たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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元旦『信じてるだけだ』

「失礼する」

 

 短い二音のノックの後、トレーナー室の扉が開く。中を見た女帝は顔を顰めた。

 

「…………」

 

 トレーナーが寝ている。それが机に伏しての居眠りならまだわかる。が、そうではなく。床に布団を敷き、毛布を被り、ぽかんと口を開け、間抜け面を晒して眠っていた。

 

「おい、来たぞ。起きろ」

 

「ん……」

 

 声をかけながら肩を揺する。僅かに声を漏らしただけで、起きる気配はない。それどころかトレーナーは寝返りを打ち、深く布団の中に潜っていった。

 

「…………はぁ」

 

 嘆息した女帝は、部屋の窓を全て開け、毛布の両端を掴む。そして勢いよくトレーナーから引き剥がすと、「起きろ! 貴様が呼んだのだろうが!」と耳元で怒った。

 

 

「は……はっくしょい!! 寒! あ、エアグルーヴ、おっはー」

 

「何がおっはーだ、呼び出しておいて何だこの体たらくは!」

 

「しょうがねえだろ、眠かったんだから」

 

 寝ぼけ眼を擦り、トレーナーはのそのそと起き上がって、布団の上に座った。

 

「あけましておめでとう。旧年中は、まあ、世話になったな」

 

「あけおめ。変な間を作るな。めっちゃ世話してたろ、俺」

 

 新年から担当に叩き起される男の言葉には、微塵も信憑性がなかった。

 

 

「で、何の用だ。元旦はオフだと記憶していたが」

 

「うん。新年くらい羽を伸ばして、身体を休めなきゃ損だからな。練習はねえんだけど、とはいえよく言うじゃん、一年の計は元旦にありって」

 

「ほう?」

 

 エアグルーヴが目を見開く。困惑、驚愕、そんな色が浮かんでいる。まさかこのトレーナーからそんな言葉が出てくるとは、露程(つゆほど)も思わなかったからである。

 

 

「殊勝な心がけだ。年中行事を大切にし、季節感を重んじることは、その一年を充実させる上で大切な事だからな」

 

「だろ!? だから俺、わざわざ初日の出見たからな。起きれる自信なかったから普通にオールしたけど」

 

 だから(ねみ)ぃんだ、と大きく欠伸する。日の出を見ること自体は悪いことではないので、そこまで文句は言えない。

 

 

「だからさ、年始っぽいことするか、と思って呼んだ」

 

「なるほど。特に予定は入れていないし、そういうことなら協力してやる」

 

「ありがてえ〜」

 

 手を合わせたトレーナーは、「んじゃ凧揚げだな。元旦といえばこれ以外ねえ、間違いない」と新品の袋に入ったカイトを掲げながら言った。

 

 

「凧揚げだと……!? くっ、定番であるにも関わらず、一度もしたことがないぞ……!」

 

「ふっ、まだまだだな。なら地元じゃ『凧揚げじゃお手上げ』と謳われたこの俺が、手取り足取り教えてやんよ……っと、その前にお雑煮でも食うか。インスタントの奴を買ってある」

 

「具材はあるのか」

 

「ん、まあ一式は揃ってるぞ」

 

「なら少し待て、私が作ろう」

 

「え、マジ!? いいの!? ってかお前料理できんの!?」

 

「家事くらい一通りできる。それに、出来合いの物よりは美味いはずだ」

 

「ほう、お手並み拝見ってところだな」

 

 トレーナーが夜食用に用意しているコンロ、百均のまな板を活用し、エアグルーヴは調理を始める。トレーナーの出身は東京とのことなので、醤油をベースに味付けをし、餅や里芋、人参や鶏肉などを入れて煮込み、三葉で香り付けをする。それをお椀に盛り付け、着けていたエプロンを脱いだ。

 

 

「できたぞ」

 

「おお……もう既に美味そう……!」

 

 いただきます、と手を合わせ、二人食べ始める。餅を噛み、ひと通り具材を食べて、汁まで飲んだところで、トレーナーは深く息を吐いた。

 

 

「美味ぇ……! なんならお袋のやつより全然美味ぇ……!」

 

「フッ、おかわりもあるぞ。遠慮なく食べろ」

 

 黙々と食べ進めるトレーナーを見て、エアグルーヴも何処か嬉しげに微笑む。無事完食したところで、二人は近くの河川敷まで向かう。

 

 

 

「よし、凧は持ったな?」

 

「ああ」

 

 5mほど糸を伸ばした状態で、二人は向かい合う。天候は快晴、刺すような冬風が肌によく当たる。つまり絶好の凧揚げ日和であった。

 

 

「じゃあ俺が合図したら、それを持って走り出せ。んで、もっかい合図したら離せ」

 

「ああ」

 

「いくぞ、せーのっ」

 

 

 合図とともに、エアグルーヴは軽く走り出す。風を掴み、風と一体になっていくような感覚。抱える凧にビュービューと風が当たっていることに気づいて、そろそろだろうか、と手を離す準備をした。が、一向に合図が来ない。軽く振り返ると、数十m手前でトレーナーがへたり込んでいた。

 

 

「ちょ、むり、おま、はや……」

 

「人並みのペースだったぞ」

 

 人と併走する時のジョギングレベルの速度だったので、いくらなんでもついてこられないというのはおかしい。

 

 

「明らかに運動不足だな。生徒への指導だけじゃなくて、貴様自身も体力をつけろ」

 

「えー……別に俺が走っても何にもなんねえじゃん、走るだけ損だろ」

 

「少なくとも、運動ができないトレーナーに指導されるよりは、できるトレーナーに指導される方が喜ぶウマ娘は多いだろう」

 

 そういう意味では得である。まあそもそも、多くのトレーナーはウマ娘ならぬ人間であり、基礎体力の前提に違いがあるし、一部のトレーナーは実技がからっきしだったりするので、ほとんど『女帝』のトレーナーとして相応しくあれという願いの籠められた方便みたいなものだが。

 

 

「煙草の影響による心肺機能の低下も原因の一つだ、やめろとまでは言わんが、本数を減らせ」

 

「ぐっ……ううっ……辛い…………」

 

 はあ、と息を吐いてトレーナーが立ち上がった。糸巻きをエアグルーヴに差し出して「しゃあねえ、役割逆にするか。揚げるの若干コツいるから俺が浮かせてから渡したかったんだが、まあ、この方がオモロいだろ」と凧を受け取る。

 

 

「俺のペースに合わせて走れ。んで、風を掴んでるみたいな感覚があったら、合図しろ。そしたら離すから、糸を伸ばしながら安定するまでダッシュだ」

 

「了解した」

 

「よし、いくぞ!」

 

 先程に比べれば半分以下のペース。しかし、何故だろう。妙に充実感がある。あるいは、目の前で息を荒らげて走る男のせいかもしれない。一分ほど走って、時は来た。打ち上げるように吹き付ける風の感覚が、糸巻きから伝わってくる。

 

「いまだ、離せ!」エアグルーヴの鋭い声が響く。

 

「よしきた!!」トレーナーが勢いよく凧を離した。支えを失った凧は、ふらつきながらも徐々に浮かんでいく。徐々に糸を伸ばしながら、エアグルーヴは走る。

 

「そうだ、そのまま走れ、エアグルーヴ!」

 

 凧はぐんぐんと昇っていく。街灯よりも数段高く昇ったところで、エアグルーヴは足を止めた。凧はすっかり安定している。

 

 

「ふう……一発で決めるとはやるじゃねえか。俺が初めてやった時は五回くらいリテイクしたぜ」

 

「貴様の指示がよかったからだろう。トレーニングの指導より上手いな」

 

「オイ」

 

 エアグルーヴには珍しい、皮肉めいた軽口だった。まあ俺みたいなのは弄られるくらいが丁度いいからな、と、トレーナーは打ち解けてきた証として認識することにした。

 

 

「どうだ、結構オモロいだろ?」

 

「何というか、腕で風を感じるような感覚があって趣深いな」

 

「お、わかるか?」

 

 完全に昇り切った凧の場合、糸の巻き具合で高低差や引きの強さなどをある程度調節する事が出来る。初心者は凧を上げるまでで一喜一憂し、安定してくると飽きてしまうものだが、上級者からすればここからが本番なのだ。

 

 

「時に、たわけやい」

 

「……もしかしてそれは私の真似か?」

 

「エアグルーヴやい」

 

 あまりにも冷えた視線と言葉に耐えかねて、トレーナーは言い直した。

 

 

「凧揚げの由来って知ってっか?」

 

「立春に空を見上げることが健康にいいとされていて、故に大空に飛び上がる凧を上げるのだろう」

 

「そうそう。ついでにいえばなんか、男児がすくすく育つことを祈る意味合いもあるらしいぜ」

 

 

 男女平等を掲げる現代においてはいらない信念だよなあ、と心底いらない事を言って、トレーナーは遠い目をした。

 

 

「……昔さ、親父が一緒に凧揚げしながらそんな蘊蓄(うんちく)を語ってたんだよな。ウザかったなあ」

 

「物知りな父親、というのは悪くない気がするが」

 

「いやいや、幼子に知識マウント取ってただけだよ、アレは」

 

 本当にそうなのだとしたら、この親にしてこの子ありとしか言えない。

 

 

 

「そろそろ満足した?」

 

「ああ」

 

 妙にソワソワした様子からして、そろそろトレーナーも凧揚げがしたいのかと察したエアグルーヴは巻き糸を渡す。

 軽く糸を伸ばして、本日の最高高度記録を伸ばした後、トレーナーはパッと手を離した。新春の蒼空へと凧が昇っていく。

 

 

「さて、女帝さんや」

 

「何用だ」

 

「新年だからさ、今年の抱負って奴、聞かせてもらいてえなって」

 

 素直に答えてもよかったが、ニヤニヤと小馬鹿にするような視線にイラつきを覚えたので、「人に聞く前に自分から答えろ」とつれなく返した。

 

 

 

「……トリプルティアラを、獲る」

 

 だろ? と見透かしたように、真剣な表情でトレーナーは言った。頭上ではまだ、風に流された凧が暴れ回っている。

 

「フッ──」短く笑って、女帝は言う。「冗談ではないだろうな。その言葉は──重いぞ」

 

 

 桜花賞、オークス、秋華賞。強豪ひしめくG1の舞台で、三冠を獲得すること。それを高らかに宣言した。

 

 

「どうだろうな。それはお前の頑張り次第だろ」

 

「貴様の尽力次第でもある。手を抜いて勝てるほど甘くないことは、先日理解(わか)らされただろう」

 

「逆に言えばベストを尽くせば勝てんだよ。……言っとくが、周りを舐めてるわけじゃないぜ」

 

 信じてるだけだ、とトレーナーは言い切った。自分の策を、彼女の力を。

 

 

「だから、まあ、なんだ──明日から、本気出す」

 

「やる気があるなら今日からやれ、たわけ」

 

 肩を竦め、エアグルーヴが嘆息した。漏れた白息が宙へと溶けていく。その口元は、少しだけ緩んでいた。

 

 

 

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