たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
『それでは次に、生徒会長からの挨拶です』
「はい」
すっと立ち上がり、堂々たる歩きぶりで壇上に向かうシンボリルドルフを横目に、トレーナーは欠伸をした。
眠い。ただひたすら眠い。ってか話が長い。いいんだよ生徒会長、そんなマジメに喋んなくて。ダジャレでも言っていてくれ、その方が面白いしぜってーウケるからさ。
トレーナーは寝惚けながらそんなことを考えていた。現役三冠ウマ娘からの有難いお言葉は、彼女に憧れる新人たちからすれば金言にも等しいだろうが、
「春のうららかな陽気の中──」
そこまで言いかけたところで、体育館に犇めく生徒の群れの中から桃色の影が立ち上がった。ポニーテールの彼女は目元を擦り、辺りを少し見回してから隣の鹿毛に座らせられた。
「ハルの、ウララかな……ぷふっ、失礼」
壇上で大きく咳払いしたシンボリルドルフを見て、そうだよその調子だよとトレーナーはガッツポーズした。この調子なら俺も面白いし、生徒受けもいいだろう。まあ、若干身内ネタのきらいはあるが。
とはいえそれ以降は恙無く、比較的テンプレートな、それでいてシンボリルドルフの心からの言葉が散りばめられた有難いスピーチが繰り広げられ、退屈な式は退屈なまま進行し、無事解散の手筈となった。係の生徒とともに生徒会は体育館の片付けに駆り出され、当然トレーナーも面倒くさがりながらその輪に加わった。
「ふあぁ、だりぃ」
「ならさっさと帰れ」
「やべっ、地獄耳」
壁に貼られた造花を片している途中の呟きが聞かれたらしく、振り返れば仁王立ちの女帝の姿があった。
「誰が地獄耳だ、ウマ娘なら当然の聴力だ」
「それはそうか」
「貴様の呟きひとつで士気が大きく下がるのだからな、ゆめゆめ気をつけろ」
「へいへい」
最後の一輪を回収したところで、ふと、トレーナーは手元のそれに目をやる。
「そういや、今年は寒春だったよな」
「ああ」
今春は三月半ば以降にも関わらず、三寒四温どころか四寒三温くらいの頻度で寒かった。四月に入ってからは流石に少し暖かくなったが。
「校門周りの桜もまだまだ散ってなかったし、花見行かね?」
例年、入学式の日はオフにしている生徒が多い。新学期早々練習に励むのもいいが、これから始まる厳しい練習に備え、体を休める意味合いが大きいからである。また、生徒会や行事の準備担当の生徒にとっては、片付けの時間が占める割合が大きいため、休ませろやコラということで休みである。
ちなみにこのトレーナーが入学式をオフにしている理由は、『めんどくさいから』。
「いいだろう、そういえば今年はまだしていなかったからな」
先日の大阪杯の対策や調整で忙しく、エアグルーヴにしては珍しく季節行事を疎かにしていた。なので、たまにはいいだろうと誘いを快諾した。
「おっけ、決まりな。んじゃ俺、花見の準備してくるから!」
「おい、さては貴様片付けから逃げるために提案したな!?」
「んなことねーよ、一区切りついたからですぅー! あとは任せた!」
ハハハと体育館を駆けるトレーナーを見て、エアグルーヴは嘆息した。
「ちゃんと用意してこなければ許さんぞ、たわけ」
*
「おうきたか、こっちこっち」
エアグルーヴが待ち合わせ場所でキョロキョロしていると、白の柄パーカーにジーンズと、ラフな格好のトレーナーが桜の木の下で出迎えた。そこまで歩いて、腰を落ち着けてようやく「なるほど──確かに穴場だ」と呟く。
平日の昼下がりだからか人はほとんどおらず、精々が遊具で遊ぶのを目的に来た親子程度。一面の桜木を、ほとんど占領したような状態だった。
「わざわざ来る価値があるな、これは」
「だろ?」
二人は府中市から一時間ほど電車を乗り継ぎ、都内の端の区の公園にやってきた。小山の上に立てられたそこは、敷地内のほとんどにソメイヨシノが植えられており、この時期は視界を埋め尽くすような桜色の景色を味わうことが出来る。
「あと、
「ああ、花見くらいはゆっくり楽しみたいからな」
紺色のジャケットを脱いで、膝に載せる。春先らしいポカポカとした陽気が気持ちいいが、そこそこの距離を動いてきたせいで少し暑い。鳥のさえずりに耳をすませながら、二人、言葉もなく、久方ぶりにゆったりとした時間を味わっていた。
「あ、そーだ。弁当食うか」
思い出したようにトレーナーは、傍らの風呂敷包を解き始める。トレーナーの腕ほどの高さがあるそれは、明らかにサイズがおかしい。中からは5段ほどの重箱が出てきた。少しだけデジャブを感じる。
「これだけありゃお前も満足できるだろ」
「むしろ多いくらいだ……貴様、よくこの短時間でこれだけの量を用意したな」
「やー、この時間じゃちょっと無理。前日からある程度用意しておいてよかったぜ」
「流石にそうだろうな」
相槌を打ったところで、何かが引っかかった。
前日から準備していたのはわかる。だが、エアグルーヴに誘いをかけたのは今日のことではなかったか?
「……ちょっとまて、私が断ってたら貴様はどうしていた」
「どうって言われても、普通に花見だけど。一人で」
「どう考えても一人分の量じゃないだろう」
「どうしても花見がしたかったからいいんだよ」
エアグルーヴと彼はもう長い付き合いだが、担当になってから、そんなに草木に関心を示していた覚えがない。何ならエアグルーヴが手塩にかけて育てている花壇の花さえも、ほとんど見た事が無いくらいだろう。
そんな彼女の疑念に答えるように、トレーナーが語り始める。
「実はこの辺地元でさ、この公園、なんならよく遊びに来てたんだよね」
「初耳だぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ、まあいいや。何だったらこの後実家連れてって飯食わせてやるよ」
「どれだけ食わす気だ、たわけ」
話しつつ、トレーナーは重箱を解体していく。綺麗に盛り付けられ、主菜副菜デザートなどある程度規則的に分けられた、およそ彼の性格に似つかわしくない几帳面な中身が顔を出した。
「おら、さっさと食うぞ。昼食ってなくて腹減ったし」
「いただこう」
手を合わせて黙々とつまみ始める。とりあえず唐揚げを食べたエアグルーヴが「美味いな」と感想を漏らす。
「だろ? お目が高ぇ、それは俺が作ったやつだ」
半分以上は出来合いの物だが、自分の好きな食べ物だけはちゃんと作ったらしい。
「貴様らしいな」
エアグルーヴも自分が思っていた以上に空腹だったらしく、重箱はあっという間に空になった。
『ごちそうさまでした』
揃って手を合わせる頃には、日は傾き、青空は茜色に近づいていた。少し肌寒くなってきたな、とエアグルーヴはジャケットを羽織り直す。
「実はここさ、来年は来れないんだ」
ペットボトルのお茶を一口飲んで、トレーナーが呟く。
「歴史が長い分桜も老齢だとかで、木々の植え替えがあるらしくてさ。その関係で公園そのものにも工事が入るみたいで、もうこれと同じ景色は見れねえらしい」
懐かしむような瞳が、大木に向けられる。きっと彼が幼い頃から、それよりもずっと前から、変わらずここにあっただろうそれに。
「一度くらいお前を連れてきたかったんだよ。俺の我儘だけど」
「……それならそうと、前もって誘いを入れろ。たわけ」
ぽすっ、と柔らかな音を立てて、パーカーの胸元が小突かれた。悪ぃ悪ぃ、と心底悪気がなさそうに、屈託のない笑みを浮かべる。
「ここまで来たら最後まで付き合ってくれよ? ライトアップされてさ、夜桜もすげーキレイなんだよ」
「当然だ。しっかりと目に焼き付けるぞ」
それに、とエアグルーヴは続ける。
「まだ貴様が満足していないだろう。鞄の中の物も出していないしな」
「…………バレてた?」
「貴様のことなど手に取るように分かる。……まあ、今日くらいは大目に見よう。酌くらいは、してやる」
「フッ、最高の肴だな」
舞い散る桜吹雪の中、二人きりの宴会が始まった。花見はまだまだ、続いていく。