たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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桜花賞前『誠に遺憾ながら』

 

 

「浮かない顔をしているな、エアグルーヴ」

 

 業務も一段落した、しばしの休憩時間。湯気の立つティーカップを置いたシンボリルドルフが、心配そうに言った。ありがとうございます、とそれに手を伸ばしたエアグルーヴは、困ったように笑った。

 

「お恥ずかしながら、少し、トレーナーと揉めてしまいまして……」

 

「たまにはそういう日もあるさ。危言覈論、意見を交わすのは、ただ拒んで突き放すより余程いいことだよ」

 

「だと、いいのですが……」

 

 ふう、と彼女は深い息を吐いた。「私で力になれるかはわからないが、詳しく話を聞かせてくれないか?」と、それを見たシンボリルドルフは言った。幸い、今は他の役員は出払っており、彼女たちの二人きりである。実は、と切り出したエアグルーヴが、ここ最近の出来事を伝えた。

 

 

 

「ふむ」

 

 少しだけ難しそうな顔をして、シンボリルドルフはカップに角砂糖を入れた。

 

「つまり、責任を感じた彼がやめたがっていて、君がそれを諌めて、口論になった──と、そのような認識で間違いないだろうか?」

 

「そう──ですね」

 

「ふふ」

 

 小さく声を漏らしたシンボリルドルフは、即座に「いやすまない、巫山戯ているわけではないんだ。ただ、二人が同気相求なものだから、つい微笑ましく」と弁解した。

 

「二人とも、その後輩に対して思うところがあったからこそ、そうして揉めたのだろう? 私の言えることでもないが、他のウマ娘に対して真摯で真剣だからこそ、ぶつかった訳だ。相反しているように見えて、根は似た者同士なんだな、君たちは」

 

「……否定はできません」

 

 小さく歯噛みして、エアグルーヴが頷いた。

 

「だが──やめたがる彼を引き止めようとするなら、君はそれに相応しい理由を見つけなければならない」

 

 皇帝の紫眼が女帝を射抜く。それに足る言葉を持たねばならない、と続けた。

 

「たしかに彼の主張は、自分本位な感情論にも思える。だが、エアグルーヴのその主張で本当に説き伏せられるだろうか?」

 

 それは、とエアグルーヴの言葉が詰まる。飄々として見えて、こういうことに関して、奴は思いのほか頑固だ。

 

 

「本当に説得したいのなら、君は知らなければならない。彼がどうして、そこまで怪我に拘るのか」

 

 立ち上がったシンボリルドルフは、「お花を摘んでくるよ。エアグルーヴ、少しデスク周りを掃除しておいてほしい」と彼女の肩を叩いて、出ていった。

 

「………………」

 

 残されたエアグルーヴは、平時に比べて幾分散らかった、シンボリルドルフのデスクに触れた。散乱した資料をまとめていくうちに、そこに人事の資料が混ざっていることに気づく。栞が挟まっているのは、彼女のトレーナーの経歴部分だった。以前は軽いプロフィールだけ見て、立ち去ったそれを、まじまじと眺め──そして、トレーナー室に向かった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「やっぱ、やめるわ」

 

 部屋に入るやいなや、トレーナーはそう告げた。悲壮感も何も感じない軽薄な微笑は、どこか空虚にも映った。

 

「本当にやめるのなら、担当である私にそれなりの説明をするのが義務だろう」

 

「ま、それもそうだな」

 

 手に持つジッポで着火して、彼は窓辺で一服する。配慮はしつつも遠慮はしないその様子から、彼の本気が窺えた。

 

「たぶん気づいてたと思うけどさ、家族なんだよ」

 

「……ああ」

 

 その一言で察したエアグルーヴは、小さく頷いた。

 

「身体壊したウマ娘ってのがお袋で、たくさん怪我させたのが親父な。別にその二人が現役時代に組んでたってわけじゃないらしいんだが、なんかこう、傷の舐め合い? みたいな感じでくっついたんだと」

 

 ウケるよな、と何も面白くなさそうに紫煙を燻らせた。

 

「別に両親が嫌いってわけじゃないぜ? ちゃんと感謝してるし、それなりに尊敬もしてる。ただ、この道に進むって話した時、めっちゃウザくてさ」

 

 そんなことがあったなら当然かもしれないが、それまでのどこか臆病ながらも優しい両親しか知らなかった彼は、少し面食らった。

 

「親父はメンタルケアとフィジカルケアを徹底的に叩き込んでくるし、まあそれは有難かったから別にいいんだけどさ。問題なのはお袋の方で」

 

 レースに出走するのは、十数バのウマ娘。その中に勝者は一人しかいない。

 冠を掴むことなく引退するウマ娘は、星の数ほどいる。己の満足いく走りをできたのなら、悔しくとも吹っ切れる。だが、そこで拗らせたウマ娘は──一生、その記憶の中で走り続けることになる。

 

 

「担当ができたら顔合わせに来いだとか、何かあったら力になるから言えだとか、もうしつこいくらいに連絡してくるんだよ。息子の担当に自己投影してるんだろうな、勝手に」

 

 最近は練習中にまで連絡してきたし──と、小さな舌打ちが聞こえた。

 

 

「まあそんな感じで、見事にポンコツレーシング親子ができあがったってワケ。これ以上もこれ以下もないからやめるんだけど、なんか言い残したことある?」

 

「あるに決まっているだろう」

 

 ──たわけが。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

「諦めるな」

 

 エアグルーヴは、彼女を見つめて言った。その眼差しは金剛石のように固く、確かなものだった。

 

 

 

 例えば、皐月賞は最も早いウマ娘が勝つと言われている。同様に日本ダービーは最も運の良いウマ娘が、菊花賞は最も強いウマ娘が勝つと。あくまでジンクスのような物でしかないので、それを当てはめるわけにはいかないだろうが。ここから得たい教訓は、何か突出した武器を持てば勝てる、ということではなく。

 

 

「何が勝利に繋がるか、誰が勝利を得られるかはわからないということだ。レースに絶対はない。唯一抜きん出て並ぶものなし──と謳えるような競争バなど、早々いない」

 

 天候条件、バ場状況、試合運びなどで優劣は簡単に覆る。負けなしのウマなどそういない。あのシンボリルドルフでさえ、サウジアラビアカップで黒星をつけている。

 

「私の走りを、謙遜する気はない──だが、お前から見ても、絶対に勝てないと断言できる程か?」

 

 距離適性、根幹距離、非根幹距離、条件を変えれば感覚は変わり、ウマ娘の繊細な足において、その些細な違いが大きな差を生む。一対一なら、それは確かに地力の差で勝てるかもしれないが、実際のレースにおいては他者の介在、掛かり、仕掛けどころの差などで無限に可能性が存在する。

 

「それは──その」

 

「遠慮するな。存分に傲れ。勝手に打ちのめされるには、まだ早いぞ」

 

 エアグルーヴは踵を返し、歩き出した。

 

()()()()()、冠は私が獲る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい啖呵だったな」

 

 二人きりの待合室。壁によりかかったトレーナーはパチパチと、空虚な拍手を響かせた。

 

「なるほどな。で、俺に伝えたいのも()()()()ってことか」

 

()()()()。エアグルーヴが心折れそうなウマ娘と腑抜けたトレーナー、そのどちらにも伝えたい共通の言葉が、それだった。

 

 

「先に説得したい奴がいる──って後回しにされた時には悲しくて帰りそうになっちまったが、まあ、いい言葉聞けたからとりあえずよしとしよう…………で?」

 

 鋭い視線だった。大人の男が、一人の娘に向けるには物騒なくらいに。

 

「俺用の二の句も用意してるんだろうな? いくらなんでも、あんな一言で絆されるほどやっすい覚悟じゃないぜ?」

 

「わかっている。貴様が本気なら、そもそも私の言葉など意味を成さないこともな」

 

睨み返すエアグルーヴ。流石に一年付き合ってきただけあって、彼の本質を深く理解している。

 

「ふっ、まあ小娘一人の説得で態度を翻す俺じゃねえよ」

 

「だが私は、誠に遺憾ながら貴様のウマ娘だ」

 

 トレーナーの眉が、明らかに上がった。ペースを掴んだ女帝は、淡々と続ける。

 

 

「故に──走りで示してやる。貴様が間違っていないことを。冠を携え、後輩を立ち上がらせて」

 

 

ともすれば、傲慢な台詞だった。勝つことを前提としたような言葉。人の意思など関係ないかのような誘導。かつて嫌っていたソレに、彼は。

 

 

「く──くく」

 

 ソレを聞いたトレーナーは口元を押さえ、笑い転げるのを堪えるようにして、ゆっくりと顔を上げた。

 

「ああ──やれるもんならやってくれ。確かにそれができるなら、俺は間違ってなかったことになる」

 

 お前への指導を含めて。

 

「ラストになるかもしれねえんだから、まあ、俺もそれなりに頑張るわ。だから後は、お前が適当にやれよ」

 

「言われるまでもない」

 

 任せたぜ、エアグルーヴ──そう言って、彼は待合室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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