たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
トレーナー室に入ったエアグルーヴに降り掛かったのは、数粒の豆だった。
「福はーうち!」
「…………はあ?」
一瞬で真冬のシベリアよりも空気が冷え切ったのを感じて、「い……いや、違うんだって! ほら、お前だって年中行事は大切にしろって言ってただろ!? だからちゃんと豆まいてさ、福寄せて次のレースの勝利も祈っておこうかなって!!」と早口で弁明した。
「なるほど。鬼婆を外に追いやろう、という害意や悪意は持っていなかったと言うのだな?」
「そらそうよ。そもそもお前、福は内のタイミングで入ってきたんだぜ? お前自身が幸運の女神みたいなもんよ」
「よ! ミス・ラッキーアイテム!」と最早馬鹿にしているとしか思えない合いの手が挟まってきたが、女帝は「まあ確かに、ここ最近随分
「そういえばこの前、貴様が商店街のパチンコ屋に入っていくのを見かけたが」
「そうそう。あの日はユニコーンが覚醒してくれたおかげで二万くらい当たって──」
「賭け事にのめり込むなと言っただろう!」
「あっテメェ誘導尋問しやがったな!?」
誘導も何も質問に対して馬鹿正直に喋っただけである。が、ヤケになったトレーナーは「くっそ、鬼は外鬼は外!!」とエアグルーヴに福豆を投擲した。
「く……!」
ソレを受けエアグルーヴは苦しんでいた。決して豆が痛いからとか心が苦しいからとかではなく、本音を言えば今すぐ叱りたいものの、「食べ物を粗末にするな!」といえば「そーゆー行事なのでセーフですぅ~」と返されるのが目に見えているし、「投げるのをやめろ!」と言えば「おやぁ? 大事な年中行事をサボっちゃってもいいんですかぁ?」と謎の煽りを食らうに決まってる。どちらにせよムカつく。
ならするべきは茶々を入れる余地のない、真っ当な発言。
「人に向かって豆を投げるな、たわけ!」
「鬼だからいいんですぅ~」
女帝のこめかみに静脈が怒張する。
「貴様の減らず口にはうんざりだ、流石の私も空いた口が塞がらん」
ので、と彼女は手に持つ鞄から細長い弁当箱を取り出した。中から海苔で巻かれた太巻きを取り出す。
「え……恵方巻き?」
「……………………」
エアグルーヴは何も言わない。ただ、一度スマホに目をやった後、トロフィーの飾られた棚の方を向いて太巻きを食べ始めた。
「………………」
「………………」
ごくり、とトレーナーは唾を飲む。今日は忙しかったため、まともにお昼を食べていない。それこそいま、おやつ代わりに豆を買ってきたところだったのだ。食べる前にエアグルーヴに投げて遊ぶか、などと軽い気持ちで投擲したのがよくなかった。
「ぐ……その、エアグルーヴ」
「……………………」
「冗談だから。マジで幸運の女神だと思ってるから。俺、お前に見放されたらたぶん終わりだから」
「……………………」
女帝は答えない。
「この恵方巻き……一緒に食べるために作ってきてくれたんだろ? すげー美味そうだよな。ごめん、さっきのは俺が悪かった。俺にも食わせてくれ」
「………………たわけ」
「むごっ!?」
太巻きを手に持ったエアグルーヴが、それをトレーナーの口の中に差し込む。
「ちゃんと黙って食うんだぞ。味の感想や褒め言葉は、願いが終わってからでいい」
「………………」
トレーナーが大きく首肯する。時計の秒針だけが音を刻む部屋で、彼は『この無言の時間がいつまでも続きますように』と、少しだけ願った。