99.留守寝洲例巣,例大理恵石恩,安堵碑絵韻.
数多の資料、数多の資材。幾らかの機材。
それら全てを燃やし尽くして現れるは、深紅の巨人。
岩に覆われた拠点など一瞬にして弾け飛ぶ。どこまでも深く掘られた絶壁を容易く溶かし壊す。仕込まれた反魔鉱石に触れようともその火が収まることはなく、腕を、頭を、胸をと次第にその全貌を明かしていく。
それが魔法ではないということくらい、この場にいる誰もがわかったことだろう。
それは魔法ではなく。
「神の召喚……いや、招集かな?」
「冷静に分析してないで、とっとと頭叩いてきなよ。周りのはアタシがやる。アンタの因縁だってんなら、アンタがケリ付けてきな」
「そうしたいのは山々なんだけどね、実は私、大した戦闘能力というものを持っていないんだ。EDENの等級区分に従うのならA級止まりの魔法少女さ」
「じゃあさっき切った啖呵はなんだったんだい……」
神の招集。
聞くものが聞けばあり得ないと叫ぶだろう。魔法少女のほとんどは神に膝を折り、屈した。その威圧に。その威光に。無理だと。魔法少女が神を呼びつけるなど、できはしないと。そういうのだろう。
だからこそ、ハイドレートにもペルチットにも彼女の正体がわかったのだが。
「そっちの積み重なってるのは戦えるのかいね」
「無理だろうね。今精神体を戻せば、ペルチットの魔法の効果に従って私達を殺しにかかるだろう。ペルチットは相手が知性体であればほとんどの存在にその魔法を作用させることができる。私や君は弾けるだろうけれど、この子たちじゃ無理だろう」
「そうかい。じゃ、後々邪魔にならなように燃やしておくよ」
「構わないよ。EDENの蘇生槽も……今は稼働が少ないとはいえ、壊れたわけじゃない。いずれ彼女らも蘇生するだろう。寿命は少し削れてしまうかもしれないけれど、必要な犠牲だ」
アニマが手を振る。
それだけで、深紅の巨人から炎の弾が飛んだ。
それだけで、積み重なっていた魔法少女達は──消し炭になった。
「じゃあこの精神体たちも返しておくとして。さて、身軽になった。戦闘に加わらせてもらおうかな」
「戦力はないんじゃなかったのかい?」
「破壊能力はないよ。ただ、相手に精神体があるのなら、私はそれを抜き取ることができる。──それはペルチットとて同じ。無論、隙を伺わないといけないんだけどね」
「それ、アンタも同じだったりするのかい?」
「ご明察」
今、アニマたちの拠点の入口は深紅の巨人によって塞がれている。巨人は拠点を破壊しながらその全身を這い出し、ゆえにその入り口の向こうがどうなっているのかを見ることは叶わない。
「で? その鞭はお飾りかい?」
「まさか。長年連れ添った相棒さ」
「【仙導】は任せてもいいか、って聞いてるんだけどね」
「冷たいことを言わずに共に戦おうじゃないか。まさかこの巨人を出して終わり、なんてことはないんだろう?」
「……わかったよ」
その時、深紅の巨人の中を突っ切ってくる影があった。
遠隔魔法。否──。
「愚策を取るね、ペルチット。近接魔法を纏った魔法少女なんて、私には──」
「【断裂】!」
近接魔法少女。火傷の一切を気にしない死兵。その頭部を掴まんとしたハイドレートの前に、再現された【断裂】が発生する。
飛び退くハイドレート。気にせず突っ込む魔法少女。
それが【断裂】の壁に触れた途端──魔法少女の体が
「──」
「アンタのお仲間が堕ちただかなんだか知らないけど、そんな愚策を取るようなヤツだったかい?」
「……そうだね、少し、油断していた。ありがとう、助かったよ」
「ふん、いいけどね。……今のは【破散】って魔法さ。本来は石なんかの投擲武器に作用させて使うものだけど……まさか、魔法少女そのものに使うとはね。【防膜】……D級も良いところな魔法少女だって侮ってたけど、【仙導】で出力を上げられている……ってあたりか」
飛び散った肉体は周囲に赤をまき散らし、けれどすぐに消滅していく。大気に溶けるように。地面に座れるように。
蘇生槽に、戻るように。
「……ちょっと不味いね」
「蘇生槽があるんだね」
「ああ、それなりの数がある」
「なら、それを先に壊すべきかな」
「……いいのかい? 蘇生槽の製法、知ってるんだろ?」
熱が蔓延る。炎が迸る。
アニマの手から放って渡されるのは、実験場とされる場所へ繋がる扉を開く鍵。
それを受け取って。
「おかしなことを聞くものだね。──意図せず蘇生槽にされた魔法少女を解放するんだ、それは
「……ま、アンタが良いならいいけどね」
その扉を開けて。
ハイドレートは、闇の奥へ消えていった。
「そっちに罠が無いとは思えないけど、まぁアレなら大丈夫かね」
巨人が
「今。誰がここを見ているのかわかるかな」
「さあ? 少なくとも監視の目はなくなった。監視者は戻ってきたけど、私達に興味を持っていない。今が逃げるための最大の機会であることに間違いはないと思う」
「そうじゃなくて──誰が。どの神が、君たちを見守っているのか、という話」
暗闇の中。
ぼんやりと光る蘇生槽。その前に立つ1人の女性。
血臭の染み着いた部屋は、猛獣を捕まえるための檻のような作りになっていて。
その格子の1本1本に少なくない傷跡がある。
「名前は?」
「ハイドレート」
「そうか。EDENの創設者。懐かしい名だね」
「私を知っているんだ?」
「一方的に。これでも長くを生きる者」
「へえ」
ペルチットが連れ出した魔法少女の数を14だと言っていた。それにアニマが疑念を呈していたあたり、足りない者がいたのだろう。
それがこの女性なのだとしたら──やはり愚策も愚策だ。
ハイドレートには精神体が見える。構造物を無視して精神体を見ることができる。それがどこに宿っているのか、それがどのような姿をしているのか。
初見の相手だと、「そういう子もいるのかもしれない」となってしまってわからないけれど、そうでなければ問題ない。
ただ、ここまでとなれば。
初見でも──
だって。
「名を、聞いても?」
「レーテー。【亜空】の魔法少女」
「そうか、君が」
その名を聞いて、ハイドレートにも彼女が誰なのかがわかった。
レーテー。【亜空】。
魔法少女の多くに"亜空間ポケットという技術"を普及させた、黎明期から存在する魔法少女の1人。あるいはあのゲヘナやシエナとも並ぶ年齢とされる彼女は、亜空間ポケットという技術の普及を成した後、すっかりと姿を消した。
歴史の陰で動いた記録も、大舞台に出てきたこともなく、ゆえに寿命で死んだものだと思われていた。
いた、が。
「まさか、こんなところにいるとはね」
「同意を返す。──まさか私が、蘇生槽を守るために【幽拐】と対峙する事になろうとは思わなかった」
「やはり、守るのかい? 今まさに新しく魔法少女達が蘇生しようとしているソレを。上でのことを知らないわけじゃないだろうに」
「当然のこと。この血に塗れた監獄は、けれどあの子たちの帰る場所。ノモスを立ち上げた者として、苦楽を共にした者として──その殺戮をただ見ているだけにあった者として。私は彼女らの命を繋ぐ責任がある」
ずしんと階層が揺れる。凄まじい距離があるだろう地表の戦闘。その余波。あるいは熱までもが伝わってきそうな勢いで、あの深紅の巨人は暴れまわっているらしい。
ハイドレートにとって安藤アニマがどうなろうと特に思うところはない。あるいは堕ちたペルチットが安藤アニマに倒されようとも、それは仕方のない事として処理するだろう。
ただ、この場所は壊すべきだと。
ハイドレートの心が告げている。
「その蘇生槽。無理矢理に成立させられている、ということは、当然理解しているよね」
「無論。それが何か?」
「仲間以外は大事じゃない?」
「当然のこと。仲間だと思うつもりはなかったけれど、仲間だと思ってしまったのなら、最後まで面倒を見る。それが当然でないのなら、EDENは全世界の魔法少女を回収、あるいは保護しに来るべきだった。仲間だけが大事なのはどこも誰も同じ」
「そうかい。じゃあ、平行線だ」
ハイドレートの周囲。
そこに、無数の魔力が浮かび上がる。不可視のソレ。暗闇がゆえにさらに視認することの難しいそれが、数多に浮かび──その突撃を今か今かと待ち構える。
「2つ。言っておくべきことがある」
「何かな」
「1つは忠告。こんな所で内輪揉めをしている暇があるのなら、早く冥界に行った方がいい。取り返しのつかない事になっても知らない」
「……冥界?」
「2つ目は──貴女じゃ、私には敵わない。諦めて上の援護にでも向かった方がいい」
不可視の魔力が飛ぶ。
音もなく、影もなく。
それはレーテーに殺到し。
「……消えた?」
「【亜空】。貴女達用に調整したものは内側にしか開かないけれど、私のこれはどの角度にも、どの方向にも開く。遠隔魔法少女が私に勝利する、ということはあり得ない」
「成程、それは厄介だね。でも、それなら接近戦は──」
「当然のこと。今言った通り、どこにでも開く。──それは、敵の足元でも」
ハイドレートが咄嗟に飛行魔法を使わなければ落ちていたことだろう。【亜空】。その名の通り、通常とは違う空間へ。
それを閉じられてしまえば終わりだ。亜空間ポケットは、開けた本人にしか開けられないという性質を持つ。亜空間の中に本人が入ろうとも開きなおせば出る事が可能だが、他人の亜空間に入ったのならば、その者が出口を開いてくれない限り、異相を永遠に彷徨うこととなるだろう。
その原典。【亜空】の先となれば──想像だにできない。
「ふむ。なるほど、これは大変だ。面倒だ、とも言い換えられる。確かに私じゃ君を殺すことはできないね。その蘇生槽に近づくこともままならないかもしれない」
「諦めたのなら戻ると良い。そして、安心するといい。これより蘇生される私の仲間は、全員【亜空】に閉じ込める。敵なりし者が何者であろうとも【亜空】の先にまで作用することは不可能」
「それは助かるかな。それじゃ、戦闘は無しにしよう。けれど、1つ忠告がある」
「どうぞ」
「彼女らを操っている魔法、【仙導】はたとえ蘇生槽に戻ったとしても作用する。【亜空】に閉じ込めたとしても、その操作を解くことはできない」
「ならば【仙導】を殺せばいい。核ごと」
「……そうだね。その通りだ」
躊躇がない。
苦笑してしまうほど、迷いがない。殺す──核を殺す。それは殺人だ。紛う方なき殺人だ。それをすることに、何の躊躇もない、というのは。
「レーテー」
「まだ何か?」
「君は、魔物かな。それとも神かな」
「ヒトと、魔法少女と、獣と、神。それ以外を魔物と定義するのばらば、魔物でもいい」
「そうか」
ハイドレートが構えを取る。
戦闘は無しにしよう、と。そう言った矢先の行動に、レーテーは眉をひそめた。
なぜ。ではなく。
「無駄に命を散らす理由は?」
「信条」
「そう。なら、仕方がない」
その間口が開く。
飛行魔法の使用──ハイドレートは、そんなものは意味がないのだと知る。少しだけ浮き上がった身体。その時点で頭部が【亜空】に飲まれていた。魔力の動きなど感じられない。精神体の揺らめきなど一切ない。感情に一切の増減無く、ただ淡々と──レーテーは。
崖の中。地下の監獄そのすべてを、【亜空】の底へと飲み込んだのだった。
「【皇爛】の魔法少女は引き続き須留途の右腕を相殺。【破散】の魔法少女は【指斬】の魔法少女の腕に【破散】を使用し、術者である安藤アニマを攻撃。【応唄】の魔法少女は【皇爛】の補佐を、【草刈】も同じです。【元衰】と【輪風】は左腕に突撃を。【榑林】と【人剣】、及び使い道のないD級の皆さんは【破散】の魔法のもと、なにも構わず突撃しなさい」
「嫌……嫌ッ!」
「やめて、ニーナ……」
「ごめんなさい──体が、ああ、【破散】!」
「熱い、痛い──」
阿鼻叫喚とはこのことだろう。
悲鳴が上がっている。苦悶が流れている。
「【転候】の魔法少女は雨を降らせなさい。少しでも須留途の減衰を」
「……」
「【気烈】の魔法少女は、そうですねぇ、須留途の胴体に全力の【気烈】を」
「……ふぅ」
体が言うことを聞かない。
隣を見ればリキュアも同じようで、言葉にこそ表さないものの──歯を食いしばり、けれど魔法を行使してしまっている。
自分たちの少し後方にいる──"信頼のおける人物"だった、女性。
創設者の1人。そう知っていた。だから信じた。馬鹿だったのだろう。
今更意識を取り戻して、今更自己嫌悪に陥って。
炎の巨人。深紅の巨人。
それに対し、魔法をかけられた状態で突っ込まされていく少女達。触れただけで肉体の一部が炭化するような温度の、火傷なんてものでは済まされないそれ。
泣き叫びながら、苦しみを訴えながら。
炎の中を駆け抜けて、──その奥で散っていく。
「おやおや? どうしましたかぁ? 早く【気烈】を撃ちなさい。できないのなら、貴女も炎に飛び込みますか?」
「ふふ、それも良い考えだとは思うけれどね。私の友人なら、こういう時、こうなった時、どんなことを言うのかな、と思ってね」
「時間稼ぎですか。なら、貴女も──」
「あははは──ははは!」
付き合いは、そこまで長くはなかったのだろう。
彼女が何者であったのかなど。正直な話をすれば、気付いている。だって当人から聞かされている。
あの日、あの時。
彼女自身が言ったのだ。"そんな奴はどこにもいない"。"ミズメなどという人物は存在しない"。"EDENの悪魔張本人"。"梓・ライラック"。
言うことの聞かない身体では首を振ることもできない。でも、口は動かせる。ならば。
「私があそこを後にした。あの時、後ろから聞こえたんだ。馬鹿をやらないと近づけない。死地にあるならば笑え。馬鹿をやるなら、とことん笑え」
「……もう結構ですよぉ。それでは、【破散】の魔法少女は【気烈】の魔法少女に」
「理不事.」
身体。違う。脳?
わからない。どこかわからないどこかに、鋭い痛みが走る。
意味など知らない。これが何なのかもわかっていない。ただ──それが、拒絶の意であると。
遥か空。天空。リキュアの作り出した雲の中で、数多のアンゲルと敵対したミズメの呟いていたその言葉を──覚えている。
打ち付けるは掌に。その拳を、力強く。
言うことを聞かないはずの身体を、無理矢理に動かす。何かが悲鳴を上げている。何かが苦痛を叫んでいる。
だから、なんだろうか。
それが、なんだろうか。
「え」
「──.
「"役割の統合"!? そんな、貴女は出来ないはずですよぉ!?」
「"──かくして掌へと拳を打ち付けた少女は新たな力を手に入れる。救うための力ではなく、追いつくための力。殺されないためでなく、殺させないための力。操り人形はもう終わり。遠い背中を追いかけるのも、もう終わり。彼女の手にあるものは世界の一端。彼女が手にしたそれは、世界に巣食う悪虫への鉄槌となるだろう"。さぁ、行くのだ。それを新たな物語の始まりとしたいのならば」
わからない。自分が何を言っているのかはわからない。
ただ、立ち込める霧が。あるいは背を押す誰かの言葉が。
少女の一歩に、力を添える。
「【嵐気】──全部、ぶっ飛べ!」
そこに衝撃波が発生した。誰もの耳を劈く轟音。魔力で編まれた波は、怒涛が如く全方位へと襲い掛かる。リキュアもペルチットも例外ではない。今まさに自分に近づこうとしていた【破散】の魔法少女も、そして須留途と呼ばれた魔物さえも。
否、否、否。
この断崖絶壁。中に施設があるという巨岩。
否。否だ。まだ、否。
自分を中心とした──円柱状の世界が、気圧される。
けれどそれは決して仲間を傷つける類のものではなく。
ただ。
「──魔力が、消し飛ばされた……?」
「今なのだ! 君たちに余計なことをしていた魔法少女はそこのびりびりに破けたタイツの女! やっつけるなら今なのだ! 気力がない? やる気が出ない? もう休みたい? ──"大丈夫。奮い立てる。今だけならば、立ち上がれる。何故ならそれは、自分たちが希望を掴むための一歩目なのだから"なのだ!!」
どこからか声が聞こえる。
誰かはわからない。けど、その声は──そこにいた少女らに、強い強い力を与えた。活力を与えた。
だから。
全員が、ペルチットを見る。自分を含めて、苦痛に喘いでいた少女たちが、全員。
「ッ、【仙導】!」
「【嵐気】──すまない、みんな! どこの誰とも知らないみんな! この嵐の中じゃ魔法は使えない。けれどそれは彼女も同じだ! なら──やることは、わかっているね?」
「委細、承知!!」
最初に踏み出したのは、踏み込んだのは【皇爛】と呼ばれていた魔法少女。長い髪を揺らし、青いリボンの可愛らしい──長身且つ鍛え上げられたその体が、一瞬でペルチットに肉薄する。恐ろしいほどの速さだ。村にもこんな使い手はいなかった。魔法を掻き消す嵐の中。つまり身体強化無しで──その拳が、反応さえできていないペルチットの腹に突き刺さる。
「──!?」
「アールレイデは剣術も教え込まれますから。魔力など無くとも問題はありません」
「痛ッ゛……このっ、やらせておけばぁ! 貴女さえ殺せば──」
「はははっ、私が無防備な遠隔魔法少女に見えたのかい? 組み手は得意さ。なんせ、元からそういう出だからね」
「うっ、ぐ──ぁ、あ!」
殴る。蹴る。斬る。
段々と無事な少女が集まってきて。それを行うことに、何の躊躇もない。容赦などない。痛がろうと、苦しもうと──少しずつ冷たくなっていく心を完全に無視して、ペルチットを傷つけていく。
当然の報いだ。
その罪を思えばこれくらい。
「皆、殺すなよ。殺したら蘇る。だから──殺さぬ程度に、最大限苦しめろ」
「ああ、だけど、この魔法は結構な魔力消費量でね。できれば拘束を先にしてほしいかな。途中で切れたら目も当てられない。精一杯保たせはするけれど……」
「承知した。異邦の魔法少女よ、我らの解放に最大限の謝意を。誰ぞ、縄を持ってきてくれ! 爆破によって露出した反魔鉱石も持ち得るのならば集めよ!」
「わかった!」
「行ってくる……!」
この魔法少女がまとめ役なのだろう。そのハキハキとした声は良く通り、指示や命令が全体に伝わる。その間も加虐は行われている。もう声さえ発さないペルチットを、誰もが暴行している。
同情などない。行いに対する報いは払わなければならない。
況してや、太陽の使徒でありながら、その"至命"を履き違えるなどと。
それは、あり得てはならないのだ。
「……っ、なんだ、今の思考。私じゃない、みたいな」
「理央さん? どうかされまし──」
リキュアが自分の方を見て。
目を、見開いた。どうしたんだろう、とか。何が見えたんだろう、とか。
全部置き去りにして、叫ぶ。
「みんな──離れるんだ! 今すぐに、ここから!!」
「ちょ、今良い雰囲気なのに何してるのだ!? ああもう、これだから元が人間じゃない奴は……えとえと、"少女らは声に従う。気付いたのだ。その頭上に迫る灼熱に。当然だ。一瞬掻き消えたとて、それなるは魔物でなく、魔力でなく。神なりし者なれば──"ああ間に合わない、逃げるのだ!」
「【業焔】──残らず、残さず、燃え尽きな」
灼腕が振り下ろされる。
気の嵐によって搔き消された傍から再生し、その魔力さえも焼き焦がす深紅の巨人。何の慈悲もなく、何の感慨もなく。
ただ、確実にペルチットを殺すためだけの槌。
「理央さん!」
「リキュ」
突き飛ばされたのを感じた。
自分は動いてはいけないという意思があった。【嵐気】を発生させ続けなければ、また【仙導】によって操られてしまうから、と。ほかの魔法少女たちが逃げても自分だけは、と。
だから、ペルチットごと焼かれても問題ないと。
そう、高を括っていた。
「ア──」
言葉を最後まで紡ぐよりも先に、無慈悲な腕が振り下ろされる。
巨岩から直線状、まるで炎の剣を振り下ろしたかのような衝撃。炎。強く強く強い光が世界を別ち、照らし、そこにあった全てを焼失させる。
光が──炎が収まった頃には。
何も、無かった。ペルチットも、リキュアも。
完全に燃え尽きて。
「……」
膝をつく。
魔法少女だ。蘇生槽で蘇る。そんなことはわかっている。
けど──違う、と。
直感とでもいうべき部分が告げている。
今の火は、炎は、魔法少女の肉体を焼き焦がすだけのものではないと。何か違う部分を。あの時痛みの走った部分を焼き付けるような、特異な焔だと。
「リキュア……」
あんなものに灼かれたら。
リキュアはもう。
「あ痛っ!? ちょ、何が起こったんですか!?」
「リキュア!?」
ぼて、と排出されたリキュアに、何があったのかもわからず抱き着く。
排出だ。彼女を抱きしめながら、そこを見る。
そこには自分たちの良く見るものがあった。
「……亜空間ポケット?」
けれどそれはすぐに閉じて。
静寂が、訪れる。
──次第に。少しずつ、少しずつ。
涙声が聞こえ始めた。自分たちと反対方向に逃げた魔法少女達からだ。
あの【皇爛】の魔法少女までもが涙を流している。
先ほど彼女は「解放の謝意」と言っていた。もしかしたら、長い間操られていたのかもしれない。その間ずっと、あんな扱いを受けていたのかもしれない。
だから、安堵して。
実感が湧いて。
泣いてしまったんだろう。
「……そうだ、安藤さん」
「そうでした。先に中に入ったはず……」
「確認しに行こう。立てるかい?」
「理央さんこそ、魔力は大丈夫ですか?」
「ああ、もう解除したからね」
魔力量はそこそこ多い方だ。
それに……気のせいじゃなければ、少しだけ増えた、ような、気が……する、よう、な?
……気のせいかな?
静かに泣く少女らを背に。
リキュアと2人で、さっきまで深紅の巨人のいた場所へ向かう。
未だ熱の残るそこ。どこもかしこも溶けかけている……固まりかけているそこに、火傷への細心の注意を払いながら入って。
入って行って。
「……誰もいない。ううん、何もない、ね」
「はい。……やはり、ミズメさんがここにいるというのは嘘、でしたのね」
そこは真っ黒な土があるばかりの場所だった。
何もない。魔力も何も感じられない。安藤さんの気配もない。
「あの深紅の巨人に焼かれてしまったのでしょうか」
「……いや、あの人なら大丈夫。あれだけ強力な魔法を使える魔法少女なんだ、いくらでも逃げる手段は……」
そこまで言って気付いた。
安藤さん。彼女の使っていた魔法。その名前。
リキュアと顔を見合わせる。
「【皇爛】……だったよね?」
「ええ、ですが……」
「まさかあの人が、安藤さんの本当の姿だったりして」
「変装していた、ということですか? ……あり得なくはない、ような。それこそ、ミズメさんが使っていた変装道具らしきものを考えれば」
「確かに! あの梓・ライラックという人の姿と、ミズメの姿は完全に別物だった。喋り方さえも。ということは……」
「やっぱりあれが安藤さん……!」
どこかで「最近の魔法少女って頭悪いのだ?」とか聞こえた気がしないでもないけれど。
リキュアと再度頷き合って、外に出る。
未だ傷心の最中だろう魔法少女達の元へ。あと【皇爛】の魔法少女に真実を問いただすために。
……こんな所で、私、理央とリキュアの2人旅は幕を閉じる。
そのあと結構あーだこーだあったし、無事にEDENに帰ったあと大目玉を食らうんだけど、それは別のお話。
ミズメ探し。
それはまだ、諦めていない、とだけ。言っておこうかな。
「現代の魔法少女も侮り難い。まさか【亜空】が掻き消えるとは」
「範囲内の魔法全てを掻き消す魔法、か。運用次第だけど、とても頼りになる使い手になるかもしれない」
「そんなことより、【仙導】の精神の消滅は確認したんだろうね?」
「勿論さ。私の目に間違いはない。君の呼び出した神によって、ペルチットは消滅した。友人として思うところが1つもないといえば嘘になるけど、太陽の使徒に堕ちてしまったのならば致し方のないことだ」
「なーにが"そんなこと"なのだ! アニマ!! さっきのはどー考えても"ありがとう、異邦の魔法少女達。我らの解放に最大限の感謝を。そして、この悪しき者に裁きの鉄槌を。それが終わって……もし、良かったら。我らをEDEN、というところに連れて行ってはもらえないだろうか。我等は疲弊に疲弊を重ねている。もう、自分たちで自分たちを守れる、などと虚勢を張ることはできない"の展開だったのだ!! それを邪魔して……!」
「あーあー、うっさいねぇプリメイラ。アンタ冥界で封印されてたんじゃなかったのかい? どうやって出てきたのか知らないけど、アタシ達のやること邪魔しようってんなら相手するよ」
「そちらの内輪揉めには興味ないが、ペルチットを完全に殺す機会を逃さなかったのは良い判断だったと思うよ。安藤アニマ。君に称賛を送ろう」
「内輪揉めというのなら、そもそもそちらの責任ではないだろうか」
「ホントだよ」
蘇生槽さえも【亜空】に消えた地下の一室に、彼女らはいた。
血臭漂う階層はあまり気分の良くなる場ではないが、秘密の会合をするにはもってこいだ。
ゆえに、と。
「改めて。私はハイドレート。EDENの創設者が1人だ。よろしくね」
「なーにが"よろしくね"だい。アタシはアンタらの敵だよ。それをこんな風に呼びつけて、なんだってんだい全く……」
「アニマ、折角ハイドレートが場を改めたのだから、自己紹介するべきなのだ。オホン、あたしことプリメイラ様は天才小説家なのだ。敬うのだ。『黒鉄と白銀の剣士』の作者なのだ」
「へえ、そうなのかい? それ、読んだことあるよ。72巻まで」
「ど、読者なのだ!? かか、かか、感想とかもらえたりするのだ!?」
「一言では言い表しがたいけれど、もう少し加筆が欲しかったかな。50巻辺りで一度主人公が死ぬだろ? そこから蘇るまでの旅路が少しばかり短いように感じたんだ」
「──! さ、作者でも少し気にしている部分の指摘! 本物! 本物なのだ!」
「私はレーテー。【亜空】の魔法少女。用件があるなら早く言ってほしい。私も上にいる彼女たちと合流したい」
1人はしゃぐプリメイラ。それをあやすハイドレート。
苛立ち気味のアニマと、表にこそ出していないが同じく"早くしてほしい"感の出ているレーテー。
「ああ、すまないね。じゃあプリメイラ、この話は今度にしよう。さて──」
ハイドレートは、あるいは物語に出てくる探偵のように前置きをして。
「君たちと、情報交換がしたいんだ。──太陽の使徒について、ね」
そう、言葉を紡いだ。