「このプラモデルは出来損ないだ。戦えないよ」
突然発せられた言葉に、言われた青年は思わず声を上げた。
「何なんだアンタ!いきなり人のガンプラに対して失礼じゃないか!」
「ちょっと、岡山さん!」
くたびれた黒いスーツの男は隣で袖を引く若い女性の制止も聞かず言葉を続けた。
「じゃあ言わせて貰うがね。このパーツの切り方はなんだい?ニッパーをパーツに当てて切っているから切り口がガタガタでしかも変色が残っちまってる。おまけにペーパーもかけていないからバリも残りっぱなしだ。まるで素人の仕事だぜ」
「ああ、うううう」
厳しい言葉に青年は言葉を失う。男の指摘通り彼は昨今のガンプラブームに当てられてプラモ作りを始めた正に新人だったのだ。
「それにスナップフィットだからって合わせ目も消していない。パーツの相も見ていないからヒケちまってる部分もそのままだ。これが完成品だって?笑わせるよまったく」
遠慮無い男の言葉に青年の顔が羞恥に歪む。店舗主催のガンプラバトル。その会場で放たれた言葉としては極めて辛辣である。プラモデルの完成度が性能に反映されるこのゲームにおいて、自作の出来が悪いと評価されることは最大の侮蔑である。けれど青年は言い返せなかった。男の指摘は事実であったし、ここは繰り返すがガンプラバトルの会場。モデラーが己の技術で鎬を削る戦場なのだ。声に反応して彼らへ周囲からの視線が集まるが、その多くは好奇や嘲笑というものだった。中には男と同じように侮蔑の色まで見て取れる。大会に出場するようなガンプラファイターからすれば、素人の素組みなど鼻で笑ってしまうような出来で、もしかすればそもそもそんなプラモで同じ大会に参加すると言う事自体が侮辱と捉えているのかもしれない。
「…君、名前は?」
「え?あ、その。き、京太郎です」
いっそ逃げ出してしまおうか。そう考えていた彼を引き留めたのは、外でもない彼のプラモをけなした男だった。
「一週間後、もう一度それを持ってここに来なさい。本当のガンプラを見せてあげよう」
それだけ言うと男は踵を返し店舗を出て行ってしまう。一緒に居た女性が慌ててその後を追いその場には京太郎だけが残される。訳の解らない約束を取り付けられた京太郎は、もやもやとしたまま一週間を過ごすことになる。因みに大会は一回戦で即負けた。
「やあ、来たね」
馴れ馴れしく手を上げる男に強張った表情のまま京太郎は頭を下げた。お人好しの彼は、名乗りもせずに一方的に約束を取り付けた相手に対しても礼儀を通すべきだと考えてしまったのだ。
「ええと、改めまして。清田京太郎です」
「南北編集社の岡山だ」
「同じく栗畑です」
京太郎が名乗ると、男と女がそう返してきた。
「え?南北編集?それって」
「ああ。俺達は日本ホビーのライターでね。今回は人気沸騰のガンプラバトルを取材していたら君に出会ったというわけさ」
「そ、そうだったんですね。あの、それで今日は?」
権威に弱いのは何処の世界でも日本人共通の習性である。胡散臭い男からその筋では有名な雑誌の記者と聞き、京太郎の中の反骨心は完全に失われてしまう。卑屈な声音でそう彼が問うと、岡山と名乗った男は得意げに笑い手にしたアタッシュケースを掲げてみせる。
「言ったろう?本当のガンプラを見せるって。さあ、こっちだ」
そう言って彼はメンテナンススペースへと歩いて行く。大会が開かれるような店舗には破損したプラモの修理スペースが必ず設けられており、そこでは日常的にショップ店員やモデラー同士による情報交換が行われている。その一角にたどり着くと岡山はおもむろに京太郎へ促した。
「さあ、君のプラモを出してくれ。比べてみよう」
「あ、はい」
そう言って彼は先日岡山に散々な評価を受けたプラモを取り出す。彼のプラモ、MS06-J“ザクⅡ陸戦型”は大会で敗北したために左腕は破損して、右足も足首から失われている。京太郎も直そうと苦心したが、どうして良いのか解らず、結局そのままにしていた。
「そしてこれが俺のプラモだ。どうだい?」
ボロボロの京太郎の作品の横にそう言って岡山がアタッシュケースから同じプラモを取り出してみせる。その二つを見て彼の同伴者である栗畑が無遠慮に言葉を発した。
「あら?同じ物の筈なのに印象が全然違うわ!岡山さんのは落ち着いたリアリティがあるのに対して、京太郎君のはどこか安っぽい、なんだか玩具みたいだわ」
プラモデルは正しく玩具なのであるが、それを指摘する無粋な輩はここには居ない。
「それは表面処理の問題さ」
「表面処理?」
得意げにそう口にする岡山に栗畑が問い返す。京太郎は完全に聞き手である。
「京太郎君のプラモはランナーから切り離してそのまま組んでいる。けれどそれじゃあダメなんだ。金型から離型する都合上、プラモデルの表面は滑らかで光沢を持っている。車やバイクと言った元々そうした意匠のものは良いにしても、兵器のイメージにはそぐわない。だから一度表面をサンドペーパーで研磨してわざと光沢を消すのさ」
「成程!だから岡山さんのザクはどっしりとした重厚感があるのね!」
「それから合わせ目消しだな。京太郎君はこれを何処で手に入れたんだい?」
「えと、父が集めていたコレクションから貰いました」
「お父さんからか。コイツは30年近く前に出た古いキットでね。探すのに苦労したよ」
「え!?態々同じ物を?」
そう驚く京太郎に岡山は不思議そうに返しながら蘊蓄を語る。
「そうしないと比較にならないだろう?これは08小隊のOVAが発売された当初にリリースされた物でね。主人公機の陸戦型ガンダムと2体セットで販売されたんだ。この頃には金型の技術も大分進歩していたから個体差はかなり減っているけど、やはりどうしても出来にはブレがある。ほら、京太郎君のものは左足のふくらはぎの合わせ目がズレているだろう?」
「こ、個体差?」
「ああ、そこからか。プラモデルは同じ金型で作ってはいるが環境が常に同じじゃないからね。注入されたプラスチックの微量な差や硬化の過程でパーツが変形してしまうんだ。ハズレを引くとパーツに気泡が入っていたりする。最近ではまず無いが、古いキット程この傾向は強くなるから注意して選別する必要があるんだ」
知らなかった、そんなの。そう呟く京太郎を置き去りにして岡山の講釈は続く。
「加えてこの頃はパーツの分割も今程工夫されていないからね。腕とかも単純に前後で二分割されているから、そのまま作ると意図しない位置に合わせ目が出来てしまう。これもそのままだと玩具っぽさを助長してしまう」
「本当だわ!部品の構成から考えればあり得ない場所に線がある!それになんだか隙間があって如何にもパーツを合わせましたっていう印象が強いわ」
「スナップフィットの弊害だね。手軽に組めるようになった反面どうしても圧入でパーツを合わせる都合上、力が足りなかったり圧入ピンと受けのダボ穴のサイズが合っていないとこうして隙間が出来てしまうんだ。もしくは保持力が足りなくて簡単にパーツが脱落してしまったりね」
「でも岡山さんのモデルには無いわね?」
「それは合わせ目を消したからさ」
「合わせ目を消す?」
「簡単さ。合わせ目に接着剤を塗ってしっかり繋げる。この時少しはみ出る位に塗るのがベストだ。プラモ用接着剤はプラスチックを溶かしてくっつけるから、これで隙間は出来なくなる。後ははみ出した部分をヤスリ掛けすれば綺麗さっぱりという訳さ」
得意げにそう告げる岡山に京太郎が疑問を投げかける。
「あれ?でも隙間が出来るのはピンとダボのせいなんですよね?」
「ああ、だから予めピンを短く切っておく。こうすると仮組みの時も便利だから覚えておくと良い。真っ直ぐ切るとはめにくくなるから斜めに切るといいぜ」
その言葉に京太郎は衝撃を受ける。元から存在する組み立て機能を自ら破壊して態々別の方法で組み立てるなど、彼は想像すらしなかったからだ。
「こうしてみると、随分と表面を削るのね。でもそうすると折角ついているモールドが消えてしまうわ」
「ヤスリ掛けの前にタガネなんかで筋彫りをしておくんだ。元あるへこみをなぞるだけだから簡単なもんさ。そして更にその溝に墨入れをすればよりはっきりとして表情を引き締められる」
「でも墨入れって難しいのよね。すぐはみ出してしまうし、細いペンを買ってもしっかり塗れないし」
「今は極細のヤツがあるから大体はそれで大丈夫さ。けどもっと細い所が塗りたければ流し込みタイプを使う。コイツはその名の通りスジにインクを毛細管現象で流し込むから間違いなく塗れるよ」
そう言って取り出したマーカーで何の断わりも無く京太郎のプラモデルを岡山が塗り始める。しかし二人の息の合ったコンビネーションを前に京太郎は沈黙を貫かざるをえなかった。
「本当だわ!けれど流し込む時に余計なところに塗料がついてしまっているけれど」
「こいつはプラスチック消しゴムで擦れば消せるから気にせずやって大丈夫さ。コツは流し込んだスジに対して直角に消しゴムを擦ること、そうしないと折角流し込んだスジまで消してしまうからね。他にも目の細かい2000番くらいのペーパーやスポンジなんかで削ってやっても良い。コンパウンドなんかを使っても良いな」
「綺麗に消えたわ!けど何かしら?何処か違和感があるわ」
「それは墨入れの陰影が強すぎるんだよ。真っ白な場所に真っ黒な物があれば目立つだろう?だから墨入れの時は下地の色に合わせて幾つかの色を用意するんだ。例えば濃い色なら黒、白ならグレーやダークブルーとかね。この使い分けだけでただの線がぐっと分割ラインに近づくんだ」
「確かに部品の色によって隙間の色も違って見えるものね。盲点だったわ」
「最後に塗料が剥がれてしまわないように、全部のパーツをクリアスプレーでコーティングすれば完成さ。折角光沢を消したから、つや消しを使うのがお薦めだね」
その言葉を聞いていた店員がニコニコとクリアスプレーの缶を振ってアピールしてくる。京太郎は意図的に視界から外し岡山を見た。
「どうだい?素組みでもちょっと手を掛けるだけで見違えるだろう?」
「はい、勉強になりました」
得意げにそう聞いてくる岡山に京太郎は素直に答えた。
「うん、君のプラモライフが良いものになる事を願っているよ!それじゃあね」
「頑張ってね!」
満足したのだろう。岡山は大きく頷くと自身のプラモデルを仕舞い颯爽と席を立つ。横に居た栗畑も嬉しそうに京太郎を激励すると後に続いて店を出て行く。それを席に座りながら見送った京太郎は、彼らの姿が完全に見えなくなったところでぽつりと呟いた。
「うん、プラモ辞めよう」
長ったらしい講釈と上から目線。そして自分達基準の簡単がプラモビギナーのやる気を削ぎ、新規参入の妨げとなっている事にまだ二人は気付いていない。
我慢出来ずに書いた。後悔はしている。
人気が出たらもうちょっと書きます。
多分岡山さんのお父さんとか出てくるかな。