雨の音は、聞こえない   作:おわらび餅

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勇気を振り絞り、ナリタタイシンは自分のトレーナーを買い物へ誘う。

買い物へ行くための待ち合わせ場所で、トレーナーは遅刻し、タイシンは昔の同級生と再会する。


雨の音は、聞こえない

「ねえ、今度の週末暇?」

 

「ん、暇だけど…どうかしたか?」

 

「じ、じゃあ、蹄鉄選び付き合ってよ」

 

「お、いいぞ!」

 

「じゃあ駅前に13:00で」

 

「わかった!タイシンとお出かけか、楽しみだなー!」

 

「ただの蹄鉄選びだっての…バカ」

 

 

 

「…よし」

 

 

 

勇気を振り絞った、あたしが出せる精一杯。顔から火が出るんじゃないかと思うくらい恥ずかしかった。しっぽが揺れるのを隠せていたか心配になる。

 

「…デートって素直に言ったらよかった」

 

ーーーーーー

 

あたしはトレーナーのことが好き。

初めから好きだったわけではなかった。出会いは最悪で、あたしが自主練してたら勝手に首突っ込んできて、どうせ「無理はするな」「君には向いてない」だとか言われるんだと思って強く当たってしまった。

 

「君をスカウトしにきたんだ!!」

 

「…は?」

 

その次の日にあいつはあたしをスカウトしにきた。その時のあたしは度を超えた門限破り、レースでも結果を出せていない、無理なレースなどさまざまなことが重なって退学を勧められていた。そんな時にあいつはあたしにスカウトしにきたんだ。

 

「なに…なにもせずに負けろって!?」

 

「違う!そうすれば勝てるからだ!!」

 

「…!」

 

その時の言葉にあたしがどれだけ救われたか、あいつには到底わからないだろう。その言葉に自信をもらい、退学がかかったレースにも勝った。

そのあとあいつのトレーニングのおかげで、あたしはURAでも優勝できた。

 

「タイシーン!!!!!」

 

「うるさ…!今のあんたチケットよりうるさいよ」

「てか泣きすぎ!」

 

「だっで…だっで…」ボロボロ

 

「はいはい…」

「…ありがと、トレーナー」

 

「え゙?ごめ゙ん゙、い゙ま゙な゙ん゙で?」ズビッ

 

「…!うっさい!!なんでもない!!バカ!!」

 

あいつがいなければ今のあたしはいない。

気づけばいつの間にかあいつのことが好きになっていた。暑苦しくて、うっとうしくて、声がでかくて、涙脆い。昔のあたしが聞けばびっくりするかな。

でも…

 

「あいつはあたしのことなんとも思ってないのかな…」

 

そう、トレーナーにはそんな雰囲気は一切ない。

 

「…いや、そんな気がなくてもその気にさせてやる」

 

そうだ、体格がなんだ。あいつが豊満な方が好みなんて確証はない。今度のデートで絶対意識させてやる

 

 

ーーーーー

 

 

「ちょっと早く着きすぎたかな」

 

時間は12時半を過ぎようかという時間帯。トレーナーが来るまで時間を潰そうと、駅前の電灯によりかかりケータイを触る。最近リリースされたトレーナーも一緒にしているゲームを起動する。

 

「〜♪」

 

今日のあたしは学園の誰が見てもわかるくらい機嫌がいい。服も気合を入れて、化粧もクリークさんに教わって、ナチュラルメイクをしている。

 

「…なにか言ってくれるかな」

 

しっぽが無意識に揺れる。しっぽが収まるように必死で別のことを考える。でも考えれば考えるほど今日のデートの内容を想像してしまってしっぽがブンブン揺れてしまう。

 

 

「ちょっと曇ってきたかな…」

 

降水確率はそれほど高くなかったので、傘は持ってきていない。

 

「ま、降らないでしょ」

 

その時、聞き慣れた声が聞こえた。しかしトレーナーやハヤヒデたちのように、その声に温かな印象はない。

 

「マジウケるんですけどw」ゲラゲラ

 

「それな〜w」ゲラゲラ

 

知性を感じない発言と吹けば飛ぶようなな会話内容。

あいつらだ。

小さい頃、私はあいつらにいじめを受けていた。だからあいつらにはいい思い出はない。

俯いてあいつらが通り過ぎるのを待つ。

 

「あれ〜あそこにいるのナリタタイシンじゃね?」

 

「あ、ほんとだ」

 

「…」

 

最悪、気付かれた。

 

「ちょっと〜かわいそうだから誰か絡んであげなよ〜」クスクス

 

「えー、あの子暗いしいつもムッとしてるし、何考えてるか分からないしあたしパス〜」クスクス

 

「ねぇタイシンさーん、なんとか言いなさいよ」クスクス

 

「…チッ」

 

ご丁寧にわざわざ向こうから絡んでくる。あたしは体格のせいかよく絡まれる。それに別に誰とも仲がいいわけではないし、こういうのに対して言い返しもしない。向こうからすれば絶好のカモだ。

 

「は、なにその顔」

 

「…別に」

 

「なにこいつ、つまんなー」

 

じっとして波風を立たせないようにしておけば、なにもしてこない。勝手に向こうが飽きてどこかへ行ってくれる。いつものようにそう思いじっとしていると…

 

「ねぇ、こいつ化粧してね?」

 

「うわほんとだ、もしかして男待ってんじゃね?」クスクス

 

「うわやっばー、こんな無愛想で貧相な身体のやつ好きになる男なんかいないっしょw」ゲラゲラ

 

「!」

 

その言葉がぐさりと刺さる。いつもならなんとも思わないこいつらの言葉も、この言葉だけは痛いほど胸に残る。自分でも少し考えていたからだ。

やめろ、聞きたくない。

本当だったら嫌だから。

 

「ねえそろそろ行かない?なんにも反応しないからつまんないし」

 

「たしかに」

「じゃあね〜タイシンちゃーん。男探しがんばってね〜」ゲラゲラ

 

「「「あははは〜!!」」」

 

「…」

 

あいつらがバカみたいにうるさい声をあげながら去っていく。

あいつらの発言が嫌に頭に残っている。

「こんな無愛想で貧相な身体のやつ好きになる男なんかいない」

その通りではないのか?

今日の自分が勝手にデートと思っているだけで、トレーナーは自分の名誉のためにコンディションを整えるためだけに来るのでは?

嫌なことばかり頭に浮かぶ。

しっぽはもう動いていなかった。

 

「…チッ」

 

 

そして時刻は13時を少し過ぎていた。

なんでトレーナーは来ないのか、あたしはあいつに遊ばれてたの?今日を楽しみにしてたのはあたしだけ?

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「この時間なら30分前には十分間に合うな」

 

彼女のトレーナーは時間に余裕を持って家を出ていた。気温も温かく、頬を掠める風が心地よい。

 

「最近運動不足気味だったし、駅まで歩いて行くか。」

 

時間には余裕がある。こんな気持ちのいい気温を体感しないなんてもったいない。

 

「〜♪」

 

天気は曇りだが、彼の心は晴れ晴れとしていた。その理由は彼の担当と一緒に街へ出かけるからだ。

 

「タイシンは蹄鉄選びって言ってたけど、なんか手土産とか持っていった方がいいかな…」

 

目に入った店に入り、彼女に似合いそうなアクセサリーを見る。

 

「…俺だけがタイシンのこと好きってことないよ…な…?」

 

「…よし!」

 

意を決して店に入る

 

 

「いらっしゃいませ〜何かお探しですか?」

 

「あぁ、えっと、その女性向けのもので何かいいものありますか?」

 

「まあ!彼女さんへのプレゼントですね!!」

「少々お待ちください!最高のものをお選びいたします!!」バビューン

 

「え!?そんなわけでは…ってもういない」

 

ーーーーーーー

 

「こちらが当店自慢の品になっております!!」

 

「あーネックレスではなくてですね…」

 

ーーーーーーーー

 

そうこうしているうちに彼の担当バに渡すものは決まり、店を後にした。

 

「んー、思ってたよりも高かったな…」

 

「ま、いっか。サプライズとして夕食後に渡そう」

 

後にトレーナーはこの判断を後悔することとなる。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

タッタッタッ…聞き覚えのある足音が聞こえる。

 

「ごめんタイシン!遅くなった!!」

 

トレーナーだ。

 

「…遅い、どうしてそんなに遅くなったの」

 

「本当にすまない!!」

 

時刻は13時を軽く過ぎている。

普段のトレーナーなら、練習時間に遅れることはまずない。

…そんなにあたしと出かけるのが嫌だったんだろうか。

 

「どうして遅れたの」

 

「いやぁ…まさか道端におばあさんが倒れているとは思わなかった」アハハ

 

「…嘘」

 

「それで家まで招待してご馳走を…「そんな見え見えの嘘つかないで!!!」タイシン…?」

 

自分の体から出たとは思えない、周囲をつんざくような、悲鳴に似た声が響く。

ざわざわと周囲を囲む人が、目を向ける。

 

「ど、どうしたんだタイシン?」

「本当にすまない。違うんだ!実は…」

 

「もういいなにも聞きたくない!!!」

「あんただって心の中ではあたしのことバカにしてんでしょ!!」

「チビで細いあたしのことなんか自分の名声のための道具としか思ってないんでしょ!!」

「今日だってあたしに無理矢理連れてこられて面倒だと思ってんでしょ!!」

 

さっきのことが自分に突き刺さり不安になった結果、トレーナーに八つ当たりをしてしまう。

 

「そんなことない!それに俺は…」

 

「うるさい!!もういい!!!」

 

「あ、タイシン!!」

 

気がつけば走っていた。寮には向かわず、URAを勝った時に一度来たことがある、街の見える高台に来ていた。

走っている途中雨が降ってきた。降水確率は低かったが、あたしにはどうでもよかった。目のあたりから流れているのは、雨なのか汗なのか涙なのかわからなかった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

雨宿りをしているが、先ほどの雨が走った際に出た熱を奪っていく。足先などの末端はすでに冷え切っており、中心部も時間の問題ですぐに冷え切ってしまうだろう。身体は震え、熱を産生しようとしている。

 

「寒い…」

 

メイクはほとんどが落ちてしまい、彼女の心の中はメイクを教えてくれたクリークさんに申し訳ないという気持ちと、トレーナーはなにも言ってくれなかったという気持ちが混ざり合い、ぐちゃぐちゃになっていた。

息も整い、頭に上った血も降りて、冷静になってきた。

けど、しばらく寮に帰るつもりはなかった。ケータイには何度も留守電と、メールが来ている。彼女のトレーナーからである。

 

「あーもう!!!うっさい!!」

 

ケータイの電源を切りポケットに勢いよく突っ込む。先ほどまで絶え間なくなっていたケータイが急に静かになる。

 

「なにやってんだろ…あたし…」

 

「…かえろ」

 

寮に帰ろうとすると、ビチャビチャと雨の中を必死でなにかを探すように走っている音がする。

 

まさか、そんなわけない。

さっきまで落ち着いていた心臓の鼓動が自然に早くなる。

期待をする気持ちとそんなわけがないと思う気持ちが相対している。

 

「やっと見つけた、帰ろうタイシン」

 

そこにはトレーナーがいた。

彼も傘を持っていなかったのだろう、服や髪は雨に濡れ、ハァハァと肩で息をしている彼の吐く息は白くなっている。

 

「なんで…」

 

「俺はタイシンのトレーナーだぞ?」

「タイシンが行きそうな場所くらいわかるさ」

 

素直に嬉しかった。冷え切った身体にポカポカとした確かな暖かさを感じる。

 

「…でも、さっきあんたは嘘をついてあたしのことを遠ざけようとした」

 

「それに関しては本当にすまない」

「これをタイシンにプレゼントにするために選んでいたら遅れてしまったんだ」

 

「これって…」

 

「本当は帰り際にいい雰囲気で渡すつもりだったんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイシン、俺と付き合ってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

急に辺りが静かになる。いや、正確にいえば雨の音が聞こえなくなっていた。彼女の心臓が雨の音をかき消すほどに強く動いていた。

 

「…は?…え?」

 

突然の出来事に頭が追いついてこない。しかし、身体は追いついている。

顔はみるみる赤くなり、さっきまで寒いと思っていたら急に暑くなってきた。

身体の震えも寒さによるものではなく、嬉しさによるものに変わっていた。

 

「ちょっと待ってよ!え?ど、どうして?」

 

「どうしてって、俺が君を好きだからだ」

 

もう1段階心臓の鼓動が早くなる。

 

「…は、だって…あんた…集合時間に来なくて…嘘ついて…」

 

言葉が震える。嬉しさと先程の不安が混ざり合い、彼女の目からは生暖かいものが流れていた

 

「嘘をついたことは本当にすまない。これを渡すのに心の準備がまだできていなかったんだ。」

「さっきも言ったようにいい雰囲気の時に渡したかったから、バレるわけにはいかなかったんだ」

 

「あたし…そんなこと知らずに…あんなこと…」

 

「いいんだタイシン。全て俺が最初から言っておけばよかった、本当にすまない」

 

「違う…あんたは…悪く…」

 

「タイシン」

 

「…!」

 

彼の声がいつもより一段と低く、それでいて優しさを纏い彼女に届く。

 

 

「もういいよ、一緒に帰ろう」

 

「!…うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

彼女がトレーナーに飛びつく。背中に手を回し、彼の服を掴む。

 

「ごめんなさい!あたしあんたにひどいことを!!」

 

「大丈夫だよタイシン、俺が君をそんなことで嫌いになるはずないだろ?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

そんな彼女をトレーナーは優しく包み込むように抱く。左手は彼女の頭を撫で、右手を背中に回し、引き寄せる。

 

彼女の泣き声は雨の音にかき消されていく。

 

ーーーーーー

 

翌日、見事に2人とも風邪をひき寝込んだ。

 

風邪が治り学園に登校すると、タイシンが指輪をつけているのを、チケットに言いふらされ、俺は同期のトレーナーたちにはやしたてられ、タイシンは彼女の友達に祝福を受けていた。

 

あと、俺は理事長に呼び出され「祝福!!しかし、卒業までは手を出すなよ!」と釘を刺された。

 

ーーーー

トレーナー室

 

「あーなるほど、だからあの時機嫌が悪かったのか」

 

「そ、あんたには八つ当たりしちゃったわけ」

 

俺はあの時のタイシンにあった出来事を聞き、その日のタイシンの様子に納得する。

 

「そういやあの時タイシンメイクしてなかった?」

 

「…してたけどなに?」

 

「あの時はタイシンの機嫌が悪くて言えなかったけど、かわいかったよ。すごく似合ってた」

 

「ー!!!」

 

ガッ

 

「痛っ!!叩かなくても良いじゃないか!」

 

「うっさい!蹴られないだけマシだと思え!!」

 

耳まで真っ赤になったタイシンに小突かれる。

ここで俺はふと疑問に思ったことを聞いてみる。

 

「あの、タイシン?」

 

「なに?」

 

「なんで俺の膝の上に座ってんの?」

 

そう、彼女はトレーナー室に入ってきて、流れるように俺の膝の上に座ってきた。

いつもならソファに座りながらケータイを触っているのに、今は俺の膝の上に座りながらケータイを触っている。

 

「なに、悪い?」

 

「いや、悪くはないけど…」

 

「じゃあいいじゃん」

 

「いや、社会的に…」

 

「あたしたちの関係理事長も知ってるんだし問題ないでしょ。それにここの部屋なんて私たちしか使わないし。」

 

「それもそうだけど…」

 

あの一件以来タイシンはすごく距離が近い。一緒に歩く時は常に手を繋いで歩いている。

 

(まぁかわいいからいいか)

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「…ねえ」

 

「ん〜?」

 

昼下がり。昼食を食べ、心地よい眠気に包まれながらトレーナー室で仕事をしていると、タイシンが話しかけてくる。

 

「あんたってさ、あたしのことどう思ってんの?」

 

「好きだよ、担当バとしてだけでなく、1人の異性として」

 

「そう…ふふ」

 

決まり切った答えを聞き、頬が緩んでいる。そんなタイシンにすこし悪戯をしようと思った。

 

「タイシンこそ、俺のことはどう思ってんのさ」

 

「は?あたし?」

 

「そう、いっつも俺ばっかじゃん」

 

「はぁ、うざ」

 

「な、うざくないーーッ」

 

一瞬2人の影が一つになった。

 

「なっ!!」

 

「これで満足?」

 

そうぶっきらぼうに良い、タイシンはプイッと後ろを向いた。顔は見えないが、しっぽはブンブンと揺れている。

恥ずかしいのは恥ずかしいようだ。

 

「あ、あぁ」

 

「ふん…」

 

「「…」」

 

2人ともが恥ずかしくなり、どう声をかけようかと頬を赤くし、沈黙が2人を包む。

 

「…なぁ、タイシン」

 

「…!なに」

 

「これからもずっと一緒にいような!」

 

「!」

「当たり前でしょ、途中で勝手にどっか行ったら、絶対に見つけ出して、あたしの前に引きずり出すから」

 

 

 

そう言い、すこし赤くなった頬に、今まで1番の柔らかい顔で彼女は笑った。

 

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