赤と銀の流星
夏休みが近かった。
それは小学生にとって楽しいことがいっぱいある時期。学生の羽休めとも言えるだろう。
プールに行ったり虫取りしたり、クーラーの効いた部屋でダラダラとアイスを食べながら宿題が進まないのも風物詩といってもいいかもしれない。
小学校で、あるクラスの担任の先生がHRを進行しながら、大きな予定も終わり、後に残るのは楽しい楽しい夏休みだけとなった。
クラスの、いや、学校全体の小学生が浮かれてきたのが目に見えてきたので、浮かれすぎず、されど夏休みを満喫できるように、少し早いが、夏休みの期間を過ごす際の注意を口にする。
もっとも、その言葉がどの程度、
このクラスで一際背のたかい小学6年生である
「あともうちょっとで夏休みに入ります。みんな、夏休みだからといって、夜更かしはせず、宿題もギリギリにならないように─────」
(夏休みかぁ……楽しみだなぁ)
果穂は心を弾ませていた。
いつも学校で話している友達と遊びにに行ったり。
憧れているヒーローのように、誰かを笑顔にできるアイドルの仕事の予定。
その両方がぎっしり詰まった夏休みの空想をしながら空を眺めている。
夏の低い空だった。手が届きそうな高さに雲が広がっている、雲が流れたら、きっと、さんさんと太陽がてりつける。
雲の隙間から見える青空もひくく見えて、空に浮かんでいるものが掴めそうだった。
白い尻尾みたいな飛行機雲をだしながらとんでる飛行機。
すぐ近くで飛んでいる鳥だって
ちょっと上にゆっくりと流れている
「あれ? ……夜じゃないのに流れ星……」
疑問と好奇心と一緒に、流れ落ちた光を目で追いかけていた、身体が自然と窓の方を向く。
果穂のその様子は担任の先生から見て、しっかりと目立っていた。
「それと最近、この地域に不審者が───小宮さん」
「え!? は、はいっ!」
「アイドルのお仕事で疲れてるのかもしれないけど、先生の話はちゃんと聞いてね」
「……はい、ごめんなさい」
クラスから廊下に漏れるぐらいの果穂のクラスメイトの笑い声、恥ずかしくなった果穂の顔が、ほっぺたから耳の先まで赤くなる。
静かに、先生のこの一言で、すぐに笑い声は止まった。
「とにかく、もうちょっとで夏休みだからと言って、ついついはしゃぎ過ぎたり、羽目を外し過ぎないようにしてください。いいですね?」
「わかりました〜」とクラスに声が溢れた。
夏はすぐそこまで迫っていた。
きっと忘れない夏が。
「いっそげ、いっそげ」
学校からランドセルに荷物をせっせと放り込んで、教室を飛び出してから数分。
果穂は真っ赤なランドセルを背負い、せっせと息を切らしながら、すたすたと街中を走っていた。
今日は、事務所に行ってプロデューサーから次の仕事の資料をもらう予定だった。
「はやく……事務所に行かないと!」
街中を風のように走り抜ける、チラリと通り過ぎた公園に設置してある時計を見ると、時計の短針は、もう下を向いていた。
「あとちょっとっ……!」
走って走って走り続けていく、赤信号の横断歩道を、ばくばくと鳴る心臓と一緒に待って、青になったら、白しか踏まない勢いで猛ダッシュ。交差点を曲がると、果穂の目的地のアイドル事務所、ペットショップの2階にある283プロダクションが見えた。
黄色のテープで283と描かれている窓の奥で、1人の男性が果穂を見つけて手を振った。
それを見た果穂は、急いで事務所の入り口のドアを開けて、ワイシャツをきっちりと着た大人、プロデューサーの方へ向かった。
「プロデューサーさんっ、こんにちはっ!」
「こんにちは果穂、それと学校お疲れ様、えっと……オレンジジュースがあったな、よければ飲むか?」
「はい! いただきます!」
冷蔵庫に入っていたオレンジジュースのパックを開けて、コップに注いで果穂の前に。
ずっと走って喉が渇いていた果穂は、すぐにコップに口をつけた。
ごくごくと一気に喉にオレンジジュースを流し込んだ。
「果穂、一気飲みは危ないぞ」
「──ぷはぁ、いっぱい走ったら喉が乾いちゃって……ありがとうございます、おいしいです!」
「そうか、学校おつかれ、でも喉が詰まったりしたら危ないぞ、気をつけてくれ。それで、今日はこれからの予定の確認だ」
そう言ってプロデューサーは、プロデューサーのデスクに山積みになっていた資料から、何枚かを選んで果穂の前の机に置く。
資料には何本か重要なところに赤い線が引かれていて、果穂が読みやすいようにという配慮がみえた。
「はい! ちょっとまってください……」
果穂はコップをプリントから遠くに置き、重要な所をメモする為に、ポケットに入れておいたスケジュール帳を探し始めた。
「……あれ?」
「どうした果穂?」
「えっと……ごめんなさい、スケジュール帳が見つからなくて」
ポケットに無いのならランドセルに入れたのかと思い、ランドセルを調べ始たが、たくさんの教科書に紛れているわけでもないようで、ランドセルの底をどれだけ探しても見つからなかった。
「もしかして、体育で着替える時に、学校に置いてきちゃったんでしょうか……?」
「それは大変だな……とりあえず今は、俺のメモ帳のページを数枚、よければ使うか?」
そう言ってプロデューサーは自分がよく使っているペンを果穂に手渡す。
「あっ、はい! ありがとうございます……」
少し元気のない声で返事をした果穂は、しゅんとした子犬のようで、
果穂の顔が少し悲しい色を帯びていた。
「……果穂のお母さんから貰ったスケジュール帳、だったよな」
「はい……大事にしようって思ってたのに……」
「……よし、これが終わったら学校まで車で送ってくよ。先生に頼んで教室を開けてもらったりすればいい。お母さんには俺から言っとくからさ」
「……! いいんですか?」
プロデューサーにはこの後も予定がある事を果穂は知っていた。
他のアイドルのプロデュースも並行して行っている彼に無理を強いているのではないか。果穂がそう思っているのを見越してか、プロデューサーは「いいんだよ」と一言つぶやいた。
「お母さんから貰ったものだからな、大事にしないと」
「っ! ありがとうございます! プロデューサーさん!」
果穂が忘れてきたスケジュール帳に、よく真剣に予定を書き込む姿を覚えている。
アイドルの仕事に真剣に取り組み、全力で楽しんでる果穂の姿をプロデューサーは知っている。
「よし! それじゃあ早めに終わらせて、早く大切な筆箱を取りに行こう!」
「はい!」
大変なことも楽しかったことも詰まった、果穂の大事な宝物を、失くしたままにしたくなかった。
暗い校舎の中で一つの部屋だけ、職員室だけがまだ明るいままだった。
「筆箱が教室の机の中に入れっぱなしだと思うんです」
その一言を職員室で言ったら、スケジュール帳を取りにいくついでに、担任の先生と2人で各教室や、屋上や放送室などの戸締まりをする事になり、果穂は先生と一緒に学校を歩き廻っていた。
夜の廊下は、おばけでも出ちゃいそうなほどの不気味さを内包していた。
動き出しそうな理科室の人体模型、勝手に鳴る音楽室のピアノに、音楽室の額縁の中で喋るベートーヴェン。
学校の七不思議などの噂はこの学校にもあるらしく、その事を思い出し、より一層不気味さが増した気がした。
「……暗い学校って、何だか恐いなぁ」
「まあまあ、もうすぐ小宮さんの教室でしょう? あとちょっとだよ」
暗くなりつつある廊下は、先生の持つ懐中電灯のおかげで先まではっきりと見えるている。
「戸締まりを始める直前でよかった、さあ着いた。ここだよね?」
「はい、ありがとうございます」
がらがらがら、と教室の扉を開いて自分の机まで一直線に向かった。
机に手を入れると慣れ親しんだ感触があって、カラフルな付箋が挟まっているスケジュール帳が果穂の机の中から取り出された。
「あった! ……先生ありました──」
その瞬間、ごん、と何かが落ちる音がした。
音の出た方、扉の方を振り返ると懐中電灯だけが、光を伸ばしながら転がっていた。
「先生……?」
さっきまで確かに教室のドアあたりに居た筈なのに、その記憶が間違いではないかと怪しく思えるような静寂。
「先生が……消えちゃった……?」
そろり、と廊下に出て辺りを見回す。誰も居ない。
窓にはまだ白い月と星と、茜と紺色が混ざった空と、隣の棟の校舎が写る。
いつもは綺麗だと思えるのに、果穂は今日この時に限って不安に思えた。
懐中電灯を拾って右に左に向けてみる。
照らされた床や天井には、さっきまで付いてきてくれた先生の痕跡は無い。
「トイレかな……?」
とりあえずスケジュール帳をランドセルに入れて、職員室に戻ろうか、そう思って、職員室の方向へ一歩踏み出した時、
ベタん。
「っ……!?」
果穂の前方から、足音が聞こえた気がした。
「だ、誰……ですか……?」
咄嗟に懐中電灯を動かして前方を探る。
目の前の廊下は9割の暗さと、懐中電灯の1割の明かりが占めていた。
闇から人影は見つからなかったというのに、周りには人ひとり居ないというのに、その筈なのに、
果穂はそれがひどく、おそろしかった。
「……気のせい、かな?」
ぺたん、ぺたん、ぺたん。
「っ……え」
再び懐中電灯を向けると、人影があった。
人でない人影が。
人とは思えない、大きな、赤く光る目、
人ではありえない。モアイ像みたいな大きな頭、
「お、おばけ……」
シマウマのような黒い線の模様がある白い体、
手には大きな注射器のような銃を持っていた。
一歩ずつ、確実に果穂に向かってくる。
「っ……!」
果穂は咄嗟に逆方向へ逃げ出した。
怪人の怪しい模様が心から恐怖を引き出した。
向けられた銃が逃げるという選択肢を選ばせていた。
「っ……誰か、助けて……!」
果穂は走った、自分でもこんなに速く走れるなんて知らなかったと思えるほど、追ってくるシマウマのような模様の怪人から必死に逃げていた。
一気に廊下を駆け抜けて、曲がり角で一気に曲がった。
その先の壁を見たら、そこに
「うわぁぁ!?」
怪人は、彼の持つ瞬間移動の力で果穂の眼前に現れた。
咄嗟に引き返して、さっきの廊下に走り出し、階段を一気に降ろうとする。
すると同時に、誰か下の方から階段を登ってくるのが見えた。
「あ、先生!!!」
それは、先程、いつの間にか消えてしまっていた先生の姿だった。
安堵と恐怖で一気に先生に詰め寄る果穂。
「せ、先生! あの、さっきそっちにその……変な怪人みたいな人が! 頭がおっきくて白黒で! 目が赤くて! ……先生?」
果穂が必死に追われていた怪人の特徴を話すのを、先生はただ見つめていた。
とても無機質な目で。
「……あのっ、先生どうしたんですか……先生! 早くしないとまたさっきのが」
先生が果穂の方に手を伸ばし、ゆっくりと口を開いた。
『
「……え? 先生?」
先生の身体が、一瞬で、さっきの白黒の怪人に変化する。
「───っ!? うわあぁ!!!???」
怪人から伸ばされた手が届く前に、一気に階段を上に上がった。
血の気が失せるようだった。
助けを求めた先生は怪人になって、今だってずっと追ってきている。
「ど、どうしよう……ここは3階で……この先って、屋上だ……」
逃げてるというより、逃がされているような感覚だった。
まるで魚が誘導されて網に掛かるような。獲物を逃がさない為に、各自に追い詰める為のおいかけっこ。
以前、同じアイドルユニットのメンバーと肝試しをした時には、こんな恐怖は感じなかった
その悪意は幽霊なんかじゃなく、ちゃんと実在し、逃すまいと果穂を追っている。肝試しとはわけが違っていた。
「とにかく……逃げないと……」
そのまま階段を登り切り、学校の屋上に続く扉を開ける。
「どうしよう……誰か……助けて……うわぁ!?」
必死に屋上の端へ逃げていた果穂が、必死に走ったからか、解けてしまった靴紐を踏んで倒れ込む。
じんじんと響く痛みが、果穂の目に涙を溜める。
「だれも……いない……」
屋上には誰もいない。職員室は一階にあって、戸締まりの途中だった学校には、先生以外誰も居ない。
ここには、果穂と、周りを囲む手すりと、空にはうっすら輝く茜の夕焼け、そして、星が瞬く無限の闇だけがあった。
「あたし……もう……ここで……?」
涙で視界がぼやける中、ぼやけているが、たしかに扉が開いて、怪人が果穂に追いつかんとするのが見えた。
『ダッダー』
「いや……こないで……誰か……」
ゆっくりと、一歩ずつ、果穂に這い寄る怪人。
もう無理だ、そう思えてきたら、今までみたいな生活が、もう終わってしまうのかと、寂しくて悲しくて、恐くて涙が溢れてきた。
「……お母さん……お父さん……お兄ちゃん……マメ丸……ちょこ先輩……樹里ちゃん……」
夕焼けが沈んでいく。どんどん暗くなる空には、星が輝いていて。
「凛世さん……夏葉さん……プロデューサーさん……誰か……」
そっと小さな光だけれど、確かに夜を照らしていた。
「誰か……助けて……!」
果穂にあとほんの数メートルまで怪人が近いた時、果穂以外の人間なんて誰もいない筈の、茜と紺色の空の下
「おい、何やってんだ」
強く輝く、ヒーローの声がした。
『!?』
「……え?」
その声は、果穂と怪人が入ってきた扉の方からではなく、逆方向の、果穂の右から、彼は沈んだ夕焼けの代わりだと言わんばかりに、堂々と、手すりの上に立っていた。
「三面怪人ダダか……。お前もここに居るなんてな……安心しな嬢ちゃん、今助けてやる」
手すりから飛び降り、懐から、何かメガネのような物を取り出す。
初めて見るそれが、果穂にはヒーローの変身アイテムのように見えていた。
彼はメガネを装着する、その瞬間、風が吹いた。そして光が、彼を包んだ。
「……ヒーローみたい」
次の瞬間には、少年は
鮮やかな赤青銀の体、キリッとした目、額には緑色のランプが、頭部には2つの
『おいダダ、その地球人を諦めな、さもないと』
ダダの銃から放たれる縮小光線は、あらゆるモノをミクロサイズにする。
そうやって彼も彼の同族も、何人も人間をミクロ化させて人間標本を作り出してきた。
そうやって作られた人間標本は、ダダが地球から持ち帰り、囚われた人間は2度と地球を見る事はなかった。
だが、もうそうはならない。
『エメリウムスラッシュ』
ゼロの額にある緑に光るビームランプから、緑のレーザーのような光線が放たれる。
放たれたエメリウムスラッシュは、ダダの持つ銃を貫き、そのままダダの胸辺りにも命中し、ダダを水平に吹き飛ばす。
吹き飛んだダダが手すりに当たり、手すからガシャンと大きな音が響いた。
手すりから降りたゼロは果穂の方を一瞬だけ見て、再度ダダの方を向く。
『おい嬢ちゃん、危ねえぞ、少し下がってな』
「は、はい……」
果穂が後ろに数歩下がると、ゼロは自身の得意とする宇宙拳法の構えをとる。
若々しく、力強い構えでありながら、実戦の中で磨き上げられたその構えは、老練なる武人を思わせた。
『さあて……、ブラックホールが吹き荒れるぜ!』
ゼロはその構えのままダダと距離を詰めていく。
ダダはエメリウムスラッシュで壊れた銃を鈍器として振り回し迎撃を試みる。
ゼロはその銃を蹴り上げ、ダダの手から銃は空へと浮かんでいく。
『3分どころか50秒も要らねえ』
すぐさまダダへ向けて、今度は
その怒涛の攻撃は、一瞬で吹き荒れる嵐のようで。
雨を降らす積乱雲が一瞬で通り過ぎるように、戦いは決着する。
『終わりだ』
ゼロが右手を腰にため、左手を横に伸ばした瞬間、ゼロの胸のあたりに朝焼けのような金色の光が集まり、集まった光を、両手をL時に組み合わせて、高威力の光線として放つ。
ウルトラマンゼロの必殺光線
『ワイドゼロショット!!!』
光の奔流が、空中で吹き飛ばされるダダめがけ飛来し、それに飲み込まれたダダが悲鳴をあげるよりも早く、一瞬で爆発した。
こうして学校の屋上で行われた、2m級の戦いは、ほんの一瞬、時間にして数秒も経たないまま、誰にも目撃されずに終わった。
──小宮果穂を除いて
「あ、あのっ!」
果穂が自分を助けた謎のヒーローのような影に、恐る恐る、呼びかける。
ヒーローは、たった一言こう言った。
『俺はゼロ、ウルトラマンゼロだ』
これが彼と彼女の出会い。
この地球での、人間とウルトラマンのファーストコンタクト。
銀色の流星のような吹き荒れるヒーローと、夕焼けに輝く赤いヒーローが、
輝きの始まり