たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
『──実りの秋を迎えました、京都レース場。トリプルティアラの最後を飾る秋華賞。果たして栄光を手にするのはどのウマ娘か!? レース開始はまもなくとなります!』
実況の煽りに、会場中がドッと沸き立つ。それもそのはず、ティアラのうち二冠は既に『女帝』エアグルーヴが獲得している。
彼女がトリプルティアラを達成し、歴史に名を刻む。その瞬間を目にするために来ている客も、少なくはなかった。
地下バ道からその様子を目を細めて眺め、エアグルーヴは静かに最終調整を行っていた。身体を温め、蹄鉄に履き替え、大きく息を吐く。会場の喧騒が遠くに感じるほどに、深く精神を沈めたところで、傍らに立つトレーナーを見遣った。
「レースに臨む前に、言っておくことがある」
「……もしかして…………!」
「?」
「いや、なんでもない。その反応ならたぶんまだバレてないからな」
「何故こう、貴様は大事なところで集中を乱すようなことを……!」
眉間に皺を寄せ、怒髪天を衝きかけたところで、彼女は大きく嘆息した。吐くと同時に、緊張だとか、力だとかが漏れ出ていったような気がした。
「……だがそれも、貴様らしさか」
「あ? なんかエモいこととか言った?」
「黙れ、たわけ。先程の件については、あとで必ず追求するからな」
「忘れろ、今のお前にはもっと大切なことがある!」
「貴様がそれを言うな!」
光と喧騒に向けて、女帝が歩き始める。しかしすんでのところで一歩、振り返って呟く。
「……トレーナー」
「ん」
「今日まで、よくやってくれた」
「…………ぷっ」
「なっ、せっかく人が褒めたというのに……!」
「褒めてる人間の言葉じゃないだろ、それは」
トレーナーはげらげらと笑って、それから穏やかに呟いた。
「……まあその方が、お前らしいや」
「何か言ったか?」
「うっせ、ばーか」
聞こえてるくせに、とは言わなかった。それはお互い様だったから。
「……俺はトレーナーとして、やることやっただけだよ。だからほら、お前もさっさと結果出してこい!」
「ああ──では、行ってくる」
「エアグルーヴ!」
声に、もう一度だけ振り返る。「好きなように走れ。ティアラとかどうでもいいから、面白い走り見せろ!」と発破をかけた。
それに対し、ひらひらと手を振って、彼女は光へと歩き出した。
*
『華やかな秋を彩る秋華たち。今日この舞台で美しい花を咲かせるのは一体誰だ!?』
発バ機に十八人のウマ娘が出揃う。その佇まいは美しいが、綺麗な薔薇には刺があると言わんばかりに、纏う空気は鋭い。
『一番人気はエアグルーヴ! 果たしてトリプルティアラ達成なるか!? さあ今──ゲートが開きました!』
突かれたように飛び出したエアグルーヴは、出遅れることなく先行集団の中程につく。
位置取り争いで少しスタミナを消費したが、出だしは悪くない。中盤までは下手なことをせず、マークする相手を見極めながら足を貯めるのが無難だ。
無難──なはずなのに。
「ぁああッ──!」
「ふっ……!」
第二コーナーを曲がって少しした頃、後方にいた鹿毛のウマ娘が仕掛ける。外側から加速しぐんぐん距離を詰め、ごぼう抜きにしていく。しかしいくらなんでもそのペースではバテるはずだ──と大方のウマ娘は静観を決め込んだが、『女帝』はそれに続いた。
「!?」
周りは動揺を隠せない。掛かったのか、と訝しんだが、それにしては冷静な走りと加速。終盤を見据えたロングスパートと言われれば、そのようにも見えた。追従する者とペースを保つ者で、集団がバラケ始める。
「…………!」
先頭を走っていた逃げウマに、鹿毛のウマ娘が迫る。四バ身、三バ身と差は詰まっていき、手が届きかけた最終コーナー──迫る確かな熱量を感じた。
「はあ───ッ!」
駆けるその姿は、ターフを奔る蒼い焔を思わせた。後ろの娘たちもスパートをかけ始めたが、緩やかに速度を上げ続けていた女帝には一歩及ばない。
末脚とは即ち、苦しい状況にあっても勝利を諦めず、前へと踏み出す泥臭い意志の表れ。高き『理想』を求めるエアグルーヴの、最も大きな強みであった。
『リードは二バ身、脚色は衰えない! 一着はエアグルーヴ! 秋華賞を征し、見事トリプルティアラを達成しました!!』
大きな歓声、拍手が『女帝』コールとともに向けられる。そこでエアグルーヴは、ようやく勝利の実感を得た。
無茶なスパートに思ったより疲弊したようで、少しだけ立ち眩みを覚えながらも、彼女は、客席へ堂々とした姿を見せる。
──が。
「エアグルーヴさん、こちら視線ください!」
「こっちもお願いします!」
関係者席から報道陣がカメラを回す。それに応えようとエアグルーヴは視線や笑顔を向けるが、耳障りなシャッター音と激しいフラッシュに、思わず目を瞑る。
「エアグルーヴ……!?」
瞬間、頭から血の気が引いていくような感覚。世界が回るような錯覚とともに、エアグルーヴの意識は遠くなった。