たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「さて、それでは次のレースに向けてのミーティングを始める」
「……………………」
「貴様、聞いているのか?」
「き、聞いてるから……ちょっとまって、まだ呼吸整わなくてしんどいところだから……」
真っ赤な顔のトレーナーが、
「もうダウンを終えてから二十分は経っているぞ。いくらなんでも甘えすぎだ」
「お前が鬼みたいなメニュー出してるのが悪いんだろ……」
「成人男性の一般平均タイムから三割ほど遅くしたペースジョグの、どこが鬼だと言うんだ」
桜花賞から数日。件の戒めによるトレーナートレーニングは未だ続いていた。毎日手探りでメニューを考えてエアグルーヴが学んだのは、トレーナー業の難しさと、そして彼女のトレーナーの体力のなさだった。
「短距離のタイムや身体能力自体は低くないのだから、本来ならそこまでバテるはずがない。やはり長年の喫煙による体力低下だな、大人しく禁煙しろ」
「げ、減煙なら……最近ようやく、運動後の一服の美味さを学んだとこなんだよ」
「たわけ、それでは本末転倒だろうが!」
エアグルーヴの叱責に「退勤後のビールが上手いのと同じ理屈で楽しんでたんだけど駄目なのか……」としょんぼりした。当然である。
「はあ……では今度こそ、ミーティングを始める」
「ふん、まあいいだろう」
何故か偉そうに頷いたトレーナーが、部屋の端にあった寝ていたホワイトボードを動かした。
「──次の目標レースは、もちろん『オークス』だ」
ティアラ路線の二冠目。そして、エアグルーヴにとっては悲願のタイトル。
「何が何でも取るぞ、『女帝』の名に懸けて」
「取れるだろ、たぶん」
「舐めたことを抜かすな!」
「いでっ」
エアグルーヴの拳骨がトレーナーの頭上に降った。涙目の彼は「暴力反対! トレーナー虐待!」と訴えた。
「心から信頼しているが故の言葉だぜ?」
「嘘をつけ。面倒だから適当に流しているだけだろう」
「何でバレたんだよ」
「貴様がわかりやすすぎるんだ、一年も付き合えば行動の大半は読める」
「だる~~~」
「こちらの台詞だ」
エアグルーヴは深く嘆息する。我ながらよく一年付き合ってこれたな、と彼女は思ったが、実際何度も契約解消の危機に陥っているので、これから先も平穏無事である保証はまったくないのだった。
「んじゃ出走バの確認と各陣営の戦略・戦法の確認から──といきたいところだが、今日は何も調べてきてないから解散でいいか?」
「……明日までに必ず調べてくるんだぞ」
「うん、わかった」
すっかり冷えきった紅茶を飲んで、エアグルーヴは何も考えていなさそうなトレーナーを見つめた。
「──貴様の能力自体は認めている」
「ああ」
「だからこそ、今回は全力を尽くしてほしい。オークスまでもう余裕はない。三冠を狙う以上一つも取り零せないとはいえ、このレースだけは負けられないのだ」
「──わかってる。お前は、絶対俺が勝たせてやる」
「口だけではなく、行動で示せ」
これまでもそうしてきたように。そう言って、エアグルーヴは教科書を取り出した。文武両道を旨とする彼女は、ここで勉強していく腹積もりらしい。
「わーってるよ」
手入れのなされていないボサボサの頭を掻いて、トレーナーはパソコンを起動した。ゆったりと、しかし確実に時間は、『オークス』に向かっていく。