、考えなくていい。

 

「【業焔】──須留途!」

 

 ならば、この業に塗れた拠点など。

 すべて燃やし尽くしてやろう。何、後ろの子たちも魔法少女だ。時間さえたてば蘇生できる。精神体のない内に死んだ方が苦痛も少ないだろうしね。

 

「これは」

「おやおや……成程、貴女の名、わかりましたよぉ」

「私にも、わかったかな」

 

 ……面倒だねぇ、察しの良い奴らってのは。

 

「今回ばかりは加減は要らない。ぶっ潰しな、須留途!」

 

 此処に、焔の腕が振り下ろされる──。

 

 

えはか彼

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