たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「おし、練習終わり! 夏祭り行くぞ!!」
「シャワーくらい浴びさせろ、たわけ!」
時は八月半ば、夏合宿最終盤。今日も厳しい練習を終えた生徒たちは、足早に宿舎へと帰っている。何故なら今日は、近隣で夏祭りが開催される日なので。
無論エアグルーヴは、そこに遊びに行くわけではない。あくまで見回りに行くのだ。羽目を外しすぎる生徒たちに注意をするために。
「三分間だけ待ってやる。それを越えたら──わかるな?」
「わからん。だが、私のいないところで騒ごうものなら──どうなるか分かっているな?」
「知らん。さっさと汗流してこい」
そして、その最たる対象であるトレーナーを監視するために、共に夏祭りに向かうのだ。放っておけば何をしでかすか分かったものではないので。
「ふう……」
シャワーを浴び終えたエアグルーヴは、湯気を立ち昇らせながら一息吐いて浴衣を羽織った。雅な桜花のあしらわれた藍色のそれは、エアグルーヴによく似合っていた。下駄の紐を結んで、宿舎の外に出る。
「待たせたな」
「まったくだぜ。お前がくるまでに何個ヨーヨーが釣れたと思ってる?」
「0だろう。毎回叩き割って温情で数個もらっている癖して、何を言っているんだ貴様は」
「じゃあ別のモンを釣るか」
「貴様に釣られるのなど、養殖された魚くらいだろう」
軽口を叩きながら、夕暮れの道を行く。田舎特有の平坦なアスファルトに、トレーナーの紺色の浴衣が溶け込んでいる。遠くにポツポツと提灯の灯りが見え始め、祭りの喧騒が近づき始めた。入口に陣取るデカデカとした屋台に近づく。
「よおし、今年も荒らすぜえ! とりあえず腹ごしらえだ! すいません、イカ焼き二つ!」
「へいおまち!」
「速ぇ! あとホルモン焼きも!」
「予め用意しておいたものがこちらとなりまぁす♪」
「うわ、その割に温かそう! それと忘れちゃいけねえ、焼きそば頼んだ!」
「うおおお任せとけ! オマエらにゴルシ様特製焼きそばをたらふく食わせてやんよ!!」
「うわああ、多すぎて両手で持ち切れねえ!!」
「何をやっているんだ、貴様は」
嘆息したエアグルーヴは、トレーナーの手に持つ袋を一部持った。両手が塞がっていてはそもそも財布が出せないので。
「お会計1500円になりまぁす♪」
「量の割に安いな」
「ゴールドシップの癖に安いな」
「ほ〜う? トレーナーは桁一個変えてほしーらしーな?」
「ふっ、今日に関してはそれでも余裕だぜ? なんせ俺の財布には祭りに備えて無数の諭吉が──」
そういって浴衣の袖に手を伸ばしたトレーナーの表情が固まる。続いて手は懐、そして太ももを経て、目を泳がせながら顔を上げた。
「…………あのお、ゴールドシップさん? 実は財布忘れちゃって──その、すぐに取りに帰るのでとりあえずツケにして貰えたりとか…………」
「おう、いいぜえ。トイチな!」
「あー、そのくらいなら全然──」
「十秒で一割、毎度あり!」
「エアグルーヴ、金貸してくれ」
「まったく、貴様というやつは……」
嘆息したエアグルーヴは、手に持つポーチから財布を取り出して会計を済ませる。「楽しんでこいよ!」と何故か水着の店員がサムズアップした。
「すまねえ、マジで助かった! 急いで財布取ってくるからまってろ!」
「ちょっとまて。その間に料理が冷めてしまう、先にどこかで食べるぞ」
「……それもそうか」
二人は出店から少し離れた通りにある公園に向かう。五分ほど歩く上にブランコしかないような寂れた場所なので、祭りの日だろうと人がいない。並んでベンチに座った。
「美味え」
「たしかに、いい焼き具合だ」
イカ焼きを齧り、ホルモンに舌鼓を打ち、焼きそばを啜る。味付けも丁度いい。ゴールドシップはやることなすことめちゃくちゃだが、料理の腕前だけは正確無比であった。
「ふう、ごちそうさん! さて、財布取りに戻ってくっか!」
「わざわざ宿舎まで戻るのは面倒だろう。幸い持ち合わせがあるし、ひとまず立て替えてやってもいい」
「マジで!? じゃあ今日は甘えとくわ」
あの厳格なエアグルーヴがそんなことを提案するとはな、とトレーナーは少し珍しく思った。後から振り返ると、この疑念をもっと掘り下げておくべきだったのだ。
「あ、射的やりたい! エアグルーヴ、頼んだ」
「すみません、一回お願いします」
「へ、へい毎度!」
店主が少しだけ動揺しながら英世を受け取った。どう見ても目の前のウマ娘は『女帝』である。何故女帝が男が遊ぶための金を払っているのか。ヒモなのか? など首を傾げつつ、弾五発を皿に乗せて渡した。
「よっしゃ、落とすぞ〜」
気合ありげにコルクを詰めたトレーナーは、二発でチョコレートのスナック菓子を仕留める。
「うし、とりあえず一個! んじゃ次は──」
トレーナーはちらりと隣を見て、照準を猫のキャラクターの貯金箱に合わせる。
一発目、腹に直撃。少し動く。
二発目、腕に直撃。身体が傾く。
三発目、頭に直撃。身体が浮き、仰け反る。
「よしッ! 落ち──」
──なかった。猫はここが居場所と言わんばかりに体勢を戻し、前後にこくこくと揺れて静止した。
「……グルーヴさん」
「何だそのジェスチャーは。一回遊んだのだし、お菓子は取れたのだからいいだろう」
「え〜、もうちょっとで取れそうなんだって! ここでやめるのすげー勿体ないって!」
「私は忘れていないぞ。去年貴様が同じことを言って、ずっとここに居座っていたのを」
「クソっ……! お前、ハナからこれが狙いか! 俺に財布を取りに行かせないことで財布の紐を握るのが!」
「フッ、今更気づいたか」
「くっ……! かくなる上は!」
トレーナーが、アスファルトの上に正座して三つ指を立てた。エアグルーヴがまさかと思ったのも束の間、彼が腰を曲げた。
「お願いします、あと一回だけ!!」
「な……ッ! こら、頭を上げろ!」
周りの注目が二人に集まる。観衆のざわめきが聞こえる。「やだやだ、やらせてくれないとイヤ!!」とトレーナーは駄々を捏ねた。
「わかった、だがあと一回だけだからな!?」
「わーい、ありがと!」
先程のお釣り五百円を渡しながら、エアグルーヴは嘆息した。弾を渡しながら、屋台の店主はヒモと彼女というよりは幼子と母に見えてきたな、と思った。
「よし、ぜってー落とすぞ……!」
意気込んだのも束の間、最初の四発でほとんど獲物を動かすことはできず、結局ほとんど状況が好転しないまま、ラスト一発に突入した。
「いいか、これで本当に最後だぞ」
「ああ、わかってる」
コルクを薄闇に掲げて、鉄砲に詰める。喧騒の中、リロードの無機質な音が妙に鮮明に聞こえる。どくん、と心臓が高鳴った。
「…………や」
引き金の音は思いのほか軽く響く。コルクは猫の眉間へ正確にぶつかり、その勢いのまま後方へ倒れた。
「っしゃあああああ!!」
成人男性による喜びのシャウトに、周囲のちびっ子が引き気味の視線を送る。
「ほい、やるよ」
手渡された貯金箱を、トレーナーはそのまま隣へと譲った。「欲しかったんだろ?」とトレーナーがはにかむ。
「貴様……意外とよく見ているな」
「だろ?」
「ありがとう、大切にする」
エアグルーヴは大事そうに猫を抱えて微笑んだ。
それから二人は出店を数店回って、エアグルーヴの財布の紐が固くなったのとトレーナーが満足したのを受けて、喧騒を離れていつもの場所に向かう。
「はー、今年の夏も終わりか。早いもんだ」
「そうだな。秋から冬にかけては重賞も多い、今年も気を引き締めていかねば」
「まあ何とかなるだろ、とりあえずいまは楽しもうぜ!」
「まったく、貴様がはしゃぎたいだけだろうが」
ようやく高台につく。遠くで火薬が打ち上がり、弾ける音が聞こえた。
「見慣れた物でもキレイなもんだな」
「見慣れない物もあるからじゃないか?」
「そういや、見ない浴衣だな」
「遅いわ、たわけ」
一際大きな花が咲く。薄闇の中、光に照らされて彼女のアイシャドウが煌めいた。