たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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デビュー前『俺じゃなきゃいけない』

「──只今をもって、専属契約を打ち切ることとする」

 

 これ以上は時間の無駄だと言わんばかりにエアグルーヴは歩き去り、その場に残された女性トレーナーはガクリと崩れ落ちた。まさか良かれと思って(おこな)った、エアグルーヴの生徒会辞任の進言で、みすみす金の卵を落とす羽目になるとは思わなかったのだろう。

 

「お疲れ様、エアグルーヴ」

 

 生徒会室に戻ってきた彼女を、一足先に業務を始めていたシンボリルドルフが出迎えた。エアグルーヴは小さく会釈して「会長、先刻はご迷惑おかけしました」と言った。

 

「いや、君が気にすることではないよ。扞格齟齬だったというだけさ」

 

「ええ、それはわかっているのですが……やはり……」

 

 エアグルーヴはどうにも落胆を禁じ得ない様子だった。事の発端は、元トレーナーからの一方的な口出しにある。

 生徒会副会長として多忙な日々を送りながら、まだトレーナーのついていない後輩たちへの指導もこなし、その上自身の練習も十全にこなすという極めて多忙な日々を送るエアグルーヴを見て、彼女は「それをやめれば貴女はもっと強くなるのに」と思った。そして「エアグルーヴは生徒会を辞任する」とシンボリルドルフにかけ合うほどの独断専行に至り、先程の解約に繋がるのである。

 

「トレーナーからすれば、我々を育て、冠へと導くのが役目だからね。肝心の私たちが他のウマ娘に時間を割いていては、まあ、目くじらを立てるのも理解はできる」

 

 理解はできるが肯定はしない。何故なら皇帝も()()()側の人種であり、エアグルーヴへの否定は彼女に対しての否定とも言える。

 

「……あわよくば理想を共に描くに足るトレーナーと契約できれば、と思っていたのですが、この様子ではやはり厳しいようです。会長が、少しだけ羨ましい」

 

 エアグルーヴが感情的になるのは少しだけ珍しい。本来信頼し合い、共に支え合うべきトレーナーからの裏切りは、それなりに堪えたのだなとシンボリルドルフは思った。身近に、上手くいった例があったのも大きいか。

 

中央(ここ)のトレーナーも、そう捨てたものではないさ。まあ……今は多少、時期が悪いが」

 

 五月に近いこの時期ともなれば、優秀なトレーナーは大抵有望株のスカウトを終えて、腰を据えている。エアグルーヴであれば引く手数多だろうが、優秀なトレーナーであればあるほど、まだ先の見えないこの時期に不用意に担当を増やす真似はすまい。

 

「私の活動に口出ししてこなければ、ある程度どんなトレーナーでもいいのですが……」

 

 傲慢なようではあるが、『女帝』と謳われるエアグルーヴにはそれだけの素質がある。トレーナーが無能であることよりも、契約を結べず、ターフを走り出すことが出来ないことの方が余程問題なのだ。

 

「……ふむ、であるならばだ」

 

 シンボリルドルフが手元の資料に目をやる。数頁めくって、出てきたそれを机上に置いた。

 

「彼はどうだろうか?」

 

「これは……少し話題になっていた」

 

 うん、とシンボリルドルフが苦笑混じりに頷く。それは新人トレーナーの履歴書だった。履歴書であるにも関わらず、顔写真の目が半開きになっており、普通の企業であればそこで落とされても文句は言えまい。髪は整えられておらずボサボサ、無精髭を蓄え、ネクタイも少し曲がっており、その性根の方角を指し示しているようである。年齢は22となっているが、試験に落ち続けてようやく受かった30代と言われても不思議じゃない風格を放っていた。

 

「新人トレーナーであるにも関わらずスカウトには消極的。かといってやる気がないわけではなく、放課後のターフを眺め続けているという噂を聞きました」

 

 それだけではない。彼にたまたま少しだけ指導を受けたウマ娘が、次の選抜レースで即座に結果を残したという話もある。その噂もあってか、彼を逆スカウトしようとするウマ娘が後を絶たなかったが、彼が首を縦に振ることはなかったという。

 

「恐らく、今の君なら彼も頷くだろう」

 

 何故なら、彼が断り続けていた理由は────

 

 

 ◇

 

 

「めんどくさいから答えはNOだ」

 

 大きく欠伸をして、猫背の彼は答えた。

 

「あんた、『女帝』だっけ? あいにくと俺は、立派な女帝の立派な家臣になれるような大層な人物じゃないからな。他をあたったほうがいいぞ」

 

 ターフの端。噂の通りにぼーっと練習中のウマ娘を眺めている彼に女帝は話しかけ、契約を持ちかけ、そして断られた。

 言うまでもなくウマ娘の耳は人より遥かに良く、年頃の少女となればさらに耳聰い。練習中のウマ娘たちも、かの女帝が振られたことに気づき、遠巻きにざわめきが広がっていた。

 

「人柄など気にしてはいない。トレーナーとしての実力があり、私のなす事に口出ししないのであればそれでいい。そちらもその方が都合がいいだろう?」

 

「まあメニュー出してボケっとしてるだけでいいなら俺も楽だけどさ、それなら別に俺じゃなくてもよくね? って感じするし」

 

「……だからスカウトをせずに、自分でなければいけない相手を探している──ということか?」

 

「いや? 別にそういう訳じゃない」

 

 彼はちらりと、遠巻きに自身を眺めるウマ娘を見ながら言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……貴様!」

 

 突然の暴言を受けて目を見開くエアグルーヴに、何を驚いてるんだと覚めた様子でトレーナーは続ける。

 

「だってそうだろう? スカウトってのは要するに強いやつの奪い合いで、スカウトされないやつってのはその時点で素質がないんだよ。どんなに綺麗事を並べようが、トレーナーって奴は常に差別を繰り返してるんだ。俺はあいにく博愛主義者でね、そんな心の痛む真似は到底できない」

 

 芝居がかったような無駄に大きな身振り手振りが、エアグルーヴの神経を逆撫で、周りのウマ娘の心をざわつかせる。

 

「そんなことは──ッ!」

 

「ないって言いきれんのか? それは()()()()()の傲慢じゃないのか? この学園で行われているのは常に椅子取りゲームの繰り返し。チームだとか専属トレーナーだとかの限られた枠に収まって、ようやくスタートライン。それを越えたって壁の連続で、到底努力は実らない」

 

 反論ができないわけじゃない。納得したわけでも、理解できたわけでもない。

 ただ──否定はできず、彼の言葉を聞くエアグルーヴがいた。

 

「だから俺は選ばないし、選ばれる気もない。トレーナーになったのも大した理由はないし、クビになったらその時はその時だ」

 

 少なくとも、と続ける。

 

「お前に、俺じゃなきゃいけない理由はないよ」

 

 

 ◇

 

 

「情けないものだ」

 

 エアグルーヴは独りごちた。話は終わりだと言わんばかりに目を背け、空を眺めるばかりで何の反応も示さなくなった彼を置いて、彼女は逃げるようにその場を去った。かといって生徒会室にそのまま戻ることも出来なくて、エアグルーヴはその人生において初めて、手持ち無沙汰というものを味わっていた。

 

「……いかん」

 

 カフェテラスで砂糖をひとさじ入れた珈琲を飲んで、深く息を吐いたエアグルーヴは、これではいけないと踵を返した。生徒会業務は先程のやり取りの時点でシンボリルドルフが一任してくれている。となれば、彼女のやるべきことは一つ、後輩への指導である。先程あんな醜態を晒しておいて──という声もあろうが、むしろ自分の失敗を気に病んで尻込みしてしまうことこそが恥だとエアグルーヴは思った。

 

 

 専属トレーナーがついていない生徒が多く練習しているターフに向かうと、いつも通り活気に溢れ、練習の声があちこちから聞こえたが、その様子がどこか違っていた。

 

「お前はもーちょい足幅(ストライド)意識、お前は前傾姿勢で走った方がいい、お前は腕の振りのせいでバランス崩しがちだから、もう少し細かく回す意識で走れ」

 

『はい!』

 

 ターフの逆サイドで、男が指導をしている。その横顔の表情は死んでいて、嫌々やっているとも、無心でやっているとも受け取れた。

 

「エアグルーヴ先輩!」

 

 やってきたのはメジロドーベル、エアグルーヴのことを慕う後輩である。

 

「ドーベルか、これは……一体どういうことだ?」

 

 先程まで一悶着あった男の方へ視線をやり、エアグルーヴは言った。メジロドーベルは「それが……」と困惑したように続ける。

 

「三十分ほど前に彼が現れて、目に付くウマ娘全員に指示を出して回り始めたんです」

 

 なるほど、メジロドーベルは男性が苦手だからそんなトレーナーから距離を取っていたということか。

 

「ふむ……」

 

 エアグルーヴの姿を見つけて、徐々に後輩たちが集まってきた。少し疑問は残るが、考えても仕方あるまい。

 

「それでは、本日の指導を開始する!」

 

『はい!』

 

 後輩に指導を始めたエアグルーヴの後ろ姿を、男は横目で見つめていた。

 

 

 *

 

 

 夕暮れのターフ。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、既に空は薄紫に傾き出しており、夜の帳が近づいているのを感じさせられる。後輩たちのクールダウンを見届けた後、エアグルーヴは軽く自主練でもしようと、人気のなくなったターフで一人、ストレッチを始めていた。

 

「よう」

 

「……貴様、何のつもりだ?」

 

 近づいてきたトレーナーに、女帝は腕組みして問う。すると彼は軽薄な笑みを浮かべて「大事な後輩に俺が指導したのが気に食わないのか?」と言った。

 

「そういうわけではない。見た限りでは貴様の指示は間違いないものであったし、何より彼女たちが望んで指導を受けているのだから、私が口を挟む余地はないだろう」

 

 何か邪な意図があるなら話は別だが──と鋭いまなざしでトレーナーを牽制する。

 

「別にそんな深い意味はないさ。ただ、まあ──かの『女帝』が時間を割くに足るのかどうか、見極めたかったんでな」

 

 その言葉に、エアグルーヴの眉が顰められる。

 

「時間を割く価値はある。彼女らは皆金の卵であり、そんな後進に道を示すことこそ女帝(わたし)の責務なのだから」

 

「ふーん」

 

 妙に殊勝な顔をした男は、「まあ何となくわかったよ。確かにアイツらは、たまたま恵まれなかっただけで素質はあるし、やる気もある」と頷いた。

 

「必要なのは少しの運と、指導者だけ──って状態なのもな」

 

「だから私がいる」

 

「それも傲慢だよ」

 

 昼間と同じ言葉。睨むようにエアグルーヴを見据えて、トレーナーは()()に入った。

 

「ゲームをしよう」

 

「……何?」

 

「そんなに難しいもんじゃない、シンプルなレースだ。一週間後、俺が指導したお前の後輩と、レースしてもらう」

 

 もちろんもう許可は取ってある。そう言ってトレーナーは、手の中でライターを弄んだ。

 

「何故私がそんな遊びに付き合う必要がある」

 

「昼間言ったろ、『お前に、俺じゃなきゃいけない理由はない』って」

 

「ああ」

 

「だからさ、色々と見極めさせてもらおうと思って」

 

 辺りの電灯がぽつぽつと存在感を発揮し始める。薄闇に包まれ始めたターフに、白息が昇る。

 

「お前が勝ったならそれはお前の行為が正しいことの証明だ、俺は下僕として女帝サマに従おう──でも、もし負けたなら」

 

 そのときは。

 

「後輩の指導なんか俺が全部やるから、もう二度とそんな偉そうなことすんな」

 

「そんな勝負、私が受ける筋合いはどこにも──!」

 

 エアグルーヴが口を開いた頃にはもう、トレーナーは背を向けて歩き出していた。ひらひらと手を振って、彼は宵闇の中に消えていった。

 

 

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