たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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春「摘ませろ」

「……ふわぁ──────っくしゅい!!!」

 

 ランニングするウマ娘たちの掛け声よりも大きく、トレーナーはくしゃみをした。練習場中の視線が一瞬集まったが、ひとつを除いてすぐになくなった。

 

「なんだよ、見世物じゃねえぞ」

 

「くしゃみは生理現象だから仕方がないが……その、音はもう少し抑えられないか?」

 

「いいだろ、大っきい方が景気いい感じして」

 

「被害もその分大きいだろうが」

 

 言いながら、トレーナーはハッと口元を押さえた。同時に、眉間による皺、ぴくぴくと動く瞼。明らかに爆発の前兆であった。

 

「は、ふぁっ────」

 

「そういえば──くしゃみが大きくなるのは、老化して筋肉が衰えるから、という説があるらしいが」

 

「────くちゅん」

 

 成人男性がするには凡そ似つかわしくない可愛らしい擬音を発して、トレーナーは鼻の下を擦った。

 

「あ〜、なんか気持ち悪いぜ」

 

「抑えられるなら最初からそうしろ」

 

「それだと出し切れてない感じがしてどうにもむず痒いんだよ」

 

 トレーナーは言った。

 

「やっぱり、全力とくしゃみは出し切ってこそだからな〜」

 

 そんな言葉はない。すっかり花粉症気味のトレーナーはようやく落ち着いたように、少しだけ鼻をすすった。

 

「ところでエアグルーヴ、今日練習の後ヒマ?」

 

「特に予定はないが」

 

「じゃあちょっと付き合ってくんね? 行きたいとこあるんだよね」

 

「先に場所と用件を教えろ」

 

「旬の野草を探すぞ」

 

「は?」

 

 

 

 *

 

 

 

 西日の差し出す午後五時。少し黄色を帯び始めた空の下、二人はダウンがてら、河川敷に向けて駆けていた。先導する自転車を、エアグルーヴが付かず離れず追いかける。

 すっかり伸びた日照時間と、夕方特有の過ごしやすい気温は、春の訪れを実感させるには十分だった。

 

「よし、着いたな。河川敷バイキング会場」

 

 いい笑顔でそう言ったトレーナーに、やはり付いてきたのは間違いだっただろうか、とエアグルーヴは渋い顔をした。

 土手の上から、ジャージのランナーが駆け回り、グラウンドから野球少年たちの声が聞こえてくるような河川敷を眺める。斜面には青草がびっしりと生え、階下にも草原が広がっている。エアグルーヴはぼんやりと、先程のやり取りを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

「貴様、そんなに浪費したのか……?」

 

「いやいや違えよ、これ見てくれって」

 

 普段作戦の立案・共有の際に使っているタブレット(ゲームアプリで容量が埋まりかけている)を操作して、ウマチューブを開く。

 

 

『みなさんこんばんは。今日は草むらビュッフェを開催したいと思います。すごくないですか、一面の生き物全部食べ放題ですよ。まあ今日は道草食うだけで我慢しますけど。もぐもぐ』

 

「ええ……」

 

 動画主はバクバクとその辺の草の解説を始めながら、生でそのまま食べて味の感想を言い始めた。掃除好き、即ち潔癖的な側面もあるエアグルーヴは、引き気味の表情でそれを見ていた。

 

「で、これがどうしたというんだ」

 

「これ見てたら昔ばあちゃんと一緒に河川敷で菜の花摘んで天ぷら作ってもらったの思い出してさ〜、ちょっとやりてえなって。季節行事みたいなもんだし、エアグルーヴも誘いてえなって」

 

 あと節約になっていいなって、とニヤニヤ笑うトレーナー。今月はパチンコに三万溶かしている。

 

「ふむ……たしかに、野草で四季を感じるというのも、伝統的で乙なものかもしれん」

 

「だろ? ダウンと散歩がてら行こうぜ、今日は野草パーティだ!」

 

 

 

 ──そして現在に至る。

 自転車を止め、二人は河川敷の散策を始める。ジャージ姿で並び立っているため、傍目にはランニングに来たコーチと生徒にしか見えない。しかし彼らは舗装された道路を走るのではなく、道無き道の方へとずんずん進んで行く。

 

「おいエア、ちょっと早いって。さっきのとこにもいい感じの野草あったぞ?」

 

「あんな目立つところで探せるわけないだろう、たわけ! 盗撮されてSNSなどにアップされたらどうする!?」

 

 女帝が青筋を立てて怒る。撮影などされずとも、河川敷で野草を探している姿など女帝としては晒せない。てっきり、もっときちんとした山などで探すのかと思っていたのだ。

 

「そんなはずないだろ。俺、東京生まれ東京育ちって言ったべ? 山なんて公園の小山が関の山だし、実際ばあちゃんと毟ったのは公園とか道路沿いの草だし」

 

「……貴様に付き合った私がバカだった」

 

 話している間に正道からはだいぶ逸れ、薮を挟んだ草原に入った。この辺りなら人も来ないだろうし問題ないだろうか、と深く溜息を吐いた。

 

「ほら、さっさと集めて帰るぞ。もたついていると日が暮れてしまう」

 

「あいあいさ! とりあえず目当ての野草の見分け方だけ送るわ」

 

 ウマホに画像が送られてくる。野草の一覧写真と、特徴や類似種との見分け方などがまとめられたパワーポイントだった。普段のレース資料よりも遥かに見やすい。この努力を他に生かせ。

 

「じゃあひとまず、各自でこれ探す感じで。はいこれ袋、俺あっちの方見てくるわ」

 

 空が橙に近づいてきたのもあって、さっさと別れて探す。

 

 

 数十分してノビル、セリ、ヨモギ、菜の花など、探していた野草をある程度回収してホクホクのトレーナーの耳に、女の悲鳴が聞こえた。

 

「きゃああっ!?」

 

 短く聞こえたそれの方向へと駆ける。言葉に覚えはなかったが、声質に、聞き覚えがあったから。

 果たして駆けつけてみると、草原の真ん中で、腰を抜かしたようにエアグルーヴが座っていた。

 

「どうした、大丈夫か!?」

 

「な、なんでもない!」

 

「そんなはずないだろ、一体何があった!?!?」

 

「…………………………が」

 

「?」

 

「草を取ってたら虫が…………飛び出してきて」

 

 先程まで赤かった顔が、語りとともにみるみる白くなっていく。

 

「跳ねる奴だった。ソレに気づいて咄嗟に引いた私の腕に、飛び乗ってきて…………三回、跳ね回られた…………」

 

 感触まで思い出してしまったように、エアグルーヴはぶるりと身を震わせた。一瞬笑いそうになっていたトレーナーも、そのあまりに真剣な様子に笑えなくなり、「そうか……それは、災難だったな……」と声をかけるのがやっとだった。

 

「立てるか……?」

 

「腰が抜けてしまって……もう少し、待ってほしい」

 

「なら、乗れ」

 

 エアグルーヴに背中を向けて、トレーナーがしゃがみ込む。「しかし……」と躊躇する彼女に、「俺が連れてきたのが原因だし、このくらいはさせてくれ。それにそこに座り込んでたら、また出るかもしれないからな……跳ねる奴が」と言った。エアグルーヴはすぐさま首に腕を回した。

 

「すまない、甘えさせてもらう」

 

「気にするな。お前一人くらい軽いもんだから」

 

 ひょいっと持ち上げて、とぼとぼと帰路に着く。実際トレーナーは、辛さを感じさせない軽快な足取りで進んでいた。大して鍛えているわけでもなかろうに、頼もしいものである。

 

「野草、やっぱ天ぷらとかがいいよな?」

 

「菜の花はおひたしなどにするのもいいだろう。ノビルはたしか炒め物などでも美味しいはずだ」

 

「冷蔵庫に結構食材残ってたはずだから、なんかいい感じに作ったるわ」

 

「ああ──楽しみにしている」

 

 何気ない会話が、どこか心地良い。トレーナーの背中から見る夕焼けは、なんだかいつもと違って見えた。

 







読了お疲れ様です。
いつも感想・評価・誤字報告などなど本当にありがとうございます。大変励みになっております。

さて、私事ではございますが、4月2日に大田区産業プラザで開催されるウマ娘の同人イベント、プリティーステークス29Rにて合同誌を頒布します。テーマは「春」で、今話と打って変わってシリアスなシンボリルドルフを書きました。よければ足を運んでくださいませ〜

サンプルはこちらです。
https://twitter.com/kojisireo/status/1638548053719420935?t=LXYc_OE_lqY9mCfI7eu13A&s=19



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