たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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トレーナー「だらけさせろ」

 

少し肌寒さが増してきた、中秋の昼下がり。生徒会の業務に追われていたシンボリルドルフは、ふと窓の外に目をやる。木々はすっかり紅葉しており、スポーツの秋をいざ活かせんと、ジャージ姿の生徒たちが構内を駆け回り、ターフで競い合い、そして端の方で芦毛のウマ娘が二人、焼き芋を焼いている。芝が焦げたらどうするつもりだ。

 

「やれやれ、気持ちはわかるが注意せねばなるまい」

 

 誰か手の空いているものはいないか、と生徒会室を見渡すが、皆何かしらの作業に勤しんでいる。それだけ生徒会を頼る声が多く、その権限が大きいことの証明でもあるので、シンボリルドルフ本人としてはある種嬉しい悲鳴、と言えなくもなかった。なら私自ら動くかと立ち上がったところ、慧眼の副会長が「会長、どうかなさいましたか」と声がけた。

 

「いや、エアグルーヴが気にするほどのことではないよ。ただ構内で焼き芋をする者がいたから、油断大敵、その一個が大火事に繋がるのだと注意しようとしたもので」

 

「ほう? どちらの生徒ですか?」

 

「ほら、あそこの──」

 

 少し失言だったろうか、と思いつつも、シンボリルドルフはターフの方を指差す。それを注意深く眺めたエアグルーヴは、芦毛の間に挟まった成人男性を見据えた後「たわけぇ……!」と底冷えする声で呟いた。

 

「待つんだ、エアグルーヴ! まさかその中には……!」

 

「ええ、いました! 我がトレーナーが……!」

 

 そういった後、エアグルーヴは生徒会室を飛び出し、その健脚を惜しみなく発揮して、みるみるうちに視界から消え失せる。再び窓外に目をやれば、すごい勢いで焼き芋三人組に近づくエアグルーヴの姿があって、思わずルドルフは溜息を吐いた。

 

 

 *

 

 

「何をやっている、このたわけどもが!!」

 

「うお、副会長だ! こんなところにいられるか、アタシはゴルゴル星に帰らせてもらうぜ!!!」

 

 口調の割に存外楽しそうに、芦毛の一人──ゴールドシップが逃げた。即座に追おうとしたものの、それで残りを取り逃してしまっては意味がないので、エアグルーヴはぐっと堪えた。

 

「ハア……奴にはあとで詰問するとして、まずは貴様らだ」

 

 残るウマ娘一人とトレーナーに向き直る。といっても芦毛のウマ娘の方、オグリキャップはエアグルーヴに目もくれず、未だ潰えぬ焚き火に手を当てながら、パクパクと焼き芋を貪っている。そして肝心のトレーナーの方は、沈んだ様子で忙しなく焼き芋を焼いていた。

 

「おい、聞いているのかたわけ!」

 

「あ、エアグルーヴじゃねえか! めちゃくちゃ丁度良かった!!」

 

 ほい、とトレーナーは何かを手渡す。エアグルーヴがきょとんとしながら受け取ってみると、トングだった。

 

「これで焼き芋焼くの手伝ってくれ! 見ろこの怪物を、とてもじゃねえが一人じゃ捌ききれねえ! ゴルシの穴を埋められるのはエアグルーヴ、お前しかいない!!」

 

 怪物と呼ばれて何だか自慢げに胸を張っているオグリキャップを尻目に、エアグルーヴは眉を上げた。

 

「私は貴様を手伝いに来たわけではない! ターフの隅で焼き芋など言語道断、トレーナーとして恥ずかしくないのか!?」

 

「いや、そりゃ周りの視線とかめっちゃ恥ずかしかったけど、焼き芋欲に勝てんかった」

 

 一応直火ではなく焚き火台を設置しているため、多少の配慮は考えられていただろう事が伺える。そもそも他所でやれという話だが。

 

「貴様には自覚と品格が足らん! 貴様の軽率な行動はトレーナー全体の、ひいてはウマ娘全体の評価を揺るがすのだぞ!?」

 

「『女帝』エアグルーヴの評価もな」

 

「それはこの際どうでもいい!」

 

 あ、いいんだ。そこが一番大事なのだと思っていたトレーナーは、少しだけ虚をつかれた気分になった。

 トリプルティアラ獲得者にしてURAファイナルズの初代優勝者である彼らの影響力は存外高い。高いので、普段なるべくトレーナーはメディア露出を抑えているし、その際は必死に隠している。本性(クズ )がバレないように。

 

「私だけなら何と言われようと貴様に当たるだけだが、その他に迷惑をかけるな! 早急に焼き芋を片付けてターフの掃除、二時間を命ずる!」

 

「へいへい」

 

「雑な返事をするな、返事は一回だ!」

 

 いえすまむ! と高らかに敬礼のポーズを取って、トレーナーは撤収作業を始めた。エアグルーヴの、自分にだけは迷惑をかけてもいいとも取れる言葉には、反応しない。

 彼女は芝をならし始めた様子を確認して、溜息だけを残しその場を後にした。

 

 

 *

 

 

 放課後。

 

「おい、たわけ。今日のメニューは──」

 

「あ!? メニュー!? できてないよそんなの! ずっと掃除してたから!!」

 

「貴様それでもトレーナーか!?」

 

 逆ギレするトレーナーにエアグルーヴはマジギレした。が、ふとターフに目をやって「ふん……まあいい、自主練しておく。それが終わったら来い、すぐにな」と言い残して、スタスタと去っていった。

 

「なんだアイツ、生理か?」

 

 デリカシーの欠片もない最低の発言を残し、『現在清掃中』の看板を担いで、トレーナーは彼女の後を追った。後に残るのは、端だけでなく一面が綺麗に整えられたターフだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……!」

 

「お、前よりタイム伸びてんじゃん。いい調子だな」

 

 走り終え、肩で息をするエアグルーヴにトレーナーが微笑む。整備された直後のターフは心なしか普段より走りやすく感じた。

 

「けどもうちょい姿勢意識した方がいいぞ、後半スタミナが切れてきた辺りでフォームが雑になって、負担に繋がってる」

 

「ああ、意識してみる。いつもこうなら評価が変わるというのに

 

「おい、しっかり聞こえてるからな?」

 

「聞こえるように言ったのだ」

 

 ムッとした様子でエアグルーヴが言った。この男、優秀な人間しかなれず司法試験に合格するよりもなることが難しいと言われるトレーナーの中でも、明らかに高水準の能力を持っている。がしかし、その能力のほぼ全てを自身の興味と好奇心の傾いた方向にしか発揮しないため、()()がすごい。『自分に口出ししないトレーナーであれば誰でもいい』と主張していた昔のエアグルーヴだから契約したものの、そうでなければ間違いなく選ばなかっただろう。

 その上、「お前のすることに興味が湧いた」と言って今度は彼女のすることなすこと全てに手出し口出ししてくるのだから溜まったものではない。結果的にいい方向に傾いたからよかったものの、彼らは相当揉めたし、それ故にエアグルーヴは彼への理解が深まったし、だからこそまあ、彼女の目からすれば多少、目をかけている──のである。

 

「まあいいや。俺は俺のしたいことをするだけだから」

 

 ちょっと蹄鉄見るぞ、と言ってトレーナーはエアグルーヴの足を触った。なるほど、確かに走っている際に少し違和感があった。長年使っていたものだし、それ故の磨耗だろう──そこまで考えたところで、頭の中でトレーナーの言葉がリフレインした。

 

『まあいいや、俺は俺の()()()()()()()()()()だから』

 

 ──つまり、こんなに面倒臭がりで消極的で億劫で楽をすることだけを考えているようなトレーナーだというのに、エアグルーヴの身の回りの管理だけは積極的にしたがっている……? 

 

「……っ…………!」

 

 傍から見たら真っ赤な顔になっているエアグルーヴだが、幸いトレーナーは彼女の引き締まった足周りに夢中で気づかない。代わりに「ん? ちょっと太った?」と女帝のふくらはぎを揉んでいる。他のウマ娘だったら二重の意味で蹴られてもおかしくないが、普段からこういったことは日常茶飯事な上、マッサージしてもらうことも多かったため彼女はそんなに気にしない。少しくらいはドキっとするが。

 太ったというより、少しだけむくんでいる。「昨日少し就寝が遅かったからな、その影響だろう」と機嫌を損ねることもなく返した。

 

「なるほどな。なんだ? ファインモーションと恋バナでもしてたのか?」

 

「違う!」

 

 絶対してたな、とトレーナーは確信した。他の人間に対してはそうでもないのに、彼が何かエアグルーヴを弄る意味合いで質問して、それを隠そうとするとき、やけに強く否定する癖がある。大人びて見えても年頃の娘だな、と少し微笑ましく思った。

 

「程々にしとけよ、お肌にも悪いんだから」

 

「わかっている、今日は早めに床につくつもりだ」

 

「で、誰の話してたんだ? やっぱファインのトレーナーか? まああいつはニブチンだし奥手だからしばらく進展は見られないと思うがな、つまんねー」

 

 何だかんだ言いつつも、トレーナーも恋バナには興味があるらしい。つまらんと宣う辺り、他人の色恋沙汰をコンテンツとして消費しようという人間性が垣間見えているが、エアグルーヴとしては「そうだな」と頷くだけで済む質問だったので、ありがたかった。

 

「エアグルーヴは……まあ……聞くまでもないな」

 

「……それは、どういう意味だ?」

 

「や、男っ気ないんだから恋バナに参戦できたかどうか聞くまでもねーなって意味。こんなことわざわざ言わせんなって、傷つくだろ!」

 

 あっけらかんと笑って言うトレーナーに、流石にエアグルーヴは青筋を立てた。

 

「ふん、異性との関わりくらい貴様の与り知らぬところで多少あるわ」

 

「あーいいいい、誤魔化さなくていいぞ。お家柄稀に参加するパーティーやら何やらで知り合った程度の男との業務連絡だろ、虚しくなるからそんなのカウントすんなって!」

 

「そんなこと言うなら貴様はどうなのだ! 貴様の方こそアラサーだというのに女っ気の欠片もないだろう!」

 

「ちょっ……おま、やめろ! アラサーとかいうな! まだ27なんだから、3年猶予あるんだから!!」

 

「その程度、あっという間だろう。私たちにとっては」

 

「……ああ」

 

 相棒の雰囲気から言わんとせんことを察して、トレーナーは頷いた。三年、共に泣き、笑い、駆け抜けてきた日々。振り返れば刹那だが、思い出はどれも色濃い。

 

「ドリームトロフィーリーグへの移籍も、そう遠くないしな」

 

「まだ具体的には決めていないがな」

 

 やり残していることも多い、と彼女は夕暮れの学園を見渡す。副会長としての仕事も、競走バとしての仕事も、まだやり終えてはいない。

 

「俺のお役御免も近いな」

 

 どこか憂いを帯びた言葉に、エアグルーヴは振り向かず「たわけ」とだけ呟く。

 

「貴様に担当されたがる物好きなど、しばらく見つかるまい。だからまあ──暫くは、私のことを任せてやる」

 

「……グルーヴ」

 

「何より、貴様は自分のしたいことをしているだけ──だろう?」

 

「……はは、まあな!」

 

 トレーナーは豪快に笑って、元気よく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ところで、貴様はいつまで私の足を触っているつもりだ?」

 

「え? だって、これが俺のしたいことだから……」

 

 一際いやらしく太腿に触れた辺りで、「この……たわけ!!」という悲鳴にも似た叫び声と、大砲でも放ったような衝撃音と、ぐえ、と蛙が潰れたような悲鳴を漏らして、水切りの要領で跳ねながらトレーナーが後方に吹き飛んだ。ターフはならし直しだなあ、と彼は走馬灯のように思った。

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