たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「青い空! 青い海! スク水のガキ共! うおおおお合宿だああああ!!」
「黙れ!!!!!!」
アロハシャツにサングラスという凡そ合宿に似つかわしくない格好をした男の頭上に、拳骨が降った。
「おかしな格好で妙なことを叫ぶな! 生徒たちも怖がっているだろうが!!」
「いや、安心しろ。俺は大人のお姉さんにしか興味がねえ。お前らは守備範囲外だ」
「そういう問題ではない」
遠くで女性トレーナー数名がドン引きの視線を向けていたが、それをどこ吹く風でトレーナーはエアグルーヴに向き直る。
「さて……合宿だ」
「……ああ」
空気を切り替えるように、トレーナーは改めてそう言った。エアグルーヴとしては納得いかなかったが、話を進めるためにとりあえず相槌を打つ。
「お前も分かっていると思うが、今後を見据える上でこの合宿の重要性はとてつもなく高い」
一般的に、ウマ娘の能力が最も伸びるのがこのクラシック級だと言われている。俗に言う本格化──その真っ只中であるためだ。
ジュニア級で作られてきていた骨組みが、この時期に一番肉付けされていく。シニア級でもある程度能力を伸ばすことはできるが、大抵の場合ピークはこの時期だ。
「さて、ここで伸び盛りのエアグルーヴに問題です!
「練習ではないのか」
「それだけだと△だな。正解は、過酷な練習をするでしたー! いぇい!」
ということで、とトレーナーが紙の束を渡す。もしかしなくてもそれは、エアグルーヴに課された練習メニューだった。
「強度はめちゃくちゃ上げてるけど、その分ダウンとストレッチの時間も長くしてある。要点だけにローテーションで負荷をかけていって、週毎のタイム計測でどんどん成長を実感できる構成になってるから楽しみにしとけ。まあその分メニューは地獄だけど」
「望むところだ」
不敵に微笑むエアグルーヴ。その意気や良し。こうして地獄の練習が始まった──
◇
「いやあ、辛かった夏合宿もそろそろ終わりかあ」
夕焼けの帰路。片付けを終え、合宿所までの道を二人はとぼとぼ歩いていた。
「貴様は何もしていないだろうが……」
エアグルーヴのジト目に、「俺だって頑張ってただろ、ドリンク作るのとか焼きそば作るのとか」とトレーナーは唇を尖らせて答えた。
そもそもトレーナーであるので、基本のサポート業務を頑張っていたのはエアグルーヴも知っているし感謝はしている。だが、暇な時間──主にあまり見るところのない単調なトレーニングの時──の行動が目に余るのだ。持ち込んだビーチチェアの脇にパラソルを立てて、サングラスをかけて南国らしいオシャレなジュースに舌鼓を打っている姿を見た時は、流石の女帝も貝殻を投擲した。
あと、ゴールドシップと焼きそばを焼いて生徒相手に商売を始めるのは、生徒会役員として咎めざるを得ず面倒だった。オグリキャップに配ることで事なきを得たが。
「はーあ、夏ともお別れか。名残惜しいな」
「昨日は『夏なんて早く終わればいいのに……』と砂浜でぼやいていただろうが」
「そりゃだって、暑いからな。涼しければずっと夏でいいんだよ」
自分でもズレたことを言ったことに気づいたようで、「そうじゃなくて」と続けた。
「何もしてないじゃん、夏っぽい娯楽。それを悔やんでんのよ」
「散々海で泳いでいなかったか?」
「アレはほら、トレーニングだから。生徒の気持ちを味わうのもトレーナーとしての業務の一環だから」
浮き輪を持参したりイルカの乗り物を持参したりしてはしゃいでいたのも業務の一環なのか、と問い質したくなるエアグルーヴだったが、面倒だったのでやめた。
「ということで、夏祭り行かね?」
「断る」
「えっ」
まさかそんな爆速でフラれるとは思っておらず、トレーナーはキョトンとした顔をした。
「私は生徒会役員として、生徒が羽目を外しすぎないよう見回らなければならん。他の誰かを誘え」
「え〜アテなんかねえよ〜。かといって一人で回るのなんてクソつまらんし……そうだ!」
彼は何かを思いついたように手を叩く。こういう時は大抵ろくでもないことを言うと経験で覚えたエアグルーヴは、少しだけ身構えた。
「うんうん、エアグルーヴがそう言うならしょうがないな。俺は大人しく孤独に祭りを楽しむことにしよう。んじゃまたな」
楽しそうに駆け出したトレーナーに不安を覚えつつ、「妙なことはするなよ」と釘を刺して別れた。
◆
「なんだ……?」
見回りをしていたエアグルーヴは、祭りの喧騒の中に別種の賑わいがあることに気づいて、そちらの方へと近付く。狭い祭りの中でも妙に人集りができていて、否が応でも注意がひかれる。
人混みを潜り抜けて様子を伺ってみれば、どうやら元凶は型抜き屋にあるようだった。少年少女がベニヤ板を組み合わせただけの簡素なテーブルの前に正座し、型抜き菓子を針で慎重に突いている。そんな中、スペースの隅の空間だけが
「クソッ……こんなんじゃダメだ!」
針を型から抜いて嘆いた刹那、猫を象った砂糖菓子がピキピキと砕けた。彼は僅かな感触の変化から、己のミス──そして型の終わりを察知していたのだ。見れば、傍らには菓子の残骸が無数に積まれている。
「何をやっているんだ、貴様は……」
心底呆れた顔でエアグルーヴが近づいてきた。いくら無垢な子どもたちと言えど明らかに不審な成人男性には近づきたくないらしく、半径二人分くらい遠巻きにされている。
「何って……型抜きだが?」
「そんなことは見ればわかる」
何故それを、と続ければ、「いや、だって……」と歯切れ悪い返答がくる。
「だって……これなら一人で盛り上がれるし……」
「……ハァ…………」
「やめろ、『こいつには友達がいないのか……?』って顔はやめてください」
「そんな顔はしていない」
「ハッ! いいもん、俺にはこのウルトラスーパーアルティメットドラゴンを型抜きするという使命があるんだ」
猫すら型抜けないというのに、そんな幾何学模様の謎の龍を抜くというのは夢のまた夢であった。
「貴様にそれを型抜けるはずがないだろう」
「うるせえ! やる前から決めつけんな!」
決めつけるも何もそのドラゴンの残骸が無数に積まれているのだが、エアグルーヴにそんなことを知る由はない。彼女はただ、無言でウルトラスーパーアルティメットドラゴンの型を奪った。
「な……ッ!」
困惑するトレーナーの前で、女帝はただ高速で針を動かしていく。そうしてあっという間に、ウルトラスーパーアルティメットドラゴンは型抜かれた。
「これでいいか?」
「あ、ああ……」
無事抜ければ、型抜きは賞金が貰える。丁度今までの料金と同等の金額を貰ったトレーナーは「俺が抜きたかったのに……」と複雑そうな表情を見せながらも、素直に「まあ、ありがとな」と礼を言った。
「ふん、気にするな」
「……エアグルーヴ」
ポリポリと頭を掻きながら、トレーナーが言う。
「あー、なんだ……その、一応俺の負債取り返してもらったわけだしさ。その分で何か奢ってやるよ」
「む。まだ見回りが残っているのだが……」
「そのくらい回りながらでもできるだろ。むしろ俺を見てないほうが危ないぜ? 何やらかすかわからんし」
「自分で言うな」
嘆息しつつも、二人は歩き出す。祭りの夜はまだまだ長かった。