たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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プール「泳がせろ」

「オイ! 暑いぞ!」

 

「そうだな」

 

 蝉時雨鳴り止まぬ八月半ば。ソファに寝転んだトレーナーが、高速で団扇を動かしながら叫んだ。

 

「なんでこのタイミングでクーラー壊れちまったんだよ……」

 

『✕』と大きく書かれた紙を貼られた、部屋の端の機械を見遣る。物言わぬそれは、心なしかしゅんと項垂れて見えた。

 

「そんなに暑がるなら図書館やらファミレスやら、空調の効いた施設に涼みにいけばいいのではないか?」

 

「いや……俺はまだ、夏を感じていたい……」

 

「なら黙っていろ、課題の邪魔だ」

 

 流石のエアグルーヴは、この暑さにも文句一つ垂れず黙々と夏休みの課題を進めている。その姿を見ていると、大層な立場や肩書があろうが未だ学生なのだなと、トレーナーはそんなことを思う。

 

「…………」

 

 とはいえエアグルーヴも暑くないわけではないらしく、毛並みが微かに汗ばんで見えたし、ぱたぱたと襟元を扇いで風を送っている。その胸元をじっと眺めて、トレーナーはぽんと手を叩いた。

 

 

 

「おし、泳ぎに行くぞ!」

 

「は?」

 

 

 

 *

 

 

 

「うおおおお、プールだ!!」

 

 やってきたのは近隣の遊園地にある大きなプール。ウォータースライダーなどのアトラクションもある立派なところだ。夏休みだけあって、家族連れやカップルで溢れかえっている。これではむしろ涼めないのではと思うエアグルーヴの頭に、何かが被さった。

 

「む」

 

「これでも被っとけ、そのままだと目立つだろ」

 

 それは花の付いた麦わら帽子だった。ついでにハート型のサングラスもかけられて、変装としては完璧である。

 

「いいじゃん、セレブの休日って感じで。水着も似合ってるぜ」

 

「……褒め言葉として受け取っておく」

 

「いや褒め言葉だろ」

 

『女帝』というだけで目立つのに、そんな彼女がレースアップの黒いビキニ姿ではスタイルも相まって目立ち過ぎてしまう。だからせめてその美貌を隠そうという処置だったはずだが、似合いすぎてむしろ目立っている。

 

「まあプールん中入れば誰も気にせんだろ、大丈夫大丈夫!」

 

「貴様は本当に無責任だな」

 

 エアグルーヴはプールサイドに座る。気温の割に水温は低めである。バシャバシャと太ももあたりまで水をかけたところで、ようやくプールに浸かった。

 

「いや、なにやってんの?」

 

「見ればわかるだろう、身体を水に慣らしていただけだ」

 

「ええ、偉すぎだろお前……」

 

 声には明らかに皮肉めいた色が籠っていた。その証に、直後にトレーナーはプールへと飛び込んだからである。

 

「そこ、危ないので飛び込みはやめてくださーい」

 

「あ、そうなんすね。すいませーん」

 

 即座に係のお姉さんに注意を受けたトレーナーの頭に、拳骨(ゲンコツ)が落ちた。「たわけ、早速目立ってどうする!」

 

「いや、目立てば逆ナンされるかなって」

 

「何を言っているのだ貴様は……」

 

 エアグルーヴがこめかみを押さえた。たぶん、むしろ煙たがられると思う。それに何より、

 

 

「隣に私がいるのに声をかけてくる輩などいるはずがないだろう」

 

「…………!」

 

「その反応は何だ」

 

「いや、言われてみれば確かにと思って」

 

 目を見開いて驚いていたトレーナーは、秒で真顔になった。

 

「一緒にいるのが当たり前すぎて、なんかまったくそーゆー認識がなかったわ。何ならエアグルーヴも一緒にナンパされるだろうなってつもりでいたわ」

 

「そんな豪胆な者がいたらむしろお目にかかりたいわ」

 

 

 トレーナーはいつの間にか持っていた浮き輪に填まって、ぷかぷかとクラゲのように浮いている。そのまま生気のない瞳で数秒揺られていたが、思い出したように手を打って、「そっか、じゃあグルーヴもナンパされないのか。悪いことしたなあ」と呟いた。

 

「なっ……なんだそれは」

 

「だってトレセン学園って出会いないじゃん? だからこういう機会に羽目外させてやろ~と思ってたんだけど、俺がいたら意味ないんだなと」

 

「は?」

 

 聞いた瞬間、トレーナーは全身の産毛が逆立つような錯覚を覚えた。実際、休日のプールの喧騒も、彼女から発された圧によって一瞬、静まった。

 

「貴様は私のことを、ナンパに靡くような軽い女だと思っていたということか?」

 

「い、いや。でもほら、たまには遊びたいときもあるかなーって──」

 

「たわけ、そんなことに割く暇などないわ」

 

 プールの温度が数度、下がったような錯覚がある。「鳥肌立ってんな―、いやエアグルーヴが立ててるのは青筋だけど」と茶化すようなことを考えながらも、賢明なトレーナーは静かに「そっか、ナンパ男への対応をしている暇なんて女帝にはないもんな。すまん」と謝った。

 

 

 謝った上で、疑問点に気づいた。

 

 

「ん、それなら俺との遊びに割く時間ももったいないよな……? 俺、悪いことしてた……!?」

 

「そんなこと言い出すなら、教え子をプールに同行させる時点で大概だろうが」

 

 呆れたように深く嘆息して、エアグルーヴはやれやれと微笑む。

 

「休息も時には大切だとわかっている。だから、それを教えてくれた貴様(トレーナー)とこうして戯れているのだ」

 

「ふっ……楽しんでもらえてるって解釈でいいか?」

 

「調子に乗るな」

 

 ドヤ顔を極めたトレーナーの顔にバシャリと水がかかる。やったな、と掛け合いが始まり、いつの間にか身体は火照り始めていた。

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